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「場所が場所だけに人的な二次・三次被害が起こる可能性があるな……。俺は一般人の避難を最優先に動かせていただきます」
一考した後、日下部 司(
jb5638)は誘導に回ることを立候補した。
「……ぁあ! はいはい、私も避難誘導の方に尽力させてもらいますね」
タブレットを操作していた瓜田 博志(
jb5109)は顔を上げると慌てて立候補する。戦いには自信がないのですが逃げ回るのは得意ですよ。あはは、と力の抜ける笑みをこぼす。
避難に避ける人員は状況的に見て、これだけだろう。龍崎海(
ja0565)は皆に依存がないのを確かめてから言う。
「敵は複数だ、各方面に分散する可能性がある。それぞれ敵を足止めしている間に避難、その後各個撃破って流れで行こう」
その言葉に、桃々(
jb8781)と打ち合わせをしていたレンタス(
jb5173)が力強く頷く。
「皆、もう一度きちんと繋がっているか確認しておいてくれ。――着くぞ」
サークルからこっち、現場まで走っていた一行は海が促すのに、前方に目を凝らした。
そこは異様な光景だった。
車の長い渋滞列。地面から飛び出す、巨腕が四つ。
人々は走り、悲鳴を上げる。
「道路から生えた鬼の腕とか、シュールなんだけどっ!?」
その光景に松永 聖(
ja4988)は思わず声をもらす。
「流れが滞って、る。人が多い、な」
無表情に少々の苦みを忍ばせて、僅(
jb8838)は評した。
巨腕が片っ端から猛威を振るうせいか、車は横転し、あるいは破壊され、あるいはどこかへと放られる。
道路も何も関係ない、と無造作に配置されてしまった車に道を閉ざされる人。車に押しつぶされ、身動きの取れなくなっている人、恐慌状態のまま立ち止まってしまっている人。
人人人、埋め尽くされる。
「ほう……これはまた……変わった形を……」
博志は眼鏡の奥で視線を鋭くさせる。腕だけ、という独特な形状を持つ敵の姿に研究者としての血が騒ぐのだ。
鈴代 征治(
ja1305)は司と拳を躱し合い、絆を確かめ合った。そうすることで互いにアウルを通して鼓舞し合うことができる。徐々に湧き上がる力に、征治は拳を握りしめる。
「ありがとう、力が湧いてきます」
司は一つ頷いた。
「救援は遅くなるでしょう、俺たちが何とかしないと――瓜田さん、そちらはよろしくお願いします」
司は瓜田に言いながら人群れのやってくる方向に向け、跳躍した。運転手が既に抜け、動かなくなっている車を跳び越える。
「いやはや、若者は行動が早いね。私も見習わなくては」
言いながら博志は拡声器を構えた。片手には工事現場でよく見かける誘導棒を発光させている。
司の言うとおり、この場に救いの手は絶対的に少ない。彼らは依頼を受けてすぐ、警察や消防組織への現場の交通規制要請を出しておいたのだが、この状況では多分、彼ら事態がこの場に辿り着けていいないだろう。推測するには十分なほど、この場は人も車も滞っていた。
「とっとと倒して、これ以上の被害や二次被害を押さえないとね」
敵の姿とこの場の光景に眼を見張って驚いていたのか一転、聖が掛け声をあげて敵に向かっていく。
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左右の腕が二対、合計四つの腕がある。
片側二車線の道路、コンビニがある手前の道へとズズ、と近づいてくる左手に征治はすかさず阻霊符を掲げた。腕の侵攻が一時、停止する。
その隙に、と征治は声を張り上げた。
「今すぐ車を置いて歩道へ避難してください! ここは戦場になります!」
人が捌けていくのとは逆に、征治は敵に向かいながら槍を振りこんだ。
加速の勢いの乗った体で、敵ではなくその横をすり抜ける。その間際、槍を回転させながら薙ぎ払いを掛ける。腕が宙に浮いた。
すかさず、振り向いて遠心力を乗せた力で地面に叩きつける。
蜘蛛の巣状のひび割れがコンクリート地面に出来あがった。だが、そこから鬼腕は立ち上がってくる。
(……っ硬い!)
分厚い鬼腕の皮膚に、上手く力が通っていかなかったのだ。
掌の防御力を鑑み、征治は穿つことよりも、ダメージを入れることに意識を切り替える。槍を回転させながら何度も突けば、その度に掌で受け止められたが、ダメージは確かに入っていっている。
狙いは指だ。集中して攻撃すればどんな防御力があっても堪らないだろう。切断できれば、確実に戦力を落とせる。
その時、腕の動きが変わった。征治が踏み込むのに対し、腕は退き攻撃を避けた。握りこまれた拳が勢いよく突進を掛けてきた。
ズンッ
重量ある攻撃。だが、征治は受け止めた。
グリースを巻きつけて防御力を上げた手で拳を受け止めていた。その背から黒と白の混ざり合った光が立ち上っている。
「負けるわけにはいかない、みんなの為にも」
時間を稼ぐ。顔を上げた征治の瞳には覚悟ある色が宿っていた。
ピアノ線というのは何も凄まじい殺傷力を持っているわけではない。ただ、特定の場合においてのみ特定の条件をもってしてそれは獲物に凶悪さを見せつけるのだ。
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「奇怪な敵だ、な。興味深、い」
停車している無人の車の腕に陣取った僅は見晴らしの良い、その場から敵を観察する。
腕だ、左右が二本ずつある。左右ということはそれで一対なのかもしれない。そうであるならば連携してくる可能性も捨てきれない。
だが、見た目だけでわかる情報というのは少ないものだ。
(要観察だ、な)
「超絶にきもい天魔ですわ」
土管二本分ほども太さのあるそれに、げっそりとした顔を見せた桃々は視界から外すべく、レンタスと僅に向き直る。
「レンタスさん、僅さん。よろしくおねがいしますなのですわ」
共闘する二人にはきちんと挨拶する。桃々はお嬢様なので、礼儀として当然のことだ。
「この土管野郎、お前の相手はこっちですわ!」
何よりも今すべきは、敵を倒すことだ。敵の外見が許容できないものであっても、速やかに視界から排除すればいいだけ。桃々は気を取り直し、挑発する。
「お前のかあさんでべそーですわ」
罵倒の言葉は少々幼稚だが、小学生なので当然ともいえる。
挑発に乗ったのかどうかわからないが、相対する腕は桃々たちを標的として定めたようだ。
「来、た」
僅の声とほとんど間をおかず、敵はやって来た。
握りしめた拳が突進してくるのに、桃々は幻惑を掛けながら回避する。
多少ふらつきながらも、腕は桃々たちに向き直った。
「……効果なしアルか?」
思わず、桃々は素が口調に出た。
元々、鬼腕は探知精度が低い。幻惑による命中力の低下は確かだったが、敵の大きさからすれば些細な事だった。
とりあえずどこか攻撃すれば物にあたる、の要領でめちゃくちゃに爪が振り回される。
長い爪が迫るのに対し、レンタスは車上に乗って避ける。地面に突き刺さった爪が抜ける前に、と腕に向かって弓かけるレンタス。
桃々もそれに合わせて、隙を作らない様にタイミングを計りながら手にある符より水刃を呼びだす。
●
既に他の仲間達も阻霊符を発動しているはずだが、敵を分散するために戦場が大きくなっている。阻霊符の効果範囲が心配だ。
阻霊符を取り出し、一瞬、動きを止めた。
「本体が下に隠れていたりして……」
言いながら海は阻霊符を翳す。
結果、特に外見的変化は敵に無かった。確かに、敵は腕のみの存在だということだ。
安心したところで攻撃を開始することにする。難解な模様の書かれた符を五指に挟み、海は告げた。
「容赦はしない。短期決戦のつもりで最初から全力で行かせてもらう」
その気合と共に、海の全身から実態を持たない鎖が無数に放たれる。いくつもの鎖を回避することはできず、早々腕は絡みつかれた。
だが、
「怪力だな。流石、天魔というところか……侮れない」
大きく暴れた結果、腕は鎖を強引に引き千切った。壊れ、消えてゆく鎖の残滓に海は零す。
対して、腕は長ったらしい爪を空中に向け乱舞させる。爪の攻撃はあまり正確でないらしく、海は翼で爪を回避しながら開いた本から光矢を生みだし放ってゆく。
「上空に対する備えはないようだけど……」
しかたない。覚悟を決めた海は本を閉じる。次の瞬間には海の手には槍が握られていた。
「いくぞ――」
翼を大きくはためかせ、海は槍を構えたまま腕に突撃をかけた。
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「あ〜みなさぁ〜ん? こっちですよぉ〜」
ゆるゆるとした口調で博志はコンビニ近くで誘導棒を動かす。
気の抜ける声だ。ほぼ安全地域に来たという安堵感もあって、皆の気も緩む。
敵から逃げてきた一般人たちは振り返りもしないのでいいが、実は博志の脚はカタカタと実に恐慌の限りであった。博志の見てる方向からは敵の姿が丸見えなので、当然と言えば当然かもしれない。撃退士としては若干情けないのかもしれないが。
そんな博志の視線がスッと細まった。――瞬間、光の矢が空間を駆け抜けた。
「……いけないな、オシオキだね……」
鬼腕の投げつけた看板が矢に射抜かれる。
パラパラと粉が降ってきて、そこにいた一般人は漸く自分がたった今、命の危機にあったことに気付いた。そして、博志の行動に気付いたのは鬼腕も同じである。
「あわわわわわわ? あれ? 怒った?」
ぐるり、と博志のいる方を見やった敵にしても意味のない質問を投げかける。
「まずいんじゃないこれ? えへへ……」
ヤバい状況に冷や汗が額から流れるが、博志は笑みを浮かべるのを崩さない。いや、崩せない。変にテンションが上がっているのだ。高揚感と恐怖心は良く似ている。
先ほどまでの度胸は木端微塵と消え、今はまたもや足が震えている。どうやって逃げ回ろうか、いや後ろには一般人が控えている。
逃げと守りのせめぎ合う思考は、けれど必要なかった。
ヒーローは遅れてやってくる。
闘気纏う少女が、腕の小指を斬り飛ばした。
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鎖鎌というのは非常にトリッキーな動きをする武器だ。
ロープ状の部分は主に拘束に使われ、先についた鎌は傷をつける。下手をすれば使用者自信を傷つけることになる鎖鎌は今、聖の手によって華麗に操られている。
「まだまだぁあああ!」
攻撃を終わった直後の隙を敵に与えるつもりはない。
聖はすぐさま振り返り、闘気を立ち昇らせたまま縮地で敵と距離を詰める。
急な動作に反応できない内に、鎖を引絞る。ボキッと不気味なほど重い音が鳴り響く。――鎖に絡め取られた手首が、本来ならあり得ない方向に曲がっていた。
「やりぃっ!」
小さな喜びの声を上げる聖に長い爪が迫って来た。
余裕のある動きで敵から距離を取れば、それ以上爪は追いかけてこなかった。直前の攻撃が堪えていると見た。
「やっぱり、天魔といえども人体の構造には逆らえないのね。よし、今度は生爪剥がしてやるわっ」
敵に大打撃を与えたことから、余裕を感じた聖は大胆にも接近戦用の双剣へと武器を変更させた。爪は脅威だが、敵の動きと聖の動きならば聖の方が上手だ。
「――やってやるわ」
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戦いの余波で車のドアが歪んで閉じ込められてしまった家族が逃げ遅れているのを確認した司は跳躍で車を飛び越しながら現場に着く。
「落ち着いて」
強引にドアを引っぺがす。恐怖に固まってしまっている人々に、泣きつづける子供。
戦闘音喧しいこの戦場で、子供の泣き声に気付けたのは行幸だった。子供の手をしっかり握り、一人ずつ車から出してゆく。
一人ずつ、丁寧に救出をしていきながらも司は焦りを感じていた。
敵までの距離を確認してしまう。司がいるのは、敵からの脅威が最も高い一般人たちのところだ。
横転した車を退かせばもわっと血の匂いが一気に広がった。
(これは、早く手当をしないと……)
気を失っている男性を背に抱えながら、一端この場を離れることにして跳躍した。
「怪我人、か。少々待、て」
桃々とレンタスが戦うのに気を配りながら、僅が後衛から更に下がってくる。
地面に横たえた人の状態のひどさにはすぐ気付いたようだ。応急手当として消毒と包帯など器用にこなしてから、ライトヒールを掛ける。
「大丈夫、だ。見た目ほどひどくはな、い」
小さなアウルの光が傷口に入り込み終わってから、僅が告げる。
「わかった。救急車は――まだ遠いな、瓜田さんの方へ連れて行ってもらえないか」
回復のできる僅が近くにいた方がいいだろう、と付添になってもらい司は戦いに参戦する。
司は鬼腕を睨みつけた。
レンタスと桃々が前で戦っているため、また敵との距離はある。
武器を掴む。そして、その刹那には攻撃が終わっていた。
「これほどの被害、ただでは済ませない」
●
「ふぃ〜やぁっと終わりましたねぇ」
腕で額の汗ぬぐいながら博志が言った。それに僅が頷く。
この場から離れていく最後の救急車に送っていた視線を海は戻した。
現場となったこの場所、先ほどまでは悲鳴と爆音に塗れていたが今は痛いほどの沈黙が満ちていた。
「人的被害は抑えられましたね」
征治は言った。それは喜ばしい報告である。
しかし、一方で語られない人的以外の被害か多大なものでもある。
司は沈鬱な表情で黙り込んでいた。何かを口にしようとして、閉じる。
何も言うべき言葉が見つからない。天魔の脅威は去った。だが、今在るのは喜びよりも空しさだ。
鬼腕のいた場所には大きな穴が幾つも穿たれ、車はひしゃげ使い物にならない。建物から取ったらしい看板が幾つも、鋭利な角度で地面に突き立っている。
行動したのは、聖だった。
「べ、別に、街の皆の為……とかじゃないんだから……っ!」
ツンデレな台詞を言うと、看板に手を伸ばす。
意図を察した桃々が溜息を着いて、ゲレゲレさんを背負い直す。
「やれやれ。子供だってお片づけぐらいするのですわ」
天魔のしなかった後片付け。
工事の人とは違い、本格的なことはできないが、せめて瓦礫など重い物や危ないものを一か所にまとめることはできる。
彼らはこの場に新しい人手が来るまで出来る限りのことを始めた。