●前々日、募集に始まり
カランカラン、と涼やかに入店の合図が鳴り響いたと同時、扉を押し開いた雫(
ja1894)は何かが突撃してくるのを見て思わず戦闘態勢に入った。
「ネェあなたたち、うちでアルバイトしない?」
飛びつくように近づいてきた小柄な女性に目を瞬かせて、内容を理解する。
「依頼を受けて来たのですが、アルバイトという形になるのでしょうか」
幼げな顔立ちに純粋な疑問を浮かべる雫。
「ええとですね、双方の話に齟齬があるような気がします」
黄昏ひりょ(
jb3452)が入店しながら続ける。
「あなたが店長ですか? 初めまして、依頼を受けて来ました」
「ああ! じゃ、入ってくれるかしら」
「む、むしろ、普通に素敵な洋服が揃っているのですが……」
埋もれているのがもったいない、と呟きながら玖珂 円(
jb4121)は女店主の案内に続く。
「そうよね! でもなんで人が入ってこないのかしら」
皆恥ずかしがりなのかしら、と呟くように言いながら店長は進む。
「あのう、お店はここまでのようですが?」
桜ノ本 和葉(
jb3792)が尋ねると店長は鍵を取り出して、スタッフルームの奥にある扉を開けた。
「ええ。依頼の詳しい話は私の家でしましょ」
自宅兼、お店。
店長の自宅でお茶を出されながら、詳しい依頼までの経緯を聞いた袋井 雅人(
jb1469)は話をまとめた。
「なるほど。デザインの奇抜さが理由で新規顧客が入らないけれど、このままだと売り上げなども気になるのでファッションショーを行い、店を盛り上げようという企画なのですね」
「平凡なのにざっくり言うわねぇ……」
ジャージなのに、と茶をすすりながら店長は評価するが、雅人の心にもその言葉がざっくり刺さった。
「うーん、やっぱりカジュアルがないのが最大の問題じゃないのか? この付近に住んでるのってほとんど学生だろ?」
天険 突破(
jb0947)の言葉に、店長は首を振った。
「学生は学生でも撃退士、久遠ヶ原に服装の規定はないもの。それに、私はこのお店でやっていきたいの」
デザインを変えるつもりはない、と頑なに主張した。
「胸が高鳴ります〜!」
ファッションショーですか〜、とほわほわとした笑みを浮かべるアレン・マルドゥーク(
jb3190)。一気に空気が緩やかなものになる。
「楽しんだもんがち! ね、」
と同意を求めるように雨宮 祈羅(
ja7600)が言うと、駿河紗雪(
ja7147)も柔らかな笑みを浮かべて意思を表明する。
「舞台に上がるのは初めてですが、私にできることを精いっぱい頑張るのですよ♪」
「もともと……お引き受けするつもりでしたのでぇ……」
と言って月乃宮 恋音(
jb1221)が主張を纏める。
「――い、依頼ですからね。可愛い服を着るのも仕方ないことです」
ツレナイ言葉を放った雫は自分を納得させるようにそう呟いたが、頬が朱に染まっている。
「ありがとー!」
「でも、服作りもいいですけど少しは接客にも力を入れてくださいね」
今後は今回のようにはいきませんよ、と釘を刺すのを忘れなかった。
まずは話し合いが必要だということで十人は会場確認班とショー・パンフ企画班に分かれていた。先ほど説明を聞く時に使っていた居間で、ソファに座らないまま机を囲み話し合う。
「人受けを狙うなら簡単な話、カジュアルを取り入れるのが最もな手だというのは明白ですよね」
机上に散らばる、メモ。書きかけで塗りつぶされたものなどもあるそれを見つめながら雅人が言う。
「でもぉ、ショーの時だけカジュアルを用意しても、お店のイメージは現在のものですし……。お店に行った際にカジュアルが置いてない、ということになるというのも困りますぅ」
控えめに発言しながらも困った、という表情を見せる恋音。アレンも大きく頷いた。
「無理に作っても店長もお客も残念な感じになってしまうかもしれませんしね〜」
目的はあくまでも現在のお店のイメージを理解していただく、ということだ。
「確かに、店長は頑固そうでしたね」
「どこがかなぁ、袋井君?」
ショーのコンセプトを話し合う恋音たちの会話に、ぬっと顔を出した店長。
君は差し入れが必要ないということだね、という店長の後ろにはドリンクを乗せたトレイを持って立つひりょ。次々とテーブルの上にグラスが置かれていくのを横目に、睨みを聞かせる店長に雅人は冷や汗を流した。
「も、もう戻っていらしたんですね?」
店長がいるということは、会場を確認しに行っていた班が戻ってきているということだ。
「ええ、他のみんなは一足先に服選びに入ってるわよ」
漸く視線を外し、テーブルを覗き込む店長に雅人は安心のため息を吐いた。
「はい、袋井さん」
「ありがとうございます! どうですか、服の方は」
ひりょから渡されたグラスを煽りつつ、尋ねる。パンフの方にも衣裳や写真を乗せるというのでひりょは一時的に店内を見て回っていたのだ。
「俺はジョブに合わせて陰陽師系統と決めてありましたから、ほぼ決まりましたね」
「まだよ! 小道具選びを忘れちゃいかんなのよ」
雅人とひりょの会話に店長が急に割り込んでくる。
「それと、アクセントに使っている紐の色は変えられるからそれも選んでね。君へのオススメは青!」
(黄昏君頑張ってください)
雅人は心の中で応援しつつ、自分の服のリクエストをする。
「詳しいことは店長にお任せしますが、どうも月乃宮さんとともに歩くことになりそうですからフォーマル系とゴシック系をお願いしたいのですが」
「うん、本番ではその眼鏡を外してくれるのよね勿論。それなら了解します」
注文を付けられたが、元からそのつもりだったので否応もなく頷いた。
「そうそう、服が決まって手が余っているようなら昼ごはんの準備始めくれると嬉しいわぁ。会場組にいろいろと買ってきてもらったから」
●
会場組、ファッションショーを行う舞台を見に行っていた店長・和葉・突破の三人が加わりコンセプト相談を再開する。
舞台は両側に袖のある、横長スタイル。前後も幅が広く設計されているので、多少動きを加えることができる。照明は頭上から、いくつものライトが大小垂れ下がっていた。右側には階段があり、舞台下と放送室へと行けるようになっている。垂れ幕の操作はこの放送室にあるボタンを押すだけらしい。
また、舞台背景は二重づくりになっており、背景部分と舞台奥との間も歩けるそうだ。
そういった舞台の詳しい状況を、手ぶり身振り和葉が説明し、雫が書き留めていく。
通常、ファッションショーといえば前に張り出したランウェイを歩くことで左右の客にもアピールし、全角度から評価をしてもらうというつくりになっているのだが、急遽XBが借りたのは街中にある、小さな市民ホールだ。
店からは歩いて二十分ぐらい、商店街の裏に位置して学生に貸し出したり商店街のイベントなどを行ったりする劇場型舞台である。
「ショーの構成は前半に戦闘系、後半に放課後風景をイメージしたいと思いましてぇ」
どうでしょう、と伺う恋音に考え込む店長。
「そうねぇ、前半はスキルとか使ってアピールするとしても後半はファッションショーで表すのは難しいわ」
「ショート劇でもやったらいいかな、と思ったんだけど……」
しょぼん、としながら言う祈羅に店長がウサギちゃん、と漏らした。
「別にファッションショーにこだわるつもりはないし、音声がなく解説のみというのなら簡単だし問題ないと思うのよ。ということで採用!」
泣かないで、と言い詰め寄ってくる店長。距離が近い上に泣いてはいない。
「んぅー、では前半をきっちりファッションショーのようにして、後半はこういった服をどのように活用するのか、というのを劇で表すという感じですか?」
ぽてん、と首を横へ傾げながら紗雪が問う。
「ぅうんと……時間的配分を考えると、二人ずつ出てもらう……ということに」
「わかったわ。前後半で分けるならば音響とかも待機する必要がないし、後半は解説が必要だとして……」
一応、年長者な店長が取り仕切るようにポンポンと言葉を吐き出していく。
「ショーの最中の司会、店長にお願いしたいのですけどぉ……」
「んーんーん、わかったわ。でも休憩時間とか忙しくなるだろうから音響とかは入れないわよ」
主催だから一応、挨拶回りをね。と言ってぱちんとウィンクする店長。
「あなたの中に眠る未知の輝き、きっとみつかる。海外貴重品紹介、店内に眠るお宝を探せ――? これってお店の広告で、ショーの文句じゃないだろ……」
パンフレット・ショーのビラの煽り文句を書き込んだアレンに突破がツッコんだ。
「あなたの拘り、見つかりますよ――もお店向きですね……」
和葉はため息を吐く。キャッチコピーを考えるというだけでも一仕事だ。
「ではですね〜『カジュアルスタイルなお客様、舞台に上がるチャンス?』なんて感じで……」
「お客さんを店長に選んでもらって舞台に上がってもらう? でも、前半に選んでおいて後半に出てもらう、というのは後半の内容からすると無理だと思われますよ」
「うーん……」
雅人の言葉に再び考え込むアレン。
「確かに、カジュアルスタイルの子に私のデザインを理解してもらえれば一番だけれど、そういう子は元からショーに来てくれないだろうし、無しの方向で進めた方がハプニングも少なくなるわ」
イベントごとにハプニングはつきものよ、と諭す店長。
「さて、一度休憩を入れちゃいましょうか。再開したらすぐにパンフ作成に入れるよう、食事の間にいろいろ考えておいてね」
●前々日、後半に突入
「店長。午前中の内に少し整理整頓させていただきましたよ。どこに何があるかわからない前の状態より、マシになったと思うのですが……」
「あー、ごめんねぇ? 物がいっぱいあって、作ったら店に出しちゃうこともあって」
あははー、と笑い、野菜サラダを口に運ぶ店長。あまり反省の色が見えない。そこへ突然、来店のベルが鳴った。
「っ店長!」
「あらぁ〜? ミイちゃんとエイくん」
勢い込んで、店長の自宅へと上がって来た二人組。お揃いでどうかしたのかしら、と店長は首を傾げる。
「このメールいったいなんなんですか。ファッションショーって……依頼、したんですね」
既に、と言って乱入してきた一方、赤メッシュの人物が顔を覆った。
「紹介するわ、こんな格好だけれど天使な女の子、ミイナ・ノンハームにマスクを取るのが嫌いな幡名永時。うちのバイト二名」
食事真っ最中の皆に、紹介を始める。
「二人とも、グッドタイミングよ。写真、取っちゃいましょうか」
未だ物事の理解が追い付いていなさそうな二人の背を押して、店の方へ向かう。パンフレットに乗せる写真にはバイト二名を使おう、という話は午前の内に出ていた話だ。
「そうそう、円っち! これ着て見て〜」
本番でミイちゃんが着るやつ、といって押し付けられた服を円は受け取る。
●
「ロリータと言えばケープやリボンフリルワンピだけど……恋音ちゃん。ロリータの語源知ってる? 子供っぽい、なのよ? あなた童顔だけどその胸元が大人っぽすぎるわん♪」
胸元修正しなきゃ、という店長に控えめながら自分ですると挙手した恋音。
今現在、夜である。パンフなど作成したものをバイトの一人、幡名が持って帰る頃には夕方だった。パンフはどうやってか、夜のうちに製本して大量生産するらしい。それから早めの夕飯をみんなで作り、食べた。ちなみに家の持ち主である店長は普段から冷凍食品かインスタントらしい。アレンとともに「レンジでチン」の素晴らしさを語り合っていた。
「店長〜!こっちもお願いなのですよ〜」
アレンの呼び声に、店長が離れた。店のことを把握しているのは店長のみ、本格的に服選びに入った今、店長は引っ張りだこだ。
恋音は数多いロリータ服の前で悩む。
「甘ロリ……でも黒ロリもいいですよねぇ……?」
「ではでは、お披露目たーいむ! ぱふぱふ〜」
妙にハイテンションで店長が切り出したのは全員の衣裳が決まってすぐだった。
全員の注目を集めた店長が、奥のスタッフルームへと声を掛ける。
「はい、雫ちゃんのコーデはこれですっ」
いつの間にやらいなくなっていた雫。赤ストライプを基調としたゴスロリ衣裳での登場だった。
「な、なぜ私が一番に……っ!」
しかし、そんな雫の苦情も流して店長はウキウキと解説を始める。
「黒ゴシックならやっぱりロリータも取り入れなきゃね。フリルもボリュームも抑えて赤ストライプを目立たせたからシックでクールでしょ。右裾はリボンが通してあるから、これでクシュッと短くすると……中の無地スカートが出てきて、おっきなプリーツが可愛いのよ」
ほらここ、と指で示したりなんやかんやポイントをあげつらねていく。
「当日の髪形は……そうね、編み込みを両側に垂らしましょう。リボンハットがボリュームあるし、綺麗な髪をまとめてしまうのはもったいないしね」
ステージライトで映えるわよ、と小声で告げる店長。
「さて、天険くんの番ね」
「自前の色合いが紫と橙だからコーデをどうしようか悩んだのだけれど……」
「フリルも合わないし、色合いが派手になりやすいから基調を黒、本人が好きだという緑系を合わせてストライプにしたわ」
続いて出てきたのは紗雪だった。
「スタッドをイメージしがちだけれど、ここは星チークペイントのみで、アクセをじゃらじゃらにしてみました。どう、かなりのギャップでしょ?」
自慢げに言う店長だが、本当に普段のイメージとはかけ離れている。
(へぇー、こんな感じも似合うんだなぁ)
ファッションショーということで、普段は服装に無頓着な自分だが、今回は知り合いの意外な服装を見ることになるかもしれないと参加したのだ。
「薄茶色の髪には緑エクステで。十字架をワンポイントに、濃緑色のシャツと黒の半そでジャケットがクールでしょ。腰の幅広ベルトに巻きつけたチェーンのジャラジャラ感も存在感アップって感じよね」
当日はサイドテールにするとすっきりとした感じが出るかしら、などと呟き、考え込んでいる店長。
「そうそう。アームの上からもジャラジャラアクセを付けてもらうつもりだから、そっちもいくつか考えておいてね。このボックスに入ってるわ」
それと当日の時間にも注意ね、というと切り替える。
「お次は円っち、おいでなさいませ!」
紗雪はパンクロックだが、円はカジュアル風ロックだ。渋い。
「こっちもロックだけどカジュアルを意識した素材でのコーデよ。雫ちゃんに注意もされたし、デニムとパーカーの合わせにしてみたわ」
「雪ちゃんとは別の印象よね。こっちはサバイバルな雰囲気がバリバリでかっこよさを押しだした感じね。それに対して髪形の二つ結びという可愛らしさで甘辛ミックスよ。瞳の赤に合わせて、アクセントに赤を使ったものにしたの。豹柄も素敵でしょ」
「さぁ、ウサギちゃんの出番よっ! 可愛くセクシーコーデでムフフのお時間なんだからっ!」
「元気っこにはやっぱりオレンジよね。ま、これは朱色なんだけど……ほら、この靴! 赤ピンなのっ 民族的なのも良かったけど、セクシーさをアピールするにはこっちよね。甲の部分がとっても綺麗だったから、絶対にこれって思って」
「あと、首元の蝶型バッチとその下の胸元開きはいいわよね〜そそる、って感じ。頭の形がいいから、お団子なんていいと思ってるの。もちろん、蝶をモチーフにした簪やピンであしらうのね〜」
「黄昏くんは、陰陽師がジョブらしいから本職ね」
「あら、青ラインが似合うわね。足元の膨らみを少し後で変えましょうか。袖の長さもちょっと修正が必要だわ。着物系統は当日に細かい調整をするとなると時間がかかるし、着くずれも起こりやすいから後できちんと計りつつ直さなきゃね」
「眼鏡に短髪だから顔の方はあまり弄らない方がすっきり見えるわね。小道具の方でインパクトを付けましょう」
「はい次、メイドコス和葉ちん!」
「お上品なクラシカルがすごい似合うわね〜。髪色がロワイヤル、って感じでいいと思ったのよね。赤リボンでくくってるの見て、こう、きたぁ! って感じ」
「瞳がブルーだから基調は落ち着いた青、白エプロンも眩しいわねぇ〜。フリルは抑えに抑えて上品にしたのよ。この、パフスリーブの形にはどれがいいか、迷ったわ……」
「ということでぇ……恋音ちゃん! 準備できたかしらっ?」
「は、恥ずかしいですよぅ……」
「いいからいいから。――当日衣裳は残念なことにサイズが合わなかったので、閉幕ドレスの方ね」
「白ストライプのシースルーシャツに春色カラーをメインに白グラデ。小花を散りばめた上でデカ花コサージュとビーズのアクセ。色合いも薄紅色で全体に統一感をプラスして華やかさをグッとアップさせているわ」
「合わせて〜ふっくろい、くーん!」
「恋音ちゃんのコーデが甘ロリのリボンコーデだからそれに合わせたゴシックコーデよ」
「おっきなドレープが縦に入った七分袖シャツに銀ボタンベスト。チェーンで胸元にピンを付けて、ズボンは薄く♪マークがプリントされてるの。色合いは黒だけだと重くなるから、深緑を取り入れたわ。リボンタイも黒・緑・黄色の三色ラインよ」春だし、コートは止めておいたの
「腰元のアクセにも注目してね。ベルトに緑を持ってくることで全体的に華やかさアップ。チェーンでジャラジャラすると軽薄になりがちだし、アクセはこの程度ね」
「――と、目を逸らすのは止めましょうか。その顔どうしたの? キラキラとした優男になってるわよ?」
「眼鏡外しただけですよ」
「さぁさ、次にはアレンちゃん――うんうん、天使だし元がいいわよねぇ。なんか、着こなし感が半端ないわぁ♪」
「薄布の重ね着込みスタイルよ。鮮やかな青と緑、黄色のグラデで泉の妖精をイメージしたの。髪は前を少し盛って、花冠を乗せましょ。二つ結びにするといいかもね〜」
「ヒリュウも花冠と、そうね小さな花編みポーチを引っ掛けてもらいましょうか」
ほぼすべて、店長の暴走トーク。そうして夜は開けていった。
●前日より
ふぅ、と息をついて雫は着ぐるみの口部分から顔を出した。
(暑いですね……)
五月とはいえ、陽気は初夏の様相を示している。梅雨は未だ来ないようで、カラリとした日差しが眼を刺した。着ぐるみなら知り合いに会っても暴れないはず、と他に合わせて着ぐるみでのビラ配りに専念していたが涼しげな格好で歩く姿に目が行く。
「あー着ぐるみがいるー」
声に反応して雫はサッと顔を下げた。素早い動きで着ぐるみをかぶり直し振り返ると、そこにいたのは雫の知り合い。とはいえ、その注目は雫ではなく、
「綺麗なもの奇想天外・奇天烈なものが多く揃ったファッションショーです、よろしくお願いします」
堂々、はきはきとした口ぶりで突破がビラを突き出した。言っていることは考えてみれば可笑しいが、表現が的確過ぎる着ぐるみである。
「お疲れ様! 一息入れようか」
「終了なのですぅ……」
二日目の午前中いっぱいを宣伝、ビラ配りに集中していた全員に声を掛けながら回るひりょと恋音。二人は街角でのビラ配りとは別に、XBの服が似合いそうなお店や興味を持ってくれそうな部活など、団体を中心にショーの打診をしに行っていた。
「こっちも配り終えたのです〜」
ぽてぽて、とヒリュウぐるみの足で近寄ってくるアレン。その隣には祈羅と円がいる。登下校の生徒たちを狙って学校の方へと行っていた二人だ。
着ぐるみを着ていた雫たちやスキル効果を使用していた祈羅は途中で休憩を幾度も入れていたが、消耗が激しい。
「大変ですね〜。昨日も呟いたりして反応を見ましたがお客さんを掴めてるのかよくわからないのです〜」
後でまた呟いてみます〜、とアレンがネットでの収集の成果も報告しながら、皆でお店へと帰っていく。
「あら、もうそんな時間? 午後からは現場でリハーサルを行おうと思ってるわ。帰りは遅くなっちゃうだろうけど、今日は帰宅しなさいね」
XBは開店している。店番組である店長と和葉が皆を迎えた。どうも、本日もお店は閑古鳥が鳴いているようだ。元からのバイト二名は午後から仕事である。
「お昼はお弁当ですよ。お手軽ですけど、愛情たっぷりお握りです」
和葉が作ったらしい、お弁当を持って一行は明日の本番に備え、舞台リハーサルへと向かった。
「魔法瓶には豚汁が入ってますからね」
食事をして後、持ってきた本番衣裳を着こみながらヘアメイクなど本番とほぼ同じように用意していく。控室では既に着替え終わった者たちが並び、店長仕立てのヘアセットを受けている。それをアレンが補助として手伝っているが、当日の明日は店長が準備を手伝うことはスケジュール的に無理だろう。
和葉の作ったタイムテーブルを見るに、当日の店長はかなり忙しそうだ。バイト二人ともヘアメイクはできるそうだが、音響や舞台演出のためにいなくなったりする。
そうなると、ほぼ紗雪・アレンの二人だけでヘアメイクを担当しなければならないということだ。
「みなさんお綺麗なので、そのままでも十分ですが……会場内のどこからでも綺麗に見えるよう、少し失礼しますね……」
紗雪はそう言いながら、メイクを施していく。当日舞台は会場内が暗い。舞台のライトアップは上下から、そのことも考えておかなければならない。
「ん、それは……」
紗雪は次の人、といって立ち上がった祈羅の持つ刀に目がいった。
「恋人と真似してるもので、大事な刀なんだ」
祈羅はえへへ、と輝かんばかりに笑みを零す。それにつられて、大舞台のメイク担当ということに緊張していた紗雪にも自然な笑みが浮かんだ。
「この左右のバランスに違和感が……。いや、これはこれで動きやすい、か?」
裾の長さがバラバラな上着。デザインは他と比べるとシンプルのようだが、色合いは全く大人しくない。髪を少々弄られたのが、違和感を増大させていたが何はともあれ、動きに支障があるかなど念入りに腕を動かす。本番では大剣を振り回し、雫とともに剣技を披露する。
「こうやって動いている方が羞恥心を感じられなくて助かります」
ゴシックドレスを着ながら激しく剣を動かす雫。その風圧で若干、皆のスカートやら衣裳やらが靡いている。こちらも予断ないチェックを行っている。
「それじゃ、二人組に固まって! 動きの順番決めるからぁ」
パンパン、と手を叩いて注目を集めた店長は足元へと指を向けた。
「そこ、目立たないけれどテープ貼ってあるから立ち位置確認してね。左右の幅も注意して、前に出過ぎないように!」
皆がテープに沿って横一列に並んだ。前半部分のリハーサルだ。観客席には前半ではステージに立たない和葉が座っている。バイトの男性、幡名は放送室で音源を流している。紗雪の提案であるアロマライトは和葉が担当だ。
「まず、天使と悪魔な二人組、アレンちゃんとミイちゃん。動いてみてね」
私も天使なんだが、と小さく抗議の声が入ったが店長はスルーした。
店長の指示に従い、アレンは事前の打ち合わせ通り、曲に合わせながら右端から一歩前に出る。そして直角に中央へ歩くと、同じタイミングでミイナに鉢合わせする。そこから二人して観客席の方へと五歩分、前へ出る。そこでアピールだ。
ヒリュウを召喚し、ミイナを威嚇するように距離を取る。ミイナも翼を出しながら剣を構える。
「お次、パンクロックな雪ちゃんとハードロックな円っち!」
突破と雫が最初の位置に戻ると、入れ替わりに左隣の紗雪が中央に向かう。両端から始まり、徐々に中央寄りの二人が並んで歩くことになる。
「ストライプコーデ組の雫ちゃんと突破くん。動いてみて」
名を呼んで言った。本番では名は呼ばれず、衣裳の解説なんかが入るらしい。アピールはその間に行う。
「恋音ちゃんと袋井くん〜化けたわねぇ……」
眼鏡を外した雅人の顔がキラキラしい。いや、はっきり言うと女たらしに見える。本人は完全に否定していたが、恋音の視線は疑いに染まっていた。
「中華民族なウサギちゃんと黄昏くんもおいでー」
「和葉ちゃんとエイくん、観客席から見てどうだった?」
感想を和葉に求め、指摘とアドバイスを繰り返した後はひたすら歩いた。
「うん、そろそろウォーキングの基本は身に付いた頃だし各自アピールを入れてみようか。ウォーキングの時に笑顔は忘れずに! 表情が硬いので!」
そんな言葉が掛けられて、漸く皆が一安心した。
後半の通しも数回繰り返した。雅人と恋音が喫茶店から出て、街を歩く。放課後デート。喫茶店に和葉と雫がメイド服で登場、幡名もウェイターだ。二人が店から出ると、着ぐるみが二体――アレンとひりょ。風船をもらって退場という流れだ。
そしてカーテンコール。皆がフォーマルなスーツ・ドレスに着替えて終わる。
その流れをタイムウォッチで計りながら通した。特に姿勢の注意、ウォーキングを練習させられて既に夜も深い。
「はいはいはい! ちゅうもーく」
「本日のリハーサルはこれで終了です! 今日は帰ってゆっくりして、明日に備えてねっ」
朝の遅刻はしないように、と釘を刺す店長。
●当日にして
朝も早くから立ち位置など軽く確認をし、準備に取り掛かる。
前半は横一列に皆が並んで待機、幕が上がって点灯。スポットライトが動きを追いながら各自ウォーキング、という流れだ。
今はフィッティングルームが満員で、比較的衣裳が複雑ではない突破は会場から外へと息を吸いに来ていた。
もちろん、ショーの勧誘も忘れない。戻る時間を時計で確認しながら、眼の前を通る人に声を掛ける。
「へい、暇かい? だったら最高のショーがあるぜ」
「月乃宮さん、大丈夫ですよ。私がずっと側についていますから」
ヘアメイクの先に終わっていた雅人が舞台の隅に、柱に捕まるようにして隠れている恋音を見つけて声を掛けた。
「う、うぅ……。恥ずかしすぎますぅ……」
小さく告げる恋音。
雅人は黒のフォーマルスーツ。普段のものと違うのはドレープシャツにリボンタイということぐらいな、XBの商品としてはかなり平凡なコーデだ。
対して、恋音は黒のロリータコーデ。後半はピンクのフリル満載なリボンコーデであるが、こちらはそれよりもフリル満載だが長さが膝丈である。ロングの靴下にリボンストラップの丸靴がかわいらしい。首元で結ばれているヘッドドレスのリボン。
こんなに可愛らしいのになぜ自信がないのだろう、とは常々思うことであるが時間も迫ってきている。
スッと、手を差し出した。
「行きましょう」
(ファッションショーとか憧れてたからドキドキです)
円はソフト帽に神をしまい込み、トレンチコートで全身を覆うという格好で幕の下りた舞台の上、制止していた。円はアピールの時にこのコートと帽子を脱ぎ、ライフルを構えてポーズをとる。インフィルトレイターさと、セクシーさを表現する。
(うまく、できるでしょうか)
「よし、がんばろう」
そんな円の隣でひりょが呟く。
それぞれが意気込むのと同時、ブザーがなって幕が上がり始めた。
●
「さぁ休憩だ。ひとまずこれで汗拭きつつ水分補給してね」
ひりょがグラスに水を入れて配り歩く。
本日のファッションショーはこれにて終了だ。カーテンコールも無事に終え、パーティードレスもそのままに円や恋音、紗雪もそれを受け取る。
感想を一言でいうと、暑い。
舞台上はライトが暑い。檀上にいるだけでかなり体力を消耗してしまう。
「皆さん、お疲れ様でした! 無事終わって良かったですね」
雅人が声を掛けながら打ち上げの話をし始める。
この後、XB本店で打ち上げをするらしい。なんでも和葉がチョコレートケーキを焼いておいたとか。休憩時間は着替えやら何やらでほぼ休憩などないも同然だったので、皆お腹もすいている。
「皆本当にお疲れ様です」
ひりょの言葉が締めくくり、皆は這う這うの体でXBへと帰って行った。