●御屋敷
依頼を受けた撃退士十人は案内を受けて、いくつかに分かれていた。
この屋敷のお嬢様であるシブキが池で何かを発見したことから美への妄執に駆られるようになった。原因たる池の何かを取り除くことが今回の依頼だ。依頼人であるカミラと使用人の一人を前に、白虎 奏(
jb1315)は事件の詳細を聞いていた、のだが。
「お姉さんだなんて、いやだわ、まぁ」
おほほほほ、といって使用人の女性は奏の肩をバンバンと叩いた。
(い、痛い……)
手の力強さはただ者じゃない、とぐわんぐわん体を前後に揺らされながら奏は思った。そんな奏の前に、下妻ユーカリ(
ja0593)は責任の所在をカミラに問う。
「私の方で聞いておきたいのは万一、原因以外に被害が及んだ際の責任の所在」
意図的に被害を出すつもりはないが、池の鯉に怪我をさせることはあるかもしれない。許容してもらえると助かるよ、そう続けるはずだったユーカリの言葉にカミラは大きく頷いた。
「もちろん、被害なんて考えずにいていいわ。一番なのはシブキだもの」
何百万と掛かろうと、鯉は鯉。シブキの命には代えられないわ。――カミラはそう続けた。なら話は簡単だ、と手早く事件解決の案を考え出したユーカリはカミラの続けた言葉に再考を余儀なくされた。
それを聞いていたアリシア・レーヴェシュタイン(
jb1427)は驚きに目を見開いて口元に手を当てた。アリシアは驚きが口をつきそうになり手で押さえたが、その前に隣で初めての戦闘系依頼でござる、と緊張を漲らせていた静馬 源一(
jb2368)が高い、高すぎるペットの値段に素っ頓狂な声を上げた。
ひょうたん型の池を見て、中央で分断することで原因たる鯉と普通の鯉を区別できると再確認した御影 蓮也(
ja0709)は影野 恭弥(
ja0018)、虎落 九朗(
jb0008)とともに屋敷の倉庫から板と網を引っ張り出していた。
「これでいいのか?」
けほっ、といがらっぽくなった喉に咳をしつつ九郎が問いかけるが答えはなかった。
適度な大きさの板を数枚。大型の網が二つと、手持ちの掬い網が数個。大きな屋敷だけあって、見つけるのに手こずりつつ埃っぽくなった服を払う蓮也たち。
問いかけた先の言羽黒葉(
jb2251)は案内のために共に来た使用人と談笑をしていた。
「『美しさ』か…それにどれほどの価値があるんだか」
屋敷の娘であるシブキが突如、絶食を繰り返し、その理由に池の影と美しさをあげたことを聞き、黒葉は顎に手を当てて呟いた。
「しかし、木を隠すなら森の中って言うからな。今回は戦闘までに時間がかかるかもしれないな」
蓮也がシブキの言葉に混ざり、情報を統合させてゆく。池の鯉に潜む何か――鯉に擬態したディアボロかサーバントか。
「ああ。――その板でいいから、池に持って行っておいてほしい。設置する時にもまた頼む」
相槌を打ちつつ、巨大な板を示して九郎と恭弥に指示鈴黒葉。先輩たち男手があってよかったよ、と続ける。と、そこに叫びのような、驚嘆のような源一の声が響いた。
シブキと面会をしていたティア・ウィンスター(
jb4158)は源一の声が屋敷に響くのを聞いて、どうしたのか、と首を傾げたがすぐさま目の前のことに集中することにした。
病床――というには異様な、シブキ。ガリガリに痩せ細った体はもともとの体の弱さがたたっているのか、身動きすることさえ辛そうに、いくつもの枕を使用して身を起こしている。
「横になられた方が……」
神城 朔耶(
ja5843)が溜まらず、シブキに声をかけた。それでも、シブキは首を振り、開いた襖から池を眺める。
常ならばほわほわとした雰囲気で周囲を和ませる、朔耶だがシブキの状態には眉を潜ませるしかない。
「これで治せるかどうかは分かりませんが……」
言葉を漏らし、クリアランスを掛けてゆく朔耶。
(痛々しい)
依頼人であるカミラから事前に聞いていたとはいえ、目の前にするとそれは控えめな表現だったとしか思えない。骨の浮き出た様はこのまますると、骸骨に皮を纏っているだけの状態になる。――命の刻限が短い。いや、生きているのが不思議なほどの様子だ。
美しいもの、綺麗なものに憧れる感情は理解できる。だが、それに囚われたシブキの今の姿はまるで――生気がない。
人は生きる活力を持ってこその生物だと思うから。
(こんなものが美しさだなんて、間違っています)
ティアはシブキをこんな状態にした原因、庭の池に視線を向けた。
●鯉は人の心知らず
粗方の情報収集を終えて池に舞い戻った十人。
ひょうたん型の池には幾数もの鯉が自由気ままに水に遊んでいる。敵は気配からするとサーバントで間違いないようだった。
「鯉か〜……食っちゃ駄目だぞ?ポチ」
奏が召喚したヒリュウの頭を撫でて言う。そのすぐそばでは手鏡を顔の前に押し出してぎゅっと目をつむる源一。
敵の情報を聞くに、魅了効果のある白い鯉型のサーバントであると発覚したため、魅了に対抗すべく反射できるもの、と手さぐりした結果がその手にある手鏡である。
ティアや朔耶は万一にも魅了されないために池から離れた場所で他の仲間をサポートできるようにしているが、実際問題として魅了に対する効果的な案が思いつかなかったためでもある。
「人の言葉で言うところの……そう、ミイラ取りがミイラになるのは避ける必要がありますからね」
「聖なる刻印がどこまで効果があるのかわからないので、気を付けてください」
丁寧な口調ながら厳しい声音となっているのは、シブキへと施したクリアランスに著しい効果が得られなかったせいだ。
「魅了効果のある鯉なら、他とは輝きが違ったり、細部が違うなどと判別できる点もあるかもしれないな」
注意深く探してみよう、と蓮也が言うのにアリシアは頷いた。蓮也とアリシアは敵の発見を第一に動く。
「水抜きができりゃ一番なんだけどな……」
しゃーねぇからちゃっちゃと片づけるか、と自己完結する九郎。その頭にあるのはシブキのことだ。直接会ったのは朔耶たちだけだが、相当な状態だったと聞いた。気を引き締めるように拳を握る。
「じゃ、行くよ」
奏が合図をするとヒリュウの鳴き声を上げた。池の魚たちは瞬間怯み、――しかしすぐさま池を再び遊泳する。
「あ、あの……あの鯉、だと……思います」
すべての鯉が動きを止めた一瞬。けれど、ただ一匹だけがそうはならなかった。それこそがヒリュウの超音波に影響を受けない、敵サーバント。それをアリシアが見つけた。
「では、隔離作業に入りましょう」
蓮也がそういうと、九郎と奏が餌を手に、池の片側――小豆へと鯉を誘導する。自由気ままに動く鯉たちだが、餌の魅力には逆らえないようで、徐々に集まってゆく。
「こっちこっち。良い子だね〜」
口をパクパクとさせつつ寄ってくる鯉ににこやかに対応する奏。離れたところにいる鯉には恭弥が餌をあげつつ誘導を施す。一方で、餌に釣られることなく大豆から移動しようとしない鯉に対しては黒葉が魂縛符で眠らせ、源一が素早く掬い取り小豆へと移動させていた。
「まずい、そっちに行くぞ」
ひょうたん池の大きい方、大豆を優雅に泳いでいたサーバントが鯉を集めている小豆の方へと向かってくる。蓮也の声に、今までじっとしていたユーカリがさっと立ち上がった。
「あたしの出番ね! 華麗な水上忍術を見せてあげるわっ」
トン。トトン、トン。
リズムよく水面に足を踏みだし、波紋を広げながら池の上を踊るユーカリ。彼女の言葉通りにその動きを見ていた源一ははっとしたように立ち上がり、同じ忍軍として水上歩行に移る。――囮役だ。
「今のうちに!」
サーバントの気が逸れるのを確認して、九郎が池を断絶する作業に入る。倉庫から持ち出した板と網をひょうたんのくびれに入れ落とし封鎖すると、阻霊符でサーバントの透過ができないようにする。
●忘我の先
黒葉は最後の一匹を小豆へと移動し終えて顔をあげた。と、その時、視界が揺れた。
(白い、影――)
ユーカリと源一に釣られて、水上へと顔を出したその白い輝き。
「言羽さん、大丈夫ですか」
ポン、と肩に手を乗せられて、黒葉は顔をあげた。
「あ、ああ……ありがとう」
池を遮るように立ったティアのおかげで魅了に掛かり始めていた黒葉は正気付いた。
「――それで、戦況は?」
「ええ、詰みです」
水面へと姿を現したサーバントは今、銃弾と弓の嵐に晒されている。
無言のまま、狙撃する恭弥。敵の魅了を恐れることもない、正確な狙撃が続く。その命中は緑火眼であげているとはいえ、膝をついて安定した姿勢から行われるおかげで一歳のぶれがない命中率だ。
「こちらにもいます」
しかし、遠距離攻撃ならば朔耶も負けはしない。梓弓を手に、攻撃を行う。乱発を控え、確実に当てる。――その隙に、見えないほど細く鋭い糸がその体に巻きつく。
「普通の鯉を隔離した池に影響がいかないよう、気をつけなきゃな。弁償なんて出来やしないし」
色々と考えつつも九郎がその手に構えるは――釘バット!
(だって俺が持って津唯一の打撃武器だし。いや、ピコハンや竹刀もあるけど)
「インパクトぉおおお!!」
野球の要領で大きくスイング。
「陸に上げてしまえば、まな板の上の鯉ってね」
カーマインの糸を回収しながら蓮也が皮肉に笑む。
池から出してしまえば、それは魅了効果のあった先ほどとは全く別の様相だった。黒く濁った鱗に凶暴な牙。悪鬼のような鋭い魚眼。――醜い本性が暴き出された。
その時だった。
「いやぁあああああ!!」
叫び声が突如、割り裂いた。――サーバントに魅了された少女、シブキだ。
どうやってここまで来たのか、驚きつつもティアがよろめきながら近づくその背を支えながら抑えた。
「ここは危険です!」
ティアの言葉を聞かないように、ただ一点だけ――サーバントだけを見開いた眼で見つめ続けるシブキ。今は戦闘中だ、敵から目を逸らすわけにもいかない。やめて、やめて、と繰り返すシブキに判断するのもまた早かった。
「すみません」
首筋に手刀を落としシブキを気絶させると、ティアは屋敷へとシブキを運びに行く。
朔耶はとても出歩けるような状態ではないシブキの様子が気がかりだったが今は戦闘に集中すべきだ、と弓を構え直した。
(シブキさんが心配です)
さっさと切りをつけたい、という思いとともに重く強大な弓を握り、朔耶は最大の破壊力で敵に挑む。
攻撃に出た敵に対し、アリシアがナイトミストで体を覆い、その視界を隠した。そこへヒリュウのブレスが混ざり、黒い塊は炎となって鯉型サーバントを包み込む。
「さぁて、お次は焼き魚ってね」
醜い断末魔を上げるサーバントに姿を隠しながら近づいたアリシアの機械剣が切り裂いた。
●身の美しさ
「ごめんね〜。大騒ぎだったね〜」
鯉たちへと再び餌をやりながら奏が言った。
戦闘痕、といったものは然程ないが、板を入れて池を分断してしまったり、眠らせてしまったりと鯉たちのストレスになりそうなことはしている。
九郎と蓮也は倉庫に板や網を戻しているし、恭弥は使用した銃の手入れなどをしている。
「みなさん、シブキさんが目を覚ましたようですよ」
にっこりとほほ笑み、屋内へと朔耶が誘った。
「目が覚めて、もうびっくり。すっごいお腹減ってるんだもん」
ガリガリの体で、それでも朗らかに笑顔を見せるシブキ。未だ、体は枕や人の手で支えないと自分で身を起こすこともままならない。幽鬼のように戦場へと飛び込んできた時の異常さも見当たらない姿に朔耶はほっとした。
アリシアの持ってきたドライフルーツのケーキを美味しい、と言って食べている。お腹が空いている、というのは予測できた事柄だから恭弥もチョコを持ってきて、差し出している。現状は元気な様子のシブキとカミラを含めてガールズトークな場なので男子陣営はほぼ無口ではあったが、ありがとう、と感謝を口にするシブキに心が温かくなる。
「十分栄養を取ってゆっくり休んで元気になってほしい」
それが何よりもの褒賞だ、と蓮也が言うとそうだぜ、と九郎が返した。
しかし、
「なぜあんなところにサーバントが紛れ込んでいたのでしょう」
ティアの疑問はもっともだ。サーバントが家の中、しかも池で悠々、他の鯉とともに泳いでいるなどというのは珍事に違いない。
つい先週、池の鯉を追加した中に白い鯉がいたというから、その中に紛れてきたのだろう。しかし紛れていた、その理由は不明である。
(手違いで?寝ていて?それとも遊び心……)
疑問は尽きないながらも、甘いお菓子につい笑顔をこぼす。
「たまには洋菓子も……いいですね」
楊枝を次のケーキに伸ばそうか、やめとこうか。そう思い悩むアリシア。食べても太らない体質の黒葉は次々と出される、お茶請けを食べすすめる。使用人に混じってお茶の給仕をする源一……。
「はっ! パシり癖が身に付いてしまっているでござるっ」