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「吸電怪獣なんかは特撮では良くあるようですが……こう、小さい虫の群れとなるとなかなか見ませんね」
資料に付属していた写真を見て、そうセレス・ダリエ(
ja0189)は評した。
写真は昨夜のうちに撮られたもので、暗い中にその姿ははっきりと見えにくいが確かに虫のような姿が電柱に引っ付いている。
「さっさと虫退治して、電気を復旧させないとね!」
雪室 チルル(
ja0220)が握りしめた拳をボクシングするように左右に突出しながら、勢い込む。
事件が最初に発生したのは昨夜のことであるが、学園に依頼として持ち込まれたのは今朝の事だ。
昨夜に起きた停電は単なる事故として一端、処理された。朝、明るい陽の下で停電の理由を調べようと、その時ばかりは非常電源に変え別の鉄塔から街の電気を取ることにしたのだ。
だが、本日早朝。またも街が停電に陥る。そして明白となったのは、街郊外の草原にある立ち入り禁止区画、その中に佇む鉄塔に群がる黒の虫だったのだ。
「生活インフラを破壊するディアボロかァ……戦略的に見ればなかなかの着眼点ね♪」
くすくすと笑い声を零す、黒百合(
ja0422)。軽い口調に対しその瞳は鋭く、見る者を薄ら寒くさせる笑みを浮かべていた。
敵についての考察を口にする彼女たちの横、澤口 凪(
ja3398)はガバッと勢いよく頭を下げた。
「少しでも早く、皆さんが安全に作業できるようにします。待っていただけませんかっ」
頼み込む凪に対し、年かさの作業員は首を振った。凪は同意を求めるよう、他の作業員にも視線を移すが、彼らもまた凪の視線から逃れるよう、視線を斜めに浮かす。
そんな凪に助け舟を出したのは、沈黙していたSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)だ。
「天魔の、エサになるか……生き残るか……答えは、わかってるはず……」
年かさの作業員が苦笑する。
「そりゃ私たちだって命は大事だよ。だけどね、電気はライフラインだ」
まだ春だが冷蔵庫が使えなければ物は腐る。トイレは今じゃ、全自動が主流で、水が流せば困る。特に、病院何て厄介だ、手術中に電気が落ちたり、心臓を動かす装置が止まったりしたらたまったもんじゃない。
そう、説明する年かさの作業員に、凪は唇を噛んだ。
凪も、分かっているのだ。既に、彼らはボックスカーに乗り、事件現場に向かっている。窓の横を滑る景色は住宅街を離れ、フロントガラスに映るのは直前にまで迫った鉄塔の群れ。
今更、だ。彼らは最初の時点で作業員の説得に失敗していた。
「……私たちもなるべく早く復旧させたい気持ちは同じです。ですが、急がば回れという言葉もある様に、やはり万全を期していた方が……」
セレスが資料を膝に置きながら言うが、作業員たちの決意が固いと知るや口を閉ざした。
「それで、作戦はどうするんだ?」
向坂 玲治(
ja6214)が口を挟んだ。これ以上は平行線に違いない、と早々現状を呑み込んだうえでの発言だったが、葛葉アキラ(
jb7705)は納得できないというようムムムと唸り声を上げた。
「そうですね――敵が電気を好むというのは確かと見て間違いないと思います」
知楽 琉命(
jb5410)が敵の特性として、電気を食むことを上げた。それに一同は頷く。
事前にそれはわかりきっているようなものだったので、出来る限りの電気系統グッズは持ってきた。
「移動電源車が貸して貰えなかったのが痛いけど」
「すまないね……。あれは色々と申請も必要だし、早々動かせないんだよ」
江戸川 騎士(
jb5439)の言葉に、年かさの作業員が告げた。緊急依頼だったため、依頼をするに当たり十分な準備ができなかったのが辛い所だ。
その代わりと言っては何だが、車の中に置いてあるペンライトやそのほか小さな電光機具は自由に使っていいと言われた。
「電気スタンド、か。――こいつら繋いで大きな電界発生させてみるか」
「群がって鉄塔から離れさせるんだな? それなら俺は作業員たちを守りきって見せるぜ」
ふむ、と頷いて作業員の護りに名乗り出る命図 泣留男(
jb4611)。今日のメンナクはその肩からエレキギターを掛けている。
「虫が鉄塔齧ってるってことはそれ高圧線だろ? 電柱のほうは中圧だし……電圧自体は関係ないのかねぇ」
騎士は興味深げに虫への考察を続けていたが、車の速度が緩やかになる。
ピタリと止まった車を降りれば、金網に遮られて黒い鉄塔が幾つも聳えたっていた。
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「お〜鈴なりだな」
視線を上げた騎士がそう、感想を零した。
「ほんと、けったいな敵やなぁ……」
見上げ、アキラも呆れ混じりに呟く。しかし、すぐさま頭を振った。
「どっちにせよ、困っとる人が仰山居るんや。とっとと倒してまうで〜!!」
元気よく声を上げたアキラは光纏する。華やかな衣装纏う、美しい女性が神々しい光と共にアキラの背に降り立った。
その光を受けてか、ぶぶぶ……と低い音を連続させて黒群が蠢いた。
「どれ、街に灯をつけにいくか……」
言って、玲治は担当区域に移動を始めた。
「ハッ……俺が奏でるエレジーでお前たちを卒倒させる!」
ギュイーン、とエレキギターをひと鳴らしさせ、メンナクは言い放った。音楽プレイヤーとアンプも接続済み、そこはメンナクの独奏場だ。
「おっさんたち、俺らから離れるなよ」
騎士が背後に控える作業員たちを片手で下がらせながら、言った。彼の前には悠々と歩く、メンナクの姿があった。他は皆、既に配置についている。
街の停電は鉄塔に群がる天魔が電線を食い破ったからに相違ない。故に、作業員たちは鉄塔に登って行かなければならないのだが、その修復にも順番がある。
騎士とメンナクはその一番最初の区域を受け持った。
マイクまで取り出し、歌い始めるメンナク。派手派手しい音に騎士は顔をしかめながら、敵を観察する。
「……反応、ないじゃねぇか……」
もしや、電気を好むというのが間違った推測か。そうであるならば、これから仕掛けるものは無駄になるかもしれない。
だが、それは杞憂に終わった。
鉄塔に向け、歩を進めるメンナクに、群がっていた黒の一部が鉄塔より離れてメンナクの周囲を飛び回りはじめた。
「ちょっとは感心、引けるみてぇだな」
個体自体に電量や電圧の好みはないらしい。
騎士は背後の存在を気にしながらも、刀を握る手に力を入れた。
メンナクはまっすぐ飛んできた虫たちに笑みを深めた。
飛び回る虫は黒の靄のように、メンナクの眼の高さ近くで周囲をぐるぐると回る。様子見のつもりらしい。メンナクは最後の一音を鳴らす。
「サソリの毒は、真っ赤にお前を焼き尽くすぜ!」
瞬間、黒靄を劫火が襲った。
炎の猛威に、恐れ入ったよう虫が移動を始めた。また別の鉄塔に取りつこう、気なのだろう。
攻撃を終えたメンナクが下がる。その一方で、騎士は背に翼を出現させた。
ザワリと揺れる虫群れに、騎士が突っ込んでゆく。
「夜中作業してたんなら、もう眠っちまえよ」
朝から眠るのもいいもんだぜ。戯言を発しながら、騎士は己を取り囲む虫にフッと息を吹きつけた。
深い眠りを誘う吐息に、虫が次々と墜落を始める。だが、それで終わりではない。
騎士の背に、色とりどりの花が咲く。爆炎の花だ。落ち行く虫に永遠の眠りを与えてゆく。
「後は、そうだなザクザク切っていくほうが性に合ってるんだよな」
翼を動かし、敵と一瞬交錯する。擦れ違いざまの攻撃に、虫はその翅をもがれ、あるいはその胴体を切断される。
しかし、その間にも虫群れは次の鉄塔へと移動し、その場には虫の残骸だけが残った。
「……なんか、痺れる……」
翼を閉じ、着地しながら騎士は口にする。刀を握った手を開く。
「オーケィ、この俺の輝きで身も心もとろかせてやるぜ!」
レザージャケットの前をヒールを掛けるメンナク。騎士は自らの手に視線を落としたままだった。
「帯電、か……ちょっと厄介かも」
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鉄塔のすぐ傍、セレスが請け負うのは時間稼ぎと敵の分析だ。
まず、ペンライトを点灯させ敵の反応を伺う。けれど、距離があるのか虫は一向に反応もしない。
「非常時ですし仕方ありませんね……」
消耗品ではあるが、依頼主である作業員たちからどれだけ消費してもいいと言われている。セレスが迷ったのは一瞬で、ペンライトを黒の群れに投げつけた。
途端、投げ入れた場所を中心とした一部で虫が動きを見せる。そこを、陣が覆った。途端、爆発。
「どや、うちの炸裂陣の味は」
アキラが満足げに言い、セレスを向く。
「ナイス、コンビネーションや!」
「ペンライトでもいくらか効果はありますが……。試してみる価値はあり、でしょうね……」
セレスは雷状にしたアウルを鋭く、放つ。命中に優れた攻撃は、しかし、セレスの思惑とは外れ、敵一体を貫くに終わった。
もしかしたらライトニングの電気に敵自ら集まって、集団的に殺害することができるやもと考えたが、そこはやはりアウル。電気の形状を持ってもそれは模した物にすぎない。今回の敵が好むものとは別種なのだろう。
「セレスちゃんっ!」
アキラが呼ぶのに、ハッとすれば虫群れが飛んできていた。
セレスは焦ることなく、手にした書をぱらりと開く。
雷で構成された剣が描かれたページ。そこから、雷剣が出現する――。
「一気に、片を付けます……」
剣が一直線に飛んだ。その線上にいるすべての虫を串刺しにする。
そんなセレスの攻撃から逃れるよう、アキラの下へと行き先を変更する虫たち。だが、ある一定の場所でその動きがピタリと止まった。
アキラ自身を中心とした結界、呪縛陣。その中に囚われたものは身体の自由の一切を奪われる――。
羽を動かすことさえできなくなった虫たちがボトボトと地面に落ちてゆく。
「……まだ、終わりませんよ」
意識はあるのに、動けない。そんな虫たちの前に立ちはだかったのは巨大な火球を従えた、セレス。広範囲に強烈な炎が飛散する。
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「えいっ!」
扱いなれていない大きな銃に苦心しながらも、凪はその一撃を放った。群れの中に着弾すると共に、小規模の周囲にダメージを与える。
その衝撃にふらつきながらも、凪は素早く後退した。その隙を取り持つよう、放たれる銃撃はスピカのものだ。
「ロックオン……。潰れて……」
淡々としながらも、正確な撃ち込みに虫は撃ち落されていく。だが、敵の突貫力に比べ弱い。
「ぐ……っ」
盾を構えた琉命が虫の行き先を阻む。
それを期と、斧に武器を持ち替えたスピカが敵を圧殺する。二人の行動が終わるまで、凪は銃を乱射する。
前衛と後衛を入れ替えつつ、用心深く後退してゆく三人。
そして、ある時――虫はその行動を突如変更した。
ぶぶぶぶ……。
羽を動かし、群れは移動してゆく。その向う先は――
「……時間稼ぎ、成功……」
敵が離れ、余裕ができたことで琉命が凪の治療を始める。それを横目に、スピカは呟いた。
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「来たわね、来たわね!」
空に黒い群れが舞い上がるのを見て、ウキウキと告げるチルル。
その知らせを聞いて、玲治はデキタテホヤホヤの装置に電源を入れた。
バチッという大きな音共に、ソレは動き始める。そして、黒い群れが明確に、チルル達の方へやって来た。
「さぁ、あたいが相手になってやるわっ!」
微細な氷粒子を体の周囲に展開させたチルルが挑発する。
大剣を正眼に構えたその両腕に、巨大な氷塊が取り巻く。
「――氷壊『アイスマスブレード』!!」
チルルに向かって――正確にはその後ろにある装置に向かって突撃を仕掛けてきた黒群れの先頭に向かい、チルルは大きく剣を振るった。
剣と腕の一体となった氷塊が敵群れを殴り飛ばす。
「あらぁ〜? こっちに戻るのは早いんじゃなくて?」
チルルの攻撃を、大きく旋回して避けた虫群れに、空中で待機していた黒百合は笑みをこぼした。
「この子、ちょっと痛いわよォ、頑張って耐えなさいねェ♪」
やってくる群れに向かって、躊躇なく改造ショットガンM901の引き金を引く。引き続ける。
ダダダダダ、と連続した短い発射音とともに、空が爆煙により白く覆われてゆく。
「きゃはァ、羽虫退治用に改造した甲斐があったわァ……♪」
その首尾に黒百合は言葉を跳ねさせる。
その時、煙を突きぬけてやってくる虫がいた。だが、それを下降することで危なげもなく黒百合は避ける。だが、虫の意図はそれでない。逃走。
自身のいた群れが壊滅したとて、他の場所にいる群れに合流すればいい。
単純な虫の思考。それはこれ以上は危険だ、という虫の知らせだったのかもしれない。
「――電気もいいが、俺だって大分刺激的だぜ?」
見逃すはず、ないのだ。
機材の前に立つ玲治は逃走するそれに、タウントを仕掛けた。
行く先を変更して、向かってくる虫に、玲治はそれよりも早く、自ら距離を縮めた。
攻撃するタイミングのズレた虫に防御の時間もない。強烈な光を帯びた掌が、撃ち込まれる。
「あいつらを一匹たりとて逃がすんじゃねぇぞ!」
鼓舞するよう、玲二が黒百合とチルルに声を掛ける。
その地域の停電が復旧したのは、空が朝焼けの色合いからすっかり青色に染まった頃のことだった。