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「んー、美人のオネーサン方が多くてよきかな」
黒一点、後方の警戒にあたりながら、カルム・カーセス(
ja0429)が呟く。けれど声は波の音に流され打ち消され、麗しき仲間の耳には届かない。
「情報、あらためてみたけど――この特徴。前に対峙した鳥ちゃんと同一だと思う」
はためく白マント。そろそろ自分の顔も覚えてくれていないか、等とこっそり口にして、メフィス・エナ(
ja7041)は過去に相対した敵について短く語る。
「そういえば山の中でうちも一緒しましたっけ。こうしぶといと何か理由もありそうなのだけど」
高虎 寧(
ja0416)は冷たい潮風に身を震わせると、肩を竦ませセーターの襟で首を保護した。とにもかくにも今は目先の脅威に割く手数しか用意されていない。考えるべきは被害を拡大させないこと。
「何か慎重、って感じもするね。窺う気配も感じるし――これ以上踏み込むと戦いになるかも」
現在位置している駐車場から直接海はみえない。間には防風林が広がっている。経験も多く、感覚に優れるソフィア・ヴァレッティ(
ja1133) はいち早く潜む敵意に気付いた。
「そうですね。大鳥の姿も見受けられませんし、今のうち減らせるものは減らしてしまった方が楽かと」
或瀬院 由真(
ja1687)は提案する。天と地、双方警戒しながら戦うよりも、片方だけのうちに可能な限り叩いてしまおうと。おっとりとした印象を受ける様相の由真だが、戦況を見極める目は確かなもの。
「‥‥付近に狼の姿は、見えません‥‥。‥‥言う、通り‥‥空に‥‥鳥の姿も‥‥なし、です」
どこか遠くをみつめるような、小松 菜花(
jb0728)はぼんやりと己が目に映る光景を告げた。視野は次第に近く、大きく菜花の姿を映す。浮遊感が消え、菜花自身の目が朱色の小竜を捉えた。それはヒリュウ。共有していた視野が戻ったのだ。
「大鳥は透明化もあるから油断できないけど、つつけばすぐ出てくるでしょ」
メフィスの言葉に、菜花もこくり頷く。
「では――いきます!」
由真が最前列に立ち、駐車場の白線を踏み越えた瞬間、戦端は開かれた。
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林が騒ぎ、飢え呻く狼が飛び出してきた。数3。
「はーい、ちょっとうるさいけど我慢してね!」
懐に手を差し込み、小さな押し釦に力を込めるソフィア。間もなく甲高い大音量が鳴り響いて、狼の足が一瞬躊躇するよう、地団駄を踏んだ。
「聞き及んでいた通り、ですか」
人でも動きを止めかねない騒音の中、作戦上予知していた由真は気に止めず踏み込む。腰を落とし、勢いを殺さぬまま繰り出す、ディバインランスからの突き。狼の胸骨を砕く。
「集中攻撃させてもらうわよ!」
槍が突き貫いた狼へ、寧の手裏剣が追撃。刃は喉笛を貫通し、首の骨を砕いた。
支えを失い項垂れる頭、まずは1体。
「初手から出し惜しみなし、なの‥‥。ヒリュウ! ブレスなの‥‥!」
射程間際、真上からの攻撃。まだ力は弱いが飛行を活かして立ち回らせる。ひゅっと息が吸い込まれる音がして、直後、空気の塊が勢いよく吐き、叩き付けられた。が、致命的にならない。耐え抜いた狼が地上にいる菜花へ体当たり。激しい衝撃に転倒する菜花。上空でヒリュウの悲鳴も聞こえた。
(‥‥これが感覚共有‥‥! 菜花が怪我したらあの子もいたむの!)
追撃を許さぬよう、痛みに堪え体勢を立て直す。
また、別の狼が寧に迫るが、
「このくらいどうとでも」
動きを見極め、危なげなく回避。近接を阻む為か、後方からソフィア、カルムによる魔法弾が打ち込まれる。
「前に出すぎてしまいましたか‥‥ですが、これ以上はさせません!」
最前から由真が方向転換、狼の背後を強襲。白銀に煌く尖端が力強く打ち下ろされる。
強烈な一撃は狼を両断した。全身を痙攣させているが、間もなくそれも止むだろう。
「もう1体!」
柄を握りなおし、由真は残る対象を見据える。視線の先では菜花が苦戦を強いられていた。
「近接戦闘‥‥苦手なの‥‥!」
能力を現してから、はじめての実戦。縁者の反対を押し切って選んだ撃退士の道、強くありたいと願う。だがまだ力が足りない、受けるにも、避けるにも――倒すにも。ヒリュウ共々翻弄される。
「それ以上させないんだからね!」
窮地を救ったのはメフィスの弾丸。狼は足を打ち抜かれ、動きを鈍らせる。作られた隙に、割って入るは寧。
脚部に力を集中、踏み込んだ足が駐車場のアスファルトをひび割れさせる。が、問題はない。一気に狼へ近接。刃を閃かせ狼の腹を切り裂く。直後、狼の反応を待たずして後退。一撃離脱。
交代。菜花が奮起する。
「菜花だって‥‥、やられてばかりじゃないの‥‥!」
ふら付く狼の脳天へ、手にしたロッドを振り下ろした。ごつっ、という鈍い音が響き、陥没する骨。それでも目の前の撃退士に喰らいつこうと、狼は呻く――だがつかの間。由真が鋭く槍を突き出し、止めの一撃を放った。赤い泡を噴く狼の口。もう動くことはないだろう。
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駐車場での戦いは決したが、報告されている敵の数にはまだ足りない。続けて林内を慎重に索敵していると、浜辺から人のものと思われる悲鳴が響いた。
「最初みたとき、人の気配なかったよ!?」
戦闘の最中、どこからか人が入ってきてしまったのだろうか? ソフィアは唇を噛み締めるも、考えるより先に身体を動かす。林を抜けると視界が開けた。白い浜辺、青い空と波際。
「あれだ!」
首を巡らせたカルムが、対象を目に捉え叫ぶ。獣の影がふたつと、
「人払いしておくんだったわ」
人の影がひとつ。脇を駆け抜けたのはメフィス。砂浜に下りる段差のすぐ傍で人が襲われていた。遠目からみても傷は少なく、ただ押さえ込まれているようにも見える。しかし一般人、死と隣り合う恐怖に変わりはない。
人に当てないよう注意を払いながら、牽制のため素早くクロスファイアの引鉄を引くメフィス。
狼はタタン、と響く発砲音に一時耳を折るも、押さえ込む足は緩めない。逆に押さえ込んでいない狼が段差を飛び越え、襲い掛かってきた。それは由真が難なく耐える。
が、敵は狼だけではなかった。陽が歪み、砂浜の一部に影が現れる。仰げば3枚の翼を持つ大鳥の姿。
「ちっ、次から次へと。悲鳴に誘われて現れたってところか!?」
大鳥は撃退士を気に留めることなく、一直線に悲鳴の元へ向かう。姿を消して潜んでいたのか、声を聞いて飛来し現れたのかはわからない。
カルムは魔法書を広げ、稲妻を放つ。晴天下の霹靂。羽根が焼け焦げる臭いが漂うも、大鳥の動きを止めるに至らず。魔法への抵抗が高いのだろうか? 地上に近接する大鳥。
だがこれを好機と予む。
「いつまでも正体不明のままではいさせないわよ!」
気を集中し、メフィスは大鳥に鋭い視線を向けた。正体が判明している敵ばかりとは限らない。そして見極める、
「結構大きく天のほう!」
属性すなわち所属、とは限らないものもいるが、輝きの大きさからして奉仕種族と宣言。
続いて動いたのはソフィア。
「この面子なら良くも悪くもさほど影響はない感じね! 毎度毎度翻弄してくれてるようだけど、今回は簡単に逃がさない! あたしが――!」
身を包む金色。人、狼、大鳥を含む範囲に放つは霧。触れたいずれもが抵抗適わず、その場に力なく身を伏せる。由真と対峙していた狼は霧から逃れてしまったが、寧も加わり、他へ逃さないよう努めた。
「全員ねむりこんだ、なの‥‥! いまのうちに‥‥!」
菜花は再び現したヒリュウと共に、人を引き上げに走る。眠れる狼を刺激しないよう、そっと抱え、離脱。
無防備に眠れる大鳥。
「この状態で逃がすこたぁないと思うが、確実にいかせてもらうぜ!」
カルムは先ほどよりも激しく輝く雷で大鳥を包み焼く。だが堅い。大鳥は衝撃で昏睡から目覚め、大きく羽ばたく、舞い上がる砂塵。
「飛ばれる前に叩き込む! 貫けぇえええ――ッ!!」
疾く駆けるメフィスの左手に纏いつく光が、咆哮と共にかたちを創る。ここにはいない相方の愛用武器を模し、打ち出す魔力は甘い桃色の杭。射線上に在った狼は微塵と化し、大鳥は地に接していた片足を穿たれた。不快な奇声を上げる。
「この声!? 衝撃に備え――」
警告を言い終えるか終えないか。カルムは全身にまとわり付く風に切り裂かれた。同じく身を強張らせるメフィスとソフィアだが、
「この程度の魔法、あたしは負けないんだから! 風には風でお返しだよ!」
ソフィアにとって痛手ではなかった。耐え抜いた後、すぐさま流暢なイタリア語で技を返す、
「花びらよ、舞い踊れ! ‥‥petali!」
舞い上がりかけた大鳥を包み込む花びらの螺旋。滞空したところで動きが止まり、どこか無防備さも感じた。
この高度なら真下でなくとも射程内、カルムは意識を朦朧とさせる大鳥へ再び雷撃を打ち込む。
正確な回避こそ出来なかったが、衝撃により意識を取り戻す大鳥。高度を上げる。
「くっ、やっぱ致命傷にはならねぇか‥‥」
それでもダメージとは蓄積するもの。根気よく波状攻撃を続けてゆく3人。
また、菜花が一般人を連れて戻った先では、1体の狼が新たに姿を現し、護りながらの戦いが強いられていた。
「これは狼の殲滅を急ぐ必要がありそうですね」
狼の突進を受け流しながら、由真は意を決する。可能なら狼を止め、大鳥の挙動を見守ることも考えていたが悠長に構えてはいられない。飛びのいた狼目掛け、力強く槍を叩きつけた。手加減なし、渾身の一撃によって赤く散る狼。
「影で捕獲しておくのにも長くはもたないし‥‥」
寧が対峙する狼は影によりその場に拘束されていた。
「これ以上現れられると、うち達だけじゃ厳しく‥‥仕方ないかと――っと!」
動けぬ狼へ投げつける手裏剣。ヒリュウも残るブレスを吐き出し、狼を追い詰める。止めは影が解ける直前に駆けつけた由真の手により下される。
迅速なる殲滅。
だがまだ警戒は解けない。
「ヒリュウ‥‥他に狼がいないか、見てきて‥‥なの‥‥!」
菜花は残る力を使い、再びヒリュウの視野で戦場を確認すべく、空へ放つ。
直後、砂浜で起きた明らかな変化を目にすることになる。示唆する声に、由真と寧も視線を――
「もう一度いくよ――って、あれ!?」
再び大鳥の動きを制限しようと、花の描かれた召炎霊符を構え、踏み込んだ刹那、ソフィアは変化を感じ取る。
正気を取り戻し、拘束も解かれ、僅かに与えられた自由の時。大鳥は羽ばたいた。
「また旋風か!? いや、それにしては動作が‥‥」
攻撃かと思い、身構るカルムだが、何かが違う。足と翼、それぞれ一部を失いバランスは悪いようだが、まだ足掻く。
「あ、もしかして」
そしてメフィスが察する。
透明化。
大鳥はまもなく空に溶け込むように掻き消えた。だぼっと砂浜に大きな血塊が落ちてきたのが最後の痕跡。
「う〜ん‥‥。適当に撃って運良く当たれば、というのはちょっと無茶、かな‥‥」
海上に滞空してはいないかと何発か弾丸を放ってみたメフィスだが、手ごたえはなく。
「見えない相手じゃ捕らえようもねぇ、か」
同様にカルムも捕捉を試みてみたが、風の流れから、沖に飛び去っただろうことはわかった。
「――透明化状態で攻撃はなし、かな?」
過去に例はなかったが、可能性がないわけではない。どこから仕掛けられるとも分からない、可能性を鑑み構えていたソフィアも、砂と波が穏やかになるのを確認し、構えを解くのであった。
間もなく全員が合流し、情報を共有。ソフィアの持っていた救急箱で、カルムが一般人に応急手当を施した。
その後、病院へ送り届ける者と、警戒に当たる者にわかれたりもしたが、新たな敵の姿は見受けられず。
夜を待ち一同は学園に帰還する。また出現するようなことがあればすぐ通報するようにと関係者に告げて。
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「はーい、夜中までお疲れ様! 斡旋所も365日くらい24時間営業だからなんともだけどー!」
戻ってきた一行を迎えたのは貴布禰 紫(jz0049)。
「おう、お疲れ。持ってきたあれどうだった?」
何か判明すれば、と海岸に落ちていた羽を拾ってきたカルムが結果を尋ねると、
「ああ、あれは普通に海鳥の羽〜。敵のじゃないよ」
と、返された。軽く舌打ちし、目を逸らす。
「ねえねぇ、報告書とか、あまり得意な方じゃないんだけど、あれで大丈夫だった?」
考えるよりも動く方が、というソフィアは提出した内容について、問題がなかったか尋ねる。
「いやいや、もう全然大丈夫! 十分だよ! にしてもソフィアさんの魔法流石だね〜、グレードが違う?」
カルムと共に、魔法の使い手としての視点で書かれた物。魔法攻撃への抵抗は極めて高い様子だが、妨害については術者次第で有効のようだ。
「届かなきゃどうしようもないんだけどね。相手の高度限界もしれないし」
どうしたものか、と唸る寧。
「そうね。片足もぎれたのも地上に居てくれたからだし――むぅ」
1翼を失っている側の翼を奪えたら、と考えたのだが思うように狙えず。けれどメフィスの強力な物理的一撃が足を奪ったのは事実。
「いやいや、それもすごいよ!? 不明だった所属も分かったし、ほら、通報報告にもあるけど攫うには足で――」
「その‥‥足が‥‥なくなったら、もう‥‥誘拐できない‥‥?」
ぽつり、菜花が疑問を口にする。と、
「そうですね、完全ではなくとも、遣り難くなったのではないでしょうか? あとは狼の殲滅について‥‥ですね」
「うんうん。最後っぽい狼倒した瞬間、もしくは不利で逃げるー、っていうの重要そうだよね!」
狼を殲滅したのと同じくして、大鳥が消えるのを、由真をはじめ、寧、菜花も確実に目にしていた。過去の例と照らし合わせても可能性は極めて濃厚、と紫も頷く。
「私じゃ多分現場にいても出来な――あ。そういえば攫われそうだった人ってどんな人? そっちも聞いとくー」
問いにはカルムが応えた。
「ああ、20代のねーちゃんだ。名前は確か――」
一瞬、眉間にしわを寄せる紫。カルムが地味に察し、聞き返そうとしたが、
「うん、ありがと! その人早くよくなるといいね!」
素早く返され、タイミングを逃す。
敵は確実に追い詰められているはず――みんなならきっと、次は倒せるよ、と笑顔が向けられるのであった。
○
みつけたのに攫い損ねた‥‥? あのヒトは一度放棄、多分撃退士がすぐくる‥‥。別のを狙う。
それにしても、新しい子を創ってもらえるようお願いしたほうがいい、かな。手ごわくなってきた――