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ビルの立ち並ぶ、街中に鳥と思われる巨体があった。
己の持てる最高速度で走っていた麻生 遊夜(
ja1838)は角で曲がると、両腕を肩の高さまで上げ、手に持つ武器で狙いを定めた。
射線が通った、一瞬。
ドゥンドゥン!
二挺拳銃が銃口を跳ね上げ、火を噴く。
遊夜の体は発射の反動を受けて、急停止する。重心が後ろへ傾きながらもその狙いは正確だった。街に銃声響かせた弾は巨体にぶち当たり、ビルの向こうで大きな体が体勢を崩す。
カキンッ!
網のように展開されたアウルによって阻まれた尾が硬質な音を立てて弾かれる。
「大丈夫かい?」
敵からの攻撃に、避けることも防御することもできずにいた新原に声を掛けたのは藤井 雪彦(
jb4731)だった。その時、足元に揺らめいていた緑色のアウルがフッと霧散する。
「ああ、大丈夫だ。動けなかったから、ありがたい」
新原は敵巨鳥に向かって拘束の糸を放ったままの姿勢で、言った。
逃亡を企てる巨鳥を妨害するのに手いっぱいで尾が攻撃してくるのを知っていたがどうすることもできなかったのだ。
「お疲れ様です、援護致します」
ウィズレー・ブルー(
jb2685)が新原に声を掛けるのを後ろに、雪彦は軽口を叩いた。
「んー、助けるなら可愛い女の子がいいんだけど」
雪彦は改めて敵を見た。
大きな体を持つ、鳥型サーバントだ。特徴は七本もの長い尾。六本は本体の傍で包まっており、一本だけがこちらを伺うように雪彦たちの目前で揺らめいている。
先ほどの感触からすると、敵の尾は攻撃と防御の両方をこなすようだ。今現在は攻撃を邪魔されたということで警戒に防御の姿勢を見せているが、すぐにでも攻撃に転じようという気配が濃厚だ。
その時、巨体が大きく揺れた。
先日負った傷によって、足が遅れていた遊夜からの遠距離攻撃だ。
その隙に、と田村 ケイ(
ja0582)はセエレを片手に糸を操った。
両目に灯されたアウルがケイの視力を最大限まで引き上げる。細くも鋭い鋼糸は狙い違わず鳥の巨体へと捕り付こうとし、直前何かに煽られた様に大きく的を外した。
「……っな」
僅か、驚きの声を上げて、けれどすぐさま冷静になったケイはセエレの矛先を変えて鳥の尾の一つに糸を巻きつけた。
新原にヒールをかけていたウィズレーもその様子を見ていた。
「ブルーさん、今の――」
「大丈夫です、見ていました。……新原さん、少し下がっていてください」
眉をしかめながら言葉を募ろうとしたケイに頷いて、ウィズレーは片膝立てた姿勢から立ち上がった。セエレを構える。
「敵さんのありゃ、人質かね。どこ連れて行こうって気なんだか……」
銃弾の射手を探そうと目を怒らせる巨鳥から隠れるよう、ビルの影に潜みながら遊夜は呟いた。
巨鳥の顔は雪彦たちの方を向いていて、一方遊夜がいるのは巨鳥の尻の方になる。そこから見れば、一目瞭然なのだが、巨鳥に生えた七本の尾はそれぞれ、人を抱えているようなのだ。
人を横抱きに、尾は包まっていて、後ろ足のすぐそばに留められている。
巨鳥自体はこの場から撤退しよう、とばかりに羽を動かし上昇を試みているようだが、尾に絡まったセエレの糸がそれを許さないでいる。
「とりあえず、弱点探しながら合流するか」
サーバントが逃げないよう、拘束する二人が心配だ。
この巨体を留め置くのに、集中している二人が攻撃を防御する余裕はないだろう。
銃を両手に出現させながら、狙いをつける。
敵の前方に回り込む様に移動しながら銃を打ち込んでいた遊夜はふと、違和感を覚えた。
それは確かなものなど何もない、只の勘のようなものだ。だが、撃退士として長く天魔と戦ってきた中で培われたものだ。
「先輩に触るな!」
ハッとした時には尾が迫っていた。
慌てて頭を下げる遊夜を前に、尾は勢いを失った。
闇色の羽根がふわり、と落ちる。
「まったくもう、先輩ったら。無茶しないようにって言ったのに」
禍々しい鎖鞭を持ちながら、来崎 麻夜(
jb0905)は遊夜に怒って見せた。
「面目ない」
よそ見をしていたのは自分なので、素直に謝りながら遊夜は違和感について話してみた。
「んー。……風、かなぁ?」
ふわりと揺れた自らの髪を見て、麻夜は口にした。
「風が渦巻いて障壁のようになってるってことか?」
空に戻った麻夜の言葉に、江戸川 騎士(
jb5439)は言った。
敵、巨体の周囲に風が吹き荒れていることはわかる。
「どうりで、やたら当たった感覚が薄いわけだよね」
麻夜は口を曲げ、頷いた。
騎士は少しの逡巡の後、巨体から距離を取った。そして一気に詰め、刀を振り下ろした。
「……駄目か。首なら完全に死角だし、羽で作り出す風なら範囲外だと思ったんだがな……」
分厚いものに阻まれたかのように、首根っこを狙った刃は逸れた。
「こいつは目で確認して障壁纏ってるわけでも、風を羽で作ってるわけでもない。いうなら、自動防御系? ウーン、厄介だなぁ」
「全く当たらない、ってわけでもなさそうだが」
言って、騎士は巨体から距離を取った。
とりあえず、攻略法が確立するまでは敵に無暗に接近するのは危ない。一撃離脱スタイルにすると決め、翼をはためかせる。
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「残念、外させてもらう」
向かってきた尾を銃弾で跳ね返しながら、遊夜は新原の話に耳を傾けた。
「――尾の先に麻痺か睡眠、って感じかな」
同じ久遠ヶ原の撃退士にして、現在敵に捕らわれている安住が捕らえられた際、苦しむ様子がなかったと聞き、雪彦は尾の効力について推測した。
「攻撃と防御を同時にできる尾が更にバステ付きかぁ、……厄介だ」
「加えて、本体は風の護りで攻撃が命中しにくいぜよ」
鳥の胴体部分に集中して起きる、突風――風の護りによって、攻撃の多くが着地点を誤る。その誤差を具に観察しながら遊夜は口にする。
「人質だけでもなんとかしないとね……。これじゃ、私たちも動けないし」
このまま拘束を続けるのは難しい、とケイは感じていた。
敵サーバントは巨体であり、空を飛ぶ。今は地に踏ん張っているが、上から引き上げられる感覚に抗うのは難しい。
いつ、靴先が地面から離れてしまうかわからない状況だけに、いっそ拘束を解いて早々に討伐に移った方がいいと感じるくらいだ。だが、それでは逃走される可能性も増大し、人質がいる現状では選択できない。
最悪、敵に逃げられたとしても人質の解放だけはしておきたいところだ。
「ということはやはり、尾が狙い目ですね」
眉に力を入れながら、ウィズレーが言った。
ケイと同様、敵の拘束が辛いのだろう。先ほど、新原一人が拘束していたよりも、地上に近しい場所で留められている敵。
もし今、このセエレの糸が途切れてしまったら、一気に均衡が崩れケイもウィズレーも空に引き寄せられてしまうに違いない。だからこそ、一切力を緩めることができない。
だが、相手は風によって糸を始終揺さぶってくる。
ウィズレーの額に汗が浮かんだ。
「ピンチこそ、ヒーローの活躍時だよ☆」
不意に、雪彦が軽口を叩いた。
ケイはハァ、と息を吐き出し、新原に振り返った。
「疲れているところすみません、下がって待機してもらえませんか」
きっと落ちてくると思うので。
新原はその言葉に、頷き少し離れる。
「それで、どんな案なの? 自信があるようじゃない」
雪彦の口元に登る笑みに問いかけた。
「風を操るのは何も向こうの専売特許じゃないんだよね〜」
そう言って前に突き出した雪彦の左の掌に小さな渦が出来上がる。アウルで操る、緑色の風だ。
「女の子をさらって絵になるのはイッケメーンだけだし、大人しく返してもらおうね」
「それだと男はどうでもいいみたいな言い方やな」
「えっ男? ……もっもちろん人質は全員返してもらうよ♪」
軽い笑みをこぼす雪彦にツッコミを入れつつ、遊夜は空を見上げた。
「麻夜!」
「聞いてたっ」
即座に返ってきた反応に気をよくしながら、遊夜は銃を構えた。
「攻撃は俺たちが引き受けるってことで、頼むぜよー?」
「よろしくー」
麻夜は騎士に軽く後を頼むと、目を閉じた。
背中から、アウルが溢れ出る。腕を伝い、掌に落ちた黒のアウルは急速に酸化しながら、固形化する。――赤黒い拳銃。
「いつでもいいよ、先輩」
両の瞳から、黒い涙が零れ落ちた。
雪彦は掌より放った。
半月状の刃が無数に飛び、敵の巨体に向かう。
風の護りに風の刃が触れた。その瞬間、衝突しあって互いの威力が掻き消える。
「風と風で相殺っ♪ ――今だよっ」
「悪い子にはお仕置きだよ?」
クスリ、と笑みをこぼした麻夜は翼をはためかせ、尻尾の付け根に銃弾を撃ち込む。
尾の根元が黒に飲み込まれ、焼失した。
「人質は返してもらうよー」
次々、尾に銃弾を撃ち込む麻夜。鳥が痛みに暴れ出すのに合わせて、距離を取った。
「狙い目だな……腐れて墜ちろ」
最初から解放されていた七本目の尾の尾行を躱しながら、遊夜は尾の切れた傷口と肩翼に照準を合わせ、撃つ。
「――細工は流々、仕上げを御覧じろってな」
着弾点に蕾の状態の花が描かれたことを確認し、敵から距離を取る。
「――ったく、人使いの荒い……」
麻夜の落とした尾を人から引きはがし、地上に降ろす。
地上で待機していた新原に彼らを預けて、騎士は再び上空に戻った。
(人質は……全員か)
既に尾に包まれた人はいない。だが、一方で尾はまだ四本残っている。
「リスクの有ることはあまりしない主義なんだがな……」
これ以上長引くことを厭い、騎士は奥の手の準備を始める。
その時、騎士の背後でバサッと羽音が鳴った。
そのことに振り返るも、何の姿も捕らえられない。――黒い、鴉羽が地面にゆっくりと落ちてゆくのを、手に取った。
「これは……」
「さぁ〜って、そろそろ閉幕のお時間だよ?」
脚に緑の風を纏いながら、雪彦は暴れる鳥を見据えた。
「一般人の避難をよろしくお願いします」
ウィズレーは救出された安住にヒールを掛けながら、新原に告げた。安住も自力で動けるほどまで回復し、誘導に加わる。
ケイとウィズレーのセエレは既に、掴んでいた尾が断ち切られており鳥は自由の身にあった。しかし、鳥は怒りに退却の事を忘れている。
「後は貴方の始末だけね……観念なさい」
怒り、理性を失っている巨鳥はケイから伸びた髪の毛によって自身の体を拘束されたような幻覚を受け、飛ぶのに失敗した。
バランスを崩したからだが、一直線に落ちてくる。
ケイは緑のアウルで強化した瞳で敵を見据え、黒い霧を纏ったセエレを投げつける様に敵に巻きつけた。
ゴォウン!
ケイにより思い切り縛り上げられた状態の巨鳥が墜落し、地面を揺らした。
キエェエエ!!
甲高い声を上げて、巨鳥が鳴く。
「さぁ墜ちよう……? ボクより黒く、真っ黒に――」
くすり、と笑みをこぼした麻夜から羽根が飛び交った。夜闇よりなお暗い、羽根が刃となって鳥の翼を切り刻む。
翼をもがれた鳥など、いっそ哀れな肉塊でしかない。
そんな巨鳥の真上に、騎士は滞空した。冥府から吹き付けるような風を自身に纏い、阿修羅曼珠を掲げる。
「天界は嫌いなんだよ、レート的に」
防御も何もかもを無視して、刀を振り下ろした。
ゴトンッ。
「やれやれ、本調子じゃなかったがなんとかなったか」
「先輩ってばそんなこと言って……やっぱりボクが見てないと駄目だねぇ」
頬を膨らませる麻夜の頭を撫でて、遊夜は宥める。
「にしても、なんか見られてる気がしたんだよねぇ……」
戦闘中、視線を受けていたような気がして雪彦は首を捻った。戦闘後に探してみたものの、周囲には誰にもいなかったのだ。
(最近、ここらで変なサーバントがいるって話だったな)
鴉型のサーバントの目撃例が多発する、最近の事件。――騎士は自らの手元に残った黒い羽根を見下ろした。