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風が吹くたび、視線を奪うのは薄く優しい桜色。
「桜、綺麗だなぁ‥‥でも、これを蝕むやつらがいるんだよね」
如月 統真(
ja7484) は満開の桜の木を見上げ、感嘆と憤怒の言葉を口ずさむ。
「ええ、それでなくてもすぐに散ってしまう花ですのに」
「台無しになんてさせないの‥‥」
学園に舞い込んだ依頼によると、スライム状のサーバントがこの公園を荒らしているという。斡旋所で確認した画像を思い出しながら、神月 熾弦(
ja0358)と柏木 優雨(
ja2101) は言葉を繋いだ。
(このような、美に関する単語は確か‥‥風情、でしたわね。なかなか興じさせてくれる)
そんな3人のやりとりを見ていた金の髪を持つ娘、カーミラ・オルトリンデ(
ja7395) は心でそっと想う。
しかし浸るには早すぎる、
「見とれるのは後だ。花見客の避難は済んでいるようだが、待ちくたびれさせる訳にもいかないだろう」
花びら舞う桜並木の間から、険しい表情を浮かべた朱烙院 奉明(
ja4861) が姿を現した。手早く片付けよう、と引き締めた声色で語りかけながら。
「そうね。花びらと同じ色をしているみたいだし不意打ちに注意もしないと‥‥この中に潜んでるとも限らないでしょ」
気を引き締めて、と高虎 寧(
ja0416) は艶っぽい笑みを浮かべては周囲の気を探る。目の前には無残に倒れた1本の桜の木。サーバントスライムの被害にあったのだろう。
「はい、それでは打ち合わせの通り参りましょう。私は統真様と共に東から」
感情の起伏も見えぬ、淡々とした様子でリネット・マリオン(
ja0184) は再確認を求める。公園の中央からそれぞれペアを組み、四方の捜索にあたるのだ。
「複数体を一箇所で発見した時は無理せず応援要請をするっすよ!」
通信端末の調子を確認し終えた株原 侑斗(
ja7141) は全体に注意を促す。
今回の任務は、実戦経験の浅い者や入学以降初参戦という者が多かった。何かがあってからでは取り返しが付かない。警戒を強めていくに越したことはないだろう。
そうして一行は貸切状態の花見会場へ散っていく、天魔の業で桜が散る前に。
●東から
「マリオン先輩! 僕、頑張って先輩のことサポートしますから!」
統真は力強く拳を握ると、花びら積もる芝の上で宣言した。共に東の探索にあたるのは、彼が先輩と慕い、尊敬するリネット。そうして方々を注視しながら進むことしばし、
「この木、溶かされています。具合からして、もしや近くに」
リネットはとある木の幹の異常に気付く、幹に粘液のようなものがまとわり付き、その部分を侵食していた。
統真も足を止め、辺りの警戒を行う。所々で花びらが風による渦を巻いて、探す異形のものは――
「‥‥ッ! 居ました、桜色のスライム!!」
先に探り当てたのは統真。似たような風景の中に潜む1体の天魔を見極めるや、オートマチックを発現。
「流石ですね統真様。私も精進しないと――でも今は撃退を優先‥‥前に出ます」
スライムは未だリネットらの存在を認めていない様子。リネットはメタルレガースを現すと速攻、間合いを詰め近接戦に持ち込んだ。
統真はいつでも援護射撃が放てるよう、後方で待機。
「これ以上は勝手にはさせない」
足を大きく振り上げ、半透明の半球体に攻撃を叩き込む。
「――っ!? 手ごたえが、ない‥‥?」
軟体部分に弾かれ、反動でバランスを崩すも受身が遅れ、地に身を転がすリネット。驚いてはいるようだが表情にも声色にもそれは反映されていなかった。極めて冷静。
「マリオン先輩!? このっ!」
統真はリネットに飛び掛ろうと身を伸縮させるスライムに、弾丸を撃ち込む。狙うは中央付近に見える核のような小さな球体。
弾丸は伸縮により周囲の軟体が薄くなった球体に命中。先ほどの攻撃にはさほどの反応をみせなかったのだが、今回は違った。
「ダメージが、通ったのか?」
体勢を立て直し終えたリネットが呻くように呟く。
「やっぱりあれが弱点、もしくは本体なのかもしれません。狙える限り狙って見ます!」
「ならば私は、どうにかそれを肉薄させるよう動きます」
援護を、と頼むのと同時、リネットは駆けた。
対するスライムも身をくねらせ、接触の瞬間――リネットの足を絡み掴んだ。
「な‥‥!」
「先輩!」
掴まれた部分から白煙が上がり、呻くリネット。案じる統真。その間にもスライムは再び身を伸縮。身を大きくしならせると、流れる動きでリネットを地に叩きつけた。昏倒は幸いにも免れる。だが怪我の功名というべきか、瞬間球体までの防御は十分に薄くなっていた。
「此れで、倒れろ!!」
リネットの様子も気になるがここは戦場。仲間の作った好機を逃してはいけないと、統真は奮起する。
「聖なる炎よ、銀なる炎よ――!」
手に力を強め、渾身で放つ一撃は球体をつつみやく貫く。リネットは呼吸を荒げながらも起き上がると、止めを刺すべく咆哮をあげた。
「これで仕舞う」
光が一閃。炎に包まれる球体はリネットの一撃により両断されるのだった。
●北から
「さすが見ごろの桜。たまには陽の下にでて見てみるのも‥‥ん?」
リネットらが1体のスライムを仕留めたのと丁度同じ頃、侑斗は索敵がてら、見事な1本の木を見上げていたのだが――突然言葉を止める。見とれたというわけではないようだ、表情が険しい。
「どうか、した‥‥?」
ペアを組む優雨も心配そうに話しかけてきた。周囲に異変はみられないが。
「いや、枝がざわついて、む、むむむ?」
桜の木が一段と揺れ、風が吹いていないにもかかわらず大量の花びらが舞ったのだ。 風情どころではない、まるで枝の上で何かが暴れているような、まさに異常。木を警戒しつつ注視していると、直後にそれは起こる。
太枝のひとつが、スライムと共に落ちてきたのだ。どうやら枝に張り付いていたらしい。幹との接続面が溶解している。
「て、敵っす!!」
「こんなことして悪い子‥‥」
侑斗は急ぎ打刀を、優雨はスクロールをそれぞれ構え、臨戦態勢をとった。
先に動いたのはスライム、全身を奮わせるとその場から大きく跳躍。勢いを殺さぬまま侑斗に圧し掛かる。
無論回避も試みたが完全には間に合わず、腕に痛みが走る。粘液が肌に触れたようだ。しかし身じろいではいられない。痛みを堪えてその場から離れ、スライムと距離をとる。
「お仕置き、天罰なの!」
優雨は侑斗の位置に気をつけながら光の弾を放つと、それは桜色の部分を大きく殺ぎとった。どうやら魔法攻撃の方が、物理よりも有効のようだ。核の守りが薄くなる。
そのことに気付くや、優雨は持ちえる技を惜しみなく使いはじめた。氷の錐や薄紫の光が次々にスライムを肉薄してゆき、
「っし! これなら核に届きそうっすよ!」
機会を窺っていた侑斗が叫ぶ。花吹雪の中に混じる、彼を包む紺碧の光が濃度を増す。その直後繰り出された重き打撃は、見事スライムの核を打ち砕く。後に残ったのは肉片とも花びらとも見分けがつかぬモノ。
相手が完全に事切れていることと、周囲に他の敵影がないことを確認すると、優雨は緊張の糸を一度解いた。
「他のみんなに、報告‥‥」
「そうっすね、なんとなく有効な戦い方もわかったっすし、通達するっすよ」
統真は戦いの結果得た情報を仲間と共有すべく、通信端末を手にするのであった。
●南から西へ
まもなく索敵担当領域の境に辿り着くと思われたその時、ふたりの通信端末がほぼ同時に鳴った。もちろん発信相手は別々だ。
「はい、こちら南担当、朱烙院――」
『こちら西のオルトリンデですわ! 敵数3! 交戦中ですの! 間に合うよう応援を!』
奉明が最後まで言い終わらぬうち、相手――カーミラが、がなってきた。相当緊迫している様子。通話機越しも剣戟と熾弦の声も聞こえる。内容は十分だ。
「了解。可能な限り急ぐ、切るぞ」
と、必要事項のみを返し奉明は通信を手早く終了した。急いで作戦パートナーである寧を振り返る。
「そう、――了解、伝えるわね。それと、間に合えばお願い、じゃ」
丁度通信を終えたようで視線が合う。
「敵の弱点がわかったのだけど、カーミラたちは交戦中なのね?」
「ああ、明らかに戦闘中だろう、今からかけ直しても通信を受けられるものかは分からない」
「と、なると」
言葉にする必要もない、奉明と寧は駆け出す。撃退士の全力ならたいした時間は要さないはず、間に合わせると。
場面は通信を切った直後に接続される。
「応援は頼んだわ! こらえてみせなさいな!」
カーミラは手早く通信機を仕舞い込むと、ロングボウの弦を引き絞り、言葉と共に射放った。軌道は光の弧を描き、スライムの側面をかすめ、通り過ぎる。致命的なダメージは与えられていない。
(またはずしてしまうなんて‥‥オルトリンデに、不可能などあってはいけませんのに!)
悔しそうに歯噛み。身に纏う白銀の光が輝きを強めた。誇りを揺らがしてはならない。
「無茶はしないで、私はまだ大丈夫だから‥‥防御は得意なの」
ブロンズシールドでスライムたちの攻撃を受けながら、熾弦は柔和で穏やかな言をカーミラに送った。その周囲で、彼女が星晶雪華と呼ぶ雪の結晶片が、きらきらと舞踊る。しかし防ぐばかりでは進展もない。故にカーミラが焦る。
「せめて1体だけでもしとめてみせましてよ! 白銀よ――!」
構えた矢の先端に力が集まる。己が名の下に、今度こそ当ててみせると祈りをのせ、放つ渾身の一隻。
「あ――」
当たった。祈りが通じたのか、矢は見事スライムの中核を貫通。1体がその場で形を失った。表情をわずかに明るくするカーミラ。
「1体撃破ね、ありがとう。これでもっとがんばれるわ」
これで手数は同等。熾弦は盾を持ち直すと、再びスライムの攻撃に備え受けの姿勢をとるのだった。
耐えながら敵を殺いだのは何分くらいだったろうか。ここにきてようやく援護の手が差し伸べられる。
「神月、下がれ!」
リボルバーを構えた奉明が叫んだ。到着を知らせると同時に注意を促す、直後発射された弾丸は1体のスライムを捉えた。しかし決定打には至らない。
「交代するわ!」
奉明の隣を花びらと共に颯爽と駆け抜けて行くのは寧。手にはショートスピア。振り回すような動作を行わぬよう注意し、一点構えの突撃姿勢だ。
「それでは私も攻撃に転じましょう」
突進の邪魔にならぬよう1体のスライムを盾で弾き飛ばしながら熾弦は場を譲った。同時に1体と対峙する。形式的にはそれぞれ2対1の構図。
「よく間に合ってくれましたわね、感謝しますわ! でも全てが無事終わってからですわね」
カーミラは強がりながらも、やはり熾弦と同様に疲労の色が濃い。早々に決着を付ける必要があるだろう。
「無粋な存在は無に返りなさい!」
穂先をスライムに突き立てるべく、寧は膝と腰に力を込めた。――が、やはり半球体の壁に阻まれ内部の核には届かない。
「く、やっぱり魔法、か――」
侑斗と優雨からの通信を思い出し、奉明を顧みる。魔法が有効なはずだ、ならばダアトである彼の力が今必要となる。
(確かに魔法は使えるが――私の魔法が通用するのか? 通用しなければ‥‥)
スライムの弱点を聞いてからというもの、奉明は苦心していた。生まれた家の関係上か、魔法に関しては苦手意識を持っていたのだ。
「効果がなかったらすまない‥‥!」
意を決して放つ光の矢。現状打破できる可能性があるならば試さないわけにも行かない。
矢はみごと、スライムの半身を吹き飛ばした。露呈される核。
「すごいじゃない! これで仕留める!」
被弾し、もともと愚鈍な動作が更に鈍くなったスライムへ、寧は持てる力を振り絞り、攻撃を叩き込んだ。守りのなくなった核はとても脆く、先端が触れた瞬間、溶けるように形を崩した。追従する桜の実。
奉明と寧はもう1体の状態を探る――。
こちらもまもなく決着が付こうとしていた。
「きゃ、この粘液、魔装以外の服を――!」
熾弦が悲痛な悲鳴を上げる。ほぼ全身を魔装で固めているものの、細かいところの衣服が白煙を上げ溶解していた。
「そのような手で汚そうとするなんて‥‥万死に値しますわ!」
カーミラも憤怒。今までのお返しも含め、魔法を乗せた矢でスライムを追い込んでゆく。
「致命的なところが溶けないのが幸いとして、とにかく参ります!」
ハルバードの矛先に集まる魔法の光を、振り下ろす動作でスライムに叩き込む熾弦。スライム部分の弱点が魔法と分かってしまえばこちらのもの。ほぼ一方的な戦法を取ることが出来た。
命中した光のエネルギーが強かったのか、それとも伸縮の影響か、スライムは宙に高く跳ねた。
「わたくしもいきますわ!」
銀の光が矢に集う。これが最後の1撃、外すわけにはいかない。そう念じながらカーミラは矢を放つ。宙に投げ出された、無防備なスライムへ、止めの一撃だ。
魔法は核まで容易に達し、さらには貫通し、矢が霧散する頃には、スライムも、周囲の桜の花びらに混じり、霧散していった。
こうして花見場に、一時の静けさが戻る。
●
「見回り完了、っす。敵影なし、殲滅完了っすね」
他に潜んでいる敵がいないか最後の仕上げ確認が終わったことを仲間に伝える統真。その相手はというと、なにやら忙しそう。
「マリオン先輩、足大丈夫でしたか!? ――わ、く、靴下が溶けてる‥‥!」
「ん、このくらいなら大丈夫です。足首が少し‥‥赤いですが――ッつ!」
リネットが溶かされた靴と靴下を脱ぐと、健康的な肌色の素足が露になった。脱ぐ時の痛みか、僅かに呻く。
「だ、ダメですよ、先輩! え、ええっと、ちゃんと手当てしないと、道具、道具は‥‥!」
当人は特に気にしていない様子だったが、ひとり大慌てする統真。素足が魅力的だったのだろう。
「あ、それなら私が回復しましょうか?」
やりとりに気付いた熾弦が近寄ってきた。足の様子を眺めながら手を翳すと、溢れる癒しの光。赤みは見る間に引いてゆくのであった。
また。
「ねぇ‥‥ねぇ? 出発前に、斡旋所で、これ、もらったの‥‥」
「ん?」
優雨は、寧の儀礼服の裾をくいくいひっぱりながら見上げ、言葉をかける。寧も反射的に視線を下へ。
「お菓子、よね。それ」
腕の中に小さな包みがいくつか。頷く優雨。そして提案。
「疲れたし‥‥お花見休憩してから、帰らない‥‥?」
「花見か? そうだな、今のところ貸切だし、戻る前にそれも‥‥たまには悪くないか」
倒木の処理をしていた奉明が、手についた花びらを落としながら近寄り、休憩に同意を示すと、
「ほう、花見をして帰るのか? ならばわたくしも是非ご一緒に」
と、カーミラも寄ってきて、学園に戻る前のお花見休憩に。
薄い桜の中、ところどころに緑の若葉が芽吹き始めていた――。