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夕陽の赤にわずか夜の黒が混じ始める紫空の下、その姿はあった。
10人の影が、目前に広がる荒野を眺める。
「結局、この時間になってしまったわね」
暮れなずむ景色に向けた視線を厳しくしながら佐藤 七佳(
ja0030)は呟いた。
「月夜の晩に廃病院、っていうのはなかなか風情があるもんだねぇ」
九十九(
ja1149)が穏やかな表情を浮かべ、気の抜けるような感想を放つ。
廃病院に響く怪音、と聞けばだれもがポルターガイストを連想するだろう。だがそういった幽霊現象の多くは現代、天魔事件であると解明されており、更に事前調査に訪れた撃退士の話も加えれば確実にこの場に潜むのは天魔だと判明している。
闇雲に恐れる必要はない。
「なかなか厄介な場所に住みついたものだね……。でも人気がないだけ幸いかな」
最後は独りごちるように言いながら永連 璃遠(
ja2142)は手元の資料に目を落とす。そこに書かれているのはこの荒野が荒野となる前の時代の地図だ。
今とはまるで変ってしまった過去の街。今も形を保っているのは件の病院のみ、ということなので迷うこともないだろう。荒野の奥、建物を遠くに見て地図を仕舞い込んだ。
「だが、郊外とはいえ街のそばに居座られちゃいつ被害が出るか。さっさと駆逐するに限るぜ」
向坂 玲治(
ja6214)はヤレヤレと言いながらポケットに突っ込んでいた手をだし、瞬時に出現させたトンファーを両手に握る。
「病院内の敵戦力は不明だけれど、少なくとも荒野に出現するのは狼型サーバントよ。事前情報を入手している私たちに有利になりそうね」
冷ややかな視線を足元に投げ、月臣 朔羅(
ja0820)は靴先で足元の状態を確かめた。
「敵数が多いため長期戦を覚悟した方がよさそうですね。確実に数を減らしていきましょう」
敵の主目的が防衛である以上、焦る必要はない。そう、己に言い聞かすよう炎武 瑠美(
jb4684)は心中で繰り返す。
「他人の大切にするものって壊したくなりますよねー。ゴリッと全滅させちゃいましょう♪」
ウフフ、と笑い声をあげたパルプンティ(
jb2761)は胸をドキワクさせながら身を捩らせる。その特徴的な尻尾と触覚も同調するようにクネクネと動いた。
「これ以上遅くなって不測の事態が起きるのもまずい。行くゼ」
皆の意見を聞いていたヤナギ・エリューナク(
ja0006)は煙草の火を指でにじり消すと荒野に踏み出した。
「予定通り、俺は空から行かせてもらうぜ」
その背に黒い翼を出現させた江戸川 騎士(
jb5439)は言いながら空に浮きあがった。
持久力がない、と自認している騎士は無暗に荒野での戦闘に加わることはせず、上空から敵を警戒しつつ敵根城に直接向かう予定だ。
「荒野に佇む廃墟が一つ。そこは奴らの根城であり狩場。そこに今、投げ込まれたのは生贄か、――断罪者か。死神の投げた賽が出すはもちろん……」
離れていく黒い翼を見ながら、黒瓜 ソラ(
ja4311)は意味深気な言葉を吐き、途切れさせた。クスリ、と小さく笑みを残して荒野に踏み出す皆の後に続いた。
●
適度な緊張感を残して、一行は廃病院へと真っ直ぐに歩み続けていた。
小石だいの大きさの瓦礫があれば、以前は建物であったのだろうと察することのできる鉄の突きだす残骸が視界を遮る。
足元はコンクリートがひび割れ、雑草が伸びる。
長い間雨曝しにされたせいか、風雨・嵐の影響を受けたのか砂っぽい空気が少々の風でさえ吹き上がり、黄砂を作り出す。
足元の悪さは覚悟していたが、こうまで視界が悪いと索敵が効きにくい。
できるだけ死角を作り出さないよう気を付けながら、一路を行く彼らの足音が一つ分、ずれた。
「西に反応が二つあります」
生命探知で気配を探っていた瑠美がハッとして、顔を西へ向けた。それに呼応するよう、ソラが動く。
術者を中心として円形状に生命活動の有無を調べる生命探知では人か天魔かを見極めることができない。
一方、索敵は視界の強化だ。視界を遮るものがなければ、どこまでも遠く自らの眼を行き届かせる。
転がる大小の瓦礫を避けるよう、ジグザグに西に駆けたソラの目線の先に、それは見えた。
「荒野を駆ける狼二匹。カッコイイですねぇ。でも、所詮は獣。狩人では、ない――っ!」
同時に敵もソラに気付き、再び身を隠そうと瓦礫の影に隠れる。だが、
「お生憎。此処で倒させてもらうぜ」
ニヤリ、と笑むヤナギの指に嵌る指輪が光った。
虚空に赤玉が五つ浮き上がると、間も置かずに狼の隠れる瓦礫に向かって飛ぶ。一つ二つ三つ、とぶつかれば瓦礫が細かに砕け、その先に隠れた狼が姿を見せた。
一匹はすぐさま別の瓦礫へ動き、けれどもう一匹は俊敏な動きが取れない。炎玉に四肢を負傷したらしい。
「さて第一ステージです。さぁ、弾嵐を振るいましょう。避けれる隙間があるなら縫ってみろ!」
甚振る相手を定めたソラがPDWを構え、連射する。その弾が途切れると同時に次の武器へと手を伸ばす。掴んだのはガトリング砲だ。再び、連射。
撃ち込むたびに砂が湧き上がり、もうもうと視界が潰されてゆく。だが、その砂埃の中に鋭く飛び込む姿があった。
「あっは♪」
ソラの銃弾が途切れると同時、入った砂煙の中でパルプンティは大きく鎌を振り上げ、振るう。
一度、二度と空中で身を捩りながら四肢をあえて狙わず、痛みを長引かせるように狼の体を少しずつ切り裂いてゆく。
もう一方の狼が隠れた瓦礫を前に、玲治は指招きした。
「ほら来いよ……相手になってやるぜ?」
その軽い挑発に、狼は瓦礫から飛び出す。獰猛なる牙の見える口を大きく開け、玲治の胴に噛み付こうとし、鼻面が叩かれた。
「お得意の連携、ってのはどうしたんだよ」
単騎特攻に単純な思考回路だな、と玲治は口端を上げた。
予測された、正面からの攻撃に併せてカウンターを放つのは容易い。狼の体はそれだけで吹き飛んだ。瓦礫にぶつかって、地面に転がる。怯みながらも立ち上がろうとする狼に隙を与えんと、玲治はトンファーを再度構える。
「無様ね。アドバンテージがなければ、野生の群れと変わり映えがない」
朔羅は冷たく、見下ろした。
その袖から伸びる影が鞭状になって狼を拘束していた。まるで抵抗する様子がないのは身体が痺れているからだ。
遠くに出現した二体の狼は囮。そちらに気を取ら手いる内に本隊である、残り五体は朔羅たちを包囲網に追いつめようとしていた。
だが、実際に不意打ちを受けたのは朔羅たちではなく、狼たちの方だった。
なぜか。瑠美の生命探知にとってその姿は既に現れていると同じだからだ。朔羅が阻霊符を発動させれば狼の姿はすぐさま目に見えた。
九十九の索敵で居場所を探り、朔羅が的確に痺れさせた。
「私の月纏雷破はどんな味かしら」
狼たちのその戦法は確かに今まで、効果的だったのだろう。だが、――奇襲は奇襲に弱い。
事前に敵の情報を得ていた朔羅たちに、その手段は奇襲でもなんでもない。準備と作戦により簡単に攻略できる。
――キン。
納刀する音と同時、朔羅に拘束されていた狼を含め、身動きできない狼の内三体の頭がごろりと転がった。ふぅ、と大きく息を零す璃遠。
その時、逃げ出す狼がいた。
鞭の数が足りず、拘束していなかった二体だ。確かに痺れさせていたはずだが、もう回復したのか。
朔羅が舌打ちし、拘束の必要が無くなった敵から鞭を外し、影を伸ばす。
だが、それよりも早く七佳の大鎌が振るわれた。
「あたしから逃げ切れると思ったの?」
一匹を切り伏し、その間に距離を取ったもう一匹も一息で追いつくと即座に振るう鎌。
「そんな速度じゃ、簡単に追いつけるのよ」
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「よぉ、遅かったじゃねーの」
廃病院前。先行しその場所にしていた騎士は翼を休めるよう、地に降り立ってその場所に辿り着いた一行に声を掛けた。
「その代り砂狼はきっちり討伐して来たゼ。そっちはどうだよ」
ヤナギが一服のために煙草を取り出しながら視線を投げた。
「気配はうじゃうじゃあるけどな」
廃病院の欠けた壁の一部を冷たい視線で一瞥すると、騎士はヤナギに返す。
荒野に一般人が紛れ込んでいないか見回った後、騎士は真っ直ぐにこの廃病院へと飛んだ。
そうして、敵を刺激するよう周囲を飛び回るも姿は一向に現れない。内部に複数の蠢く気配はあるものの籠りきり。どうやっても自陣に引きずりこみたいという気持ちが明け透けだ。
「他、扉などはないようだねぇ」
建物の裏手を見てきた九十九が首を振り、言った。
病院は構造上、入口は正面のみだが戦闘によっていくらか壁が壊れたりしている。その被害も右側に偏っており、二階から四階の上部分に限るのだが、人ないし天魔が出入りできるような大きな穴のようなものはなかったらしい。
既に阻霊符の効果が行き届いたこの場所で、敵は透過ができない。となれば、その逃走は飛行スキルがない限りは下階への飛び降り、もしくは出入り口からのみに限られる。
「――となれば、これだな」
ヤナギは扉下へとしゃがみ込んだ。
辛うじて残る、コンクリート部分には真新しい足跡が二種類。
獣らしき引っ掻き跡は先ほど交戦した砂狼とみて間違いないだろう。もう一つは、人の足跡に近しい形をしたもの。
複数種類の群れを抱えているということは、それなりに知恵のある、司令塔がいるということだ。ヤナギは膝と掌についた砂を払いながら、ポケットから取り出したカメラに写真を収める。
「私にとってははぐれかそうでないかなんて、どうでもいいわ。全てを斬り伏せることに変わりないもの」
敵の力量が図れない今、どうするかと落ちた沈黙に七佳が即決した。
極論だが、的を射ている。はぐれであれば、殲滅すればいいだけ。そうでない目的ある集団だとしても、潰してしまえば敵は目的を達成できずにその計画がおじゃんになる。
「……となれば、この集団を統率する奴が一体どこに潜んでいるかが問題だね」
「ボスは高い所がお好き、と。今回はどうかしら?」
七佳に頷き、璃遠が言うのに朔羅が便乗し、瑠美に視線を流した。
「すぐ内側に五つの反応があります。それから、上の方にもいくつか」
瑠美は感覚を研ぎ澄ませるように瞑っていた眼を開き、わかる範囲で詳細に、生命反応のある場所を告げる。
「じゃあ予定通り上と下、両方からの絡め手でいくってことでいいわね?」
朔羅の言葉に騎士が翼を再度広げた。九十九を連れ、飛びあがる。
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「恐らく、敵は不意打ちを狙ってくるでしょう。お気をつけて」
瑠美は敵の存在を察知しながら、下がった。
「敵、いませんねぇ」
「暗ぇな。電気とか、……通ってないんだろうな……」
両開きの扉を右側に押し開いた玲治は自然な動作で視線を曲げる。
そして、左側に押し開きながらPDWを構えていたソラは左側に身を移動させながら銃口を下げ、
「なーんて」
しっかりと握ったPDWの銃口を、気が緩んだ瞬間、と思って飛び出してきたのだろう敵に合わせ、引き金を引く。
「インフィに近づくとか、いやらしい……とでも言うと? アハハッ! こんなの、想定の範囲内ですよぅ!」
敵が潜んでいた、受付カウンターの裏に回り、ソラはPDWを乱射させる。
「荒野であれだけドンパチしたんだ、待ち伏せは当然だろ」
襲ってきた敵をトンファーで打ち付けながら、玲治は嫌そうに顔をしかめた。
人型の敵、というのは入る前から予測がついていたが漂う腐臭に、明確には見えない敵の正体を知る。
「マミーか」
包帯巻く、ゾンビ。全体の能力は低く、動きも遅いが、その生命力は高く、千切れた手足が再び接続することで厄介さが有名だ。
だが、それは決して新しい手足が生えるのではない。
潜む、残り三体が続いて入った仲間に飛び掛かるのを見て、玲治は叫んだ。
「手足を千切って遠くに退かせ!」
脚を攻撃してから腕も切り離す。このマミーという敵は四肢の一つさえあれば這いずってでも移動するのだから、徹底的に機動力を奪うに限る。
「病院でミイラとか、冗句が効きすぎじゃありませんかねぇ?」
振り抜いた鎌の攻撃が一瞬消え、廊下の先に隠れていたマミーの足を寸分の狂いもなく両断したのを見て、ソラは浮かべた笑みのまま首を傾げた。
「なんだか……お化け屋敷みたいですね」
先頭で曲がり角を確認する玲治を傍らに、瑠美がそう零した。
二階から三階への、階段踊り場だ。左右に広がる廊下に、左をソラが警戒している。玲治の合図で、七佳が階段を駆けあがり右へ進路を取った。
その後に着くように、瑠美・パルプンティが登り、最後尾の璃遠が二階を警戒しつつ三階へ移る。
病院は長く放置されているためか埃っぽい。そして、電気が通らないためにかなり暗い。僅かばかり、壁の傷から月光が差し込んでくるのが、逆に恐ろしく見える。
「知ってますかー?」
そんな瑠美に言葉を掛けたのはパルプンティだ。こんな時でも明るく、元気のある声が廊下に反響する。
「入院する人は大きく二通りにわけられるそうですよ。元気になって出られる人と、二度と出てこれない人に……」
言いながら、パルプンティは自身の腕をさすった。自分で言って、自分で怖くなったらしい。だが、瑠美は更に涙目だ。
それでも生命探知を途切れさせないのは流石撃退士、と言いたいところだが、一歩一歩と上る階段への足取りは着実に遅くなっている。
そんな時、ふと見上げた。
「来ました!」
ことん。
音が鳴った先には一つの人形が鎮座していた。
小さな子供が持っていそうなそれは、しかし普通ではないと皆が察する。警戒心も露わに、近づかずに武器を向ける。途端、
ケタケタケタケタ。
笑い声が、廊下に響く。
人形が、笑っていた。
唐突な豹変に、声を失くす皆。だが、一人だけ反応が違った。
「アハ。この秘密基地の主さんですか? 勝手にお邪魔させていただいてます♪」
結構マニアックですよねぇ、と世間話するように声を掛けながらパルプンティはその魔法書を開く。
金に輝く焔が人形のいる空間を焼き尽くさんと殺到する。
ケタケタケタケタケタ。
笑いながら、人形はそれを避けた。そして、ぐるぐると宙を回る様に動き、後退してゆく。入れ替わる様に出てきたのは階下でも見かけた姿。
「うわわ。コレゾ正に廃病院の住人ですよーぅ。悪霊退散ファイアワークス!」
行く手を阻むよう勢揃いするマミーの群れ。でもこれ幸いとパルプンティは遠慮なく広範囲炎攻撃を浴びせる。
盛大に焼けながらも進行を続けてくるマミーを意にもかけず、璃遠は跳躍し群れの背後に着地する。そして、振り向きざま刀を閃かせる。
「待ちなさいっ!」
ケタケタケタ。
遠ざかる笑い声に、七佳は声を投げた。
迫りくる炎のマミーを、壁を利用しながら七佳は乗り越え、即座に走り出した。だが、その背にマミーが追いすがる。
「おいおい、俺を無視するんじゃねよ」
強引に、立ち塞がった玲治がシールドでマミーを弾き飛ばした。そのマミーの手足が、突如切り離された。鎌を振り抜いたままの体勢で、ソラが声を張り上げる。
「行ってください!」
声を背に受けながら、七佳は遠ざかる小さな背を追う。それは階段を上り、すぐさま視界から消えた。背後を気にするのは、一瞬。
「駆けるのは、得意なのよ私」
翼を使用しながら、一気に階段を上がり四階の廊下に躍り出る。遠くに人形が飛び跳ねるのを見て、七佳は速度を上げた。
そこで、ぐるりと人形が振り返る。追いついた、と思ったその場に、床はなかった。
(二階から四階は壁か床が壊れてる――)
だが、
「足場は床だけじゃないわ」
着地場所を、壁に切り替えて七佳は身体を支える。その間に人形は七佳を追い抜いて、来た廊下を戻り始める。
上手く誘導されたのは七佳だ。当然だ、人形はこの廃病院の主。塵を理解しているのは当然であり、それが有利。だが、
そんなものは続かない。
風切音さえもなく、振るわれた銀。避ける暇もなく、人形は刀に切られ、廊下に墜ちた。
「御対面さねぇ」
●
廃病院、正面入り口からの侵入班と別れた屋上班、三人。
地上よりも近づいた月の陽が照らす屋上はあまりにも無防備だった。
「所詮は天魔、というところさねぇ」
屋上に見張りを置いておかない不用心に一言申しながら、ちょちょいと九十九は扉の鍵を開けた。
さすがは元、怪しげな職業であるだけあって手先が器用な事である。
普段通りの眠そうな顔で、あっさり開錠し屋内に侵入を果たした九十九を先頭に、朔羅、騎士が続いた。
割れた窓から月光が差し込み、廊下は明るいが病室などに入り込んでしまえば電気のない世界は暗い。騎士は夜の番人で視界を保つが、足音を消す技術は持ちえず、翼で浮くに留まった。
隠密に優れる朔羅は足音と気配を消しながら軽やかに動く。だが、それ以上に九十九の動きは熟練している。
暗闇で、索敵をしながらにもかかわらずサクサクと移動する九十九はもはや目前にいるとも信じがたい。
「屋内の敵総数は不明、ということだけど……」
声を潜めながら、朔羅は七階を見回す。
「この階には配置されていないのかしら」
下の方で騒動があり、気が逸れているのかどこかに隠れて油断を待っているのか。
「とにかく下に降りるさね」
角に背を預けながら手鏡の反射で廊下の先を見ていた九十九は言い、立ち上がった。その時、携帯の微振動が静かな世界に響く。
七佳からの連絡を受け、四階階段踊り場にて三人は待ち伏せる。
そして、笑い声とともに小さな影が廊下から飛び出してくる。まるで警戒がない。
刀が月光を反射させながら、敵を切り裂いた。
●
刀から本に武器を持ちかえる騎士の後ろから、ひょっと顔を出す九十九。
四階へと上がる間、七佳からの連絡で戦闘中の連絡を受けた、屋上からの侵入班は廊下の先に潜みつつも鏡による反射利用で、前方の戦況を確認していた。そして今、絶妙のタイミングで攻撃を仕掛けた。
「B級ホラーに付き合う趣味はないの。さくっと潰れて頂戴」
言いながら、朔羅は駆けた。手にした刀が黒を纏う。
黒を纏う刃が抉るように斬る一撃目。その刃の内から零れ落ちる様に金が広がり、二撃目は真円を描き月と化す。
だが、その軽い手ごたえに朔羅は眉をしかめた。
ケタケタケタ。
飛び跳ねながら笑う人形が、先ほどまでとはまるで違う場所にいる。
「――幻覚か何かかしら?」
だが、朔羅を笑う人形は背後が不注意だった。いや、正確には九十九の射る矢によってその場所へと追い込まれていた。
九十九が、暗がりに光を入れるよう、ペンライトを投げた。その落ちる音と、回る光に一瞬気を取られた人形の注意。
その間に、ス――と糸が回される。
しなやかに、着地するヤナギによって人形の体は逆にポンッと宙に放られた。滑車の原理だ。一方が落ち、一方が上がる。そして、引き絞られた的は――
人形が気づいた時、その首は引き絞られたワイヤーによって掻っ切られていた。
ケタケタケ、
笑いは不自然に止まる。だが、そこで人形の命が終わるわけではなかった。
胴体は動かずとも、その頭部は徐々に髪を伸ばしていた。暗がりに潜むよう、じわじわと伸びた髪が、ヤナギを背から狙う――。
「呆気ねぇな……」
呟きながら、ヤナギは炎を出現させた。暗い廊下に灯った五つの火の玉は、人形の髪を焼き、頭を焼き、胴を焼いた。
ギャァアアアア!!!
悲鳴し、焦げ悶える姿を見下し零す。
浮遊する人形、聖傀儡は知恵あっても元々ほぼ攻撃力を持たない存在だ。手足たるマミーを使い切った将に手は既になかった。
「――これで、全部か?」
玲治が、確認するよう皆に尋ねる。
一階で相手にしたマミーは五体。三階で対峙した敵は既に焼いてしまったので数がはっきりしないが、七体だったはずだ。加え、聖傀儡が一体。
ボスたる聖傀儡が倒された時点で、敵は身を隠してやり過ごすと言った手段を取るようなことはないだろうが、念のためと各階ごとに改めて確認して回ったが、敵影はなかった。
本当はよりじっくりと調べておきたいところだが、先ほどから始終震えているものがいる。
「……マジもんの霊とコンニチワする前に帰るですよ」
パルプンティは帰りを促した。それに、何度も何度も頷く瑠美。
煌々と輝く月を背に、十人は廃病院を背にして瓦礫道の帰途についた。