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マスター:有島由
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/04/02


みんなの思い出



オープニング


 真っ白い建物の中を歩く。
 一歩一歩と踏み出すのに、腕に抱えた花がゆらり、ゆらりと揺れている。花束だ。

 カツン、カツン――。

 足音が冷たく、その場に響く。そして、立ち止まった。
 喧騒からも世俗からも離れた、どこもかしこも白い場所。閉じられた空間。
 無垢で、何にも穢されず、誰にも攻撃を受けることのない場所――。

 部屋のネームプレートを見ることなく、通いなれたその部屋の扉を開いた。
 その途端、鼻にツンと来る医薬の臭い。
 俺は病室に入り込んだ。

「――こんにちは」
 出した声は思った以上に起伏がなかった。
 だが、それ以上に感情の入っていない声が返る。
「こんにちは」
 病室にいた人物がほぼ反射的に言葉を口にしたのだ。
 いや、それはオウム返しよりもよほど自動的で――そこに何の思いも籠っていないのだとわかる。
 瞳は俺を映していた。だが、それは首を病室の入口に向け、瞳がそのレンズに姿を映すだけだ。瞳に揺らぎはなく、表情も抜け落ちている。
 ――天魔被害者。
 天使のゲートが開かれた街にいた、少女だ。
 精神吸収の影響を深く受け、コアの破壊後も回復の兆しがまるで見受けられない。入院してから長いため、改善はしているらしいが微々たるものだ。
(それでも、挨拶はしてくれんだよな……)
 会話の基礎は挨拶、とでもいうように来訪者に反応して顔を向け、言葉を繰り返す。色の好みなども少々あるのだと、ここに来る前に看護師から聞いた。

「新しい花を持って来たよ」
 俺はこの少女と然程縁深いわけではない。
 ただ、この少女の仇である天使と戦ったことがあるだけだ。少女本人との対面はこれが三度目でしかない。
 この少女の故郷である街の様子を語りながら、花瓶の花を代える。
 街の住人でもない俺から語る話はそう長い時間がかかるものではなかった。
 街の話に少女は最後まで表情を変えることはなかった。相槌さえなく、話を聞いているのかどうかさえ判別がつかない。

「……また、来るよ」
 病室の扉を閉めた。
 扉から手を放さないまま、眉を潜める。
 少女に変化は見受けられなかった。自分がやっている行為は彼女にとっていいことなのか、それとも古傷を抉るような行為なのだろうか。
 わからない。だが、と思う。
 自分にできることを、精いっぱいやりたいのだ。
 声が届くかどうかではなく、声が届いていて欲しいと――願って。

 この病院は久遠ヶ原学園に縁深い。
 他にも天魔被害者は大勢入院している。
 頭を振って思考を切り替えると、次の病室に足を向けた――。


リプレイ本文


 子どもたちの病室の前で、天羽 伊都(jb2199)はソワソワとした気持ちを抱えて待つ。
 今、閉じられた扉の中では看護師さんが今日の訪問の事を改めて話している。内側がわずかに騒がしくなったことがわかって、撃退士の優れた能力がちょっと恨めしい。
 彼らの期待に応えたい、けれど不安も当然ある。
 天魔事件によって傷ついた彼らが、撃退士にどんな印象を抱いているか。――自分たちを救ってくれたヒーローか、肝心な時にいなかった憎い人なのか。

 伊都は隣を見てみた。
 今回の依頼で一緒になった、学園生――九条 静真(jb7992)。表情は薄く、視線は僅かにボウっとしていて、今何を考えているのか伊都には掴めなかった。

 その時、扉が開く。
 伊都は意気揚々、病室に踏み出した。後ろ手に持ったサッカーボールが汗でぬめった様な気がした。

「みんなにプレゼントがあります! はい、これなーんだ?」
 反応は上々。その手ごたえを得て、伊都はそれを見せた。目の前にする子どもたちの眼が途端、キラキラと輝いたのが分かった。
(良かった)
 遊びたい盛りなのだ。
 病院にいるため、リハビリで体を動かすことはあれど満足のいくほどには動けていない。
 それは身体的な問題ばかりではなく遊びを監督する人がいないからでもある。――なら、今日伊都がすべきことは決まっている。
 皆が揃えて答えを口にした。


(あ……)
 伊都を先頭にして、外へ向かう子どもたち。けれど窓際のベッドに残っている子がいることに、静真は気づいた。
 大人しい雰囲気がそう思わせるのか、他の子たちよりも年長なのか、大人びて見える。
 静真はそれをどこかで見たような気がして、いつのまにか一歩踏み出していた。


 少年は窓から見える空を見上げていた。
 そんな彼の視界の隅に、黒が映った。
「……?」
 蹲る人。見上げる視線。
(撃退士の人……)
 先ほど紹介されていた二人の内の一方だ。
 なんだろ、何か用があるのかな。思いはしても彼は何も口にしない。

 カサリ。
 小さな音共に、小さな紙片が差し出された。そこに書かれているのは、
「『遊ぼう』――?」
 内容を口に出しす。
 たった三文字。それでも、いつも他から少し離れた所にいる少年にとって、何よりも温かい言葉だった。
 自然と、首が盾に動く。

 少年の返事に静真は柔らかく笑んだ。少年も笑みをこぼした。そのか細い手を引いて、二人して病室を出る。

 静真は心配だったのだ。
 内気で無口。誰かを拒絶しているわけではない。
 けれど、誘う側も誘われる側もなんとなく遠慮し合って徐々に距離が開いてしまうことがある。
 独りきりは慣れてしまうことができる。けれど、独りきりは寂しい。
 必要なのは、ゆっくりでもいいから歩み寄る事。

 病院の庭で駆け回る子どもたちと伊都に、少年と静真は遅れて合流した。



「もう一度!」
 伊都が披露したリフティングがよほどお気に召したらしい。もう何度目かのアンコールに苦笑すると、少年の視線が移動した。
 病院から出てくる姿がある。一人の少年と静真。短い間で何があったのか、随分と親しげな様子だ。
「にいちゃんずりぃ!」
 伊都の隣で声が上がる。声の主は走り、出て来た少年の手をひったくるように掴むと、戻って来た。
「このにいちゃんすげぇんだぜ!」
 満面の笑みで言う、少年。期待を向けられた伊都は腰元に群がる子どもたちに声を掛け、伊都はチラリと静真の方に視線をやる。
 そちらもあまり伊都と変わらない状態らしく、体中に子どもたちをぶら下げている。
「人数も集まったし、今度は鳥かごをやろう!」

「いや、子どもたちって体力すごいね」
 疲れたー、と言いながら伊都は木陰で休む静真の横に腰を下ろした。
 子供を抱きかかえてぐるぐると回ったせいで眩暈を覚えた静真は心底頷く。
 花香りの混じった微風が運動で火照った体に心地よい。

 休憩はすぐさま打ち切られた。鳥かごをしていたはずの子どもたちが呼んでいる。
「――ようし、もういっちょやるかっ!」
 一呼吸落ち着けて、伊都が立ちあがる。元気いっぱいな子どもたちの中に混ざりに行く伊都に、静真も続く。



(……本当に、これで良かったのかしら……)
 礼野 静(ja0418)はワゴンに載せて運んできた、数々の花に目をやった。
 今回の依頼を受けるにあたって、静は事前に精神科の患者を見舞いに行くことに決めていた。
 天魔事件で傷を負った患者たち。外傷ならば治ることもあるが、精神に負った傷は他人には測れない。そして、その傷は一生治らないこともある――。
 静自身は今まで、天魔事件で一般人に関わることは薄かった。現場に一般人がおり、という状況が少なかったからか、こういった人たちがいることを今回の依頼まであまり実感できていなかったような気がする。
 だからこそ、自分にできる最大限の事をしたい。それが、精神科への訪問理由だった。

 事前に患者の容体を看護師に聞くことに始まり、出身や事件当時のことを調べていった。患者の、相手の身になることで心を寄り添わせたいと思った。
 心は痛んだ。けれど、確かにこの経験は自分のあめになるだろうと思った。
 見舞いに持参した花の数々は心の傷に触れないよう、それぞれの患者に合わせたものだ。それに加えて季節の花として梅と早咲きの桜を用意した。

『姉様、1回目が薔薇で2回目が蘭? お見舞いなら、季節感のある物の方が絶対良いって!』
 下の妹は明るく、アドバイスしてくれた。上の妹から、よろしくと頼まれた。
 転戦を繰り返す上の妹は天魔事件犠牲者と対峙することが多かったのだろう。そう、思うとより一層今回の依頼に力が入った。

 自分に一体何ができるのだろう。傷を負った人たちを前に、私は少しでも助けになれるだろうか。
 弱気な心が首をもたげてくるのを振り払うよう静は頭を上げた。
 病室のネームプレートを確認し、ユリの花束を手に背を正す。
(失敗を恐れて行動しないより、行動した方がいい)
 精神科は治療が難しい。そして一般人では家族でさえ、精神科を訪れることは難しい。
 ならば、せめて立ち入ることが許された自分が見舞おう――。

 静は病室の扉に手をかける。


「それでは、お水を変えますね」
 中に声を掛け、静はそっと扉を閉めた。花瓶を手に、ゆっくりとした足取りで水場に向かう。
 気負う必要は、なかったのかもしれない。
 水道の蛇口を捻って花瓶から萎びた花を取り出す。
 いくつかの病室を訪ね、静はそう思った。病室の患者たちは2種類に分かれた。興味がないのか、聞こえていないのかほぼ反応のない者。そして、症状がほぼ完治していて、ただ静に礼を言うなど友好的に接してくれる者。
 静が、撃退士が嫌いだと叫んだりする人はいなかった。静が撃退士であることで心の琴線を傷つけられる人は幸いにして、いなかった。
 そのことに深く安堵した。

 キュッと、蛇口を閉めて顔を上げた。その時、ふと耳に声が入り込む。
 空いた窓の隙間から入り込んだ風が、外の出来事を伝える。

 再度病室に入る際、静はもう躊躇うことはなかった。
 自然と笑みを浮かべられていたのは、元気の塊のような声に元気づけられたからだ。
 悲しいことも、辛いこともあったかもしれない。それでも人は幸福になることができる。幸福の為に、踏み出すことができる。必要なのは、勇気だ。
「窓の外見てみませんか?」
 新しい季節を告げる香りが、病室に吸い込まれてゆく。



(天魔被害者……か)
 ルティス・バルト(jb7567)は他にばれないよう、自嘲した。
 この時代では仕方がないことだ。この世界には天魔がおり、事件は日々発生している。その被害に遭うことは特段珍しいことではない。
 それでも、事件に被害者が出たと聞くたびルティスは自身の無力を痛感させられるようだった。仕方がない、では済ませられない。

 患者たちの話を、ゆっくりと聞きながら思う。
 今回は依頼という体裁で来たが、これは撃退士の務めだと、少なくともルティスは認識している。
 せめて、何か彼らの心を揺り動かすことができるのなら――。
 さぞ、傲慢な事だろう。偽善だろう。だが偽りなきルティスの本音だ。


 暗い目をした女の子がいた。
 髪を2つ結びにした、幼い子だ。じっと、喋りもせずルティスに目を向けている。
 希望を持たない、希望を持てない、そう訴えるかのような彼女の頭にルティスは手を置いた。
 女の子の視線がゆっくりと上がる。
 ルティスは笑みを浮かべたまま、頭を撫でた。それとわからないよう、マインドケアを掛ける。
 強引だ。このような方法で治療したところで、一時のことだ。
 だが、確実な効果があるとわかっている。心の内に抱く不安も恐怖も、心配も。少しの間だけとはいえ、取り除くこと。それが、ルティスにできる精一杯だ。
 女の子は、静かに目を閉じ、ルティスが頭を撫でるのを受けいれている。
「大丈夫だ……」
 いつの間にか、ルティスはそう口に出していた。
「キミは、生きている。世界はいつか変わる」
 そうだ、世界は変えてみせる。どんなに時がかかっても、世界を変えよう。そう思って、撃退士は皆戦っている。
「未来への希望は、君自身なんだ……」
 強く、優しく抱きしめる。ルティスの袖を、小さな手がぎゅっと掴んだ。

「そうだ、外に出てみないか。俺の得意のフルートを聞かせてあげよう」
 持ってきた花束から一輪を差出し、ちゃめっぽくウインクして提案したルティスに女の子は小さく、それでもしっかりと頷いた。



「他に痛い所とはありますか?」
 お年寄りが寝返りを打つのを手伝いながら、蓮城 真緋呂(jb6120)は尋ねた。
 入院が長いと、床ずれを起こしてしまうことがある。そう言う場合は本人だけでは体を動かせないので、定期的に体勢を変えてあげなければならない。
 病院の娘だった真緋呂はいくらか、そういった知識をもとにその病室の老人たちと接していた。
 ここで、真緋呂は撃退士を名乗っていない。天魔事件で傷を負い、入院が長い彼らはもしかしたら撃退士という存在に身構えてしまうかもしれない。
 その場合、撃退士に対していい印象を持っているか、悪いかは関係なかった。ただ事件のことを掘り返すということは、彼らが撃退士に遠慮する可能性もあるということだ。
 ――本音で、自然体でいてほしい。それが、ただの見舞客として振舞うことで彼らの安心が変えるならば安いものだ。
「あぁ、ありがとうねぇ。こう、若い子にやってもらうとちょっと新鮮だねぇ……」
 しみじみ言う老人に、看護師さんに怒られますよ、と茶化すように言えば笑いが返ってくる。
 その時、聞き覚えのある音が微かにして、真緋呂は首を傾げた。
 窓を開けると、よりはっきり聞こえる音が風と共に入って来た。
「あぁ、なんか聞こえるねぇ」
 興味深々、とした様子でいる病室の老人たちに真緋呂は尋ねた。
「皆さん、お外に行ってみませんか?」

 近くにいた看護師さんに手伝ってもらいながら皆で外に出た。
 ルティスがフルートを片手に、演奏しているのを見て真緋呂は車椅子を押す手を止めた。結構な人が集まっており、子どもたちと共に伊都や静真の姿もあった。
 曲が途切れたのを期に、真緋呂はルティスの元へ向かった。その手にあるのは、愛用のフルート。

「今度は私も一緒に曲を披露させていただきますね」
 わかりやすく、季節感のある『さくら』を選び、二人の音を重ねた。



 動けないからと言って、動きたくないかって言うと、ちょっと違う。
 同年代の少ない病室では尚更、彼女は病室を抜け出したく思っていたが足が動かないのならばそれも無理だとわかっている。
 だからといって学校の課題に真昼間から手を付けるような性分ではない。
 ほとんど興味もないまま、彼女はテレビをつけっぱなしにしていた。でも、見たいものがあるわけでもなく、ただ音が欲しい、視界に映るものが欲しいとテレビに向ける視線。

 けれど、そんな彼女の視界の端で何かが映った。
 香木の彫刻だ。他のベッドにも、それは置かれている。鳥だったり、魚だったりする動物を模したもの。だが、彼女の眼の前にあるのは手のひらサイズの熊。
 それを見ながら、彼女はなぜだか北海道の有名なお土産を思い出した。

「ぷ」

 ぷくくくく。
 噴き出す彼女に、彫刻の送り主は振り返ることはなかった。だから、彼女の方から声を掛けることにした。
「ねぇ、お兄さん。これってお兄さんの手作りだったりする?」
 無口に、持参したプレゼントを渡していた青年は首肯するように瞬きした。
 そんな手先の器用な寡黙な青年。そのことがなぜだかとてつもなくちぐはぐに思えて、彼女は大きく口を開けて笑っていた。

 鎖弦(ja3426)は急に笑い出した少女に、戸惑いの視線を投げた。


 鎖弦は生来より、血に塗れている。
 兵器として生き、暗殺者として振舞い、人を守ることもできず――殺したも同然の人々がいる。
 だから、この病院はまるで鎖弦の罪を具現化したような場所だった。

(だが、)
 鎖弦は後悔をしていない。
 多くの血でその手を染めた自分。それでも、その時その時、確かに判断をして行動した。同じことが起こって、また同じ行動をするかどうかはわからない。
 だが、自分はそれを経験した時以上に成長したはずだ。実力、経験――過去よりも今に得たものは多い。選択肢が増えるだけ、自分はいかようにも動けるはずだ。
 だから後悔はしない。

(それでも……)
 この依頼を受けた理由を思い出す。
(そろそろ見極めるべき時期だ――)
 人と兵器の違いとは何か。兵器は、人になりうるか。自分は――。
 ここでなら、その答えが分かる気がした。
 生の臭いと死の気配が入り混じった、この場所で――自分は変われるだろうか。


 疑念を込めて向かった先で、鎖弦はその少女に出会った。
 なぜ、彼女がいきなり話しかけて来たのか、分からない。先ほどまで、鎖弦は忍の秘薬を外傷が痛むという患者に渡していた。現代医療とは異なる方法を試みる価値はある。
 また、心が安らぐようアロマの香りも所持している。土産として持ってきたのは香木の彫刻だ。数を用意するのには少々苦心したが、依頼までに時間的猶予があったため準備自体は間に合った。
「お兄さんって、あんまり喋んないし、怖い人かと思ったけど……なんかね、実は優しい人?」
(俺が優しい……?)
「……怖く、ないのか?」
 ケラケラと笑う少女に、鎖弦は眉を寄せて尋ねた。
「だって、アロマの香りとか人数分のプレゼント用意するとかっ……気遣いというか、紳士というか……ねっ」
 あー、笑った。と明るく言う少女。元気だ。病人とは思えないほど。
 ただ、病室を出る際にありがとうと言われた。
(俺にも、傷を負ったものを癒すことができたのか……?)




依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

祈りの胡蝶蘭・
礼野 静(ja0418)

大学部4年6組 女 アストラルヴァンガード
音羽の忍・
鎖弦(ja3426)

大学部7年65組 男 鬼道忍軍
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
優しさに潜む影・
ルティス・バルト(jb7567)

大学部6年118組 男 アストラルヴァンガード
遥かな高みを目指す者・
九条 静真(jb7992)

大学部3年236組 男 阿修羅