●出発地点
「放送者を探れ、ね……」
黒須 洸太(
ja2475)は顎に手をやりながら呟く。
手がかりが声という曖昧なもののため、活動方針が見えない。依頼を断るつもりは毛頭ないが、どうするべきか。
「そういえばさ。話の腰折って悪いんだけど……声の主がわかったら、鷹浜さんどうするの?」
依頼が成功し、声の主を知ったらどうするのか。
(――興味か恋心か、はたまたそれ未満か)
声に惹かれた。けれど実際に知ってどうするのか。単に気になるから確認したいだけなのか、それともその人物と仲よくしたいのか。応援はしたいが、その真意を知らなければ対応もできない。
「それ、は……相手を知ってから、かな」
声がタイプでも実際の人を見て幻滅するかもしれない。それなら知らない方がいいのかもしれない――そう続けた夕映。彼女の中、おぼろげながらも答えは出ているようだった。
「じゃぁ、今後はどう動こうか?」
栗原 ひなこ(
ja3001)が切り出す。
ガヤガヤとした空気が周囲にはある。ちょうど、お昼の時間なのだ。
「声が似ているらしい人への調査はしたほうがいいよね」
桜木 真里(
ja5827)が先ほど鷹浜から聞いた人物の名を指折り数えた。
「バイトで探偵事務所の見習いをやっている俺としては、この依頼、本気でやらせて貰おう」
変装は得意だ、と胸を張りつつ紙へ依頼の詳細を書き込む厚木 嵩音汰(
jb4178)。そのまま、佐原への尾行をすることを主張する。
「それなら僕は……オルスト君を。人間文化に興味がある、といえば不審じゃないだろうしね」
インヴィディア=カリタス(
jb4342)は悪魔であることを動機にするつもりらしい。アルバイトとして学園の至る所に顔を出しているオルストならば悪魔だからと言って毛嫌いすることもないだろう、と考えてのことだ。
もっとも、人も冥魔も天使も愛されるべき存在であるというのがカリタスの持論である。
「俺は放送の方に行きたいっす!美声でお姉さんをメロメロにするテク……マジすげぇ!」
宮沢貴一(
jb4374)はほぼ本心から、「ぜひ、弟子になりたいっす!」と言う。
「僕も宮沢君と一緒に放送の方へ行こうかな。少ない人数で回してるみたいだし、多い分には歓迎されると思うからね」
目をキラキラさせて謎の放送者に憧れる宮沢を見ながら、黒須が言った。元気があって行動力があるのはいいが、一人にすると危ないかも……とお兄さん的部分が出てくる。
妙に、庇護欲をくすぐられるというか、尻尾を振り回している犬のリードを握る気分だ。
「それなら、あたしは寮生やいろいろな人に放送のことを聞いてみるね!」
聞き込みの能力があるひなこ。彼女自身、学校では放送部の部長を務めるため、今回の依頼は渡りに船。理由も十分で怪しまれることはないし、アンケートなどを取れば今後の放送部の活動にも役立てる。
そうして、鷹浜の住む寮の食堂から六人の姿は一時撤退することとなった。
●調査風景
「これからよろしくお願います」
某、歌のお兄さんよろしくはきはきとした声で告げる黒須に倣って、宮沢も頭をぐっと下げ、意気込みのまま勢いよく頭を上げ直した。
「よろしくっす!」
突如、放送係に来た二人に寮監はかなり喜んだ。
放送係の仕事は、それはそれは人気がない。
仕事は毎日、朝・昼・放課後の三回で一回にかかる時間も少ないのだが、その一回に掛ける準備時間が膨大なのだ。
昼はお便りコーナーやリクエスト曲を流すため、人気はある。放送それ自体はとても歓迎されている。だが、それをするにはアンケートを取ったり、寄せられる質問に対する誠実な答え、事前調査や情報入手とやることは多い。
放送は喜ばれている。だが、一方で放送をする側には回りたくない。
「きちんとしたバイト代が払えればいいんだがな……本当にいいのか?」
やることだけ多くて給金がスズメの涙である放送係を、違う寮の生徒が立候補するということに不審なのか、困惑なのか、眉をしかめている寮監。
「もちろんっす! 俺、放送がやりたいっすから!」
元気いっぱい答える宮沢に、寮監の視線は黒須へと移った。
「ええ、お金のことは気にしないでください」
宮沢君を一人にする方がちょっと心配で、と続けた黒須。その視線の先で、宮沢は先輩放送係に自己紹介などを始めている。
そうか、と頷きながら相好を崩す寮監。好印象のようだ。
(このまま寮監さんと仲よくなっていろいろと教えてもらえればな……)
個人的には、寮監の苦労性気味な雰囲気に親しみを覚える。スズメの涙で、バイトを雇うのは大変だろう。それでも、任務でいない生徒のために放送で情報を伝えるという、その方針は変わらないらしい。
実際、この放送係がスズメの涙の給金しかないのは寮監から払われているからだ。学園や寮管理とは別で、放送は彼の慈善活動でしかないのだ。
それに賛同する放送係の人たちとも気が合いそうだ、と放送係のメンバーへと黒須は向き直った。
「バイト希望っす! よろしくっす」
バイト係の先輩に自己紹介を兼ねて宮沢は声をかけた。
その女性は読んでいた本を閉じて、一言。
「俺は毎週火曜担当だ。たまに土曜日も受け持っている。要件がなければ話しかけるな」
俺、と名乗ったその女性は再び本を開き、読書を始める。
取り付く島もなくあしらわれて、あっけにとられた宮沢。黒須がその肩に手を掛ける。
「基本的に、集まりはないそうだよ。寮監がそれぞれの人にメールで連絡をするらしい」
「こいつは読書をしに来てるからな」
話しかけても無駄だ、と告げる寮監。ツレナイ態度は普段のことらしい。
「あと三人いるんだが、今日は顔を出さないだろう。メーリングリストに登録して顔写真と名前だけ送っておいてくれ」
後は、活動をしてゆく上で会うだろう。
「ずいぶんサバサバしてますね」
人が少ないということもあって、もっと協力的で信頼関係があるのかと思った、と驚きを露わにする黒須。絆が強固であるならば、新入である黒須たちに警戒を抱く可能性もある、などと考えていたのとは考えすぎらしい。
「まぁな。事前活動でやってくれてるのは一人、暇だからって参加してるやつが一人、寮の罰則として参加させてるやつが一人、趣味しながら稼げるって食いついてきたこいつの四名で回してる」
こいつ言うな、と寮監の言葉に反発する女性。
「四人だけだと急な交代とかもあるんじゃないすか?」
依頼とか受けるとこれ無くなっちゃうっすよ、と宮沢。自然にピンチヒッターの話に持って行けそうだ。
「そういう時は歴代のアルバイターや、俺の友人とかに声を掛けたりするんだ」
まぁ、勝手に交代してるやつもいるけど――と零す寮監。
「勝手に、すか?」
「担当は自分ってことにしといて、代理人立てるんだよアイツ。――ああ、暇で参加してるやつな」
名前と顔の表示された携帯画面を掲げる寮監。
(この人怪しいっすね!)
写真を覗き込んだ宮沢は振り向き、黒須を伺う。
「誰も捕まらない時なんかは俺がやったりしてたんだがな。これからは期待してるぞ、二人とも」
●ミーティング
翌日、再び六人は食堂に集まっていた。ターゲットがいつ放送を代行するのかわからないので、ミーティングなどはここで行うことにしたのだ。
「偶然の作用ってすごいと思うんだ」
オルスト・ホーライドに接触しようと歩いていたカリタスに、友人から伝言を預かったオルストが訪ねてきた。それを好機に、オルストと親しくなったのだと。
人間文化を知るためにアルバイトというものを知りたいと思っていた、と説明しオルストに同行、バイトを手伝ったりしていたようだ。
「携帯の操作方法がわからないと言って、録音の仕方を聞きながら彼の声も取って来たよ」
携帯を買ったばかりでメール友達もいないから、と連絡先の交換もしたのだそうだ。
「そうだ、鷹浜さんについても聞いてきたんだ。綺麗な子だね、って言ったら心が真っ直ぐだ、と言っていたよ」
好印象だね、と好感度までチェックしている。おっとりとした性格ながらしっかりしているようだ。
それぞれの調査結果については昨日のうちにひなこへ連絡を取り情報を共有している。とはいえ、直接口から聞いた方がより詳しく知れる。
メールではカリタスが調べたオルストのバイト予定、宮沢と黒須の二人が持ってきた放送係の日程表、桜木の接触した幡名のバイト予定、厚木の尾行による佐原のバイト予定などが含まれていた。
一方で、ひなこが調べていた、寮生への放送アンケート。
「あの放送が人気だってことはわかったんだけど……うーん、めぼしい情報が出てこないなぁ」
寮生ならば放送を聞いているし、誰の声かわかると思ったのだが、誰が放送をしているかは興味の埒外らしい。
「寮監がバイト集めて放送係をやっているとか、放送係安月給とか、頼りになる情報網、とか――噂系統ならいろいろ聞けたよ! いろんな人の声を録音しといたから、黒須さん編集お願いしますね!」
(寮の放送をするってことは、寮に出入りする人ってことは確実なんだけどなぁ〜?)
唸りつつもこれからが放送部部長の実力の見せ所だ、と思いを新たにするひなこ。
「うん、じゃあ僕はみんなの集めたレコーダーの編集と、鷹浜さんたちに確認を取るよ」
一人で大丈夫か、という黒須の問いかけに宮沢は頷く。
「今日の午後はあたしも放送係の方へ顔を出すから、ふぁぁいとっ!」
それに返る、裏返った宮沢の声。
「き、緊張するっすよ! でも、頑張るッす! 声の人がお姉さんたちをメロメロにしたように、俺もなりたいっす!」
「俺はターゲットに接触する」
昨日で十分に事前情報は得られた、と厚木。
「俺も、もう少し幡名へ探りを入れてみるよ」
あまり、会ってすぐに情報を聞き出せないからね、と昨日のことを思い出す桜木。
(カリタスの場合はちょっと特殊だ)
ターゲットから話しかけられるという偶然が働けば、怪しまれることはないだろうが……あちらから話しかけてきたのだから、こちらに他意があるなど考える余地もないだろう。
一方で、見知らぬ人からいきなり話しかけられれば普通の人は警戒する。だからこそ、桜木は偶然を装って、ターゲットにぶつかり、知り合いとなったのだ。
レコーダーによる声の入手はしてあるとはいえ、声の人物がレコーダー以外の人物である可能性もあるので、情報は多い方がいい。
(午前は幡名の方へ行くとして、午後は栗原とともに寮生へ放送について聞いてみるかな)
●声の人
さて、変装好きが高じて、探偵事務所でアルバイトをしている厚木。
昨日はターゲットである佐原の素行調査から始まり、備考。本日の予定も入手済みである。後はアルバイトが終わって手が空いた時間を狙って、接触するだけだ。
隠密を使用しつつ尾行。タイミングを計る。
(よし、今だ)
「すまない、ちょっといいか?」
「は、俺?――なんすか、あんた」
警戒心も露わにぶしつけな眼を向ける佐原。
桜木やカリタスは調査対象に不信感を持たれないように、と偶然を装って接触をはかったが、厚木は違う。
(こういうのは不信感を持たれてから払拭する方が、逆に怪しまれないものだ)
一端信用した相手を再び怪しむ、ということは滅多にないことだ。探偵事務所で学んだ多くのことの一つに聞き込みやターゲットへの接触の仕方がある。
「俺はネットラジオ放送部の取材をやっている。今度取り上げるテーマの一つがバイトなんだ。少し協力してくれないか」
「バイト……。なんで俺なんですか?というか、俺のこと知ってるんですか?」
当然のように、疑惑の目は変わらない。学園の部活動、といってもかなりの数があるし、なぜ自分なのかが不明だからだ。
「佐原由之だろ。俺はいつでも取材のネタを探してるんだ、お前を見かけることは何度もあったぜ」
それに、お前だけじゃない、と他の調査対象であるオルストと幡名の名前も挙げる。
相手を信用させるコツとしては、嘘の中に真実を織り交ぜることだ。もっともらしく、嘘を吐く。
「今回は放送などで声を流したり、読書会などに出向いたりしてる……そうだな、慈善活動のようなものまでこなす奴を探してる」
慈善活動も放送も共に依頼のことだ。
「慈善活動、ね。小学校で読書会をしたことはありますよ。それと、老人介護」
「ふむ。放送は?あれも確か収入の少ない仕事の一つだろう」
「ですね。でも、バイト掛け持ち組は日程が不定なんで時間帯が合わないっすよ」
「そうか。幡名の方は?」
徐々に、口が緩んでいる。
「あいつは……頼みごとが多くて、短時間・単発の仕事です。後、手先が器用なんで小物作ってネット販売してますね」
その後、どれくらいの仕事を掛け持ちしているのか、どのようなアルバイトの経験があるのか、そう言ったことを聞きだす。順調に、不信も抱かれずにインタビューができているようだ。
「最後に、一言いいか?」
――鷹浜に事前に聞いておいた、声の相手と解るような「一言」を佐原に言ってもらい、厚木は調査を終えた。
(最後は少し、強引だったがいいとするか)
佐原からの情報を聞くに怪しいのは幡名である。バイトの時間帯が短くて済む、単発のものばかり、ということは放送係のピンチヒッターをしている可能性もあるだろう。
三度目ともなるミーティングは食堂ではなく、空いている寮室を使って行われていた。すぐ隣で、録音した声の聞き取りが行われているため、雑多な音の混じる食堂では不適切だったのだ。
「幡名は当りだったよ。放送係の仕事を受ける時があるみたいだ。仕事を受けた日付がわかればよかったけど……」
さすがにねそこまでは怪しまれるからね、と締めくくる桜木。
佐原から聞いた情報にも当てはまるし、黒に近い。しかし証拠がなければどうにもならない。
「寮監が、放送係のメンバーについて言ってたよね」
四人の放送係のうち、二人は暇人と寮則違反者だと言っていた。暇人の方は勝手に代理を立てることがある、などとも言っていたなと黒須は思い出す。
「暇人さんは明日の昼、放送係になっているそうっすよ!」
「幡名は明日、急なバイトがあるっていってたし……ピンチヒッターとして幡名が入るって可能性は高いね」
「みんな―!レコーダーに声、混じってたよっ」
ひなこの声に桜木と厚木の視線が絡まる。
「告白、できて良かったよね!」
「うっす! 口を隠してる人っすけど、いい声だってことはわかったッすよ!」
「佐原がターゲットではないとは……選択を誤ったな」
「オルストとも友達になれたし、僕は満足かな」
「放送係の仕事も面白かったし……僕も、続けてもいいかなとは思ってるよ」
「本当、上手くいって良かったよ。幡名が放送係の仕事をしてないって言われたらもう、手がかりもなかったしね」
そう、二人のやり取りを見ながら六人は感想をこぼし、解散していった。