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命図 泣留男(
jb4611)が現場についた時、それは膠着状態に入っていた。
緊急依頼で現場近くにいた者、学園から即座に急行できる者が集められた。泣留男――もといメンナクは後者、学園から送り込まれた撃退士だった。
サーバントと思われる敵の出現した駅とは少し離れた場所に転送されたメンナク。現場はモクモクとガスを立ち上らせる、事故車がいくつも放置された道路と古田舎の若干寂れた雰囲気のある駅の間、バスの止まらないバスターミナルの中心にその天魔はいた。
「ちっ! こいつぁとんだヘブンズ・ダーティー・キングダム!」
撃退士数人を睨みつけ、低い唸りを上げるサーバントに向けてメンナクは悪態をついた。
周囲の状況はひどい。敵と対峙する人物たちは四人。それぞれに武器や装備などを纏っているので撃退士で間違いない。よく見れば中にはメンナクと面識のある者もいる。
ふと、先ほどからメンナクに気付いていただろう敵がメンナクの方に少しばかり顔を向けた。警戒の対象にメンナクを含めるため、視界をずらしたのだ。
だが、それが好機だ。
銀髪を一つ結びにした青年――蒼桐 遼布(
jb2501)が剣を手に、敵へと走り始めた。それと同時、銃撃が始まる。
「ヴァンヴヴァヴァンドヴァミーングフィイイイイイイヴァアアアアア」
全身タイツと覆面という怪しさ大爆発中の人物Marked One(
jb2910)――が大声を上げながら銀の銃と黒の銃を両手に、連射する。まるで遠慮のない、無差別無慈悲な攻撃が敵を襲いかかる。
その陰に隠れて、効果的な一撃を狙ってできるだけ精密を心がける銃弾をアステリア・ヴェルトール(
jb3216)は放っていた。もちろん、敵へと接近してゆく遼布への援護も忘れない。
「きみ、助かったよ。グッドタイミングだね」
一連の、静寂から一点、切ったように始まった戦闘を見ていたメンナクは声をかけられた。
「ボクはジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)だよ♪ きみは命図くんでいいかな?」
友好的に名前を確認してくるジェラルド。今回集められたメンバーの名前はそれぞれ、知らされている。メンナクはジェラルドと面識はなかったが、消去法的に現場へ最後に到着した人物はメンナクであるとわかる。
互いに連絡が取れるように、と用意していた電話番号の記した紙を渡す。撃退士は現場で仲間と初対面となることも多いので、名刺のようなものを持ち歩いている者も多い。
「メンナク、と呼んでくれ。ソウルブラザー」
ソウルブラザー(魂の兄弟)という呼び名に少しばかり首を傾げたが、同志(撃退士)であるということだろうと納得してジェラルドは次いで状況を話し始める。
「避難の方に三人いってるから、メンナクもそっちに合流してくれないかな」
こっちはの人いるから大丈夫だ、という言葉にメンナクは快く頷いた。元より、メンナクは攻勢よりも防御、精神的には人助けの方が向いている。
「オーケー、ブラザー。信号機がぶっ壊れて、車も事故が起きているし、怪我人が多そうだ」
避難・救護にかかりきりになるので戦闘は任せた、と親指を上げてグッと合図するのにジェラルドもハンドアクションを返す。
「よろしく」
「任せておけ。俺の輝きで一般人たちはグレートに回復させるさ」
そう言うが早いか、メンナクは翼を出現させると背を返して空に飛んだ。黒が好きで黒に身を包むメンナクではあるが、見事なまでの翼の白が彼が元天使なのだと強く主張する。
「さぁて、反撃と行こうか☆」
一方的な敵の蹂躙の結果である、車の残骸たちを振り切って正面に向き直る。敵に近接攻撃を仕掛けていた遼布が敵の攻撃を受けまいと、後退するところだった。
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「このあたりはこの人で最後です」
各務 与一(
jb2342)は若干引きずるようにして連れていた人を、乗り捨てられた車の影に背を寄りかからせるようにして体勢を整えた。
おう、と言って花菱 彪臥(
ja4610)は額から流れ落ちる汗を拭いながら、新た増えた要救護者を見た。大まかに、血の出ている所を確認して患部を応急手当してゆく。
つい先ほど、車の爆発事故が起きたのだ。衝突した車の一つから流れ出たオイルが引火したが原因だった。
「ヘイ、そこのメンズ!」
与一と彪臥がもう一車線のさらに反対側で起きている戦闘に警戒しながら車の影に身を潜めて怪我人の手当てをしていた所、その声はかかった。頭上からだ。
咄嗟に、警戒心も露わに身構える二人にメンナクは自己紹介を交えながら地上に降りて翼をしまった。
メンナクは意識がないらしき怪我人に視線を降ろしていたが、彪臥が手当を終えて顔を上げるのをその人物の状態が悪くないのだと、判断して状況把握に努める。
「遅くなったが、俺で全員だ。あっちは四人、こっちも俺で四人、でいいのか?」
全員で八人集められたはずだ、と思いながら周囲を見るも残りの一名が見当たらずにメンナクは首を捻った。
「ああ、四人だぜ。もうひとりは駅にいるぜ。駅員がいるだろうから、あっちは人数いらねーと思う」
彪臥はそう言うと、名乗りながら軽く握手を交わす。与一も従った。
「とりあえず俺は誘導してくるぜ」
言って、彪臥は立ち上がる。首から下げていたホイッスルが揺れた。迷う素振りもなく、一直線に向かうのは一時的に避難させた人々の居る所なのだろう。
メンナクは与一に目を移す。
「事故車が爆発を起こしているんだ。動ける人たちは近くに集めてる。でも、ここも危険だから――」
ここはまだ、敵との距離が近く何が起きるかわからない戦闘区域だ。一般人をもっと離さなければならない。
しかし、ここは放置するには危険すぎる。
未だ、この事態に気付いていない人が立ち入る危険性もあるが、爆発や更なる事故が起きる可能性もある。
「ふむ、信号機が止まったのが最初か。――少し待ってくれ!」
状況を打開する案を見つけたのか、メンナクは周囲に目を走らせた。そして目的の物を見つけた。
「ソーリー! 緊急事態だ、これを貸してくれ!」
意識のある要救護者に断りを入れると、彼女が身に着けていた赤いショールを手にメンナクは翼を出した。
「そうか、赤い信号」
電気回路がショートして色暗く、動くことのない信号機に、赤いショールを巻くことで「停止信号」を現した。光源ではないので、あまり遠くからは見ることはできないが、これならば車が近くなる前にブレーキを踏む。
少なくとも、この場にこれ以上事故が増えることはない。
(これで、ここから動けるな)
「俺も一般人の避難誘導に回ります。メンナクさんはここで上空から、近寄る人を注意してくれませんか」
翼を閉じて降りてきたメンナクに与一はそう言った。誘導には人員が必要だが、警察が来るまではこの場所の立ち入り禁止が最重要だろう。
救護者たちにしても、ここから離れさせるのが必要だ。幸い、意識のある人が大半であるし、自力で動けない人も少ない。
与一が護衛しながら他の一般人と合流させる。その後は一般人に預けて、避難誘導には彪臥と二人で何とかなる。後からは警察がやってくるはずだ。
だからこそ、この場は上空から広い範囲を見渡せるメンナクに任せて、近づく人は追っ払うのが得策だ。
「俺も同意見だ。だが、悲観することはないぜ。怪我なんてもんはこの伊達ワルの前に逃げ出すのさ」
レザージャケットの前をはだけさせながら、メンナクはライトヒールを自力で動けないほど重度の怪我を負った者たちを中心にかけてゆく。
「この俺の放つ輝きで、身も心もとろけちまいな!」
与一はメンナクの台詞に苦笑しつつ、彪臥に合流すると伝えて携帯をしまった。陽はまだ明るいが、多少なりとも誘導に役立つはずだとペンライトを握りしめる。
「皆さんは俺が命をかけて守ります。行きましょう、もう少しの辛抱です」
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黒瀬 蓮(
jb7351)は爆発音に、ふと視線を後ろに投げかけたくなったがそこを堪えた。
今、振り返って状況確認などしていれば、他の人にも不安が広がる。実戦経験の浅い蓮にもそれはわかった。
そもそも、敵と戦っている仲間たちは自分よりもはるかに強い。彼らが負けるようならば、連は太刀打ちもできない。
ならば、無駄に不安を煽るよりも目の前に集中した方がいい。
気を取り直して、蓮は声を張り上げる。
「こっちの道は封鎖中だよ! 天魔がいるんだ、戦闘中っ」
事情を話した駅員には電車が来るのを止めてもらっている。ちょうど、駅は電車が止まったばかりというわけでもなく、人の流れは少なかった。
駅という、人の集まる場所の為に人数は多いが、駅員と共に力を合わせれば裁ききれないというほどでもない。
駅とバスターミナルの間には遮蔽となるものがない。都心であればデパートと繋がった大規模な駅もあるが、片田舎の平々凡々たる駅は改札から広場に、そしてバスターミナルへと続く道が広々と取られているだけだ。
駅員が即席のバリケードは作ったが、極簡易なものだ。一般人のすぐ見える場所で、戦闘が起きている。だからこそ、蓮は戦闘に背を向けて、人々の視界を遮る位置に立って近寄るなと口にした。
「走らないで、落ち着いて!」
二回目の車の引火爆発の余波に、ハッとしてアステリアは振り返ってしまった。
翼を展開していたがゆえに、爆風に背が押されたためだ。それまで、敵の攻撃を警戒して高高度を取らない様に気を付けながら包囲網を敷いていたが、アステリアの一瞬を敵はついた。
自らの体を守るがごとく、毛を逆立ててそのまま硬化していたが、唸りと共に身震いする。体の揺れるに従い、細く鋭いものが周囲へと放たれた。
「何か来るよ!」
突如として、変化の出た敵の動きにジェラルドは鋭く指摘した。それに対し、敵との距離を詰めていた遼布とマークは大きく、後方へ下がった。
直後、二人の後を追うように、敵の全身から射出されたそれが地面に突き立った。黄金の針――敵の全身を覆う毛だった。
「これも、雷纏ってやがる」
直前まで自らの足があった場所へと、突き立ったそれに視線を向けながら遼布は苦々しげに言った。
地面に小さく罅をつくりながらコンクリートに埋め込まれた黄金の毛針は雷を帯電している。直撃していれば痺れていたかもしれない。
先ほどまでは針山のような敵の突進にさえ気を付けていればよかった、近接攻撃も飛び道具ならぬ中距離攻撃があるとなれば、また厄介さも変わる。
慎重にしなければ、と遼布は武器を槍に持ち替えた。
「ま、相手がどんな攻撃をしてもやることは変わりありまセンしー」
接近戦で獄至近距離から護符を発動させようと企んでいたのをマークは中断する。
敵の注意を引き付けた後に顔の前に尻を突き出せば噛み付いてくるだろう、その時に尻に護符でも仕込んどけば顔に直撃、あわよくば喉とか体内からのダメージも、と考えていたのだがそんなピエロは通用しそうもない。
というか、尻に武器を仕込んでいたらその間は武器攻撃も武器防御も全くできない。その状態であの攻撃を受けるには攻撃のスピードが速すぎる。直撃だ。
(なんでヒヒイロカネはひとつなんでしょうねー)
はぁ、と溜息ついて一つの武器しか活性化できないというルールに不満する。同時使用ができれば戦略も増える、というのが言だが実際には二つ以上の活性化ができたとしても手が足りないだろう。
まぁいいか、と適当に落ち所を決めて思考を切り替える。
「――BANG!BANG!BANG!BANG!」
二挺拳銃から、距離の持てるアサルトライフルに武器を変えると即座に撃ち放った。
「ふむ、あの動きが予兆か……。それに、この針――」
ジェラルドが笑みを浮かべているのは今も変わらないが、その視線は冷たい。
放たれた黄金の針を観察する瞳にはへらへらとした態度とは真逆の、真剣味がある。
「金属、みたいだね?」
先ほど、全身から放った毛針は黄金にして光沢がある。その威力も硬さも、ひび割れたコンクリが如実に語る。そして、帯電。
電気を纏っている敵が、電気の攻撃をしたのは先ほどのそれが初めて。それまでは爪や牙に寄る攻撃が主体。もし他に電気系の攻撃を持っていたならば――ジェラルドは遼布に呼びかけた。
「厄介な事になる前に、これ取り除いちゃおう……☆」
遼布は頷いて抜き取り始める。
迂闊に触るわけにはいかないので、抜く作業はゴム製グローブをはめた遼布に任せて、代わりに戦闘に入った。
遼布は抜いたこれをどうしようかと、周囲を見た。
金網などあれば、そちらに一まとめにしてしまえば雷に指向性ができて敵の攻撃目標が外れないかと思ったのだ。
だが、近くにあるといえば駅のアンテナか、壊れてしまった信号機、他は民家だ。間違ってもそう言ったところへ敵の攻撃が流れるのはいけない。そう、惑ううちにも敵は止まってくれない。
「来ますっ」
アステリアが、敵の身震いする動きに注意の言葉を放った。遼布は嫌な予感がして咄嗟に自身の手にした毛針を手放して縮地で後方に退避した。
その瞬間、大きな遠吠えと共に雷が発生した。
「っ!」
咄嗟の判断が救った、とはこのことだ。
地面に刺さった針と針との間に電気の網のようなものが突如生まれ、地を舐めた。遼布が手放した毛針の束も強い磁気を発生させながら網に囚われている。
ジェラルドが推測していた敵の新たなる攻撃、それは放った毛針と毛針の間を範囲とした電気の網による感電攻撃だった。
敵を中心として円形に全方位へ向けて放たれていた針だが、それは遼布へ回収され、一か所に集中していたのが幸いとして誰も網にかかることはなかった。
敵の大規模な攻撃。しかし、それさえ防げてしまえば後は好機だ。
「魔焔創造『火神の焔』」
アステリアは隙だらけの敵に、針の内側を座標指定して爆発させた。黒き爆焔が連鎖的に範囲に立ち込め、焼き払う。近くに起きる爆発に敵は身を揉まれ、身動きできなかった。
爆発が止んだ頃、煙の中から人影が出て、攻撃を仕掛けた。敵はなすすべもなく、薙ぎ飛ばされて地面を転がった。そして体勢を立て直そうと顔を上げた所、
「全身の毛孔で受け止めろ!」
マークの渾身の一発芸が決まった。
「いやぁ、これでやっとナンパが再開できそうだね♪」
緩やかな雰囲気と共に笑顔でジェラルドは言った。もともと私用で現場近くにいたのだ、この後も残るらしい。
信号機は壊れたものの、人的被害は軽く、怪我人は出たものの重傷者もなし。現場の指揮は既に警察に譲渡してある。
「終わった、な」
蓮は呟いた。直接戦闘を覚悟して受けた依頼だが、まだその時ではなかったようだ。学園に引き返すことにして、駅を後にした。