●暗闇に仄灯り
公園に辿り着いた撃退士25名が眼にしたのは、夜景に舞う薄桃色の花びら。月の仄灯りに照らされる白。徘徊する骸骨の群れ。――圧巻、だった。
「なに、ただのスケルトンじゃん。どう見ても雑魚、余裕でしょ」
伊瀬 篁(
ja7257)はゲーム機から目を離さずに言った。その言葉に、大谷 知夏(
ja0041)は大きく頷き、気を取り直すように掌から星の輝きを作り出す。
「さぁ! 桜を護るために頑張るっすよ!」
「本当にどこからでも現れるものだな……。とりあえず手早く片付けてしまうか」
地面も学園も関係なしか、と天風 静流(
ja0373)はフッと笑う。
「あの世からの帰還ってか?」
以前、似たような敵というかそのものと応戦したことのあるライアー・ハングマン(
jb2704)が愚痴をこぼす。倒したはずの敵が再び、である。
「相変わらず割に会わない仕事だねぇ」
夜なのに増額もなしなのか、と常木 黎(
ja0718)は評す。その隣には友人であるアスハ・ロットハール(
ja8432)がいる。怪我をおしての参加だ。
そう言うなって、と宥めて言う。
「悪いが……頼りにさせてもらう、レイ」
「貸しだからね、後で返しなよ?」
アスハが気合十分に、瞳を鋭くさせるのと同時、黎も心得たとばかりに笑みを深めた。
「地図で見たとおり、内部が複雑に分かれているようです」
夜目のある菊開 すみれ(
ja6392)には夜でも視界に自由がある。
皆が入ったのは地図によると上公園。依頼は桜の保護、つまり中央公園を最優先で解放しなければならない。
「道路への出口は鳴子を設置しておいた。公園から敵を逃がさないよう、阻霊符を出しておいてくれ」
龍崎海(
ja0565)がいうと、矢野 古代(
jb1679)が頷いた。
「この風情ある風景を壊すような無粋な奴等、一匹も逃すつもりもない」
「桜の下には……と、よく話でありますが……話の中でとどまっていて欲しいものですね」
公園の至る場所に穴が開いている。そこから、ホネッキーは出現していた。八重咲堂 夕刻(
jb1033)は眉を寄せてそれを見つめる。
「桜を傷つけずディアボロだけ退治しろって?無茶言ってくれんな……」
虎落 九朗(
jb0008)は愚痴をこぼすように言いながら、武器を肩に乗せた。
「階段から下がっていくよ」
鴉乃宮 歌音(
ja0427)が声をかけて、階段に向かう。その後ろに何人かが続く。
古代は彼らの進路を阻む敵ををナイトビジョンで定めた視界でホネッキーの足元を銃撃した。敵の後退を目的とした威嚇だ。
階段に屯していた骸骨たちが階段で後ずさろうとして、背中から中央公園の入口へと雪崩れ落ちていった。
その隙に、中央広場担当と下広場担当の者たちが階段を通り抜ける。
カラカラと音を立てる骸骨たちがその後ろに続こうとするのを、斧が背中から斬る。千ヶ崎 華音(
ja3083)だ。
一体の背中を切った状態で停止する。
「骨は君、君は骨?」
そう呟きをもらしたかと思うと、素早い動きで敵に二度三度と斧を振りかぶる。太刀筋などない、めちゃくちゃな動きだったが華音の動きを見てびっくりしたように静止していた骸骨――ホネッキーたちは避けられず、斧の餌食となった。一瞬で三体が敗れ去る。
「骨、ホネ、ほね、白くて、きれいだ ――だから死ね」
ウットリ、公園の色彩に見惚れ、吐息をこぼす。そうして、芸術家故に華音は斧を乱舞させた。
「俺たちは坂だ!」
小田切ルビィ(
ja0841)が声を上げた。一度上公園の入口まで戻り、坂へと入り込む。
暗い夜道の前方を照らすために、Rehni Nam(
ja5283)が一番前だ。防御力があるという面でも適任だ。敵の陣地たるここではどこから奇襲を食らうかわからない――。
坂には未だ、一体の敵の姿さえ見えないのはどういうことだろう。
公園内部には埋め尽くすほど、敵がいた。そして、公園と坂は植物の垣根があるだけで、無理やり通ろうとすれば通れる程度の軟さしかない。
ペンライトを帽子に括り付けた石動 雷蔵(
jb1198)は今のうちに、とヒリュウを召喚した。ヒリュウには固有スキル「視界共有」があるのだ。雷蔵は握りしめた両拳を胸の前に、すぐさま攻撃へと移れるよう臨戦態勢を取っておく。
その横を、同じく拳を武器にしている朱頼 天山 楓(
jb2596)が走る。雷蔵がボクシングスタイルを取るのを興味深そうに見やった後、正面へ向き直った。
拳を、腕力を武器とするとはいえ楓(阿修羅)と雷蔵(バハムートテイマー)ではまるで違う。長年生き、身に付けた楓の戦闘スタイルはどの作法にも当てはまらない、独自のもの。
楓は前方を行くルビィを見た。藪からいきなり敵が出てきたのに対し、反射のように拳を決めていた。喧嘩殺法。自らの体が覚えた、実践向けの戦闘スタイル。楓のそれと本質的に近しい。
(あう……)
九十市 鉄宇(
ja3050)は胸中で唸った。
戦闘は初めてではないが、未だに戦うことになれない。敵が怖い、戦うことが怖い、傷つけることが怖い。怖いことだらけすぎて怖い。
強くなりたいとは思っていても、元が引っ込み思案でインドア気質。自分から行動もできず、今もトワイライトを使用して灯りとしているにもかかわらず、一番後方にいるのであまり意味がないという始末。
前に出ればいい、そうすれば役に立てるかもしれないと思うと同時、自分が前に出たら走る邪魔になるかもしれない、など考えて結局は最後尾についている。
殿に明かりがあるという時点で、後方からの奇襲に備えることができているのだが、その自覚は鉄字にない。
「……ぇ〜」
「待て! ――今、何か聞こえなかったか?」
ルビィが手を広げ、制止を告げる。
今夜の公園は静寂がない。戦闘音も声もしている。だが、確かに今気の抜ける誰かの声がしたような気がする。
そして、前方から敵の立てるカラカラという音が聞こえ始めていた。
「敵、か?」
雷蔵が口に出した時、またしても声がした。
「誰か〜たーすーけーてーぇえええ!?」
今度ははっきりと、助けを求める声だ。
顔を見合わせるまでもなく、走り出す。――と、姿が見えた。久遠ヶ原学園の制服を着た、青年。
●
「――現場に人が残ってる何て、説明では聞かされて無ぇが……」
怪訝に思うルビィだが、今は思考するのを止め敵に立ち向かうことを選んだようだ。愛刀の鬼切に手を掛け、アウルを溜めると共に振り抜く。
黒い衝撃波が直線に飛び、保津の背後にいたホネッキーを一気に滅ぼす。
「少年、待たせたのう!」
片手をあげて答えた楓。ホネッキーを背後に引き連れた青年はしかし、楓に答えず爆走。いや、レフニーの前で止まる。
「俺は保津! か弱いか弱い青年なんですぅ!さぁ助けてカモン美少女っ!」
保津はレフニーの行き先を遮るように両手を広げた。
先ほどまで、いや今も敵に追われているのだという状況をわかっているのだろうか。
「助けるのはいいですけど、敵が見えないし動けないですっ」
同年代の少女より背が高めのレフニーだが、それでも自分よりも年上で男性の保津よりは低い。更に、両手を広げられてはどうしようもない。どうしようもなく、激しく邪魔だ。
「俺たちの後ろで大人しくしてろ。騒がしくしたら殴るぞ」
雷蔵が保津の襟首を掴んでレフニーから引き剥がした。
雷蔵の睨みが効いたのか、保津は口に両手を当てて頭を激しく上下する。解った、と頷いているのだろうがやりすぎだ。
「おんし、なぜ戦わんのじゃ?」
ふと、疑問に楓が尋ねた。
撃退士であるのに、守ってほしいと女性に頼み込むその理由とは。
「俺ってばチョー弱いんで! それに余裕がなきゃ戦えんでしょ」
武器は持ってるよん、と機嫌よさそうに腰から下げた刀を触る。でも、取り出すつもりはないらしい。
「ふむ。依頼内容は桜を護る事にある。されど此の身は人間を護る為にある」
保津は激しくウザかった。しかし、大人な楓は「守ってしんぜよう」と言い酒敏を片手に体勢を低くすると、その強靱な脚力で空に飛び上がる。月を背景に敵の群れのど真ん中へ頭上から踏み込んだ。
裸足の足で、ホネッキーの頭蓋を踏み砕き、着地の姿勢から手を振りかぶって回転。敵集団を横殴りに薙ぎ倒すと、一体の頭蓋を掴み、地面に叩きつけた。
「つまらんのう。ほれ、さっさとかかってこんか」
「あれは敵、あれは骨……た、倒さなきゃ、僕だって」
小声で、自分を鼓舞しながら敵を見つめる。敵は骸骨、骨だ。カタカタ音は鳴るが、人ではない。命はとうにない。血を流さない。
(血は、怖い……)
「……ぁ、敵、が――」
封砲で振り抜いた姿勢のルビィの後ろに忍び寄る敵に気づき、鉄字が声を出した。
普段から失語気味だが、戦闘の緊張もあってさらに声が小さい。
しかし、ルビィが鉄字を振り返る。その時、武器が背後の敵に当たった。偶然である。
「何か言ったか?」
鉄字はそれ以上、何も言わなかった。
「ほら、俺はこっちだ!」
自分に取り付こうとして来るホネッキーたちを前に、雷蔵はわざと声をかけ、移動をする。突撃してくる敵を躱しながら、徐々に桜から離れていこうという作戦だ。
ヒリュウには索敵を指示して、どんどん敵を引き寄せる。
「よし、ここなら大丈夫だろう」
ずぼっ がっし!
雷蔵が足を止めた瞬間、その足元に違和感を感じ見下ろすと雷蔵の片足を掴む手。
固定され、動かせられない。状況は敵に囲い込まれている。これでは攻撃を避けることができない。
「っ!」
覚悟を決めた。――けれど、雷蔵を囲む敵は一斉に襲うことはしなかった。
骨の体をくねらせ、一体が両手を広げて雷蔵をめがけて飛び込んでくる。雷蔵は拳を頭蓋に放ち、敵は倒された。しかし、
「なんなんだ、お前らは!」
次々、雷蔵をめがけて飛び込んでくるホネッキー。彼女たちは男性に自分を受け止めてもらいたいだけである。抱きしめてほしいのだ。
なので、攻撃ではなく飛び掛かってくる。
雷蔵は先ほどとは違う覚悟(抱きつかれる覚悟)で、足元の敵を排除して自由になることを最優先に、拳を地面に打ち下ろした。
さて、雷蔵のところが満杯ではぐれてしまったホネッキー。その前にはレフニー。二人は鬼気迫る表情をしていた。(骨に表情がないとかツッコミは無しの方向で)
なぜこんな状況なのか。
保津をどうにか言いくるめて下がらせた(本人も戦う気があまりない)ので、再度戦場へと踏み入れたレフニーが見たのは男性陣に飛び掛かり、熱烈な抱擁のアタックを仕掛けようとしているホネッキー。
てっとり早く数を減らすため、アウルで作り出した槍を投げ、一直線上の敵を撃退していたレフニー。攻撃を始めると、それまで男性陣にばかり気を取られていたホネッキーのうち、数体がこちらに顔を向けてきた。
それを審判の鎖で絡め、麻痺させたり行動を阻害したり、引き寄せて地面にこすり付けたり、いろいろ攻撃をしていた。
そうしていつの間にか、今に至る。
(振り返ってもわからない!)
なぜだか、敵はレフニーを見て動きを止めた。その緊張感が伝わってきて、二人で膠着している。どちらが先に動くか。
「あなた――」
敵が(骨なのに)声を出した。
「私に匹敵するぐらい綺麗ね!」
問答無用で槍を投げました。
●灯る、光
この公園は国立公園だけあってかなりの広さだ。内部が上公園・中央公園・下公園と解れているにもかかわらず、一つ一つが大きい。それに夜だ。
電灯とアウルで作った光によって、各自周辺を照らしながら戦うしかない。
上公園では知夏とアスハが主にその役割を果たしていた。
敵の発生は広範囲に及ぶとはいえ、中央公園に集中しているらしい。先ほどから階段を上ってくる敵が多い。
「見えたっすよ! ソッチから出てきそうっす!」
「あ。そっちも、です!」
知夏が生命の輝きで、すみれが索敵で、それぞれ敵の発見を報告する。
砂場に埋っていたのを知夏によって暴かれたホネッキー。逃げ出そうとして、動けないらしい。静流は薙刀で砂を払いのけ、ジタバタしている敵へともう一閃させた。
「これは透過能力、ではないのか?」
砂に潜り込んでおいて、動けなくなるとはどういうことだろう。透過能力は自分に触れるものを選択する。つまり、砂が自分に触れるという許可を無くせばすぐに動ける、というのに。
「……まぁいいか。次の相手は?」
ホネッキー♀、男性陣しか相手にしない。むしろ男性しか目に入らない。女性陣はホネッキーを狙い放題だった。
一方、遊具に隠れていたのをすみれによって発見されたホネッキーは慌てて逃げようとし、古代の射撃に後ろへひっくり返った。その脳天へ、一撃が入る。
ライアーが遊具の天辺から見下ろしていた。
「仕方ない……もっかい送り届けてやろう、盛大にな!」
ライアーは遊具から飛び降り、来いよと不敵に笑んで見せた。その瞬間、どこに潜んでいたのやらホネッキーが一斉に飛び掛かる。
彼女らは隠れていたのではなく、遊具に登ってしまった意中の彼(ライアー)に、どうやってアタックしようと悩んでいただけだった。実は先ほど発見されたホネッキーもそうだった。
そうして、お誘いに乗って現れたホネッキーたち。ライアーはきっちり、真上にダークブロウを放ち、返事をしてあげたのであった。
一方で、階段付近で敵が中央公園から流れ込むのを、黎とアスハが阻んでいた。
「全く……射撃は苦手、なのだが、な」
アスハはトワイライトを誘蛾灯代わりに、当りを照らしながら向かってくるホネッキーをショットガンで打ち抜く。特に、「な」の部分では一番近かった敵に向かって踏み込み、零距離攻撃をする。
「生憎と……本職は近接戦、だ!」
空薬莢の跳ねる音が夜に響いた。その背に、ホネッキーが飛び掛かる。
「手間かけさせんじゃないわよ」
アスハの背に触れる前に、ホネッキーの頭蓋が銃弾で打ち抜かれた。
「すまない」
「Hey、大人しくしてな」
勝手に敵が集まるようだよ、と黎は笑みを浮かべた。
もちろん、アスハは事前の依頼で怪我をしているのでカバーする。だが、気遣いのし過ぎはする方もされる方もそう良いものではない。
この階段に集まるホネッキーの行動原理はアスハにあった。というか、男性がいるので寄ってくる。
「これも撒き餌、というのかな?」
確かに天魔にとって人間は餌だ。しかし、今回の敵に対してはそれ以上の意味を持つ餌らしい。
「餌にはなりたくないから……少し逃げてみる、か」
本調子ならば跳弾で攻撃を決めるが状況的にもよくない。跳弾で桜の木が傷ついては、元も子もない少しずつ階段から場所を逸れてみる。
(ひぃいいい!)
追いかけてくる。敵が、ホネッキーが追いかけてくる。それにポーカーフェイスで誤魔化しながら、すみれは走る。
(こっち来ないでーっ!)
先ほどまで、女性にまったく注意を払っていなかったホネッキーがなぜか、列をなしてすみれを追いかけている。カラカラと激しい足音が続いてくる。
(何か怒らせちゃったのっ?)
ホネッキーたちは怒りの様子で頭蓋をポンポン投げてくる。
その理由は言わずもがな、彼女らにひどいことをしたからである。もちろん、すみれに自覚はない。自覚はないが――普段から可愛い女の子を愛でることであるすみれ、呟いてしまった。
自らを綺麗、と称すホネッキーの前で、静流のことを美人、と称してしまったのだ。
夜桜を背景に薙刀を翻す静流の姿に、思わず。
そんなわけですみれと静流(トバッチリ)は敵に責め立てられている。知夏が好機とばかりに審判の鎖で捉える。そのホネッキーを無情にも、華音の斧が叩き壊す。
●
中央公園、桜の木が集中しているこの場では上公園よりもより慎重に確実に、戦闘が行われていた。
イリン・フーダット(
jb2959)と黒井 明斗(
jb0525)を中心に敵の発見に急ぎ、その二人をキャロライン・ベルナール(
jb3415)が護衛している。
「人肌が恋しいとはいえ……流石に数が多すぎるだろう……」
キャロラインはため息を吐きながら審判の鎖で敵を束縛。そこに、歌音が銃撃を浴びせる。
「おっと、そっちはいかせんぞ」
敵の移動速度が遅いのをいいことに、あまり速度も乗せないままフルカサイズを振るう。もちろん、敵はあっけなく倒れる。問題は桜だ。
花弁はそよ風で落ちるものだし、気を付けたい。依頼も桜を護る事だ。
(うむ。今ぐらいの風圧ならば大丈夫そうだ)
明らかに、ホネッキーたちはイリンと明斗にのみ攻撃を――抱きつきを仕掛けている。そう、オンリーだ。歌音はあまりに女の子がナチュラルすぎてホネッキーの抱きつきの対象にはならないらしい。
「そうはっきりとシカトされると頭にくる」
(絶対に抱きつかれたくはないけど)
後方で射撃に徹していた歌音はそういえば、と思い出す。
「死体が埋まっていると言われるのは一つはある小説の冒頭。一つは桜染めの生成には花びらでなく枝を使う事について」
もっとも、これはただ生み出しているだけだから雰囲気が足りないね。
そう零すと、飛んできた頭蓋を銃弾で迎撃、その行く先を逸らす。そしてすぐさま、敵の固まっている方に向けてアウルを溜めた一撃をお見舞いする。
「ひいぃ……がいこつがいっぱい」
と言って、早々に闇夜に紛れたエルレーン・バルハザード(
ja0889)。ホネッキーが男性にしか興味がないと知ると、遁甲の術から出てきた。
「うひゃぁああ、ばっらばらだ……」
もう動かないかな、とキャロラインと歌音が倒したホネッキーに近づいてみる。
白い骨が中央公園の至る所に散らばっている。いや、エルレーンが戦闘の邪魔にならないよう、敵の死体(骨だけど)を回収して一か所に集めている。
「やたらじょうぶなの……やっぱり牛乳とかよーぐるととか、かるしうむとらなきゃだめだよね」
傷一つない、白く輝く骨を見て呟いた。
よし、と気合を入れると女子への抗議(人の恋路を邪魔するものは頭蓋にぶつかるのよ)として投げられた頭蓋を直視――は怖いので。
「れしーぶ! あた――っく!!」
パス。というか、打ち返す。
冥魔認識で敵を探り当てながら火炎放射器で敵を一掃していたイリンの眼の前にどこからか頭蓋骨が飛んできた。この火炎放射器はアウルを炎のようにして見せているだけの、炎としての実を持たない撃退士仕様の火炎放射器だ。
場所を気にせず使用できる。故に、自分の周囲へ全体的に火炎を向けた。
「全方位から攻撃とは……個体同士でかなり綿密な意思疎通ができるようですね」
タイミングを計り飛び掛かってきたり(※アブアタックです)、罠を仕掛けてきたり(※足に抱きつかれました)するあたり知能が高いようだ、とイリンは評価する。
真面目な気質だからか、ホネッキーたちの求愛を完全に攻撃としてしか見ていない。いや、常識的な人物ならば骸骨から求愛されるなんてことは体験しなければ思いもつかないだろう。
「どうやら私は狙われやすいようですね」
攻撃しやすいと思われているのだろうか、とショットガンで向かってきた敵を始末しながら呟く。……男だから、とは気づいていないようだ。
桜を護る為に桜を背にしていたのだが、自分に敵が寄ってくるとわかって桜のない方へ移動する。
狙われやすい、というかほぼ敵が集中しているもう一方、明斗。
生命探知で敵を探していたのだが、自分たちから出現してくれる。足元など、変なところから出現されると困るので常に警戒し、生命探知を掛ける。
「っく!」
明斗は敵に対し、槍を振るって応戦するが何分敵の数が多い上に囲い込んでくるのだ。油断も隙ももともとないが、前の敵と戦っている間に背後から突撃されたりしては躱すので精いっぱい。
背後から襲ってきた敵を避ければ、ずしゃぁああああと敵が地面にスライディングした。
だが敵は天魔。アウルでしか攻撃を受け付けない。
ムクッと起き上がると、他の個体とともに両手を前にワキワキと奇妙な動きをしながら、にじり寄ってくる。
「しかたない」
一端、逃げを打つことにした。
明斗は槍を前方に振るって個体を倒すと共にホネッキーの壁を抜ける。
(この中央公園には桜が多すぎる。少しでもここから離れて戦わないと……)
歌音の方をチラッと見る。そして、その射撃の軸に合わせて動き出す。
●数多、星の下
「このくらいでビビるとか、ウケる」
男性陣に取り付きたいがため、死の淵から這い上がって来たホネッキー。嫌われても、粘り強い。
対するは篁。近づくホネッキーの関節を的確に、素早く狙う。股関節・骨盤・関節・足首と打ち砕かれて動けなくなったところで頭蓋を砕く。――ホネッキーは粘り強かったかが、徹底的な拒絶にホネッキーの精神はポッキリ、折られていた。
そうして、ホネッキービビるという状況になるわけである。
「ほら、抵抗しなよ」
さも興味なさそうに言う篁に対し、ホネッキーは逃げ出した。
「あ」
阻霊符によって今、この場で天魔は透過ができない。――カランカラン。
海の設置した鳴子にぶつかったホネッキー。生命探知で敵の出現場所特定に急いでいた海が顔を上げた時には賤間月 祥雲(
ja9403)が敵へと鎖を絡ませて引き倒していた。
「花見の…邪魔は…させないよ……」
笑顔で、楽しそうに骸骨を見やる祥雲。
(そういえば骸骨が好きだとこぼしていたな)
そっちは祥雲に任せればいい、と海は敵の発見のために移動を重ねる。
一度発見した敵はしばらくすると地面に再び潜り込んでしまうため、同じ場所を何度も時間を空けながら探知をしなければならない。
「龍崎先輩、まだ持ちそうですか?」
一緒に移動する九郎の問いに、心配いらないと返す。スキルの残り回数のことだ。
「星の輝きで敵は目を背ける……と思ったんだがな」
十字槍で近づいてきたホネッキーの個体を刺し倒しながら海が言った。
自ら星の輝きに照らされに行くという、ホネッキーの奇行に行動原理が理解できない。
「……回復スキルを使う必要はなさそうだな」
レイジングアタックを敵にし掛けつつ、どこからか飛んできた骸骨を九郎はキャッチした。そのまま握りつぶす。もう、慣れた仕草だ。
だが頭蓋を潰しただけでは敵は倒れることがない。一部を破壊するだけでは足りない。
痛みを感じないからか、行動不能にならなければ欠損を気にするそぶりもなく突撃してくる。だが、それは攻撃じゃない。抱きつき、なのだ。すり寄ってくる。羽交い絞めしてくる骸骨。
「一体何がしたいんだか……」
それは皆の心情だ。
「骸骨って……壊すと……いい音するから……好きだな……」
祥雲が呟いた時、ヴェス・ペーラ(
jb2743)が中央公園と繋がる階段へ着地した。
「空からの支援はこれ以上は無理そうです」
闇の翼で上空から索敵・鋭敏聴覚で敵の発見をしつつ、ガルムSPで攻撃支援もしていたのだが、開戦からずっとのことだったので翼の意地が厳しくなって降りてきたのだ。
力が足りず、と続けたヴェスはうなだれるかと思ったが火炎放射器を構えた。
「今度はこちらから支援させていただきますね」
「無理はいけないよ。この後には花見が控えているのだからね」
夕刻が振り返ってヴェスに言った。
「氷の夜想曲――凍てつきの中眠りなさい」
敵が男性陣に集まる、という性質を利用して一所に留まり、氷結空間を作り出すという範囲攻撃を行っていた夕刻。ホネッキーは頭が回るようで、そう何度も無防備に距離を詰めようとはしない。
だが、彼女たちは夕刻を執拗に狙い続ける。半円形に囲いつつ、様子見をしている。
攻撃をした隙をついて突撃してくるようならば、容赦なく攻撃が浴びせられる。――ソーニャ(
jb2649)の。
「今です!」
「うん。――夜の桜の咲き誇る中に舞うのも悪くはない」
夕刻の合図に合わせて、他を向いていたソーニャが長い髪をなびかせて振り返りながらワイヤーを放った。と、ほぼ間を開けずに投げられたチャクラムがホネッキーへとぶつけられ、吹き飛ばされたホネッキーが仲間ホネッキーを巻き込みながら横へと倒される。
「ん。今度は斧にしてみよう」
ホネッキーが突撃してきたのを、祥雲はひらりと半回転して躱しながら攻撃をする。
玉のお肌に傷が、と動揺するホネッキーたち。しかし、彼女たちの心はまだ折れない。
「しつこい……女は……嫌われる……」
ぼそり、祥雲が放った言葉に――身に覚えがありすぎる言葉にホネッキーの動きが一斉に止まる。そこを九郎が遠距離から銃弾の集中攻撃を浴びせかけた。
倒れ伏すホネッキーたちは目の前にいる祥雲へと、手を伸ばした。死に際の優しさを求めて。しかし、
「土に……還れ……」
ホネッキーたちに与えられたのは優しさでも愛情でもない――攻撃。
●
「保津さん、友達いないの?」
保津にソーニャが尋ねた。率直すぎる言葉に胸を抑えて地面へと倒れ込む保津。
「ボクもいないんだけどね。まぁ、そのうち誰か」
と言葉を途切れさせるとさっさと話題を変える。
「天魔の飲酒ってどうなっているんだろうね。自分の都市は知らないけど、20はとうに超えてると思うよ」
そう、手を杯へと伸ばす。
今、夜の公園にて夜桜を見ながらの酒宴が開かれていた。参加者は大人組、そして酌に付き合わされる数人の未成年。
「ふむ、正確な歳がわからんのならばこちらだな」
ソーニャへと渡されたのは楓の用意した甘酒。その様子を微笑み見守っていた夕刻の杯へ明斗が注ぎ入れる。
「どうぞ」
「ありがとう」
「カッカッカッ!照れるでない照れるでない。人間時には素直になるのも大事じゃぞ?」
「だから、違うと言っているだろう……!」
楓に絡まれる、キャロライン。強情に否定しているが、彼女が戦闘後に公園に居残り、桜の心配をしていたのは事実だ。明斗も同じく、公園の現状に穴だけでも塞げないか、根が傷ついていないかと公園内に留まっていた。
夕刻がニスとボンドでの修繕の方法を教えれば黙々と作業をしていた。だから、今この場にいる者たちは皆彼女の行動を知っている。
他の者たちは明日の花見のために早めに帰っている。
ちなみに、今宵参加の大人組の中には明日の花見に参加できないものもいるが、楓や夕刻は明日も引き続いての参加だ。
「夜桜……か、儚いものだな」
静流が呟く。その視線の先にはハラハラと、花弁を落とす桜。風があっても、風がなくとも変わらず落ち続ける。その横で、古代も静かに酒を口に含む。
「向こうは随分騒がしいな?」
保津たちのいる方向を見ながら、黎は呟いた。
「戦いの後だ。羽目を外しているんだろう」
準備しておいた軽食と飲料を取り出しながら、アスハが言った。
「カンパイ、といこうか」
「桜と、生還に、かな?」
黎が苦笑して、乾杯とグラスを掲げた。
●
「ということで花見開幕っすよ〜!」
知夏が音頭を取り、飲み物を掲げて立った。
「カンパーイ!」
「乾杯」
豪奢な振袖姿でいう、歌音。
「それで、俺はなんで呼ばれたん――っ」
依頼主、佐原。ルビィがその首元を掴んだ。
その視線の先には完全に潰れて爆睡をしている保津。かなり冷たい視線だ。佐原は依頼を出した以上、その報告を聞くまではと徹夜であるにもかかわらず保津は気持ちいいぐらい豪快な寝ぶり。
「……何故、黙ってた?」
人命が懸ってんだ、とすごむルビィ。依頼内容に保津の保護を入れなかったためであろう。しかし、
「うっかりじゃ済まさねぇぞ」
「故意です。というかあいつは撃退士であって敵を殲滅するならまだしも敵前逃亡でしょ」
撃退士なんだから戦って当然、救出されるのを待つなど間違っている。
佐原とルビィが睨みあう、その光景をエルレーンが見ていた。
「むふふ。もっと、そう、そこで行け! 押し倒せっ」
お団子を口に含みながら、鼻息荒い様子で佐原(♂)とルビィ(♂)を見る彼女は婦女子である。健全なる、花の17歳婦女子である。
「……なんか、今寒気が」
「奇遇だな。俺もだ……」
まぁ、いい。あのウザさはわかった、とルビィが佐原の襟元から手を放す。今の最優先事項は寒気をどうにかすることだ。そう、渋々ながらでも納得するべき。今は退くべきだ。
「お花み、はじめて。きれいだね」
その隣で、華音がスケッチブックを広げ桜を描いていた。その傍ら、レフニーの用意してきた十段重ねのお重を摘む。
「どうぞどうぞ! いっぱいありますからみんな食べてくださいっ」
レフニーの作ったお重箱は色鮮やかで具沢山。とても食欲をそそる。
「これはですね、包丁一閃で刻んだものでして……」
きれいに短冊切りされたおかずを指さして説明する彼女に、周囲は若干の躊躇いを覚えていた。スキルの活用の仕方が違う、天才的な料理の才能だ。
「い、いい。後で食べるから」
篁がまず、回避を選んだ。手元にあるゲームに集中するふりをして他の様子を伺う。
「では、後で。石動さんはどうですか?」
「いや……俺はその、車の件もあるからな」
押し出された重箱を他の人へやってくれ、と交す雷蔵。
「そうですか? 遠慮はいらないんですよ」
と言いながらレフニーは次なるターゲット、楓へとお重を見せた。
「おお、すまぬ」
ためらいなく、口に運ぶ楓。やはり、年長者は違う。
「うまいっ」
その一言に、ライアーが食事へと手を伸ばす。
皆が食べ始めたのを見て、すみれはようやく一息ついた。
「また新しい思い出が一つ、増えましたね」
昨日の夜桜も、本日の花見も共に――夕刻の思い出として胸に刻まれた。