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「要するに、家族の絆を修復する手伝いをすればいいのね」
寮の自室、昴が依頼をするに至った経緯を聞いた稲葉 奈津(
jb5860)がそう取りまとめた。
「そう、です……。家族の問題なのに他人に頼るのもなんか変、ですけど」
何をすればいいのか……最後の方は聞き取れないほど小さく言葉を紡ぐ昴。どうにもはっきりしない。
「だが、私たちができるのはあくまでお手伝いだ。絆を修復するのも、できるのも君自身だ」
わかっているか、と確認を取る鳳 静矢(
ja3856)に昴は俯く。
「……でも二人が今みたいになったのは俺のせいだから。俺がいない方が簡単にいくんじゃないかと」
「後ろ向きじゃな!」
木花咲耶(
jb6270)のはっきりとした評価に、昴は言葉を詰まらした。
「行かない理由ばかりよぅ思いつく」
「俺、……」
何かを言いかけて、けれど言葉が出てこず苛立ちに眉を寄せる昴。そんな彼にシルヴィアーナ=オルガ(
jb5855)は微笑んだ。
「手紙を出した時の勇気は今もあなたの中にあるはずです。どうか、自信を持ってください」
シルヴィアーナは堕天使だ。それも実の親を知らない。そんな身では信じろ、という言葉も戯言に聞こえるかもしれない。しかし、シルヴィアーナは親との絆は持ちえずとも、人と人の間に結ばれる絆は尊ばれるべき、強く美しいものだと知っている。優しさと評されるようなその絆は堕天したシルヴィアを救い、傷を癒した。
(神父様……)
第二の父とも言える神父の言葉を思い出す。
「両親には幸せになってほしい。また、笑ってほしいんだ。俺のために好きな人と別れるなんてして、欲しくない……」
俺の大好きな人たちだから……。ぽつりぽつりと、とても滑らかとは言えないたどたどしい、けれど想いの詰まった思い出話に彼らの絆が垣間見える。それは離れていても頑強な、家族と言う繋がり。
(家族、ですか……)
満足(
jb6488)は心の中でその言葉を反芻させる。
満足にこれといった家族、親はいない。転々としてその果てに今は協会に身を寄せている。一人は寂しいことは知っているが、自分は家族を持ったことがない。
だからこそ、この依頼を引き受けた。家族とはどんなものなのか、そう興味を覚えたからだ。昴の口から語られる、家族はとても断片的で、情報としては僅かなものでしかない。けれど、どこか心を温かくさせる。
互いを思いやる気持ち、それは聞いていて気持ちがいい。
(家族とは、いいものですね)
「七夕だからな、笹と短冊は当然として後は何を用意するか……」
戸蔵 悠市 (
jb5251)は指で眼鏡の位置を直しながら呟いた。
「ご両親とは積もる話もあるだろうし、飲み物と軽く摘めるものが必要となるかしら」
首を傾げるフィン・スターニス(
ja9308)にシルヴィアーナが賛同を示す。
「ではレジャーシートを敷きましょう。天の川を見上げるならばテーブルよりもシートの方が寛げ、見やすいと思われます」
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飲み物や軽食についての話を始める彼女らを他所に、昴はポツリ、呟く。
「来る、かな……?」
「来る」
独り言のつもりで漏らした本音に帰って来た力強い声に昴は振り向いた。
「そう、信じなくてどうする」
視線をあえて昴ではなく、会話へと向けながら静矢は言った。
「子と両親との絆はそんなに容易く壊れるものか?」
家族と己を信じろと述べる静矢に昴は俯いた視線の中、目に入った携帯を握りしめた。
「それは?」
悠市は携帯ストラップを指さした。細かな傷がたくさんついており、また色あせてそれなりに古いものであることが伺える星形のストラップ。
「――お守りなんだ。家族、みんなでお揃いの……星」
「大事にしているんだな」
眉をぎゅっと寄せたままの昴が次に吐き出したのは、強い否定。
「何度も、何度も壊そうとした。捨てようともしたけど……でもダメだった。眼に入るのも嫌だった、けどっ」
「――大切なものなんだな」
最初とは少し言い換えただけの、言葉をもう一度悠市は言った。そしてそれに昴が返したのは、肯定。小さく、消え入りそうなほどの声だが確かに、認めた。
(素直ではないな……。いや、素直になれないのか)
頼れる人がいなかったから、本音を――弱音を吐き出す場所がなかった。言い表されないそれは昴を固く閉じ込めてしまった。
だから、いざ行動に移ろうとしても昴は何をすればよいのかわからない。家族の関係性を修復したい気持ちは強いが、具体的な案が出てこない。
「私にも、弟がいるんだがな。我慢をしてしまうより、素直に何でも話してほしいと思う」
もっと頼ってくれて構わないのだがな。弟たちを思い出して、悠市は苦笑した。
「ふむ、星とな」
「……っ!」
ひょこっと小さな頭を覗かせた咲耶に小さく驚いた昴の掌から携帯が零れ落ちる。
それをキャッチして星のストラップを眺めた咲耶。ふむ、ともう一度頷き昴へ携帯を返した。
「金平糖は好きかぇ? ほれ、あの星形の甘くてちっさな菓子じゃ。七夕によかろう」
「う、うん。好き、だけど……」
「それなら笹団子はどう? 道明寺なんかも笹を使っていてらしいわよね」
「いいえ、ここはやはり羊羹でしょう。黒の中に散りばめられた金は夜空の美しさと冷涼さが七夕には似合います」
どのお菓子が好きか、と詰め寄られる昴。
一方、奈津はお菓子の話題に入ることなく、携帯を弄っていた。
昴の家の立っていた場所が現在どうなっているのか、周辺地図と役所へのアクセスの確認をする。現在は空き地になっているようだ。
「土地の利権が誰にあるのかは電話口にじゃ確認できないわね。出向く必要があるわね」
「ああ、なら現場も見たいことだし私が車を回そう。六年も放置されていたのでは空き地も散々な荒れ模様だろう」
迅速に行動に移ろうとしていた奈津に静矢が待ったをかける。様子だけでも今日中に確認して、整地に必要なものを備えようというのだ。
「では、私は郵便局へ。昴様への返信がないか、及び昴様自身の手紙がご両親の元へ届けられているのか確認をして参りましょう」
てきぱきと決まる配役に満足も名乗りを上げた。
「こちらでもやることは多いようだからな、私は彼の方を手伝う」
笹を買ったら車の方よろしく、と静矢に告げる悠市。
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「問題は、昴くんの気持ちだろうな。ご両親が来るかどうかよりも、昴くん自身――過去の事を非常に気に病んでいるようだ」
運転しながら言った静矢に役所でもらった書類に視線を落としながら満足も頷く。
「トラウマという奴ですね」
昴が元々住んでいた家の近郊を、地図を確認しながら停車できる場所を探しているのだ。
「家族の絆も、トラウマの克服も、何とかしてやりたいものだがな……」
第三者が介入することが必ずしも悪いばかりではないだろうが、結局は当事者たちの心の問題だ。手を加えられる部分は限られてくる。
「昴様に関しては戸蔵様に何か考えがあるようでしたから、お任せして大丈夫ではないかと」
あ、そこよ。と後ろの席から奈津に支持されて車を止めると、そこには空き地があった。家丸ごと一軒分の土地に生えそろった草が伸び伸びと風に揺れていた。
「これは、……腕が鳴るな」
小さな草原に酷似した空き地を見て静矢は乾いた笑みを零した。土地の利権は第三者に渡っている可能性もあったが、父親が保持しているらしい。整地の許可を別に取る必要がないのは助かるが、やはりと言うべきか手入れは全くされていなかったようだ。
「……正直、私は家族の大事さ、わからないのよね……」
六年間も音信不通であれば友人同士ならとっくに縁が切れている。そんな時間の経過があったのに、今更なぜこんなに必死になるのだろうか。
(どうして?)
理解している。理解できない。
熱は時間が経てば冷めてしまう。人の絆も、縁も、時の経過とともに風化してしまうものだ。それなのに一生懸命になる必要、そこに掛けられた想い、それが奈津には理解できない。
「でも、同じ撃退士の仲間なんだし、協力したいという思いはあるの」
(あの人が、微笑んだから)
理解できないけれど、理解したいと思う。一生懸命になる理由も行動原理も、わからないけれど解る事のできる自分になりたいから。
私とあの人が会った時のように、人の縁は生きていれば自然と作られる。それを大事にしたいと、今は思うから。
「早いところ戻りましょう。母親の所在も掴めたし」
昴の母親である星守麻理子は数日前、サーバントの出現地帯にて依頼を受注している。結果は成功したようだが、このタイミングであるならばおそらく、昴との再会と関連する事柄の行動だったのだろう。
「思い出の地、かしら……」
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「良い買い物ができたのぅ!」
「品ぞろえも豊富でしたね。いい和菓子屋が見つかりました」
ホクホク顔で言う咲耶とシルヴィアーナ。レジャーシートや短冊、もちろん笹も買ってある。
「もうすぐ着くそうだ。少しここで待っていよう」
最近では家庭用の、コンパクトなサイズの笹もあったのだが買ったのはそれなりに大きなサイズの笹である。
大きすぎては空の景観を損なうのだが、設置場所が空地であることを考えれば、あまり小さすぎても見栄えが悪い。そうなるとやはり持ち運ぶには少々苦労するサイズのものとなってしまった。
「あ、の……ありがとうございます……」
不意に、昴が小さく礼を述べた。いろいろと、と続ける声はやはり小さく視線も宙にうろつかせている。
「まだ早いぞ」
「そうよ、まだ帰ってからも写真を選ぶのよ、本番は明日だし……まだまだ始まったばかりよ」
「――だ、そうだ」
一言だけ言ってまた会話に戻るフィンを見送ってから悠市は昴に視線を戻して言った。女性たちの話の内容は軽食から飲料へと移っている。
若干、ぽかんとした表情を浮かべている昴。女性のパワフルさに圧倒されているようだ。
「戻ってからも忙しいようだな。今のうちに短冊の内容を考えたらいい」
買ったものを脳裏に浮かべながら悠市は言った。それなりの数の短冊と色ペン、写真を入れる透明な袋、紐、笹に飾る物多数。
「……書くこと、そんなに思いつかないな」
しばらくして、それだけを発した昴。またしても視線が下方へ向き、俯く姿勢を取っている。暗い、というよりも気おくれしているような昴に悠市は道路の向こう、車が行き来するのを眺めながらアドバイスを提案してゆく。
「思いを言葉にするというのは難しい。だが、理路整然としている必要はないし、短くていいんだ。ゆっくり、少しずつ伝えたいことを書いてゆけばいい」
短冊はたくさんあるから書き損じもできる、と言った。矛盾していても、それもまた想いなのだから何を恥じることがあるのだろう。
けれど、昴にとっては素直になる、ということがどんなことよりも難しい。
「伝えたいこと……。言いたいことも言わなきゃいけないことも、いっぱいあったはずだけど、わからなくなってしまったんです。頭が、真っ白になって……まとまらない」
手紙もきちんと書けたのは七夕の約束だけで、と途切れそうな声で呟く昴。
「子を愛さぬ親などいない、などという絵空事を言う気はないが――すれ違っているだけと言うことはよくある。後悔、するなよ」
明日、何が起こるかなど誰にもわからない世界に生きている。最も死に近い職業で、そしてその死は誰にでも平等に与えられる天災。
故に、想いは伝えられる時に伝えなければいけない。その機を逃して一生、言うことのできない思いを抱える前に。
「……はい」
(すれ違い……)
ずきり、と嫌な音を立てる心臓にフィンは手を当てた。
アウルが発覚したために両親の仲が不和となり、学園へと連れてこられたという昴の過去。フィンの過去に似るものがある。
アウルによって人生が変わる。そんな言葉は誰からも聞ける。
それが幸福なのか、不幸なのかは人それぞれだ。しかし、フィンにとっては――フィンの母親にとってはアウルの発現はそう喜ばしいものではなかったはずだ。
昴の言葉に潜む、幸せだった頃の話を聞くと胸が疼く。
フィンの家族は元々、家族仲が良いとはいえなかった。それでも、家族の事は今でもフィンの心に重石を付けている。
「あたしのようにはならないで……」
「ぬ?」
何か言ったかのぅ、と咲耶が聞き返すのにフィンは笑顔を浮かべた。
「せっかくの七夕なんだもの、家族が再びひとつに戻れるよう……精いっぱい尽しましょう」
足りない言葉、足りない時間。取り戻せない時間はある。
けれど、昴はまだやり直しが効くのだから――自分のようにはならないでほしいのだ。
「ふむ。戻ったら明日の天気でも咲耶が占のうてやる。もちろん、晴天以外は認めぬがなっ!」
二パッと笑みを向ける咲耶に、フィンも自然と笑顔を返した。
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効率よく刈り取られた草が静矢によって車に乗せられて、地面の露出した空き地が出現したころには日が傾き始めていた。
ロープで固定していた笹を車から降ろし、飾り立てはじめる一方でシルヴィアーナがレジャーシートを敷き、飲食料をセッティングしていく。
続々と笹に飾り立てられる短冊と写真。高い所への飾りつけは羽を出しながら咲耶が行っていた。
笹と道路を交互に見やる昴の様子は誰から見てもソワソワとしている。その様子に奈津は溜息を吐きながらレジャーシートへと据わるよう促した。
タイミング良く、フィンが切り分けた羊羹の乗った皿を差し出し、シルヴィアーナが飲み物を渡した。
昴は差し出された飲み物と食べ物を受けとりながら、目の前に立つ奈津を見る。
「あのね。別居しても、離婚にまで至らなかった理由を考えなさい」
第三者からすれば答えは至極簡単に、子供の為、だ。子供の将来を考えて、未成年の内は離婚しないと決める親は多い。
「経過した時間は戻らないし、取り戻せないけどね――これから創っていく時間だって充分にあるんだからね」
それ、渡すんでしょ。そう言って、昴のポケットを指さした。そこには、手紙がある。
短冊を書いた後、悠市が提案したのだ。綴った想いから、自分の心が整理出来たのならもう一度――両親に手紙の返事を書いたらどうか、と。
この六年間、一度も読まなかった両親からの手紙。中身も読まずに破り捨てたそれらに対する、返事。
七夕の日に会おう、という約束の手紙を出して返信が来ないと不安でいた昴はそれでようやく、返信が来ないことの悲しさを、思い知った。
「ほら、来たわよ」
空き地の前に止まるタクシーから降りてくる男性。そして、もうずいぶんと前から電柱に隠れてそわそわとしていた女性。
「ふふ、ほんにのお、今夜は天の川が綺麗ぢゃな」
皆で美しい空の川を見上げながら咲耶は呟いた。