●囮
宮村 昴(
ja7241)はひとり、白く沈む森の中を駆けていた。
(これが実戦、これが現場かぁ‥‥)
靄の影響で遠くまで見渡せないまでも、一歩蹴り出すごとに深刻な被害状況は十分に感じ取れた。人の手による計画的なものではなく、何モノかが思うままに揮った、荒々しい行為の結果。
(被害者はいないという話だけど、それは人に限らない。俺は護る者として、この森を、護る!)
静かな決意を抱いた丁度そのとき、往く道に木々が立ち塞がった。不意に止まる足。
『手当たり次第に暴れているなら、移動の痕跡も残るはず。それを追うようにしたらいいんじゃない?』
作戦を共にする仲間のひとり、高虎 寧(
ja0416)の言葉が脳裏に蘇る。
ここまで被害の痕跡を追って走ってきたのだが、ここで被害が止んでいるということは――
刹那、木が大きく揺らぎ乱れ、木の葉が降り注ぎ、どすん、という枝にしては重い音を伴って落ちてきた。実戦経験にまだ乏しいとはいえ、異常を見逃すほど駆け出しではない。即座にランタンシールドを展開、衝撃に備える。
まさに奇声。甲高い叫びが耳をつんざいたかと思えば、盾の正面から攻撃の重みを感じた。だが、
(いっ‥‥痛い、程ではない、のかも?)
受け止めた際、腕に僅かな痺れを感じたものの、致命的ではない。耐えられる。だが初の体験に激しく脈打つ心臓が熱い。その昂ぶりが昴に閃きをもたらした。
(――! 一句。霧深き、森で寄せ餌と‥‥盾になる、よし‥‥!)
一呼吸程度の短い時間での思いつき。しかし言葉出すほどの余裕もなく、ただ胸のうちにしまい、ヤル気を奮起。
昴は、敵意をむき出しに腕を繰り出してくる猿から、付かず離れずの撤退――誘導を始めた。枝を踏み折り、茂みをかき鳴らす。あらゆる音を消そうとはせず、森を駆け抜ける。
これら一連の騒動を聞きつけてか、森中から、徐々に、追跡者が影を増やすのだった。
●罠
「で、宮村さんが獲物を誘導してきたらどうすればいいのか。――みんな大丈夫よね?」
中間発表の時点で進級点を十分に満たしている年長組のひとり、猪狩 みなと(
ja0595)が尋ねると、
「はい! 宮村先輩に攻撃を当てないよう、一斉放射する!」
はじめに元気よく、自信たっぷりに貴布禰 紫(jz0049)が回答した。
だがしかし。
「違うな。常に全員が遠距離攻撃手段を持っているわけではない。ここは周囲に展開、潜伏した俺たちが一気に飛び出し奇襲。挟撃にもちこむのが妥当だろう」
イメージと実戦は違うと、梶夜 零紀(
ja0728)は指摘する。鋭い眼光と淡々とした口調が合わさり、辛辣さをかもし出しているが、実は天然、マイペースの素である。
「はーい! みなとお姉ちゃん、ボクもこたえられるよ! きっとね、おサルさんは木の上からいじわるしてくるから、おいしそうなバナナをみせて、おりてきてくれるようにするの!」
まだあどけなさの残る最年少、ジョー アポッド(
ja9173)が無邪気な笑みを浮かべて提案する。目に留まることを願いながら、既にこの周囲には熟し、甘い香りを放つバナナを点々配置済みだ。
「あとは‥‥そうだな。靄のせいで位置が、掴みにくい‥‥、輝きを灯し‥‥影を作らせる」
冬樹 巽(
ja8798) が、氷のように冷たく虚ろな表情で紡ぎだすのは機械的な音声。固く心を閉ざし、感情を見せなくなった要因は天魔。それでも原状を取り戻すため、己を変えようとする意思は強い。
「あ。光の当て方によっては影が消える、かも?」
班編成の際、双方に輝きの担い手を配置している。寧が思慮するのは、互いに打ち消しあわないかということ。
「私たち、攻撃手の位置も重要ですね。見失い、逆に奇襲を受けないよう注意していきましょう」
周囲に溶け込みそうな銀の髪、銀の瞳を持つ森部エイミー(
ja6516)も静かに言葉した。
詰まるところ、
「そうそ。行動、連携に気をつけていこう、ってことね。多分効率ってそういうことだよ。――それじゃ、そろそろ予習はおしまい! 試験とはいえ正規の討伐依頼だからね、気を引き締めていくよー」
みなとが仲間の発言を纏め、宣言。同時、ポン、と手を打ち鳴らすが合図。それぞれ素早く持ち場とする茂みや影に潜り込んだ。
遠く聞こえていた足音は、徐々に近く――
●右の陣
打ち合わせの通りなら言葉は要らない。準備は整っているはず。
戦闘ポイントに到達した昴は、なぎ倒された木々が目立つ中程で足を止め、顧みる。
3種類の移動音。近づけば討伐対象の奉仕種族と見て取れる。囲われ、3様の攻撃が浴びせられるものだろうと目を細めた時、昴を包囲する猿を、さらに包囲する仲間が姿を現した。
昴は冷静に3体分の攻撃を往なしてから後退し、場を譲る。
攻撃を昴に受け流され、背を晒した1体の猿へ。
一気に近接した零紀は、強化を施したホワイトナイト・ツインエッジを叩きつける。
「なに‥‥ッ!?」
しかし、余裕で捕らえられると予測した一撃は突然の跳躍により回避されてしまった。猿は手近な枝に掴まり、ぶら下がり、まるで嘲笑うかのように激しく枝を上下に揺すって喚いた。
「トリッキーで、すばしっこいと、ね」
動く先に注意を向けていた寧がすかさず手裏剣を投げつけ追撃――するが、実は次の動作を予測し、あえて僅かに狙いをずらしてある。攻撃を避けようと、枝から手を離した猿を掠め通る一撃。毛皮の表面を僅かに切り裂く。
「ん、惜しい」
寧は短く舌打ち。だが発想はよかったことを実感。挑発に惑わされることなく、次の動きに集中する。
地を蹴り、素早く駆ける。狙う先にぼんやり浮かぶ影は――巽。人並み外れた五感で居場所を察知できるのだろう。猿は迷いなく巽に飛び掛った。
「‥‥苦手、とも‥‥言っていられませんから‥‥」
活性化させた星の輝きと、氷の様に青白い二種の光を纏う巽はケーンを両手持ちで構え、猿の長い腕を受け止めた。
(避けられないのは解っていましたが‥‥、やはり攻撃に転じるまでは‥‥難しそう、ですかね‥‥)
一瞬の接触に火花が散る。特に大きな被害はなかった。拮抗を解き、巽は間合いを取る。
仕切りなおし。
「こっちは1体だけなわけだし、影縛は保存しておきたいところ。悪いけど、どうにかあてて倒すのよ」
寧が、巽と向き合う猿の背目掛け、白の中にくっきりと浮かび上がる闇色の棒手裏剣を投げつけた。通常の手裏剣でダメならと力を込めて放った一撃は、跳び避けようとした猿の腰骨を打ち砕く。嘲笑う奇声が、非勢の悲鳴に変わった。
「詰み‥‥、そうあっては逃げられまい。貴様へのチェックメイトだ。この騎士双剣で、引導を渡す!」
白い刀身が靄の中から一閃。疾風のように近接した零紀が逃げ足を失い、腰砕けになった猿の背を十字に切り裂く。
「‥‥まだ、動こうと、するとは‥‥諦めの悪いサーバント、です‥‥」
攻撃に備えていた構えを解いた巽が、虚ろな瞳で見下ろす足元。躊躇いなく杖先で真下を突くと、何かが砕ける鈍い音の後、ひとつの害ある生体は消えた瞬間だ。
「怪我は‥‥まだ、大丈夫‥‥、か」
簡単に状態を検め、続戦可能と判断する巽。寧と零紀も小さな動作で頷きを返した。
十数メートル先から聞こえる剣戟を耳にし、応援に向かおうとして――目前に迫ってきたのは蒼い光。
●左の陣
刻は開戦時まで遡る。
昴を境として1体は零紀らへ駆け、2体がみなとらへ駆けた。
「おサルさん、おサルさ〜ん! おいしいバナナがあるんだよ!」
手元に残していた一本のバナナを投げつけてみせるジョー。
バナナは弧を描き、猿の頭上にコツン――とはおちなかった。
猿はバナナを何らかの攻撃と認識したのだろう、素早く狙いを定め、切り裂く。皮も中身も綺麗に真っ二つ。ころりと茂みに転がる。
「「おお! おみごと!」」
まるで曲芸でも観劇しているかのように、同時に感心してみせるジョーと紫。
「見事、ではありません。私たちなら防ぐ手段はあるものの、人であったなら――」
エイミーはそれ以上言わず、ロッドを振りかざし、薄紫色の矢を発現、すぐさま放つ。矢はバナナを両断した猿を狙うが、惜しくも致命的部位は捕らえられなかった。
「隙を狙わせてもらいました。援護に努めますので、前は、お願いします」
バナナに攻撃が向いたことで出来た隙。合間を縫った連携だ。エイミーは矢面に立たぬよう注意し、数歩下がる。
入れ替わるように跳びかかってきたのは矢を受けなかった猿。
「おっと、私を狙いたいのね」
この位置なら多分――と、ほぼ対面に位置する昴へ目馳せするみなと。きっと通じる。
みなとが可能な限り引き付けに引き付け、被弾してしまうかと思われたその時、
「護ります!」
寸でのところで昴が、最初に腕鎧を、次に身体を、みなとと猿の間に割り込ませてきた。シールド。
狙う対象を捉えられず、突然割り込んできた昴へ驚きを隠せないのか、猿の動きが鈍った。
すかさずみなと。
「そー‥‥っ、れいっ!」
背丈を越える巨大さ、重量感溢れるウォーハンマーを握り、ぐるりと反動をつけ、猿目掛けて振り下ろす!
尖った先端が地面を穿ち、地をも激しく揺るがす。当の猿は、槌の下敷きにはなっていなかった。木に退避してしまったようだ。だが、あてられればおそらく一撃。
「いけると思ったんだけど残念ね。ほら、森部ちゃん、貴布禰ちゃん。あれ、地面に落としてくれるかな?」
枝の上の猿に睨みを利かせながら、後衛型のふたりへ、落ち着いてやれば出来る、と的確な指示を。
けれどもすんなりは行かない。
「うわぁ〜ん、このおサルさんこわい〜!」
手にしたデリンジャーで、迫りくる猿を牽制するジョーだったが、なかなかに当たらない。猿の攻撃範囲に入るつもりはなかったのだが、目まぐるしく駆け回る猿が近接してきてしまったのだ。可能な限り応戦する。
「枝の上のモノは私が。貴布禰さんはそちらをおまかせします」
「へっ?」
エイミーは短く告げるとみなとの応援のため、青いリボンを揺らしながら駆けて行った。
突然任された紫はきょとんとする――が、ジョーの声が現状を知らしめる。
近接した瞬間に叩き込んだインパクトに吹き飛ばされた猿が地面に転がっている。まだ息はある。
「お、お姉ちゃん!」
肩で必死に息をしながら必死に訴えてくるジョーの瞳。流石の紫も奮起。
「ま、まかせとけ!? ここは必殺技で格好よく決めてしんぜよー!」
とりあえずノリから入る紫はピストルに蒼い光を纏わせ、放った――が。猿には当たらずあらぬ方へ飛んでいった。この技、各種能力が大きく減ります、しかも天属性。
しかしこの隙を縫って、ジョーが紫の傍まで後退してきた。
「ボク、回復がんばるから、‥‥がんばって!」
縮こまりながらも、搾り出す声。
紫は、ジョーを護る様に猿の攻撃を受け止めることにする。何度か傷は付いたが、すぐさまジョーの手で癒される。その間に技を活性化し直す。実戦ではこだわりを捨てるべきだった、改めて放ったのは黒い霧を纏った一撃。
「やった!」
ジョーの歓声。弾丸は猿の頭部を撃ち抜いた。紫はどこか呆けた感があるが、ひとつの脅威が潰えた。
同じ頃、エイミーは木を渡り歩く猿を撃ち落とすことに成功していた。移動は素早かったが、移動先の枝から常に音が響いていた為、位置の特定は容易であった。
「今度こそ仕留めるからね!」
地に落ちた瞬間を狙ったみなとの追撃。槌の尖端は猿を一撃で押しつぶす。再び持ち上げられた時には、抗う力既になく、痙攣し事切れる直前の猿の姿が転がっていた。
「死んだ振り、ということはないでしょうけど、確実に止めておきましょう」
エイミーは念のため、風の刃で胴とそれ以外を切断した。
「大きな傷はないようだけど、癒しておくよ」
分かれてきた2体の撃破を確認し、昴は前に出ていたみなとの傷を癒しておく。視界の悪い森の靄。万が一に備えておくのも大切だ。ジョーと紫も合流し、右に展開している仲間のもとへと向かう。
●右の陣再び
巽は迫ってきた蒼い光に、一瞬身体を強張らせたが、触れる直前程度で消滅した。
「‥‥? なん、だった‥‥?」
だが考えたところで、左から飛んで来たということ以外解らない。向かえば解ること、と消えかかった輝きを再び纏ったときだった、
「くる!」
最初に気付いたのは寧。研ぎ澄ませて、張り巡らせていた神経が襲撃の気配を察した。偶然か狙いか、輝きに紛れて木の枝を蹴り、猿が飛び掛ってきた。
気付きはしたものの奇襲には変わりない。回避を試みた寧は露に湿る地面に足を取られ思うように動けなかった。
巽は行動が間に合わず、残るは零紀。
「決まった型など存在しない! ただ、流れに乗る‥‥!」
思うままに双剣を手に踏み込み、割り込む。光る刃が重い腕を受け止めた。一瞬の拮抗の後、離れる猿。
「不意を付いてくれるとはいい度胸ね、影よ!」
体勢を居直した寧が地に這う猿の影を捕捉する。瞬時に拘束される猿。これでは自在に動くこと叶わないだろう。なす術のない猿を、3人掛かりで確実に仕留めた。
そこへ駆けつけてくるみなとら5人。
「こっちは大丈夫だった? ‥‥ってあれ? もしかしなくて1体多い?」
確か自分が引き連れてきたのは3体だったはず、と首を捻る昴に、
「つい、先ほど‥‥奇襲を受けて‥‥な」
事情を説明する巽。その中でふと気になった単語。
「蒼い光、ですか。そのような魔法は使って――」
「あ、ボク知ってるー!」
エイミーが放ったのは薄紫の矢――と口に仕掛けた時、ジョーが笑顔で答えた。紫の弾丸だと。本人は目を逸らす。
「慌ててテンパったのかもね。慌てず、でも臨機応変にいけるようにならないと」
とはみなと。
「誰もそうだが、あとは実戦を経験していくしかないだろう。それで――どうするんだ?」
零紀もフォローしつつ、次の作戦を尋ねた。
「そうね、確実に全滅したかわからないし、巡回し続けるのがいいでしょ」
追加で現れた1体のように、最初の誘導に引っかからなかった猿がいるかもしれない、と指摘する寧。
新しい破壊痕がないか、気を配りながら森の中を歩きはじめる――
そうして索敵を始め、ある程度の時間が経過したころ、木の葉の合間を縫い、蝙蝠の翼を持つ者が目の前に降り立った。敵ではない、採点担当のライゼ(jz0103)だ。その口から間もなく敵の全滅が告げられ、一同帰路につく。
●評価書
素晴らしき猟。
素早く的確な敵位置把握を成し、興味を煽りながらの誘導も秀逸。
破壊被害の具合は必要最小限に抑えられ、全体の連携も見事。
堅固な天の癒し手に寄り、個々の調子も常に良好に保たれる。
以上より誰もが持てる全ての力を尽したと判定する。
‥‥‥‥何より奉仕種族が翻弄された様が喜ばしい。