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「アウルに目覚めた犯罪者とは……厄介だな」
榊 十朗太(
ja0984)は依頼の詳細を聞き、唸った。
「一刻も早く抑え込まないと被害が拡大しかねない」
「要は犯罪者を俺たちでとっちめる、ってことですね」
浪風 悠人(
ja3452)は非常にイイ笑みを浮かべながら婦警に確認を取る。この婦警、久遠ヶ原に連絡を入れた人物で、今回の事件においての警察側の代表なのだ。
「ええもちろん。あなたたちは警察ではないし、ヤマダも一般人ではなくなったのだから、正当防衛は過剰反応ではないわ。むしろ、凶悪な脱獄囚を捕まえた善良なる市民だもの」
ヒーローとして報道に囲まれる可能性もあるわよ、と冗談めかして言う婦警。
「警察対策として武器の入手をしてくると思われますね」
顎に手を掛け、思考していた知楽 琉命(
jb5410)の言葉に悠人は大きく頷いた。
「逮捕以前に隠していた武器を回収、といった場合ですね。当時はストーカー事件として訴えられ、証拠品押収の際にミリオタが発覚、という順序だったので予め武器を隠している時間はあったはず」
「――周囲に被害が出るな……」
十郎太が険しい顔をして、黙り込んだ。
通常、撃退士の扱う武器はアウルをよく通す、V兵器と呼ばれる対天魔用の武器だインフィルトレイターの武器である銃にしても音や振動など、実際の銃とほぼ同じ形状であるが、その銃弾はアウルそのもの。つまり、アウルを通さなければただの鈍器である。
ヤマダは当然、ヒヒイロカネを持たない。武器を得ようとするならば一般武器だろう。しかし、撃退士の身体能力は一般人の比ではない。アウルに目覚めたばかりのヤマダであっても、その身体能力を駆使し、抵抗をするはず。そうなると、やはり対抗できるのは同じくアウルに目覚めたもの――撃退士のみ。
「ええと、そのぉ。相手がロリコンっていうならちょっと案があるんだけど……」
森田良助(
ja9460)が普段の元気さとはかけ離れた、おずおずとした様子で手を上げる。その言葉と表情に、何を指しているのかすんなり気づいた悠人は良助の肩にポン、と手を置いた。
かなり生暖かい視線だった。
しかし、悠人からすれば愛する恋人の前で自ら申し出るような事態にならなくてよかった、というもの。何やら周囲の人々に趣味と勘違いされては否定をしている事態なので、良助の気持ちが分かるというか今は逃れたがいつ襲いかかってくるかしれない、緊急事態である
このヤマダの特性を聞いた時に、誰しもが思ったこと。それは誰かが囮になればいい。しかし、そんなことを言い出すものがいるはずもなく、――良助と言う光明が降り注いだのだった。――そう、つまりそれは、ロリータ……女装をして囮になるというもの。
「ねぇ……ロリコン……って……何……?」
それまで黙っていた浪風 威鈴(
ja8371)は首をコテン、と傾げて皆に聞く。
あまりにも純粋な問いに、威鈴の天然具合を知る者(特に悠人)は胸を打ち抜かれるような衝撃に耐え、事情を知らないはずの婦警であっても「大丈夫。知らなくてもいいことだから」と言葉を掛ける。
こほん、と咳払いして仕切り直すライアー・ハングマン(
jb2704)。
「行動力があんのは良いが犯罪までいったら駄目だろ、常識的に考えて」
やれやれ、と首を振るライアー。
(俺も人の事言えた義理じゃねぇが……)
犯罪者であるヤマダと同じ心境、などとは決して思わないがロリコン――年の差恋愛と言う意味では同類、に当ってしまう。決して、そう決してライアーはロリコンではないのだが、好きになった人の年齢に問題があっただけだが。
「では、囮と待機の班、少女護衛班、地域住民へ避難呼びかけとできればヤマダの発見をする班の三つで分かれましょう」
琉命が決を採る。
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「なんで……女の子……の……家に行きたい……のかな……」
警察にもらったヤマダの写真を持ちながら、威鈴はぽつりと呟いた。その横には同行者の悠人がいる。
二人はしばらくの間何があっても家から出ないようにと注意を周辺住民へ呼びかけている。少女宅から半径100メートルを目途に、警察の協力を受けつつ各方向へと足を向けていた。ヤマダを見た、などという報告は未だない。
「犯人はその女の子にもう一度会いたいと思っているんでしょう」
「会っちゃ、だめなの……?」
威鈴の天然、純粋さは好ましい。だからこそ、どこまで話してよいかと頭を悩ませながら悠人は威鈴へと言葉を返してゆく。
「駄目です。ちゃんと罪を償ってからならまだしも、罪を罪とも思わないでいる」
「償ってから……会えば、よかったのに……」
しょぼん、とした風に言う威鈴。耳と尻尾が垂れているような幻覚が見えて、悠人は眼鏡を光らせながら他方を向いた。
「そうですねぇ……」
(でもヤマダは少女に嫌われている上、ストーカーだからもう会うなんて許されないだろうけど)
まぁ、威鈴のためにもヤマダは即座に処理しよう。そうしよう。
何か深くツッコまれない内に。疑問を抱かれ、矛盾が生じてしまう前に。ニコニコとした表情のまま、悠人は思った。
「ん……。あっちの方……行こう……」
地形把握と索敵のスキルがあるからか、的確に会話のできる場所へと向かう威鈴に引っ張られ、悠人は次の場所へと向かう。
「そんなに厳重にして、意味あるの?」
当時、ヤマダの被害にあっていたという少女の家に上がった琉命がまず確認したのは庭だ。ヤマダの現在の位置が不明なため、既にこの場所前潜り込んでいる可能性も考え細かく生命探知を掛けてゆく。
その次に各部屋を具に確認し、リビング以外の個室にすべて鍵を掛けた。火の元栓も閉じる。そこまでして、息をついた琉命に少女が問いかけてきた。
「意味は、あるでしょう。相手はアウルに目覚めた者、一般人とは違います」
元が一般人でも、アウルに目覚めたその時から既に変化は終わっている。
「撃退士としての訓練を積まずとも、その身体能力は常人を遥かに凌ぎます。それに、撃退士は周囲への被害を考えて能力を制御する。それが、ヤマダにはできないのです」
その考え方は一般人のそれと同じ。その力の影響を一片たりとも考えようとしないヤマダに、過ぎた力だ。
力に溺れ、自負し、油断し、過剰に動き、力を誇示しようと動く。――自身の欲望のままに動き、制御をしようとしない。制御できないことにも気づかず、故に一切の躊躇もない。その行動は予測が不可能。
(少なくとも家人を家から出させる、というのが目的で動くはず)
火事、停電、地震――災害に対して人は無意識からその場を離れようとする。考えられるならば電線を切る事、不審火を起こして火災探知機を誤作動させようとする事。一般人の考えならばこれぐらいだが、その身体能力を使って家を破壊しようとする可能性も無くはない。
「――、来ました」
生命探知に引っかかる、新しい生命反応に携帯で仲間たちへと連絡をつける。その際、母親に支えられて、少女が肩を震わせていた。
(ヤマダは卑劣な犯罪者。でも私は護衛、ここから離れるわけにはいかない)
少女を追いつめるだけ追いつめて、今もまた脅かそうとしている。そんな存在に怒りが湧いた。しかし、眼を閉じて呼吸を整える。
「外には私の仲間たちが待機しています。停電や火事が起きようとも、絶対に家から出ないでください」
そっと、少女の背に手を当ててアウルを纏わせる。アストラルヴァンガード――回復と防御の撃退士。その誇りに掛けて、少女もこの家の人たちも護りきる。
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「三年経っているとはいえ、トラウマの再来だ。あまり気分の良いものでもあるまい」
少女宅のすぐそば、ヤマダに発見されないだろう場所を予め威鈴に探してもらい、隠れていた待機組三人。
琉命の生命探知である程度の広範囲、探索ができる。しかし、それに頼り切りではいけない。それで判明するのは生命反応であって、ヤマダであるかまでは判断ができないからだ。
今なお、威鈴と悠人・警察で手分けして周囲への立ち入り禁止とヤマダへの注意を呼び掛けているが一般人が立ち入ってきた可能性も拭えないからだ。
「……降って湧いた力に溺れるなど、力は扱う者の心次第で変わる。目覚めたからと言って、修練を積まなければ扱いきれない」
だからこそ、俺たちは久遠ヶ原の学生なんだ。――そう、十朗太は呟いた。
力を持つだけがすべてじゃない。そこからが本当の始まりだ。力を学ぶことで初めて、一歩を踏み出せる。故に、修行は欠かせない。故に十朗太は久遠ヶ原学園に来たのだ。
「――ま、近づけさせやしねぇさ」
ライアーがニヤリ、と笑うのと同時、周囲を不自然に警戒する囚人服の男――ヤマダが姿を見せた。
琉命から連絡を受けたのは三人だけではない。
「状況は?」
荒くなった息を整えながら、悠人は十朗太に問うた。威鈴が地形に詳しいので道をだいぶショートカットしてきたが、それでも息が切れる全力での移動だ。中立スキルを素早く使用し、ヤマダを見るがどうも判然としない。
「見ての通り……説得は、無駄のようだな」
ヤマダの前で会話する久遠ヶ原初等部の制服を着こなす少女、もとい良助。
「犯罪を起こすより、アウルの力を使って天魔をやっつけて活躍する方が、私はカッコイイと思うなぁ!」
少女のように可愛らしく振舞う良助に対するヤマダの反応と言えば、とても不気味なものだった。
「大丈夫だ。君も新世界では僕の隣にいるよ。撃退士も天魔もない、優しい世界だ。女なんて醜悪な生き物も、男だなんて生物も皆僕の力の前に滅ぶ……」
「貴方みたいな最低なクズ人間は一生独り身なんでしょうね?」
説得が無駄だ、と判断した悠人はヤマダの前に出て良助を庇う。挑発スキルを使ってヤマダの気を引く。その間にライアーが足音を立てないまま背後から忍び寄る。
「クズ人間はお前だ! 女などと言う生物に惑わされて一生を終える、その間抜けさ! この世界は腐敗しきっている……っ」
先ほどから、ヤマダの発言に混じる社会への侮蔑。そして匂わされる、力への溺れ。傲慢にも、その力が最強だというように天魔も撃退士も馬鹿にしきっている。
「哀れよなぁ……。気づきもしない。醜悪で臭気のする生物に手玉に取られるとは」
そして、女性への恨みつらみが口の端に多々のぼる。聞いていて、気分が悪くなる。
「貴方、それ以上言ってごらんなさい。――殺しますよ」
そう言いながら、表情から浮かべていた愛想を消す。ヒヒイロカネから大鎌を取り出し、ヤマダへと向けた。
実際にヤマダの言葉に気分が悪くなったのもそうだが、ヤマダの言葉に対して反応をきちんと返すことでヤマダの気が悠人へと向かっている。
「今のうちに、なんて考えてるのか? 気づいてるに決まってるだろッ!?」
突如、振り向いたヤマダがライアーに向かって何かを投げた。そして距離を取る。一方で、良助もヤマダへとアウルを投げつけていた。見失うことがないよう、用意していたマーキングだ。
「うぉ!?」
ライアーの驚いた声。けれどそれに気を取られることもなく悠人は大鎌を振りかぶり、十朗太がヤマダを挟み込む。相手を弾く、薙ぎ払いを中心にヤマダへと攻めていく。
「修羅場をくぐって来た俺たち撃退士を舐めるな!」
槍を一閃させる十朗太の攻撃に、掠りながらも避けて見せたヤマダ。しかし、そこまでだ。
バランスを崩し、地面に尻餅着くヤマダの足元に良助の銃弾が撃ち込まれる。ただの威嚇だが、その間に悠人はゼルクでヤマダの体を拘束した。
「あ〜、すまん。油断した……」
まさか、もろ外見で悪魔と判断できるライアーへ向かって、アウルを纏うことのないただの物質を投げつけてくるとは思わなかったので、逆に身構えてしまった。
天魔は須らく、物質透過の能力を持つ。ただの爆薬だったそれはライアーを通過して地面に接触すると小さな爆発を起こしてコンクリートを焦がしたが、それだけだった。
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拘束されたヤマダは、それでも不審な動きを止めなかった。ポケットから何かを出そうとするヤマダの頬を銃弾が高速で掠めて行った。
身動き一つできない。いくつもの銃弾がほぼ同時にヤマダを掠め、通り過ぎる。何かをしようとしたそれは、ポロッと手から零れ落ちる。
銃を構えたままヤマダへと歩み寄る威鈴にヤマダは膝が笑いそうだった。
(なんだ、これ……あんな、女になにを――)
強い視線が射抜いていた。ヤマダは思い知らされる。格が違うのだ。
先ほどから説教垂れるようなことを言う奴らだと思っていた。多少強いからといっていきがっている、と。新世界を作り出す自分はこんな試練を軽く乗り越える、と。
だが、今ならばわかる。――手加減されていた。
いや、端から相手にもしていない。ちょっと危ない言動をする一般人へのそれと同じ。子供の手を捻るより簡易に、それはなされていた。
だから何も気づかなかった。ヤマダはそれが相手の全力だと勘違いして、見下して。
撃退士と言ってもこんなものか、と。所詮は下賤な世界の者、と。
(ちがうちがうちがう。こいつらは、違うんだ……)
化物と戦う人間、進化した人類。まさしく、その言葉に相応しい。
ただの視線に、射すくめられる……。
威鈴の視線は不意にヤマダから外れた。いや、それどころか銃の照準も外れる。
目的の場所に着いたので威嚇を止めたに過ぎない。銃をヒヒイロカネに戻し、悠人の隣にちょこんと立つ。悠人も威鈴の行動の意味が解っていたので、きちんとヤマダへ釘を刺すことにした。
「動くと切れますので、注意してくださいね?」
「罪は……きちんと……認めなきゃ、ダメ……」
「ということで、先ほどのお礼も兼ねて――死んどきますか?」
笑顔でいう悠人。しかし、囁くような言葉が続く。
「先ほどの言葉、――泣いて謝って許してと懇願されても止めないが、訂正だけはさせないとな……」
戦いが終わり、捕らえられたヤマダに対してもう脅威は感じられないと判断した琉命は少女から離れ、倒れ込むヤマダへと近づいた。その掌からアウルが溢れ、ヤマダの患部を包み込み癒してゆく。
「大丈夫、私が全身全霊をかけて治療します。絶対に殺させたりしませんよ」
そこまでで言葉が切れていれば、大分印象は違っただろう。けれど、言葉はやはり――続いてしまうものなのだ。
「ですから、躊躇も手加減も一切必要ありません」
アスヴァンの誇りに掛けて生かし切ります、と堂々言い切る琉命。
そう、これで終わるはずがない。先ほど十朗太が言っていた通り、ここからが本当の戦いである。主にヤマダの生と死を掛けた。