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「ふむ‥‥、情報にあった程もある大きさの鳥ならすぐに見つけられるかと思ったのですが、今ここから確認することは出来ないようですね」
木々の立ち並ぶ斜面手前にて、橘 月(
ja9195) が双眼鏡を用い上空を検めるもそれらしき巨影は見えない。落ち着いた様相ながらも初陣を前に、内に秘める思いは熱く。
「フフフ、きっとこの俺に恐れをなし隠れたんだ! ああ、そうに違いない、うん!」
桃色の瞳を細め、空に飛ぶものが居ないことを満足げに微笑むのはギィネシアヌ(
ja5565) 。憎き飛ぶ鳥ならば堕としてやろうと勇み志願した次第。
「ギィネに恐れを、か。だが、隠れたというならば見つけ、滅さねばならんのだぞ? また、真に新種の野鳥でもあったなら‥‥」
大炊御門 菫(
ja0436)はふと疑念を口にする。ギィネシアヌの力量はよく知るところであり、敵ならば情け容赦も無用だが――
「そうそ。実害もなく、ただ大きさがおかしいという通報だし、ね? 勿論何かあってからじゃ遅い訳だからこうして出撃している訳ですけど、っと」
意図を汲んで言葉を引き継ぐメフィス・エナ(
ja7041)。ヒーローとしての撃退士を志し、そうあろうと意気高く。お気に入りの白い帽子を被り直しながら様々な事態を想定しておく。
「依頼じゃなくて遊びだったらなぁ〜この森、面白そうなものがありそうなのに。う〜ん、ホント残念――ん?」
周囲の警戒を兼ねつつ、仲間から離れすぎない程度に周囲の哨戒に当たっていた藤沢薊(
ja8947)が、ふと気になるものを見つけた。
「あ、この虫――」
「ひ、虫ッ!? ど、どこどこどこぉ!? くっついてない、ない!?」
虫、という単語が耳に届いた途端、決意は解け、メフィスの身が跳ね上がった。慌しく袖や裾を翻し、全身をくまなく確認。
「はいはい、どこにもくっついてないから落ち着いて」
とんとん、とメフィスの肩を軽く叩いて、高虎 寧(
ja0416)は無気力気味な言葉をかける。
(と、いうかまあ、この季節に山とくれば居ないのは保障できないけれど)
実際のところ戦いが収束するまでに遭遇くらいはするかも、と心の中で独り言つ寧。
そんなやり取りを、薄ら笑みを浮かべ、薊は悪戯盛りのまなざしで見つめていた。
「鳥については今山に居ないにせよ隠れているにせよ、登れば木々の合間からも確認できるはず。足元に気をつけ行くとしましょうか」
双眼鏡を己が荷袋に仕舞いこんだ月が告げると、6人は一丸となって緑生い茂る山へ進入するのであった。
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「それにしても暑っついわね。木陰なのは幸いだけれど、風もなくてジメジメと」
小まめに水分を取ることを徹底しながら、寧はうんざりとした様子で言葉を漏らす。一言で言えば蒸し暑い。地面は大量の水分を含んでいるのか泥濘、清涼な森林浴には遠く及ばない悪環境。
「ここにも設置しておきますかね」
最も身軽な薊は、手にしていた生のバラ肉を適当な木に吊るした。効果があるかは分からないが誘き寄せ用の罠だ。
「ん、おい! 危ねぇ! すぐにさがるんだ!」
そうして作業する背と、斜面に索敵の目を光らせていたギィネシアヌが鋭い叫び声をあげた。直後素早い足取りで駆け下りてくる、荒い息遣いと影ふたつ。狼だ。
「え」
薊の反応が若干遅れる。木の影と成り、視界が遮られていたのだ。
「てめーらが何処の使いもんだかは知らないが、今ここで、俺と出会ったことを不運に思いな、だぜ!」
発見から攻撃へ、ギィネシアヌの動きは滑らか。全身から沸き立つ赤い光が、手の中に発現されたアサルトライフルへと、身体を伝い巻き付く。そして駆け下りてくる内の1体に照準を合わせると、素早く引鉄を引いた。
狼は放たれた弾丸に気付くも避けるに至らず、打ち砕かれる後ろ肢。姿勢を崩し、恨みの込められた唸り声を上げる。
「おい、行き成りあてるとは!」
菫の力強い言葉がギィネシアヌへ向けられる。しかし当人から不敵な笑みが消えることは無い。
「いえ、その心配なら大丈夫よ。私の気迫にも怯まず向かってきた――一般的な動物なら足を止めますからね?」
補足するように告げるメフィスの通り、もう1体の狼にも影響はない。この狼は天魔に間違いないだろう。
「せっかく出てきてくれたんだ、迎え撃とう」
一連の流れを確認し、月もアサルトライフルWBの銃口を、近くの木に下がる肉には目もくれず迫る狼に合わせ、放つ。
だが弾丸は軌道を僅かに外し山中へ。月は発射の反動で転倒するのを堪えつつ、険しい表情を浮かべた。気負いすぎだろうか。
「うちは近い方をやらせてもらうわね。手負いのは宜しく、と」
対象は月の狙った狼、寧は側面から勢いよくショートスピアの先端を突き出した。それは狼の柔らかい毛皮と肉を突き抜けた。
(ん、この手ごたえって‥‥)
すぐさま引き抜いて後退――とは行かなかった。一瞬の違和感、物思いに耽ってしまう。
狼に反撃の機会を与えるには、その隙だけで十分。血滴る腹の痛みに耐え、全力で寧に体当たり。
「くっ、遅れを取るわけには――」
避けるに間に合わないと察するなり、全身を強張らせ身構える寧を衝撃が襲う。足は前方に滑り、背は地面へ。そのまま転倒。さらに勢いも重なり、そのまま斜面を滑り落ちるか、と思われたそんな時。
「大丈夫ですか!?」
寧の腕が月の手によってつかまれた。その勢いで身体を引き起こされ、立ち上がる。
「あはっ、おねーさん背中がドロドロだよ!」
狂った笑みを浮かべながら薊はピストルを狼へと向ける。タン、と軽快な発砲音が響くや、弾丸は体制の立て直しに至らぬ手負いの喉元を打ち抜いた。咆哮をあげようとしているのか、何度となく口を大きく開けるが、溢れるのは血ばかり。
「これで仕留めます」
先ほどの雪辱、撃って返すとばかりに月が放った弾丸は狼の頭蓋骨を砕く。身を地面に転がし、しばしのたうっていた狼も終にはその活動を終えるのであった。
ほぼ同じ頃、菫らも1体の狼を仕留める。
「さっすが菫さん! オレが信頼する友であると、フフフッ」
幾度か戦場を同じくした者として、安心して前を任せられることを嬉しく感ずるギィネシアヌ。
「褒めたところで何もではしないぞ。そもそもこれは自己鍛錬の成果であり‥‥」
謙虚に否定する菫、だが――
「待って、まだ居る!」
メフィスが叫ぶ。太い幹の裏から、狼がその瞬間を狙っていたかのように飛び出してきたのだ。
咄嗟にランタンシールドを装着した腕を、受けの姿勢で身構えるメフィス。狼の鋭い爪は篭手とぶつかり合い異音を響かせた。
「この程度で私の守りは綻びません!」
力強く言い放つと同時、守りに構える腕を解き放ち、拮抗する狼を振り飛ばす。
四肢で地面にしっかりと降り立つ狼。二足の人間より安定感がよいのだろう。
「すまないメフィス、助かった」
菫は短く礼を述べると、改めて気を引き締める。ここはまだ戦地。
同志の体制立て直しまで、隙を埋めようとギィネシアヌは引鉄を引き続けた。だが五体満足の狼は飛び跳ねながら何れをも難なく回避。歯噛みするギィネシアヌ。
(あの安定感のある動き、真似るにはどうしたらいい、あれができれば――)
悪環境で自在に動き回る狼を見据え、僅かに考える菫。
「そうか! 私も四足歩行にすれば!」
違いといえばそのくらい。菫は実行しようとして、
「まてまてまて! それは格好が‥‥、じゃない! 以前に武器はどうする!」
思い込んだらそれ一筋、と知ってか、慌てて止めるはギィネシアヌ。
「そ、その通りであるな! 流石はギィネ! ――ならばこれではどうだ!」
要は足を動かさなければ良い。菫はもうひとつの答えを見出す。
ヒヒイロカネ――十字槍を刺突の狙いで構え、狼が勇み、牙を剥いて襲い掛かってきたところを一気に貫いた。串刺し、一撃必殺の突き。柄を伝い血が零れる。
「お見事! とはいえまだ動いてますけどね。もう一撃見舞いましょう」
喉を貫いた槍の先端は背から飛び出している。それでも狼はまだ息があるようで必死に足掻く。
メフィスの言を受け、狼を捨て去るように槍を引き抜く菫。
止めの一撃は胴を真っ二つにすることで達成される。こうされて動くものはいないだろう。
場に静けさが戻った。
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ある程度登ると、一部の低い木の辺りから空を見上げることが出来た。そこには雲ひとつ無い青空が広がっており、日は南天を巡り、やや西に下り始めている。
「多分だけど、あの狼、サーバントだと思うのよね」
攻撃を打ち込んだときの感覚を思い出し、仲間に告げる寧。仕組みは不明だが天と冥、属性が反し差するほど互いの威力は向上する。寧自身、自分が有する力以上の手ごたえを感じたのがその根拠。
「なるほど。確かに俺たちの中でそれを確認できるのは高虎さんだけですね。となると鳥も?」
月は報告用にとメモを取る。
「勢力の違う敵が同じ場に居合わす事例も無くは無いと思うけど、まだわからないですね」
肩を竦め、メフィスが嘆息したと時――
「あれ? 曇った?」
太陽に雲が掛かったのか、周囲に影が落ちたことをいぶかしむ薊。
「待て、雲なんて見当たらなかったぞ。これは」
菫は空を仰ぎ見た。影は突風を伴って上空を過ぎ去る。再び現れる青い空。相変わらず空に雲はない。
甲高い鳴き声と羽音を伴って、その主、大鳥は現れた。
「フフフ、俺の前から逃げ出さなかったことを褒めてやろう! その鬱陶しい翼へし折ってやるぜぃ!」
気持ち、索敵前と言っていることが違う気もするがそこは引きずらないギィネシアヌ。射程いっぱい、ギリギリの位置から引鉄を引く。
的が大きいだけあって弾丸は容易に大鳥に命中する。だが身じろぎひとつしない所を見るとたいした影響はないようだ。
「あは、やっと出てきてくれたね」
いつの間によじ登ったのか、薊は木の枝上から攻撃を仕掛けた。だが大鳥の反応は同じ――でもない。
攻撃への反撃か、大きく翼を羽ばたかせると、複数の旋風が巻き起こった。
「う、わっ!」
薊もその影響を受けるひとり。風は全身を切り裂き、枝は幹から切り落とされ、地面に落ちる――かと思われた瞬間、別の枝に捕まりなおすことで辛うじて墜落は免れる。
「これって無差別!? 痛いったりゃもう」
攻撃に加わっていなかったはずの寧もとばっちり。だが被弾したことで、風は天属性と認知。鳥自体までそうであるとも限らないが。
「こちらの一撃一撃は弱くとも、蓄積すれば必ず落とせるはず、頑張りましょう」
月をはじめ、銃を獲物とする3人は大鳥の射落としに専念。
「おっと、狼の方もかぎつけてきたよーで」
背に向けられる殺気を察知し、寧が顧みると、そこには唸り2体の狼が姿を現していた。大鳥に目を奪われている隙をついての先制。狙いは銀に輝きそよぐ尾の持ち主。
「くっ‥‥ギィネの背は私が守ろう! 決してやらせるわけにはいかんのだぁああ!!」
菫は高らかに咆哮を上げると槍を手に、突撃してくる狼とギィネシアヌの間に割り込み、十字状の穂先で鋭い牙を受け止めた。
その瞬間、不可思議な現象が巻き起こる。
接点を中心に、対峙するふたつを包み込む様、靄が噴出したのだ。他に影響はない。水の粒は山の緑と空の蒼を映し込んだように光り輝き霧散する、刹那の現象。
だが見惚れる余裕は無い。狼はすぐに間合いを取り、再び飛びつける隙を狙う。
菫も次も守り抜くと固く決して。
「こっの、すばしっこく逃げてばっかりで!」
拳を突き出せば側面に飛び逃れ、掴みかかろうとすれば姿勢を低く逃れられ。メフィスは対峙する狼に弄ばれていた。
山林でも動きやすいように、と大剣を攻防一体の盾にしてきたものの、普段の獲物と比べれば命中がやや劣る。
だがいつまでもこうしては居られないメフィスは次の手番に賭ける。限りなく漆黒に近しい紫の光が全身に溢れる中で突き出す一撃。
刃の軌道は狼の腹を抉るように突き上げられ、光纏を伴う業の残影か、黒く歪む月影が一瞬だけ浮かんでは消えた。
メフィスが打ち上げた狼は腹から喉にかけて幾重もの裂傷が刻まれる。地に転がる頃には全身を痙攣させ、
「当たりさえすれば脆いものでしたね」
深く息を吐き、止めをさすメフィス。これで脅威のひとつは仕舞い。もう1体も菫と寧の手によって仕舞っている頃だろう。
対して、大鳥組は苦戦を強いられていた。
「フフフ、翼なんて2枚あるだけでも鬱陶しいというのに、4枚あるとは非常識はなはだしいぜ!」
ギィネシアヌは、改めて大鳥を注視したことで、その背に左右2翼ずつ、計4枚の翼があることに気付く。
動きを見るに、1枚落としたところで墜落はしてこないだろうが、決して地上に近接しない姿をみて、翼を落とすことを優先する。
「さっきのお返しだ!」
斜面にしっかりと降り立ち、薊は引鉄を引いた。弾丸は胴と翼の付け根目掛けて真っ直ぐに飛び、当たったように見えたが――、風切り羽を貫通し、空へ。
「流石にこの程度の弾丸では打ち抜くことはできないのでしょうか‥‥」
威力もさながら、弾頭直径に対し、相手が大きすぎる。2、3風穴を開けた程度では致命的には成りえないだろう。
それでも月は、時折巻き起こされる旋風に注意を払いながら翼を狙い続ける。
不意に、大鳥が高度を上げた。地上に降り注ぐ大きな紅い液体の塊。負傷の度合いが高いのだろうか、
「フフ、ハハッ!」
それを見て突如笑い出すギィネシアヌ。
「降りてくる気がない、ってぇなら、そこでも問題ねぇんだぜ! 面白い物を見せてやる――そう、これが俺、英雄の贋作だ!」
陽炎だろうか、ギィネシアヌの姿にもうひとつの大人びた幻影が重なって見えた。虚か実か、どちらからともなく不敵に笑みを浮かべ、引く引鉄。
撃ち出された弾丸は、纏わりついた真紅の蛇と共に天高く舞い上がり、大鳥を捕らえた。牙を剥き、羽の幾枚かを削ぎ落とす。
――堕ちて来い、と誰ともなく念じた、が。
大鳥は大きな奇声と共に再び旋風を発現。
「くっ」
きつく瞼を結び、痛みに耐える月、薊。衝撃が止むと同時に空を見上げると、
「あれ、どこいっちゃったんだろう、いないよ?」
見える範囲を確認したが大鳥の姿は何処にもなかった。紅い蛇が毟り取った羽が空から降り注ぐ。
「フフフ、俺は見ていたぞ! 空に解け消える様を! きっと俺の実力に恐れをなし逃げ出したに違いない、うん!」
仕留められなかったのは残念だが、と去る姿を視認していたギィネシアヌは言う。
それから山の隅々、空を常々確認したが、罠肉が喰われた形跡もなく、何処にも敵の姿はなかった。依頼主らにそのことを報告すると、敵が去ったことで十分だ、多くの感謝を向けられるのであった。
○
――撃退士に会ったのね、怪我をして‥‥おかえり。
でも命令はちゃんと守れるみたいで、よかった。これなら――