●おいでませおねえさま
約束の時間。依頼された寮の前に、美しく華やかな女性たちが集いだす。迎えるのは依頼人、貴布禰 紫(jz0049)。
「‥‥はじめ、まして‥‥」
表情を凍てつかせ、心で微笑んで。椎野 こまち(
ja1611)は、僅かな風にも柔らかく揺れる黒髪と共に恭しく挨拶をした。
「あ‥‥えっと、‥‥ボ、ボクも初め、ましてで‥‥その‥‥」
すると、喉に言葉を詰まらせながらも浪風 威鈴(
ja8371)が挨拶を返す。
どちらもまだ依頼慣れしていないのか緊張の面持ち。そこから続く言葉がなかなか見つけられず、単発的な音を点々と搾り出している。そんな初々しくも、いじらしい様子を見かね、
「ほらほら、あんまり緊張しないの。祝い事の準備もあるんだから、今日はにこやかにいきましょ」
年長組であることや経験から、経験の浅い者の緊張を、どうにか分散させようと努めるミリアム・ビアス(
ja7593)。髪は陽を浴びて神秘的な白銀に輝く。
「そうそ。おねぇさん達も一緒なんだから心配することなんて、なぁ〜んにもないのよ? 分からなかったら聞きなさいな♪」
先のミリアムもナチュラルな中性的な容姿であったが、ヨナ(
ja8847)も同様、高身長も合わせて中性的な印象を受ける。だが仕草も様相も女性以上に女性らしく。まさに潜在的な女性像?
「おー! 頼りがいがあって、いーおねーさまたちだ! これは期待大だね!」
と、紫の瞳も期待に煌く。
(‥‥紫さん、多分ひとりは真正のおねえさまではなく、真性のオネエさまです‥‥)
持ち前の危険発言をしないよう、口では無難な挨拶を述べながら、心の中でそっと呟く紫藤 真奈(
ja0598)。過去に紫が受付を行った依頼の半端情報さからか、今回も若干の不安を隠せないでいる様子。
一応改めて簡単な説明を受けた後で、一行は寮の中へ。
しかし全体の動きに気付かず、夜科小夜(
ja7988)はぼうっと空を見上げていた。まるで猫が中空の何かを見つめるような眼差し。口元は微かに何かを紡いで――
「‥‥っと、夜科先輩、行きます‥‥よ?」
こまちから掛けられた声ではっ、と我に返った小夜は、
「今‥‥いきます」
と長い漆黒のポニーテールを揺らしつつ、高鳴る胸を抑え、こまちと共に玄関の戸をくぐるのであった。
●お台所のお手伝い
「先に‥‥お昼の準備、してしまいましょう‥‥」
小夜は台所に入るとすぐ、買い込んできた食材を台の上に広げた。
「平均的な、お昼が12時、とすると‥‥、すぐ、お米‥‥」
壁時計が指し示す時刻は10時半。今から研いで寝かせて、おにぎりにしてもギリギリだろう。
こまちは急ぎつつも冷静に米櫃を探す。在庫があるものは使っていいとのことだが、勝手分からぬ他人の調理場。彼方此方開いてみるがなかなか思うようには見つからない。
「あ、‥‥ここ」
そのうち共に捜索にあたっていた小夜が、床の保存庫内で発見。しかし次なる関門が立ちふさがる、
「ジャーは‥‥どこ?」
「これ、‥‥だけど‥‥電源が‥‥」
律儀に待機電力にも気をつけている様子。こまちと小夜はジャーに米を預けた後、とにかく台所の把握に勤しんだ。
その過程で冷蔵庫の中身も確認。
「ケーキの材料は‥‥やはり、ないみたいです」
誕生日にはやはりケーキ、と考えていたこまちは、足りない材料をメモに纏める。
「寮の人が6人で‥‥、小夜たちも6人‥‥材料、いっぱい必要そう‥‥」
お祝いするならいっぱいいた方がいい、そんな観点で彼女たちも祝福に加わろうと考えていたのだ。みんなで摘める料理も必要だ、とピザの製作を考案する。
「‥‥それに、しても、こんなにいっぱいの‥‥料理、作るの、久しぶり‥‥ふふ」
こまちの硬かった表情が、ほんの一瞬だけ解け、笑みに代わる。撃退士の中には辛い経歴を持つものも多く居るが、こまちもそのひとり。しかし今だけは少し楽しそう。
「次は‥‥ええっと‥‥、あ、ビアスさんに連絡」
自分の荷物から通信端末を取り出すと、事前に交換しておいた連絡先へ発信。するとすぐに応答があった。
『――‥‥? ‥‥、‥‥』
「了解、――ええ、大丈夫。店員に聞けばいいし――心配ないよ。ええ、じゃ、また――」
ミリアムは耳から通信端末を離すと、ヨナの方へ向き直る。
ここは寮から若干離れた商店街。大抵のものがここで揃えられた。
「なんですって?」
「ケーキの材料一式、ピザ生地と卵たくさん、って。先に食材以外のもの買っておいて正解よ」
そろそろ生ものを長時間持ち歩くには気温も心配だ、と空を見上げるミリアム。
このときヨナの腕には均一ショップで購入した、雑貨入り袋が提げられていた。女の子に持たせるのは忍びない、と荷物持ちを買って出たのだ。中身は主にパーティグッズ。ヨナが動きを見せるたび鮮やかな色が見え隠れ。
「買い物の基本よぉ♪ ま、でも、時間圧してもいけないし、早く買って帰りましょ」
張り切った足取りで大きめのスーパーへ向かうヨナとミリアム。ケーキに至ってはスポンジから自作で用意するそうなので、少し急いだ方がいいだろう。買い物に時間がかかった、では済まない。――でもどちらかというと、昼食に間に合いたいから。
「‥‥これで、‥‥大丈夫‥‥」
一応誕生日会用に多めの予算が組まれていたが、無駄に使わないに越したことはない。ある材料までわざわざ買う必要はないのだ。料理を得意とするふたりは、的確に必要な材料を指示することができた。
そしてジャーから、炊き上げ完了のアラーム音が響くのはまもなくのこと。ふたりは再び台所を忙しなく駆け回りだす。
●お掃除のお手伝い
台所が慌しい頃とほぼ同時。
「洗濯‥‥もの、‥‥集めた方が、いいよね‥‥?」
一緒に行きませんか、と威鈴は呟く。髪は元々でもあるが作業の邪魔にならぬよう、襟足でひとつに結い上げて。
「そうですね。何度も洗濯機を回すのも非効率的ですし。他に洗うものがないか聞きにいきましょうか」
オドオドとする威鈴と対照的、真奈は凛々しく言い放つ。同性なら回収に顔を出しても抵抗されることも少ないだろう。
面倒臭そうな顔をしている紫もひきつれて、3人はこの時間寮に居る者から洗濯物をかき集めて回る。空模様を確認し、まだ余裕があるなら、とおずおず差し出される洗濯物も多くあった。
「‥‥あ‥‥、ここ、軋、む‥‥」
そんな戻り道。洗い物の詰まった洗濯籠を抱え、寮の廊下を歩いていたところ、威鈴が不意に足を止めた。それから一度少し戻って、また進んで。すぐに抜けたりはしなそうだが、キリキリと不思議な音がした。
「あ。浪風さんがお先にどうぞ。荷物をもった状態で、ふたり同時は危ないと思いますし」
怪しくなるおよその重量は聞いている。威鈴も真奈も特に問題のない範囲だが、ふたり合わせては危険になることもあろう。
真奈は先に威鈴を進ませると、ある程度距離を離し、安全を確認してから注意深く足を進めた。そして振り返りもうひとりを――
「紫さんも‥‥って、え?」
「ん? これ、別に真上歩かなければいいだけだよ?」
紫は廊下の極めて端を歩いていた。無論音は鳴っていない。
「‥‥まさか音が鳴る場所、知っていたりしませんか」
もしかして、と尋ねてみたところ嫌な予感は的中する。真奈の指摘通り、紫をはじめ、寮生はみな軋み音のする注意箇所を把握していたのだ。しかし紫から、その情報は提供されていなかった。
「あ‥‥そう、か‥‥確かに。住んでるん、だし‥‥そう、だよね‥‥」
「そういうのは最初に吐け」
なるほど、と納得する威鈴と、またか、と鋭い指摘を入れる真奈。当の紫は悪びれた様子もなし。
洗面所に戻ってから、改めて注意箇所を聞き出し、他の仲間とも共有する。自分たちの常識になっていて気になりもしなかった、とは紫の言い訳。
「――誕生‥‥日、会‥‥うまく、いくといい、ね‥‥」
洗濯物をドラムに押し込んで、威鈴は真奈にそっと語りかける。
「はい。そのための手伝いに来たのですしね」
次は掃除だ。会場用の部屋は普段使われていないとのことで、掃除の必要性は多々あるだろう。引き続き、気を引き締め挑む。
●午後はまるっと大忙し
昼食には小夜とこまちが握ったおにぎりを寮の皆と口にして、洗濯物が風に揺れるのを眺めながら小休止。
それから改めて、遣りかけの作業へ戻ってゆくそれぞれ。
会場用の部屋の掃除は、この時点でまだ完了していなかったため、ミリアムとヨナは別室で細工作りを行うことにした。
「折り紙でチェーン作るなんて久しぶり‥‥。昔はよくやったものだけど」
定寸で切って輪っかを作り繋いでゆく作業。白く細い指が起用に動く。
「色の組み合わせは大事よ! ちゃんとトレンドカラーも取り入れて‥‥そう、この組み合わせで完ッ璧!」
最近の折り紙は色が充実しているもの。そこにセンスをプラスして。どこに出しても恥ずかしくない色使いだ、と惚れ惚れするヨナ。それはとても美麗なグラデーションを描く。
「あ、そういえば畳部屋なのよね。座布団も日干ししておいた方がいいかも。ちょっと、行って来る」
そんなことを言いながら部屋を出てゆくミリアム。しかしその手に座布団は握られていない。
「卵をたっぷり、つかいます‥‥」
小気味よい音を立てて、次々と卵の殻が割れてゆく。淡々とした言葉運びながら、どこか愉しそうなのはこまち。
「苺は、ヘタを‥‥、取って‥‥うん、‥‥大丈夫、簡単」
小夜はまるで誰かと話しているように作業を進める。パック内の苺を1個、2個と数えながら丁寧に作業。しかし、
「――11個、12個‥‥じゅう‥‥あれ‥‥たりな――」
数が足りなかった。もしかしてどこかに落としちゃったかな、と首を巡らすと、台所の隅に巨大なダンボール箱があることに気付いた。しかも気持ちカサカサと動いている。
(――さっきまでなかったはず‥‥)
箱の下に転がったのかも、と近づきそっと持ち上げる小夜。それはとても軽くて、逆さまで、
「きゃ」
「あ――」
中からミリアムが現れた。その手には苺ちゃん。犯人はここにいた。
「‥‥つまみ食い、だめ。ですよ?」
ミリアムは若干怒られるのを覚悟したものだが、小夜の口調は特に大きな感情の振れもなく。逆にお昼が足りなかったのかと心配され、昼食のあまりをいくつか渡された。
パーティ料理の仕込みはとても忙しそうだ。ミリアムは指先に付いた調味料を舐め取りながら台所を後にする。
部屋はおよそ半年程放置されていた、とのこと。窓を開け放ち、空気を入れ替え、埃を落として。
「この部屋ならどうにか全員はいれるでしょうか」
他の部屋からテーブルを運び込みながら真奈は息を付く。
「‥‥うん‥‥少し、狭いかもだけど‥‥」
そればかりは仕方ないこと。壁を破るわけには行かない。威鈴は運び込まれたテーブルを丁寧に拭き掃除した。
紫は外で元気に座布団叩き中。ミリアムに渡されたものだ。
「‥‥今、気付いた‥‥。洗濯物の、近くで‥‥叩いてない、よね‥‥?」
部屋の中から外の様子を窺い知ることは出来ない。そういうことはないだろうと思いつつも、威鈴は思い浮かんだ言葉を口にした。
――見てきます、と真奈が飛んでいったのは直後のことで。冷ややかな声が聞こえてきたのも間のなくのこと。
流れはともかく、部屋の片づけを終えると、ふたりはミリアムとヨナを部屋に呼び込み、飾りつけ可能の旨を伝えた。
威鈴は紫と共に乾いた洗濯物の取り込みに取り掛かり、
「とにかく可愛くです。これだけは絶対は譲れません」
真奈は飾り付けに加わって、己の刀の鞘と同じように、小さなビーズを飾りにトッピングしてゆく。
「あら! 気が合うわね〜。私もそこは譲れないと思うの! みて、これ〜、可愛くデコレてるとおもわなぁい?」
ヨナも同意し、自分が飾りつけたものを見て欲しいと示した。どちらも方向は異なるが、それなりの芸術センスを持ち合わせている者である。
「――あ‥‥、っと。はい、そうですね、よいとおもいます」
何かを言いかけて飲み込んで、真奈は頷いて見せるのであった。
壁には折り紙で編まれたチェーンが下げられ、小さな風船も転がして。横断幕には及ばないが、カラフルな模造紙に、大きなハッピーバースディの文字。余白部分はシールやモール、イラストで飾って埋める。
そうしているうちに台所から良い香りも漂い始めて。
まもなく誕生日会の時間だ。
●バースディ
在住寮生も順々に集まって、それぞれ挨拶を交わすと、豪華な夕飯に感謝と笑顔を返された。
テーブルの上では出来立てのピザや、卵、生クリームたっぷりのキッシュがほこほこと湯気と食欲そそる香りを立てている。
主役の為の席には大きな苺の手作りホールケーキ。
そして主役であるサキは――
顔に目隠しを、胸に真奈手作りのコサージュを、手を一番年齢の近いこまちに引かれながら、席にいざなわれる。
誰もが息を潜め、高鳴る胸を押えながらその時を待っていると、ミリアムによって目隠しが取り払われた。
同時、
「「「お誕生日おめでとー!」」」
と複数のクラッカーが軽快な音を立てて部屋に降り注ぐ。
「あ、ありがとー!」
元気な少女の声が、一拍遅れて歓喜を示すと、それは誕生日会始まりの合図となる。
「ケーキは最初に食べますか? 後に食べますか?」
ホールにナイフを入れようとしたところで、真奈がふと気付き、意見を求めた。
「もうみんな食べ始まっちゃってるし、切って分けておけばいいんじゃない?」
応じたのは紫。当人もひとくちサイズのコロッケをいくつか口に運びながら。
「サキちゃん、おめでとう‥‥。このキッシュ、たっぷり、卵を使ってあるの‥‥」
こまちはサキに料理を取り分けながら、不思議な顔をしてみている料理の説明をした。
すると、卵という単語に反応し、喜んで受取、口に運んでは何度も美味しいと声をあげた。
「‥‥? どうしまし、た? 何かお困りで‥‥?」
空いたグラスに飲み物を注ぎつつ、小夜は落ち着かない様子の威鈴に気付いた。
「あ――その。みんな楽しそうでいいな‥‥って。今割り込んだら‥‥悪いかな、って‥‥」
女性ばかりの賑やかな食卓を気も漫ろに見つめていた威鈴。小夜に、そっとプレゼントはいつ渡したらいいと思う、と尋ねる。
「あら、あなたも用意できたの? そんな気兼ねする必要はないわ♪ 一緒にいきましょ」
「そうそう。今なら特に問題はないよ。渡している間に食べたい料理がなくならないか心配なくらいで」
ヨナとミリアムは揃って威鈴の手を引き、ささやかなやらも贈り物を進呈。受け取ったサキは予想していなかったのか大喜び。
もちろん料理も好評で、手際に問題もなし。誕生日会とお手伝いは、大盛況のまま幕を下ろすのであった――