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アルバイト募集のために室内で待機していたるり子は微かなノック音に振り返り、ドアを開いた。
「すみません、アルバイトの張り紙を見てきたのだが……」
そう言って顔を出したのはマリー・ベルリオーズ(
ja6276)。ただし、今は副人格のリュドヴィックだ。
「あら? あなた、二月の時の……」
以前、るり子の友人からの依頼で顔を合わせたことのあるマリーを見て言いかけたが、その後ろにいる人物たちに気づき、とりあえず中に入るように促した。
「バレンタインの時はどうも……面白いことをなさっているようですね」
ティア・ウィンスター(
jb4158)の言葉に、るり子はこちらこそと言って笑った。
「もしかして、ここにいるのは私の依頼を受けてくれた人たちということかしら?」
室内にはるり子の他に九人、ちょうど依頼としてお願いしていた人数だ。以前にもティアとマリーは依頼として顔を合わせているのだから、今回も受けてくれたということなのだろう。
霧崎 悠(
ja9200)は頷いた。
「明日は呼び込みのバイト、ヘアモデルに分かれるつもりだがその前にいくつかの確認をと思ったんだが、タイミングが良いようだな」
リュドの言葉にるり子は目を瞬かせる。
「あなた……なんか以前と雰囲気が違うわね」
「ああ。リュドヴィックという。明日は愛想の良いマリーに交代してもらうつもりだから気にしないでくれ」
リュドの言葉に心得たと頷くるり子。
「投票方法と宣伝について詳しく聞きたいのよ」
瑠璃堂 藍(
ja0632)が本題を切り出す。
できるならば今日の内に宣伝を各所に回し、大衆の興味をショーへと引き付けておきたい。できるだけ多いほうが得票の操作をしやすいのだ。
一方で、投票方法について知らなければ具体的にどのように動くかと言うのが決まらない。当日になってからでは後手に回ることになるだろう。
「ふむ……T字型の舞台、か」
はっきり言って、難しい。聞いた限りの状況では客の入りから舞台の設置までがきれいさっぱり左右に分かれている。そうなると対抗意識がどうしてもついてしまう。それは会場の方に関してもいえることで、T字型の舞台はどうしても右と左に陣営を分ける、いや二つを断ち切るように真中にウォーキングロードがあるのだ。ショーとしては両側から囲む形でとてもいい設計なのだが、今回の依頼にはとても適しているとは言えない。一方で、それは得票の判別がしやすいという利点もある。
(まぁ、今更考えたところで変わらないか)
そうリュドは思考に切りを付けるとやることは変わらない、とばかりに自らの裡へと呼びかけた。
「方針は決まった。頼んだぞ、マリー」
(え? 私!?)
脳内でマリーの慌てる声が聞こえたが、問題はない。
「事情は分かりましたわ。派閥ができるのは必定、ですが争うことは愚の骨頂でしてよ」
桜井・L・瑞穂(
ja0027)は厳かに言って言葉を一度切る。そして、
「おーい、るりちゃん。交代の時間だよ……ってあれ?」
そこへドアを開けてひょこっと顔を出したのはもう一人の依頼主、青菜夢二。
「おーっほっほっほ♪ 明日のことはわたくし達にお任せくださいな!」
11人になった部屋で瑞穂は高笑いをしたのであった。
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「あ、そろそろ時間だ」
今日はショーが行われる。その宣伝で呼び込みのアルバイトをしていた少女たちは呟いた。広告を配る手を止めて会場へと向かう。ヘアモデルは開場の一時間前に集合なのだ。
その日、A寮前広場には特設会場が設置されていた。
数時間前までは何もなかったそこに、T字状のステージの左右に音響設備とスタンドライト、バックパネルは中央が横スライドのドア。舞台の後ろにはいくつかの簡易テントが張られていた。そして前に突き出すウォーキングロード。その先には足元から照らすライトがいくつも並んでいる。
そして会場の前には数十人の人影――。
それは募集が行われていた呼び込みバイトと飛び入り参加のヘアモデルたちだった。ヘアモデルには先ほどまで広告を配っていた人たちも数名いるようだ。
時刻はまもなく開場の一時間前、13:00。
「時間になりましたのでこれで募集を終了とさせていただきます」
運営側の生徒、ロング同好会に所属している青菜夢二が時計から視線を上げ、マイク越しに呼び掛けた。
「今から説明に入らせてもらいます」
その言葉に合わせて、二人の人物が出てくる。一方は狭間るり子、一方はロング同好会の会長だという紹介が入る。
「本日はロング同好会のショーにご参加くださり、誠にありがとうございます……」
会長から今回のショーの趣旨や説明などが入る傍ら、九人の撃退士たちが舞台から視線を外し合わせた。
腰まで届く黒髪に青いリボンを左右でつけた青目の少女、瑞穂は友人、帝神 緋色(
ja0640)を見やった。
「緋色、無茶はしないようにするんですのよ」
緋色を誘って依頼を受けた手前、そう子上を掛ける瑞穂。緋色には少々、無茶をする面がある。
「わかってるよ。後でいろいろ頼むことになるかもだけどね♪」
黒髪にオッドアイのゴスロリ少女、風女装男子である緋色は頷き返す。その言葉に何か考えがあるのだとわかる。同時に、それが自分に何らかの影響をもたらすことも予期されるが、瑞穂はそのまま流した。
「二人とも、そろそろじゃないかな?」
黒髪を大きなリボンで二つ結びした少女、白鳳院 珠琴(
jb4033)に声を掛けられ前に視線を向けると会長からマイクを受けとる夢二の姿が見えた。誘導に入るようだ。
「それでは、これから希望ごとに分かれてもらいます。ストレートのモデル希望の方は彼女に」
夢二が手を向けると、るり子は真っ直ぐ上へと手を掲げた。それに合わせて、人の波が動く。その流れに乗って瑞穂と、黒髪を青いリボンでポニーテールとして束ねた少女――藍が移動を始める。
「ゆるふわのモデル希望の方は僕に」
そう言いながら夢二がマイクを握っていない方の手を掲げる。来崎 麻夜(
jb0905)は夢二へと向かう流れに乗ってその足元まである黒髪をふわりと風に靡かせた。
「ルルウィの活躍も見てるんだよ」
ルルウィ・エレドゥ(
jb2638)は二つ結びにした桃色の髪をふわふわと揺らしながら手を振り、麻夜に続く。
「ええ、また後で」
マリーが見送り、その場には呼び込みとして鮮やかな青髪をポニーテールにした少女、ティアと悠の三人が残った。
「モデルをやるまでの時間が自由行動だといいのですが……」
ロング同好会であり友人同士である夢二・るり子から九人が受けた依頼はゆるふわとストレートの和解。今回のショーの目的はどちらか一方側を優位につけること。
故に、ショーにおいてストレートとゆるふわに優劣がないということを証明して見せなければいけない。つまり、同票もしくはほぼ変わらない得票数であるという結果を持ち出さないといけないわけだ。
同好会のそれぞれの側に潜入、また呼び込みによる人数の調整をする。できるだけ呼び込みに人数はほしいが、一方でモデル側にも出なければならない。
故に、モデルに潜入した者たちはモデル同士の意識を和解の方へ向けるなど、自由時間で行動を起こしてもらう。
「この場にアルバイト希望の方がいればこの場に残って会長から説明を受けてください」
夢二はそう告げてマイクを会長に渡す。そして左側から舞台の後ろへと移動を開始する。舞台の後ろにはいくつかの簡易テントが張られているから、その一つに向かうのだろう。
それと同時、るり子もストレートのモデル希望を連れて舞台の後ろへと回り込む。そちらも簡易テントに向かうのだろう。
(ゆるふわサイドは左側のテント、ストレートサイドは右側のテント……)
「では、呼び込みの説明を開始します。まず、広告の位置とパンフレット配り、担当地域について……」
ティアは周囲へと目を向ける。
前日の内にアルバイトの詳細を聞きに行った人たちもチラホラいるようで、友人同士なのかおしゃべりをしている者もいる。
ティアとマリー、悠の三人はヘアモデルに参加するわけではないので今会場に戻ってくる必要はなく、広告を持って呼び込みのバイトを続けてもよかったのだが、場の空気や参加するヘアモデルの把握のために戻っていた。
理由は持っている広告が少なくなってきたため補給に戻った、というものだ。こういう時、内部に手引き者がいるのは都合がよい。
「さて、この内の一体どれだけの人がどちらに入れるんでしょうか?」
呼び込みアルバイトに条件設定はない。つまり、髪が短くてもよいのだ。つまり、呼び込みアルバイトに来た者たちの内、髪の短い人物はストレート派かゆるふわ派なのか全く予想ができないということである。男性のアルバイト員にしても同じことが言えた。
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ストレート側、一番目。
ヘアモデルのPRは交互に行われ、ストレート派が先取件を持つので(同好会内部でゆるふわが多数派だったため後攻)正真正銘の一番――瑞穂がセット裏に待機していた。
その隣では同好会会員が扉をスライドする合図を待っている。
「――では、ストレート側のPRから始めさせてもらいます。一番手、桜井・L・瑞穂さんの御登場です!」
司会の声が瑞穂の名を呼ぶと同時、瑞穂の視界は広くなった。
歓声はまだ、ない。
(さぁ、見るがいいですわ。私の髪を!)
自然と上がる口の端。常日頃から肌も髪も体型維持にも手間暇をかけていた、今更躊躇いなどあるはずがない。
瑞穂はウォーキングロードに踏み出した。――誰かに背を押されるのを待つのではなく自分で追い風を作る。
花吹雪が会場内に舞い散る。
ウォーキングロードの折り返し地点、瑞穂はくるりと一回転しつつ片手で髪を掻き揚げ、さらりと手から流し落とす。
そして、最後には自慢のポーズ。
「皆さん、今日はお楽しみくださいな♪ おーっほっほっほ♪」
高笑いとともにウォーキングロードを折り返す。
パチパチパチ。
どこからか、小さく拍手が鳴った。
それを皮切りに、会場に拍手があふれかえった。そして、歓声も。
「うぉおおお!! 瑞穂ちゃん!」
どっかから、野太い声が飛んだのを背に瑞穂は舞台裏へと引き返す。
「では、続いてゆるふわ側一番手に参りましょうっ!」
「なんだか賑やかなようね」
黒いドレスに着替えた藍はモデルたちと談笑をしていたが、ショーの方を向いてスタンバイへと向かう。
「それではご登場してもらいましょう、瑠璃堂 藍さんです!」
パッと広くなった視界に藍は正面を見据え微笑んだ。
一瞬で陽炎を発動させ、ウォーキングロードの先に立つと遅れてポニーテールが背に落ちてきた。観客にどよめきが起きる。
観客からは藍が揺らめき、一瞬で前に出てきたように感じたはずだ。静かで滑らかな体裁きによって可能としたそれは残像を残して移動する、スキルを利用した藍独特の歩行だ。
「はじめまして高等部3年6組、瑠璃堂藍です。皆さんはストレートとゆるふわ、どちらが好きですか? 私は自分に似合うのはストレートだと思っているし、この髪に誇りもあります」
そこで一端、言葉を切る。
「でもですね、見る方としてはゆるふわの髪も可愛くて好きなんです。どちらの髪もとっても素敵ですよ。この後もまだまだ両陣営とも素敵なモデル達が出てきますので、楽しんで行って下さい!」
そして髪を靡かせながら踵を返す。その姿勢は凛としていた。
(さて今度はゆるふわ側の方に行きましょうか)
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「気楽なイベントですから、イベント後の打ち上げ目当てでもいいですよ」
リュドの行くことには人数が多いほど参加者の自己顕示欲を満たす事が出来る。自己顕示欲が満ちて気分が良くなってくれたらこちらのスポーツマンシップ的な対決という誘導に有利。更に男子生徒は緋色の策の餌食にするといいだろう、とのこと。
その作戦の通りに男女比の偏った部活生、集団を中心にショーへの勧誘を掛けていたマリーは携帯の連絡に気付いた。
『ボクだよ、会場内のことについて連絡するね』
投票者に混じり、会場内の雰囲気を直接操作している珠琴からだ。
『どっちのモデルさんも素敵なんだよ〜って言いながら行ったり来たりしたんだけどね、今のところストレートが優勢なんだよ♪ ルルウィちゃんや麻夜ちゃんはこれからの登場になるからどうなるかわからないけどね』
しばらくの間はゆるふわの方でアピールしてるからね、と言い残して珠琴は連絡を切った。
「うーん、ティアさんにも連絡した方がいいかな……」
会場入り口で入場整理をしているティアに連絡をしてみる。
その一方で、会場を見学していた緋色。
(最初はどうなるかと思ったけど……)
ショーの主旨がわからない観客が多かったのだろう、静かな会場にしかし、瑞穂がその流れを完全に盛り上げた。続いて藍のパフォーマンスもあり、流れは一気にストレート派へと向かっている。
一方、ゆるふわ側でルルウィが出てきた。ゆるゆるの話し方と明るい笑顔、ふわふわくるくる回って見せるアピールに今は会場の雰囲気がゆるふわへとぐらついている。
「わ〜い、たくさん見に来てくれて、どうもありがとう〜。ルルウィ、今日はゆるふわのヘアモデルだけど、ストレートにも憧れるんだよ〜。だって、どっちのロングヘアも、可愛いんだもん〜♪」
(次は麻夜さん、最後だ)
そう思いながら、最後の調整のために緋色は瑞穂の画像を近くにいた男性に見せた。
「戦闘中は大変だよねぇ、敵によっては特に」
PRの終わったモデルたちとともに談笑していた麻夜は自分の順番に立ち上がった。
「さて、本日のオオトリ! ゆるふわ側――来崎 麻夜さん、どうぞ!」
麻夜は舞台に上がり、先に進むとツインクルセイダーを顕現。
そして、光纏――黒羽が宙に舞い始める。
仮想の敵へ、と武器を振るう。それはまるで舞うような、軽やかで美しい。――黒髪が靡く。
あっという間だった。
スカートを摘んで礼をして退場する麻夜。
「依頼、ありがとう。初心を思い出せたわ」
戦闘中に舞う髪、その軽やかに靡く様こそロング同好会の神髄。髪形が違っても志は同じ、と同好会会長は微笑んだ。
投票結果は最後の最後でゆるふわ側に――いや、麻夜へと多少偏りがあったが誤差だった。依頼の目的は達成したと言える。
「さて、瑞穂。約束しちゃったから――ごめんね?」
万事解決、と微笑を浮かべた瑞穂に緋色が言ってのけたのは、票の勧誘をされた男性たち。
「もぉ〜此の子は、仕方がありませんわねぇ。宜しくてよ。約束を守るのは、当然のことですわ♪」
まんざらでもない表情で言う瑞穂。
「君の容姿なら間違いなく靡くと思ったからね♪」
瑞穂にウィンクしてみせる緋色だが、男性たちが釣られたのは決して瑞穂のことのみではないだろう――。