●現地事情
「わぁ、卜部先輩も由緒正しい戦闘服なんだ……一緒に悪い天魔をやっつけようね!」
にこっとかわいらしい顔をよりかわいらしい笑顔にしていう少年撃退士、犬乃 さんぽ(
ja1272)に卜部 紫亞(
ja0256)は首をかしげた。どうやら、さんぽの言っている由緒正しい戦闘服とはセーラー服らしい。
「この依頼、燃えやすい服装はだめだと言っていたから……セーラー服はやっぱりダメかしら?」
その問いに答えたのはカノン(
jb2648)である。
「囮役をするのは私ですから、敵に接近を許さなければ問題ないでしょう。制服は特に燃えやすいものでもありませんから」
彼女の服装は冬服で、敵の発火能力を考えると随分と危険だ。戦闘時にはすぐ装備を活性化するから問題ないと言っているが、敵の移動速度は速い。紫亜にとって天使であるカノンは因縁のある相手だが、任務に私怨は挟めない。戦闘中に大怪我をして動けないとなっては困る。
「敵の捜索は任せろよ。ちゃんと守ってやるぜ」
太鼓判を押したのはビアージオ・ルカレッリ(
jb2628)、天使である。戦闘時にはサポートに回るらしいから、彼には近づかないようにしよう。そう決めた紫亜はさんぽと探索範囲について話し合う。
「あ〜、まぁ、ということだ。カノン、囮頑張れよ」
そっぽ向くという紫亜の対応にビアージオは話を反らしながらカノンに話を振ってくる。
「……心の傷というのは責任感だけではどうしようもないものですね」
直接的ではなくとも、同族の犯す罪は自らにも責任がある。そう、カノンは口にした。撃退士として久遠ヶ原学園に入って、何度も思い知らされたことだ。
「だが、きっと時間をかければ歩み寄れるものだと俺は思う」
昔は敵だった君たちと同じ任務とはな、と苦笑したのは蒼桐 遼布(
jb2501)だ。悪魔だったが、人間に拾われて生活していた時期があるという。天魔に肉体的直接攻撃は聞かないというのに、武道を身に着けるというのは少々風変りだ。彼曰く、武道は精神集中によいらしい。学園の堕天使とも友好的に話している姿を見かけたことがある。
「今回はよろしくな」
友好的に手を差し出遼布と握手をする。ビアージオには男とは仲良くしない主義だ、などと言われていた。結局は握手をしていたが。種族など関係ない、本当にそうであったらいいと思う。だが、天魔事件は続くのだ。事件も被害者も増え続け、責任はいつまでもあり続ける。
(だからこそ、この任務を遂行する必要があります)
「ここが四つの事件現場の中心ね」
それまで機械をいじっていた月丘 結希(
jb1914)は顔を上げた。紫亜の出した、街の地図から事件を整理していたのだ。四つの事件はどれも近い場所にある。敵はその四ヵ所から移動しやすい場所に待機しているはずだとあたりをつけ、敵の潜む場所としていくつかの施設や建物をピックアップしてゆく。探索に回るビアージオと紫亜、さんぽの三人に細かく場所を割り振っていく結希。敵を誘導する場所と罠を張る場所をカノン・遼布と相談してゆく。
「そんじゃ、敵を見つけたら連絡するぜ」
そう言ってビアージオは光の翼を使って上空に上がる。その肩には召喚したヒリュウが乗っていた。それに続いてさんぽも探索に向かう。壁走り、遁甲の術を使用して姿を隠しながら移動してゆく。さんぽがビルに登りきる頃、紫亜が歩き始める。自らの身を隠す場所へ移動するためだ。遼布も別方向へと移動を開始する。結希も一緒だ。そうして、その場にとどまったのはカノンのみになった。
●探索開始
壁走りのスキルを使ってビルを駆け上がったさんぽは手をおでこに当てる遠見の姿勢を取る。だが、そこに広がるのは群青色の空ばかり。目標は見つかりそうにない。
「う〜ん、敵は一体どこにいるのかな?」
手を顎に当てながらさんぽは首をひねった。
今回の事件はいろいろと情報不足なところが多い。事件の発生から調査、さんぽたちの出撃という三段階を踏んでいるにもかかわらず、敵の正体も能力も詳細は不明。
結局のところ、それは敵の姿が確認できないということに繋がっているのだが、それだけ敵の移動速度が高いということだろう。
(でも、素早さならニンジャだって負けないもんっ)
さんぽは鬼道忍軍。専売特許で負けてはいられない。
それに、足跡が見つかっていることから敵に実体があるのはわかっている。ならばどこかに潜んでいるはずだ。結希からはいくつか、敵の隠れていそうな場所を聞かされている。
「絶対、犯人は見つかるはずだもん」
懐からオペラグラスを取り出し、再び周囲を見回すとさんぽは駆け出し、一気に跳躍した。そして次のビルへと飛び移る。その姿は遁甲の術に隠されて地上から見えない。
さんぽを見送った紫亜はオフィスビルの一階にあるカフェテラスに入っていた。窓際の席からはカノンが歩道の反対側に見える。適当に注文をしながら、周囲を観察する。
昼時よりも少し遅い頃合い、カフェテラス内には疎らに人がいる。それぞれがおしゃべりに興じているようで、紫亜にも外にも注目する者はいない。
もし、外で戦闘が始まればたちまちにパニックになりかねないが、敵の移動速度は速く、囮役であるカノンは路地にすぐ入り込めるように配置している。一見すれば誰かと待ち合わせを行うかのように、壁に寄りかかって空を見上げている。
実際のところ、その方向は路地内を直線的に視認できる、唯一の方向だ。
高いビルが立ち並ぶせいで、その視界は狭く、またぎっしりと詰まるように建設されているため、下から見ると唯一空が広く見える場所となっていたのだ。現地に行かなければわからなかった立地情報だ。そこから、敵が視認できる可能性が大きい。
敵の移動速度が速いということはつまり、急激な停止や曲りというのは敵にとっても困難なことである。だからこそ、敵の最初の一撃は必ず直線的に行われるはずなのだ。
(大丈夫よ。今回、被害者は出ない。上手くいく、上手くいかせるわ――それが撃退士)
手にしていたコーヒーカップをそっと、ソーサーに戻した。解けきらなかった砂糖が底に残っている。それはまるで、自らの心のように、信頼と不信が混ざり合わない。
今は依頼を成功させることが第一、と自らに言い聞かせる。
(ああ、まじかよ……)
頭をぐしゃりとかきまぜたビアージオはスマフォを取り出し、結希に連絡を入れる。
敵が、目の前にいた。
「俺様だ。敵を発見したぜ、サーバントだ」
作戦が決まったところで一抜けし、光の翼で上空から街を見下ろしたビアージオは召喚したヒリュウを偵察に飛ばした。後は周囲を伺いつつ仲間の様子を見ていた。
さんぽは壁走りと遁甲の術を利用して姿を隠しながら街中を走りまわり、紫亜は一般人を装って路地のよく見える場所で周囲を観察している。遼布と結希の二人は路地の左右にあるビルに身を潜めている。
ビアージオはそんな仲間たちの中、隠れもせずに上空にいる。なぜか、それは彼が天使だからだ。敵がサーバントならば同族として敵が油断する、もしくは気配が似ていることから気づきもしない可能性がある。もし、敵がディアボロの場合。天魔の関係上、ディアボロは天使に対し、敵愾心から攻撃してくる可能性はあるが、逃亡という選択性が出てくることはない。
ビアージオ自身は撃退士としての戦闘は未だ不慣れなこともあって、他の仲間のサポートに徹したい。敵を発見したら仲間に知らせる予定だが、そう簡単に見つかるとは思っていない。ヒリュウの報告を待つか、という姿勢を見せたビアージオ。だが、地上でカノンがタウントを使い始めて間もなく、発見したのだ。――こちらに全く気付く様子のない、サーバントを。
「首が三つ、それぞれ色が違う。ありゃ、能力を複数持っているな」
敵サーバントを発見と同時に素早く身を隠したビアージオはスマフォで結希と連絡を取りながら敵を観察する。小声の通話にも近くにいるビアージオにも気づく様子がない。敵サーバントは獣状にもかかわらず五感に鈍いようだ。
「ん、動き出した」
突如、サーバントは体を低くすると、緑の首を振り回す。すると、微かに風がその体を取り巻き始めた。次の瞬間、
(まじかよ、早っ!)
一瞬で姿の見えなくなった敵。ヒリュウを呼び寄せながら追うも、まったくそのスピードに追い付けない。このままでは敵がカノンに突撃する方が早い。ビアージオは再び結希に連絡を取った。
●推定から確定
路地に近い場所で一人になったカノンはタウントを使用し始める。
今回の依頼は移動速度の速い獣型の敵。だが、その正体が不明だ。目撃証言で得られているのは色のついた突風。事件は既に四件、この近くで起きている。
敵は恐らく、事件現場を見渡せる場所に潜み、一気に駆け寄った。現場は高いビルの立ち並ぶ場所で、死角は多い。敵が被害者に目を付けたのは恐らく、上方から。敵はこの付近の高い位置で街を見下ろしているに違いない。
カノンの使用するタウントによって敵の興味はそそられているはずだ。探索組がうまく敵を発見できたならいいが、敵がカノンの元へ飛び込んでくる可能性もある。
(しっかりしなければ……)
敵は一撃離脱を旨とするはずだ。攻撃が失敗すれば逃亡を図るはず。だからこそ、この場所だ。敵に狙われたら路地に誘導する。遼布の提案で、仕掛けたのは縄と見えにくいワイヤー。見えやすい仕掛けを用意することでワイヤーを悟らせないようにするためだ。路地ならば退路も塞ぎやすい。
敵が仕掛けてきたらすぐに対応できるよう、紫亜・結希・遼布の三人はそれぞれの場所で待機してこちらを見ているはず。
(三人の注目が私にあると考えると、なんだか緊張しますね)
実際にはどこかで敵もこちらを見ているはずだが、それがどこだかはわからないので何とも思わないが、三人が潜む場所は知っているものだから視線がそちらに向きそうになって、意識して逸らす。携帯が振動する、敵がやってきた合図だ。カノンは素早く、身を路地に滑り込ませた。
(やはり来た!)
結希はビアージオと繋がっているスマフォを片手に、高揚した声を心中で上げる。敵の移動は速い。ビル屋上から一気に駆ける敵サーバント、赤・黄・緑の三色をそれぞれ三つ首に持つ獣。纏う風は緑。カノンに一直線に駆けてゆく。
ビレージオとさんぽは遠い。紫亜も一般人を装っているために距離は近いが、間に合わない。サーバントがカノンに突撃する方が早い。
(ならば、先手を打つ!)
結希は隣にいる遼布に頷く。罠として設置した縄が遼布によって引き上げられる。
(やった!)
敵サーバントが突撃の勢いを鈍らせた。その隙にカノンが装備を活性化させている。戦闘に移れそうだ。そこで遼布がもう一つの罠である見えないワイヤーの仕掛けも続けて動かした。縄を避けようと跳躍した敵を、ビルの間に張り巡らせたワイヤーがサーバントに当る!
「グァアアアオオオ!!」
呻きか咆哮か、判断に迷う声を上げてサーバントは地面に激突した。
(よし、今のうちね!)
結希は法具、獄炎珠を握りしめると炎を生み出す。体勢を立て直している途中のサーバントに向けて炎を放つ。だが、低く短い唸りとともに敵の三つ首の内、左に会った赤の首が炎を吐き出す。
(相打ち! けれどチャンスよ)
結希の攻撃の間に遼布が路地を塞ぐよう、ビルから飛び出していた。行き止まりにカノン、敵サーバント、路地入口に遼布の陣形だ。結希はビルの窓からその様子を伺いつつ、漆黒の銃、ヨルムンガルドの照準を合わせる。
●チームワークとは補完
サーバントと対峙した遼布は銃を片手に、地面に向けて乱射した。サーバントはそれを細かい動きで避けていく。だが当らない、敵の移動速度が速すぎる。
(だが、魔法攻撃よりも物理攻撃の方が効くと見て間違いはなさそうだな)
結希の炎攻撃には炎を吐き出して対応して避ける動きを見せなかった。だが、最初のワイヤー攻撃にダメージを食らっていた。一発一発は攻撃力の低い銃弾でも避けるあたり、物理攻撃は極力避ける姿勢を見せるようだ。
銃弾の合間を縫って近寄ってくるサーバントに遼布は距離を取るよう、後退していく。
(駄目だ、このままだと、路地から出るっ!)
「苦戦してるのかしら」
遼布は背後から聞こえた静かな声に振り向き、その黒く漆黒の髪が踊るのを見た。
紫亜の指先から出現した黒い稲妻がサーバントの緑の首を打ち抜く。
「私のノワールの味はどうかしら?」
薄く微笑む紫亜に短く礼を言い、遼布はシュガールを手にサーバントに近づいた。サーバントは緑の首を大きく振り回し、注意が逸れている。三つある首の一つに狙いを定めて振り下ろす!
だが、ガチガチと激しい牙を打ち鳴らす音が響いた途端、黄色の首から電気の塊のようなものが吐き出される。慌てて接近した分を下がる遼布。
「ぐっ! 近づけない、か」
遼布に迫ろうとしたサーバントはビルに潜む結希の銃撃によって移動を妨げられたらしい。加えて紫亜の出現させた氷の錐が突っ込む。だが、緑の首が頭を振って風を作り出すと錐の攻撃は狙いを外れていく。
「なっ」
驚いた紫亜に向けて、溜められた電撃が放たれようとしたが、不意にその注意が背後に向く。カノンだ。
「私がいる限り、仲間に攻撃はさせません!」
再びタウントを使用したカノンにサーバントは体ごと行き止まりの方へ向く。それは大きな隙だった。すかさず遼布は背後から切りかかりに行く。だが、二本の尻尾を振り回し接近を許さない。
(これではカノンに攻撃がっ!)
「赤は炎を吐き出し、黄は電気を放つ。緑は風を操る能力……なかなか厄介な能力なのだわ。でも、」
紫亜が敵の能力を的確に表しつつ、その視線を上空に投げた。
「誰も、燃やさせないよ……! 幻光雷鳴レッド☆ライトニング! 三首結んでパラライズ★」
ビルから飛び降りたさんぽの攻撃が上空からサーバントに突き刺さる。麻痺を起した敵が呻きを上げ、倒れ込む。首を振って正気を保とうとする、黄の首。けれど赤と緑はぐったりと目を閉じている。
「グゥルルルゥ……ッ!」
後退し、逃げに移るサーバント。だが、透過しようとしていたビルの壁に激突する。いつの間にか、狭い路地の壁面に阻霊符が張り巡らされていた。
「逃がさねぇよ」
ビレージオがそう言って、ビルの壁に手をついていた。そして、結希も阻霊符を片手にビルから出てくる。
「行くぞ!」
壁に激突した衝撃で黄の首は混乱状態になったようだ。激しく首を振っているサーバントに向かって遼布は走り出す。大きく構えた大剣が首を切り落とす。
「はぁ、漸く煙草が吸えるぜ……」
吸いすぎは体によくない、と言ってくる遼布やカノンをかわしてビレージオは喫煙する。仕事の後の一服は最高だった。