●宵の口
コツ、コツ、コツン。
トンネル内に足音が響く。暗闇で、小さな明かりが複数、仄かに人影を揺らす。
撃退士十五名――依頼物回収の任により、山間部の廃村へと向かっていた。
「過疎化で廃村か……」
宇高 大智(
ja4262)は呟いた。
「天魔事件が起きたわけでもないのに故郷を捨てなきゃならないなんて……寂しいな」
天魔事件により故郷を失う、それは撃退士にはよくある過去の話だ。人も土地も思い出も、すべてを天魔が奪ってゆく。
梶夜 零紀(
ja0728)もその被害者の一人だ。だから、天魔は憎い。
「――もう何十年と閉鎖されている地域だ。果たして内部がどうなっているか……おじいさんたちの話もその時代の話のことだしな」
あまり信用しない方がいいかもしれない、と漏らす。
「廃村の治療院……季節外れの肝試しだね♪」
明るく言ったのは一色 万里(
ja0052)。非常に楽し気な彼女の隣で、ホラーの苦手なエナ(
ja3058)は短く悲鳴を上げた。
「素早く探しだし、素早く持ち帰りましょう」
涙目のエナに励ましの言葉を掛ける卯月 千歌(
ja8479)。
「思い出の、品……大事な、物だね」
ダッシュ・アナザー(
jb3147)は数十年間もの間、忘れられていたという事実は置き去りに回収物――トロフィーを大事なもの、と言う。確かに、老夫婦にとっては重要なものなのかもしれない、たぶん。若干不安になってくるアナザーだが、睦月 芽楼(
jb3773)は本心から同意する。
「大事なものですから、早く持って帰ってあげたいのです」
そんな風に言う二人に、来崎 麻夜(
jb0905)は崩れたトンネルを何とかしてまでも欲しいトロフィーとはいったいどんなものなのか、と思わなくもない。
(まぁ……人によって大事なものは違うからねぇ)
でも、と麻夜が懸念する。
「入り口が一つしかないっていうのは危険だよねぇ」
廃村の出入り口はトンネルのみ。そしてそのトンネルは落雷により過去に崩れたのだ。
はぐれ悪魔であるヴェス・ペーラ(
jb2743)と、芽楼が名乗りを上げて瓦礫の奥の通路に透過で入り込むと、石動 雷蔵(
jb1198)へと意思疎通で内部の情報を伝え、外側から撤去を開始したのだ。
現在は瓦礫を撤去してトンネル内を村に向かって移動中であるが、山の重みや頑丈さが信用ならない。
「村に入るまではまだまだ長い、か」
黄昏ひりょ(
jb3452)は呟いた。依頼が入ったのは昼、その後移動をして、撤去作業が終わったころにはすでに周囲は薄暗かった。トンネルから出たならばそこはもう、
「……夜になる、の」
柏木 優雨(
ja2101)が漏らす。
正直、探索系の依頼で時刻が夜になるというのは難易度が跳ねあがる。見つけにくい、ということもあるし、状況の変化によって依頼内容そのものが変化してしまうこともあるからだ。
今回の場合は、単なる探索とはいえ、廃村と言う場所故にトンネルが崩れているという状況や、物や地面が崩壊している場合も考えなくてはいけなくなってくる。
(あ……。眠く、なってくる……の……)
いろいろと考えていたら、眠気が襲ってきて優雨の頭は揺れ始める。カクン、カクン、と前後する様子を心配げに、そっと肩を支えたのは友人であるアレクシア・エンフィールド(
ja3291)。
「まぁ、しかたもないしちゃっっちゃと足を進めるしかないよね」
面倒事でもちゃちゃっと片付けちゃえば何にも問題ない、と大きく構える瑞姫 イェーガー(
jb1529)。夜でも陽気で明るい、それが瑞姫のいいところだ。
「そうじゃな。ここは――妙な気配がするのじゃ」
胸騒ぎがする、と美具 フランカー 29世(
jb3882)は表情をこわばらせた。
「トンネルを抜けたら各自休憩としないか? 村は閉鎖されて久しいし、偵察を兼ねてヒリュウを飛ばそうと思う」
「いい考えだと思います」
雷蔵の言葉にペーラも頷く。先ほどトンネル内部を確認した時、距離があって意思疎通が繋がりにくいという現象が起きた。このスキルの範囲は二十五メートルと長い部類だが、山をぶち抜いて作られたトンネルに比べれば、僅かな距離だ。休憩を挟み、体力を回復しておくのは得策だろう。
しかし、悠長に構えている暇はなかった。
クェエエエエエ―――――!
「……!」
突然、トンネル内に響き渡った鳴き声。鳴動する、トンネル内。
揺れる―――。
「走れ!」
誰が言ったのか、皆が一様に走り出す。たった一つの、出口を求めて。
●迷い道
「あれ……?」
麻夜は走っていた足を止めた。すると、前を走っていたアナザーも引き返してくる。
「みんな、いない」
麻夜の言葉にアナザーも周囲を見回す。トンネルは遠く後方にあり、前にも横にも誰一人といない。
「……はぐれ、た……?」
村はしんと静まり返って夜が深い。人の気配は近くにない。
「ん……とりあえず治療院……向かう……」
方針として、それが正しいだろうとアナザーは言った。だが、麻夜にしてみれば困惑する。
「そうだねぇ……。でもそれってどっち?」
景色からするに、廃村の中に入ったのは確実だ。しかし、田舎とあって一つ一つの土地が広い。古い家が遠くにぽつぽつ、残っている。
目的の治療院までは一直線、けれど現在地がわからない。
「う……ん……?」
その頃、少し離れた場所に美具とひりょは立ち止まっていた。
皆がばらけてしまった、あるいは自分たちだけが迷子状態であることを二人は認識していた。
(そもそも、じゃ)
「ただの依頼物回収にこの人数、ちと多すぎると思わんか?」
回収依頼系は簡易なものが多いため、戦闘が予期されなければ四人から六人単位。しかし、集められた撃退士は十五人。崩れたトンネルの撤去に労働力が必要とはいえ、こちらは撃退士。明らかにオーバーワーク。
「ああ、そういえば……。少人数の方が動きやすいからこの人数の依頼ってそう多くあるものじゃないですね」
「かなりの不審じゃな」
バッサリ、美具は断定する。依頼を受けた時にはさほど気にならなかったとはいえ、ここに来るに当たり不信は増大した。
「……ちょっとまずいような気がしてきました。みんなとバラバラになったのも、何かそういった作用でしょうか」
うむ、と美具は唸り黙り込む。
(何とも言えない不気味さじゃのう。ここは美具がしっかりしなければ……)
先ほどの鳴き声のような、何かの姿は見えない。しかし、いることは確実だ。何かあれば撃退士になって日の浅いひりょを自分が年上として、戦闘の経験者としてフォローしなければ、と考え始める。美具。
「あ、ありましたよ!」
けれど、そんな美具の思惑とは裏腹に、ひりょは治療院を見つける。
「うむ、では行こうか」
治療院へと入ってゆく二人。――けれど、美具の危惧は当っていた。
雷蔵は壁に沿わした掌に冷たい感触が押し返ってくるのを確認する。偵察に向けたヒリュウから追加される視覚情報と自らの目前を混同させないよう、注意深く夜を歩むのだ。
重なる三つの呼吸音は雷蔵、優雨、千歌のもの。そして、闇の中。
(視線を感じる)
ジッと、何をするでもなく見つめてくる。
雷蔵たちが移動しているのと同じに、常に同じ距離と角度で付きまとっている。雷蔵たちは三人、けれど闇の中の何かも一緒に行動しているようだ。振り返ればいるようで、そこにあるのはただ闇ばかり。
(……気にし過ぎだ)
そんなものは気のせいに過ぎない。
――フッと吐息のようなものをすぐ近くに感じて雷蔵は立ち止まる。
足音が無くなった。二人も止まったのだろう、あたりに静寂が満ちる。もし振り返ってもそこには何もいない、そう確認したい。いや、優雨や千歌の二人までもがいなかったならば……。
確認せずにはいられなくなり、雷蔵は振り返った。
「――いない、な……」
固唾を呑んでいたらしき二人が、息の塊を吐き出した。
「何も、いなかったんですよね……?」
千歌が問いかけてくる。雷蔵は前に向き直った。いつの間にか、ヒリュウとのコンタクトを忘れてしまっていたようだ。
「……今は、いないな」
立ち止まった雷蔵に、千歌は足を止める。濃度ある闇が村にのしかかっている。
闇に蠢く者の正体を明かすには、ペンライトでは足りない。――トンネル内部でも感じとっていた。その異様さは突如として千歌の中に不安感を膨らませた。
緊張の一瞬だった。
振り返って千歌の背後に目を凝らす、雷蔵。そして呟かれる、何もいないという否定。
知らず詰めていた息を吐きだし、千歌たちは再び歩き始めた。目指すは治療院だ。他の皆もそこに向かっているだろう。……一度だけ、闇を振り返った。
変わらず停滞する夜の空気。千歌は遅れを取り戻すように小走りで雷蔵に駆け寄った。
(なん、で……気づかない……)
優雨は追い立てられるような気持ちで足を進めていた。
雷蔵は何かに気づいたように足を止め、千歌も背後を気にするよう振り返った。しかし気のせい、と二人は片づけた。――だが、今この瞬間をも、ソレは見ている。
闇のなかで何かが、紛れながらも見下ろしている。色のない視線が降り注いでいる。
(サーバントの……気配……?)
匂い立つ闇に紛れる、見知ったもの。恐らくトンネルの襲撃犯。この闇の向こうに存在する。村のどこかにいる、けれどどこかわからない希薄な、それ。
(もしかして……ユウレイ……?)
天使や悪魔が実在するとしれるようになった世界で、幽霊というオカルトは未だ解明されていない――。
(今は、依頼だけに集中しよう)
気になるのは友人の無事。早く、合流したい。
懐に仕舞い込んだ雷帝零符を空に向けて放てば、闇の中でも目印になるだろう。しかし、それは治療院についてからの話だ。戦闘用にも何枚か取り置く必要がある。
「進もう」
ヒリュウの視界によって指示された、治療院への道すがら。優雨は手をぎゅっと握りしめた。
(シア……無事でいて……)
誰かに呼ばれたような気がしてアレクシアは振り返った。
だが広がるのは闇ばかり。誰もいるはずがなかった。
「どうかいたしましたか?」
一緒に行動をしている芽楼に呼ばれて前をアレクシアは向き直る。
「いえ、なんでも……。それよりも、敵はどうですか?」
そう、二人は敵を発見していた。
先ほど襲撃してきた敵は正体を現さなかったため、確証があるわけではないが二人の隠れている場所から見える所に、鳥型サーバントがいる。
「まだ……気づいていないようなのです」
観察するに、敵の全長は三メートルを少し超すぐらいで、横幅もそう大きいものではない。だがその背にある翼は太く堅そうな骨で構成されている。
その翼に飛行能力があるのかどうかは不明だが、敵サーバント自身は何らかの滞空能力があるらしい。地上より数メートル、村の中のどの建物よりも高い場所にサーバントはいる。
「あの膜……何かありそうですね」
先ほどまで翼はただの骨の塊だった。しかし、二人の前で突如、骨の間に薄い膜が出来上がった。そのサーバントが見下ろす先は村。
細かいところまで見るにはもう少し近づかなければならないだろう。だが、これ以上は気づかれる。
(どうしたら――)
迂回し、戦闘を回避するか。それとも、今ここで奇襲をかけるか。
●収束するもの
まだ、20時にもなっていない時間。あたりは完全に闇に覆われてしまっている。
そんな中、大智とペーラは歩いていた。
皆と連絡を取ろうにも、携帯も無線も繋がらない。基地局がないというのは初めから考え付いていたことだが、無線が使えないのはなぜか。単なる偶然か、磁場の狂いか。
そんなことを考えていた大智を背後から、包み込む生暖かい空気があった。
むせ返るような、生々しい匂い。淀んだそれが風と共に背後から撫でるように抜けていった。
硬直。急に知覚させられた背後のソレ。
呼吸音が大きく聞こえる、痛い位の静寂。――その不気味さに、一瞬で背筋を寒気が駆け上がって行った。
すぐ後ろにはペーラがいるはずだが、振り返って確認することも声を発することもできない。この異様な気配に、大智は身動ぎもできないでいる。
ぬっ――と手が、伸ばされる。
見ようとも思わないまま、大智は振り返っていた。
――ぷすっ!
背後からそっと忍び寄った手は振り返った大智の頬を突き刺した。そのことに、眼を見開き、けれど平常心を取り戻した。
「……おお、二人とも。よかった、合流で来て」
騒ぎ立てずにそのまま会話を始める大智。
「なぁんだ、もっと驚くかと思ったのに」
「先輩、もっとリアクション!」
ペーラを羽交い絞めしていた手を退ける、瑞姫。解放されたペーラが盛大に息を吐く。そして、大智の頬を吐いた指の主、万里がいる。スキルを使用し潜んだのだろう。
「いやぁ、まぁ驚きはしたが……こんな状況だしな、アリかもとは思っていた」
「本物? ないない、ただの廃村でしょ。ここ」
手を振ってありえない、と表現する瑞姫。軽く笑って流せるのに軽く感心する。
「それで、どうしよっか。治療院行く?」
「そうですね。四人だけでも集まれましたし、みなさん目的地は同じですものね」
ペーラが言うのに大智も頷いた。
「よし行こう」
そして、二人は向かう。
エナは恐怖にとらわれていた。歯の根が合わず、ガチガチと音を立てる。
治療院内、零紀とともに歩く。
撃退士となって、数々の経験を積んだ。夜に任務をこなしたこともないわけではない。――ならばなぜ、自分はこんなにも恐怖しているのだろう。
目の前を歩く零紀の服の端を握る。そうすると厄介そうに眉がしかめられるのだけれど、振り払われたりはしなかった。たったそれだけだが、今はそれがありがたい。
――たった一歩の距離が、空間が怖い。
今離れてしまえばその間には闇が入り込む。そして二度と埋められない。そんな予感がする。夜が暗い、暗すぎるのがいけない。ぎっしりと闇がすべての場所に入り込んでいる。
隙を見せてはいけない。その間に闇に囚われる。――前を歩く存在が頼りになる。
迷いなく、歩く導となる。だから離してはいけない。だが、限界だった。
ピィイ――――――――――!!
甲高い、音が夜に響き渡った。
「ひぃいいい!!!」
突然の出来事にエナは悲鳴を上げてしゃがみこんだ。
トンネルを走った時も現在も、エナは零紀の服の裾を握っていたのだ。――となると、エナがしゃがむのに合わせて零紀も背が逸れるわけで、
「おい」
「怖い怖い怖い……怖いです……っ!」
頭を抱えてしゃがみこむエナは零紀の言葉が聞こえていないようだった。零紀はため息を一つ零す。すると、エナは体をひときわ大きく揺らし、そっと顔を上げる。
「立て」
見上げてくるエナから視線を外し、零紀は手を差し出した。服ではなく、手を握れということだ。これならば相手の挙動によって動きを阻害されることも少ないだろう。
「行くぞ」
「はい……っ」
異様な雰囲気を、零紀は感じ取っていた。
先ほどの急襲は不可解な点が多々あった。なぜトンネルの出口が近くなってからだったのか。治療院までなぜ辿り着かないのか。そもそも一本道のはずなのになぜ皆バラけたのか。集まることのできていない現状――。しかし、答えはない。
無意味な思考に終止符を打ち、裾を握って制限してくる存在に目をやる。
顔は蒼白、足取りはあやふやで、今にも倒れそうだ。
エナの緊張と恐怖が指先から零紀へ伝わって胸が早鐘を打つ。
紙のように白くなった顔、噛みしめる唇を見ながら自分は今でも鉄仮面を装えているかどうかと心配になった。
揺さぶられている。この異様な空間に自分までもが揺れてしまっている。だが、それを表に出すわけにはいかない。きっとこれは伝染する類だ。
(夜のゴーストタウン――か。静かで、落ち着かないな)
すべてが狂わされる夜の気配は、悪魔が作り出すゲート内部よりもっと自然で根源的な……闇そのもの。
「……っ!」
零紀は何者かの気配に反応し、エナの口を押さえると物の影に引き込んだ。
急のことにもがくエナのくぐもった声を聞きながら、零紀は入口を伺う。
何者かの気配は徐々に近づいてきている。だが、足音はない。エナが暴れなくなったのを感じ、口から手を離す。視線をやるでもなく、武器を手に構えた。息を殺す。
キィイ――
音を立てて扉がゆっくりと、開いてゆく。
エナの見開いた目から涙が零れ落ちそうになった、その瞬間。
「あれ、だれもいない?」
万里の声が小さな部屋に落ちたのだった。
「トロフィーの回収はまだなんだけど、院内でこんなに会えるとは。大所帯になったね」
エナ、零紀。美具、ひりょ。そして万里、瑞姫の三ペア――六人だ。
「うむ。美具らはどうやら裏口から入ってしまったようでな……」
入り組んだとは言えない治療院内だが、個室が多い。外側から見ればどれがどれだかわからない仕様になっているのでいちいち部屋を確認しながら探索を進めていたのだ。
玄関からは近いということだが、地図をもらったのは村の内部だけ。治療院内のことはわからない。
「ボクらはこう、木から二階へね……」
えへへ、と照れ笑いをする万里。瑞姫があはは、と笑いつつフォローする。
「ほら、私たちもともと隠密職だし、夜だから目立たないとみんなと合流できないかと思って」
察するに、先ほどエナが怯えた甲高い音は万里のホイッスル。万里たちは自分たちがいることを知らせるために利用したかったようだが、エナを怖がらせるという結果にオチたわけだ。
(今は……大丈夫そうだな)
先ほどまでの様子から一転、笑顔を見せて万里たちと会話するエナ。
「まずは受付だな」
点灯するかどうか期待はできないが、受付からすぐの部屋にあるらしいし、そちらからの方が部屋も探しやすい。方向性が決まったところで六人は動き始めた。
●揺らめく影
治療院の入口玄関、ペーラが透過をして玄関の鍵を開けていた。
だが、横合いから流れてきた風と共に大智の視界が曇る。
「霧か!?」
目をやられないよう、低く姿勢を構え、腕で目の前を覆う。
「―――! ―――? ―――!」
なにか、声が聞こえるがはっきりと聞き取れない。ペーラか。それとも、
大智の思考がはっきりする前に、白い霧の中に影が現れた。不意に動くそれに合わせ、握りしめた拳を前に突き出す。
「危ないっ!」
その声は、ひりょだった。
「本当に、すまない……」
声が聞こえて腕を引き戻そうにも遅く、大智の拳はひりょを掠めていた。
大智の前に立つ美具をひりょが庇ったのだ。
「すまんな、発煙手榴弾を使えば目印になると思ったのじゃが……風があったな」
「いや、こちらこそ……トロフィーの回収は?」
「オッケーだよ。後はみんなと合流して、持ち帰るだけ!」
「しかし、敵の姿が見えませんね。トンネルの時には急襲をしたというのに……」
ペーラが零す、とそれは近づいてきた。
麻夜は体勢を低くして攻撃を避けた。すぐ上を攻撃が通過したのを空気の動きで知る。そのまま転げるように物陰まで下がる。敵の攻撃で建物が粉砕したのを背後に聞きながら、銃を構えた。その間にアナザーが攻撃をする。
敵の大きさは思った以上に小さい。ほぼ人間と変わらない程度の大きさで、滑空しての体当たりか骨による攻撃を主体としている。飛ぶというにもおこがましい、浮遊程度の高さにいるので攻撃も当りやすい。ただ、数が多い。
「やはりいたか、サーバント……!」
すぐ近くで聞こえた声に、敵へと向かう攻撃。槍で切りかかる零紀の姿に麻夜は仲間と合流できたのだと知る。
「ダッシュさん、回復するよ」
麻夜が攻撃をする隙を作るために搖動に徹していたアナザーだ。疲労は溜まっていた。それを大智が回復する。
「ああ……鳥ね。その巨体で烏気取りなのかな」
冷ややかな、瑞姫の声が夜に響き渡る。触れば切れてしまうような鋭さがその声にはあった。釣られたのか、万里の声音にも冷たさが灯っている。
「……うん、きっとチキンの怨霊だね」
眼鏡を直しながら、敵を見据える。
「何羽いるか知らないけどさ、もっかいチキンやり直してみる?」
万里は一番近い個体に対して、迅雷を掛ける。そうかと思うと、敵を壁にして勢いをつけ、もう一体へと踏み込む。影手裏剣を片手、舞うような軽やかさで夜を移動する万里。
零紀がワイルドハルバードで大きく動き、敵の注意をひきつけるとサイレントウォークで忍び寄った瑞姫が翼を狙って空中で体をひねらせながら、敵を攻撃する。その手にはアステリオス――自分の手足のように自由自在と動かす。
しかし、とペーラは思う。
自身でもショットガンやガルムで応戦・牽制しつつ、疑問に思う。数が、減らない。ダメージは与えているはずなのに、まったく苦にしない。と、その時一体が急に掻き消えた。
攻撃を与えようとしていたエナが対象を見失って、魔法書を片手に首を回している。
思わず、ペーラの手が止まる。そして銃を構え直す。
(今のは、一体……)
「全部……凍てつくといいよ」
麻夜の声とともに、冷気が夜の廃村に広がっていった。しかし、
「……眠らない?」
なぜ、と歯を軋ませる麻夜。そのことで、ペーラは敵への不信感が確信に変わった。
「これは――“偽物”」
麻夜の持つ漆黒の大鎌で真っ二つへと引き裂かれた敵がその視線の先、いた。
「フランカーさん」
――近くで召喚獣へと指示を与えていた美具へとペーラは耳打ちする。
「……うむ。クーゲルシュライガーで印を付けていたのも、意味がなかったというわけか」
美具とひりょは治療院に行くまでの間、道がおかしいのに気付き、ひりょの方位術とクライムを駆使して治療院までの道を探ったのだ。
すべて、幻覚だったからこそ、だ。
ウイングクロスボウで敵を撃ち落すのに専念しているひりょに声をかけ、美具は仲間――雷蔵を見つけ出すために、そして敵の本体を探るために召喚獣へと指示を出す。
「シア……!」
地図の測量と比べて、実際の距離感がおかしい。廃村の村であるから情報が古いというのは事前にわかっていたことだ。
雷蔵のヒリュウによって何とか前に進んではいたが、目的の場所がはっきりとしなかった。優雨たちは仲間と連絡を取るためにも、治療院を見つけるためにも、見晴らしの良い場所に向かった。そこで敵サーバントと、身を隠すアレクシアと芽楼の二人を発見した。
敵は再会を気づこうともしなかったが、その挙動がおかしかった。
骨だけの翼は膜を張り、何かを映していた。――見晴らしの良い場所で、眼下の村を、その中を行く仲間たちを見下ろす。
(幻覚……)
それは推測から確信に変わった瞬間だった。闇の中で感じていた視線は、これなのだろう。そして同時、今もなお敵の幻覚を見せられている仲間がいるのだと知る。
「――敵に襲われている。いや、多分あれは……幻覚だ」
ヒリュウの視界によって、他の仲間の情報を掴んだらしい雷蔵が声を潜めながら言う。
一回りも大きさが違う、大量の敵の姿が見えたらしい。交戦中――けれどその相手は幻覚。ならば、行動の方針は決まる。
「多少の攻撃を与えて、怯んでいる間に村から撤退をすることをお勧めします」
大事なのは依頼、と芽楼が言った。今回の依頼に討伐は含まれていない。
千歌はエナジーアローを敵に向けて打ちだすと共に、鉄心護符を取り出し、周囲に吹かび始めた鉄の弾を一直線に向けた。
細かく、多数の攻撃に対して敵は回避行動を取った。すなわち、滑空――高度は低いまま、横に滑った。それを、見計らったようなタイミングでヒリュウのブレスが吹きかかる。
雷蔵自身は後衛として控え、ヒリュウに指示を与えているのだ。
芽楼が闇の翼を使用して敵と同じ高度まで上昇、わざわざ目につく場所を大きく旋回し敵の注意をひきつける。弓を片手に攻撃をするのも忘れない。あくまで、芽楼は敵にとって攻撃するもの。――そうして、サーバントの関心が芽楼に向かう間にアレクシアは無音歩行と遁甲の術を使って敵の背後に近づく。
そして、夜目にも美しい太刀が翼を、その骨を斬り砕く――。
「クェエエエ、クェ、クェエエエエエ―――!!」
トンネル内で聞いた、鳴き声と同じ悲鳴を上げるサーバント。
しかし、まだだ。戦意を失ってはいない。敵は骨の一部を失ってなお、滞空していた。けれど、骨を失ったせいか――幻覚を映し出していたはずの膜が、減っていた。
怒りに目をとがらせる敵。翼を構成する骨を、優雨たちに向けて打ちだす。
敵の戦法が変わったことにより、攻撃を回避することに専念し出したアレクシアたち。威力が高すぎる攻撃は村を蹂躙する。その攻撃のとんでもない風圧に髪が巻き上がる。
「トロフィーは回収した! 撤退をっ」
美具の召喚獣からの伝達を受け取った雷蔵が叫ぶ。
それに呼応して、千歌がエナジーアローと鉄心護符の合わせ技を放つ。加えて、優雨が雷帝霊符を打ち込む。
細かい攻撃の連打に、周囲には弾幕のようなものが広がり始める。敵の足が止まった。
雷蔵は飛龍翔応を構え、投げつけると背を向けた。
「む、連絡じゃ!」
不自然に敵の姿が掻き消える一方で、攻撃を与えても全くダメージのない敵に、敵を振り切る方針に変えた美具たち。
召喚獣が戻ってきたのをみて、美具が大声を上げる。
「フランカーさん、上!」
大智の声にハッと視線を上げた美具。敵の一体が攻撃をし掛けてきていた。
「っぐ!」
横からタックルを受けるような衝撃を受けて、美具は地面を転がる。いや、タックルをうけたのだ。
「美具さん! 大丈夫!?」
美具が元いた場所を敵が放った骨が抉り取り、背後の建物までも崩壊させていくのをボウッと見送ってから、ひりょに助けられたのだと知る。
(先ほどといい、今といい……)
「今回の依頼はだいぶ借りができたようじゃな」
こぼす美具の声に首を傾げる、ひりょ。
美具はありがとう、と言って立ち上がった。敵はまだまだ、いる。
その時、夜を雷が裂いた。――優雨の打ち出した雷帝霊符だ。
「トンネルに向けて、走れ!」
「いやぁ、そっちでそんなことになっていたとは……」
浜岡夫婦の現在の家にて、お茶をごちそうになりながらそれぞれの村での話をしていた大智。あの時は助かった、と振り返る。
数の減らない敵は幻影にも関わらず、攻撃力は本物と遜色なかった。あのまま戦い続ければ疲弊するばかりだったが、途中から数が減りだしたのは芽楼たちが本体と戦っていてくれたからだ。
大智たちは優雨の作り出した雷を目印にトンネルへと向かった。敵に追われながらも、慌ただしく走り抜けると、攻撃によってトンネルは再び崩れてしまったが、結果的には依頼物の回収は終え、皆合流できた。
「本当に、あの時はどうなることかと思いましたよ」
みなさん、何事もなくてよかったです。
そう、ひりょは言ったが――果たして、あれは何事もなかったと言えるのだろうか。
村で感じ取った、異様な気配。あれはサーバントのものだけではない。皆、平静を失っていたことを自覚している。
「あ、そういえば……」
ペーラは唐突に思い出したことを尋ねた。
「どうして、触れたんでしょうか?」
私ははぐれたとはいえ悪魔なのに……と漏らすペーラ。
確かに、天魔は透過能力を持っている。その能力は個人の意識よりも深い所にあり、天魔が触れていいと選択したもの以外はすべてが素通りしてしまう。不意打ちで攻撃を受けても、天魔はすべての物を通過させるだけにすぎないのだ。
だが、瑞姫はペーラに不意打ちで口を塞いだ。なぜでしょう、と考え込むペーラ。
「触れたって何の話〜?」
瑞姫が聞いてくるのに、ペーラは首を傾げた。ああ、あの時な。と納得したのは大智だ。
「治療院に向かう前に合流した時、俺を驚かすのにヴェスさんの口を抑えてたな」
「いつのこと、それ?」
え、と固まったのは皆。
けれど、万里と瑞姫が仲間と合流したのは治療院内で、ひりょと美具に会ったのが最初だ。
ふら、とエナが倒れ込んだ。
その際、またもや零紀の服を掴んでいて彼を巻き込んだことは……まぁ、わかるだろう。
浜岡家の軒下、皆が屯するその横にそっと、桜の枝が飾られていた――。