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「あらあら、これが畑というものなのですね。私、足を踏み入れるのも初めてで‥‥どうしましょう、どきどきしてきましたの」
にこにこと笑みを浮かべ、心躍らすのはSarah・Michael(
ja7560) 。柔らかな金髪がふわりと揺れた。
目の前には広々とした畑。まだ手付かずなのか、所々に元気な雑草が見て取れた。
「このどこかに土竜サーバントがいるんだよー。気を引き締めないとっ!」
はしゃぐSarahの隣で、大上 ことり(
ja0871) は「めっ」と注意を促す。言葉運びはのんびりとしているが、纏うオーラに隙はなし。
「大丈夫ですわ、任務ですものね」
と応じながらも笑顔のSarah。
「見たところ穴らしいものもないがー‥‥確かに生物の気配は感じるな、なんとなくだが」
一見なんの変哲もない畑を、まじまじと観察し、加倉 一臣(
ja5823) は仲間に告げる。流石に撃退士とはいえ六感だけでは、具体的にどこに何がいるかまで把握できない。
「流石にこう広いと難しいよ。準備が整い次第、まずは阻霊を。それでダメなら探知を試みる。どちらかにかかることを祈ろう」
龍崎海(
ja0565)は嘆息した。使用回数の限られた技を如何に有効活用するかは重要な鍵になろう。
「自分はこの位置で警戒させてもらいます。開始はいつでも」
リボルバーを構えた物見 岳士(
ja0823) は、いつ敵が現れてもよいようにと瞳を光らせ、畑を見据える。
「あたしも準備おっけーよ。援護はまかせてね」
いまだあどけなさの残る仕草で、配置完了を告げるのは柴島 華桜璃(
ja0797)。その近くの地面には鎌や鍬が突き立てられている。有効かは不明だが対土竜トラップだ。他にも水や爆竹を使う等の発案もあったが、生憎ライゼの許可がおりなかった。
「全員阻霊符は持ったな?」
と、桐生 直哉(
ja3043)が最終確認を行うと――
「ああ、もちろん持って‥‥もって――なんで持ってないんだ! 俺!」
レイヴン・フリューゲル(
ja8394) が慌て叫んだ。彼方此方まさぐってみたが阻霊符の「そ」の字も出てこない。
次いで何人かが同じように不携帯であることに気付いたようだ。
「ふむ‥‥陣の方でよかったら予備がある、貸そう」
「悪い悪い、終わったら返すからさっ」
幸い直哉をはじめ、予備を持っていたものも多く、互いに貸し合うことで数は足りた。これなら作戦に支障はなさそうだ。
改めて配置に付く。
「さあ、土竜さんでてきてねー!」
ことりは大きく手を掲げるという合図をもって光纏。周囲には金色の花吹雪が現れて――
●
色とりどりのオーラが一瞬で周囲を染め上げた。
と、同時。虚空に黒い5つの影がどこからともなく弾き出されるようにして現れた――依頼にあった土竜サーバントだろう。
透過していたところを阻霊によってはじき出され、無防備な姿勢のまま地上に投げ出される。
何が起こったのか瞬時に判断する知能もなし、土竜の挙動は遅れた。
「先手を!」
岳士は叫ぶが早いか引き金を引くが早いか。即座に反応を示し、鋭い一撃を土竜に向け放つ。
奇襲としての効果もあり、見事片腹を穿つ弾。1体が声ならぬ声をあげ、地でのたうつ。
――その奇声が場を動かした。
あるものは向かい来る。
「居残り回避の為、私も頑張りますー!」
最初が肝心と祈りを込め、ことりは突進してくる土竜に狙いを定めると、リボルバーから黒い霧を纏う弾丸を発射。属性転化したそれは、天の眷属である土竜に対して威力を増し、傷をより深く大きく、一肢を奪った。
またあるものは遠のく。
「くっ、逃がすか!」
直哉はすかさず脚力を爆発させ、全力で地を駆る。
「っと、俺も桐生ちゃんについてくか、ここで分かれるとしよう。できればふたり、付いて来ーい!」
1人だけ行かせる訳にもいかないのは勿論のこと。顔見知りであることもあり、一臣は、掛け声に応じて足を動かしたレイヴンとSarahを率い、直哉の後を追うのであった。
開戦の地に残されたのは手負いの土竜2体と無傷の土竜1体。それから4人の撃退士。
のたうつ土竜に最速で駆け寄ったのは海。射程が届かなければ、と懸念して現してスクロールをショートスピアへ持ち直し、構え。
「苦しみが続かないことを祈るんだよ」
この一撃で落ちれば済むこと。地面目掛け鋭く突きたてた槍の先端は、的確に土竜の中央を貫いていた。甘さの一片も見せない正確な攻撃だ。土竜は永遠に活動を止むことになる。
しかし勝利の余韻に浸るには早すぎる。すぐさま次の標的へ。
背後を振り返ればそこはまだ緊迫の最中。
「もぐらさんの姿だからって、許してあげませんからね!」
ダークブラウンに輝く髪をなびかせて、華桜璃はスクロールの紐を解いた。まもなく光の弾が現れて、ひとつの脚を失った土竜へ飛ぶが――地に当たり、霧散するエネルギー。
はっと息を飲む華桜璃。
――いけない!
攻撃を回避した土竜は憎憎し気、礫を反撃として発してきのだた。受けも回避も間に合わず水月に被弾する華桜璃。息を詰まらせたのか、咽ながらその場に膝を着く。
「華桜璃ちゃん!? こんの〜‥‥! 許さないんだからねっ!」
仲間の負傷におっとりと憤怒することり。足場に注意しながら、尚も華桜璃を傷つけんと構える土竜に照準を合わせた。
(これで使い切っちゃうけど‥‥しかたないよね)
2度目のダークショット。この土竜にとっても再洗礼、可能なら避けたいところだったろう――が、叶わない。
ことりの弾丸は土竜の半身を奪った。
それでも尚、足掻こうと残る身を捩る。
「しぶといですね。幾ら粘っても、君たちはここに存在していいモノでないというのに――仕舞いましょう」
言葉だけを拾えば冷静沈着。だがその奥に秘める熱意は人一倍の様子。岳士の持つ鳶の瞳に慈悲はない。
いつの間にか放たれた弾丸が土竜の中核を打ち砕く。まもなく足掻くことを止める物体。
「あ、あと、1匹は‥‥どこに‥‥?」
息も絶え絶えながら、体勢を立て直した華桜璃が苦しげに言葉する。
「――む、そういえば姿がみえないですね」
土手の上から全体を見渡して岳士も唸る。
「光纏はしたままだよ〜? 破られちゃったのかな? それとも」
土竜の抵抗が阻霊を打ち破ったか、もしくは姿から連想される穴掘り技能を使ったのか?
「自分はこのまま奇襲の可能性も踏まえ、ここから警戒を続けます」
いつでも引き金を絞れるように、岳士は場に集中。
とすれば炙り出すのは仲間の役目。
「探知を試みるよ。範囲を絞り込もう」
海は言うや否や、瞼をおろし、アウルを集中させ、周囲の生命体を探る――静かに流れる緊張の刻。開く瞳。
「‥‥反応が巨大な蚯蚓でもない限りまだ近くにいるかな。痕跡がないか探ろう」
言葉を受け、4人は慎重に周囲の探索に当たった。盛り返された土の山を何箇所か見つけることが出来たが、いづれも空。だが、穴を掘っていることは確かなようだ。
「むー、どこにいるのかな‥‥って、あれれ?」
異変に気付いたのは華桜璃。彼女だから気付けたともいえる。はじめに地面に突き立てておいた農具が僅かに揺れていたのだ。
(あたしさっきので脳震盪とか起こしたりしてないよね?)
まだダメージが残る足取りで、華桜璃は農具にそっと近接してゆく――脳にダメージでもあったかと疑ったが違った。
近接直後、農具等がバタバタと鈴なりに倒れだしたのだ。巻き込まれないよう後退する華桜璃。無論異常には仲間も気付いた。
4人が注視する中、地表に顔を出したのが――土竜だ。非透過中、土以外の異物に気付くほどの知恵もなく、農具の柄をも掘ろうとしていたらしい。倒れた農具に傷が残っている。
「そこか!」
脊髄反射で弾丸を撃ち込む岳士だったが、あえなくミス。充填の合間に詰め寄るは海。
「もう逃がしはしないよ」
槍で土ごと掬い上げ、宙に投げる。無防備になる土竜。
だが反撃が出来ないわけでもない。周囲に土礫を現し、狙うはことり。
「う、動きづいらいのにぃ〜」
下駄が土に沈み込み、思うように回避を取れなかったことりは、僅かに被弾。幸い着物の裾が黒く染まった程度で済んだ。
だが――
「ああっ! この着物お気に入りなのに‥‥! もうっ、悪い土竜さんにはお仕置きです!」
と、着物を汚されたことに不機嫌を現す。
「あたしも、さっきのお返しまだだし――ねっ」
そこに華桜璃も怒りを露に加わると、土竜の逃げ場はない。
「くっらえ〜! アロー、シュートッ!!」
ことりの弾丸と、華桜璃が放つ薄紫色の矢がほぼ同時に土竜を射抜く。
乙女の怒り、仕留めるまで。
●
「どこへ消えた‥‥!」
土竜を全力で追跡していた直哉が息を切らせて悪態づいた。顔を覆っていた、親友の形見であるライダーゴーグルを外し、周囲を確認する。
「は、畑って走りづらいですのね〜」
でこぼこと落ち着きのない地面を踏みしめながら、最初に追いついたのはSarah。直哉の傍まで来てから足を止め、同じように首を巡らしていると――。
「あっ!」
地中から顔を出した土竜と目があった。だがそれも一瞬のこと、土竜はSarahに向かい礫を飛ばしてきたのだ。
身を固くして衝撃に備えるSarah。耐え抜き、次に目を向けたとき、そこに土竜の頭はなかった。
地面に退き込んだのだろう。
「なぁ‥‥この状況、何かに似てる気がするんだが」
彼方此方の土盛りから視線を感じると、一臣が気を引き締める。
「何かって‥‥モグラ叩きゲーム、だな」
ハンマー系の魔具でも構えていたなら、まさにそんな様相だったろう、と直哉は補足した。
「よっし! じゃあモグラ叩きといこうじゃねえか! とっとと顔だぜよっ」
リボルバーを構えてレイヴン。痕跡を目で追い、所在を確認しようと務めるが――難しかった。各所で交差し、主道が見つけられない。
「そういや、まだ生き残ってる蚯蚓がいるって言ってたよな? それを探してるってことはないのかねぇ」
奇襲に気をつけながら戦場を歩く一臣は、不意に蚯蚓のことを思い出した。
「蚯蚓さん? ――ええっと、もしかして、この、にょろにょろしてる子?」
Sarahが地面に座り込み、物珍しそうに何かを突いていた。
「はは〜っ、Sarahちゃんは本当好奇心旺盛なのね」
と一臣が緩く苦笑いを浮かべたのも一瞬だけ。土竜がSarahの前に顔を出したのだ。
狙いは蚯蚓。口を大きく開き、襲い来る。
「可愛らしい子がでてきましたの‥‥でも、このこはだめですよー!」
立ち上がり、ヒヒイロカネから大鎌を発現させたSarahが、すかさず攻撃を叩き込む。咄嗟の遭遇でこれだけの反応が出来れば十分だろう。
残念ながら攻撃は当たらなかったが、拍子に叩いた地面の土に押し出される形で、土竜が地表に姿を露にした。
「そこだな! 当たらないように気をつけろよ」
引き金を引いたのはレイヴン。弾丸は体表を僅かに掠って飛んだ。
「逃げ場を探したところで無駄だ」
縮地で近接してきた直哉がメタルレガースの爪煌く足先で、土竜を凪ぐように大きく蹴り跳ねた。打ち上げられる土竜。
「っし! さっすが桐生ちゃん! 止めはまかしとけよー」
息の合った反応で、一臣はマグナムを引き抜くと素早い一撃を打ち込んだ。地表であっても回避は叶わなかったろう、土竜の中心には大きく穴が穿たれた。あとは地に転がり堕ちるのみ。
「あと1体はどこに!」
確か2体居たはずだ、とレイヴンは事切れた土竜から注意を外し、捜索の目を移す。
すると真っ先に目に映ったのは――蚯蚓を追いかけているSarah。
「どこにいくの〜? ひとりは危ないのよ?」
確かに危ないんだけど、という突っ込みは置いておいて、レイヴンは気付く。Sarah近くの穴から黒い鼻先が覗いている事に。
「おい! あぶねぇ!!」
鼻先に集う礫、射線上にはSarah。
レイヴンは叫ぶとほぼ同時に駆け出していた。悪いと、思いながらもSarahを地面に突き飛ばし、自らが盾になる。
「くぅっ」
防御の薄いレイヴンの衣服を越え、礫は肌を貫いた。Sarahがなにやら叫んでいるが、痛みで感覚が麻痺しているのか、うまく聞き取れない。
「お人よしなのは‥‥自分でも、わかってんだよ! だが、見逃せねぇ!」
かすむ意識を必死に繋げ、リボルバーの引き金を引くレイヴン。しかし狙い定まらず、地面の土を穿つのみ。
しかし幸運か、土竜の行く手も遮るような位置となり、動きを封じることに成功。
その隙にSarahが立て直した。
「可愛そうな子‥‥はやくおかえり。次は、本当の姿で逢えるといいわね」
僅かに哀れむような、優しい微笑を浮かべたSarahは銀の焔を鎌に纏わせ、強く、土竜に、振り下ろした。
――ここで戦端は閉ざされる。
●
「天魔を退治すること自体に問題はないけど――」
畑の真ん中で、振り上げては、振り下ろされる複数の鍬。作業しつつも海は唸りを上げた。
「ああ。‥‥なんで俺たちまで畑仕事してんだ?」
言葉を繋ぐレイヴン。
「それはみなさまがお手伝いくださる、と言ったからではありませんか」
「「わっ」」
気配を感じさせず、ひょっこり現れるものだから、人は驚く。
犯人は丁度殲滅が終わった頃にやってきたライゼ。
「い、いえ。確かにそうですけれど。――ところで新しい蚯蚓は、普通のですよね?」
まさかサーバントに対抗してディアボロを用意したりしないかと、不安になる海。
ライゼは一瞬だけ間を置いたが、笑顔で否定。普通の蚯蚓のようだ。
「先生〜、蚯蚓さん、もう畑に放してあげていいの?」
そうしているとSarahが穏やかな質問が投げかけた。
「いや、まずは畑の地均しをしてしまわないと。万が一鍬で――あ、いえ。何でもありません」
時でないことを岳士が伝えると、Sarahは頷き、仲間と同じように鍬を手に土手を降りていった。
また、耕される箇所とは別の位置で、
「‥‥土いじり、たのしいですよね。ちいさいころを思い出します」
「私は勉強ばかりであまり遊んだことがなかったんだけど‥‥みんなが楽しそうだと楽しいかも、って思えてくるね」
投げかけられた華桜璃の微笑みに、同じく微笑み返すことり。
ふたりは地面に座り込み、石拾いをしている最中。
「なんとなく腹がすいてきた、がこれは食べられない」
根の深い雑草を引き抜きながら、直哉がぽつり呟く。健康的に身体を動かせば皆均等に減るが、直哉はほぼいつもハラペコ状態。
「相変わらずだなぁ〜。ま、終わったらどっかで飯くってこうぜ。今夜はなにがいいかねぇ――」
陽もそれなり西に傾き、そろそろ夕飯を考えてもよい時間だ。一臣は、直哉と何食べるか相談しながら作業を進めた。
戦時と打って変わり、全員がほのぼのと時間をすごすのであった。
のちに畑に植えられたのは芋の苗。実りが得られるまでいましばしの時を――。