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マスター:有島由
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:12人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/07/11


みんなの思い出



オープニング

●唐突に始まる
「ハシダ少尉、本日君を呼んだ要件だが――ひとつ撃退士と戦ってくれ」
「はい! ……?」

●少尉といっても中間管理職
 一週間後に陸軍の所有する、とある山林で小規模の演習が行われることが決定した。
 その本来ならば少尉であるハシダよりもより上層部の人間が指揮を取り、大幅に人員を導入して行われる演習だが――今回は例外だ。
 陸軍士官学校の生徒23名とハシダのみが参加する。
 相手は撃退士数名。

 陸軍は国の自衛をする機関であり、国を脅かす存在に対して徹底抗戦をするだろう。しかし、撃退士と呼ばれる職業の者たちが相手にするのは天魔と呼ばれる存在。それは国はおろか、世界を脅かす存在である。
 だからと言って、撃退士と軍人に階級の差があるわけではなく、ただ担当する機構が違うという話だ。軍人は人を相手にし、撃退士は化物を相手にする。一概には言えないが、大まかな職務はそう言った区別で認識してよいだろう。

 ただし、それが一般人のイメージと同じであるかというと、違う。
 天魔の起こす事件は明確に化物の仕業と解る物もあるが、たいていはそうではない。不思議なこと、困ったことがあれば撃退士は駆けつける。万屋のようなイメージがある。
 その特異な能力は戦闘のみに限らず、日常にも活用できるものがあるらしい。
 一方、軍人と言えば普段は訓練。人知れず、基地の中に籠りひたすら丹念を重ねる。万が一に備えてのことだ。そして、出動する。だが、それが軍人で手に負えるものではない……そう、天魔であったならば撃退士に来てもらう。

 何が言いたいか。
 最近の軍人のイメージは弱い、に限るのだ。軍入隊希望は常に受け付けているが、人々の憧れは軍人よりも撃退士に強い。
 そもそも、撃退士には若者が多い。久遠ヶ原学園なる場所で撃退士は訓練を重ねるが、学園である以上その人員のほとんどが学生であるのだ。そして、訓練を積んだ撃退士たちは依頼を自ら引き受け、戦場に出ていく。
 圧倒的に、実戦経験も撃退士の方が上だった。

 こういった現状により、久遠ヶ原の撃退士とハシダ指揮する軍人見習いの極秘小規模演習が行われることになった、というのが経緯だ。
「……っはぁ」
「おう、どうしたよ。ため息なんかついて」
 上官に呼ばれたんだろ、と昼食を持って近寄ってくる同僚のカミヤに渡された書類を押し付ける。
「――カミヤ、お前にも辞令だよ。あと、ヤマザキもだ」
 カミヤは昼食プレートを持ったまま固まり、その後ろに立っていたヤマザキは顔を青くさせた。


リプレイ本文


『ポイントFクリア』
 最後の応答が聞こえてハシダは無線機を受信から送信へと仕様を切り替える。
「フェイズ1オールクリア。周辺に敵影及び拠点無し。地点アルファの制圧完了。警戒をレッドからイエローに変更。これよりフェイズ2を開始、各自すみやかに配置、巡回に移れ」
 ノイズ交じりの無線を口元から外して振り返った。
「では君たちも拠点作成に急げ」
 ハシダの指揮する班の残り七名へと指示をし、彼らが離れるのを待ってからカミヤとヤマザキに向き合った。
 撃退士が12人参加するこの演習に対し、陸からはその倍にあたる24名。しかし、そのうちの大部分に当たる21名がまだ士官学校に在学中の学生だ。基本的には少尉であるハシダ・カミヤ・ヤマザキの三人が指揮系統として機能しなければいけないだろう。
 フォーマンセル六班構成をそれぞれ二班ずつ受け持って行動するというのが初期段階の動きだ。
「――いいか?」
 カミヤの問いかけに頷き、ジェスチャーだけで司令官・フラッグ所持者・指揮官を割り振る。何度か確認を取り合って指揮官がハシダ、フラッグをカミヤ、司令官をヤマザキに決定する。情報漏えいを防ぐため、学生たちには知らせない。
「敵の所持物はナイフと水。土地に明るくない。故に重要視されるのは水源近くの拠点を設営することだろう。そのためにも最初は地形把握に比重がある」
 地形はこの一週間の事前練習で頭の中にばっちりある。それを適当に拾った木の枝で地面に簡略して書く。
「向こうも人数がそれなりにある以上、拠点が一つと言うことはないだろう。最初は一つでも、後から場所を移るなどするはずだ。候補地はやはり、水場近くが第一候補」
 そうして示したのは演習場を大きく両断する川。それも、高低差のために崖が聳え、滝が複数出来ている地帯だった。


 無線機を仕舞い込み一歩一歩と慎重に歩を進める敵の背が見えなくなるまで待ってから御神島 夜羽(jb5977)は茂みから立ち上がった。
「オールクリア、か。ここにいるっつーの」
 敵の向かった先へと言葉を吐きながら、敵のいた場所まで踏み出す。
 敷き詰められた背の高い草がその場所だけ踏みしめられ、倒れた草によって歩んだ道と進行方向・来た方向が示されている。
 今回は依頼が貼り出されたのと実行日が一週間も空いた。その間、敵側はみっちりと対策を練って来たらしい。一回だけの足跡ではこうも明確に道筋はわからない。きっと、何度も同じ道を正確に歩んだからこそ、草は倒れ伏して道が出来上がっている。
 方位磁石も明確な地図も時計も持ち合わせていないのは撃退士のみでなく敵も同じ。それを補うのに、一週間体で覚えたというところか。
 しかし、その努力は何も敵側だけに作用するものではない。敵の来た方向から拠点の位置をある程度割出し、夜羽は無線に連絡を入れる。
「一週間はだてじゃねぇってことだねぇ」
 いや、危なかったといいながら笑みを浮かべたのはクラウス レッドテール(jb5258)だ。
 感知によって敵の接近を感じたのは良いが、演習は始まったばかりで武器と呼べる武器はナイフ以外ない。今現在は物資の回収に来ているわけだが、見つかったのは彼らが見つけたのは食料パックだった。
 敵が一人とはいえ、銃(弾が入っているかは見分けはつかないが)を持っているのならば失格の危険性が高いので隠れたのだ。ナイフで気絶させることはできるだろうが、それも敵が一人の場合のみ。現時点では諸所に情報不足だった。
「作戦は良いのですが、隙が多いですね。兵士とはいえ、やはり学生ですか……」
 指揮官方に期待しましょう、とファング・クラウド(ja7828)は評した。英国では大佐まで上り詰めた元軍人だ、所属や国が違うとてその思考法は心得ている。
(しかし……ひっかかりますね)
 いくら武器があるとはいえ、実践に不慣れな学生を単独で行動させるか。否だ。ならばこの巡行は兵士一人一人を捨て駒とした警戒網だ。
 一定時間以上連絡を絶った者がいれば、その者の警戒範囲内で撃退士と接敵、気絶させられるなり失格になったという判断が下せる。おそらく、この警戒網は演習が始まってすぐに伸ばされた。そして撃退士にどれほどの移動力があるかを図るためのもの。無暗に攻撃をして失格者を出せば敵に接近を知られる。
(ふむ……知られたところで何の問題もありませんが)
「次は武器を奪って逃がしましょう。いつまでも敵に武器を持たれては警戒だけで攻撃ができないわ」
 鷹代 由稀(jb1456)が言ったのにファングが同意する。
「Who Dares Wins――挑む者に勝利あり、ですね」
 撃退士個々の実力からいっておなじ装備と人数であれば撃退士が圧勝する。撃退士の身体能力はたとえアウルが使えずとも一般人とかけ離れている。かけ離れているがゆえに、武器を持つ好戦的相手に対し気絶を刺せるというのはかなり技術が必要となってくるわけだが、人数差を埋めるならばやはりペイント弾が必要なことは確かだろう。


「良く見つけたね、こんなところ」
 ザーッと勢いよく流れる滝の横、洞窟が大きく口を開けるのを見ながら鴉乃宮 歌音(ja0427)は言った。
 確かに、拠点の条件として挙げた見晴らしが良い・水場・洞窟であることはすべてクリアしている。
 今回の演習場である山林のほぼ中央を両断する川は途中、山の高低差のため一部滝が作られている。この洞窟はその滝と滝の間にある小さな土地だ。滝から流れ落ちた水は再び川を形成して二つが合流している。
 つまり崖の下で両側を川に挟まれた、とんでも地形。しかも土地を隠すかの如く茂る樹は崖の上から葉で崖になっている凝りが隠されて低い茂みにしか見えない。
 崖の高さと木葉の高さが合致した故の巧妙なつくりだ。これが人工ではなくすべて自然の力のみで形成されているのだからすごい。
「滝音がすごいぜよ」
 滝の水質を確かめていた麻生 遊夜(ja1838)が立ち上がりながら感心に声をあげた。
「動物たちがこちらの方へ来ていたので、何かしらあると思ったのです。拠点候補としてはどうでしょうか?」
 月夜見 雛姫(ja5241)は首を傾げて尋ねた。使い込まれた傭兵服を着込む体は小柄で、おっとりした雰囲気も相俟って山林での軍事演習に参加するには違和感のある彼女だが、元は傭兵。戦闘時には瞬時に冷静新着な性格へと切り替わる。
 その鋭い観察眼により、動物の動きからこの自然の地形を発見したに至ったわけだ。
「いいのではないか。木も登りやすそうだ」
 司令官のラファル A ユーティライネン(jb4620)が賛成したので拠点の一つ目をこの洞窟に決定し、無線で斥候に出ているメンバーに知らせる。
 演習に時間制限はないため、拠点はいくつか必要となってくるだろう。山林に入る前に地図でも渡されればよかったが、それもないため地形や食料も全て自分たちで調べていかなければいけない。
「とりあえず、昼だやな」
 雲の少ない、夏空の青が眼を刺す。


「ふむ、この地形ならば人数で一気に攻め込まれても川を渡っている間に対処ができそうだ」
 武器も揃ってきたしな、と広げた回収物を前に皇 夜空(ja7624)は言った。ほぼ全員での物資回収・土地把握を終え全員が揃っている。
 昼食の準備ができましたよ、と顔を出したサガ=リーヴァレスト(jb0805)。タイミングよく、聞いた夜空の言葉に応答を返す。
「そうだな。相手がどのような策に出るのかわからないが、少なくともこの地形上は防戦一方になる前にこちらも移動が取りやすい。撃退士の能力があってこそだが」
「水はどうしても必要になるしね。毎回汲みに行ったりするのが短縮できるのは好都合だよね」
 呼びに来たサガに軽くありがとうと伝えて水無瀬 快晴(jb0745)は立ち上がる。なかなか武器類を検分する手を止めない夜空を引っ張って食事に向かう。
「……ほら、夜空兄。とっとと行くよ」

「ここが渓谷帯で……」
 並木坂・マオ(ja0317)が示すのに従って遊夜が地図を作製する横、食事の終わった由稀たちに歌音が声を掛けた。
「それで、何か使えそうな武器はあったかい?」
「使い方に寄りけりね。普通ならば武器には使用できない日用品もかなり混じっているわ」
 煙草があったのはうれしいけれど、といってさっそく火をつけ始める由稀。食事の準備の時にも火を起こすのに使用したライターと煙草のセットだ。携帯灰皿もついていて最初は嗤ってしまったが、森中に捨てるなどして痕跡を残さなくて済むのは助かる。
「俺はこのテグスをもらっておこう。普段使うワイヤーとは強度や重さは違うがこれが一番扱いやすい」
 さすがにタコ糸ではな、と夜空は苦笑した。手芸セットには他にも針や綿などが入っており、他の化粧品セットや機器類セットに比べれば用途が多数ある。
「……武器は何でもいいけど、戦力の比重は?」
「そうだな……長期・短期でやるかはどっちでもいいと思っている。ただし、向こうに地の利がある以上、こっちがどれだけ隠れようとも拠点は発見されると考えていいだろう。奇襲を受ける前に奇襲を仕掛けたいところだ」
 ラファルとしての意見は戦力の比重は守備よりも攻撃に回したい。
 司令官として、敵に気絶もしくは失格にされない様にしなければならないとは考えているが、撃退士はほぼワンマンアーミーと言っていい。自分に関しても、攻撃を仕掛けられたところで大多数に攻勢に出られなければいくらでも逃げる術はあると思っている。
 とはいえ、司令官に関しては自分が逃げればいいだけだがフラッグに関しては別だ。拠点を護る際には敵の勢いに押されることがあっても撤退できない。逃げるという最終手段が効かない以上、フラッグは奪われやすい。
 奪われてすぐに敗北となるわけではないので拠点を中心にトラップなどで近づけさせない、また奪われても奪い返せばいいことではあるが。
「まぁ、前衛は前衛で奇襲をかけるかどうか、状況を見て判断してもらいたい」
 アウルが使えない以上、奇襲が確実に成功するとは思えないが撃退士それぞれの能力値から行って、並の兵士二人分を大きく上回る。相手の人数がこちらの倍であるならば、単純計算上はこちらの有利だ。だが、そこにチームワークや地の利、武器の充実など付加要素が加わるとそうも言ってられない。
「なら、私は銃をもらっておこうかしら。フラッグを回収する際には確実に敵を倒さないと追ってこられたらたまらないわ」
 インフィルだしね、とペイント弾が数発込められている猟銃を肩に掛ける由稀。彼女を初めとして各自、武器を吟味する。
 サガはロープに木の皮を組み合わせて作った即席のスリングと小石を武器に探索をしていたが後半も同じ武器で相手を気絶させる方針でいくようだ。
 雛姫も同じく、手製のロープと網で敵を気絶させる方針で行くようだ。二人とも隠密に長けているため、相手の背後を取り一気に失格まで落とすという方向性である。
「閃光弾と発煙筒ですか。集団を相手にどこまでいけるか……」
 ファングは本当ならばスモークグレネードのようなものでも欲しかったが、さすがに威力のある武器は控えるらしい。見つかったものの中に爆発物や刃のあるものは見当たらなかった。
 各自で初期から装備を許されているナイフにしても少し刃先が潰れた仕様になっている。
 この二つの武器で相手の視界を潰した後にどうやって敵を倒すか、様々な状況を予測しながら頭の中でシュミレーションを繰り返す。
「守備側にも一個は遠距離武器があった方がよいのぜ」
 残った武器の中から射程の長い銃を選び、一つ頷いた遊夜。
「残った武器類はどうするつもりなの?」
「トラップに応用できなさそうなものはどこかに隠すか?」
 マオの言葉にラファルが提案する。
 あいにく、この拠点の傍には隠すような土地の広さはないが次の拠点の近くに埋めておけばいいだろう。
「となると、午後の行動としては殲滅班が敵拠点探しと敵兵力の削減、フラッグ班が次拠点近くに武器を埋めに行く。守備班は警戒待機といったところであるな」
 午後の予定が決まり、それぞれが立ち上がった。
 しかし、青すぎる空と湿気の多い気温がすでに猛暑と言えるものとなっていた。


 バシバシと葉を打つ、激しい雨が天から降り注いでいた。
「ぐ……っ」
 敵の首を軽く締めて気絶させると意識を失った体はばしゃん、と音を立てて溜まりはじめた雨水に倒れ込んだ。
 快晴が敵の武器を剥ぎ取る間にサガが濡れ切って張り付く髪をゴムで纏めた。普段は軽やかに流れるマントも随分と重くなっている。
「一度拠点に戻りましょうか。この勢いではちょっと川の方も気になりますし」
 雛姫の提案に夜空も頷いた。雛姫の持っていた武器は濡れて使い物にならなくなっていたし、視界の悪すぎる現状に敵影の発見もしにくくなっている。
 拠点近くにある川は氾濫する勢いにはなっていない、と無線で連絡はあったが拠点の周囲に張ったトラップのいくつかはこの雨で意味をなさなくなっているだろう。
 午前中に作っておいたらしい、鳴子もこの雨では音を響かせることはない。この雨で動けないのは自分たちだけでなく、相手も同じに違いない。

「おぉ、帰って来たか」
 快晴は遊夜からタオルを受け取って洞窟内を見た。既にフラッグ班は帰ってきていたがそちらも大分雨に濡れたようだった。午前中に発見したタオルがって大助かりだが、これでは雨が止むまで動けそうにない。
「こっちは何とか武器だけ隠してこれたぜ」
 トラップを仕掛ける暇はなかった、という夜羽。殲滅班は偵察をしていた敵班を一つ殲滅、ほか数名を気絶させて失格にしたと報告をした。
「この雨じゃ落とし穴含むトラップ系は全滅だろうね」
 溜息を吐きながら歌音は言った。
 武器の制作など作ることに集中していたのが幸いで、設置をしていなかった物も多い。しかし、多少なりとも設置済みであった鳴子などの仕掛けは雨が上がった後も使い物にならない可能性が高い。
「山の天気は変わりやすいって言うけど、夜までに止むかな?」
 空を見上げながら言うマオ。
 洞窟の天井と覆い茂る木々によって見にくいが、日は既に夕刻となろうとしていた。


「上がった、な」
 痛い位の日差しが戻るのにそう時間はかからなかった。遠くを紫色に染めた夕日が洞窟に差し込んでくる。
「ギリギリぜよ。川の近辺は水没してるのぜ」
 先ほどまできちんと土地としての役割を示していた場所が既になくなりかけている。川と土の境がかなりあやふやだ。
「うわー、足元ぐちょぐちょ。もう一回は無理だね。夜に降られたらたまったもんじゃない」
 洞窟の外に出たマオが足元の不安定さに眉をしかめて移動を提案する。
「雨が上がったばかりだから相手も動き出してるはずだよ。暗くなってからはこっちも動きたくないし」
 歌音が言って、決定をラファルに委ねる。
「早朝に動くか。夜に降られたら濡れてでも動いたほうがいいであろうが」
 今すぐだと足跡が残る、と地面の泥濘を見やった。しっかりと複数人分の足跡が洞窟近辺に刻まれてしまっている。
「そういや、あいつ等の足元も泥だらけだったよな」
 最初に敵を発見した時、草が泥に汚れていたことを思い出して夜羽が言った。
「そういや、乾いた土と乾いてない泥がついてたような……ん? ここ最近雨降ってないよね?」
 確か、ここ一週間ほどは雨など降っていなかったはずだと思いだしながらクラウスは言った。
 雨も降っていないのに草に泥がついているのはおかしい。それも、乾いた土ならば何らかの理由で以前についた泥だとわかるが、乾いていない土はどう考えてもついたばかりのものだ。
「泥が付くような場所に拠点がある、もしくは頻繁に移動をするということ?」
 快晴の言葉に、遊夜は地図を取り出した。
「果実樹地帯は沼のようなものがあったと言ってなかったか?」
 それまで敵を発見した位置と来た方向・向かう方向とを合わせて考えてみると自ずとその行動範囲が絞られる。
「ふむ。こんなもんかね」
 果実樹内部、三つの場所にそれぞれ行動は集中しているようだ。
「一つは本物で他二つはダミー拠点、もしくは時間ごとに拠点の位置を変えているようですね」
「もう一度偵察の必要はありますが敵位置は割れたし、どうする? 奇襲かける?」
 冷静に分析するファングの横、クラウスが問いかける。事前に前衛に任せると言っていた通り、ラファルが口出しする様子はない。
「……あっちはフォーマンセルと言っていたから、六班構成。一拠点に二班といったところ……? 人数は八人――三四人で向かって倒せない数じゃないね」
 どうする、と快晴は夜空に問いかけた。
「実際に行動するのはフラッグ班だからな、そちらに従う。ただ、逃げ隠れするのは性に合わん」
 敵の殲滅に関しては正面から行かせてもらう、とのみ夜空は応えた。選択の余地はフラッグ班のようだ。
「そうね。武器は充実したし、あまり時間をかけるのもなんだから奇襲といきましょうか。向こうの戦力は減らしたし、こちらは万全の状態」
 決して悪い傾向ではないわ、と由稀が言った。


「やはり、三か所とも拠点ですね。フラッグの確認は?」
『見当たらないです。どうにか敵を誘き出して拠点内部に入らないと』
 無線から聞こえる雛姫に三か所同時攻撃を提案し、ファングは無線を切った。
 殲滅班とフラッグ班の混成で三か所の拠点を見張っていた。
 雨雫を乗せた葉の下に隠れながら、前を通り過ぎる兵たちの様子をみる。拠点の入口は前方に一つ。三人の兵士が武器を持ち常時警戒している。拠点の中には服装の違う少尉を含めて五名。
 便宜上、各少尉ごとにABCで分けた拠点の内、ファングが見張るのはヤマザキ少尉のいるA拠点だ。クラウスとマオとともに一緒に行動している。
 カミヤ少尉のいるB拠点が雛姫・夜羽・由稀の三人、ハシダ少尉のいるC拠点を夜空・快晴・サガの三人が奇襲する手はずになっている。
『カウントを取る』
 サガの声が無線を通じてタイミングを知らせた。

「兵士諸君、任務ご苦労、さようなら」
 突如、敵の拠点前に躍り出た夜空がテグスを撓らせ、攻撃に移った。突然のことに、反応できた者、できなかった者がいるがわらわらと拠点内部から敵兵士が出てくる。
 夜空に注目が集まると同時、快晴は隠密を使いながら拠点に侵入し、フラッグを探し始めた。
「目的のためなら手段を選ぶな、君主論の初歩だそうだがそんなことは知らないね」
 軽い指先の動作のみでワイヤーを動かし、向かってくるペイント弾を弾いたりしながら夜空は敵を前に論じる。
「世の中には手段の為なら目的を選ばない、どうしようもない連中も確実に存在するのだ」
 つまり、俺のような。
 夜空の言葉は最後までハシダには聞こえなかった。ゴッと硬い音がしてその頭をサガの操るスリングが直撃したからだ。
「……これで終了にならないってことは司令官じゃないんだな、こいつは」
 司令官を倒せば終了となるが、状況終了となっていない。ただの学生に司令官を任せるとも考えにくいこともあるし、このC拠点の兵力はすべて鎮圧した。
「……駄目だ。ここにあるフラッグは偽物だよ」

 C拠点への奇襲が開始してすぐ、A拠点内部から兵が数人警戒に増加された。
 その様子に雛姫は小石を拾うと、遠くへ放った。
 当然のごとく、一部のものの注意が物音を立てた場所へ向かい、確認のために他から離れる。
 ペイント弾が撃ち込まれた。
「奇襲!」
 攻撃されていることに気付いた兵が声を上げた。だが次の瞬間にはそのものがペイント弾で撃たれている。
「中へ入れ!」
 次の指示で急いで拠点に籠城しようとするが、背を向けた瞬間――雛姫が駆けた。
 一人の背を踏む雛姫に銃が向けられたが弾が通る頃には雛姫の体は空にあった。勢いよく回転しながらナイフで背負われた荷物の肩ひもを切り裂く。
 そして着地すると同時に一人の兵の背後を取って首に手を回した。そのまま流れる動作でキュッと首を絞め、意識を落とす。
 その間にも連射されるペイント弾は由稀からの援護で相殺される。
 茂みからの狙撃に、狙撃手を狙う攻撃がなされるが、移動しつつ狙撃をする由稀の場所が掴み切れずに散弾、無駄打ちが続く。

「くそッ 弾切れか。補充は……」
 振り返ったカミヤは夜羽がフラッグを持って走り始めるのを見た。
「フラッグ!」
 残っている兵にフラッグへ注目するように指示を飛ばすが、皆弾切れだ。しかも追わせない、とばかりに由稀からの銃弾と雛姫の猛攻撃がある。
 接近してきた雛姫に対し、カミヤは銃身でナイフを防いだが、その間にペイント弾を食らった。


「せっかく奪ったフラッグを取り返されても厄介ですからね」
 未だ立て籠もりを続けるA拠点に向けて、ファングは発煙筒を投げ入れた。
 拠点内部に立ち込める白い煙に、我先と出てくる兵たち。密やかに拠点入口まで接近したファングが煙を吸わないよう呼吸を調整してから姿勢を下げた。煙の少ない、下付近から素早く足を引っ掻け転ばしてゆく。それをマオが功夫で気絶させてゆく。
「そう、上手くいくと思うな!」
 銃を構える音がしてマオは即座に避けた。
「おっと、危ない!」

 盾を持つ兵士三人と銃を持つヤマザキ。四人ともガスマスクを着けていた。
「そちらも、上手くいくと思わない方がいい」
 そう、ファングが言うが早いかペイント弾が茂みから撃ち込まれてくる。すぐさま盾で防御をする四人だが、注意が逸れた瞬間にファングは一人が持つ盾を蹴上げた。
 盾を弾かれた兵がそのままマオの功夫を食らって気絶する。瞬時に銃を向けてくるヤマザキだが、ファングが銃を押さえつけスライドを固定する方が早かった。
 銃を抑えられて身動きできないヤマザキに、クラウスのペイント弾が当たった。

「はぁ……フラッグを奪われて司令官も倒される。惨敗だな」
 演習が終わってありがとうございました、と全員で敬礼を受けた直後座り込んだハシダがボヤくのにファングが声を掛けた。
「そう卑下しないでくださいませ、貴方方がいるから我々は背中を任せて戦えるのです。戦場は英雄だけではない。戦場は兵士達によって成り立っているのですから」
「いい訓練だったと思うよ、お互いに」
「結構面白かったぜ♪ また機会があったらやろうや」
「……まぁ、たまにはサバイバルゲームも良い、か」
 口々に感想を漏らすメンバーに、ハシダたちは苦笑した。肉体的・身体的に疲労がたまっている側としてはありがたい評価だった。
「本当にありがとう。良い演習だった」
 撃退士側の完全勝利。それは予測された結果だったが、身になったとは思う。
 これからは士官学校の方にももっと力を入れてもらわないとな、と報告書の内容を考えながら握手を求めた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 夜闇の眷属・麻生 遊夜(ja1838)
 Rapid Annihilation・鷹代 由稀(jb1456)
重体: −
面白かった!:8人

魔に諍う者・
並木坂・マオ(ja0317)

大学部1年286組 女 ナイトウォーカー
ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
夜闇の眷属・
麻生 遊夜(ja1838)

大学部6年5組 男 インフィルトレイター
Operation Planner・
月夜見 雛姫(ja5241)

大学部4年246組 女 インフィルトレイター
神との対話者・
皇 夜空(ja7624)

大学部9年5組 男 ルインズブレイド
特務大佐・
ファング・CEフィールド(ja7828)

大学部4年2組 男 阿修羅
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
影に潜みて・
サガ=リーヴァレスト(jb0805)

卒業 男 ナイトウォーカー
Rapid Annihilation・
鷹代 由稀(jb1456)

大学部8年105組 女 インフィルトレイター
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
青の悪意を阻みし者・
クラウス レッドテール(jb5258)

大学部4年143組 男 インフィルトレイター
能力者・
御神島 夜羽(jb5977)

大学部8年18組 男 アカシックレコーダー:タイプB