●魅力ある人
螺子巻ネジ(
ja9286)はうずうずしていた。
応援団から依頼を受けた撃退士は6人、ゆりかに新入応援団員として挨拶をしていた。月一で開催される応援団とゆりかの交流会に出席する形だ。
胸の大きい美人、藍 星露(
ja5127)に胸の大きさに驚いたリアクションをするゆりか。中性的で独特な雰囲気と色気のある少女、神嶺ルカ(
jb2086)にもうっとりしたような表情を見せていた。片目を隠した少年、時駆 白兎(
jb0657)にも笑顔を見せるゆりか。この調子でうまく気に入られればそのまま依頼も順調にいきそうだ、と隣にいるルルナ(
jb3176)とともに話していた。ゆりかは今、ふわふわとした雰囲気の美少女、望月 忍(
ja3942)との会話が弾んでいるようで、アイドルに憧れてると話す忍の声が聞こえてくる。
ネジは周囲を見回した。ここにいるのはネジたち撃退士以外にも本物の新入応援団員がいる。今日はゆりかとの交流会なので、彼らも一緒に行動する予定だ。
ふと見ると、横にいたルルナはゆりかと話していた。ネジもゆりかの方へ向かう。
「ゆりか様、はじめましてなのです♪」
「ええ、はじめまし……てぇええ!?」
急に驚かれた!驚かれたことに驚いたネジだが、ゆりかはそんなこと眼にも入らないとばかりに一点を注視する。
「な、なにかしら? そ、そそ、」
「ソーダじゃないのです、これはミネラルウォーターなのです♪」
「そのネジよ! 誰がソーダなんて言ったの、見てわかるでしょっ」
ネジ。ネジの頭の上にあるネジのことか、と思いラインストーンがちりばめられたキラキラのネジを見せて説明する。
「今日はスペシャルなゆりか様に初めて会う記念日なのです、特別仕様のスペシャルなネジ・ゴージャスVer.にしたのです!」
あら、ありがとう。と驚きの割に納得する様子のゆりかを上目遣いで見る。
「ネジはこのネジを回さないと動けないのです、だからゆりか様にもこのネジを巻いてほしいのです☆」
ぎぃーこ。ぎぃーこ。と巻かれるネジ。このままの調子でカラオケに連れて行こうと息を巻くネジ。
「ネジもアイドルになりたいのです! だからゆりか様のお歌が聞きたいのです☆」
「カラオケ、ね。行った事ないわ」
「最近のカラオケはすっごいのです☆古いものから最新の曲まで、プロモも一緒に流れるのです♪ゆりか様とも一緒に行きたいのですー!」
カラオケの魅力をここぞとばかりに話すネジ。ゆりかは庶民の遊びだという認識が強いのか、なかなか頷かないがにこにことした笑顔で忍が後押しをする。
「賛成です〜。楽しく歌いましょう〜。採点機能もありますし〜」
「将来、自分の歌が流れる施設を見る事も勉強になると思いますよ、ゆりか様!」
レッツラゴー! と言ってルルナがやや強引にゆりかの背を押すとゆりかは歩き出す。白兎が不安げに四人を見ていたが、ルカはポンと肩に手が乗せると、星露に視線を流した。何かあれば星露が動く手はずになっている。
「行こう」
ルカに促されて白兎もゆりかたちに続いた。
●ボックス内・初カラオケ
「ようこそ、カラオケボックスへ」
ルカがゆりかの手を引いてカラオケに入るのに忍は続いた。店員がいらっしゃいませと声をかけてくる。既存の応援団員は人数に遠慮したが新入応援団員は忍たち以外にもいる、10人以上の大所帯だ。
「ここが……カラオケ?狭くて空気が悪くて安っぽい場所ね。庶民はこんなところで楽しむの?」
初めてカラオケボックスに来たゆりかの感想だ。だが店の人を前に言うことではない。ルルナが笑顔で誤魔化しながらフリードリンク制を頼んでいた。
「ネジは結構頻繁に来るのですよ〜。まずはやってみるのが一番なのですよ。これで曲を入れるのです♪」
タッチパネル式のコントローラを渡してゆりかとともに選曲をするネジ。白兎はゆりかにマイクを渡すなどさりげなく行動をする。執事さんぽいな〜、と忍はその様子に思う。
「タッチペンで歌手や曲名を検索するんだ。ジャンルでも選べるよ」
ルカがゆりかに説明する間に、ルルナが受話器を片手に注文を取る。
「ゆりか様、飲み物何がいいですかー?」
忍はリクエストを聞いて立ちあがる。白兎も手伝いを申し出た。他にも数人、手伝いの申し出がある。飲み物を手に二人が見たのは、散々な点数を晒すゆりかだった。
「壊れてるのかしら、店長を呼びましょう」
怪訝に眉をひそめるゆりかを宥めるようにさっとドリンクを差し出した白兎。忍は内心でおおー、と拍手する。
「カラオケには歌うコツがあるんだ。マイクの持ち方や声の大きさ、実は歌手本人でも高得点を取るのは難しいんだよね」
あのマークが三つの項目で採点する、とルカが説明する横で星露が優雅な動きで飲み物を口に含む。
「ゆりか様ならこの様な機械の結果などきっと覆せます」
白兎の言葉に促されてゆりかは斜めった機嫌のまま再び歌う。
「ああもう! ぜんぜん点数が上がらないじゃない、やっぱり壊れてるんだわっ」
喚き暴れるゆりかに制止は効かなかった。責任者を呼ぶ、と言って息も荒く立ち上がる。
「あわ、あわ、あわ、あわわわなのです〜」
「どうしましょう〜」
SPが出てきてカラオケから退散ムードだ。このままでは、と動揺する忍とネジ。だが星露は違うと否定した。鶴の一声だ。トン、とドリンクを置いて立ち上がる。
「次、私歌っていいかしら」
「いいわよ。壊れてないというのなら、あなたたちの点数を見せなさい」
マイクを放り投げて観戦モードに入るゆりか。背を大きくソファに預けてリラックスモードである。
●ボックス内・音痴か否か
一曲を歌い終えたルカがマイクを降ろしてソファに座る。まだ歌っていない忍がルカからマイクを持ち立ち上がろうとして、ひったくられた。
「いい加減になさい!」
ゆりかの怒声がマイクを通して響き渡り、忍はソファに倒れ込んだ。その指が示すのはルカの得点画面である。既に歌った組の得点はいずれも高得点、自分では出せない点数の連続に、ゆりかはプッツンしたのだ。だが、まだ歌ってない忍はしょんぼりとした。
(私はまだ歌ってないですー……)
「初めてきた私が点数をとれなくても当然だわ!それなのにバカにして……っ」
鬼の形相。当初リラックス体勢を取って深くソファに腰かけていたゆりかが、今は手で支えていなければ体が沈み込むといわんばかりにぎりぎりとソファを握りしめている。高得点を見る度に呻きを挙げていたゆりか。だが、一息で立ち直る。
「――所詮は庶民の遊び、有用性はない。帰るわ」
親睦会もあなたたちも、これっきりにすると告げるゆりか。ルカの脳裏に失敗がちらついた。だが、その前に星露が言葉を放つ。
「逃げるの? 努力を自ら放棄するあなたに魅力なんてこれっぽっちもないということね」
呆れた、期待外れだ、そう星露は述べる。もちろん演技だ。だが、ゆりかの足が止まる。
「なんですって?」
「柊ちさとにも、ただ嫉妬してるだけのようね」
禁句を放って挑発を終えた星露は帰りましょう、と言ってゆりかに背を向ける。SPが出現するかと身構えたルカだったが、ゆりかは怒りに震えただけだった。
「――あの子が、私を忘れてたからよ」
「あの子は中学校時代のクラスメイトなの。デビューを知って連絡を取ろうとしたら――」
いったん、口を閉じたゆりか。眉を盛大にしかめた後、彼女はにわかに声真似を始める。
「あんたが柊ちさとの熱心なファンなのはわかったから。どんな手を使ったのか知らないけど、柊ちさとは電話には出ません。いい加減諦めなって」
(ああ……)
ルカはなんだか力が抜けてきた。
「マネージャーが出たのはいいのよ! ただね、私の名前を聞いて、覚えてないってどういうことなのよ! せっかく連絡してあげたのに! なんて女なのかしらっ」
ゆりかはキーッ!と言って地団太を踏み、無意味に腕を振り回す。何かを叩きたいようだが、叩けるような何かは傍にないからだが、バッグを振り乱して暴れる姿は、先ほどまでの自信と余裕のあふれていた様とは別人だ。
「一般人の成りすましですって?クラスメイトぐらい覚えてなさいっていうのよっ」
周囲からは「ゆりか様だ。あれこそゆりか様だ……」という心酔が聞こえてくる。二面性のあるゆりかと機嫌の悪いゆりかを心酔する応援団。
(ふふ。面白いな、星露はどんな顔してるんかな?)
見やった星露は非常に困惑していた。よくわからない、そう顔に書いてある。
「電話じゃ姿もわからないし事務所の方に顔を出しても門前払い、少し顔が見えたと思ったら……」
「あれー。なんかみたことあるような、ないよーな? ファンの方? ありがとね〜」
「あの頭の中花畑女! 高学歴なんて看板、でたらめすぎるわ! 頭がゆるいのも空気読めなくてバカなのも、相変わらずなのよ!」
バッグに手を突っ込んだかと思うと、取り出す扇子。それをゆりかは両手で掴むと折ろうとして、――折れなかったらしい。ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ。と息を切らす。
なんだか、からまわってる感がかわいらしい。微笑ましくなってルカはくすと笑みを漏らした。
「私はあの女みたいに才能だけで生きている子、嫌いなの。才能を磨かず、苦も努力もなくステージに立つ。他人をバカにしてるわ」
「それはあなたが知らないだけじゃない」
星露は口を挟んだ。ゆりかの言っていることはよくわかる。相手にも悪いところがあったかもしれない、けれどゆりかが今応援団相手にすることは八つ当たりだ。それに、相手のことも一方的で先入観が強い。
「ゆりか様、それは昔のことでしょう? 今、芸能界で活動するちさとが努力をしてないと言えるのかしら? 何も知ろうとしてないんじゃなくて?」
「そうね、私は今のあの子を知らない。昔はなかった努力してるのかもしれない。――でも、あの子は私を思い出すという努力をせず、一般人として対応してあしらったわ。この私に!あの子から謝罪されるまで許さない、いいえあの子は私の心情さえ知らずへらへら笑ってるに違いないのよっ」
なんて一方的で先入観にまみれてるのかしら、そう思って呆れた。その間にゆりかは話をやめたらしい。先ほどとは一転、壮絶な笑みを浮かべると、マイクを手に取る。
「――いいでしょう、そこまで言うなら聞かせて魅せてあげる」
●ゆりか様の心は如何
ひくり、と片頬が痙攣した。先ほどぷっつんキレたのはゆりかだったが、今度は星露だ。何より、ゆりかの音痴はいただけない。攻撃を受けているわけでもないのに、がんがんと頭に響いてきて、ダメージ計算がされているように感じる。眩暈を堪えて立ち上がる星露。
「ああもう音痴過ぎる! 我慢の限界よっ」
「な、なんですってぇええ!? 私のどこが音痴なのよっ!」
胸をぶつけ合う勢いで睨みあった星露とゆりか。正直、ゆりかの歌は某漫画のガキ大将の衝撃と同等。その声は曲とハーモニーどころか不協和音を作り出す始末。狭い個室のカラオケボックス内で星露たちに直撃する。
「はっきり言って、全部よ。声量だけあっても意味がないの。きちんとメロディーを聞いて音程を取ってるの?」
「いくら私がお金持ちのお嬢様で温厚で性格が良くて美人ですべてにおいて完璧だからって、言っていいことと悪いことがあるのよ? 一体どこからそんな口を叩く自信が出てくるのかしら。醜い妬みの心ね!」
「目線とプライドだけエベレストよりも高くなっちゃったのね、かわいそうに。さっきはあんなに『言っちゃダメ―! なのです!』のこと妬んでたくせに! 忘れられたのは印象なかったからじゃないの? 一般人に間違えられるってオーラも才能もないのね」
「努力の前に才能は無意味よ。この私にオーラがないわけがない。それにあの子は妬みじゃない、完全にあの子に非があるわ! そもそも……」
ヒートアップするゆりかと星露。徐々に眩暈が収まってくる白兎。二人の口論はもはや歌など関係ない。もちろん、星露は作戦なのだろうが、どこまでが演技でいられるか心配な部分はある。
「ルカさん、今はあの二人に何を言っても無駄だと思います」
ゆりかの歌のショックから回復したルカが二人を諭そうとするのを白兎は制止した。
「路上ライブはカラオケの採点よりも偶然性と公平性が高いですし、ライブ形式ならアイドルとなってからの練習にもなりますよ」
「……確かに、いいアイディアだね」
戸惑ったようだが、ルカは思案の後、賛成した。そんな何気ない仕草まで色気があって、計算でない、天然もののすごさを白兎は感じ取る。一方で白兎の思考は計算を開始する。
「ええ。路上ライブなら稼げる」
「それは……どうかと思うよ?」
白兎は長身二人の間に割って入る、ことは残念ながらできないが言葉だけをちょちょいと挟み込む。ルカの最後の言葉はスルーだ。お金を稼ぐのが白兎の生きがい、やめることはできない。
「まぁまぁ、二人とも。争うなら路上ライブなんてどうでしょう? 勝敗が明らかで解決しやすいでしょう」
さて、本題だ。心中でこの後の予定を組み上げる。白兎が路上ライブを提案すれば、当然星露の挑発に乗ってゆりかは乗ってくる。後は通りがかりの人に審査してもらって依頼は終了となるだろう。その時に掛けを持ち出せば、儲ける。完璧な計画だ、そう思う白兎を他所に進んでいく会話。
「音痴じゃないと主張するなら、あたしと勝負しなさい。負けた方が音痴よ」
「……私は、音痴じゃないわ」
否定した、やった、これで路上ライブに持ち込める!そうルルナは思った。だが、次に続いたゆりかの言葉は予想外だった。
「でも、路上ライブなどお断りよ。カラオケで勝負するのではなくて?」
一度始めたことだから最後まで通す、そう告げるゆりか。カラオケの勝敗は先ほどまでに明らかだ。それにもかかわらずカラオケでの勝負を持ち出すとはいったい何事か。
「次で終わりよ。負けたら、音痴と認めなさい」
「わかったわ」
「それで? 認めるのかしら」
星露の言葉に、ゆりかはキッと牙を剥いたが反論せず、涙目になっている。
「アイドルはみんなを笑顔にする魔法をかけてくれるのです! だからゆりか様も笑うのです」
怒っちゃダメなのですー! というネジに呆気にとられたような顔を一瞬見せたゆりかだったが、ようやく、肩の力が抜けたようだ。団員たちの前だからか、強張った表情と強気の姿勢を一切変えずにいたゆりか。音痴だと認めなかったのは意地もあったからだろう。
「……ありがとう。あなたたちに会えてよかったわ」
柔らかな笑顔を見せたゆりか。それは彼女本来の魅力なのかとルルナは思った。
「音痴だと認めます。でも、次は負けないわ」
音痴を治して、またあなたと勝負する。そう言ったゆりかは立ち上がる。今度こそ依頼は無事終了だとルルナはガッツポーズを決めた。
(ステージで会えること、楽しみにしてるよ)