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そこは久遠ヶ原学園のある人工島、とあるスポーツ用品店。
そこの店員であるAKIYA(
jb0593)は時計の針が午後十時を指すと同時、出入り口に掛かった看板を裏返した。CLOSEの文字がすっかり暗くなった外に浮かび上がる。
「タイマネ、大通り側の施錠確認したぜ」
レジにて本日分の売り上げを確認、清算していたドニー・レイド(
ja0470)は呼びかけに顔を上げた。AKIYAとレジを挟んで反対側から寄って来たのはカルラ=空木=クローシェ(
ja0471)である。
「駐車場側も確認しました」
「わかった。二人とも先に上がっていい。清掃の方も終わりそうだからな」
レジに鍵を掛けながら左右を見渡せば鹿島 行幹(
jb2633)と楯清十郎(
ja2990)の二人が清掃用具を片づけるところだった。
「インファネスは?」
「上で最終確認をしているはずです。いよいよ明日ですからね」
清十郎にもう一人の店員である恵夢・S・インファネス(
ja8446)のことを尋ねればそんな言葉が帰って来た。
「そうだな」
それは明日からこの店に展示される貴重な商品の確認作業ものことだ。
このスポーツ用品店は一階をスポーツの種別ごとフロアに区切り、二階では有名メーカーの新作をブースによって分けている。
プロ選手のサイン入り商品や既に製造が終了したものなどレアと呼ばれる貴重品がガラスケースに飾られているのも二階だ。そんなレアものスペースに、明日から商品が追加される。
「確認は終わったよ。掃除も終わってるようだし、これで帰れるね」
店の制服であるエプロンを脱ぎながら恵夢も奥に入っていった。
「清算、清掃、戸締り……と終了だな」
タイムマネージャーとして、最後の確認をするとドニーは壁際にある店内の照明をOFFへと切り替え、奥のスタッフルームへと入って行った。
照明が落とされ、非常灯ばかりの暗い店内には人影もなく、静寂に満ちていた。
「――行った、ようですわね……」
甲高い少女特有の声がフロアに響き、速やかなる動きで影が着地する。日比谷ひだまり(
jb5892)、スポーツ用品店ばかりを狙う泥棒集団のボスだ。
「流石だな。閉店作業も完璧かつ無駄がない、スマートな流れだった」
落ち着き払った声音が暗闇を揺らした。スキルによって明瞭な視界を確保した影がダクトから降りてくる。ひだまりに付き従う優秀な部下の一人、サガ=リーヴァレスト(
jb0805)。
そんな彼の後ろにそっと立ち、不安そうな顔で周囲を見渡すのは華成 希沙良(
ja7204)である。
「……大丈夫…でしょう…か……?」
「此処は防犯がしっかりしていると聞くしな……」
警戒に身を緊張させている二人とは別に、四人目の人物がいる。
「夜の間だけ引きこもりも活動状態に入る時がある。ごくたまに。エロスを求めて三千里」
デュフフ、と不気味な笑い声をあげながら水着を物色する美女、秋桜(
jb4208)そのひとだ。羊型の角二本が露出する悪魔そのものの体で、フィットするタイツを身に纏っている。
「ちょっとそこの下っ端は何を勝手に動き回ってるやがるのですわ! 警報が鳴るかもしれねーですのっ」
一階フロア、現在目玉となっている水着区画に侵入した手腕はさすがの一言だが、水着に頬ずり姿は怪し気極まりない。
「例のものは二階にあるはずなのですわっ!」
「いやいやいや、サイン入りよりもこの水着の方がレアだし。ボス、こんな感じどう?」
注意するひだまりだが、それで引き下がるような秋桜ではない。
手にするそれは某アニメにて登場したとある学校指定水着、を原案として作られた水着。ちなみに、小学生用である。そんなスクール水着をひだまりに押し当てて怪しい笑い声を立てる秋桜。
「やっぱ元祖スク水の威光は現代でも強いと思……ぐはっ!」
「二階に行くのですわっ」
素早く秋桜の頭を叩くと、ひだまりは二階へと続く階段を駆け上がる。と、そこには二人の影。見つかったか、と身構えたが。
「…………このお店……の……ジャージ等……の……品揃え……は……迷う……程……ですね…………」
ガックリ。
一足先に二階に上がった希沙良とサガの二人がレアもの区画を前に、メーカーごとに新作の飾られているブースの一つで足を止めていた。
希沙良の好きなメーカーのジャージが並び、彼女の目をくぎ付けにしている。
「何をやってるんですのっ!」
もちろん、ひだまりは怒った。
「私も新作を拝見した……ではなく、例のものを盗むんですのっ!」
若干、羨ましげな声も響いたが後半は持ち直して初志貫徹を目指す最年少。厄介な部下たちをもつ、泥棒集団のボスである。
「シッ! ボス、あまり大声では気づかれるぞ」
そう言いながらサイレントウォーク、ハイアンドシークの両方を駆使するサガを筆頭にして泥棒集団はレア区画へ急ぐ。
「ありましたわ! アレが狙いのレアものですわ!」
妙に説明口調なのは登場時から変わることないが、例のもの――某有名スポーツ選手のサイン入りシューズというお宝を前に、発見を叫ぶひだまり。その指先が、赤い光に染まっている。
「あ……」
それに気付いた希沙良の淡い声が甲高い防犯ブザー音にかき消される。
ビリリリリリリリリリ!
シューズを囲うガラスケース、の前にある警戒センサーにひっかかったのだ。
パッと店内に明かりが煌々と灯り、彼らの姿をさらけ出す。
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行幹からグラスを受け取ると、ドニーはスタッフルームを見回した。
奥に入ったドニーは先に帰ったはずの店員たちが皆残っているのを見て驚いたが、明日からは繁忙期になるから、と前祝だと集まったのだと聞き参加しないわけにもいかない。
渡されたグラスに入るのは酒ではない。店で売っている経口補水液、つまりスポーツドリンクだ。
「では、明日からの繁忙期を乗り切るため――かん」
ビリリリリリリリリリ!
防犯システムががなり立てる甲高い音の意味に気付いたドニーが皆に呼びかける。
「おい皆、大変だ……! フロアに泥棒だ、例のアレが狙われてるに違いない……!」
カルラ、清十郎、恵夢、AKIYA、行幹の五人がドニーの言葉に頷き、手に持ったスポーツドリンクを一気飲みするとスタッフルームを飛び出した。
スタッフルームの扉を開いてレジへ、そのカウンターの向こう正面に二階入口となる階段はあった。
「お前たち……っ!」
階段を上りきった場所に立つ三人の姿。電灯の光を浴びて眩しげに手を頭上へかざしているのを見つけて、行幹が息も荒く詰問の声を上げた。
だが、その問いがすべて発される前に最も長身な泥棒、サガが自ら名乗りを上げた。
「ふははは、見つかってしまっては仕方ない! 我々は――」
「児童誘拐の犯人か……!」
行幹の指している、児童というのがひだまりのことだというのは誰の目から見ても明白だった。ほら言ったじゃん、という無言の視線を秋桜から浴びてコホンと一度咳払いする。
「ひだまりはこの泥棒集団のボスなのですわっ!」
「そう、そして我々はこの店の品物を盗みに来た!」
ひだまりとサガの言葉によってなんとか持ち直す。が、どちらにしても店員たちからの警戒は緩まることはない。
「もしかして、明日から展示されるアレを盗みに……?」
情報が早い、とドニーは舌打ちした。
「だが、宝はもう目前だ! ボスッ!」
サガの言葉を合図に、ひだまりがレアを展示しているガラスケースへと手を掛ける。
「させるかっ!」
ドニーがそう言いながらエプロンを脱ぐと、その身はサッカースタイルになっていた。
同じく、カルラはテニススタイル(スコート)、清十郎は陸上スタイル、行幹はアメフトスタイル。AKIYAのみはエプロンを脱ぎ捨てて通常通りゴシックスタイル(ステージ衣装)に切り替わった。
「スポーツ用品店のスタッフがスポーツ一つできずしてどうします?」
そう言ったカルラはテニスボールを宙に投げ、ラケットでサーブする。
「甘いですわ! 体育5の実力を見せてやるのですわーっ」
テニスボールをさらりとかわすひだまり。一方、サガは同じくテニスラケットでテニスボールを打ち返す。次いで、打った瞬間の感触に評価を出す。
「ふっさすがこの店の扱うラケットだけはある……びくともしない」
彼らはスポーツ用品店専門の泥棒集団である。スポーツ用品への関心はこのような状況でも並々なく高い。
「……えいっ……」
希沙良といえば、テニスボールを避けるついでに手近なバレーボールをサーブ。
「……この…ボール…撃ちやすい…ですね……」
やはり、スポーツ用品への評価は何が何でも省略できないらしい。応戦の間にも、ボールの具合を確かめている。
店員側の防御をアメフトの防具で身を固めた行幹が一手に引き受ける。いつのまにか、ボクシングのミットも共に構えて防備は完璧だ。
「そらそらそら! もっと打ってこい!」
煽りながらも、希沙良たちのいる階段の方面へと一歩ずつ距離を縮める行幹。いつのまにか、ひだまりたちへと襲い掛かるボールの数々はカルラのテニスボールだけではなく、ドニーから蹴りこまれるサッカーボール、清十郎の打ち込むドッジボールと増え、なんといってもAKIYAの用意したピッチングマシンから放出されるボールの数々は対処が追い付かない。
そんな状況に、ひだまりは最終手段に出る。
「ヒリュウさん! ヘルプミーですわ!」
事前にはストレイシオンを召喚しようと思っていたが、いかんせん店内に加えてこの混戦ではと身のコンパクトなヒリュウを召喚する。
ヒリュウはひだまりの意を組んで、パクリとその口にレアものを咥え、ボールの追及にも関わらず主人の元へと舞い戻る。
「撤収! ですわっ」
がっちりお宝を手にしたひだまりは首からかけていたホイッスルを思いっきり奏でる。遠慮もなく、店内をピーと甲高い音が支配して店員たちは怯んだ。けれどサガと希沙良の二人は耳栓にてその被害を逃れ、ひだまりの後に続いて階段を駆け下りようとする。
それでも、人は音に怯んでも機械は止まらない。
マシンの猛威は階下から階段へと続いている。
ピンポン球から野球ボール、バレーボールお変化した球だが、遂にボウリング球が打ち出された。
「きゃぁっ!」
ピンポン球はラケットで打ち返せても、野球ボールは一本足打法で打ち取れても、バレーボールは捻り回転レシーブで打開しても、――ボウリング球は返す手立てがない。
素直にビビり、回避を目指すひだまり。だが、そこは機械、正確にして無慈悲な攻撃は止むことがない。
次に打ち出されたのは槍投げ用、ジャベリン。ひだまりが避ける度に壁へとめり込み、長い棒が通路を塞いでいく。そして、ジャベリンを避けた次の瞬間。
「あら?」
ひだまりたちの足元が動いた。見れば、スケボーの上。
「まずい、誘導だったのか!」
希沙良とサガも同じくスケボーに乗ってしまったらしい。着地の衝撃で動き出したスケボーは真っ直ぐにマシンへと近づき、階段を降りはじめた。
「くっ!」
槍を打ち込んでくる機械に自ら近づくことになり、しかも不安定な足場では避けにくい。スポーツ用品店専門の泥棒であることが徒となり、無意味にスケボーを操ってしまうが仕方なくスケボーから飛び退る。
操作する者のなくなったスケボーは無意味にボーリングのピンの山へと突っ込んでいった。
「なんと無残な……」
だが、スケボーの果ての姿に干渉する暇はない。襲い掛かるジャベリンをサガは竹刀で叩き落とした。
「ふむ、この竹刀も質がいい……さすが、盗みに入って正解だな!」
品物への評価も忘れない。そんなサガの目前、一仕事を終えた希沙良が煙を上げるマシンの前から離れる。
「……軽くて…良い…感じ…の…クロス…でした……♪」
希沙良が偶然、手に握っていたラクロスのクロスにて平穏無事を手に入れたサガたち泥棒たちはレアを手に、逃走を再開する。
が、マシンに手こずるあまり、店員たちの回復を許してしまっていた。
「待ぁ〜てぇ〜い、どろぼー!」
恵夢が叫び、カルラがテニスコートのネット―を投網のようにして投げた。そこへひっかかる、美女。
「ふべっ!」
呆気なく、網に絡め取られる秋桜。水着を両手に抱えている。
さっきの今まで、二階でのレアもの争奪戦に加わることもせずに水着を物色していた泥棒の一人である。
「ちょ、何していやがるんですのっ」
秋桜は一応抵抗しようとしているらしい。網にかかったまま、逃げの体勢に入っているがそこを恵夢の構える紐がびしーんばしーん、とばかりに狙い撃つ。
「それは私にとってはご褒美である。故に罠だとわかっていてなお飛び込む必要があったのだ」
秋桜曰はく、性を司る悪魔なので紐状のもので鞭っぽく叩かれそうな状況において、飛び出さないという選択肢はなかった、とのこと。真面目に答える秋桜だが、叩かれるたびに口元が緩み、ハァハァと息を漏らしている。
「ふきゅぅ〜」
そして、サイクルが秋桜を背後から襲った。尻に痕を付けようと、恵夢は容赦なくタイヤを押し付ける。
「お、憶えてろなのですわーっ!」
秋桜を早々に見捨て、捨て台詞を放ったひだまり。しかし、その横を清十郎が駆け抜けた。バトンの受け渡しのように、すんなりとひだまりの手からレアを取り返す。そしてそのまま、真っ直ぐ走り去る。
「な、なんなんですのっ!」
小さくなり、やがて見えなくなった清十郎の背に向けてひだまりが叫ぶ。
「よもや仲間が捕まるとは……っ! ここは店員まで質が良いというのか!?」
希沙良に向かい、逃走を呼びかけるサガ。
「……はい…このまま…逃げましょう…サガ様……!」
希沙良も頷き、お姫様抱っこを受ける。朝日の出始めた街へ逃避行を始めようとした二人、けれどその前に立ちはだかる者がいた。
「はっはっは。どこへ行こうというのだね?」
光る翼を持ち、二階の窓から飛び降りた行幹だった。
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編集の終了したCMの観賞会を終えて、カルラは一息ついた。
撮影中はとにかく恥ずかしかった。ちゃんとできているか心配だったこともあるが、基本的に人前に出るのはあまり得意ではない。撮影中はドニーにもよく気を使われたが、頑張った成果がこのCMなのだと思うと感慨深いものがある。
「このBGMはAKIYAおにーさんが作ったんですわよねっ! すげーですわ、格好良いのですわ!」
はしゃぐひだまりと、一方で朝日を浴びてしまって意識が抜けてしまっている秋桜。そんな秋桜をツンツンする恵夢。
「凄いよねー。秋桜なんて普段画面の前にしか居ないのに今は画面の中だよ」
秋桜は明らかに聞いていないだろうが、別にどうでもいいらしい。サガと希沙良はCMのエンディングを見て、改めて見つめ合っていた。
CMの最後で清十郎がどこに行ったのかは謎のままだ。
「中々に面白い企画だった。やはり、人間というのはユーモアがあって良い」
そう言って行幹はスポーツドリンクを飲み干した。