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(……だー、ダリィ)
どうにも面倒そうだ、と十束 聖(
ja3051)は思った。
そんな聖の心情が誰に届くでもなく、鎖弦(
ja3426)は渡された書類から顔を上げた。
「敵は凶暴らしいな」
公園で起きた事件。男性の指がいくつか欠損している、ことから推測するにそこに潜むのは凶暴な性質であると鎖弦は判断した。
「正体不明ってのが不安だけど、思いっきり撃てるってんなら私は歓迎するよ」
木暮 純(
ja6601)は自らのヒヒイロカネを撫でた。銃愛好家である彼女にとって、戦場とは正当な理由で銃を触れる格好の場所。嬉々と目を輝かせる。
一方、木花 小鈴護(
ja7205)は表情に憂いを滲ませていた。
「公園……危険を取り除いて、早く取り戻そう……」
公園とは子供も大人も、思い思いに過ごせる場所。それが地元という、身近な物であればあるだけ、皆にとって大切なのだ。
「被害者の男性が直前まで座っていたというベンチが怪しいのは一目瞭然なのデスワ」
桃々(
jb8781)は背から降ろしたバッグを弄りながら言った。戦いの前ともなって、改めて中を整理すると「ゲレゲレさん」と名付けたその特徴的バッグを背負い直す。
「ベンチ下に天魔を捨てるなんてマナーがなっていないのデスワ」
「なんにせよ、そのベンチから一般人を離れさせるのが目下の行動となるかな。最も、私たちが行くまでに敵が動いている可能性はあるけどね」
那斬 キクカ(
jb8333)が現場での行動指針を口にした。
こういった、一般人からの依頼で重要視されるのは人命である。もし、天魔を倒してくれと明確に課せられた時でさえ、人命は護らなければならないものという前提が働いている。
今回もそうだ。休日の昼、それも公園という人の集まる場所では何よりも一般人避難が行動の始まりになる。戦いの場を作り出す、という面でも人を移動させるというのは有効手段だ。
「ええと、一般人の避難に、敵の気を付きつけるのに……」
橘 有紗(
jb8671)は自らの指を折り曲げ、一つ一つ行動を確認してゆく。初依頼、というわけではないが有紗は経験が浅い。そのうち、やることの多さに困惑して目を潤ませた。
「と、とりあえず私は前衛で戦って下さる鎖弦先輩のフォローしますっ」
お願いします、といってガバッとばかりに勢いよく頭を下げる有紗。
横にいた鎖弦は短く、「……ああ」とだけ返した。
鎖弦の意識は既に遠く、現場にいるはずの敵への考察へ頭を巡らせている。初対面の少女に関心を払っていない。
(なんか、クールな感じでカッコイイな。頼りになりそう……)
下げていた頭を少しだけ上げ、上目づかいに鎖弦を見て有紗は思った。
乙女な思考回路が回り出してドキドキし始めるのを、慌てて首振る。
(上手く鎖弦先輩とともに活躍できたとして、初対面だし、そもそも先輩には彼女いるみたいだしロマンチックな展開とか期待できないだろうけど、でもでもでもっ)
とりあえず、戦闘中は敵を倒すことだけに集中しよう、と決めて有紗は気合を入れた。
「――準備、出来たようだな」
精神統一するかのように目を閉じ、待っていた黒田 京也(
jb2030)は呟いた。皆が、その言葉に合わせて視線を一点に集中させた。
「転移装置、起動します!」
一瞬の浮遊。その次の瞬間にはもう足が地面の感触を得ていた。
「来い、キュー!」
Sadik Adnan(
jb4005)は自らの手を上空に掲げ、呼びだした。
異次元の壁を経て、サディクのヒリュウ、キューが姿を現す。
「やることはわかるな、キュー」
ヒリュウが了承、とばかりに宙を一回転してから現場に飛んでゆく。召喚主と視界を共有する能力のあるヒリュウは召喚主と長距離離れることできないが、そこだけ気を付ければ先行・偵察するには最適だ。
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それは血生臭い、というよりも気配が野生じみていた。
荒々しく、殺伐とした。例えようもない、精神に重く乗りかかる空気。
サディクはそれを、身をもって知っている。
肉食獣の狩場に迷い込んだ時の緊張感。獲物は狩場を抜くまで逃げ惑う。己の運だけしか頼るもののない、不安感。
「……だが、あたしは忘れない」
(狩ってるんだ……狩られもする)
弱肉強食の世界、狩るものとかられるものは一瞬にして反転することがある。
追いつめられた兎が、追いつめられた鼠が相手を屠る一瞬。
「――あたしとおまえ、どっちが『そう』なのかな?」
公園の内部に入るために突っ切った、林。その先に向かって、サディクは指示を出す。
「ためらうな、突っ込め!」
一般人だろう、男女二人を背後にしていたキューは相対する敵に向かって、突撃した。
「あいつは俺らが相手するから、さっさと下がれよ」
ガタガタと震える女と腰を抜かした男。そんなカップルに聖は面倒ながらも声を掛けた。
「……チッ」
隙を縫って黒は地面を這うように体を伸ばした。
聖は舌打ちして自らの足に装着したメタルレガースで敵を蹴りつけた。
アウルが体内で爆発し、その威力で蹴りが加速する。地面の黒を踏みにじる様に攻撃すれば、アスファルトに靴裏の焦げ跡が残る。
「死ぬのが怖いってんなら泣くんじゃなく、さっさと退けよ」
敵に攻撃するのは面倒だ。だが、攻撃せずに一般人が攻撃され、怪我を負う方がよっぽど面倒なことになる。
故に、聖はさっさとどこかに行けと言葉を投げつけた。そんな聖の横に、桃々は立った。
「勇気って言葉は無謀とは違うと思いマスワ。逃げることもまた勇気だとボクは思うのデス」
小さな背だが、敵に向けて奇問遁甲を放つ姿は堂々としている。また言葉は厳しくも、励ますもの。――自らで編み出した秘術で精神を落ち着かせたとて、若干へっぴり腰なのは見ない方向にして、桃々はそれなりに一般人の眼から頼もしく思えたらしい。
男は彼女の手を握ると、立ちあがった。
「あー、安全なところまで連れてくから逸れんなよ」
先ほど突っ切って来た林に向かって、カップルを連れ聖は行く。
「さて、お相手してあげるのデスワ」
桃々の視線の先、二体の黒は身体を揺らめかす。
「守備はどうなってる」
「他にも発生しているようですわね」
ティアマトのゴアにブレスを命じた後、サディクは振り返りもせずに尋ねた。
敵から眼を離すなどとんでもない、一瞬の油断が天地を分ける。
桃々は他の場所にいる仲間達との連絡を取り合い、得たことを口にした。
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「実に面妖だね」
キクカは投げつけた扇を拾い上げながら口にした。
黒いそれは必要に応じて形を変えていた。ダメージがきちんと入っているかどうかさえも怪しい、不定形。
わかるのは、黒の中に真っ赤な赤と白があることだけ。それは口内だ、鋭い歯だ。ニタニタとした、気持ちの悪い笑みを浮かべている。
「けれど、那斬は祓魔の一族――悪魔に勝手させるわけにはいかないんだよ」
黒の不定形、ディアボロという名の天魔に向かってキクカは宣言する。
「さぁ、公園の外へ避難してください、急いで……!」
三人親子の内、最も足の遅いだろう子供を抱えながら小鈴護は言った。怪我を直したとはいえ、未だ健康とは言えない父に肩を貸しながら、母がついてくる。マインドケアで落ち着かせただけあって、彼らはすんなりと付いてきた。
小鈴護は残すことになるキクカに一度視線をやって、その場を離れ始めた。
泣き叫ぶ児童の声に、二人はこの場へ導かれた。
転送装置から現場たる公園までは皆、走ってやってきた。ただ、いざ中に入ろうという段になって状況は変化する。
一匹しかいないはずの敵が複数体いる。そのことに気付いたのはサディクが偵察させていたヒリュウだ。だから、サディク・聖・桃々の三人組、キクカ・小鈴護は事故の発生源たるベンチに向かうのを止め、ディアボロに襲われている一般人を拾いに来た。
「どなたか重症の方はいますか、回復します……」
到着していた救急車の隊員に声を掛け、そこに集まる人々の怪我の様子を尋ねる。
緊急性のある怪我人はいないようだ、と思って踵を返しかけた時、小鈴護は新しい怪我人が京也に引きずられるよう、やってくるのを見つけた。
「大の男が指の一本や二本でギャアギャア騒ぐんじゃねぇ!」
暴れまわる男に、京也は一喝した。
本人の出自のこともあって、堂の入ったそれに喚いていた男は痛みも忘れ、委縮した。
漸く、と言ったところだ。最初の被害者であるこの男、周囲の状況変化も関係なく傷に悲鳴あげるばかりだったというのだから、逆に感心する。
傷の原因たるベンチ下の生物に関して、天魔ではないかといった疑いと傷の凄惨さから人々はこのベンチから離れ、それでもなお公園の至る所で黒の天魔に襲われていたというのに、いっそ呑気なものだ。
大人しくなった男の傷の具合を確かめはじめる京也に、一本のペットボトルが投げ渡された。
「それで傷口を洗え! 救急車はもう到着してるはずだ」
純は言うが早いか、前を向き銃弾を放った。
敵の中心地とあって、うじゃうじゃといるのだ、黒が。正確には、純たち撃退士が来たことによって警戒心を強めた黒本体が分身を増やしただけ、なのだが未だ純たちはその絡繰りを知らない。
「行くぜ、」
男を引きずるようにして、京也は救急車の方へと走り出した。
「さすがにこの数はきついな……っと」
急速に身を伸ばし、巻きついて来ようとした黒をサバイバルナイフで切り裂き、後退する。そして銃へと武器を持ちなおして、鋭い一撃を撃ち込む。
プツン――。
何かが途切れるような音がした後、黒は動きを止めた。それを不審に思うよりも前に、黒は空気に溶けるよう霞んで消え去った。
「……なんだ?」
攻撃をした純さえもわからない、倒れ方だった。
だが、思案するよりも前に他の個体が純の元にやってくる。
「く……っ!」
槍で敵の胴を切り払う間に、もう一体が迫っていた。
「やれゴア!」
純の背後に迫っていた黒を、ティアマトが殴り飛ばした。追いうちをかけるかのよう、何度も攻撃をする。純が振り返ればそこには別の場所に散らばっていた黒を倒したサディクたちがいた。
「――来たか」
複数の黒を相手にしながらも機動力と遁甲をもってして攻撃を掻い潜っていた鎖弦が一端、敵と距離を取って言った。
がさり、と揺れる林に出て来たのはキクカと小鈴護、京也、聖だ。
「データ収集終了、これより分析――は必要ないか」
キクカが笑みを深めているのを見て、鎖弦は判断した。
「どうやら、この黒いディアボロは全部一体のようだよ」
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小鈴護が一般人親子を連れ、場を離れたキクカは色々なことを試していた。
最初に可笑しいと思ったのはその動きだ。そして、攻撃を避ける動作の際、不自然な受け身を取る時がある。
そうして、気づいたのは不定形な黒が必ず一本の筋を背後に構えていること。
「ベンチの下にいる本体との接続を断たれた個体は消滅、ってわけか」
なるほどな。
純は先ほど見た現象に頷いた。偶々だったが、本体と繋がる一本を攻撃されたそこは切断され、浮いた個体は空に掻き消えた。
「加えて、もう一つ――これの正体は影なんだよ」
高度を保って攻撃すればそれは明白だった。影の多い場所で動きは大きく、影の少ない場所で動きは小さく。
噛み付くと言った攻撃手段しか持たない影は、行動範囲外よりも高い場所には影を届かせられない。つまり、影面積に比例した動きしかできない。
その上、陽の光に当てられると動きは鈍く、その体も小さくなる。影の性質、光は弱点といっていい。
「うーん、じゃあ敵さんはベンチの下ということで、それを片づけちゃえば終わりなんですね」
話に聞き入って注意力散漫になっていた有紗は言った途端、襲われて慌ててシールドを張った。かきん、と硬質な音を立てて影の歯が盾に弾かれる。
影は懲りずに、シールドに身をまきつけ後ろの有紗へと歯を向いた。
「えいっ」
即座にシールドをレイピアに変えれば、盾に巻きついていた影はバランスを崩す。そこを逃さず、強烈な一撃を本体との接続線に撃ち込む。
「その役目、俺が引き受けよう」
ベンチ下の敵をどうやって倒すか。ベンチを壊してしまえば一番早い。
ありがたいことに、この公園にあるベンチは木製で、一撃さえ入れてしまえば簡単に壊れるだろう。
問題はベンチを狙っても、湧いて出る影が邪魔をしてベンチを破壊させないことだ。
(最悪、腕一本はくれてやろう。その生命と引き換えならいい取引だ)
呼気を整えると、鎖弦は武器を変更した。ハンズ・オブ・グローリー、薄青色の拳武器だ。
「其は幽幻の銘・黒狼の眷属、鎖で束し、弦を以て縛す枷――真名をもって砕く者也」
その体に黒いアウルが取り巻き、背に黒の翼が現れた。
普段は封印しているアウルの解放は身に負担をかける。歯を食いしばり、それに耐えた。
(俺はここで死ぬ気はない。……あいつとの約束だからな……)
鎖弦は注意深く、敵の動きを観察しながら遁甲で気配を薄くする。分身体と分身体の合間を縫うよう、速攻でベンチまで距離を詰めるとベンチ下に手を差し入れた。
「先輩に傷つけさせませんっ!」
ベンチに腕を入れる姿勢というのはとても無防備だ。
鎖弦が周囲の敵に気を払っているのはわかるが、それでも大きな隙に違いない。
有紗は今こそ活躍時、とばかりに影の分身体へ斬りかかる。正面で相対する有紗と影の背後、京也が的確に銃を撃ち込み、切断を切る。
その間に京也に接近する他の影だが、
「その行動は、読めてるぜ……」
カウンターするよう、もう一方の銃が照準の影の、大きく開かれた口に定めた。零距離で放たれた銃弾が影の口を吹っ飛ばす。
「体が一個、なら……ダメージは蓄積される、はず……」
「これが分身体だとしても、体の一部であることには変わりませんワ」
どこか一か所へ狙いすますように攻撃を当てるのではなく、とにかく動きを止める、とにかく当てる、といった質より量で勝負するのは小鈴護と桃々。
ガツッ!
大きく響いた歯音に、一瞬皆の視線が鎖弦に向かった。
「――これより殲滅へ以降――」
淡々と呟かれた言葉。大きく、腕が振り上げられる。
反動で、それは空に身を放り投げられた。
銃弾で蜂の巣にされながら、それは身動きもせず――身を小さく、小さくさせていった。
「結局お天道様が一番、っていうのはちょっとばかしな……」
もう少し時間があれば投光器やらなにやら準備できたものを、と言いながら京也はサングラスを掛け直した。
「任務完了、皆ごくろう」
戦闘後の栄養補給とばかりに食べていたおはぎをゴックン、と呑み込んで鎖弦は皆に激励の言葉を投げかけた。
愛銃の手入れをしたり、怪我人の確認をしたり、それぞれ忙しい事後ではあるが――
「ふぅ……。ねみぃ」
聖は長閑な空に欠伸をもらした。