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「……最後の投稿、か」
ルーガ・スレイアー(
jb2600)は写真画像の投稿されたサイトを表示したスマフォの画面から顔を離し、呟いた。
「お前の最後の呟き、確かに受け取ったぞ」
「無念だろうなぁ、とは思うけど……最近の若いのって、君子危うきに近寄らずって言葉を知らんのかね……」
依頼に関わる失踪事件の話を聞いて、煙草をくわえていた鷹代 由稀(
jb1456)は煙を吐き出した。
「怖いもの見たさの好奇心だけで動けるのは若さの特権、って感じだけど……死んだら意味無いでしょうに」
細長い机に広げられた地図の上、無造作に置かれた二枚の写真から視線を移動させる由稀。一方で、革帯 暴食(
ja7850)が身を乗り出す。
「そりゃそうだッ! 喰われちまったらおしまい、でも今度はうちが喰う番サッ!」
暴食は隠されていない方の眼を爛々と輝かせ、食欲に忠実に敵を見つめる。
拡大してプリントアウトされたそれは最初に投稿された、死顔の写真と依頼主の娘が残した写真の二つだ。
(こないだは土筆、今度は蛇柘榴か……いや、今は目の前に集中しよう)
石動 雷蔵(
jb1198)が一枚目の写真を指差した。
「まずは、現場の確認からいこう」
最初の写真に写るのは、男が引きずられる光景。角度が斜めなせいでわかりにくいが、路地が薄暗いことがわかる。そして、明るい大通り。
「ふむ。被害者は大通りから入り、川の方へと引きずられているようじゃな」
この距離からするに、敵の居場所は大通りよりであるらしい、とリザ・ホルシュタイン(
jb1546)は呟いた。写真への分析をする様には外見以上の貫録がある。
「もう一枚の方……これが珍しい植物ですか……」
感情が伺えない声音でもう一方の写真を見つめるViena・S・Tola(
jb2720)。その写真に写るのは地面を這い、少女のほっそりとした足首へと巻きつく蛇。そして、その先には一輪の花。暗くてその全体像はわかり辛いが、開いた花弁の中心部に見える、紅い丸みを帯びたもの――熟成した柘榴のような形だ。表面は分厚そうだ。
「蛇と花が掛け合わさるとは、また面妖な……。実に斬新な発想よ」
写真を見つめ、唸るリザ。だが、と言葉を切る。
「趣味が良いとは、口が裂けても言えんがな」
「わたくしは……人間をどのように捕食し喰らうのか……少し興味が御座います……」
「ほぼ初めての依頼、か。さて、どうなっかねぇ」
藤村 蓮(
jb2813)はボヤいた。初めての依頼は四国での大規模戦闘だった。
父親はフリーランスの撃退士で話にはよく聞いていたものの、天魔を見たのは初めてで。実践はそれが初めてだったせいか、めまぐるしく動く戦況に追い付けなかった。頭が真っ白になっていて、何も覚えていない。
倒した、勝ったと聞いても今でも現実感が伴わずにいる。学園で、訓練はしていた。けれどそれだけだったのだと実感させられた。敵に恐怖を覚える時間もなかった。
(まぁ、やらないとねぇ。死にたくないし、ホントに)
決心は、まだつかない。
「擬態して獲物を待ち伏せるタイプと見ていいかしら。奇襲を受けないよう気を付けたいわ。それに狭いのも面倒ね」
ぶつかったりしないようにしないと、とナヴィア(
jb4495)が呟くのに、由稀は写真を脇に移動させて地図を露出させた。
「奇襲を得意とする相手ならば、奇襲を受けることは想定していないのではない?」
そう、指さした場所にはマンホールのマーク。つまり、下水道との接点だった。
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久遠ヶ原に天魔事件として依頼が届いた時には既に路地への出入り口は警察によって封鎖されていた。隣接するビルや店舗にも事情を説明して退避してもらっている。
つまり、人的被害を考慮する必要性がない。
ルーガは深く頷きながら、素早くスマフォの画面をタップしている。
「お前へのリプライは、仇を取ることで送ってやる……なう!」
至って真面目な表情で「なう」を呟くルーガ。
ルーガは大通りから路地へと真っ直ぐ、地面を歩く。その両手は何も掴んでおらず、下がっている。
そんなルーガの前方で、スルスルと微かに何かが擦れる音がする。既に、目的の物は見えている。薄暗い路地の中、白い花とその中央に具わっている紅い実。
視認しながら、ルーガは歩く。一歩、二歩と近づき――紅へと手を伸ばす。
「シャーッ!」
牙を剥きだした蛇を、出現させていた羽で浮き上がって避け、ヒヒイロカネを活性化させて握り込んだ弓を下へと、地面に縫いつけるように蛇へ撃ち込む。
弓の下で蛇が暴れる。そんなルーガの蛇が密集してくるのを、上空へと飛翔し躱す。
それを、暴食は嗤った。暴食に気付いた蛇が、ルーガを追うのとは分離して、暴食へと這って来た。
「ちーす、喰わせろッ!」
大通りの方面に立っていた暴食はケラケラと笑みをこぼす。快活に、実に楽しげに笑う。笑いながら、道を封鎖する。
「あぁいむはんぐりぃってかぁッ!?」
ひとしきり笑った暴食は、笑みを引っ込め、ギラついた眼を向けた。ニヤリと口角を上げて、吠えるように怒鳴り返す。
「喰うか喰われるか、そりゃあたしが喰うッ! あたりまえだろッ!?」
腹減った、喰いたい。そしてその欲求に沿うように、許可が出ている。ならば、答えは出ている。不敗にして腐敗の暴君は笑む。――天魔といえど、何を遠慮することがあろうか。足に力を込める。
「喰わなきゃ損ッ! なんでぇ――お前、喰うぞッ!」
両手を拘束具で留め、けれど食欲を抑える必要はない。目前にある喰い物、喰わなきゃ損だ。
シャッとばかりに一瞬で足元に伸びてきた蛇を跳躍で躱すと、本体へと向かう暴食。飛び越えられた蛇は的を見失うが、他の蛇が滞空中の暴食へと首を伸ばす。が、切り刻まれた。その傷口は焼き焦げている。
「刈り取るとしましょうか」
敵が暴食へと意識を集中していた間に、低空へと高度を下げたナヴィアの剣撃が決まる。
その間に、暴食が本体――紅く熟れた柘榴へと齧り付こうとし、本体周囲の蛇に威嚇されて攻撃を回し蹴りへと変更する。そのまま距離を取ろうと下がり、路地の壁に激突しそうになって地形を思い出す。
「狭いッ! けど、うちを舐めんなッ! うちがお前を舐めるのサッ!」
壁を踏み台に、方向転換。敵へと再び跳躍する暴食。
「喰らえ! 飢餓の牙! あるいは暴なる食を愛せし――顎門ッ!」
一方で、突撃したものの暴食という的を失っていた蛇の頭を、鉄の弾がいくつも貫通する。
闇色の翼を携え、護符を構えていたヴィエナは懐に武器をしまい直す。
「柘榴か根か……。どちらが弱点なのかは……判りかねますが……」
物は試し、とヴィエナは炎の球体を出現させる。
「みんな、一端退け!」
ヒリュウに上空から戦場を俯瞰させて戦況をゲームメイクしていた雷蔵が隣接ビルの窓から声を掛け、追いすがろうとする蛇に銃を乱射し退避の時間を稼ぐ。
路地に入り込んでいた暴食が川の方へ出て、ルーガ・ナヴィアの三人も一気に上空へと退避。すると、先ほどまで皆がいた場所をヴィエナの炎が一直線に通過する。
狙う敵が撤退し、戦場に残された蛇のみが炎の餌食となり、焼き尽くされる。
「怯んだ、一気に畳みかけろ!」
雷蔵の指示に従い、防御の薄くなった敵本体へ蓮がビルの窓から飛び出し、壁を駆ける。
「隙あり!」
握りしめた鞭をしならせ、茎へと巻き付ける。地面と垂直になりながら、力の限り引き締める蓮。
「お、おおぅ。俺すげぇ、きちんと攻撃できてる」
(いや、アウルだけどね凄いの)
自分にツッコミを入れる蓮。だが、
「シャーッ!」
「うわっ」
その足元、壁を伝って蛇が這いあがっていた。
「世話がやけるのぅ!」
後方で路地の様子を伺っていたリザは防御効果のために召喚させていたストレイシオンを引っ込め、路地に入り込める大きさのヒリュウを召喚し直した。
ヴィエナが急降下し、蓮を掴み地面に引きずりおろそうとする蛇に剣を走らせる。解放された蓮の襟元を食み、ヒリュウが下がらせる。
「うつぞー、気をつけろよー!」
敵の本体直上から弓を構えるルーガ。本体である花を狙って射る。
「守りが硬いな。しかし、――弱点確定じゃな」
蛇が伸びあがって、花を護るその光景からリザが推察する。そうして、ルーガの攻撃に――けれど、蛇の動きが止まる。
素早く、マンホールに線が走った。細かく、刻まれたそれは塵のようになりながら下へと落ちてゆく。
「弱点が分かったのならば、話は早いわね」
マンホールの中から、その声は響いた。
「敵の動きを止めれば、狙いやすいでしょう」
糸。それが、敵を拘束していた。蛇が微動だにできずにいる。
「食物連鎖の王が誰か知ってっかァッ!? うちだよぶわァァアかァッ!」
笑いながら、暴食は敵に突っ込んだ。花の傍で動かない蛇を蹴りつけ、顔を近づける。
花弁を散らせて紅い実を引きちぎる。そしてそのまま茎を、蛇を踏みつけ距離を取る。
「行け! お前の力を信じてるぞ!」
「天魔とはいえ一応は花じゃ。綺麗に散れ――ブレス!」
雷蔵に命じられたヒリュウが、リザに攻撃指示を受けたヒリュウが、ブレスを噴きつける。
「よっと……少し、汚れたかな」
マンホールを登って来た由稀は下水とマンホールの蓋を壊した際に出た粉塵によって汚れてしまった服を叩く。
「これが撒き餌でしょうか……」
ころり、と転がった紅い実を見て、ヴィエナは剣を突き刺した。血のように紅い液体が割られた実からあふれ出て、割れた。真実、柘榴の様な果肉を備えていた。
「うぇ……」
蓮が蒼い顔で視線を逸らした。天魔なので血ではないだろうが、被害者のことを思うとどうにもその紅が意味ありげに思えて仕方ない。
「被害者の方は……」
「地下には何も。養分として保存されてるなら少しは可能性があったのかもしれないけど」
敵の根は蛇になっていた。その養分として人間を保管しておくような器官は由稀の見る限り、存在しなかった。
上にばかり注意を向けている敵への奇襲の意味もあったが、被害者の捜索も――可能性は少ないとして地下探索となったのだが、結果はやはり、ない。
「被害者の遺体や遺品があればご家族のもとへ返してやりたいものだがな……」
「ふむ、こんな老いぼれに労働を強いたのじゃ。成果ぐらいあってしかるべきだろう」
そう言って、暗がりに目を向ける雷蔵とリザ。
「渡すのはやらないけどね」
ガラじゃない、と言いながらも遺品探しを行う由稀。
「……被害者の女の子の携帯なら、転がってるかな」
自己満足だと思わずにはいられない、けれど蓮は探す。既にできることは限られている。天魔に震えていては、被害は増える一方だ。
撃退士も、その被害になりうる。――戦闘経験を積んでも、撃退士だって命の危険が無くなるわけではない。
実戦で、アウルを使って、攻撃をして身に染みた。実践も訓練も関係ない、常に危険はある。
(撃退士としてやってくには――決心、つけなきゃな)
拳を、握りしめた。
「……」
スマフォへと手を伸ばしたルーガは一度手を止め、静かに目を閉じた。そして目を開くと、タップを始めた。
「力弱き人間よ。お前が最後に見せた勇気を、私は誇りに思う。――勇敢な人間よ、安らかに眠れ」
被害者の少女へ、手向けの言葉を投げ献花した。近くの花屋で買った、紅い花だ。
少女の勝利に、捧げた。
「これ喰っちゃダメなのかッ!? 腹減ったしッ!」
「天魔は焼却処分って決まってるの」
はぐれ悪魔として久遠ヶ原学園に来たナヴィアは雷蔵たちの感傷が良く理解できず、被害者の遺品探しなどをボーっと見ていたが暴食が退治した天魔を食そうとするのを、ルールとして引き留める。そんな二人の背に、ルーガが声を掛けた。
「帰るぞー!」
尊大で、偉そうな楽天的ともとれるような声を上げ、ルーガは久遠ヶ原へと帰還し始めた。
「それにしても……このような場所に天魔がいた理由は……」
偶然、ここに居ついたか。あるいは人工的に――何らかの目的を持ってこの場所で暴れさせられたのか。人に見えにくい場所に、撒き餌を持つ天魔。
明らかに不自然だ。天魔が身を潜める意味などないのだから、おおっぴらに餌を探せばいい――。そうであるならば、
(誰が一体何のために……)
ヴィエナは考えずにはいられなかった。
「気まぐれ……はたまた大きな計画の一端か実験でしょうか……」
路地を後にした彼ら。ヴィエナの呟きは暗がりに沈んでいった。