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「行方不明事件って……一体何が起こったのでしょう……」
ソフィア 白百合(
ja0379)は首を傾げたのにファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)が相槌を打つ。
「警官も行方不明、となれば天魔が関与している可能性はありますね」
「ミイラ取りがミイラになったか」
ひどいもんだな、と〆垣 侘助(
ja4323)は淡々とした声音で言う。一般常識とややずれたところがある侘助だが、今回の事件はヒドイ、と称すものだと認識している。
最近、行方不明が頻発する地域の見回りをしていた警官が、被害者となって後、久遠ヶ原に依頼が届いた。
「もう少し早ければせめて、とも思うがな……」
石動 雷蔵(
jb1198)は対応の遅い警察に愚痴を零した。
「起きちゃったものは仕方ないわよ。それより、情報不足が問題ね」
四条 那耶(
ja5314)が言った。切り替えが早い。だが、被害者がどのような状態であるのかわからない現在、一刻も早く動く必要があるのは正論だ。
「目撃者を捜しましょう。何件も起きているわけですから、有力な情報も少なからずあるでしょうし」
「さっき、あのオッチャン子どもたちがどうとかボヤいっとったな。もうチョイ聞いとくんやったな」
雅楽 灰鈴(
jb2185)が思い出すようにしていった。当該警官がいなくなる直前、子供たちが交番に駆け込んできたという記録があったらしい。
「……捜索開始」
ソフィアの言葉に染井 桜花(
ja4386)がポツリ、呟いた。
「その必要はないかも」
ユリア(
jb2624)の指した先、茂みに抱きつくようにしゃがみ込む二人組。怒ったような表情をしながら、公園の中を覗き込んでいる。
「頭隠して尻隠さずやないか。後ろから丸見えや」
灰鈴は呆れながら二人に近寄り、肩に手を乗せる。
「なあ君ら、」
「ぅわぁあああ!!」
大仰に驚く子供たちの反応に当りだと思った。警官が行方不明としていなくなる直前に、交番を尋ねた子供ら。もしかしたら事件の手がかりが掴めるかもしれない。
「先日交番で騒いだのって君ら?」
「なんだよ、俺たちにくじょー言いに来たんなら帰れよ! 今はいそがしいんだっ」
はっきりと肯定することはないが、事情は通じたらしい。無碍もなく振り払われるが引き下がるわけにはいかない。
「子供の話は子供がいっちゃん理解でけるてな。君らの話、教えてもらおか」
「怖いことを思い出させてしまいますが、話してもらえますか?」
信じる、と示して見せた二人に子供たちは言葉を溢れさせた。
「それはウツボカズラだ」
侘助が言った。花壇にいたという化物の詳細を聞くに、それはウツボカズラのような形状をしているらしい。
「それってしょくちゅーしょくぶつ、やないか?」
ウツボカズラは東南アジアを中心に生息するが独特な分布の仕方をしている上に人工交配で品種も数多いらしい。見た目のせいか、観葉植物としての人気も高いのだとか。侘助情報である。即席だが、傍で聞いていた七人、と子どもたちの脳にウツボカズラの豊富な情報が刻まれる。
(土筆、蛇、ここにきてウツボカズラか……)
先日、この街へ来た依頼内容を思い出し雷蔵は眉をひそめた。
前二件とも、植物型のサーバントであった。しかも、同じく紅い柘榴のような弱点部分を持つ。
(いや、早計過ぎる。……依頼に集中しよう)
「大丈夫ですよ。必ずこの事件を解決させますからね」
ソフィアは微笑みを浮かべながらタスクとヨシノの頭を順番に撫でると、立ち上がった。
「もしかして……行くのか? 駄目だ、本当に危ないんだって!」
「お兄さんお姉さん……」
「爺ちゃんは俺らが助けたるさかい、男がいつまでもメソメソすんなや」
服の袖をつかんで引き留めるタクト。涙目で訴えるヨシノ。灰鈴は約束し背中を向けた。化物の、天魔の危険性は皆理解している。
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(此処の、花壇の管理は誰がやっているんだろうか……)
踏み入ってすぐにその感想を抱いた。
公園にはいくつもの花壇があった。花壇ごとに花の種類が違う。同じ花壇の中でも色ごとに場所を区別しているらしく、グラデーションができている。だが一部だけそのルールから外れていた。中央の花壇である。
複数の花壇から少しずつ移植したようで、とても華やかだ。そしてその割に目につく茶色――枯れ。中央花壇は公園内で異色な雰囲気を放っている。
「場合によっては剪定が必要かもしれない」
呟き、手持ちを確認した。移植ゴテとガーデニングシートがあれば十分だろう。他の植物に対して害を与える植物を選別するのも、また、庭師の仕事だ。
「緑いっぱいの公園って気持ち良い〜……なぁんて、言ってられないのかな」
那耶は一度、深呼吸をしてから視線を鋭く公園中に巡らせた。
「花壇は中央に小さ目のが一個、他はほぼ同じ大きさでところどころにあるわね」
どう動く、と尋ねる那耶に中央の花壇を調べる班と他の花壇を調べる班とに分かれた。中央班は敵が未だそこにいる可能性から囮も兼ねている。
「花に紛れているのは厄介だね。見つけ辛いし普通の花は巻き込みたくない。あたしはそうだな、空から見てみようかな」
地上とはまた別の風景が見えるかもしれないし、といって黒く硬質な羽を出現させるユリア。
「公園なんて、子供の頃以来だわね」
そう言いながら、那耶は中央の花壇ブロックに座った。少しずつスペースを開けながら他のメンバーも座る。
公園内は人が座れるような高さに積まれたブロック花壇が複数あるだけで、椅子も遊具もない。公園内ではこの花壇に座り、同じ高さに底増しされた草花と戯れろという指向なのだろう。
「あるいは被害者を養分としてどこかに匿っている可能性があるな。消化され終わっている、とは考えたくないが……」
雷蔵がぽつりと呟く。その目前、スレイプニルが待機している。追加移動の効果を持つが故、不意打ちに対処できるだろうと予め召喚したのだ。
「どこにおんのやろ。……土ん中か?」
タロットカードで具現化した猫を膝に抱き灰鈴は首を傾げた。
「焼けば早いのだろうけど……そういうわけには、いかないわよね」
那耶は面倒臭いと思った。植物系、ならば火炎系の攻撃は効きやすいと推測できるが、それだと周囲への被害も多少なり与えてしまう。
「引っこ抜く、なんてどうだ?」
地面に生えているというのならそれも可能だろう、という雷蔵。天魔の持つ透過能力は透過する、ということに突出しており透過状態の維持はそれほど長くできない。
敵がこの場に留まっているのならば、それは透過ではなく実体としてどこかに定置しているのだ。それが花壇、植物とくれば埋っていると考えるのは妥当だろう。
「多少の被害は……しゃあないわな」
敵に背を向けながらポンポン会話を繋げていく三人の前、空を飛び観察をしていたユリアが降り立った。
「上からではあまり見えないようだね。奇襲は受けたくないんだけど」
ウツボカズラって大きい品種だよね、とユリア。灰鈴の膝にいた猫が耳を立て、鳴いた。
「そう。気をつけないと、ね!」
那耶は自らを覆う影へ掌に溜めた棒手裏剣型のアウルを投げつけ、離脱した。その瞬間、ウツボカズラが地面へと齧りつく。
「わーぉ、でっかいわね〜」
武器を掲げながらも、那耶はそう評価した。一方の手でスマホを操り、公園の外縁部を探索している班に連絡を取る。
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三人の注意がユリアに向くと同時に正体を現した敵。花壇の草花を掻き分け、茎を伸ばすと口を塞いだ蓋を外す。鋭い歯が並ぶ口が人の頭ほどの大きさまで開かれる。明らかに物理的大きさを凌駕しているそれは天魔――ウツボカズラに擬態したサーバントだ。
「避けて打つ、は俺の専売特許なんだがな」
言いながら雷蔵は敵に向き直る。座り込んだ状態の人の上背ほどの高さがある。そんなサーバントへ、猫が何匹も走る。
「堅いやっちゃな」
突撃した猫たちが突如姿を現した葉に弾かれ、霧散する。
その間に、雷蔵がサーバントへと距離を詰めた。振るった大鎌が葉に受け止められる。それだけではない、葉のギザギザが高速で動き、鎌刃を削り取ろうとして来る。
「こいつ……鋸か!」
雷蔵はギリギリと刃に食い込もうとして来る鋸葉から距離を取る。と、同時に銀が一閃した。
通常よりもかなり大きな、戦闘用の鋏が高速で葉を突く。敵の中心部位である捕虫器を狙った侘助だが、その前に葉に塞がれた。葉は一つではない、ということだ。すぐさま一歩退く。
「すみません、遅くなりました」
ファティナが前衛へと出ながら言う。その後ろで、ソフィアが阻霊符を展開している。
「命を、なんだと思っている」
淡々とした口調に、僅かに怒りを滲ませて侘助が言った。その視線は敵の足元にある。
花壇は巨大なウツボカズラに占領され、花々は萎びて土を浴びている。小さくとも懸命に生きている、花々。同じ植物の形状をしていながら花々を蹂躙しているサーバント。
「なんや、コンクリート穴ぼこだらけやないか」
敵が姿を現し、荒れた花壇。ところどころ土が飛び、コンクリートが露出している。それによってわかる。草花が立っていたためにわかりにくかったが、花壇の植えられたコンクリートの下は空洞になっているようだ。深い穴がいくつもできている。
「下が空洞ということはそちらに被害者がいるかもしれません。上を何とかしないと……」
ソフィアの言葉に、桜花が動いた。
「……ご照覧あれ。――円舞の舞」
武骨なハルバード。見るからに思いそれを細腕で持ち上げ、舞う。円運動とハルバードの重さの両方が桜花の体を引っ張るが、体全身を使って流れに身を任せることで小柄な身体でも、中心のぶれがない、豪快かつ鮮やかな動き――それが桜花、円舞の舞。
ギザギザの葉の擦り削る攻撃が意味をなさない。葉の方が押されている。
「へぇ、いい技……」
桜花の豪快でありながら華やかな技に対し、今度試してみようかしら、など考えつつ那耶はアウルで構成した手裏剣を放つ。それに合わせて、雷蔵も再び距離を詰め、大鎌を振るう。
空中に置いて、敵の攻撃範囲から抜け出たユリアは呟くように呪文する。
「Hidden Moon――」
ユリアの意思に沿い、闇色の矢が出現する。その矢を月光色のアウルが包み込む。
(あんまり回数は使えないから、確実に狙っていかないと)
「二重の月で一気に仕留めさせてもらうよ」
近接で敵の葉と刃を交えている雷蔵が離れた瞬間、空から高速で矢が射出された。厄介な葉を地面へと縫い付けるように打ち抜き、刺さった。
「俺の事……喰えるもんなら喰うてみぃ」
けどその前に、これを喰っとれ。そう、言って灰鈴は防御の薄くなった敵の本体、口へと向かって炸裂符を投げつける。口全体にびっしり生える鋭い歯が爆発によって砕けた。
「まだだ、蔓に気を付けろ!」
スレイプニルの移動効果で退避しながら雷蔵の指摘が飛ぶ。
「ああ、わかっている」
侘助はその手の鋏で、地面を這うように花壇から足元へと近づいてきていた蔓を挟んでいた。ちょきん、と捕虫器と蔓を切り離す。
「さて、根っこやな」
「俺がやる。こういうのはコツが必要なんだ」
土を退け始める侘助。コンクリートの下が白日の下になるにはそう、時間はかからなかった。
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コンクリートの下の空洞は巨大な下水のパイプのようだった。いくつもの巨大な袋が水に塗れながら並んでいる。そして、そのすべてがサーバントの茎から繋がっている。
警戒のため、雷蔵のみが下水に降り立った。
「……開けてみるか」
巨大な袋の中に何かが入っている。人か、もしくは、――雷蔵はフルカスサイスで袋を切りつける。どろっと溶液が流れ出てくるのに退いた。そして、
ドサッ
「人……被害者たちね」
まだ息はあるが、意識がないようだ。雷蔵は残りの袋を次々破りながら被害者たちを持ち上げ、侘助に引き上げてもらう。
ソフィアが見るに、被害者たちは眠っているだけだ。個々によって多少の差はあるが、長期間敵の体内で強制的に眠らされていた影響か、眠りが深すぎて呼吸がか細い。
(すぐに治療を始めないと……)
「ソフィアさん!」
ファティナが緊急障壁で葉を防ぐ。
「あっぶないなぁ……! 死んだフリしてたってわけ〜?」
侘助に切られたはずのサーバント。けれど、斬られたところを団子結びのようにして繋がり、動いている。
「弱い者を狙うなんて、最っ低よ〜!」
那耶はサーバントの蔓を受け止めると、批難の声を上げながらも一般人を背に護る。
「さっさと避難させてくれると嬉しいんだけど〜」
那耶の言葉に頷き、桜花とファティナが被害者を移動させ始める。戦いから離れた他の花壇に寄りかからせて、ソフィアが治療を始める。
取られた獲物を取り返すことに気を惹かれているのか、那耶へと集中して攻撃を始める敵。しかし、
「狙うんはそっちだけやないやろ?」
タロットカードを弾き、猫の絵柄を垣間見させる灰鈴。ニィと笑って見せた。
被害者を治療しているソフィアと、彼女を護る為にファティナが離れた。桜花は被害者の移動を終えて、戦況を見やる。雷蔵と侘助が前衛で葉と対峙、那耶と灰鈴が補助のように攻撃、ユリアも大技を使う機を狙っている。
「……灰鈴、タイミングいい?」
「なんや」
雷蔵と侘助が下がると同時、灰鈴が符を投げつけた。小爆発が連続し、煙幕が立つ。その中、桜花は走りながら跳躍、縦に回転しながらハルバードをサーバントの茎・蔓・葉と斬りつける。重さと回転、落下の三点を加えた超速度の乱撃。
「……円舞・木端微塵」
ストン、と軽やかに着地した桜花の背、ユリアの矢がサーバントの捕虫器を撃ち貫いた。真っ二つに両断されたそれから溶液がデロンとあふれ出てきた。
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「ヒドイな……」
戦っている最中から既に分かっていたことだが、敵を退けて改めてみると更にその思いが増した。恐らく、本心からの言葉が漏れた瞬間だった。
植物系ではあっても、やはりサーバントはサーバント。荒らされた花壇は既に花壇とは呼べない。土が露出し、周囲の花々は萎え枯れ、土の下に隠れていたはずのコンクリートもいくつも穴が開き、その下の空洞を見せている。花壇ではなく、そこはただ塞がれ掛けた空洞の方が呼び名に正しい。
そっと、花に被る土を退けると侘助は植え替え作業を始めた。
「じいちゃん、あんたヨシノのじいちゃんか?」
むくり、と体を起こした老人に目を止めて灰鈴は問いかけた。他の被害者たちも徐々に意識を取り戻し始めているらしい。
「男は約束守るもんやてな、爺ちゃん帰って来たやろ」
ヨシノとタスクが老人、そして小型の犬に駆け寄る風景に灰鈴は目を細めた。
「これは……」
敵の死骸を花壇からどけていた雷蔵はずるり、と引きずられる袋を見つけた。人の入っていた袋と同じで植物の根に当たる部分。それが破れていた。そしてその中に、紅い柘榴の様なものがぐちゃぐちゃに潰れているのを見つけたのだった。