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とある町の仮設テントの入口、幕がめくられた。
中にいた黒羽 拓海(
jb7256)は視線を上げる。入口に立つのは先ほど見回りに出かけた撃退士の一人、水月。困った様な顔で片足を怪我する少年の背に手を当てていた。
切迫した空気でないため、敵が来たわけではないのだと納得する。
「どうした、まだ交代の時間じゃないだろ」
一人の撃退士が言った。
どうやら問題が起きたらしい、とは分かったが拓海は彼らに口を挟むことなく、視線を外した。彼らはサーバントの討伐依頼を受けた拓海たちとは別の依頼を受けてこの町にいる。
この町はつい先日、天魔に襲撃を受けた。被害はさほど大きくはないが、学園に依頼を出し撃退士たち数人に復興作業の手伝いをしてもらっていた。
そんな水月たちに拓海たちが加わったのはつい一時間ほど前。この町のある方角へと移動するサーバントの発見情報を得たからだ。
復興支援のために先に来ていた水月たちに合流し、水月たちが復興作業をしつつ敵を警戒。拓海たちは敵が現れたら対処するという役割分担をした。
戦闘を予定していなかった水月たちは拓海たちが戦闘中、住民の避難に従事することに決めたらしい。
「いや、それが……あははは」
不機嫌顔の少年を椅子に座らせた水月が話す事情に拓海は溜息ついた。
(子供にヒヒイロカネを取られた?)
撃退士が子ども相手に何をやっている、と思いつつも椅子に座る子どもの様子を伺った。
口を噤んで気まずげに俯いている。話が進むにつれ、表情がこわばっているのは自分がしたことに反省しているからだろうか。
「水月、口を挟むまいと思っていたが――」
拓海は腰を上げ、水月に近づいた。
「戦いに身を置く者同士だ、平常時でも警戒は身につけて置け」
子供の姿であっても敵に操られている可能性もある。もし、本当にそうなった時に困るのは水月だけではない。その甘さが、油断が仲間を傷つけることになる。
「うん、油断してたのは認める」
「怪我はどう? 痛いかな」
佐藤 としお(
ja2489)は椅子に座る少年の前にしゃがみ、眼の高さを合わせながら話しかけた。そのまま、話す水月たちとの間を遮るように椅子を引き寄せて座る。
水月の話は耳に入ったが、少年も反省しているのだとその表情から判断した。
少年はとしおの言葉に対して何も言わず、プイと顔を背けた。
強情な様子に苦笑しながら、怪我の部位へと視線を向ける。
「場所が場所だから、傷口は水で洗ってガーゼで押さえたんだ。結構、血も出てたよ」
話が終わったらしき水月がとしおに言った。
「足首も軽く捻った様だから、歩かせない方がいい」
「だが、お前のヒヒイロカネを取り戻さなければならないだろう」
案内させた方がいいんじゃないか、と拓海も口を出す。少年は顔を背けたままだったが、その視線の先に人――来崎 麻夜(
jb0905)がいるのに気付くと、顔を俯かせた。
「まぁ、ゆっくり話でも……」
麻夜は少年から視線を外すと隣にいる麻生 遊夜(
ja1838)に話しかけた。
「先輩。――来るよ」
「全く……間が悪いこった」
麻夜に促されて遊夜が立ち上がると同時、
「南エリアにサーバント発見! 急ぎ出動してくださいっ」
慌ただしく幕をめくって、見回り組が報告を上げた。
途端、椅子をひっくり返しながら立ち上がるフラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)。先ほどからソワソワと落ち着かない風でいたが、食いつかんばかりにその撃退士へと詰め寄って場所を尋ねる。
表情を変化させたのはフラッペたちだけではない。椅子に座っていた少年はサァ、と顔を蒼褪めさせ、立ち上がろうとした。
「いろいろと厄介な状況ね」
蒼波セツナ(
ja1159)は見回り組に詳しい状況を尋ねる。逃げ遅れた人の誘導場所などの最終確認だ。水月たちは慌ただしく、他の見回り組に連絡し、避難誘導の為にテントを出ていく。
「やれやれ、まだクリアもしていないというのに……」
雪風 時雨(
jb1445)は初めて触るゲームを堪能するのを止め、腰を上げた。
「南エリアに、君の仲間がいるの?」
少年は頷かなかったが、その表情が語っていた。
千葉 真一(
ja0070)はチラリ、と少年を見やると光纏した。全身赤のスーツに広がるコート、長いマフラー、フルフェイスのヘルメット。それは子どもたちが憧れるヒーローの体現のような姿だった。
驚きに目を開き、あ、と声を出す少年に「何を考えているかは知らないが」と前置きして言う。
「君の仲間がヒヒイロカネを手に入れた勢いで敵にぶつかっていかなきゃいいけどな」
そう言って、テントを出ていく。
「二手に分かれた方がいいですね。子どもを保護次第、戦闘に加わります」
天宮 佳槻(
jb1989)はそう言って真一・麻夜・遊夜・拓海の四人を見送ると少年に向き直った。
「いつまで黙っているつもりだ?」
その詰問にとしおは眉をひそめたが、口を出すわけでもなく見守った。時間がないのだ。
「盗みが悪いことだ、なんて今更なことだろう」
「別に、盗んだんじゃなくて……っ」
少し、借りただけ。尻すぼみながら言う、少年の正当な理由。だが、そんなことが認められるはずもない。
「うむ、ゲームで例えて言うなら、LV1の村人がひのきの棒から鉄の剣に持ち替えても村人LV1に変わりはないのだがな」
水月殿の武器は伝説の武具等ではないぞ!購買のやすも……お買い得品だから!――本人が聞けば泣き寝入りそうな言葉を、悪意なく放つ時雨。
「……ええいっ、ボクは先に行ってるのだ! 何かあったらよろしくなのだー!」
煮えきらない少年の様子に我慢できず、フラッペは走り出した。当てもなく南エリアを探し回るらしい。あっという間に遠ざかった背はしっかりと応急処置の道具箱と携帯を手にしていた。
「我も先に向かっておくとするか。子どもたちが敵の方に向かう可能性もあるからな」
入口へとスレイプニルを召喚し、時雨はその背に乗る。
「行くぞ、電」
時雨がスレイプニルの名を呼べば気性の荒さを示すがごとく電光を纏い、空を稲妻のごとく疾走する。
「仲間を売りたくない気持ちと、仲間の命――どっちが大切なんだ?」
ぶわっと、少年の目に涙が盛り上がった。
「仲間を護る為にも、基地まで案内してもらえるかな?」
こくん、と頷くのにとしおは少年の頭を撫でた。
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「なんで……」
もぬけの殻の状態の、アジトを前に子供な泣きそうな声で言った。
「とにかく、捜すしかありませんね」
俺は他の人にも確認をしてきます、と言った佳槻。としおは少年の背をそっと押した。
「大丈夫。僕たちが絶対に見つけるよ」
それ以上は何も言わない方がいいだろう、と他に子どもたちの捜索をしている仲間へと連絡をし始める。
フラッペは困っていた。
とてつもなく、困っていた。子どもたちを見つけたはいいものの、一人で捉えきれる人数ではない。どうしようか、と迷っていたところ子どもたちが移動しようとするのでとりあえず前に出た。
「あ、危なくてキケンで、怪我をするからっ……ととと、とにかくそれ、返すのだー!」
子どもたちはフラッペの言葉に一瞬止まった、だが、そこで終わるならば最初から事件は起こらない。
蜘蛛の子を散らすように駆けはじめる子どもたち。フラッペは片手で子供を捕まえては退き戻し、もう一方の手で捕まえては離し。放された子供がまた逃げてゆく。
「ううう、どうすればいいのだっ」
「ふむ、手間取っているようだな」
スレイプニルで駆けつけた時雨がそう、声をかけた。
蒼と黒の、馬か竜かわからない生物に子どもたちは目を輝かせた。引き締まった四肢に、蒼白い煙を鬣や足に纏っている。
そんなスレイプニルへと状況も忘れて子供の方から駆け寄った。
直後、スレイプニルは警戒に嘶いた。その体に電光が走る。
「ひぅっ」
一番手前にいた子供が声を呑み込んで、腰を抜かした。
「電は気難しくてな。我でも噛み付かれることがあるのだが、」
どうだカッコイイだろう。
時雨は胸を張って自慢する。それに子どもたちの眼のキラキラが増した。
「それで、一体誰が持っているのだ?」
唐突な切り出しに、子どもたちの顔が変わった。急いで逃げようとするが、その前に超音波がその場を満たした。みな、怯み動きを止める。
「ヒヒイロカネは撃退士が持ち、アウルを流すことで本来の姿を取り戻す。君たちには使えない」
その声に、皆が見た。佳槻ととしお、そして一人の少年がいる。
「お前、なんで!」
子どもたちの一人がそう言った。
「君たちが心配だったから、だよ。今、このすぐ近くに化物がいるんだ。危ないんだよ」
詰問されて少年が俯くのに、としおが代わりに答えた。
「撃退士に村人が転職するには素質を検査、その後に学園でチュートリアル、戦闘に出るのはそれからである」
今武器を持っていても仕方がない、と時雨は説明した。
「本当に大切なのはどんな武器であれ、それを持つ人の心なんだよ」
としおのその言葉はストン、と子どもたちの中に入り込んできた。さ、避難しようと促されてゾロゾロと移動を始める。
その時、地が揺れた。
「大丈夫なのだー!?」
微弱な、揺れ。子どもたちの何人かが転んだりしている。佳槻は揺れの来た方向を睨んだ。子どもたちは地震か、と言い合っているがあれは多分――戦闘余波。
「あ、待つのだ!」
フラッペの声に佳槻は駆ける子供を見つけた。皆、コロコロと地震によって転がる子どもたちを支えていて動けない。けれど、
「僕が行きます」
子供の行く先、それは戦いの場。揺れが収まったのを見計らって、支えていた子供をとしおに任せると、佳槻は足にアウルを纏わせ、走り出した。
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大きなものから小さなものまで。それは瓦礫にして何かの痕跡だった。
破壊された後の目立つ地面。麻夜は自分の背丈ほどもある、瓦礫という名の倒壊した家壁に手をつきながら、空を見上げた。
「わぁ、でっかい鳥さんだねぇ……倒し甲斐ありそー」
視線の先に、巨大な影が瓦礫の大地に降りかかっていた。
「瓦礫にゃ気を付けんとなー」
そう言いながら遊夜は両手に銃を握った。まず先にすべきは、
「まぁ、とりあえずは……墜ちて来いよ、俺のところに」
口角を上げて笑むと、あちらこちらを見て獲物を探している「鳥」三体に銃口を向け素早く打ち込んだ。同時に、真一も動く。
「ゴウライブラスト!」
三体のガルダへと連続して銃を打ち込んでゆく遊夜とは離れる様、横へ移動しながら真一もアサルトライフルを構えると打ち込んでゆく。
クォオオオオオ!
甲高い鳴き声と共に凄まじい勢いで風が巻き起こった。
地面に向けて放たれたそれは誰かにぶつかることはなかったが、瓦礫をゆらゆらと動かす。真一は風圧に、攻撃を中断して目の前を腕で覆った。
「くっ」
遊夜も攻撃を中断して、後退する。だが、それを狙ったように風を巻き起こす個体とは別のガルダが遊夜へと近づく。が、その翼を一つの鎖が打ち抜いた。
瓦礫の間を縫って動き、完全に身を隠しながら隙を伺っていた麻夜。
「地に這って縛られろー!」
麻夜の叫びに従うがごとく、影から飛び出す闇色の鎖。ガルダの羽を根本から抑え込む。地響きのような、重い着地音とともにガルダは地に落ちた。
それでもなお翼を動かそうと鈍い動きで抵抗する。ジャラジャラと鎖の引きずられる音が響くが、その巨体は地に縛られたままだ。
そうとなればガルダは鎖を解こうと動くのを止め、術者に狙いを移す。火炎を吐き出そうと、首を回してその視線に麻夜を映した。だが、敵から視線を外したガルダの隙を遊夜は見逃さない。
「おやすみなさい、安らかに」
言葉が終わると同時、遊夜は指に力を込めた。
ガウンッ!
ガルダの脳天への零距離攻撃。拘束を受けて回避のできないガルダにちょうどいい、防御を捨てた攻勢一辺倒の攻撃だ。
「抵抗が……強いわ、ね……!」
常よりは幾分余裕なく、セツナは呟いた。
ダアトのために前線でなく、敵との距離は取っている。長ったらしい呪文を唱えて、放った攻撃はしかし効果的だった。
呼び出した幻影がガルダの動きを制限する。
攻撃した直後はまだよかったが、力押しでの抵抗にじりじりと拘束の威力が弱まっていく。
(けれど今はまだ……)
攻撃の要がいない。
「今だ!」
拓海が声を出し、真一は駆けた。
眼に見えないほど細く、けれど丈夫な糸であるアヴォーリオを手繰ってガルダを拘束する拓海。横たわったガルダが火炎を吐き出さんとするのを見て真一は構えた。全身から沸き立つアウルの奔流が翼のような形状で真一の背を押す。
瞬間移動と見まがうほどに急速接近した真一は足へとアウルを纏わせると蹴りを放った。眼にもとまらぬ速度と純粋な破壊力。
「ゴウライ、流星閃光キィィィック!!」
直後、ガルダがぶっ飛んだ。
真一と拓海の相手にしていたガルダが沈黙するのを見届けるよりも前、もう一体のガルダが拘束から解き放たれた。
ハッと思った時には再び空に舞い上がったガルダが風を作り出す。強い風圧に押されて、後退を余儀なくされたセツナは体が瓦礫にぶつかった。
「……っ!」
ガルダが火炎を放とうとした。だが、その一瞬前、口を閉じるがごとく、矢が口を貫いた。拓海はガルダが地に落ちて、ようやく弓を降ろした。
「行って、どうするつもりだ?」
少年を前に、佳槻は言った。
少年の手にはドッグタグが握られている。先ほど、怪我した少年に詰問したのもこの少年だ。
「武器が戦うわけじゃない。そして、武器があっても君は戦えない」
ぐっと、悔しげに少年は唇をかみしめた。先ほどの話を思い出したのだろう。
「君がやったことは仲間に怪我をさせて盗みを働いたということだけだ」
少年は黙って何も言わないが、佳槻は叱責を緩めるつもりはなかった。
「甘ったれるな。子どもだから護られて当然と思うなよ。君のせいでみな、傷つく」
リーダーならば、人を引っ張るならばその責任を負え。今までは大人が代わりに追っていた責任と傷。
戦いたいというのがどういう気持ちから発生しているのかはわからない。だが、行動するならば責任は自己で負うものだ。
「いつまでも夢だけを見ているな。――自分の責任は自分で負え」
その意味が分かるな。
佳槻の言葉に、少年は頷いた。
「ご……めんな、さい……」
ドッグタグを手に差し出して、少年は頭を下げた。その後ろには先にテントに来ていた子どもたちがいる。怪我した少年もだ。
「これね、大事なものなんだ。返してくれてありがとう」
水月は笑って、ヒヒイロカネを受け取った。