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久遠ヶ原人工島から沖にしばらく進んだ位置で船は動きをとめた。目の前では結界の歪みが壁としてゆく手を阻んでいる。
そんな船の甲板上。
「夏だー! 海だー! マジカルみゃーこ☆ 水中モードで出撃にゃ♪」
猫野・宮子(
ja0024)が着用していた学生服をあっという間に脱ぎ捨てると、猫耳飾りを頭に装着し、直後元気いっぱいに叫んだ。普段はあまり目立たなく、大人しい少女も、猫耳ひとつで陽気な(自称)魔法少女に大変身☆
「宮子ちゃん張り切ってるね。でも、私も負けないよ! ファンダイブじゃないのが残念だけど、久々海だもの‥‥!」
沖縄出身、趣味はダイビングと、水に縁のある與那城 麻耶(
ja0250)も負けずと声をあげる。どちらも支給された潜水具を装着済、GOが掛かれば今すぐにでも水中へ姿を消すことだろう。
それを引き止めているのは出撃前の最終確認。結界をくぐれば敵の支配エリア、何があってもおかしくはない。さらには海上、海中、慣れない現場に慎重な者も多かった。
「ゲートから出てくるのは海月‥‥海月のゲート‥‥クラ、ゲート‥‥!? 謎は全て解けたかも!」
敵の情報を確認しながらぶつぶつと何事かを呟き、仕舞いに自己完結したのは下妻ユーカリ(
ja0593)。特技は明後日への全力疾走とのことで――おそらく閃いた事柄もそれに関連しているはず。
「それで、ゲートの正確な位置はわからないのね?」
先の調査でどこにゲートがあるかの報告はなかった。大抵結界はゲートを中心に広がっているが――常木 黎(
ja0718)は結界の歪みを見つめ、淡々と呟く。海面は至って穏やか。それが逆に不気味でもある。
「ああ、まずは発見を最優先だな。そして――この潜水具の通信機能は結界内でも有効なのだな?」
リョウ(
ja0563) は黎の言に肯定を返しつつ、同行しているライゼ(jz0103)に尋ねた。
回答は是。基本結界内では一般的な通信機器は電波が妨害され、使い物にならない。それを鑑み、この潜水具には光信機の技術が取り入れられていて、内容は船上も受信可能とのこと。
「コアには謎が多いですね‥‥。とにかく召喚機能を止めないことには、ですし。準備よろしければそろそろ往きましょうか、皆さん」
背にずっしりとしたタンクの重みを感じつつ、楯清十郎(
ja2990) は船の縁に腰を下ろした。
想いは様々。楽しそうに、神妙に、淡々と、それぞれ大きな水しぶきをあげながら、順々に海中へ姿を消していった。
そんな彼等を結界は、拒むことなく受け入れる――
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結界内に侵攻した一行は、ひとまず中央付近を目指し、海面近辺を移動していた。
『真冬の海に比べたらどうって事ないわね』
光信機を通して聞こえたのは後方を泳ぐ黎の声。下を見れば灯り乏しく、底知れない闇が広がっていた。
『周囲全方向に警戒しろ。どこから現れるかわからん』
先を進むリョウの双眼にはナイトビジョンが装着されている。広がる闇もさしたる障害でなく、辺りを見渡すことが出来た。
故に――
『前方距離3、下方距離2、海月を視認』
全員がその言葉に動きを止める。気付かれなければやり過ごすつもりでいたが、向かい来るなら処理する。
『確実に仕留めましょう、僕は下の対応を――ッ!?』
清十郎が腕にスネークバイトを発現させ、行動を宣言するとほぼ同時、眼前に海月が迫っていた――移動が想いの他早い!
咄嗟にシールド展開も考えたが、先を思い僅かに躊躇。その隙を付かれ、胴に体当たりを受ける。清十郎の口からボコリと、大きな空気の塊が吐き出された。
『楯! 大丈夫か』
衝撃により、後方に流されかけていた清十郎をリョウが受け止める。足場がないのはやりにくい、と苦笑が返された。まだ大丈夫のようだ。それでも地の利は相手側。気を抜けはしない。
『正面から来るのは私が受け持つよ! 流されたらきっと黎が支えてくれるはず!』
極めて楽観的にユーカリは宣言すると、手の内に苦無を現し、近接される前に攻撃を試みた。それは水の流れをものともせず、一直線に海月に突き刺さり、再びユーカリの手の内へ戻ってくる。
(‥‥純粋な信頼――か)
気恥ずかしながら嬉しい、という言葉は飲み込んで。黎は勝利のために引き金を引く。相手の動きを封じる素早い連携。マグナムから放たれた弾丸は海月の核を狙う。その命中精度は高く、的確に貫通。海月は潮にのまれ溶け消えた。
『表面がちょっと通しにくいけど、核は脆いみたいだね!』
声色から、隣でユーカリがはしゃいでいるのが感じられた。
そしてもう1体については、
『先ほどのお礼をしませんとね』
自在に動き回る海月をどうにか捕らえた清十郎が、牙の先で切りつけているところであった。海月は衝撃に身を縮ませる。
『その様子では避けられまい』
手の内に召炎霊符を現すと、焔の様な球を念じ生み出し、海月に向け放つリョウ。
焔は水の中でも消えることはなく、接触直後、焔は海月全体を包み焼く。
そして露になった核部分を清十郎が止めの追撃で破壊。若干移動に戸惑う部分もあるが攻撃に関しては陸と遜色ない。
『敵、いなくなったかにゃ‥‥?』
少し離れたところにいる宮子から、確認の通信が入った。
『少なくとも見える範囲にはいなそうね。先へ進みましょう』
夜目により周囲を確認した黎の合図で、全体は再び移動を開始する。少しずつ深度を落としながらゲートを目指して。
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どれだけ進んだろうか。深さに比例し、闇も濃くなる。手元の明かりが照らすはせいぜい数メートル先まで。それでも、
『うわ! くらげがいっぱい‥‥!?』
声をあげたのはユーカリ。異物の存在、気配程度は感じ取れる。
『‥‥海月だけではないな。奥をみろ』
リョウが示唆する先、海月の背後に、不気味な色に歪む、表現しがたいモノが存在していた。
『もしかしてあれがゲートの入口だったりする? 今、位置的にはどのあたりなのかな』
目印のない海中にいては、現在地を計り知る手段などない。そのことを麻耶が何気なく呟くと、海上から反応があった。
――結界の中央付近と位置を確認。異常と感じるものがあるならそれが入口のはず、と。
『うに! それじゃあ僕達は一直線に向かうにゃ! 海月のことはよろしくなのにゃ♪』
『破壊活動は任せて! 即効蹴りつけてくるから!』
ゲートなら出番である、とばかりに宮子は麻耶の手を引く。
『はい。それでは打ち合わせ通り行きましょう。おふたりとも、ご武運を』
言葉と同時に清十郎はタウントを発動。一瞬にして複数の敵意が投げつけられるのを感じたが、それに身じろぎすることなく耐える。
同時、宮子と麻耶は己らの気配を薄め、影に溶け込む。そしてゲート入口目指し、力いっぱい水を蹴った。
『魚が一匹もいないのは不気味だね。くらげに食べられちゃったのかな?』
ユーカリはそんなことを口にしながら、清十郎目掛け移動を続ける海月の1体に攻撃を仕掛けた。注意の的から外されていたこともあり刃の先端は容易に海月を射抜く。
が、攻撃を仕掛けられれば相手も気付き、反撃という形でユーカリに敵意を向けてきた。しかし狙いは拙く、危なげなく回避。
(どうも水中では違和感あるわねぇ‥‥引き金に手ごたえがないというか)
目標を捕らえられなかった海月の背後を、黎の弾丸が貫く。
ふたりはゲートへ向かう仲間の援護に努めた。如何に潜行しているといえ、それは完全ではない。気付く敵もいる。
『予想外にたくさん集まってきてしまいましたね――ですが好都合。リョウさん、今です! 一気に薙ぎ払ってください!』
清十郎は集まってきた海月たちの攻撃をシールドで凌ぎながら、好機を示す。
『ああ、任せろ。問題ない』
海の闇の中に炎が生み出される。それは黒ずくめのリョウが放つ黒焔槍。槍は射線上全ての海月目掛け、一斉に放たれた。
黒き焔にのまれた瞬間、水雲と化す海月。それをリョウと清十郎は技の続く限り繰り返し、確実に数を減らしていった。
『もしかしてこの海月、魔法攻撃の方が有効なのかな?』
『可能性はありますね』
技の威力もさながら、リョウの魔法攻撃が有効そうなのを見るや、ユーカリも黎と共に攻撃手段を切り換えるのであった。
『この程度の攻撃なんて余裕だね!』
何度か海月に気付かれ、攻撃の触手を向けられたが、麻耶はいづれも容易に回避していた。攻撃をやり過ごすと、すぐさま全力で移動を再開。黎ら、援護の後押しもあり、ふたりは難少なく入口に辿り着くこと叶う。
『これを潜れば敵の本拠地にゃ‥‥!』
宮子は意を決し、中へ。途端、全身から力が抜けるような、重力が加わるような不思議な感覚を覚えた。
『なんにゃ!?』
『これが、ゲートの中‥‥――守護者は!?』
潜るとそこは異空間。天魔の領域だ。
慌て麻耶は内部にくまなく注意を向けるが、敵という敵の姿はなかった。どうやら守護者も海月も今のところ存在しないようだ。
代わり、中央付近に輝く球体を見つける。
『コアはっけーん♪ 破壊行動開始にゃっ☆』
海中の仲間に通信を送ってから、宮子は速攻コアへ詰め寄る。叩き込むのは跳躍から、全ての力を乗せた一撃。
打撃の瞬間、僅かにコア色が変化したように見えたが、生命体でもない以上手ごたえは分からない。
「とにかく壊れるまで殴ればいいんだよね! っしゃー! らら、らーッ!!」
シルバーレガースを嵌めた足から連続で蹴りを繰り出す麻耶。
妨害する者が居ない今、ふたりは全力で攻撃を打ち込むことが出来た。幾度目かの打撃にコアの色が鈍りだす。
「もう少しの予感!」
ラストスパート、そんな言葉が脳裏を過ぎった時、異変は起きた。ゲート内に巨大な影が下りる。
「も、もしかして攻撃に気付いて守護者が戻ってきたとかにゃ!?」
可能性はありうる――が、違った。
「「でかっ!!」」
ふたりの感想は一致。2mは余裕で超えるだろう巨大な海月が姿を現したのだ。一斉に総毛立つ。
「ま、まだ終わってない!」
一瞬気を取られてしまったが、今はとにかくコアを叩く。幸い巨大海月の動作は鈍く、まだふたりに襲い来る気配はなかった。
その隙に、
「これでどうだ!」
麻耶の一撃がコアに決定打を与えた。歪な音が耳に届いた直後、コアから光が失せ、沈黙。
「「やった! ――って、喜んでらんない!」」
そう、感動している余裕はない。今度は海月がふたりを狙っているのだ。
『コア破壊完了にゃ! でもでっかい海月がしゅつげーん! 応援おねがいにゃ〜』
鞭のようにたたきつけられる触手を回避しながら、宮子は仲間に通信を送った。これを喰らってはひとたまりもないだろう。ゲート内壁が巨大海月の攻撃で抉られ飛び散る。
『ねえ、外で戦う!? 中で戦う!?』
際どい選択だった。麻耶は悩む。コアを破壊したとはいえ、ゲート内では能力低下、及び外の海月に包囲されかねない。海中に出れば巨大海月も出て来るだろうが――
『――ねえ、コア破壊って目的は達成したわけよね。だったら戦わないで退いてもいいと思うのだけど、どう?』
今回の目的はあくまでコアの破壊、海月の殲滅ではない、と黎が提案を投げかけてきた。そう、無事帰還できれば任務完遂のはずだ。戦いは好むところだが優先順位としては落ちる、そんな黎のスタンスが選択肢に活きる。
宮子と麻耶はゲートから飛び出す。無論巨大海月もぬるりと入口を越え、追ってくる――
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『コア破壊確認。これより撤退する。可能なら船までの誘導を頼む』
リョウはゲートから抜け出してきたふたりと海月を視認するや、海上へ通信。まもなく了解の旨が返ってきた。結界が消えた今、船で直接浮上位置へ向かうことも可能であると。
となれば。
(水中でも影は僅かに存在する――)
巨大海月の動作を封じる為、リョウは己の影を引き伸ばし、束縛を狙う。するとまもなく海月は動きを止む、どうやら成功したようだ。
『道をあけて!』
4人のおかげで大分数は減っていたものの、まだ海月は散見された。それを麻耶は、烈風の力で任意に水流を発生させ、散らすことを想い描く。最も遠い的を狙えば必然、影響は長く、水中に発現された風刃は水流を生みながら一直線に海面へと向かう。そうして1本の道が生み出された。
『おお! 早くこっちへ! 援護するから!』
道の先でユーカリが手招きをした。道を塞ごうとする海月に苦無を投げつけ、
『あとから追いつく、さっさといきな』
黎も導く。1撃放っては海面へ向かい退く。
そして打撃を受けた海月らの動きが鈍くなってきたのを確認すると、振り切れると確信。自身も全力退避。
海面付近の敵はリョウと清十郎の手によりほとんどが処理されていた。
清十郎は、海月をひきつける意味合いから集中攻撃を受けていたのだが、自己再生能力によりそこまで重篤ではなさそうだ。
『身体が丈夫なのが取り柄ですからね。はい、これで、海面の掃除完了です』
付近に残っていた1体へ、最後の一撃を叩き込む清十郎。
リョウは周囲に仲間が揃うまで巨大海月を束縛し続け、
『にゃ! 船がみえてきたにゃよ〜♪』
しつこく追ってくる海月を仕留めつつ移動していると、宮子が船の接近に気付いた。
乗り込んでしまえば追いつかれることは無いはずだ。一行は力を振り絞り全力移動、船に並ぶや、急ぎ飛び乗った。
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「どうも視界が悪いと思ったらゴーグルに藻が張り付いていたようで。あ、これどうぞ。皆さんの分ありますよ」
久遠ヶ原へ戻る船上で、清十郎は苦笑いを浮かべながら持参していた飲料を配布していく。全員甲板上に座り込んでいる。
「ありがと、いっぱい潜って疲れちゃったしね、嬉しいよ。今度は遊びできたいところだね」
飲料のひとつを受け取りながら、宮子は作戦時とうってかわり、大人しい様子で微笑んだ。
「そこは私も同意! パーフェクトブルーな珊瑚礁を満喫できるかと期待してたのに、くらげしかいないなんて‥‥!」
綺麗な魚も居なければ珊瑚もない、その結果にがっくり項垂れるユーカリ。
「もうちょっと南か、沖縄なら見られたかもね! でも、この作戦でひとつの海が救われた!」
「あぁ、夏はまだ始まったばかりだし、仕事以外で海に出られる可能性もまだあるんじゃない?」
それは喜ばしいこと、と麻耶は逆に歓喜し、黎も励ましを返した。
「女史、結局倒さなかった海月は大丈夫なのですか?」
リョウは最後にみた巨大な海月を思い起こし尋ねる。他の海月も倒した方がよかったか、と。
その件については、問題なし。コア破壊が適ってもエネルギーが残っている限り眷属は召喚される。完全消滅まで張り付いているならともかく、今回の作戦にそこまでは含まれないのだ。
――海月が流れ着く先は殆ど久遠ヶ原、見つけた誰かがどうにかするでしょう、と。