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「まったく……。年末年始ぐらいは襲撃を休んでもいいんじゃないかと思うんだけどね」
女将の案内について廊下を歩きながらアサニエル(
jb5431)はそう、不平を口に出した。
「本当に。こんなところで戦闘になったら……泥酔状態で動けない人もいるでしょうに」
周囲に視線を配りながらリディア・バックフィード(
jb7300)は同意した。
「確かにこっちの方に――……ッ!」
どこからか悲鳴が上がって、眉を潜める橋場 アイリス(
ja1078)の言葉は途切れた。ハッとして悲鳴の発生源へと視線をやる。
「天魔……!」
我先に、とソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は廊下の床を蹴りつけた。後を追うように走り出す皆。一方、礼野 智美(
ja3600)は振り返り、問いかけた。
「女将、この先に部屋は?」
「庭に面したお部屋が七部屋あります」
即座に言葉を返す女将の顔色は真っ青だった。その様子から、その七部屋には既に少なくない人数の客が入っていることが分かる。
「女将。俺たちの仕事は天魔の討伐ですが、一般人に被害を出さないのも大前提としてあります」
今にも倒れそうな女将に心配するな、と声をかけてから智美はもう一人残るリディアに視線を向けた。リディアがそれに頷くよう、答えると智美は廊下を走り出した。
「女将さん、人を集めてください。お客さんたちを避難させましょう」
リディアは女将を落ち着かせるよう、努めて冷静に促す。
すると女将は未だ弱気な声だが、しっかりとリディアに言葉を返して動き出す。持ち直したようだ。
「庭に面した部屋へはこちらからも行けます、こっちです」
急いで従業員に指示出しをしながら、襖を開け放つ女将の姿を見ながらリディアは思った。開け放たれた部屋の中にいた客たちの様子はやはり、というか羽目を外したようなどんちゃん騒ぎ。泥酔客も多い。
(あまり時間をかけては前線に負担をかけてしまいますね……)
早く戻らなければ、と想う心とは別に、避難には時間がかかりそうだった。
智美が廊下を抜けて見たのは月夜を背にする、三体の鎧武者だった。
「遮蔽物が多いから、射線の確保はしっかりとね!」
遅れて到着した智美に向かい、ソフィアが注意を促す。その背には黒く色づいた半透明の翼があり、ソフィアの体を地上から浮かせる。
「……懐かしさすら覚える、な」
アスハ・ロットハール(
ja8432)は鬼面に言葉を投げかけた。
一息に距離を詰めようと、踏込みの体勢を取るアスハの体を無数の羽根を伴う黒の濃霧が包み込んでいる。
「鬼武者は確か近距離に特化した敵だ。基本的に、亜種じゃない量産型なら遠距離攻撃は一切持ってないと見ていい」
武者を睨みつける様にしながら、龍崎海(
ja0565)は言い放った。それと同時、アスハが地を蹴った。
コの字状に凹んだ廊下に対し、敵武者は△の陣形である。アスハが狙ったのは奥にいる二体のうち、一方だ。アスハの突撃に対し、この武者は――C武者は刀を振り下ろして対応する。その一撃を首から肩と反らして躱しながらアスハはグラビティゼロの装着した腕を突き出す。しかし、武者も上体を捻ってそれを躱す。
唐突に切られた戦線の火蓋。
それに合わせる様に銃撃が撃ち込まれる。それは狙い違わず、庭の地面に一本の線を引いた。
客室の屋根の上、いつのまにか移動していた矢野 胡桃(
ja2617)からの威嚇射撃。
「良い調子、【天矛立】」
スナイパーライフルCT3。【天矛立】と名付けたそれを撫で褒めると、淡いライトグリーンの瞳を敵へと向けた。
「……踏み込まれたら、私の負け。寄られる前に……剣として、薙ぐわ」
無意識に触っていた指輪から指を外し、銃に両手を添え、スコープを覗き込んだ。
●A武者
鮮やかな銃撃に視線を向けていた鎧武者の一体は硝煙が晴れるとともにその視線を正面に戻した。そして、それが見たものは自らを拘束する髪だった。
いちばん突出した鎧武者――A武者に向けて放った幻影がほぼノータイムで振りほどかれたことに鴉守 凛(
ja5462)は舌打ちした。
人を威圧するような圧倒的オーラを持つ鎧武者相手に、拘束効果があるとは思わなかったが、時間稼ぎにもなりはしなかった。
客の避難はどうなっているのか、と振り返って進行状況を確認したいところだが、敵を前に隙を見せる訳にもいかない。リディアが上手くやっていることに期待し、凛は目の前に敵に集中する。
(髪芝居が無理なら……)
効果のないスキルから思考を切り替え、自身にタウントの効果をかけながら凛は前に出た。
雰囲気の変わった凛に、A武者が注目している。殺意こもる視線を浴びながら凛は槍斧を構えた。瞬間、A武者が凛の目前で刃を振るっていた。
大きく振り上げられた刀を避けるより、凛は開いた懐へと攻撃することを優先する。フェンシングのように突き出す、高速の槍斧。
同じタイミングでA武者へ、放たれる槍。
一瞬にして刀の向きを変え、槍への防御に当てたA武者。一方で、身を後ろに引き低く突き出された槍斧を躱す。
「――早いな」
海はその挙動に、苦み走った感想を吐き出した。
凛は槍斧を引き戻しながら、己の放ったフェンシングが与えたA武者へのダメージを見つめた。命中力を極限まで高めた攻撃はかわすのが非常に困難なはずだ。しかし、仲間とのコンビネーションを合わせても、薄皮一枚、正確に言うならば鎧を切っただけに留まった。
「強い、ですねぇ?」
一瞬の攻防の内に向けられた、敵の殺意に凛は小さく笑みをこぼした。
心からの殺意には心からの殺意で相手する。それこそが、同じ戦場に競い合う「友」というものだろう。
「さて、肩慣らしは終了だ」
静岡での戦闘の後、年明けもあってゆっくりと過ごした海。
近々大動員もあるため、早々に復帰へ向けて体調を整えたい。そのために受けた仕事であった今回の依頼。――どうやら、外れではなさそうだ。
A武者の刀、ヴァルキリージャベリンのぶつかった部分にできた罅を視界に入れながら海は首元を緩めて息を吐き出した。
「本領発揮と行こうか」
●B武者
「同名異種のディアボロ、ならよかったんですがねぇ……」
海と凛の二人を相手に防御して見せたA武者の様子、そして高速で打ち合いをこなすアスハとC武者の様子を横目に、アイリスは息をついた。
この様子では、同名異種のディアボロというよりも、アスハが以前戦ったという強敵の鎧武者の出現のようだ。
「物事、そう上手くはいかないものですね……」
げんなりしつつ、顔を上げたアイリスの左頬には暗赤色の刺青模様が浮かんでいた。
「いざ、尋常に勝負……なんて!」
双剣の刃を月に輝かせながら、アイリスは敵の懐へ飛び込んだ。攻撃力よりも命中を意識したそれはB武者の胴に掠り、B武者の体を弾き飛ばした。
B武者の体は見た目に即して相当な重みがあったが狭い庭だ、植えられた木にB武者はぶつかる。そこへ追撃を仕掛けるため、踏み込もうとしたアイリス。
しかし、その視界の端に、酔っ払いが映った。襖を開けて顔を出して、戦闘を呆気にとられた様に見つめている。
「そこ! 死にたくなければ、下がりなさいっ」
アイリスは双剣の一方を後ろ手に回し、刃を向けながら一般人にきつく注意を喚起する。
その声にびくついたように、頭は下がった。
(好奇心は猫を殺すというのに、危機管理が低いですね)
目元を険しくさせながらその様子を見守ったアイリス。正面に視線を正そうとして、影が懸っていることに気付く。
(しまっ――!!)
咄嗟に玄武の盾を取り出すが、防御が間に合わない。
一撃。衝撃が剣に加わった。そうして、二撃目。
爆発。
火球が撃ち込まれ、アイリスを打つはずだった二撃目は狙いを違えた。
「あまり暴れないで。被害を大きくしたくないから、あなた達には早く倒れてもらうよ」
暗い夜を照らす、小さな太陽を従えたソフィアが命令する。
「Una Scintilla di Sole!」
火球がB武者に向かって放たれる。
その隙に盾を構えたアイリスは後ろへ下がった。
B武者は火球を刃で受けて立った。だが、その刃は火球を受け止めると同時、根本から折れた。着弾と同時、小爆発がB武者を襲う。
「お前らはチーム戦というものをわかっていないな」
爆発の衝撃によろけているB武者を、智美はワイヤーで拘束した。
カオスレート的に相性が悪い、と下がっていた智美だが、刀のない武者に攻撃の手段はない。チームワーク、仲間と力を合わせていればワイヤーを断ち切ることはできただろう。しかし、A武者もC武者も自分の相手との戦闘に夢中でB武者の窮地に気付く様子もない。
「止めを!」
アイリスがB武者の膝を斬り付けながら通り過ぎる。そして、アイリスの後を追うよう放たれた火球がB武者を火達磨にした。
●C武者
屋根上のスコープから胡桃は戦場を注視していた。
C武者が振りかぶる刀にアスハの杭が交差し、激しく火花が散っている。鍔迫り合いとなりそうなところを控える様に、アスハが距離を取る。
そこを狙って、胡桃は銃を打ち込んだ。
そして、アスハが再び攻撃に入る瞬間に銃撃を一時中止する。翼を夜に広げ、空に浮くアサニエルもまた、アスハとC武者の戦闘の隙を伺っていた。
アスハが殴りつける様に拳を振るったその時、C武者が刀で防御した。一時、C武者の足が止まる。それを隙と見てアサニエルは腕を振るった。コメットが撃ち込まれる。
「晴れ時々流星に注意してくださいってね」
C武者は上から降ってくる無数の彗星を後退しながら躱す。一回、二回、三回と後退する合間に銃撃が撃ち込まれる。
その時、アスハは杭を射出した。
彗星と銃撃の二つによって、C武者の交す方向は必然、絞られていた。杭の軌道上に、C武者が自ら飛び込んでくる。
五発連続で打ち出された鋼鉄は一発目と二発目が刀にぶつかり、三発目が刀の鍔にぶつかり、四発目は弾かれた。五発目は躱されて刃にまるで当たらなかった。
弾かれた四発目がアスハの頬を掠って飛んで行った。
「その程度の太刀裁きなら、とうに見飽きている……」
杭の掠った頬から伝う血を乱雑に拭って、アスハは口にした。
若干の落胆に猛攻の勢いが消えたアスハに対し、攻勢に打って出ようとしたC武者だったが、そこへと再び無数の彗星が降り落ちた。
「やれやれ、しぶとくて困るよ」
攻撃を指示するよう、振るった腕を戻しながらアサニエルは頭を振った。C武者は彼女の眼の前、彗星に押しつぶされたにもかかわらず立ち上がろうとしていた。
そこへ、容赦なく銃撃が撃ち込まれる。降り注ぐような銃撃に、刀を上に掲げて身を守ろうとするC武者。しかし、
「がら空き、だ……。撃ち込ませてもらう」
銃弾の雨を意に介さず、一瞬にして懐に潜り込んだアスハは下から突き上げるようにして杭をバンカーから撃ち放った。
ドドドドドッ!
くぐもった音で、胴に杭が五つ連続して食い込んだ。
アスハがサッと身を引けば、C武者は重い音を立てながら地面に倒れ込んだ。
●避難とその後
「相手なら後ほど存分にしてあげます、から……」
歩いているような、寄りかかってきているような客の一人を引きはがして、リディアは大きなため息を吐き出した。
「この人で、最後です」
部屋の外で待機していた従業員に酔っ払いを引き渡して、リディアは告げた。
「私は戦闘に出ます。避難したお客を頼みます、絶対戦場に来させないでください」
念押しを告げ、リディアは振り返った。
敵がいる庭、それに面した七部屋の最後の一つだ。もう一度、中に誰もいないことを確認して、リディアは庭に面する襖を一気に開け放った。
ピシャン!
勢いよくスライドした襖に、よく手入れがされているな、と思う暇もない。
外にいた鎧武者の視線がリディアを射抜いた。
「射程外の攻撃を警戒するのは想定内です」
素早く、銃を打ち込む。
ダダダダダダダダッ!
銃弾が、吸い込まれるように鎧武者の胴に撃ち込まれ、武者は後ろへひっくり返った。
「これで、最後だ」
鎧武者を地面に貼り付けるよう、槍が放たれた。刀を握る腕が串刺しにされ、足掻く武者に素早い突きが撃ち込まれた。
「さよなら、友よ」
さらり、髪が凛の肩から落ちた。
徐に、凛は膝を立たせ、槍斧を地面から引き抜いた。
立ち上がり、振りかえった凛の表情は先ほどまでとはまるで違った。友との一瞬の交錯に高揚していた気分が落ち着き、感情が抜け落ちて平静になっている。
どんちゃん騒ぎが、小さく、けれど確かに耳に入って凛は顔をそちらへ向けた。
徐々に大きくなる、平和の音に戦闘時の空気が払しょくされていく。
敵がいないことを再度、上から確認し胡桃は屋根から飛び降りる。生命探知を使用した海も大きく息を吐き出した。
「やれやれ、酔っ払いってのは気楽でいいねぇ」
地上に降りながら、アサニエルが苦笑した。
「これから事後処理が待っているんですよね……」
はぁ、とアイリスは零した。既に時刻は深夜を回る。
天魔に時間的な常識を求めても仕方がないというものだろうが、深夜の戦闘というのはあまりよろしくない。精神的にも、身体的にも。
「大きな怪我がなくてよかったですけどね」
アスハの頬の傷を確かめていた胡桃は控えめに苦笑した。
戦闘から離れたことで、先ほどの感情を押し込めたような無表情ではなく、通常の笑みが戻っている。
「女将には少々、謝らなければな……」
難しげな顔をして、智美は料亭に向かって歩き出した。
戦場となった庭は最初にあった、風流とはかけ離れてしまっている。人的被害が出なかった、それは良いことだろうが金銭的には料亭もきついだろう。
「そ、そういえば先ほど酔っ払いにデタラメを……」
料亭の中に入ろうとして、リディアはぎくりと足を止めた。
その場限りの事、と後で相手をすると告げたのを思い出したのだ。気鬱になりつつも、リディアは皆の後についで料亭に入って行った。
「さぁ、怪我をした人はいないかい? 今年初めの治療さね、ありがたく受け取るんだよ」
料亭の中が、ひときわ騒がしくなってくる。夜は長く、宴はまだ終わりそうもなかった。