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マスター:有島由
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:12人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2014/02/15


みんなの思い出



オープニング

●語り
 人間とは考える葦、と昔の人は言ったものです。
 僕はその言葉を真理だと思っています。人間にある理性と思考は数々の恩恵を僕ら人間に与えて来ました。
 文化形成・営みは勿論の事、格上を相手に策に寄って打倒するということも昨今珍しいことではありません。人間同士がそうであるならば、他種族ならより一層。
 撃退士が相手にする有象無象、明白に人よりも優れた身体能力や特殊な技術能力を使用する化物ども、天使や悪魔などと呼ばれる――いわゆる上位種族に置いても、人間はその知恵によって退け、あるいは打ち勝ってきました。
 三人寄れば文殊の知恵、とも言いますね。人間の力とは各個人の力よりも、集団による数の圧倒やそのチームワークと言ってもいいかもしれません。そこにはもちろん、知恵と策あっての事ですが、絆に代表されるコミュニティ同士の結束というのは実に人を強くします。あるいは心の力、なんて言い方をすればちょっと夢見勝ちかもしれません。
 ええ、ですが。その数々の勝利を誇るとしたって、油断はできません。いつだって隙なく、全力で立ち向かわなければ勝てないでしょう。
 ……そうそう、策と言えば策士策に溺れる、という言葉も、ありますよね?
 つまり、僕――久遠ヶ原学園所属の撃退士、青菜夢二ですが現状、その言葉通りだったりします……。

「どうして、こうなった?」

●現状に至るまで
 久しぶりの休暇を満喫していた佐原由之(jz0178)に人が訪ねてきたのは惰眠を貪っていた昼過ぎの事だった。
 策士を自称する友人、青菜夢二はニコニコとした笑みを浮かべていた。そのことだけで佐原は嫌な予感がしていたのだが、何が何やらわからないままにもう一人の友人の部屋にお呼ばれしていた。

「ロン!」
 佐原の眼の前で元気よく言ったのは部屋の主、高峰だった。
 ふはははは、と謎の笑い声をあげる高峰に対して右横の少女はにっこりと笑みを浮かべた。
「ツモ、っていうんでござるよー」
 えへへ、と笑みを零すミシェル。高得点の様子だ。
 炬燵が気に入っているらしく、普段よりも更に顔が緩んでいる。というか、男子寮に入り込んでいるのはいいのだろうか。
 そうして、佐原は自分の手牌に軽く視線を落とした後、牌を開示する。和了ではなく、聴牌だ。あと一つ、欲しいものが足らなかった。
 それを見て、左横でガクン、と沈み込む体があった。

「……だいじょうぶか?」
 その姿と言ったら、同情を禁じ得なくて、佐原は夢二に声をかけた。
「ありえない」
 小さく、反論が返ってくるが声に力はない。

「次やろうぜ、次!」
 快活に声をかけてくる高峰。言葉には出さなくても答えを期待するミシェル。
 未だ一度もゲームに勝ちあがっていない夢二への精神的ダメージは大きかった。

 仲間内ではいつも外れを退いてばかりの二人だが、ことゲームとなると強かった。
 高峰もミシェルもこんなことに運を使うぐらいならば普段のドジや不運体質をどうにか常人にまで引き上げればいいのに、と思わないでもない。
 そもそも、この二人、麻雀に関しては先ほどルールを教えたばかりで全くの初心者なのだ。運が強く作用するゲームとはいえ、これはない。

 佐原は人付き合いでしか行ったことがないので、想い入れはなく、ド素人に負けてもどうとも思わない。……はずである。
 柄がきれいだったから集めた、とか理由を付けられると流石に怒りも湧いてくるのだが。


●データ集め
 夢二は歯噛みした。
 まるでお菓子を買ってもらえなかった子供のような膨れ面だ。

「ま、相性とかもあるからな……」
 宥めるようにいう佐原に言葉を返せず夢二はむっつりと黙り込む。
 相性どうこうという問題ではない。これは完全に確率論を超越している。
(分析が足りないか……。やはり、データは多く取るに限る)
 策士は日々研鑽。自己慢心しないがため、常に最善を求めるべきだ。
「――リアル、か」
 実物であるからこそ持ちえる、機敏。それを察する能力に欠けていたのかもしれない。
(しかしなればこそ)
 情報収集、データ分析は必須となるのだ。
 自称、策士・青菜夢二は妙案に口元をほころばせた。


リプレイ本文

●第一セット
 「ROUND1」
 神社にセットされたカメラのうちの一つがその大きな文字を映し出した。持つのはラウンドガール姿に着替えた瀬波 有火(jb5278)だ。ノリノリで着替え直しに行ったのを見て、ジョシュア・レオハルト(jb5747)が片手で顔を覆った。
 缶蹴りというゲームで撃退士の身体能力から何やらを調べたいという依頼主の意向はわかる。だが、
(有火は、なぁ……)
 いつでも予想の斜め上をいってくれる幼馴染がこの依頼で一体何をやらかすのやら。それを考えて溜息ついた。
 そんな二人の後ろ、只野黒子(ja0049)は考え込んでいた。長い前髪が眼を隠し、表情は読み取りにくいがその頭の中はフル回転している。初対面の者たちもいる中、情報収集に余念がない。
 そんな黒子は今回、動き回るということでスパッツを穿いている。「しぬがよい」と書かれた達筆パンツから「残念だったな! 俺だよ!」スパッツに履き替えた黒子、パンチラ対策も万全、気合十分だ。
 一方、パンチラ対策が必要なのか必要でないのかはっきりしないオカマ、御堂 龍太(jb0849)はと言えば、熱心に体を屈伸させていた。
 筋骨隆々の体はこうして作られたのか、と悟ることができる洗練された動きで運動までの準備体操を行う。
「は〜……缶蹴りなんて何年ぶりかしら……」
 息を吐き出すと同時にやけに寂しげな呟きをもらした龍太は一瞬置いてからいつもの怪しげな表情を浮かべる。
「あらやだ。もう、これじゃあたしがおばさんみたいじゃないのよ〜」
 溜息もらしちゃ幸せが逃げちゃう、などとおどけた様に口走る龍太だが性別から言えばおばさんではなくおじさんになるのでは、なんて不躾な質問は大人はしちゃいけない、ダメゼッタイ。
 ところで、人界知識を持っているがちょっと感性やら何やらがズレちゃっている心優しき堕天使、命図 泣留男(jb4611)も準備体操をしていた。
 伊達ワル男、メンナク。黒い皮ジャンにジーンズという動きにくいことこの上ない格好で、大きくポーズを取る。
「流れる様にストリートに漂うマイ・スピリッツ!」
 安全に運動を行うために必要とされる準備、であるところの準備体操をかっこいいポーズと理解して何が悪かろう。無問題。
 ただ、特筆するならばその横で坊主が張り合うように踊っていた。
 スタイリッシュ且つセクシーを生きざまとする或瀬院 涅槃(ja0828)だ。メンナクの決めポーズを見て、他者を魅了する人生を掲げる涅槃の心に火がついた。
「負けられない戦いになりそうだな?」

「ほ、ほぉ……よい余興じゃ!」
 彼ら三人を大きな眼で食い入るように見ながら、崇徳 橙(jb6139)は宣った。かなり上から目線であるが、ツンデレなだけである。実際には仲の良さそう(橙視点)な三人と一緒に踊り(違う)たいと思っている。
「う、うむ。せっかくだからの、ほれ……まろも混ざってやらんこともない!」
 えっへん。胸を張って言った橙だが、それぞれ自分の中だけで思考が完結している三人には聞こえていなかった。
 チラと確認し、誰の反応もないことに橙は落胆した。
 ちなみ、涅槃から更に距離を置いたところで少年とネコが真面目に準備体操をしていた。
 大柄男性三人の激しい個性によって地味化されているために橙から注目を受けていない、天駆 翔(jb8432)とカーディス=キャットフィールド(ja7927)の二人組である。

「なんじゃ……まろが素晴らしく高貴だからって……呪うてやるぞ……(ボソッ」
 意気消沈する橙だったが、近くの木がバッサと揺れて人が降りてきたことに目を丸くした。けれど気を取り直すように話し始める。
「ホホホ、まろは缶蹴りぐらい超得意なのじゃ! えっとあれじゃろ、缶蹴りじゃろ。ばちこーんって蹴るんじゃろ?」
 得意だと自慢げに言ってはみたものの、実際に体験のしたことのない橙が詳しい説明をできるはずもなく、しどろもどろ口にする。
 一方、話しかけられたのはシオン=シィン(jb4056)。神社をぐるりと回っての散策を終えたらしき目立つ赤毛を発見し、木の上から降りてきたのだ。
「ボクも缶蹴りあんまり覚えてないなぁ……」
 はぐれ悪魔ではあるが、シオンは人間に拾われて育てられた。人間が幼少期に行う遊びは数少ないながら体験したことがある。自分と同じく缶蹴りしたことがないだろう、と仲間が見つかった気分でいた橙はシオンのもらした言葉に、橙は硬直した。
「さて、どうやってがんばろうかなっ」
 中央に集まるよう、呼びかけに応じて足を進めながら、シオンは意気込む。

「遊戯とはいえ、演習ならば本気で行かせてもらおう、か」
 アスハ・ロットハール(ja8432)は意気込みも露わに口にする。それは皆の心を代表したような言葉だった。一方、
 ふわぁーあ。
 大きく欠伸する日比谷日陰(jb5071)とは他所に、皆が固唾をのみ、その一瞬を待っていた。
 眠たげな眼が、鬼の陣の中心を見据える。
 神社門前に敷かれた、半径20メートルもの巨大円。その中心に立つのは有火だった。
 缶を踏みつけていた足をどけ、大きく足を後ろに引く。
 皆が固唾をのんで見守る中、缶は綺麗な放物線を描いて宙に舞った。青空を背に、缶が高速で回転し、同時鬼以外の者たちが散開する。


「さて……どうする?」
 缶を円の中央に戻しながら、アスハは黒子に意見を尋ねた。守るか、攻めるか。
「時間をかけると手を組まれる可能性があると思います……」
 黒子の答えに、暫しアスハは考え込んだ。
 鬼と逃げる側のメンバーがそれぞれ決まってから作戦を組む時間は与えられていない。そのため、最初から皆が協力体制を取ることはないだろうが、時間をかけるだけ相手は人数に任せて味方と接触し、手を組んでくる可能性が高くなる。人数任せに波状攻撃を掛けられれば、少数である側の不利は自明の理。
 狙うならば、個人で動いてみる、という様子見の段階。
 ただし、その場合こちらが攻勢に出なければならないので、分が悪い。守りに徹していればタイムアップになり、鬼の勝利。ルールは少数である鬼に有利なように作られている。
(とはいえ、実践だったらこの案は無しだな……)
 実際の戦闘ではタイムアップなど存在しないし、防御する側は徐々に防御力を失うのが鉄則だ。相手がいつ退くかわからない以上、防御側には精神的にも追いつめられていく。
「攻撃は最大の防御、とも言う、か……」
 呟き、アスハは足元で音が立ったのに気付いた。砂利だ。
 しゃがみこみ、小石を拾い上げるとアスハは黒子を振りかえった。

 鬼同士でひそひそと会話があった後、鬼二人の内一方が背後にある缶を気にしながらも、社の方へと慎重に足を進めてゆく。
 社の屋根、最頂部となる棟の影に、身を倒して張り付く有火は眼下に頷いた。
「ふむふむ……」
 第一に突撃、第二に突撃、いつだって突撃な有火だが、今回に限っては違う。
(今日の有火さんは一味違うよ!)
 今にも動き出したい、と疼く衝動を押さえつけ、最初の一撃を繰り出す誰かを待つ。
 その時、鬼たちの背後――木々に素早く動く影が複数見えた。

 好機を見出したのは何も有火だけではない。黒を好むこの男、自ら汚れ役を買って出る。
「ふっ、何故ブラックは女を引き寄せるのか……」
 社左側、木々の影に隠れていたメンナクは姿を隠したまま声を出し、こちらにいると鬼にアピールする。
 左右どちらに行くか、迷う素振りを見せたアスハはその声に、一気に警戒心を強めた。

(ひ、ひぅ……バレルのじゃっ)
 開かれた本殿の木戸より内、こぢんまりとした空間に身を潜め、橙は息を殺す。
 見つかれば逃げる場所がないそこは、逆を言えば誰も隠れようとはしない場所だ。一度鬼をやり過ごしてしまえば、一番安全だといえる。本来なら。
 鬼は今、橙のすぐ傍で立ち止まり気を張り詰めている。橙は肩を縮こまらせて、体を丸くし、ぎゅっと目を瞑った。
(むむ……今見つかったら、ボッチでなくなるかもしれないか……?)
 自分が出ていくことで鬼の隙を作る=缶が蹴られる=皆は橙を称賛する。
 うむ、いい考えじゃ。一通り自分の中で式を作り出して、橙は顔を上げた。
 だが、現実はそう簡単に上手くゆくものではない。橙が施行する間に既に状況は変化していた。

「フッ……」
 不敵な笑みを浮かべ、メンナクは木陰より親指を立てた手を突き出した。
 サムズアップと呼ばれるそのサインはタクシーを呼びとめる意味だったり、GOODの意味のジェスチャーだったりするが、今メンナクに注目を集めるという意味で使われていた。
 アスハの注意がメンナクに集中する。
 その瞬間、鬼の背後でザッと大きく木が揺れた。
「たかが遊び、じゃないの。遊びこそ全力で、真剣に! ――行かせてもらうわっ」
 開始時こそ、陣から距離を取った龍太だったが、鬼の移動に合わせて木々を移動した龍太。今、その大きな体躯を大きく屈ませることで着地の衝撃を地面に逃がし、龍太は陣に走り込む。
「御堂龍太!」
 今にもメンナクをコールしようとしていた瞬間のことだったが、即座にアスハはコールをした。
 鬼が陣から離れたのは、攻撃を誘うため。膠着状態に入るよりも、鬩ぎ合いの最中でこそ隙は生まれる。――予想の範囲内。
 アスハが社に向かうのとは逆に、陣周囲を見回していた黒子はコールに振り向いた。靴が砂を噛み、ぎゅるぎゅるぎゅる、と音が鳴った。そして缶の元へ一気に駆ける。
 アスハも缶に向かおうとして、ガシッ!
「さーせーなーいーよー」
 社の軒下に潜んでいたシオンが幽霊さながらの声を出し、アスハの足首を掴んで拘束する。これで、動ける鬼は一人。

 缶を蹴りつけようと、走りから急ブレーキをかける龍太。地に踏ん張り、もう一方の足を振り上げる――その直前、軸足がズレた。
 足が降下し、蹴ったのは空だった。崩れた体勢に、片手を地面について体を跳ねあげる。
(これ……、石!?)
 掌に感じた感触に龍太は内心、声を上げる。
 陣を離れる前、アスハと黒子は拾い上げた小石を周辺にばら撒いていた。
 小さ目の石では足音を鳴らさせ、大きな石では蹴りつけるポーズの体勢を崩す。二重トラップ。
 時間稼ぎと気づいた龍太は即座、缶を蹴りつけようとするが、
「打ち取ったり!」
 タンッと軽い音で缶は黒子に踏みつけられた。

 龍太が捕虜となり、再び鬼が陣から離れ始める。ゲームは静寂が戻るかと思った瞬間、事態は動いた。
 先ほど、メンナクと鬼が動いている間、社右側でカーディスは翔と合流していた。別方向から一緒に攻める、そう決めてから二人は別々の木に潜んでいた。
 ハンドサインとアイコンタクトをすれば、翔は首を傾げた後、大きく頷いた。
 なかなか伝わらなかった意味に、ホッと息をついた瞬間。ガサッと大きく近くの木が揺れた。翔が突撃したのだ。
「あわあわあわ……天駆さんっ」
 鬼のトラップを警戒し、一度作戦を練り直そう、と合図したつもりだったのだが、勘違い発生。
 思わず声を出したカーディスも鬼に気付かれた。
(ええい、ままよ……!)
 元より、逃げ切るよりも積極的に攻勢に出るつもりだったのだ。多少、予定は違うがカーディスもまた、陣に向けて走り出した。
 着ぐるみの隠しポケットにいれていた砂を鬼の視界を塞ぐよう、放った。一方で小石の方を鬼の足元へ向けて放つ。
 砂が入らないよう、腕で視界を塞いだアスハは次の瞬間、足元に注意を逸らした。地面の感触の違い、だがその一瞬が隙だ。
 カーディスは一気に速度を上げて缶を蹴り、つけるつもりがポケットからポロリと落ちた小石により缶の目前で盛大に転ぶ。
「あばばばばばばば_(:3 」∠)_」
 ずるずるずるずるずる……っ!
「カーディス、発見、だ」
 軽い音と共に、カーディスの隣で缶が踏まれた。

 一方で、カーディスが捕まった隙を付き、缶へ全力突撃する翔。そして、釣られる様に有火が社から降り立ち、突撃をかける。
 二人の攻撃に、黒子とアスハがどちらを優先してコールすべきか迷いながら、陣との距離を詰めに走る。
 四人が陣へ走り込み、そして陣の元には捕虜が二人――。

「……有火……」
 曲がらない、曲げられない、の突撃娘の名を溜息と共に呟いてジョシュアは救急箱を手に取った。
「あはははは、皆ごめんねー」
 擦り傷はあるものの、有火はぴんぴんした様子そのものの。その背後には山となった気絶者がいる。ライトヒールはかけた者の、意識が戻っていないのだ。
 大勢の怪我人と気絶者が出た一セット目は継続不可、中止という結果となった。

●第二セット
 気を取り直して、ROUND2と書かれたプラカードをカメラに掲げる有火。

 橙と有火が社に陣を取り、アスハの蹴り上げた缶は大きく門前へと蹴られた。
 その間に、逃げる側は多くのものが素早く社の裏手へと回った。
「さて、次はどうしようかしら」
「……あの」
 虚空に呟いた龍太の背に、呼び止める声がかかり、振りかえった。
 それぞれが隠れに移ろうとしたその時のことである。

 メンナクが鬼にコールを受けた。
「ホホホ……この偉大なるまろが鬼ならば、全て一瞬で捕らえてやるのじゃ!」
 足が遅いながらも懸命に缶を蹴りに帰る橙とは対照的に、メンナクに急ぐ様子はなかった。
「嗚呼! 黒いユニオンジャックが魅惑の禁断地帯を象徴……!」
 缶を踏んだ橙に返す言葉の意味は計り知れない。
 ただ、捕虜であるとは思えないような、ゆっくりとした足取りで行く。
「ええい、まだるっこしい! さっさと歩くのじゃっ」
 よくわからない言葉を掛けられながら、橙はメンナクの背を押し歩く。長身のメンナクにそれは大した後押しにもならなかったが、作戦通りではある。

 一方、缶の元陣取っていたはずの有火は見慣れた背中にコールし、全力突撃をかけていた。
「ジョシュア君、みーつっけたー!!」
 コールした鬼は缶を踏むのが通常である。わざわざ発見した者を捕まえに行く必要はない。ない、のだが積極的に捕らえに行く。
「……有火、ルール違う」
 長年の間柄だ。ジョシュアは慣れた様子で有火の突撃を横に避けた。

 橙が陣から離れ、一人になった有火の耳に聞こえたのは一つの電子音だった。
「んん? 誰かいる?」
 問いかけに返ってくる言葉はなく、音の発信源と思われる方向へと有火はフラフラと足を進め、そこで幼馴染の姿を発見したのだ。
「うう……ジョシュア君……」
 急に止まる事、曲がることのできない有火は目標を過ぎ去り、木に抱きつくこととなった。回想を終え、ジョシュアを恨めし気に見つめる。
「……さっき怪我人出したこと忘れてないか?」
 突撃の威力に、先ほどの大惨事を思い出し胡乱気な視線を有火に向けるジョシュア。

 そんなこんなやっているお二人が別々の場所で二組。
 その間に、陣には侵入者がいた。
「ふふり、スナイパーなのだっ」
 笑顔を見せながら、シオンは木から滑り降りた。
 木陰に潜み、枝葉の間から様子を見ていたシオン。黒子の考えた作戦通りにすべてが上手くいった、と上機嫌になる。
 時間を稼ぎながら戻る、メンナクと橙。携帯の音で誘導し、ジョシュアの元へと連れ出した有火。
 共に未だ、この場所にはいなかった。
 余裕を持って、シオンは缶を蹴りあげた。

 カァーン!!
 小気味よい音で、宙を一つの缶が踊り、終了を奏でた。

「ふぁーあ。……よく寝たねぇ」
 社の屋根上に隠れていた日陰は暖かな日差しに欠伸をもらし、大きく伸びをした。

●第三セット
「あれ、有火。着替えないの?」
「あきた」
 実に簡単な答えを返す有火。廃業したようだ。

「どうぞ〜」
 カーディスは飲み物を涅槃に渡した。差し入れとして配っていた、休憩時間である。
 何やら難しい顔をしている涅槃はそれを受けとり、一気に飲むと険しい顔をカーディスに向けた。
「次こそは、“缶殺しの涅槃”の名を知らしめようと思うのだが?」
 涅槃のその言葉だけで、真意が伝わり、カーディスは力強く頷いた。
「思いっきり活躍したいですね」
 メンバーが濃すぎるせいか、普段が濃いキャラなはずなのに印象が薄くなってしまうという現象を身に感じて、カーディスは身を震わせた。
 なぜだろう、おかしい。
 常に着ぐるみというスタンスだけで十分存在感があるはずだというのに。
 互いにガッシリと腕を組み、にわか絆の強さを確かめ合う。
「やはり、目立つには個性ですかねぇ。いや、発想でしょうか」
「奇策、か。――嘗て“缶殺しの涅槃”と呼ばれた男の力を見せてやろう」
 うーむ、と悩み首を捻るカーディスの横で涅槃は拳を突き上げた。
「おぉ!」
「いや、蹴った缶がダンプに潰された時代についた渾名なのだがな?」
 由来を話しながら、再び腰を下ろす涅槃。
 二人して、各種ハンドサインを決めてゆく。

「じゃんけん、ポン!」

 昔ながらの掛け声で、分かれたメンバー。最終セットの鬼はメンナクとシオンだ。
 第一セットを思わせる、門前の陣配置をしてゲームがスタートする。

「鬼役だねっ」
 よろしく、と明るく楽しげな声を出すシオンにメンナクは鷹揚に頷いた。
 第三セット目の鬼は徹底守護作戦を取るようで、二人は互いに違う方向を見合いながら陣からつかず離れずの距離を保っている。
 タイムアップ狙いの状況に、まずはじめに痺れを切らしたのはやはりというか、有火だった。
「あたし理解した、しんぷるいずべすと」
「え、ちょ……」
 ジョシュアとともに社の裏手に隠れていた有火はスクと立ち上がり、大きく一方の足を引いた。
(ここまで我慢しただけでも、って感じか)
 突撃を繰り返していた気がするが、普段の有火からすればその回数は控えめだ。
 けれど、走り出す五秒前、といったそのポーズを見て諦めに走っていたジョシュアは顔を引きつらせる。
(本気モードだ)
 元気が有り余っていた第一セット目よりも、更に気合の入ったそれ。
 缶も鬼も味方も関係なく、跳ね飛ばしそうなそれ。
「ま――」
「とゆーことで、とっつげーき!」
 最後まで言葉を聞くこともなく、有火は缶へ向かって突撃した。
 作戦も何もない、いやルールさえもない。
「コールされて缶踏まれたらアウトだからなっ! アウトした後にリタイヤする人を出すなよっ!?」
 急速に遠くなる背にジョシュアは声を掛けたが、言葉が届いているかどうかは不明だ。

 社から不気味に響く声に引き寄せられて、メンナクは陣から離れた。
「これは……呪文か?」
 社の影に隠れて念仏を唱える涅槃。その間に、カーディスが缶へと密やかに進行し始めた。
 それを横目で確認しながら、涅槃は念仏を唱え続ける。
「そこだ!」
 天井に張り付いていた涅槃は見つけられて、念仏を止めると顔をメンナクに合わせた。
「ぬっ……」
 真顔から瞬時に名状しがたき変顔へとなった涅槃。暫し、メンナクは言葉を失った。

「……ぷっ」
 下手に隠れているよりはこっそり鬼の後を追いかけた方が見つかりにくい、と思ってメンナクの後ろについていた日陰はそれを目撃し、小さく噴き出した。
 そのことで、メンナクは我を取り戻す。
「或瀬院、Got you!!」


「……もうちょい、詰めるのじゃ」
 こそっと、橙は横にいる翔に話しかけた。
 第一セット、第二セットと動いて疲れ果てた橙は動くのも面倒になり、社の床下に隠れようとした。
 だが、そこには既に先客がいたのだ。
「うん、いいよー」
 快い返事をして、翔が場所を譲る。
 社の床下から見える景色は狭くて、他の者たちがどうなっているのかあまり確認はできない。だが、そのわずかな隙間から誰かの足が見える度、隠れている感がする。
「えへへ、しーっだよ」
 ほんわかとした笑みを浮かべ、楽しんでいる翔を見ると、なんとなく心がほっかりとした気分になった。
(……もう少し、この遊びに付き合ってやるのじゃ)
 景色が、徐々に赤色を帯びてくる、そんな午後。

 有火が突撃をかけるのを目視したアスハは伺う体勢から攻撃へと転じた。
 社の屋根に伏せていた姿勢から立ち上がり、飛び降りた。着地の衝撃を地面に吸収させ、即座に走り出す。
 シオンは缶に近寄る姿を発見した。だが、コールするよりも前に缶へ距離を詰める。名前をコールする際に噛んでしまってはいけないので、急ぎながらも息を整えたままだ。
 そして、大きく空気を吸い込む。
「えっとね、カーディスさん発見だよっ!」
「にゃーん通りすがりの野良猫です☆」
 社から真正面に攻めるアスハと有火の傍ら、木々に隠れながら缶に接近していたカーディス。
 指名されて、思わず招き手をする。が、リアル猫姿とはいえ、所詮は着ぐるみ。大きさが並でない。
 シオンが缶を踏む。
 そこで、シオンの足が退いた缶に蹴りが入れられた。
 大きく放物線を描く、缶と赤い髪。
 そして、そこへ突っ込む突撃娘。だが、皆その危険性は第一セットで了解している。


 どんがらがっしゃん☆

 社の裏から出て来たジョシュアが見たのは、盛大に壊れている手水。
「……穏便にって……言ってるのに……」
 ベンチを引きづり、にっこり笑顔を浮かべた。
「……癒して欲しい人はこちらへ。ナオシテアゲルカラ」
 ベンチから手を放そうとしないジョシュアの様子に、恐怖を覚えながら有火はとりあえず謝りの声を上げた。
「ご、ごめんなさい」
 なにはともあれ、缶蹴り終了である。

「おにいちゃん、おねえちゃんきょうはありがとう」
 一緒に遊んでくれた人たちに笑顔でお礼を言う翔。
 疲れたこともあって、勝利は自分のものだと主張するつもりだったが橙は口を閉ざした。なんとなく、水を差すようで気まずい。
「ふ、ふんっ まろが遊んでやったのじゃ、一生の思い出にするとよい!」
 だが、そう言いながら橙は今日のことが自分の思い出となるだろうと思った。
 缶蹴り、大人の時分ではあまりやらない事だ。ボッチの自分一人ではできないことであるし、――大切な、学園で過ごした思い出の一つ。
「まだまだ奇策はあったんだがな、出番がなかったようだ」
 呟きをもらす涅槃だったが、依頼人は満足そうな笑みを浮かべていた。
「今日はありがとうございます」
 実にいい笑顔を浮かべる依頼人はリアルタイムでカメラを視聴していたのだろう。
「いいデータが取れましたよ、また何かありましたらよろしくお願いしますね」
 一日を使って、缶蹴り遊び。怪我をするようなこともあったが、大事ない。何のためになるかは置いておいて、これも経験だ。
 壊れてしまった手水がどうなるのかは不明だが、依頼人が何とかするようなので、深くは突っ込むまい。

「あー、もう夕方だな……」
 緋色に染まりはじめた青空の端を眺め、日陰は首を回す。ゴキッと大きな音が鳴った。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

新世界への扉・
只野黒子(ja0049)

高等部1年1組 女 ルインズブレイド
涅槃三世・
或瀬院 涅槃(ja0828)

大学部4年234組 男 インフィルトレイター
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
男を堕とすオカマ神・
御堂 龍太(jb0849)

大学部7年254組 男 陰陽師
撃退士・
シオン=シィン(jb4056)

大学部3年7組 女 ナイトウォーカー
ソウルこそが道標・
命図 泣留男(jb4611)

大学部3年68組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
日比谷日陰(jb5071)

大学部8年1組 男 鬼道忍軍
バイオアルカ・
瀬波 有火(jb5278)

大学部2年3組 女 阿修羅
白炎の拒絶者・
ジョシュア・レオハルト(jb5747)

大学部3年303組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
崇徳 橙(jb6139)

大学部6年174組 女 バハムートテイマー
もふもふヒーロー★・
天駆 翔(jb8432)

小等部5年3組 男 バハムートテイマー