●春うらら?
「こんにちはっ、本日はよろしくお願いし、しますっ!」
御守 陸(
ja6074)は被っていた帽子を脱ぐと、綺麗なきをつけから丁寧な礼へ。引っ込み思案という本質ゆえか、どこかぎこちなさや緊張感が残る。
「これはこれは‥‥丁寧なご挨拶ありがとうございます。こちらこそ面倒な事柄で申し訳ありませんが宜しくお願い致します」
陸の言に、恭しい礼を返すライゼ。
それぞれ一通り簡単な挨拶を行うと、まず間取りを確認することとなった。
踏み石を渡りながら建物の裏に回り、対象となる部屋を、窓の位置で教えられる。
「おー‥‥外からみても汚れてる感バリバリだぞー‥‥」
2階の窓を見上げながら、与那覇 アリサ(
ja0057)がため息を漏らした。燃えるような真紅の髪がふわり流れる。
「すごく埃っぽそうねぇ。マスクとかタオルは借りられるかしら?」
高虎 寧(
ja0416) は蓄積した埃を思ったのち、対策のため装備を即座に導き出す。ライゼに尋ねると、いづれも問題ないとのことで、入室前に人数分の貸出しが約束された。
「そして1階はこの部屋? 窓から出入りできそうだけど‥‥まだ開けない方がいいわよね、風も少しあるし」
日に焼けたか埃を吸ったか、やや茶色掛かったレースのカーテンが垂れる部屋を覗き込み、月臣 朔羅(
ja0820)は冷静に判断。柔らかな風に揺れる銀の髪が、暖かな春の日差しを反射して輝く。
「そういえば寝込んでいる方はどの部屋に?」
そんな太陽と同じように暖かな印象を与える青年、楯清十郎(
ja2990)は、直前に発生した問題について尋ねることにした。
まもなくライゼは嘆息しながら、
「対象としている2階の部屋の真下、ですわね。まあ、寝ているよう言い聞かせましたし、本人が邪魔になることはないと思いますからあまりお気にせず」
と応じる。真に気にせずに、と圧して。
「気にしないのも難しいですけど‥‥」
七風冷羽(
ja7143) は1階と2階を交互にみやる。防音処置などされていない一般的な建物、古めかしさも相成って、病人を気遣うような無音作業は困難を極めることだろう。
「とにもかくにも、です。新入生が快く入れるように隅々まで綺麗に掃除しましょう!」
がんばるぞ〜、というゆったりした声と共に、緩く握った拳を天に伸ばし、宣誓するは紅葉 公(
ja2931)。蒼い瞳がきらり輝いた。
清掃開始の少し前。2階から大物を運び出す手段の算段中、窓から外に下ろすという提案がなされた。
「しかし、そのまま下ろしては芝生を抉ったり、品物自体が壊れてしまうかもしれません」
朔羅は衝撃を吸収してくれそうなマットを探そうと言う。
「それに壊れ物とかは布に包んだりして下ろした方がいいんじゃないかな」
と、万が一壊れ物があった場合、投げ落としては問題だと陸。
「おお、布はここで借りれるかもだがー、運動マットみたいのは学園に行くしかないかもしれないんだぞ! さっそく探しに‥‥」
それらアリサも賛同。とりあえず学園に行き、運動部辺りを回ればマット等を貸し出してくれるところがあるかもしれない。そうしていざ行こうとしたそのとき、ライゼから言葉が掛かる。捨てる予定だった古い布団がいくつかあると。
「捨ててしまうものでしたら汚れても問題ないでしょうし、それを借りるとしませんか? 私、運び出すの手伝いますし」
「ひとりじゃたりないでしょ? うちもお手伝いします」
置き場に案内する、と歩を進めるライゼの背を、てとてととした足取りでおいかける公。寧も助力を、と後に続く。
それらの背をみながら、
(同じクラスの女子がいるとは思わなかったです‥‥! こ、これは下手を踏むと‥‥)
ぶつぶつと何事か呟くのは清十郎。公とは同じ学年、同じクラスであった。こう生徒数が多いとなかなか同席することはないのだが――
「あれ、どうしました?」
不思議な様子に気付き陸が声をかけると、清十郎は飛び跳ねた。
「わ!」「うわっ!」
互いに驚きあう始末。
「い、いや、なんでもないですよ! 頑張ろうと気合を込めていたんです!」
「そ、そうですよね。僕もがんばりますよ!」
かくして男ふたりも、依頼という名目で、異性禁制女子寮への侵入が許可される。
●2階での出来事
軋むと教えられた箇所に目印を置きながら、まず2階へ上がったのは朔羅、公、清十郎の3人。
扉の鍵を開け、いざ中に――
むわ。
引き開けたところ風が巻いて踊る。長らく滞留していた内部の空気があふれ出た。
「まずは換気よね。廊下側の窓、開けてくわよ」
「ですね、部屋の方は僕が開けてきます」
朔羅は廊下側の窓を一通り、清十郎は埃の堆積する床を踏みしめながら部屋の窓を、それぞれ開放した。
「中のものは全部外へ、でしたけど、この寝台は‥‥」
部屋の隅に置かれていたパイプ製のベッドを発見した公は、首をひねった。
組立て式のようだがところどころに錆が浮き上がり、接合ネジも専用のねじ回しが必要そうだ。正攻法では解体できそうにない。もちろん窓枠をはずしてもみたが、幅が足りなかった。
「あ、そうだ。これで小分けにするというのはどうでしょう?」
そういいながら清十郎は腰に下げていたメダルを手に取る。軽く念じると、まもなくショートソードが発現。それはヒヒイロノカネ。
「ああ、それなら」
出来ないことはない、と朔羅も頷いた。そして己も手の内に小さな苦無を発現させてみせる。本来の活用法ではないが、使えないことはない。解体についてはまもなくライゼの許可も得られ、作業に移った。
まるで紙を切るように、手ごたえもなくすぱすぱ切れてゆくパイプ。
「音も気にならないですし、大丈夫ですね。――あっと、このままじゃ縛りにくいから穴を‥‥、と」
公は切断されたパイプを受け取ると小さな穴を開け、その中にロープを通していった。そうしてきつく縛り付けておけば抜け出されることはない。
「窓から下ろしたいけど、壁に当たったりしたら騒がしいわよね、きっと」
朔羅の言うとおりである。途中風に吹かれて軌道を逸れるとも限らない。今この状態でも揺らせばそれぞれが接触しあい、鈍い音が響く有様だ。
「それなら僕が持っていきますよ」
解体を終えた清十郎が窓の桟に手をかけた。公は持って飛び降りるのかと思いつつも束のひとつを清十郎に手渡す。撃退士の身体能力なら難しい高さではない。しかし――
(多分ぎりぎり大丈夫のはず‥‥)
一瞬の瞑目、直後背に光翼が現れた。小天使の翼と称される能力。清十郎は翼を背負ったまま窓の外に飛び出ると、ゆったりと降下、まもなくマットの上に降り立った。
「あら。確かに便利ね。でも‥‥能力には回数制限あるし帰りは階段を使って上ってきてね」
「え」
朔羅が茶目っ気たっぷりに微笑み言葉する。それに清十郎が反応を返そうとする頃には、背の翼は消えていた――
そんなこんなで清十郎を酷使しつくすと、マット上に投げ落としても問題のない程度が残る。その順序は朔羅が提案していた。一応残りの物品も騒音を警戒し、窓から投げ、
「どうそ、大丈夫ですよ。受け止めますから」
階下で冷羽に受け取ってもらうという手法に切り換えた。雑誌の束や、ほぼ空っぽの衣装ケース等、全てを排出完了。
「それじゃあこれからが本番ですね。まずは電気の傘から‥‥って、あ。踏み台がないと届きませんでした‥‥」
片付けてから気付く事実。公は踏み台に出来るようなものが、部屋に残っていないことに気付いた。仕方なくそのままハタキをめいっぱい伸ばしてみるも、上に回しこむことは出来なかった。
「私でも少し厳しい高さよね」
170cmを越える朔羅でも難しい形状。
「脚立か何か借りてくるしかないわね。じゃ、ちょっと私が――」
「ま、まった!」
朔羅が部屋を後にしようとしたそのとき、清十郎が待ったをかけた。同時に思考を巡らしながら、
(抱き上げ‥‥るのは論外! おぶるのは‥‥アウトかセーフか‥‥)
――僕が踏み台ではどうでしょう?
等と口走る。一瞬呆気にとられた朔羅と公であったが、本人がいいならとその運びに。
「見上げても崩れてもだめですからねー」
と、さらには上ることになったのは公で、
「身体が丈夫なのが長所ですから‥‥! 気になさらず‥‥!」
事情を知らぬ同級生が見たら、男子禁制女子寮で何をしているのかと咎められかねない状況に到るのであった。
それから昼が近くなり、
「台所を使わせていただいて、お昼ご飯の準備ができました。おにぎりくらいですけれどよろしければ」
と冷羽が3人を呼びに来る頃には、おおよその埃は片付けを終えていた。
●1階での出来事
昼食休憩を挟んで、小休止の後掃除は再開される。
「う〜‥‥なんだかまたお腹がすいてきたぞ〜」
雑巾を固絞りしながら、アリサはため息混じりにぐ〜、とお腹をならした。
「ぇええ!? さっき食べたばっかりだよね!?」
陸が驚くのも無理はない。1時間もたっていないのだから。
「まあまあ。食べすぎで掃除にかかって、気持ち悪くなっても仕方ないでしょう? そのくらいが丁度いいですよ‥‥多分」
置いたままで、と頼まれた棚を拭きながら、寧も苦笑い。何事も腹八分目とはいうけれど、あの量で何分目だったのだろうと。
「ま、まあ。床の埃掃きはじめるから足元注意でお願いします」
気を取り直して陸は手の箒を握った。目にそって土埃を根気よく掃き続ける。
「この汚れしつこいさー。どうしたらいいかー?」
壊さない程度に力をこめて、ぐりぐりと手を動かすアリサ。しかし汚れは消えてくれそうになかった。
「どれどれ‥‥って、これ油性マジックですよ。普通にこすっただけでは落ちないかと」
熱心に挑むアリサの手元を除き込み、寧はその正体を指摘する。どうすればこのようなところにあるのかはさておき。
「除光液とかが一般ですけど‥‥すぐに借りられるものではないか」
上から指でなぞるときゅきゅっっと小気味よい音が響いた。
「寮長が戻ってきたらどうするか聞いてみるさー。それまで他のところやっとくー」
アリサは一度断念。次に取り掛かるべき場所を探して首をめぐらす。部屋自体は6畳程度なのでさほど広いわけではない。物の運び出しに多少の手数は必要であったが、それ以外で特に苦労はなかった。
「あ、床掃きもう終わるので拭きはじめて大丈夫ですよ」
ふとアリサと目のあった陸が、部屋の隅で、集めた埃をチリトリに掃き込みながら言葉した。
「おお! じゃ、もうちょっとでこの息苦しいマスクとも離れられるぞ! おれチバルー♪ みんなもチバリヨー!」
苦手なマスクと離れられる時が目前と知るや、気力回復のアリサ。
「床の雑巾掛けというと長い廊下を駆けるイメージがわくけど、そんな大雑把じゃなくて迅速かつ丁寧に、ね」
ゆっくり床に腰を下ろすと、寧は周囲の床を拭き始める。初めはすぐ真っ黒になる雑巾。
「うわぁ‥‥真っ黒です」
陸も箒から雑巾に持ち替え参加。こまめに絞り直し、箒で取りきれなかった土埃の除去に精を出す。
「新しい雑巾が欲しいですね‥‥。汚れたままでは、ちょっと」
仕上げに綺麗な雑巾が欲しいかも、と寧が呟いた時。丁度冷羽がライゼと共に顔を出した。
「おー、茶殻を撒くといいのかー」
それはお昼に使った茶葉を活用した掃除法。2階組、清十郎と朔羅の発案だ。それを雑巾の間に挟んで拭き掃除。
清十郎曰く、
『カテキンにより消臭と除菌の効果があると言われているのです』
残りもので済み、掃除にも使え、効果もある。一石三鳥とのこと。
「まだ湿っているから撒かない方がいい、ってことなのかな?」
仮にも緑茶の葉。出がらしとはいえ色が移ってしまうかもしれない。実際雑巾に若干色が滲んでいる。陸はそんなことを思いながら手早く拭きさる。
「おー、埃のニオイがきえてきた気がするぞー!」
マスク越しに感じた不快感が薄れたことを受けて、思わずマスクを剥ぎ取るアリサ。既に外しても不快でない程度に空気のよどみは掻き消えていた。完了も目前だろう。
「となると乾拭きに移りしますか。新しい、使ってもいい布、用意してもらっていい?」
寧もマスクを取り去ると、同時にライゼに新しい雑巾を要請。
「そういわれると思って持ってきてあります」
答えたのは冷羽。おそらく2階でも似たようなことを言われたのだろう。人数分よりも少し多い枚数が手渡されるのであった。
「最後の仕上げさー!」
新しい雑巾に持ち替えたアリサは、元気いっぱいに手を動かした。
「業者みたいにはいかないけど、やはり清潔な部屋が一番だものね」
「えーっと、扉の方に向かって拭いていきましょう。せっかく綺麗にしたところに足跡つけたくないですし‥‥」
3人はそれぞれ担当エリアを決めると、扉の方に後ずさりながら最後の乾拭き仕上げを行った。あとは完全に空気乾燥を待てばよし。
●春夕暮
「おー、猫だー。くるかくるかー?」
陽が傾いて。庭で最後の後片付けをしていると、一匹の猫が生垣の下から顔を出した。発見したアリサはおいでおいでと手招き。
招かれた猫は人慣れた様子でアリサに擦り寄る。
「うちにも虎行って子がいてなー」
撫でながら一緒に住んでいる猫の話をして聞かせる。
「布団はそのままゴミにだすから畳んで置いておいていいって――あら、猫?」
伝言の為、窓を開けて中から顔をだした寧は様子をみて言葉を区切った。
「おう、慣れてるさー」
撫でてみるか、と誘われると、少し手を休め、ふたりはしばし1匹の猫と時を共にする。
また、
「はい。お風呂空きましたよ。よろしければどうぞ」
浴室から戻ってきた朔羅は、寮長室の扉をくぐるや一言告げた。多くの埃を被ったのもあり、湯の使用許可を求めると、難なく了解が得られたのだ。丁度掃除が終わる頃沸くよう時間も丁度で。
「あ、じゃあ次、私頂きます。廊下、まだ目印ありますよね?」
立ち上がったのは公。注意すべき床はなくならない。万が一を考え尋ねると、
「はい、そのままにしてありますよ」
と冷羽が笑顔で応じた。それに頷いて、公は部屋を出て行くのであった。
「これがみんなの分のお茶で‥‥それから、こっちが寝込んでる方の。風邪ならちゃんと水分とらないとだめですし」
清十郎はライゼと並んで全員分の茶の用意をしていた。掃除中まったく姿をみていないということは寮内を徘徊していないということで。それぞれを盆に載せて配りにゆく。
入れ違いで入ってきたのは陸。
「他、お手伝いすることはありませんか?」
一通り終わったはずだが、もし何かあればとライゼに申し出る。返答としては特になし、十分であるとのこと。
「そうですか‥‥、ではまた何かありましたらお手伝いしますので、そのときは宜しくお願いします!」
依頼の完了を確認し、陸は初めと同じよう、丁寧な礼をした。