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「フッ――」
雪室 チルル(
ja0220)は目前に闇を見せる穴を前に満足げに息を漏らした。
既にヒヒイロカネは武器に変えてある。今、彼女がしているのは俗にいう精神統一であり、第三者視点から言うと突っ立っている、であった。
その横にはこれまた武器を持った白一色のメイド服少女、斉凛(
ja6571)と和服のかつぎを頭に被った少女、華桜りりか(
jb6883)がいる。
コアが破壊されなお、存在し続けるゲートの入口前に突っ立っている三人が何をしているかというと、依頼の為にいっちょゲート潜るからその前に準備、と言った感じ。
「たくさん倒せるように頑張るの、です」
チーム方針を心に刻む様に口にするりりかに、凛が心配そうな目を向ける。
「りりかちゃん、無理だけはしないでくださいね」
経験の浅いりりかにとって、今回の三日連続依頼はきつい仕事になるだろう。
そうこう、ゲート右通路前にいるチルル・凛・りりかの三人より少し離れた場所、左通路前、麻生 遊夜(
ja1838)、鈴代 征治(
ja1305)、不破 炬鳥介(
ja5372)の三人がいた。
ゲート内部は地下通路のような薄暗い密閉路となるので三人ともライトを持参している。
その完全装備姿は沈黙も相俟って一種、三人を異様な雰囲気――まるで命を懸けた戦場にでも向かうかのような、決死の姿――に見せていた。
無数の敵との戦いの前であるのでむしろ当然だったが、敵は弱いと油断やお気楽さの垣間見えるその他の者たちとは比べ物にならない。
なぜそこまで真剣味があるのか。もちろん、お金である。否、敵をどれだけ屠るかを競うためである。
炬鳥介がガクン、と首を垂らしてコエとの交信を終えた。
「……すす、もう……時間が、惜し……い」
炬鳥介の言葉はひどくゆっくりだ。ぼんやりとした雰囲気は常のことであるが、先ほどまでとは違いその瞳は虚空ではなく、ゲートへ向けて強い光を放っていた。
それに二人も頷く。雑談はない。男は拳で語れ、とばかりに敵を求めて先んじるのみである。
殺る気満々の三人は闇の澱む先を見据えて、左通路に踏み込んでいった。
パラパラといる、撃退士たち。
左通路に踏み入る三人に戸惑いと怖気づきを感じつついるものが多数。
そんな中、まるで関係なしと装うのが仁良井 叶伊(
ja0618)、若菜 白兎(
ja2109)、染井 桜花(
ja4386)の中央通路侵入組だ。
実力はあるがおっとりしている白兎に代わって、叶伊が作戦指示を取る。
「では、確認しますね。僕らは中央の道を通り、帰宅予定時間に帰還。途中離脱ないし、奥へ到達して折り返し等がある場合は随時相談ということでいいでしょうか」
こくん、と頷く白兎に首肯する桜花。
作戦としては格闘戦を主とする桜花を前衛に、白兎が攻撃に備え、叶伊が状況に合わせて動く一撃離脱と遊撃のパターンだ。
「では、無理しない程度に行きましょうか」
促し、中央ゲートへ足を向ける叶伊。入口で白兎が星の輝きで周囲を照らすとほんのわずか、通路の先が現れたがやはり奥も闇を囲む通路があるばかりであった。
他の撃退士たちの戦闘に巻き込まれないため、前後はそれなりに時間を置いて侵入するのがルールだ。そうして、朝からゲートに侵入しようという撃退士たちがパラパラといなくなり始めた頃。
漸く、チルルは悦るのを止めた。
落ち着いて、周囲を見渡せば随分と少ない人口密度。これはヤバい、と内心で汗を掻く。
ゲートと向かい合うこと二十分ほどだが、そろそろ出発した方がいいかもしれない。
敵は殲滅しきるには到底多いらしいが、それでも依頼内容から言って、倒した者勝ちである。敵の数を倒すほどいい。
つまり、他の撃退士に倒される前に倒す。先に踏み込んで言った撃退士たちの実力は知らないが、追い抜かすこともあるだろう。いやしかし、一日の行動時間は限られている。
「――さあ、ろーるぷれいんぐみたいに雑魚稼ぎよ!」
チルルが勢い込んで言った。
後ろにいた凛とりりかの二人も、その言葉にゲートへ向き直る。
「目指すは最深部一番乗りよ! 突撃―!」
カサカサと鳴る草地をしっかりと踏みしめながら進んでいた凛は足を止めた。微かに、奥から羽ばたきの音が聞こえたからだ。それに、りりかとチルルも止まる。
「……っ」
小さく息を飲むりりかに、凛はスッと前に出た。未だ敵の見えない虚空へ銃口を向けた。と、その時多数の羽ばたきが急速に接近、りりかのヘッドライトに蝙蝠――デーモンバットが映し出された。
「フォーメーションAよ!」
そう言って、チルルは飛び出した。
跳躍しながら大剣を振りおろし、空飛ぶ敵を近い順に切り払ってゆくチルル。
実はあれだけ時間があったにもかかわらず、作戦等の話し合いは前もってしていない。よって、そのフォーメーションはわからない。だが、凛はとりあえずチルルの援護に銃の引き金を引いた。りりかもチルルに応じる様に戦闘へ意識を変え、その手に握った符へアウルを灯した。
フォーメーションA――とりあえずあたしがアタックするから、サポートよろしく。である。
図らずも、三人はフォーメーション通りに動いてゆく。
前衛としてあたりかまわず傍若無人なほどに敵を大剣で斬り倒してゆく、まるで台風のような勢いのあるチルル。その後ろで、慎重に確実に敵を倒してゆくりりか。そんな二人をサポートするがごとく、銃撃を一切の隙もなく放つ凛。
依頼一日目にしてゲート侵入直後の戦闘であった。
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二日目、朝。
「基本的な動きは昨日と同じでいいと思います。今日、ないしは明日は奥に到達するかもしれませんね」
叶伊は昨夜のうちに周囲の撃退士に聞いた情報と併せて言った。
敵を倒さずに奥をひたすら目指す者もいれば、敵を倒すことに必死になり入口近くにずっといた者。三人は通路の途中途中で他の撃退士が戦闘中であるのを見つけることもあったが、チームも個人もそれぞれのペースでゲート侵略をしていたようであった。
追いついては追い抜かし、追い抜かされる。そんな繰り返しではあったが、総合するとどうやら叶伊たちは半ばを越えて奥に近いところまで侵入していたらしい。
それに対し、白兎も桜花も頷く。
若干反応は薄いが、異論はないようだ。
足元の草地が若干の泥濘を帯びてきた。それと同時に、先頭を歩いていた叶伊は足を止め、片手を広げた。
その動作に、桜花が武器を構えたまま姿勢を低くし、重心を移動させた。いつでも飛び出せるように。
どうやら、敵との遭遇は何処とも決まっていないらしい。一気に大量に出てくることもあれば、今のようにゲートに侵入してから数十分、ただ歩き続けるだけの事も。
先を伺う叶伊の耳に、高音が届いた。デスビートルが羽ばたく、独特な音だった。
「行きますよ!」
「ん、……絶技・飛魚」
叶伊の合図に、桜花は駆けた。体当たりするように飛んできたデスビートルを避け、擦れ違いざまに装着した爪の武器、サーバルクロウで引っかく。もう一つ跳んできたのを、くるりと回転するようにして体勢を変えて避け、背後から切り裂く。
羽を傷つけられて飛行能力を失ったデスビートルを掴み、壁に押し付けた。壁で待機していたらしきデスビートルを押しつぶす。
「……悪くない」
潰れあったデスビートルが内部の液体を崩れた甲羅の間から流すのを見て、桜花は氷の微笑を浮かべた。
その背に一体が飛び掛かった。それを、ヴォーゲンシールドを構えた白兎が間に割り込むことで失敗に終わらせる。
盾に攻撃を邪魔された個体がもう一度盾に向かって体当たりをしようとした刹那、叶伊が射た。
「次に行きましょう」
鶺鴒を降ろして、叶伊が言った。
今回来たのは十匹にも上らない数だ。恐れるには足らない。最も恐れるべきは、体力と気力の問題だと昨日知った。
途切れることのない敵に、終わりの見えない通路に、精神が苛まれる。
常と変らない態度を心がけながら、叶伊の表情にはわずか、眉間にしわが寄っていた。
夕方、宿泊施設の食堂でチルルたちと叶伊たちが食休みをしていた。
宿の利用者は主に撃退士で、今日も今日とて疲れた身体を抱えて帰って来た。そのため、帰還早々に寝入りに入るかそのまま食事へ移行するものがほとんど。
そして今の時間帯、その食堂は割合と空いていた。
依頼の際に目安七時間だ、と聞いていた両組達はりりかや桜花のこともあって早めに切り上げてきていた。
それぞれの情報交換と作戦会議中である。
そんな折、宿の入口扉がギィ、と若干立てつけ悪く開いた。
「あら、今帰りなの?」
見知った顔に、チルルはそう声をかけた。
征治、遊夜、炬鳥介の三人だった。しかも若干以上、ボロッとしている。
「昨日は朝から出て時間通りに帰っても余裕あったので、今日は挑戦しようかと思いまして……」
「――あれは、ちょっと無茶だやな」
挑戦は少しの無理ではなく無茶だった、と訂正した遊夜は遠い眼をしながら、そう答えた。眼鏡が埃なのか、曇っているのがなぜだか説得力を増していた。
何があったんだ、と思いつつもおいそれとそれを聞いてはいけない雰囲気に好奇心が刺激されつつもチルルは相当な苦労があったのだろう、と自身を納得させた。本質は猪突猛進なチルルが久遠ヶ原で過ごすうちに成長した結果、精一杯の大人の対応である。
凛がごくごく自然に紅茶を配給し、それが征治たちの胸に沁み入った。身ぎれいにすることを後回しにして、空いている席に腰を掛ける。
「ありがとう」
征治は微笑んで、心からの感謝を述べた。傾けたカップから喉に入るそれがささくれ立った心を癒してゆく。
そんな征治の頭は盛大に乱れていた。頬に掠り傷らしきものもある。
「力不足……明日は必ず……」
炬鳥介はそう言ったが、征治と遊夜に負けず劣らずコートが解れていたり破れていたりしている。
「ん……お金を稼ぐのは大事なこと。でも、体を傷つけるのはみんな悲しむ……の」
救急箱を取り出しながら、白兎は言った。
両親はお金を稼いで、育ててくれた。お金がなければ生きられないから。だから頑張ってお金を稼ぐ。けれど、体が壊れてしまえば稼ぐことも、生きることもできない。だから一番大事なのは体である。
そう言ったことをぽつぽつと、それでも真剣に訴える白兎。
自分よりも小さな子に言われ、それが納得できてしまって征治は苦笑した。
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三日目。
「では、無茶でない程度に頑張っていきましょうか」
二日目の事を教訓に、征治は言った。とはいえ、殺る気は初日から変わっていない。
「そうさな、やっぱ考えるべきはスキルの使い所と作戦かねぇ」
一日目は敵情視察の意味合いもあって、スキルを帰りのために残して一日の大半を武器の扱いのみで乗り切った。
二日目は、――ゲート突破をめざし、スキルを温存しないまま超高速で駆け抜けたのだ。その結果、振り抜けなかった敵が多数。囲まれてスキルなし状態で、行き止まりからの反転、帰りは武器オンリーでという有様。
「まだ行ける、はもう危ないってな」
ケラケラと笑えていたのは昨日まで。帰り道にデーモンバットの方へ行けたのはよかったが、昨日の策は悪かった。どこまでいけるか、という興味本位を全員で行ったがための結果である。あれを人は悪乗りというのかもしれないが、誰も指摘してくれる人がいなかったので決行されてしまったのだ。
「今日は堅実に、確実に倒していきましょう。最終日ということですし数を稼ぎたいですしね」
「……動き……詰めよう」
そうして決まったのは、一番経験の浅い炬鳥介を中心にして、囲まれた際には背中合わせ、といったような場合に合わせての対処法。
全員が前衛職なので、どうしてもチームバランスは悪い。それを覆すためにはチームワークが必要不可欠。
戦いながら進み、敵の出現していない間は雑談でコミュニケーションを図りつつ動きについて話し合いを進めていく。
「……余談は……終わり、だ……」
何か、いる。そう言って、炬鳥介は足を止めた。すぐさま、遊夜は索敵をかける。
今だ遠い、だが。
この先は水没が激しい。今でさえ、水は膝丈近くにある。これ以上進めばまともに戦えないだろう。この場で戦うか、可能ならば後退して戦う。
「大歓迎痛み入るね……こっちとしちゃ遠慮したいんだが」
やれやれ、と言いながらも遊夜は狙いをつけ、銃を放った。水没した通路の頭上に張り付くキラーヒルが撃ち落され、水の中にどぼん、と音を立てて沈んでいった。
一斉に、暗闇から透明な糸が吐き出される。それを、槍が切り裂いた。
「今のうちに!」
ふわり、と遅れて槍にまとわりつく糸を風圧で振り払いながら征治は言った。それを聞くよりも前に足に力を溜めた炬鳥介は思い切り、ジャンプした。
強い脚力により、低い天井にまで距離が届く。そのまま天井に張り付くヒルをとび膝蹴りで引き剥がす。炬鳥介に向かって放たれる他個体からの糸は遊夜はすべて撃ち落した。
「一も……二も無く……ッ……纏めて……消えろ……ッ! 害虫……らしく……みじめに……死ね、よ……ッ!」
スイッチが入れ替わったがごとく、闘気に燃える炬鳥介。普段よりも言葉が滑らかに出ている。そして、明確な殺意。
そうして、九人のゲートでの戦いの三日間は過ぎていった。
けれど今日もまた、ゲートは撃退士たちを呑み込んでゆく。
完全な休止まで、残りはいつかしれない。
(一日の平均成果:
*右通路、対デーモンバット組。一日の敵排除平均数、370体。
個人平均数:チルル200体、凛120体、りりか50体。
作戦:チルルが前衛にて全力アタック。りりかは確殺。凛は二人のサポート中心。
退却理由:翌日の体調も考え、スキル切れや体力との相談後、夕方に帰還。十分に食事と休息を得るため。作戦を考えるため。
*中央通路、対デスビートル組。一日の敵排除平均数、380体。
個人平均数:叶伊130体、白兎170体、桜花80体。
作戦:速度より安全・防御第一の堅実着実に。桜花前衛に白兎防御、叶伊が遊撃。
退却理由:翌日の体調も考え、心身ともに健全な内にと定刻に帰還。徐々に距離を伸ばし、三日目には奥まで到達。無理はせずに不要な戦いを避けて帰還。
*左通路、対キラーヒル組。一日の敵排除平均数、440体。
個人平均数:征治170体、遊夜240体、炬鳥介30体。
作戦:三人前衛でチームワーク重視。少々強行突破気味。随時状況に応じて作戦変更。
退却理由:体力の限界と時間切れによるもの(二日目)。安全策(一日目・三日目)