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「あの町か……」
城里 千里(
jb6410)は呟きを漏らす。
「住民全員で大移動、なんて思い切ったことするなとは思っていたけど……」
あの様子なら肯ける、と言い高虎 寧(
ja0416)は足を速める。見晴らす限りの平面。高さのある建物がほとんどない。瓦礫と、露出した土の町。
(この景色、なんだかもやもやする――)
七ツ狩 ヨル(
jb2630)はその景色に目を伏せた。
以前は何も思わなかった。けれど、今は違う。久遠ヶ原に所属するようになり、人の営みというものを知ったからだろうか。
(ここにあったはずのものを壊したのは……いや、今はただやるべきことをやろう……)
そんなヨルの横、同じくはぐれ悪魔のルーガ・スレイアー(
jb2600)はいそいそとスマフォを弄っていた。町の中では電波が悪く、通常の携帯が使えない。仲間内では借り出してきた光信機を使って連絡を取り合うつもりだが、つぶやきは自分の携帯でなければ、と戦闘前最後の更新をしているのだ。
『決死の救出作戦なう(`・ω・)シャキーン』
ふぅ、と息をついて漸く大地を眼にしたルーガ。真正面から、現実に対峙する。
――ォン!!
耳に届く、遠くの爆音。明らかに、それは攻撃を受けていた。
「敵か!?」
言って、ディザイア・シーカー(
jb5989)は背に翼を出現させる。
「東四キロ地点に四体、北西七キロ地点に二体の反応がありますわ」
斉凛(
ja6571)は目を閉じて、意識を町へと集中させる。索敵の網へと引っかかる、僅かな反応に急ぎ、伝えた。
「東の方向には私が行かせてもらうわァ。敵の姿、ぜひとも見させてもらいたいものォ」
黒百合(
ja0422)が早々に名乗り上げる。その表情はそれ以前と同じく笑みを象っているが、その種類が違った。戦いを前に、興奮の様相と冷たい視線。相反する二つを備えた、独得な笑みだ。
「……俺が翼で回り込む。誘導してほしい」
「俺も行かせてもらう。そっちは頼めるな」
ヨルが東への同行を申し出れば、ディザイアも回り込みに挙手した。
小松 菜花(
jb0728)が両手を広げ、召喚の体制に入る。
「高速召喚術式展開、スレイプニル召喚。菜花もいざ、出撃……なの」
召喚したスレイプニルによじ登ると、体制を整える菜花に寧は頷いた。
「北西はうちと菜花、後誰か注目スキル持ってる子、来てもらえる?」
「注目ではないが私は挑発スキルがある。翼も持ってるしな」
東の四体に黒百合・ヨル・ディザイアの三人、北西の二体に菜花・寧・ルーガの三人が対応すると決まり、六人は町へと走った。
「私たちは避難所へ行きましょう」
振り返って沙 月子(
ja1773)が言った。
「住民はこの場所に避難しているらしい。直線距離で行こう」
礼野 智美(
ja3600)が地図を広げながら示す。
「索敵ならお任せください」
凛がそう言って頷き、先頭に立った。それに森浦 萌々佳(
ja0835)が続いた。
「何事もなければよいのですが……」
マリア・ネグロ(
jb5597)はそう、呟き後を追った。
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「いたの……古い、えすえふ映画の定番の格好なの……」
クライムをしていた菜花が見つけるのと同時、地上から町を探索していた寧が要救護者を発見する。
(厄介ね……)
ヘルズアイズはそう強い敵でもないが、厄介な能力を持つ敵でもある。浮遊しているので地上からの近距離攻撃は届かない。ヘルズアイズ自身、中長距離を得意としているので、相手の土俵に上がる以外ない。
とはいっても、ヘルズアイズは攻撃手段が一つしかない。その一つこそが最も厄介なのだが、現状、追われている人物に目立った怪我がないのは天魔からの攻撃を受けていないからだろう。受けていたなら即死のはず。
横にいるルーガに作戦を伝える。
「任せろー…やってやるのだー( ´∀`)!」
ぐっと指を立てたルーガが前に飛び出した。
「やーいやーい、ばーかばーか(・∀・)!」
挑発スキルを使用し、ヘルズアイズの一体がルーガに注目しはじめた。だが、もう一体には効果がない。
「へいへーい! お前、脳みそのしわ少ないー! つまりバカー( ´∀`)!」
そう言いながら、早々にルーガは逃走の体勢に入る。要救護者のいるこの場所で戦闘に入るわけにはいかない。
ヘルズアイズ一体がルーガに連れられてその場に離れるのを確認してから菜花はもう一体の前に姿を現した。ぎょろつくヘルズアイズの目が菜花を移した、その間に寧は物陰に隠れつつ要救護者の下へと向かう。
「……っ!」
天魔と龍を見ていた要救護者は驚きに目を見張った。
「うちたちはここを離れるけれど、他に敵がいるかもしれない。仲間が迎えに来るまで、そこに隠れて待っていてくれます?」
近く、隠れられそうな場所への避難を指示して寧は菜花の後を追った。
「……危ない、のっ!」
追跡してきていたヘルズアイズからの攻撃を間一髪、避けた菜花は光線が空に消えていくのを見て、前進するのを止めて振り返った。
「高高度拠点防衛用移動式レーザー砲台という感じなの……でも、目からビームって趣味悪いの」
ヘルズアイズ、唯一の攻撃方法。長距離攻撃にして破壊力抜群な、一撃必殺。目から放出される高密度光線。通称、目からビーム。
スレイプニルの特殊効果、追加移動がなければ距離をもっと詰められており、光線の進路に入っていただろう。ヘルズアイズ自体、これ以上離される前に攻撃をと先手をかけてきたのだろう。そして、ヘルズアイズの目は三つあるのだ。
「後二射交わしてしまえばこっちのものなの……」
対峙しつつ、いつでも攻撃を避けられるようにと隙を窺う菜花。けれど、敵との睨み合いの最中、忘れちゃいけないもう一人がいる。
寧が再度、ヘルズアイズの隙を窺っていた。
(今!)
ヘルズアイズが二射目を放つのを確認した寧は手裏剣を放つ。狙いは目玉のうちの一つ。
菜花は姿勢を低くして光線を避けると共に突撃をかける。光線は僅かに掠ったが、マスターガードでダメージは減少する。素早く接近した菜花はランタンシールドで目玉に攻撃を仕掛ける。ヘルズアイズがバランスを崩したように降下した。
「……成功、なの」
高度が下がったヘルズアイズに寧が影を伸ばした。空中で影に絡め取られるヘルズアイズ。
「新必殺技、受けてみるの。スレイプニル、ボルケーノ……」
格好の的に、スレイプニルが猛攻を仕掛ける。
「そーれ、ばさあっとな!」
放たれた光線を空を飛んでルーガは避けた。日差しを背に、ヘルズアイズの背後へ回り込む。ルーガを追って視線を上へと上げたヘルズアイズは太陽光に目が一瞬くらんだ。その隙をついて、ルーガは構えた弓を放つ。直撃だった。
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「あらァ……何かと思えばヘルズアイズじゃない♪ 餌を前にはしたなく興奮しちゃってぇ、これだから低能はいやなのよォ」
爆煙の未だ立ち上るその場所を見つけるのは容易かった。浮遊する脳味噌――ヘルズアイズ四体の前に、黒百合は姿を晒した。
ニンジャヒーローを使用して二体の注目を自身に集めながら、ゆっくりと位置をずらしていく。瓦礫の多い地面を避けて、壁へと足を着けるとそのまま逃げに走る。注目の効果は継続し、二体を引き連れて黒百合はその場から離れた。――誘導である。
デビルブリンガーを装備したその素早さは誰をも寄せ付けない。ある程度敵との距離を稼いだ黒百合の視界に何かが光るのが見えた。
(反射――うまく回り込めたみたいねェ♪)
移動を止めて黒百合は振り返る。その手には既に構えられたスナイパーライフルSR45がある。
「さてェ、その小汚い脳漿ぶちまけて、眼球を吹き飛ばしてあげましょうかねェ」
追随していたヘルズアイズの一体が移動を止め、ぎょろりと動く目を黒百合に定めた。攻撃の態勢に入ったのだ。だが、それよりも黒百合が銃撃を開始するのが早い。
斜め上を狙い撃つ。撃つ。撃つ。敢えて直撃よりも掠る程度の場所に連続して。それは敵の視界を揺さぶり、バランスを崩し、脳みそが裏返る。
反転したヘルズアイズには黒百合の次の攻撃が見えることがない。後に追い付いてきたもう一体を視界に入れるのみ。止まった黒百合へと放とうとされていた光線がその時になってようやく放たれる。
「あはァ、脳髄と脳漿が綺麗にシェイクされたわねェ…ある意味では前衛芸術的じゃないのさァ……♪」
仲間を巻き込んだ光線と自らの崩壊、どちらが先か。脳の中身が空から落ちてくるのを見ながら、黒百合は狂気の笑みを手向けた。
仲間二体が撃墜されたのを目視したヘルズアイズ二体が黒百合に攻撃の焦点を合わせる。攻撃を放った後の隙を狙ったつもりだったが、それが放たれるよりも前、物質透過で素早くヘルズアイズの懐に入り込んだディザイア。
目玉に銃口がぶち当たる程の超近距離から銃を発射する。
「目玉、潰しときゃ光線なんざ吐けないだろ?」
ディザイアが対峙するのと別個体に照準を合わせたヨルが攻撃を開始する。
「……邪魔」
呟いたヨルはディザイアへと合図を送って離れるように指示すると、ヨルは炎を周囲に呼び出した。解き放たれたそれらは踊り狂うように予測のできない軌跡を描きながらヘルズアイズ二体へと激突した。
(……あんなのが飛びまわってちゃ、空も眺められない……)
撃墜された二対のヘルズアイズがヨルの視界の中を縦に落ちていく。
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「一体どういうことだ。私等は護衛を十二人、頼んだはずだが君らは六人じゃないか」
避難所についた智美は町住人のリーダーらしき者に詰め寄られていた。
「もう六人は今、町中に発見した天魔と戦闘中です。後から来ますのでご安心を――」
「そんなのはどうでもいいんだよ。私等は町を出たいだけで、天魔を倒してほしいわけじゃない。すぐにでも町を出ようと思っていたのに……」
これじゃ、まるきり違う。そう言う男に千里は眉をしかめた。
「町の住人が襲われてるんだぞ、見捨てるのか?」
「君らこそ、そちらに戦力を割いて私等をきちんと護れるのか?」
逆に尋ねられて、千里は二の句を告げなかった。避難住民の人数が予想を超えていた、ということがあったからだ。
避難所に所狭し、と並ぶ人数は召集された12人全員が各10人の護衛をすると換算しても足りることがないだろう人数だ。襲撃を受ける可能性を考えれば護衛の専任として予め決めていた、千里含む四人のみではとても対応ができるとは明言し難いものがある。
「天魔を前に人は無力。けれど救いはあります。それが私たち、撃退士なのです」
かつて、マリアは人々に絶望を与える側だった。人は弱く、祈る。しかしその祈りを聞き届ける者はいなかった。だからこそ、マリアは堕天し、願われる希望に自らが生ろうと思った。不安に恐れ戦く心、恐怖、それを照らしたい。
「年若い者が多いとはいえ、撃退士は日々鍛錬を積み重ねております。実力は一騎当千とお考えください」
智美はリーダーへと信頼してほしい、と真摯に訴えた。
「……こういうことは君らの方が専門だ。これ以上、口は挟まない」
「ありがとうございます」
それで、移動ルートの確認ですが……。そう、話し始めた智美とリーダー。千里も地図を覗き込んでいたが、連絡があった。
「――ああ、わかった」
要救護者を発見した、との連絡を受けて千里は月子とともに物資を配っていた萌々佳へと外に出る旨を伝えた。
「は〜い、護衛はお任せください〜。それでは次はお菓子を配りますよ〜」
千里の言葉を軽く流して萌々佳と月子は子どもたちを相手にする。凛も応急手当てをする手を止めない。
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「先頭の護衛をさせて頂く、久遠ヶ原の沙と申します。少しの異変でも、遠慮無く言って下さいね」
「臆せず進みますよう……我が力は貴方がたを護る為にここに……」
それでは、と移動を開始する月子の隣に智美も並ぶ。殿にマリアが付いた。要救護者の回収に行った千里も合流次第、殿につく。
長蛇の列となった避難民の中央近くに凛と戻ってきた寧が配置している。その前後に黒百合と萌々佳。翼の使用できるルーガ・ディザイア・ヨルの三人と飛行できる菜花は進行ルートの前と列の後方を見回りだ。
「敵が避難ルートに近づいてますの。応援お願いしますわ」
移動を開始してから十分も経たずに凛は敵を感知した。日に何度も襲われる、というのは伊達じゃないようだ。すぐさま連絡を取り、見回り四人に戦闘に入ってもらう。
(少しルートを変更した方が良いかもしれませんね)
そう思うのもつかの間、新たな敵を発見した。
敵との遭遇に備えて先行していた智美は凛から敵発見の報告を受けると同時、ヘルズアイズを発見した。正面から遭遇したため、相手も智美を発見している。
智美にとって、上空・中距離が得意な敵は相性が悪い。最初から全力のつもりで闘気を全身に漲らせる。
「生き残った人たちだけでも、脱出させる……!」
ここで時間をかければ先頭の一般人、及び月子が到着してしまう。その前になんとかしなければ。そう、弓を構えた。
だが、正面からの攻撃では相手も避ける。先制を取って攻撃を開始できたはいいものの、隙を見せれば相手からの光線がやってくるだけだ。
汗が流れた。背後に近づく避難民の列。一瞬の隙だった。――弓が的を外した。次の弓を継がえるが、光線の準備の方が早い。
「ぐ……っ!」
ヘルズアイズが光線を放とうとした時。
「乙女参上!」
タウントを使用した萌々佳が登場した。ぎょろり、と視線を動かし、ヘルズアイズは照準を外した。
「は〜い、こっちですよ〜」
萌々佳はすばやく背を向けて移動を開始した。避難民たちのルート上ではなく、町の中央へと戻っていく。ヘルズアイズは萌々佳に引き寄せられて誘導されていく。その先では先回りしていた凛が待っていた。
建物の陰に隠れながら地上から上空へと構えた。視線の先を萌々佳が通過した。
「お客様をおもてなしさせていただきますわ。銃弾のフルコースを召し上がれ」
萌々佳を追ってきたヘルズアイズが視野に入ったと同時、引き金を引く。超長距離狙撃を開始する。
それぞれがそれぞれに戦場を駆けていた時、漸く町の出口へと避難民の列が差し掛かった。だが、
「皆さんは下がって。私がお相手します」
町から出たら終わり、ではない。次の町に到着するまでは油断ができない。
月子は冷静に、避難民を背後に庇った。その隣で智美も構える。
目視できる位置に近づいた、まだ遠い天魔の群れ。
「おいたがすぎる子には、お仕置きが必要ですね……」
戦闘中の仲間には適当に切り上げてこちらへ応援をと頼んだ。いったい、どこまで持つかはわからないが、避難民の移動・誘導はマリアと千里に頼むしかないだろう。
時刻は夕方に差し掛かり始めている。避難民もまた、次の町への移動は夜を越さなければなりそうだった。