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天魔襲撃を聞き、撃退士たちは転送ゲートから近郊の街へと降り立ち、一も二もなく駆ける。
「安住さんへの連絡はできたっすか?」
「意志疎通でバッチリやで! 住民は興奮しとるて。敵は三角形で進んどる」
大谷 知夏(
ja0041)に雅楽川 碧(
jb3049)が返す。
「そろそろ見えるはずだ」
翡翠 龍斗(
ja7594)が言う。それを合図に、皆は何人かの塊をつくった。
「後方支援班、行くよっ」
鴉乃宮 歌音(
ja0427)が言いながら、走る方向をずらした。
「はぁ、めんどくさ」
などと漏らす綿貫 由太郎(
ja3564)。ため息を吐きながら降参ポーズをとる由太郎。走りながらもパフォーマンスを忘れない精神は余裕感が満載だ。
その後ろを黙々と御守 陸(
ja6074)が走り続いた。先ほどまでは明るかったが、今は感情を失ったように固い表情を晒している。
「ほな、後で!」
碧が手を振り、後方支援班は消えた。
龍斗は硬い表情でそれを見送った。後方支援班だが、移動場所が違うので後には続かなかったのだ。
(肝心な時に動けないなんてな)
先日の依頼で怪我を負った龍斗はこの依頼で前衛として戦うことができない。阿修羅というジョブは前衛でこそ、その威力を発揮する。だというのに――
「安全第一よ」
ハッとして龍斗はシャノン・クロフォード(
jb1000)に目を向けた。
「そうっす、お大事にして下さいっす」
知夏が同意する。
「自分の行動に責任を持つのって、後悔しないことじゃない?」
雪室 チルル(
ja0220)。後悔――それは龍斗の今の気持ちを表すのにピッタリしていた。
「先輩は、誰かを庇ったこと……後悔しているんですか?」
黒井 明斗(
jb0525)の言葉に、けれど考えることもなく龍斗は首を振った。
もう一度あの場面をやり直すことができたとしても同じことをするだろう。
「高台に着いたら連絡する」
今回の依頼で、早々に戦線から外された――外れたけれど、龍斗には役目がある。全体指示、誇りを以って行おう。
「あ、待って待って! これ」
離れようとした龍斗にジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)から声がかかる。その手に持つのは拡声器だ。
「もしパニックになるようだったら使って☆」
避難した住民が興奮状態だと、碧も言っていた。龍斗はありがたく受け取って、今度こそ離れた。
龍斗が離れ、残るは側面攻撃班と前衛班だ。前衛班はこのまま進む。側面攻撃班はそろそろ皆がバラバラになる。
「オルストさんたちを助けたら、攻撃を開始します」
明斗が言うと、月影 夕姫(
jb1569)は頷いた。
「無理はしないでね。こっちも時間がかかるだろうから」
敵は三角形の陣営を組んでいる。つまり一点突破型。それを破るには前を止め、陣営が崩れたところで囲む。――側面攻撃班は広範囲に敵を囲むため、移動に時間がかかるのだ。
「さぁ、スピード上げていこうか!」
来崎 麻夜(
jb0905)の言葉を皮切りに、側面攻撃班である夕姫・麻夜・ジェラルド・知夏の四人が各々入り組んだ道へと姿を消す。
残ったチルル・明斗・シャノンの三人は道を抜ける。
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圧し掛かるような棘攻撃に対し、盾で攻撃を受ける撃退士をみて、明斗は飛び出した。
「コメット!」
球体を横殴りに、コメットを打ち込む。
「っは――きみ、たち……」
「今のうちに下がってください!」
早く、と急かす明斗。シャノンは膝をつく撃退士へ寄った。
(満身創痍の状態でこの数を相手にするなんて、まったくもって馬鹿ですね)
「もう一人はどうしたのですか? 前線に二人、高台に二人いると伺っていたのですが」
「インフィルなのに前に出るから、傷を受けて……少し前に高台に避難しろって下がらせた」
オルストの解答に、シャノンは眉を寄せた。
(まだ街中かもしれませんね……)
「あなたは先に高台へ」
その言葉に抵抗をしようとしたオルストだったが、
「トゲトゲのウニはあたしが相手よ! あんたは高台で住民を抑えるのに手を貸しなさいっ」
任せなさい、とチルルは胸を張る。
「――わかった。先、上がらせてもらう」
道はわかる、といってフラつきながらも下がるオルスト。漸く、シャノンも敵と正面対峙する。
数多のビルが倒壊した中、夕姫は被害を受けていない建物の屋上にいた。
『月影さん、撃退士が二名、高台へと向かっているようです。一名は軽い負傷、一名は――』
「重度の怪我、かしら? 見つけたわよ」
武器を持った怪我人のいる場所を電話口に告げる。
『わかりました。そっちは近くにいる雅楽川と、応急手当の使える御守を行かせます』
それから、いくつか指示を受けビルを後にする。長居しては敵の攻撃の余波を受ける可能性が高い。
「数に巨体に回転、さらに棘と厄介極まりないわね。でも、」
虹のリングをはめた腕を前に突き出す。アウルを集約させた塊が五つ、浮遊する。
「連続して一点に打ち込めば――!」
敵の棘、その根元へと一点集中して高速で射出される。
斜め下からの攻撃に、半回転しながら後退――仲間の棘にぶつかり止まった。仲間もそれによって半回転し、他の仲間へとぶつかる。何度か連鎖した後、勢いを以って戻ってくる。
「随分、堅いのね」
(仲間同士、棘で潰し合えばいいと思っていたけれど……)
防御力が高い故、傷付き合いをせず弾き合う。けれど、どんなものにも必ず弱点がある。
夕姫の視線は罅の入った棘へと向けられていた。
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「……まじかよ」
由太郎は龍斗からの連絡にため息をついた。
戦線開始に後方支援が二人抜けるという状況。人的被害、避難が最優先なのだから仕方のないことだが、「おっさん」を自称する由太郎にとっては厄介事である。
「ま、ギャラリーもいるし頑張って損はないかね?」
高台の傍にいるせいか、そこから響く怒声や歓声が耳に届く。パワフルだ。天魔への怨嗟の声がひどい。
「しかしまあ、天魔って物理に強い敵多すぎだよなあ、インフィいじめかこれ、バランスおかしいと思いません?」
インフィルトレイターは射撃ポイントから敵を狙うので、当然由太郎の周囲に人などおらず、声は帰ってこない。その見据える先はサーバントだ。
「あーあ、ヤダね話の通じない奴は」
牽制を意に介すような敵でもなく、話せるわけでもなく。面白みのない敵へと梓弓を向けると、それまでの軽い雰囲気が消え、空気が張りつめる。
シュッ!
弓が放たれた。
「あれやな」
碧が陸へ声を掛ける。戦闘時なのでいつもより冷淡となっている陸はただ頷くだけだが、その言葉が示しているものはわかった。
瓦礫に背を預ける人。横には銃が立てかけられている。
「あんさん、青菜夢二はん?」
碧が声を掛けると、相手は反射的に距離を取ろうとしたが傷口が痛むのか、膝をついた。それを碧が支える。
「動かんといて。陸はんが手当するん、待ち」
「応急手当だけですが」
夢二の前に屈み、陸は掌からアウルが放出する。
「ありがとう。敵は?」
「まだ追いつかれへんから、安心し」
銃を支えに立ち上がる夢二に、碧と陸が挟み歩く。碧のストレイシオンが先行し、前方の警戒を行っている。
「そうだ、オルストは?」
「コンタクト取り済みや。そっちも怪我直した後、高台に向かうはず」
現状はあちこちから戦闘の爆音が響いている。コンクリートはひび割れ、建物は倒壊している。だが「心配性やね」と笑いかけた碧に夢二が笑む。
(笑える元気残っとるんやったら、体も心も心配いらんな)
ガラ――ッ
「危ないっ!」
瓦礫の一部が、頭上から滑り落ちてきたのを、僅かな音で察した陸が二人を突き飛ばす。
いつでも冷静なはずの、戦場では感情を殺したはずの陸に感情が一瞬、戻る。
「陸はん!」
「大丈夫!?」
「僕は……大丈夫。急所を外しましたから」
まともにぶつかれば脳震盪を起こしていたかもしれないが、体を捻ってダメージを減少させた。安心して息を吐く碧と夢二。行きましょう、と陸が言い、三人は歩き出した。
距離を取って魔法攻撃をしていたシャノンだが、それも敵の行進により詰められていた。
武器を裁きのロザリオから木花咲耶に持ち替え、物理攻撃に切り替える。
(敵が止まらないというのならば、必ず受け止めきってみせましょう)
敵は行進を止め、その場で高速回転を始める。
(突撃する準備――いえ、来るっ!)
「―――っ!」
敵の突撃に対し、シャノンは防御をした。
がくん、と足元のコンクリートが壊れた感覚がした。無理やり後退させられる。――ずざざざざ、と音を立ててコンクリートを壊しながら、それでもシャノンはその圧力を堪える。
腕を突き出していることが辛く、武器を持つ指に力が入らなくなる。前傾姿勢で、両手を前に突出し、足元はコンクリートを激しく削る。それでも、
(止まった……!)
敵の回転は徐々に緩やかになり、止まった。
「シャノンさん!」
槍で敵と交戦していた明斗がシャノンの様子に気づいたようだ。だが返す余裕はない。敵は止まったが倒したわけではない。
(攻撃を、しなければ……)
足元がふらつく。急激に軽くなった圧力に体の感覚がついていかない。
敵が再び、動き出すのが見えた。
「シールド!」
突如、シャノンの眼の前に壁ができた。
「こいつは知夏に任せるっす!」
「シャノンさん、怪我を――」
先ほどは気づかなかったが突撃で棘が掠ったのだろう、大小さまざまなかすり傷ができている。足元をふら付いたのは血を流し過ぎたらしい。
明斗とともに敵の攻撃範囲から逸れて、治療を受ける。
「さて! 巨大ウニ、食べられないのが残念っすけど、ぼちぼちウニ狩り始めるっすよ!」
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「うん、そろそろいい時間だ」
歌音は呟くと、ライトブレッドを的から外し、龍斗に連絡を付ける。
『わかったのか?』
「敵はウニと同じように、あの球体の周りを眼として使っているようだね」
ウニは本体を覆う殻がすべて眼の役割を果たす。全身の棘で反射などを確認しているのだ。そして、このサーバントも基本構造はそれによく似ているらしい。
同じ形をしていても、サーバントは既成生物を真似ることはあれどもすべてを復元しているわけではないから、既成生物の弱点が類型サーバントの弱点になるかはその時々だ。
実際に、ウニならば下方にあるはずの口に当たる部分はこのサーバントには見受けられない。
「あと、攻撃に対する反射は早いけれど、防御力はそこそこ。二度三度と根本に当てればどうにかなりそう」
『……潰し合いは効果があるということか』
「そう。残念ながら、弱点と言えるような箇所自体はないようだけど」
(それでも、弱点を作ることはできる)
歌音は先ほど、腐食効果のあるスキル「科学者」を使った時を思い出した。装甲の劣化は覿面し、同箇所に攻撃を浴びせれば一撃で棘は落ちた。
そして、棘が変に落ちてしまった個体はバランスが取れず、回転どころか移動もできないようで身動きしようとずっともがいていた。
『――よし、敵を一か所に集める。そこを』
「私の科学者が腐食させ、そこを集中攻撃で一気に畳みかける?」
そうか、と携帯を切る。そうして構えたのは――火炎放射器。
「これで、押し返させてもらう」
敵同士の距離を詰め、棘同士で動けなくする。そのために、歌音は敵の前に躍り出た。
「……本格的にビリヤードっぽくなってきたよね☆」
龍斗からの連絡で敵同士をぶつけ合うこと、その棘をすべて削ぎ落してしまうことを知って、ジェラルドは思い浮かべた。
ポケットはない。けれど、
(大方、ボクらは全方位からブレイクショットを放つというところかな?)
敵の突撃が真っ直ぐ、しかも何かにぶつかれば止まることをこの短時間で知り得ているジェラルドは敵の突撃進路上に立たないよう、常に位置を変えて攻撃と移動を繰り返していた。
「ふふ……勢いは付けさせないよ……」
突撃の準備を始めたサーバントに、一瞬で距離を詰め、アウルを纏った爪で攻撃する。長さの違う五爪が棘に傷跡を作る。ジェラルドはその勢いのまま距離を取る。
(受け手に回るのはスキじゃないから、ね)
「さて、数は多いけど……一気に行かなきゃねぇ……?」
地面の砂を爪で引っかきながら、麻夜は着地する。その頭にはアウルで作り出した犬耳と尻尾が見える。
「ああもう。あの棘、邪魔だなぁ!」
ダンッ、と手を地面に叩きつけるようにして不満を吐きだすと、宙に浮いていた黒い羽根が敵に向かい、棘を縫うようにして球体本体に傷をつける。
その間に敵の視界から隠れ、影から接近――大鎌で棘を切りつける。
と、そこで携帯の振動に気づき敵と距離を取る。龍斗からの連絡だった。
「――ふぅん、じゃ観客にサービスしなきゃ、ね」
楽しげに微笑む麻夜。その主意では黒い羽根が空気を凍てつかせ始める。
「いつもより華麗に咲き誇れ!」
多彩な、七色の炎が花開く。
「みんなもずいぶん派手にやってるようね」
ほぼ一斉に、そこかしこから上がる戦闘音が激化した。足止め班として敵の前方にいたチルルには敵がグラグラと揺れ動いている様子が一番わかる。
真後ろに高台がある。敵に一直線に向かってきており、ここが要だ。
「あたいも波に乗らせてもらうわ!」
巨大な氷塊で敵を殴り返す、吹き飛ばすカウンター戦法から一気に範囲攻撃――殲滅へと切り替える。
「氷砲(ブリザードキャノン)!」
手にした武器の先端に溜めた白銀のアウルが放出される。
「さぁて、怪我人はこっちに集まって!」
「お姉さんたちが治療してあげるっすよー!」
チルルと知夏の呼び声に、高台に集まった人たちの中からチラホラと動き始める。
「って、あなたは怪我人じゃないだろ」
歌音が救急箱で追い払う。
その光景の横で、由太郎は瓦礫を持ちながら休憩していた。
「いや、確かにさ。ほっとくのはどうかと思うけど、俺はおっさん。きみたちは若者」
そこらへん解ってる?
そう愚痴を言う由太郎に、シャノンから容赦ない言葉が飛ぶ。
「自分から手伝うと言った人が何を言ってるんですか。あ、それはあっちに置いて下さいね」
「なんや、うちの口調がおもしろいん? 故郷の言葉なんやけど……」
住民とともに会話する、碧とジェラルド。龍斗と陸は酒を飲んでいたらしき住人に絡まれている。麻夜は「あー疲れた」と零し、お昼寝に行ってしまった。
「的確な処理のおかげで、敵の殲滅だけに集中出来ました」
「いえいえ、こちらこそ……」
明斗と先に来ていた撃退士はその後、話に花が咲いてしまったようだ。
「ここの復旧は……相当かかりそうね」
そんな様子を見ながら、夕姫はため息を吐いた。