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その路地というのは、地元民にはよく使われる裏道であったらしい。
「こんなもんかしらね」
高虎 寧(
ja0416)はそう言って、手にしたメモ帳を閉じた。
とある路地に幽霊が出るという噂があった。人が実際に消え、行方不明となるので久遠ヶ原学園に依頼があり、総勢八人をも投入しての天魔討伐依頼である。
というのも、その路地に出現するのはあるディアボロの疑いがあったからだ。
「ますます怪しいね」
伊瀬 篁(
ja7257)は手に持つゲーム機から眼を離さずに言った。
路地から奇跡的にも生還した被害者女性からの証言で、高まった可能性。それはその幽霊が骸骨型ディアボロ、通称ホネッキーであるということ。
篁は既にホネッキーと複数回の戦闘をこなしている。証言から聞く、それら幽霊の特徴とホネッキーは実に一致していた。
「あいつらか……ずいぶんと久しい相手だなぁ、おい」
一瞬、微妙な顔をしたライアー・ハングマン(
jb2704)。こちらも、ホネッキーを幾度か討伐した身だ。複雑な心境になりつつも、飄々とした笑みを浮かべた。
「まぁ、いいや。以前の俺との違い、見せてやろう」
「春ぶり……かな……?」
賤間月 祥雲(
ja9403)は記憶を思い出すがごとく、虚空を眺めた後ぽつりと口にした。
「ん……シツコイの、駄目っていったのに……懲りないよね……」
以前、しつこい女は嫌われると述べれば盛大に落ち込んだ風だったにもかかわらず、またしても出現するという現状。
「ホネッキーか、斯様なディアボロどももおるんじゃな」
まぁ掃除することに変わりはないんじゃが。
そう言葉を漏らしたのは美具 フランカー 29世(
jb3882)だ。元天使、今まで数多くの悪魔やその眷属と戦っててきたが、ホネッキーはさすがに見識外らしい。
ディアボロといえば低能ばかり、人語を理解することだけでも珍しいというのにホネッキーは個性までも持つ。実に珍しすぎる、というか作ったのは確実に馬鹿に違いない。
どんなところに力を入れて作成しているんだ、というツッコミが入りそうだ。美意識があり、個性を持つ。それはそれで珍しいが、戦闘能力がてんで低いとなれば熱の入れようが変な具合に曲がりくねっている。
(乙女チックな骨に攫われた者たちがいかような末路を辿ったものか……)
興味が大分そそられつつも、任務だ仕事だと美具は衝動を抑え込んだ。神妙な顔つきとも憂鬱そうとも取れる表情をしているが、実際には内心がぐらりぐらりと揺れる。
「自意識過剰ならぬ、美意識過剰ね」
「ホネッキー、な。女しかいないなら骨女でよくないか?」
辛辣な言葉を放つのは綾(
ja9577)と江戸川 騎士(
jb5439)。少々不機嫌であるのは聞き知ったホネッキーたちの美意識が癇に障ったからだろう。
綾も騎士も美意識に関してはこだわりをもっている。そして、価値観の違いというのは往々にして戦いの火種ともなる、大きな溝だ。
ホネッキーたちのような古臭く、偏った美意識と一緒にされては困るという思いは強い。
「まぁまぁ、頭が良いってんなら逃走するかもしれないし、そっちの対策を立てよう」
二人を宥める様にディザイア・シーカー(
jb5989)が言った。
「夜な夜な骸骨集団に徘徊されちゃ、おちおち寝てられないものね」
寧は肩を竦めて言った。骸骨集団、ホネッキーたちの活動時間は夜。それまでに、作戦と準備を整えなければならない。
●
女と男は並んで歩いていた。
人一人いない、静かな路地に鈴を転がすような女の声が響く。腕を絡めるといったようなベタベタとした接触はないし、二人の表情や雰囲気から彼らが友人同士だとわかる。
だが、その親しげな様子を歯がゆく見つめる視線があった。
闇色というより闇そのものの目。それは骸骨の眼孔の奥にある。とある悪魔によって作成された骸骨型の特殊ディアボロ、通称ホネッキーだった。
塀の反対側に身を潜ませていたが、二人が通り過ぎると同時に透過能力で顔だけ塀を越えさせて通りの様子を伺い見ていたのだ。
ゆっくりと歩く二人を観察後、一旦、首を引っ込めるとホネッキーは意志疎通でほかの場所に隠れている仲間と状況確認、作戦を伝え合った。タイミングの調整後、実行に出る。
そのホネッキーはピンク髪を二つ結びする人間の女の肩へと手を伸ばす。
長い指が鉤の形で女の細肩に触れた。力は入っていなかったが、骨が形成する手の動きは端から見て空恐ろしく、恨み辛み怨念の籠もったおどろおどろしいもの――つまり執念深い亡者の力強い拘束に同じ。
ビクッ!
女の体は大きく震えた。力強くはないものの、突如肩を叩かれれば骨指と認識無くとも背後の不意打ちに体は素直な反応を返す。
バッと女は振り返った。表情を繕う間もない、条件反射。だが、そこに女の肩を叩いた主はいない。先ほどのホネッキーは只今透過によって地面に潜っている。
「……どうしたの?」
男の方が首を傾げて尋ねた。突如振り返ったかと思うと驚きの表情で固まってしまった女に不信を思うのは当然だった。
「ええ……、なんでもないの」
困惑の表情で男を見上げた女。確かに誰かが肩に触れたというのに誰もいないのだ。そう口にする以外ない。
心配をかけまいと笑みを見せる女に、しかしまたしても背後――振り返った状態での背は進行方向側から背をツン、指が突いた。
先ほどよりも更に希薄な気配だ。微かな感触だが二度目ともなれば先ほどより鋭敏にその現象を感じ取る。
ぴしり、と石のように固まって女は身動きしない。恐ろしすぎて振り返る前に体が凍り付く。それでも僅か、怪訝に眉を寄せる男へと顔を向ける。恐怖に喉へ張り付いた声は届かない。思考は空回りしている。けれど、口の動きが短い文を伝えた。
「後ろ……?」
男は女の意志を読みとり、視線を闇に投げた。
「あ……きみ、は……」
夜闇の中といえども輝いているような白い肢体を持つ体。見知った姿に瞠目した男の前、それは闇の奥へ消える。ただ、軽やかな足音だけが残暑厳しい夜に涼しげで。
男は動いた。隣の女を忘れたわけではないだろうが、完全に消え去る前にという一心で。
もちろん女がついてくると思っていた。実際、女もその頃には音という実証に得体の知れない恐怖は収まって、男を追おうとした。だが、動けなかった。
離れていく男に目をやって、足元に目をやって、また男の背を見る。どうにか動こうと足を持ち上げるも踏み出せない。徐々に遠ざかる背と、徐々に強くなる足の拘束。
男は気づかなかった。気づかないまま、闇へと消えた。
内心でほくそ笑むホネッキーは仲間と言葉を交わしあうと女の前に姿を表した。
綾は俯いて表情を必死に隠していた。
彼女の視線の先、地面を掘りコンクリを突き破った二本の手が左右の足首を掴む。そして目の前にもう一体が仁王立ちする。
ホネッキーたちが綾と祥雲を引き離して勝利に酔う一方で綾も確信していた。
ゆっくり、顔を上げたその口は
「――地獄へ落ちろ」
笑みを象っていた。
「お久しぶり……ばらしに……きたよ……」
祥雲は大きな声で呼びかけ、笑んだ。彼の正面には白い肢体――白骨体のホネッキーがいた。
笑みを向けられたことにか、覚えてもらっていたことにか、嬉しげに骨の両手を頬に添えて顔を逸らした。一方、静かに忍び寄っていたもう一体のホネッキーが祥雲の腕に身を寄せた。
「ごめん……好きな人……いるから……無理……」
ガラガラガラ……。
祥雲は抱きつこうとしたホネッキーの足元に一閃。近距離での攻撃は足の骨を砕き、支える物が無くなった体は崩れ落ちる。さらさらとした粉の上に、砕けなかった骨がボスンと落っこちた。
突然の攻撃に、回避もできなかった一体。そして正面にいた一体も急激な事態の変動についていけず、祥雲の二撃目に臥した。
「ホネッキー……好きだよ……崩れて……いく……との……音が……」
そう、口にして祥雲は踵を返した。
男女が歩いていれば引き離しにかかる。そして男には油断を、女には拘束と問答を。ホネッキーたちの手は見え透いていた。ホネッキーたちの事だから、友人同士でも恋人同士でも関係ない、無作為だ。とはいえ、
「はやく……戻らないと……」
(守らないと……彼氏さんに……申し訳ない……)
綾と祥雲は友人だ。その意味でも守りたいと思う。そしてもう一つ、口には出さないが心配事がある。
(止めなきゃ……)
美意識の高い綾の事、ホネッキーたちの美学に敵愾心を燃やして暴走しているかもしれない。
「今は正に萌え時代! お姉さま萌え、妹萌えを筆頭に、様々な趣味趣向が錯綜しているの! あ、でもツンデレを勘違いしている残念な人たちもいるけどね。デレのないツンデレなんて、ツンデレとは言わないわ! あなたたちも学ぶことね。」
煌めく氷の錐が夜に輝く。
「女って言うのは、胸やお尻から太もものラインが重要なの。平坦なあなたたちじゃ柔らかさを表現出来ないんじゃなくって? 弾力と無縁なあなたたちに美学を語るなんてお門違いなのよ」
そんな氷錐に突き刺さって物言わぬ骸骨を前に、滔々と語り続ける綾。少し一般的と外れているかもしれない美学。億弾と偏見による、男性に好かれる女性像。
綾のそんな姿を見て、祥雲はどうやら暴走まではいかなかったらしい、と納得した。
「顔の愛くるしさ、美しさは瞳が無ければ無意味ね。髪型のヴァリエーションで個性が出るの。その美学じゃ……あら?」
「……怪我……ない?」
祥雲に気付いて、綾は無傷を伝える。囲まれた時は大丈夫かと思ったが、やはりホネッキーたちは弱い。
「……ん、また来た……」
ビルの屋上からバンジーして来たらしい。ホネッキーたちは着地、衝撃に体がバラけた。とはいえ、すぐ体が構成される。手に持っている、看板に文字が何か書かれている。
「――そう、理解できないのなら体に刻み込んであげる」
底冷えするような声で、けれど笑顔を保ったまま綾は言った。祥雲は綾の暴走しそうな気配にひとこと、
「可哀そうだから……ホネッキー……噛まないでね……」
そうして、白と赤の光を放つ鎖を出現させた。
「向こうはおっぱじめたようだな」
「さて、お前等はこの後どうするつもりだ?」
聞こえ始めた戦闘音に、ライアーと騎士は自分たちを取り囲む相手に尋ねた。
ビルを正面として左右に広がる通り。その右手側に祥雲と綾の二人、ライアーと騎士の二人は左側から通りを歩いていた。そんな折、急に行く先を遮るよう、地面から姿を現したホネッキーたち数人――囲い込みの現状の完成だ。
すると、集団の中から一人が前に進み出た。隙なく武器を構えている二人のうち、騎士へヒタと見据える。
一瞬の気も抜けない緊張感が暫し漂った。ライアーも他のホネッキーからの鋭い視線により行動を制限されざるを得ない。射竦められるわけではないが、張り詰めた緊迫感に身を正される。
(なんだってんだ?)
眉をひそめて強い警戒を表す騎士。
シミもホクロもない肌は白磁というに相応しく夜に輝き、さらりと夜風に揺れる長い髪は艶めいた黒。長い睫毛が縁どるサファイアの瞳に桜のような淡い色の頬、唇は紅をさしたが如き色。自前であり、努力の結晶でもある騎士の外見。息をしていなければ大きな西洋人形にしか見えない。
そんな騎士自身はホネッキーと対峙するのは初めてだ。個体の強さは弱いと聞いている。集団だと少々厄介だとも。警戒を強める騎士の頬は常よりも色づいて夜に艶めく。
不意にホネッキーが動いた。
鋭い観察の視線をそのままに、片腕をあげた。握られているのは看板。
「……看板?」
どこに隠し持っていたのか、その看板に書かれた文字。声を発せないホネッキーたちの意思表示の一種らしい。
『男なの女なの、どっちなの!?』
がくっと膝が折れそうなのを耐えて騎士とライアーは武器をふるった。
「ディアボロの分際で俺様(悪魔)に勝とうなんざ1000年早い」
スカートを翻しながら美しすぎる男性悪魔、騎士は言った。
「熱烈な歓迎ありがてぇんだが、もう想い人がいるんでね。――すまんがお引き取りいただくぜよ」
夜よりもなお闇色の逆十字を押し付けるがごとく落として、ライアーは言った。抱きつく隙を伺っていたホネッキーたちが一気に潰される。
「十字を捧げよう、きちんと受け取ってくれや」
月の光を背に浴びながらライアーはケラケラと笑みを零す。そこからは悪魔二人の独壇場――そうとしか言えない光景だった。
●
「始まったか」
ホネッキーの潜伏するビルの外階段、その半ばまで上った踊り場で扉を前にしゃがみ込んでいた篁は呟いて立ち上がった。
ホネッキーたちは総じて弱い。しかし、数が数なだけに街中で散り散りに逃げられると捕まえるのに時間がかかる上、取り逃がせば次の被害者も出てしまう。
ビル内部に潜伏しているというのならばそのままビル内だけで駆除するのが一番だ。ディザイアは上から、篁は下からと分担して外階段の封鎖をする。
視線を下に落とせば地味な色使いの服が視界に入った。原色ファッションを好む篁からすればダサイの一言だが、夜間の隠密活動する際に派手な色は厳禁だ。
自分の服装からは早々に視線を外せば手すりを透かして表路地が覗ける。道の始まりと終わりにKEEPOUTのテープが張られており、四人の仲間が骸骨と戦っている。
立ち上がりながら鞄に手を伸ばし、阻霊符を探り当てた篁は漸く正面を向いた。
「……っ!」
ぎょっとした、という表現が相応しいか反射的に足が後退をかける。狭い階段の踊り場だ、三歩とゆくうちに手すりが篁の腰にぶつかった。必然的に、至近距離だったソレから距離が取れ、全体像が分かる。
暗い光を灯す二つの穴と、サッカーボール大の白。――頭蓋骨。
ビルの内部から、頭だけ扉を透過しているらしい。驚きと警戒に身が固まる篁の前、それは頭を傾かせた。
何してるの? そう問うかのようにゆっくりと首を傾げたのだが、それが終わるよりも前に頭蓋の額へと銃口が押し当てられ間髪なく引き金が絞られた。
ドッ音が振動として返ってきて篁は銃を下ろした。そして阻霊符に手をかける。
「まったく……壁越えはルール違反だろ」
ゲームはルールを守るから楽しいんだよ、そう言いながら、篁は階段を登った。
「お、下は終わったか」
ディザイアがちょうど、上から踊場へと降りてきたところだった。
「そっちこそ。――僕はここから中の攻略に行くから、ここ閉めといてよ」
扉を開いた先には廊下があった。右側には一定の間隔ごとに扉がある。
「虱潰しか……」
やっとゲームらしくなってきた、と篁は口の端を少し歪めた。
扉を施錠したディザイアは上に戻るか、と翼をはためかせた。
阻霊符が発動しているので透過は使えない。外階段も全てが封鎖し終えたのでビル内部に入るには屋上か地上しかない。
もともとディザイアは翼によって上まで登ってから階ごと、扉を施錠しつつ降りて来たので二度目ともなるが地上よりも屋上にほど近い位置なのだ。
そうして、ディザイアはソレを発見した。
ビルの壁面に張り付く骸骨……。
「逃げているのか、あれは?」
バサバザと翼をはためかせながら高度を保つディザイアの視線の先、窓を避けるためにと右往左往するその動き。カサカサと壁を下へと這う姿は白くなければ某昆虫に見えたかもしれない、が彼女たちの名誉に関わるので明言はしない。
ハッとしたホネッキーは顔を回してディザイアを見た。そして何を思ったのか、そのままポロッと壁から手足が離れた。空中落下するホネッキーは落ちたのか、逃げようとしたのか。
「ワリィが逃がすわけには行かんのでな」
骸骨といえども女性なので、苦しまない様に一撃で、速やかに処理してディザイアは再び屋上へ急いだ。
「悪いホネッキーはいねがー、いねがー?」
そう、初めは囃していた美具は只今詩集を読んでいた。
ブランコのようにして椅子ごとヒリュウに運ばせて屋上についた美具。表で起こきたことに夢中で加勢にとビルをバンジーするホネッキーたちは隙だらけだった。
屋上に足を付けるとそのままヒリュウへと指示をだす。ホネッキーたちは一斉に同じ方向へと逃げ回り始め、屋上をぐるぐるヒリュウとホネッキーの追いかけっこが始まる。
落ち着いた雰囲気で月明かりの中読書する美具への抗議にホネッキーの一体が自らの頭蓋を投げつけた。頭蓋のなくなった本体は当然、視界もないので足が止まり、やたらめったら攻撃するヒリュウのボルケーノに倒された。一方、ホネッキーによる捨身の攻撃は
「甘い!」
キラン、と目を光らせて美具は武器を風車のように振り回して頭蓋を砕き躱す。
「ぬぬぬ。これヒリュウ、もっと気合い入れんかぁーっ!」
翼で舞い上がったディザイアが見たのは美具がホネッキーたちを蹂躙する姿だった。
「ふぅ、こんなものか。……む、待たせていたか。では早速降りよう」
息をついた美具はディザイアに気付くとそのまま、ヒリュウを先行させてビルに入った。
●
「はあぁああっ!」
気合の裂帛とともに寧は走り、槍を突き出した。眼前にいたホネッキーを串刺しにして、なおその勢いは収まらない。槍を突き出す姿勢のまま壁へと走れば突き刺したホネッキーが壁に叩きつけられた。完膚なき勝利である。
寧はビルの壁面を走って屋上に到着すると、美具が敵と交戦中なのを陰にビル内部に忍び込んだ。そのまま、エレベーターではなく内階段から下へと慎重に降り、ホネッキーたちの探索に入る。
そうして、ホネッキーと交戦をしていたのだが、先ほど死んだふりをされたのだ。
さすが、知能があるというべきか。もともと、死んでるんだか死んでないのだか区別のつかない外見である上に、寧が攻撃をするタイミングで関節を外して全身をバラケさせたので、攻撃が当たったと思った。
そんなホネッキーたちの作戦によって寧は四方を囲まれるという状況に至ったのだ。
だがそれは寧にとっても都合がいい。ニンジャヒーローによって注目を集め、同時に影から精製した棒手裏剣を周囲に撒き散らした。
攻撃を避けるのに集中したホネッキーたちのその一瞬で寧はホネッキーの串刺しを行った。同時に、それは寧がホネッキーの包囲を抜ける方策でもあった。
ずぶり、と壁から槍先を抜くと身を翻し、怯んでいるホネッキーの懐に飛び込む。
寧は長物が武器であり、速さも自慢の一つ。囲まれるという、敵の圧倒的状況の優位さえも覆す。
「残りは……どのくらいなのかしら」
敵の数は大凡でしかわからない。集団での行動特性があるため、少なくとも二十から三十体を見て置いた方がいい、と聞いているが……。
「っ!」
何かの気配を感じて寧は咄嗟に、空き部屋へと身を隠した。ほんの少しだけ扉を開けて、廊下の様子を伺い見る。
カラカラという、ホネッキー特有の足音が急ぎ気味に廊下へ響く。そして、人の足音と発砲音。
「あ、ずれた……なんでそこ動くかな」
篁の声がして、ドアの隙間から骸骨が通り過ぎるのを見た。追う者の追われる者の図である。
動かないでよ、といいながらも然程不満そうでない篁に、悲鳴。
「イヤァアアア!」
悲鳴、というよりも骨の擦り合わせたような音のような、よくわからないものが廊下に響いた。骸骨から、発せられている。
(もしかして、あれが親玉?)
ホネッキーたちの中にはホネッキー・ネオという喋るディアボロがいるという。骸骨であるホネッキーたちがどうやって声帯もなしに喋るのかは不明ではあるが、悲鳴を上げているからには目前のホネッキーが司令塔であるのかもしれない。
「ん?」
身を乗り出し過ぎていたのか、篁が寧に気付いた。
「今よ!」
篁の視線が逸れると同時、ホネッキー・ネオが逃亡に走った。エレベーターの開閉ボタンを押して乗り込むのに、篁は銃を打ち込んだ。寧も部屋から飛び出し、エレベーターへと走る。だが、銃弾を縫っての接近も、エレベーターの扉が閉まったことで終わる。
せめても、と扉に槍を突き立て開けようとするも既にエレベーターの階数表示は動き始めていた。すなわち、エレベーターの中身はもう動いてしまっているということだ。
はぁ、と狭い室内に一息するホネッキー・ネオ。
実際には遺棄などしない骸骨の身なので気分だけではあるものの、密室という絶対安全領域での一心地だ。
既に大勢いた部下たちはやられたらしい、とあたりを付ける。路地にて獲物を探す者たちと屋上に一塊ずつ、後はビル内で好き勝手やっていたのだ。
数体ぐらいは残っているかもしれないが、意志疎通での連絡が来ないことから全滅と考えていいだろう。
ビルは物質透過ができない状態だが、外に出てしまえばそれも変わる。
そう、下へと向かっていたエレベーターがチン、と音を立てて止まった。ゆっくり、扉が開いてゆく。
ぐしゃ。
何かを認識するまでもなく、ホネッキー・ネオは潰された。
「可愛いは正義! なのよ」
うふふふ、と笑みを零したのは綾だった。
地上でのお掃除が終わって、エレベーター待ちをしていたところ、敵から飛び込んで来てくれたというわけだ。
「まぁ、ビル内の清掃といこうぜ」
ライアーがそう言いながらエレベーターに乗り込んだ。
一体も逃がさない、そう根こそぎビル内を点検・掃除しなければならないのだ。ネオだとか、司令塔だとか関係なく。
骸骨型ディアボロ、ホネッキー。
久々の登場にもかかわらず、招かれなかった客によりナイトパーティーの幕は閉ざされた。