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マスター:有島由
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/01/30


みんなの思い出



オープニング

●略してミストレ
 カタン、カタン。
 日光を弾く輝かしい鋼は震動しながらゆっくりと速度を落とし、やがて止まった。
 食堂車を中央に、前方は展望室や娯楽室などを配置し、後方には寝台を含む個室が幾つも並ぶ。
 豪華列車という名に相応しい、その列車はけれど、別の名で呼ばれることの方が多い。

 ミステリートレイン。
 限られた者しか乗ることのできない、特別な列車。
 本日もまた、選ばれた者たちのみが足を踏み入れる――。

●招待状
 ご当選おめでとうございます。
 この度は第二回ミステリートレイン試運転体験レポートにご応募いただき誠にありがとうございました。
 厳正な抽選の結果、ご当選の通知をさせて頂きます。

 この招待状と同封のハガキにアンケートを回答の上、ミステリートレイン受付へとお返しください。また、この招待状は当日引き換えとなりますのでご持参ください。


<第二回ミステリートレイン試運転体験レポート詳細>
 第二回ミステリートレインを運転するに代わり、皆様にはモニターとしてミステリーの事前体験をしていただき、本企画の適切性を確かめたいと思います。
 後日、体験後の感想等を受付へとお知らせください。

 本企画タイトル【冬の護送車】 ×月●日開催
 ミストレはこの度犯罪者を乗せた特急列車として運行します。
 また、一般客はおらず、乗っているのは犯罪者と警官、乗務員のみです。
 ただし、警官は自身の担当する犯罪者の顔しか知りません。犯罪者は誰が警官か、あるいは犯罪者か判別することはできません。
 特急は刑務所まで三日、その間一切止まることはありません。
 犯罪者側の勝利条件:三日以内の脱出(及び担当警官から身を隠す)。
 警察官側の勝利条件:担当犯罪者の護送終了。
※配役は完全希望制です。そのため、犯罪者がいない、あるいは警察官がいない場合もあります。
※警官と犯罪者の人数は対等ではありません。警官のつかない犯罪者がいる場合、あるいは警官が複数の犯罪者を受け持つ場合があります。

【アンケート】
・希望の配役:警察官(及び刑事・警官・SPなど犯罪取り締まり側)
       犯罪者(罪状必須)
       乗務員(警官・犯罪者両側に対して協力者となることができる)
・一日目の行動:
・二日目の行動:
・三日目の行動:
・目的(脱走あるいは護送)が失敗に終わった場合の行動:
・自身の身分(配役)が第三者に知られた場合の行動:
 同じ配役の者に知られた場合:
 違う配役の者に知られた場合:
・他、自由書き込み欄:

 ハガキの返送期限 ×月△日 当日消印有効


リプレイ本文

●初日
 コト、コト――。
 緩やかな震動がその場には満ちていた。

 その列車の乗務員である紀浦 梓遠(ja8860)は先輩乗務員、鳥咲水鳥(ja3544)について回って客室を尋ねていた。
 二人が担当しているのは十二車両編成の列車中腹よりやや後方、9号車である。客室の一つ一つはネームプレートが空白となっており、今回の旅が取得性あるものだと告げている。

 四号室の扉をノックした水鳥に、室内から返事が返った。二人そろって入室する。
 銀の長髪を持つ男性が書類を片手に、視線を向けていた。
「……どうも、こんにちは。この度はご乗車ありがとうございます」
 水鳥が定型通りの挨拶をして、自己紹介をする。梓遠も続いて頭を下げた。
「いやいや、ご丁寧にありがとうね。こちらこそ、よろしくお願いします☆」
 眼鏡を外しながら904号室の客人、ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)は笑んだ。
「今回この列車に配属されている警官たちの総責任者、って立場になるかな。何か事件でも起きたら気軽に声かけてくださいね」
 手に持つ書類はもしや、犯罪者の資料だろうか。そう、思っていたのが伝わったかのようなタイミングで話される。
(わー。なんか、仕事できる人っぽい……)
 わずかな挙動から相手の心を読み取るジェラルドに、エリートのようだと感想を抱きながら梓遠は笑顔を返す。

「掃除等の目的で入室する時がございますので……何か?」
 淡々と説明を始める水鳥だったが、ジェラルドの視線に言葉を途切れさせた。
「あ、ごめんごめん。職業柄、人をジッと見る癖があってね」
 ついつい、その仮面が気になっちゃったんだよ。
 詫びを入れながらも、明確に指摘するジェラルドに梓遠も水鳥の顔面部にある仮面へと視線を移した。
 真っ白の面に薄気味の悪い表情の描かれた仮面だ。水鳥自身の挙動は紳士そのもので、後輩として尊敬している。だからこそ、その仮面は異様に思える。
「……御不快になられたのなら申し訳ありません。私は昔、両目の視力を失いまして……」
 以前に梓遠が聞いたのとそっくり同じ説明が語られる。
「ふむふむ。傷を隠すために仮面をしているんだね。眼帯や包帯じゃ、客の方が気を使っちゃうから敢えて道化となっているんだ」
「御明察です」
 感心だねぇ、と言いながらジェラルドは頷いた。
 十まで言わずとも推察して見せる姿に梓遠は思わず拍手を送りたくなったが、寸でで押さえた。
「そうそう、9号車の人たちの顔を確認しておきたいんだけど」
 唐突に切りかわった話題はこれ以上、仮面に触れないための配慮だろう。
 立場的にもそれは早めに確認しておきたい、というジェラルドに梓遠が提案する。
「それならば、あと三十分ほどでご夕食が出来上がります。皆さんのお食事は11号車――食堂の方に御用意させていただいておりますので、その時にでもどうでしょう」
「うん、それは名案だね。後、バーにも顔を出そうと思うんだ。確か食後に開くんだよね」
 食堂車にはバーが併設されている。そのことを思いだし、梓遠も頷いた。
「……何かわからないことがあれば、907号室をお尋ねください。私か、紀浦が常駐しております……」


 客室への挨拶回りが終わり、梓遠は七号室で席に腰を落ち着けた。と同時、大きく息を吐き出す。
「おい、仕事中だ」
 注意が飛んできて、梓遠は苦笑を浮かべた。
「凶悪な犯罪者もいるって聞いていたので緊張しちゃいまして」
 梓遠たちは誰が犯罪者か知らない。犯罪者と警察という、立場の全く違う両者が介在する場所だ。平等性を保つためにも、各人のプライバシー上の問題でも知らされていないのだ。
 名前と、対面した上でどちらの立場なのかを判断するのは難しいが、犯罪者の監視をするのも、問題に乗り出すのも警察である。乗務員である梓遠たちには関係がない。
「あまり気を抜くなよ。気を抜きすぎるのも防衛上問題があるが、警戒しすぎれば客に不快を与える」
「……ですね」
 先輩である水鳥からのありがたい言葉に同意しながら、けれども梓遠は一言呟いた。
「でも俺は犯罪者が嫌いです」
 声量は小さかったが、やけに室内に響いた。
 梓遠の頭にあるのは従兄の死に際だった。
 親しい者の死に抱いたのは、憎しみ。犯罪者に殺された彼の復讐がしたいと思ったのは、一度ではない。
「……犯罪者でも、この列車を利用するなら客だ」
 見回りに行く、と言って水鳥は入って来たばかりの扉を開けた。

 バタン。

(……牽制、か?)
 七号室のノブに手を掛けたまま、暫し止まって水鳥は考えた。
 水鳥は犯罪者だ。正確に言うならば、今は既に足を洗って元犯罪者という部類に入るだろう。
 ただし、事件の最後は警察で罪を償ったのではなく、逃亡。未だに逃げ回っているのが現状だ。仮面も、顔を晒してバレることを防ぐためだ。
 仮面を被ることで人の注目は増えるが、理由を述べれば誰も疑わないし、顔を晒せとも言われない。これは非常に便利だった。
 今回、水鳥は何某か犯罪者側の手助けになれないかとこの列車への乗車仕事を引き受けた。しかし、今回ばかりは切り抜けられるか否か、不安が付きまとう。
(ジェラルド&ブラックパレードか……要注意だな)
 脳裏に浮かぶのは、抜け目ない視線。そして、後輩である梓遠の言葉。――ニコニコと、笑みを浮かべあった二人は共に、何を考えているのか、水鳥には予想がつかなかった。
 ノブから手を放すと、水鳥は思考を切り替えて廊下の巡回に入る。仮面の裏側でにじませた冷や汗には気づかないふりをした。


(うーん、怪しさ満点だよね)
 先ほど人物について、ジェラルドは一つ苦笑をもらした。
 仮面をつける乗務員は見るからに怪しい。だが、怪しいというだけで糾弾するわけにもいかず、深く追求することもできない。
 これを犯罪者が意図的にやっているのならば、人の良心や良識の盲点を上手くついた作戦だ。
 一方、これを善良なる市民がやっていれば、無理に暴いた側が悪者も同然だ。
(まぁ、現場は机上の事とは別だし、ね……)
 現実は何事も頭の中だけで完結できるものではない。
 考察や推測は重ねることができるが、起きた事象にしか人は対処できない。思考しながら動いていた足が食堂車に到達する。
 食堂車には既に数人の客が来ているようで、思い思いに食事へと手を伸ばしている。壁際で、何やら配ぜん係と揉めている人物がいることを視界の端に収めながら、ジェラルドは皿を取るとビュッフェの列に並んだ。


「まったく、飲料は食事の基本みたいなもんだっていうのに……」
 叶 心理(ja0625)は憤懣冷めやらぬ、と勢いよく席に座った。
 鉄道警察隊の隊員服に包まれた腕で、自らカップに注ぐ。珈琲の香りが一瞬、心理を取り囲んでは離れてゆく。
 口に含めば、芳醇な香りと深みのある味が舌先に伝わって先ほどまでのイラツキが急速に遠のいた。
「美味いのにな」
 配膳係に詰め寄りたいわけではなかった。だが、
 塩と砂糖が間違えてテーブルにセットされていれば、少々のボヤキが出てしまうのも仕方がないだろう。人を相手にする接客業は手違い、で物事をすませてしまえるものではない。
 他の席を見るも、同じような不運に見舞われた客はいないようだ。

「隣いいかい?」
 心理は視線を上げた。
 食べ物を盛った皿を持つ男性に、了承を告げる。それから、首を傾げた。
 食堂は自由席だ。わざわざ知り合いでもない自分のところに来る必要はない。
「同業者に挨拶を、と思ってね。ジェラルド&ブラックパレード、よろしく」
「ど、どうも……。俺は鉄道警察隊の叶心理です、えっと9号車担当で……」
 同業者、の言葉にハッとした。思わず、周囲を見て小声で返事をする。
 基本、鉄道警察隊は制服を着て乗車している。それは犯罪者に対する、監視しているぞというアピールではあるが、一方で他の警察関係者は犯人に警戒されないため素性を隠している。
「まぁ、そうだよね。今の時間、食堂が解放されてるのは9号車のみだから」
 食堂車の利用は車両ごとに時間が決められている。現在は9号車の食事時間であり、従って今この場にいるのは9号車を利用する客人のみだ。
「あ、そうっすね……。えっと、じゃブラックパレードさんも9号車ですか」
「そう。4号室になります☆ 犯罪者の見張りっていうお仕事は同じだし、協力できないかと思ってね。何かあったらよろしく」
「は、はぁ……。ご苦労様です。俺は1号室なんで、」
(何も起こってない内から警戒とか、真面目だな……)
 適度に言葉を交しながら、ここに上司がいなくて良かったと心から安堵した。
 命令系統や所属は違うが、ジェラルドは自分よりも明らかに立場が上だ。対する心理の態度や言葉遣いを上司が見れば、どやされていただろう。
 しかし上司は今回、他の車両の担当でこの場にはいない。

「――あの、」
 食後の珈琲に口を付けていた二人の間に、言葉が落ちた。
「おぉ?」
 顔を上げて、ジェラルドが小さく声を上げた。
 そこにいたのは9号車の担当乗務員、梓遠だ。先刻挨拶に来たので、心理も知っている。
「あの、すみませんっ 砂糖と塩、間違えたの僕なんです……」
「ああ……」
 勢いよく頭を下げる梓遠。乗務員である梓遠がどうして食堂で塩と砂糖を間違えることになるのかよくわからないが、些細なことだ。

「あらあら、なんだか賑やかね」
 簡単な言葉を交し合う三人の元に顔を出したのは筋骨隆々とした男性。女性的な言葉遣いと女装した図型の立派なオカマである。
「良い男たちが集まって交流? いいわねぇ〜」
 5号室の御堂 龍太(jb0849)よ、と言いながらウインクしてくる。その後ろにいた、神父がペコリと頭を下げた。
「人の集まるところ、宗教の栄えありと言うさね。うちはにゃんこ教の神父・九十九(ja1149)、部屋は2号室なんで、よろしくー」
 九十九は和やかな笑みを浮かべながら「にゃんこ教」と書かれたビラを配る。
 差し出されたそれを思わず受け取った心理は目を落とす。
「猫好きによる猫の為に築く、猫の世界――犬派は滅すべし。か、過激……」

 カシャッ!
 ひきつった表情を浮かべる心理を写真に収め、腕を降ろしたのは童顔の女性だ。
「やほ。あたしは3号室の嵯峨野 楓(ja8257)。同じ車両で三日間過ごすし、顔合わせするのもいいんじゃない?」
 手をヒラヒラさせながら、皆や周囲の写真を撮ってゆく楓に長身の女性が訝しそうに視線を送る。
「ああ、これ? 気にしないで、ただの……いや、秘密」
 ふふ、と楽しげに笑みをこぼす。写真を撮る真意は不明だ。
「――私は遠石 一千風(jb3845)、6号室よ。あまり、馴れ合いは好きじゃないわ。この度もゆっくり過ごしたいものね」
 一千風は渋々といった様に自己紹介をした。
 皆の紹介が終わったことで、自分に注目が集まっているのを感じたのだ。そのことを居心地悪く思い、口を開いたが言葉の後、すぐさま視線を逸らす。

 それから暫く、計七人ともなる会話は続いていたがどことなくぎこちない。皆、それを気付いている。
 顔合わせするのはいいものの、互いに身分を隠している状態で、距離感を掴みかねているのだ。
 警戒が抜けない会話が終了したのはいつまでも帰ってこない後輩に痺れを切らした水鳥が食堂に顔を出したためだ。
「……紀浦」
「あっ すみません、僕もう行きますね!」
 客に交じって会話していた梓遠は短くも低い呼び声に、慌てた様にその場を辞した。
 梓遠は乗務員とはいえ、客室が担当で配膳職員ではない。食堂で話に花咲かせる客たちのアフターは仕事に含まれない。
 梓遠が抜けたのを機に、9号車の客たちは自然と解散する。


(うまく、接触できたわね……)
 一千風は心中で呟いた。
 個室へと帰る流れの最後につきながら、注意深く前を行く人物の様子を探る。
 一千風はエリート刑事だ。今回の乗車はその仕事の一端である。
 だが、一千風には今回の仕事に不満があった。なぜ、エリートである自分が変質者の見張りをしなければならないのか、という事。
 そう、一千風の担当は龍太だった。
 本来、龍太は子悪党とも呼べないぐらいの小物。他の刑事が張り付く予定であった。しかし、「自分、怖いです……」その言葉と共に、担当を辞退する男性刑事が続出。女性である一千風に回って来たのだ。
 はっきり、不満である。

 しかし、だ。列車に乗る犯罪者は何も、龍太だけではない。
 そうして探した結果、凶悪犯の目星を付けたのが前を歩く人物――楓だった。
(あの子のあの目……きっと、何かやるわね)
 楓は犯罪者であると、一千風の刑事としての勘が囁いていた。何より、デジカメでの細かな撮影は脱出への情報集めに違いない。
 撮影の理由には意味深な笑みを浮かべ、一千風は確信した。
 楓が申告通り、903号室に入ったのを確認し、一千風は食堂車へと引き返した。

「やぁ、来ると思ったよ」
 食堂車、バーカウンターにてジェラルドがにこやかな笑みを浮かべて一千風を迎えた。
「――ジャラルド&ブラックパレードさん、だったかしら?」
「そう」
「馴れ合う気はないわ。――それと、私の獲物に手を出さないでちょうだい」
 再び宣言すると、すぐさま一千風は踵を返した。
「何事もなければ何もする気はないよ。でも非常時はしかたないよね」
 背に言葉が向けられ、一千風は足を止めた。だが、振りかえることもせず食堂車を出る。
(何を言ったところで、早い者勝ちよ)


(うう、面倒事の気配……)
 肩で風を切る様に去った一千風と、笑みを浮かべつつ見送るジェラルド。
 ジェラルドの隣でバーカウンターにいた心理はそう、心の中だけで溜息を零した。


 パタリ。
「やぁっと、目が外れたわね」
 閉じた部屋の扉に背を預け、楓は呟いた。
 沸々と、湧き上がる感情に楓は唇の端を上げた。
 楓は快楽主義者だ。楽しいことが好き。今も、堪らなく面白い。
「宗教の狂信者にオカマ、エリート意識の高い女性は警察かしら? ああ、後あの銀髪の人も油断ならない感じだったわね……。後は――」
 集めた情報を口の中で転がして、楓はベッドに身を投げた。
 ぼふん、と柔らかな感触が小柄な楓の体を受け止める。
「三日間、いや実際にはあと二日かぁ。楽しみぃ……♪」

●中日
 コト、コト――。
 緩やかな震動の中、心理は目を覚ました。
 欠伸を零せば視界が歪む。思考を停止させたまま、視線を動かす。壁に掛けた制服を見て、昨日の事を思い出した。
「とりあえず、今日はフリー……」
 夕食後、ジェラルドから告げられた言葉は最終日の警戒のみ。
 やることはないな、と反芻して心理は上半身を支えていた手から力を抜いた。とても簡単に、体はベッドの中に戻る。
 午後は列車内の散策に出かけようとだけ思い、意識を曇らせる。


 907号室と書かれたプレートを目にして、龍太はノックした。
「はーい!」
 元気な声で顔を出したのは、梓遠だった。

「でね、もうヒドイんだから! オカマにだって人権はあるのよっ」
「はい、そうですね。ええ、僕もそう思います……」
 スタッフルームである7号室でお茶を入れてもらいながら、龍太は自分が捕まった経緯を話す。
「ホントに、いい男は好きだけど小っちゃい子に興味があるわけじゃないし、」
 ショタコンでもロリコンでもないのだ、と主張しながら龍太はカップに口を付けた。
 そして横目に7号室の内部を確認する。
(やっぱり基本構造は他の客室と変わらないわね。備え付けが多少違うけど、窓は閉め切りタイプ)
 昨日、自室に帰ってから探した限り、シャワー室の換気扇が他の部屋へ通じてはいるものの、人が入れるような大きさではなかった。窓は一つきり、鍵は全室一括のコンピューター管理式と見ていい。
 後、脱出の手段があるとすれば廊下。車両と車両の切り替え、自動ドアは走行中締切のため破壊する必要がある。あるいは天井にある外板は屋根に上ることができるだろうが、現状では確認できない。
「ただほら、人って無意識に可愛いものや美しいものに惹かれるじゃない? つまりはそういうことよ」
 そこまで言ってから、龍太は言葉を切った。
「時間貰っちゃってわるかったわね。聞いて貰ったらなんかすっきりしたわ」
「いえいえ、いろんなお話が聞けて良かったです」
 じゃぁね、と告げて7号室を出る。龍太はその足を娯楽室へ向けた。


「さて、僕もちゃっちゃとお仕事しようかなっ」
 龍太を見送った梓遠は塩と砂糖を間違えてしまった昨日の一件についての始末書を取り出し、――それを発見した。
「古い、記事……?」
 その日付は梓遠に縁深いものだった。
「なんで、先輩が――」


「ふむ……?」
 902号室、九十九は顎に手を当てた。
 至って通常通り、仕事をしながら水鳥が続きの言葉を口にする。
「――主はいつだって我らの味方さね」
 自らの首にネックレスを握り、言った。猫のデザインされたそれはにゃんこ教のシンボルだ。
「猫神さまの名のもとに」
 九十九は水鳥に向かって、手を差し出した。それは柔らかな印象のある九十九の外見からは感じることのできない、力強い――武闘家の手だ。
 水鳥はその手をジッと見た後、その手を取った。


「聞いちゃったー」
 隣部屋の壁から遠ざかって、楓は心底可笑しげに笑みをこぼした。

 そうして、それぞれに不穏を抱えながら二日目は終了した。


「ふわっ……」
 大きな欠伸をした後、心理は背筋を正した。
 心理が背にするのは9号車前方の自動ドアだ。駅に着くのは昼頃であり、今は昼である。
 誰が見張っているわけでもないのにこの時間から警戒をするというのは心理にとって珍しいことだ。
 心理にとっては仕事よりも鉄道の旅を楽しむことの方が重大であるため、普段ならばしないような行動。しかし、今回はジェラルドに頼まれた、ということもあるし犯罪者たちが乗るこの列車が何事もなく駅に着くとは思わないからだ。
 犯罪者たちが脱走するとすれば、停車してドアの開く瞬間が最も狙い時だ。
 それでなくとも、駅直前は速度を緩めるため、どうにか車内から脱出した者が飛び降りる可能性もある。
 犯罪者が脱走するか否かは心理に取って重要ではない。だが、列車で事件を起こされるのは、心地が良くない。
 それが故に、心理は半分自主的、半分言われてドアの前に立っていた。

 警戒をしつつも窓の外へと視線を向けていた心理の元にその知らせは届いた。
「食堂車で火事です!」
 強い語調で、水鳥に告げられ心理は視線を正面に戻した。
 仮面に遮られ表情はわからない。だが、詳細を聞くに心理の顔は強張った。
「わかった。俺は他の車両にも連絡して消火に当たるから、あんたたちは客の誘導と避難を頼む!」
 不審火、との言葉に他にも火の手が上がるかもしれない、と消火栓を探しながら心理は上司に状況を伝える。いつの間にか水鳥はその場からいなくなっていた。


 心理が火事を知る、少し前の事である。
 食堂車には水鳥がいた。
「あれぇ、お邪魔しちゃった?」
 ニヤリ、と笑みを浮かべたのは楓だった。その手にはデジカメが握られており、水鳥の前でプラプラと揺らして主張する。
「……脅すつもりですか?」
 弱みを握った、と言いたげな楓に水鳥は仮面をつけ直しながら口を開いた。
「べつにぃ。でも、そうね……私はまだ捕まる気なんて、更々ないの」
 楽しみ足りない、と言いながら楓は足元に倒れる人を軽く蹴りつけた。
「……わかりました、協力しましょう」
 水鉄砲で眼を打ち、不意を突いたところで気絶させる。そして紐とガムテープで芋虫状に転がしたのだ。その一部始終を、カメラに収められた。
 言い逃れできるはずもなく、水鳥はあっさりと了承した。

「そこまでよっ!!」
 声を上げ、登場したのは一千風だった。
「あぁ……、忘れてた」
 見張られていたことをすっかり忘れていた、と言った風に楓は口にした。
 拳銃を突きつけ言う一千風だが、楓は余裕たっぷりに口元を歪め、袖からカッターナイフを取り出した。ぎちぎちぎち、と音を立てて刃が長く取り出される。
「大人しくするつもりはなさそうね。――急所は外してあげるわ」
 引き金に指を掛けながら、一歩一千風は踏み出した。だが、
「バッカねぇ! あたしたちは三人、よっ」
 楓が踏み出しながら、そう言った。銃が引き絞られるよりも前に、九十九が一千風の銃を蹴り飛ばした。そうして、楓が一千風に飛び掛かり、マウントを取る。
「ねぇ、刑事さん。白い肌にこびりつく黒くなった赤って溜息が出るほど綺麗なのよ……」
 一息に首筋を切り裂こうとした楓の手を止めたのは、水鳥だ。
「あまり時間をかけては……」
 不機嫌になりつつも、楓は刃を収めた。一千風を他と同じように拘束する。

「さて、きみにはもうひと頑張りしてもらわないとね」
 一千風だけを食堂車に残し、12号車の客人と10号車の客人、及び食堂従業員は全員10号車の空室に押し込んだ。
 これから騒動を起こす。その際、ジェラルドや心理に見つけてもらえれば、時間稼ぎになるためだ。
 時刻は10号車の食事時間が半分を過ぎた頃。そろそろ、気の早い人ならば食堂に顔を出しに来るかもしれない。

 水鳥が頷き、食堂車を出る。
 口と腕を拘束されたまま睨みつける一千風に一瞥し、楓はオイルライターで紙に火をつけた。
 食堂車が一気に燃え上がる。
「アディオス、刑事さん?」
 笑みを口に描きながら楓は食堂車を出ようとする。

「むーっ! むが、むっ……あなた、犬派でしょ!」
 どうにか口に噛ませられたハンカチを除け、一千風は口にした。
 その言葉に楓が足を止めることはなかったが、九十九は耳に止めた。
「犬派――滅すべしッ!」
 唐突に、九十九は殺気を漲らせた。そして前を行く楓の前に飛び出した。
「アッハ。全身アカに染まっちゃえ……っ!」

 にゃんこ教の幹部にして過激派の狂信者、九十九の蹴りに対するは快楽殺人鬼、楓のナイフ。
 両者の鮮血が舞う戦いの中、一千風は必死に縄を解こうともがいていた。炎の勢いは衰えるどころか激しくなってゆく。なぜだか、他の者たちが食堂車に来る様子はなく、一千風は汗を垂らしながら、己の背を炎に向けた。

 ジッと小さく焦げる音と、熱さが手首を襲ったがロープは焼き切れた。
「ハッ……油断、したわね」
 戦う二人を睨み、一千風は解放された両手をスーツの上着に突っ込んだ。そして取り出したのは、手錠。
 格闘技まできちんと収めているエリート刑事、一千風に不可能はない。
 二人が交錯する一瞬を狙い、手錠を投げつけた。
「な……っ!」
 突然横から飛んできた手錠に驚きの声を上げる楓。
 瞬間的に蹴りの方向を手錠に変えた九十九の足と、楓のナイフを持つ手が手錠によって一セットにまとめ上げられる。
「……ま、そうなるさね」
 空いた手でバランスを取りながら、九十九は呟いた。
「凶悪犯、逮捕完了よ」
 上下さかさまの世界で九十九はその言葉を聞いた。


「良い頃合いね〜♪」
 上機嫌に龍太は呟いた。
 その恰好はいつもの目立つ女性服ではなく、男性もの。ついでに言うなら足元に昏倒する男性から剥ぎ取った物だ。
(せっかくの騒動だもの、利用しない手はないわ)
 外にボヤの知らせと八号車より前への避難勧告を聞きながら素知らぬ顔で部屋を出ると、龍太は従業員に混じった。
 二日目の内に体格の似通った従業員を見つけて置いたためすんなりと入れ替わりは終了し、誰に怪しまれることもなく九号車に残ることができた。

 龍太の身長は188センチ。天井の高さはおよそ230センチ。個室から引っ張り出してきた椅子の高さは50センチ足らず。
 天井外板へと手を伸ばし、蓋を開いた。猛烈な勢いで外気が入り込んでくる。
 もう一度周囲に誰もいないことを確認し、龍太は縁をしっかり掴む。筋肉質な身体は体重も相応あるが、腕の筋力も体を押し上げるに足るものだ。
 一気に体を押し上げる。

「――まだ駅にはついておりませんよ」
 びりりっ
 体に衝撃が走り、龍太は呻くこともできずに倒れた。
 ズンッ!
 身体が痺れ、意識が薄れてゆく中見たのは穏やかな笑顔。


「最後までごゆるりとご乗車ください」
 倒れた龍太に告げ、梓遠は背を翻した。一体どこから持ってきたのかわからない椅子を片づけ、梓遠は首を傾げた。
「警察の人は……10号車でしょうか?」


 列車前方、4号車にある食堂にて鉄道警察隊と打ち合わせをしていたジェラルドは通信で11号車のボヤを知った。
 心理の上司となる隊員に列車前方の客員の避難誘導を任せるとジェラルドは五号車へと向かった。乗務員並び鉄道警察隊へボヤを知らせ、客人の避難誘導を指示。
 続いて6号車・7号車・8号車と人並みと逆に知らせを告げながらジェラルドは避難をさせてゆく。

「ブラックパレードさん!」
「状況は?」
 ジェラルドを見つけた心理が声を上げるのに、すばやく状況を尋ねる。
「9号車に人はいません。皆散り散りになって、ボヤを知っているのかどうか……」
 その返答に少し考えたものの、この場にいないということだけ了承してジェラルドは頷いた。
「他の車両に言ってた可能性もあるしね、事態が事態だからいいよ。10号車からの避難者は?」
「それが、全然。ボヤが起きたのは11号車だし、先に鳥咲さんが避難させたのかと思って……」
 一番心配なのは11号車の向こう、12号車であるのだがそれを避けて心理は現状を口にする。
「とりあえず、10号車を確認しよう。11号車の火の手がどのくらいなのか……」
 ジェラルドと心理は10号車への貫通扉を抜ける。

 10号車はガランとしていた。
 眉を潜めながら、ジェラルドと心理は個室の扉を順々に開け放っていく。だが、誰もいない。
 不審に声を上げようとしたジェラルドはとうとう、その扉を開いた。
「――ッ 叶くん、こっち!」
 そこには十人以上の人たちが縄で縛られ、気絶していた。
「一体、誰が……」
 心境を口にする心理。
 机を探っていたジェラルドは備え付けの鋏を見つけ、心理に渡す。ジェラルドは果物ナイフを持参していた。
 二人して気絶する人々の縄を切ってゆく。その間にも熱気は徐々にやって来た。

「見つけた!」
 開け放していた扉から、人が入ってくる。
「この人たちはどうしたんです?」
「わからないよ。でもこのままにはできないしね。紀浦くんだっけ、彼ら起こして」
 ジェラルドは近くに寄って来た梓遠に指示を出す。その間にも手を休めることなく、縄を解いていく。
「こっち、終わりました!」
「11号車と12号車の確認に行く。二人とも、彼らを任せられるね?」
 必要なら他の車両から人を呼んで、と言いながらジェラルドは部屋を抜けた。

「すみません、手を貸してくれませんか」
 廊下に出たジェラルドが見たのは、壁に肩を押し付ける様にして歩く一千風と手錠でセットにされた九十九と楓を拘束する、水鳥の姿だった。


「消火活動、ありがとうございます☆」
「いえ、当然のことをしただけです」
 ジェラルドはにっこり笑顔を張り付けながら言った。それに、水鳥は感情の感じられない声音で返す。
 水鳥によると、仮面の下の顔を楓に写真に取られた。ひどい傷の残る顔の人に晒すと脅され、彼女に協力することを約束させられた水鳥は昏倒する人々は10号車の一室へと運び込んだらしい。
 その後、ボヤを起こすという楓の発言を聞き9号車の心理へと知らせに向かった。その後はすぐさま11号車に引き返し、消火活動に従事していたらしい。
 筋は通っているし、不自然はない。しかし、
(――疑う余地はある、よね)
 ジェラルドは笑顔のまま、けれど目は笑っていなかった。
 楓に脅されていた、というのは一千風が証言をし、裏付けが取れている。だが一方、写真の方は熱気にデジカメが壊れてしまって確認が取れない。
 楓と九十九は事件の詳細に対し、口を噤んだ。
「また、近いうちに君には会いそうな気がするよ」
 必ず証拠を押さえ、捕らえに来ると裏に潜ませてジェラルドは踵を返した。

「――ご乗車ありがとうございました」
 列車を人々が降りてゆく。
 楓は口元に不敵な笑みを浮かべ、九十九は「牢獄での布教をせよとのお達しさね」と零した。心理はどこか不満げな表情を浮かべ、一千風は凶悪犯を捕まえたと負傷した手首をさすりながら満足そうに。龍太は気絶したまま男性に抱えられて。――9号車の客人たちは去った。

「先輩」
 9号車の客人たちが去る背に視線を向けたまま、梓遠は口を開いた。
「――僕、犯罪者は嫌いだと言った筈だよ」
 何か、と仮面の顔を向けた水鳥の体に痺れが奔った。
「……兄さんを殺したの、お前だったんだな」
 連続失明事件。その事件解決に当たっていた警官は刺されて死亡、犯罪者は逃亡――。
 古い記事を手に、低く梓遠は呟いた。

 次に鳥咲水鳥が目を覚ましたのは獄中であった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

不屈の魂・
叶 心理(ja0625)

大学部5年285組 男 インフィルトレイター
万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
残された傷痕・
鳥咲水鳥(ja3544)

大学部3年155組 男 阿修羅
怠惰なるデート・
嵯峨野 楓(ja8257)

大学部6年261組 女 陰陽師
また会う日まで・
紀浦 梓遠(ja8860)

大学部4年14組 男 阿修羅
ドS白狐・
ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)

卒業 男 阿修羅
男を堕とすオカマ神・
御堂 龍太(jb0849)

大学部7年254組 男 陰陽師
絶望を踏み越えしもの・
遠石 一千風(jb3845)

大学部2年2組 女 阿修羅