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「――と、よろしくな」
ケイ・フレイザー(
jb6707)はそう言って通信を切った。そして溜息を吐き出す。
町に待機している撃退士への報告だった。
山中での捜索時にディアボロを発見したまでは良いものの、デーモンバッドの大群は数匹で攪乱中に大多数が逃げて行った。つまり、取り逃がしたのだ。
足取りを追うにしても、まずはテントへの連絡となり現在に至る。
「さて、どうする? これから暗くなってくるし、手分けして探した方がいいとと思うんだが」
志堂 龍実(
ja9408)の言うことはもっともだ。鬱蒼とした山ということで灯りはもともと少ない上に、山の日暮れは早い。本来ならばそろそろ山の調査を切り上げるべきだ。
とはいえ、天魔が見つかった以上そのままにしておくわけにもいかない。取り逃がす云々の話もそうだが、町を襲いかねない。
「私は二班フォーマンセルを押すよ。夜ともなればデーモンバットに利がある。戦力の分散は良くないと思うね」
敵がまとまって動いているとも限らないわけだし、と常木 黎(
ja0718)が提案した。
「以降の戦闘には灯りも必要となるでしょうね。戦力の均等と光源の方も確認しましょう」
黒井 明斗(
jb0525)は考え込むような顔をした後、フラッシュライトを取り出した。皆もならって申告をする。
フラッシュライト・ペンライトで照らすか、ナイトヴィジョンで視界を確保するかは各個分かれるが、完全に夜に対応していない装備の者はいないようだ。
「戦闘中は装備品を手に持っているわけにもいきませんから、スキルで対応して……私は星の輝きを使用できる黒井さんは分かれた方がよさそうですね」
戦闘中はトワイライトを浮かべられます、と紅葉 公(
ja2931)は言った。それを参考に、AとBで班分けをしていく。
その時、ケイの携帯が振動を繰り返した。町のテントからの折り返しに首を捻りながら受話する、と。
「は……? 一般人の子供が迷い込んだ可能性あり!?」
聞いた内容に目を見開いて叫ぶケイに、皆が話し合いを止めた。
「……ああ、ああ。わかった」
そのまま、難しい顔をして電話を切るケイを待ってから、不破 玲二(
ja0344)は声を掛けた。
「子供がいるって? ディアボロも見失ったって言うのに、面倒なことになりそうだな」
「即急に保護をした方が良いですね」
織宮 歌乃(
jb5789)も困ったような顔をしてディアボロ探索の他に目標を立てる。
「子供は二名らしい。更に、厄介なことに撃退士へ反感を抱いているらしい」
ケイから聞いた追加情報に、黎は皮肉気に笑って見せた。
「こんな職をやってるから恨まれたりするのは慣れてるもんだけどね」
撃退士は天魔を狩るのが仕事だ。だが、人々の命や街を守るのに間に合わない時もあるし、戦闘中に町が傷ついたなどと恨んでくる者もいる。
だが、そう言ったものの多くは大人からの言葉。心に傷を負うのは大人も子供も関係ないとはいえ、幼心に傷をつけてしまったというのは少なからず罪悪感が生まれる。
「お腹、空かしてたりしないかな」
ぽつり、と天羽 マヤ(
ja0134)が言った。
「子どもたちを見つけたら、食べ物や飲み物を渡しましょう。暗くなってきたら不安にも思うだろうし」
明るく、柔和に笑むマヤに玲治も俺もだ、と答えた。
(参るね、ほんと)
復興中の町だから食料物資が足りていないとか、山中で非常用食料だとか、そんなことは全く考えていない。単に、夕刻になれば子供はお腹を空くという、それだけの単純な方式だ。難しいことは今考えるべきではない。
子どもたちが自分たち――撃退士を恨んでいようが恨んでいなかろうが関係ないのだ。自分たちが取るべき行動はひとえに同じ。天魔を討伐し、人は守る。それだけだ。
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「普段子どもたちがどのあたりで遊んでいるとかわかりませんか? あと、名前とか」
探すののヒントになると思います、と言うマヤにケイはやはり明るい顔をしなかった。
「片腕を釣ってる奴がタケルで、もう一人は頭に包帯を巻いてるらしい。こっちの名前はわからないそうだ。事前の状況を聞く限り、これ以上の情報は難しいかもしれないな」
非協力的である、との言葉は呑み込んだがニュアンスは伝わってしまったらしく、再び暗くなるかと思えたが存外耐えた様子もなく、マヤは話題を変えた。
「じゃぁそろそろ……子供ないし、敵を発見したら連絡合流ですね」
「――くん! いましたら返事をして下さい」
呼び声と茂みを掻き分けるガサガサとした音が遠くなってからタケルとダイは身を潜めていた草むらから頭を出した。
「……なんだあいつ等」
「あの撃退士って奴らの仲間かな」
遠くなる背を睨みつけるダイの言葉にタケルが呟く。ダイはふん、と鼻を鳴らして
立ち上がると一人では立ち上がれないタケルに手を出す。
「おい、呼ばれたら返事しろよ」
宙ぶらりん。ケイに首根っこ捕まえられたタケルとダイはうわぁああああと叫んだ。
撃退士に反発心を持っているらしき二人を探すのに、名前を呼ぶだけでは出てこないだろう、と通り過ぎたふりをして戻って来たのだ。実際には明斗の生命探知で二人とも探し当てていた。
「離せよっ!」
負けん気の強いダイが短い脚と手で抵抗を始めるのに倣い、タケルもやたらめったらと体を動かす。だが、片手を動かせないタケルにその動きは負担が大きい。すぐさま顔をしかめて動かなくなる。声を出さないのは意地だった。
ケイはため息を吐き、ゆっくりと二人を地面に降ろした。他のメンバーを振り返れば」苦笑する明斗がA班へと連絡を取り始める。
「この辺はまだいろいろと危険なんだよ、大人しく帰ってくれないか」
抵抗すればするだけ俺たちと長い時間一緒にいることになるぞ、と言いながら玲二は二人が逃げてしまわないよう、後ろからガッチリ掴む。
ケイは二人の前に屈みこみ、合わせた掌のなかにアウルを溜める。ほんの一瞬で構えを解くと、掌から冷気が零れ落ちた。いつのまにかケイの手の中には小さな氷塊が二つ出来上がっていた。
ほら、と言ってケイはダイの頭に氷を押し付け受け取らせた。タケルにも、と思ったがタケルの様子がおかしいのに気付く。
「危険って、あの化物どもがまだいるのか……?」
不安に傾いだ声音だった。その言葉を聞いてダイがハッとしたように玲二の手から逃げようと再び抵抗を始めた。離せとのみ繰り返すのに歌乃が眉を困らせた時だ。
「離したらどうするつもりなんだ?」
ガサガサと茂みを越えて、到着したA班――龍実が尋ねた。
「お前らに関係ないだろ……!」
「いいや関係あるさ。死なれちゃ困るんだよ」
感情的に食って掛かるダイとは対照的に、黎は冷静に返す。
「死ぬとは限らない!」
「いいや、死ぬね。何の力もないただの子供じゃ、何もできない」
死なない可能性がある、と言ってる時点で死ぬことを前提にしている、と黎が指摘して見せるとダイも二の句を告げなかった。
だが、力があっても守れないものがあることを黎は知っている。
力があれば守れる、護り切れるなどというのは綺麗事でしかないし、力を持つ責任など負ったつもりはない。撃退士も個人であって、ここの理由で戦っているだけだ。黎自身、この戦争への参加は自身の嗜好でしかない。
守れなかったことに後悔はあっても、それは己の感情の問題であり、護れなかったことで誰かに咎めを受けるべきことではない。
だから、今言った事はただの詭弁でしかない。
「今何をすべきか、見定めろ。無駄に命を削るな。考えて、――闘え」
ケイは二人の目を見ながら言った。
アウルがあっても人は幸せになれるわけでも、不幸が減るわけでもない。結局、自分の命を守るのは自分の意思で選択だ。力が守ってくれるわけではない。
戦う、その一言に収められるべきではない。だが、
「死ぬより、生きていることの方が辛い。だから、生き残る戦いをしろよ……そのためなら、俺たちは手助けしてやれる」
「……なんだよ、お前ら。俺らに、構うなよ。どうして――」
わけわかんねーよ。俯きがちにこぼすダイの頭を歌乃は撫でた。
「確かに、私たちは護れなかった。あなたたちの町も、あなたたちの大事だったものも。けど、これ以上失わせたくないから……守らせてください」
あなた達を大事に思ってくれている人たちに同じ哀しみを繰り返さないためにも。そう、歌乃は言った。二人に抵抗はなかった。
「さ、町に帰りますよ〜。ついてきてくださいね」
持ってきた飴を二人にパパッと渡すと、マヤが張り切って言った。明るい口調とは真逆に、遁甲の術を使用して、己の気配を薄めると先行して偵察する。少し前方まで進路の安全確認をすると戻ってきて、こちらへこいこいとばかりに手招きした。
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「――そう、都合よくは行かないようですね」
明斗がそれを感知したのは町への道を皆でぞろぞろ歩き始めてから少しも経たないうちであった。生命探知に引っかかるソレは垣根の向こうに集中している。
「大群が出てきました、っとこれで全部かねぇ……」
軽口で評しながらも玲二は子どもたちを背に庇う。明斗と公がそれぞれに周囲を明るく照らした。
「これぞ烏合の衆……蝙蝠だけど」
光につられたのか、こちらが動きを止めたことを察知してなのか、向かってきたデーモンバッドに黎は軽い笑みを乗せたまま呟いた。
一瞬で瞳を鋭くさせると先制攻撃とばかりに蝙蝠の固まっている部分へと直線攻撃を仕掛ける。極めて貫通力の高い攻撃に、反応のできなかった多くの蝙蝠が一撃に伏した。だが、
「yeah,そう来なくっちゃ」
倒した蝙蝠たちがいなくなった穴を埋める様にと脇から後ろからと出てきた蝙蝠たちが再び固まる様子に黎は口の端を上げた。構え直した銃で素早く打ち込む。
「行きますよー。えいっ!」
マヤの掛け声とともに地面から無数の有刺鉄線が伸びた。蝙蝠を捕らえようとぎゅっと丸め込む様に隙間を無くす鉄線だが、固まっていた蝙蝠たちは小さな体を隙間にねじ込むようにして潜り抜け、前に出る。それを待ってましたとばかりに玲二が撃ち落した。
「暗い中をバサバサと……ウザったい奴らだな」
細かく動く羽部分よりも導体の方が避けられにくいはずなのだが、なんにせよ小さい身体で素早く回避してくるので直撃に至るものが少ない。小さく舌打ちした後、玲二は武器をシルバーマグから鋼糸に変えて応戦する。
「伏せてください!」
マヤの声を聞くよりも先に蝙蝠が急接近をかけてきていた。玲二はダイとタケルを地面に押し倒す。ケイが氷の鞭を振るったがそれは蝙蝠が三人の上を通過してから撃ち落す。それを見届けてから玲二は姿勢を正そうとした、が服を引っ張られる。
「血が……!」
タケルの言葉に、玲二は蝙蝠の攻撃が頬を掠っていたことに気付く。
「どうってことないさ」
「でも……っ皆、怪我――」
「いいんです。私たちは撃退士ですから」
もう血の一滴さえ奪われたくない、奪わせないから。そう、歌乃は言ってほほ笑んだ。皆、多かれ少なかれ掠り傷などを負っている。呆然と、歌乃の言葉を聞くタケル。
「馬鹿だ。なんで、俺らなんか。見捨てりゃ、いいじゃん……」
真摯な言葉だ。だからこそ、訳が分からないと困惑にタケルは眉を寄せた。けれど、本当は心のどこかでわかっているような気もする。彼らの言いたいことが、その想いが。
「私たちは正義のヒーローじゃない……すべてが救えるなんて思っちゃいない」
龍ジルは子供たちを背にしながら弓を構える。真っ直ぐに伸びた背筋は嘘など欠片も感じさせない。
「だからこそ、両手を広げて、手が届く限りでいいから目いっぱいを護りたい……!」
龍実の背を見ながら、ダイは俯いた。どこまでも真っ直ぐな想いに、贄くれた感情を持っているのが辛くなる。わかっている。憎しみも、恨みも、――すべては八つ当たりなのだ。
「お前らが、そんなだと……俺ら、何を憎めばいいんだよ……何を憎めば、良いんだ……」
「恨んでくれて、良いんです」
小さな呟きこそが本心と、拾わずにはいられなかった。公は攻撃を放った掌を引き寄せながら微笑んだ。
「仇がいなくなっても悲しいという心は止められない。大好きだった分だけ悲しくて、怒りも恨みも全部その証です。だから譲れなかったことに怒ってください」
私たちを憎んでください。
同じような経験をしたからこそ、彼らの悲痛な心の叫びがよくわかった。公の中にもそれはまだ消えない傷として残っているのだ。だから彼らにとって撃退士を恨むことが前に進む力となるのなら、いくらでも疎まれよう。
「護りきれなかったから、今度こそ――護る。もっともっと頑張って、もっともっと強くなる。僕が、護るから!」
敵を倒した、そのことに一体どれだけの価値があるだろう。本当に大切なことは倒す古rとではなく、護る事。護り切れてこそ、本当の意味で勝つということだ。
だからこそ、今出してしまった犠牲を正面から受け止める必要がある。今度こそ、と誓う必要がある。
だから今は信じて。明斗は敵から視線を外さないまま、笑みを浮かべた。自信のある力強い笑みは他人に安心感を抱かせる。
「生きている限り、笑うことができます。どんなに辛いことがあったって、それ以上に幸せになってほしい。だから、あなたたちの笑顔――護らせてください」
生きて、と歌乃は言った。それ以上、何の言葉もいらない。
「……わかった」
「タケル――」
「生きる。どんなふうになっても生きるから……だから、そいつらなんてやっつけろ!」
「仰せのままに、てな……」
腹の底から望んだタケルの叫びに、ケイは二人の頭にポンと手を置く。そして敵へ向き直る。
「幻視の欠片――!」
マヤから湧き出す結晶化したアウルの欠片。キラキラと反射しながら周囲へと散布される。アウルの結晶は敵へと視覚情報のジャミングを開始する。
また別方向でも歌乃が奇門遁甲を発動し方向感覚を狂わせると、蝙蝠たちは連携は愚か飛ぶことさえ辛くなる。
「敵が惑っている内に、一気に仕留めましょう」
歌乃の指に挟まれた符が緋色に輝き、獅子を形成した。
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「ほんと〜にありがとうございますっ!」
もう、この子達ったらやんちゃで……そう、盛大に話し始める女性はダイとタケルを含む、複数人の子供たちの世話をしているらしい。勝手な行動をした二人に対して躊躇いもなく拳骨を振るう。
「いえ、怪我がなくてよかったです」
その場を去ろうとする撃退士たちに、けれど待ったがかかった。
「俺! ダイって言うから」
自ら名乗ったのは認めたという証。笑顔を乗せて、またなと大きく言ったダイとタケルに彼らは手を振りかえした。