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中村 巧(
jb6167)は明日から始まる依頼の準備をしていた。以前、天魔の炎によって大地が焼かれた土地の再興。
町住人の士気が一部を除きさほど高くないらしい。遅々として進まない復興に学園へと依頼が来たというわけだ。単なる復興作業ではなく、人心が問題であるということ。
巧はあまり人と話すことは得意ではないが、本を読むことが好きだ。持っていけば子どもたちに興味を持ってもらえるかもしれない、そう思いながら荷物にどの本を積むかと思案していた頃、その報はやって来た。
「復興中に再襲撃で御座るか……」
なんと惨い、と言葉を漏らしたのはエルリック・リバーフィルド(
ja0112)だ。常にない、難しい表情を浮かべている。
「皆ががんばってるのに、また壊しに来るとか……そんな酷い事するのは、めっなの」
一方、若菜 白兎(
ja2109)はわかりやすい怒りの表情だ。頬を膨らませて、けれど瞳だけは悲しげだった。
「もう夕刻ですし、長期戦の可能性も見て光源も必要となってきますね」
ふむ、と頷き荷物を改めて確認する御幸浜 霧(
ja0751)。
「レッドグリズリーが五体。……多いですね」
十分に気を付けて戦いましょう、と資料に目を通しながら黒井 明斗(
jb0525)が言った。
レッドグリズリー。近接戦闘に特化した強力なディアボロだ。知能は少ないが体格に見合うだけの攻撃力を持つ。そして何より、特記事項――炎を好むという性質。
(完全勝利、今回はそれが必要ですね)
固く誓う。
炎に焼かれた土地で、炎を纏う敵を前に一歩でも退くわけにはいかない。
「……急ぐぜよ」
転移の準備が整ったことを告げるスタッフたちに向き直りながら麻生 遊夜(
ja1838)はその一言だけを漏らした。くしゃりと握りつぶされた書類がその手に握られていた。
「あそこ!」
町へと着き、町人へ即座に敵の行方を尋ね、方角を知る。案内してもらうより、上から見た方が早いと空へと上がったユリア(
jb2624)は叫んだ。
全長4メートルもの巨大な熊が炎のような体毛を夕日に滲ませながらゆっくりと歩行していた。未だ警戒もなく歩いている風だが確実に町の方へと歩みを進めている。
そしてその前方、小さな影――人影が一つ。
「一般人、依頼人らしき人もいる」
敵を発見したのは見回りに出ていた者、というから敵の様子を伺うためにもその場に残っているのだろう。けれど、近づきすぎだ。そろそろ敵も依頼人に気付く。
「……被害は出させない。その為に、全力で叩く」
決意を口にして橋場 アトリアーナ(
ja1403)は敵へと駆けた。
一体の懐へ飛び込み、斧を回転させるも巨体に似合わない俊敏さで攻撃を回避される。そんなアトリアーナに早くも攻撃を仕掛けようと拳を握る二体目。だが、
「戦いなんて……大嫌い……」
ぽつり、と本音を口にしながら柏木 優雨(
ja2101)が割り込んだ。握りこもうとしていた拳に優雨のナックルが叩き込まれる。
「……でも、戦わないと……。失ったもの……大事だったって……証明するために……」
攻撃をする隙を与えないとばかりに連続して拳を叩き込んでゆく。
(炎が嫌いなら……私が雨になるの……)
悲しい思い出ばかりの土地ならば自分が雨となって苦しみも恐怖も洗い流す。その想いを一つ一つ、拳に込めて振るってゆく。しとどと降る雨のように、絶えなく。そして、雨が上がった頃には綺麗な景色がもう一度見られるように。
「……私がお相手するの」
一体ずつ肉弾戦に持ち込んだ二人とは別に、白兎は一体のレッドグリズリーへ魔法攻撃を掛けた。
アトリアーナ、優雨の二人へと攻撃を仕掛けようと注意が逸れていたところに顔面へ無数の羽が襲って来、怒り憤る顔を白兎へと向けた三体目。
白兎はこっちに来いと手を振ってその場を駆けだす。簡単に挑発に乗ったレッドグリズリーは他へ背を向けた。優雨の思うが儘、追いかけてきたそれは仲間と分断されたことにまだ気づかない。
「拙者、これ以上の狼藉は許すわけにはいかぬで御座る!」
忍術書を取り出したエルリックは風の刃を生みだし、残る二体へと向けた。強靱な肉体を盾に、防御の姿勢を取る二体。攻撃が止んだと思い体勢を崩したところに間髪なく降り注いだのは彗星だった。
「これ以上、誰一人、やらせない!」
明斗のコメットが敵二体を押しつぶそうと上から押さえつける。
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(こういう時、もっと早く来ていればって思っちゃうね)
大小さまざまな瓦礫の転がる地面に落とした視線を戻しながら、灰燼の書を構えた。
(それでも、今できることをやるしかない)
「皆さーん、ご安心をボク達がいるからねっ♪」
先ほど町人に敵の居場所を聞いたからだろうか、ぞろぞろと現場についた観客が少し距離を開けながらこちらを、戦闘の様子を伺い見ている。
不安。明け透けな内情だ。
炎に焼かれた土地だからこそ、炎に恐怖を抱く。そして見ずにはいられない。黙ったままではいられない。だからこそ、不安を拭い去るよう、雪彦は笑顔を向けた。
「何か、何か我らにできることは……!」
「あぁ、依頼主殿? 勝手のわからぬ方に自由に動かれると、わたくしたちの作戦が崩れます。ですので、ここはわたくしたちに任せ、後方での待機をお願い致しますね」
きつい言い方をして、霧は依頼主を遠ざけた。他の観客同様、もっと離れろと示す。
「しかし……!」
「今ここで死んだって何にもならないよ。死んじゃった人達だってきっとそんなの望んでないだろうし」
なおも言い募ろうとする依頼人にユリアはばっさり告げると、そのまま戦線へと向かっていった。前衛のサポートだろう。
霧も早々に戦線に加わらなければならない。だが、
(不穏ですね)
血気盛んに、ディアボロを睨みつけその場を移動しようとしない依頼人。今にもディアボロへと突撃していきそうな雰囲気だ。
(命を投げ打ってまで――)
語彙を強くして放った言葉もこの勢いを前にしてはどの程度効果がある事やら。
到底、人の身では叶わないとわかっているだろうに、それでも命も体も削ってでも仇討たいと強く思う心が伝わってくる。
「依頼人殿。もし貴方が拙者たちを助けたい、敵を倒したいという気持ちをどうしても行動に移さなければ、というなら光源でも用意して御座らんか?」
一撃離脱のスタイルでちょうど後退したエルリックがそう言ってまた敵へと突っ込んでいった。
簡潔だが、お願いをされたことに依頼人はハッとしてエルリックを見た。そしてすぐさま駆けだした。後ろの町人に明かりを借りてこようというのだろう。きっと、町人たちの元へ行けばそのまま引き留められてこちらに戻って来はしない。
霧は背後、依頼人を気にしながら戦闘態勢を整える。紫色のアウルが全身を包み込み、フッと目を開いた霧。車椅子から立ち上がる。
「早々に敵を倒しましょう」
背を正し、弓を引き絞る。狙う先には優雨と戦うレッドグリズリー。激しく動く二人を捕らえるのは難しい。だが、
攻撃のフェイントをかけて後退した優雨。拳を突き出して体勢を崩したレッドグリズリーの足元へ弓を打ち込む。
依頼人と霧のやり取りを見ていた遊夜は右手の人差し指にはめたリングに触れる。一息ついて精神を落ち着けると、敵を見据えた。
「始めようか……穿ち腐れろ、爛の華」
彼らに掛けるべき言葉が浮かばない。きっと、どんな言葉を――慰めを受けたとしても失った悲しみは癒せない。だからこそ、自らの行動で示す。
(まずは敵の装甲を引っぺがすところからだな……)
両の手に銃を構え、放つ。着弾した銃弾は敵の武骨な肉体に蕾模様を描き出す。
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踏み出す先に弓が撃ち込まれて出鼻をくじかれたレッドグリズリー。その隙を逃さないと、雷撃を繰り出す。直撃だ。そのまま拘束へと乗り出す。
「深淵の悪意-Scolopendra gigantea」
心の中に仕舞い込んでいた闇を解き放つ。
現実に具現化されたそれはまるで底なし沼だ。優雨の足元から波紋を広げる様にグリズリーまで領域を拡大させる。と、闇から出てきた蟲腕がグリズリーを拘束する。
「黙ってるだけじゃ……怯えてるだけじゃ……何も変わらないから……」
ムカデ。それは振り払うことのできない優雨の心の闇であって、優雨を護るもの。
戦いは嫌いと言いながら戦うのと同じ。矛盾する心はいつだって優雨の心を掻き乱した。それでも、二つとも、本心だから。
「あなたはここで終わり……」
瞳の色と同じ、紫の雷が敵を撃った。
(やっぱり、あまり賢くないの)
挑発に乗って白兎を追いかけてきたレッドグリズリーを分析する。しかし、思わぬことに外見に反して俊敏なレッドグリズリーにどうやって攻撃へ転じようかと思いながら拘束の隙を伺う。
そこへ、炎が近くに放られた。雪彦が灰燼の書で生み出した炎剣。それに興味をそそられた様にレッドグリズリーの動きが止まる。
「確か、炎を好む特性があったの……」
気を逸らした瞬間を逃すまい、と出現させた鎖でレッドグリズリーを拘束する。足元への注意がなく、つんのめるレッドグリズリーに蛇が噛み付いた。
アウルで生み出されたそれが傷口からレッドグリズリーの全身に毒を流し込む。
即座にグリズリーは暴れ出し、鎖を引き千切る。だが、
「千切られたら掛け直せばいいだけなの」
格段にスピードの落ちたレッドグリズリーに審判の鎖をかけて地面に留める。それを繰り返せばどぉん、と大きな音を立ててグリズリーは倒れ込んだ。その背中には綺麗な花が咲いていた。白兎が鎖を消した頃には死した肉体は溶け崩れていた。
斧を振り回し、ひたすら攻勢を続けるアトリアーナ。守備に入れば押し負けるのが分かりきっている。転がる瓦礫による不安定な足場だが、動きは止まらない。
けれど、装備の負荷が体に鈍さを与えた。
その瞬間、斧の刃が食い止められる。ガッチリと鋭い爪で押さえつけられている。両手で握る斧がびくともしない。
「……っ!」
斧を食い止める手とはもう一方が握りこまれる。
「後ろが隙だらけで御座る!」
瞬時、忍び寄ったエルリックがレッドグリズリーの背を双剣で斬りつけた。
痛みに腕の力が弱まったところ、斧を引き寄せる。
「死牙を使わせてもらうの」
斧を地面に突き立てればアウルが沸き立つ。巨大な獣の頭部を装ったそれがレッドグリズリーへと噛み付いた。
レッドグリズリーは痛みに吠えながら拳を乱雑に振るった。それにアトリアーナもエルリックも退かざるを得ない。
上空から隙を伺っていたユリアはそれを見て、浮かべていた光球を向けて爆発させた。月光色の光球は光の粒子となって周囲に飛び散り、レッドグリズリーに細かく突き刺さる。
(ここで御座る!)
エルリックは苦無を投げつけ、レッドグリズリーの影を縫いとめた。
「アトリ、今で御座る!」
アトリアーナは小さく頷き、無慈悲な追い打ちをかけた。
近接で向けられた拳をシールドで防ぐも、巧は受け止めきれずに地面をこすりながら後退した。その隙を追撃しようと距離を詰めるレッドグリズリーに白い光を纏う銃弾が撃ち込まれる。
「さぁ、懺悔の時間だぜぃ!」
口、手、足と次々に銃弾が撃ち込まれる。防御の体勢を取るも、銃の威力に押されて後退したレッドグリズリーも地面をこすりながら停止した。
その瞬間。鎖が巻きついた。
「今です!」
明斗からの合図に、巧はウイングクロスボウを構えた手にありったけのアウルを溜め、放った。
「みんな、怪我はない?」
フレンドリーに問いかけ回る雪彦の目に、項垂れる依頼人の姿が飛び込んだ。
「また、何もできなかった……」
力なく呟く依頼人に声をかける。
「何もできなくないよ♪ 貴方は貴方のできることをやったんだ」
顔を上げた姿に、未だ活力はない。周りを見てほしい、と雪彦は言った。
「貴方が呼んでくれたから、ボクらは此処に来た。貴方がいたから、護れたんだ」
彼らの、今ここにある笑顔を護れたんだ。
勝利に、不安が吹っ切れたように笑顔を見せ、騒ぐ人たちに思った。
もともとは父や兄を見返すために撃退士になった。けれど、未来に向けて、希望に輝く笑顔を護れたことが今はとても誇らしい。
「エリー」
「え、えええとアトリ殿!」
さっきのコンビネーションは良かったと、そう言おうと思って声をかけたアトリアーナ。けれど、
「先ほどは緊急事態だったために呼び捨てにしてしまい、いやでも緊急時以外にも呼び捨てても良いのならそれはそれで嬉しいのでござるが、先ほどは」
何やら慌てて、顔を赤くしたり青くしたりしているエルリックにきょとんとした。どうやら呼び捨てにしたことについてらしい。
「今後も呼び捨ては勿論おっけーですの」
「僕は他に敵が近くにいないか、見てきます」
そう言って町から離れてゆく明斗を見送って遊夜は大きな瓦礫に腰かけるとふぅ、と気の抜けるように息を漏らした。
「にいさん、にいさん。こっちに来て宴会しないか?」
陽気に、明るく話しかけてくる町人に目を瞬かせて、けれど本来のお調子者が戻ってきた遊夜は宴会に混ざりはじめる。
そんなこんなで夜は深まってゆく。
明日からは復興の手伝いが始まる。