●始発地点
「住所によると……ここだな」
視線を地図から上げ、周りへと目を向ける明郷 玄哉(
ja1261)。
「これは……確かに植物がもっさりですねぇ」
パルプンティ(
jb2761)が青山の自宅を見上げる。
植物に覆われたその家は両隣の家をも蔦に絡ませて、繁殖している葉っぱがみっちりと押しつぶされながら隙間を無くしている。
「両隣とも完全に緑の中、か。まるでジャングルだな……この辺だけ」
阻霊符を懐から抜き出しながら、天ヶ瀬 焔(
ja0449)も感想を述べた。
「眠れる森の美女だともっとエレガントなのだけれどもね」
ため息を吐くように蒼波セツナ(
ja1159)が漏らす。
同じ、植物の蔦ならば薔薇の蔦のように花でも咲かせてみたほうが華やかなのだけれど、こんがらがるように絡まっている。
あまりにも密閉空間と化しているので、内部は湿気が多いかもしれない。
事前に酸素は足りていると聞いていたが、この様子では青山の酸素が足りているのかも心配になってくる。
「青山氏の無事は確認されているとはいえ、敵がどう動くかわからない以上――心配ですね」
イリン・フーダット(
jb2959)も心配を口にする。
「王子様が入ろうとすると、蔦が自分から引いて入った……。うーん、ボクらも通してもらえないかな?」
植物に手を近づけて反応がないことを確認するソーニャ(
jb2649)。敵に動きはない。
「この蔦を発生させている敵の中核がどこかにあるはずですわ。まずはそれを破壊して、この異常な繁殖を止めませんと……」
両隣どころではなくなるかもしれませんわ、と続けるシェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)。
顔を難しくするシェリアに、常木 黎(
ja0718)は笑みを浮かべた。
「この程度、小遣い稼ぎさ。大丈夫、危なげなく終わるさ」
「青山氏も心配だが、調査もしないと脱出も難しそうだし……二手に分かれたほうがよさそうだな」
ファレル(
jb3524)が提案すると、室内班と室外班に九人は別れる。
「あーもしもし、アオヤマさんですか? こちら毎度お馴染み撃退士ですよー。今からバルコニーへ救出班が向かいますので窓開けの方お願いしますー♪ あー、ハイ、そう、そんな感じですぅ。それではまたのちほどー」
ピッ、と電話を切るパルプンティ。
「さて……頑張りますか……」
ファレルがそう零し、武器を構えた。
●承りました後の出来事
イリンは光の翼を使用して俯瞰する。
「屋内に潜入するならばやはり、バルコニーか玄関から、となるでしょう。バルコニーはあちら、玄関はそこです」
外壁よりも若干薄い、上部から確認した位置を示すイリン。
上も横も蔦で覆われているので強行突破しなければ入ることはできない。
「サーバントとはいえ、見た目は蔦。植物系ならば火炎に弱いでしょうね」
セツナは召炎霊符を取り出し、火の玉を複数作り出す。イリンも火炎放射器を構える。
「んー、一定以上のダメージを受ければ迎撃してくるのは間違いないと思いますー。気を付けてくださいねー♪」
パルプンティたちは二人に入口の突破を任せると、後方に退避する。蔦の攻撃が開始するとも限らないため、距離を取るのだ。
セツナとイリンは玄関にあたる部分へと火を集中させた。
「再生しない内に行こう」
扉はまだ見えない。家に到達するまではもう少し、蔦を削らなければならないだろう。
火炎の威力を調節しながら蔦を焼くイリンを先頭に、玄哉・焔・ファレルと室内班は突入した。
「じゃぁ、こちらも動きましょうか」
焼かれた蔦によって玄関ドアが見えたところで、セツナの前方は塞がれた。植物が再生し、複雑に絡み合って再び外壁を作ったのだ。
セツナは入口の蔦を焼き続けることもできたが、室内班が再び外に戻るまでには時間もかかる。その間ずっと焼き続けるのでは消耗も激しいため攻撃を一端止めたのだ。
「どういうことですか?」
ソーニャが問いかけた。
「蔦を焼かれても敵は攻撃することはなかった。シェリアの読み通り、敵には本体があるのだと思う。そして蔦は核への直接的害にならないところでは攻撃をしてこない」
もちろん、パルプンティの言うとおり一定以上のダメージを追えば迎撃をしてくる。
「どの程度の攻撃ならば、反撃を受けずに相手の戦力を消すことができるか、ですわね」
黎の言葉にシェリアが確認をする。とセツナが頷いた。
「核の位置の特定も外側からの方が易い。青山の家に核があるのは推測できるが、正確な方向性と距離を調べよう」
四人は両隣を調べに行くか、と黎が促す。
「両隣を浸食することもやってのけたのだし、未だ規模の拡大を狙っているとも限らないということですね」
もちろん、私は行きますよー、とパルプンティが挙手。
室内組の出てきた時に備えてセツナとシェリアが残ることにし、移動調査はパルプンティ、黎、ソーニャの三人が行うことになった。
「Forewarned is forearmed……と先んずれば人を制す、というからね。行ってくるよ」
黎が静かに微笑しながら片手をあげた。気を付けてとシェリアは応えた。
「ブリちゃん出番ですよー♪」
愛用のデビルブリンガーを取り出すパルプンティ。
物理攻撃の有効性を調べるために、パルプンティが前に出る。
その前にはウネウネと、俄かに動いている植物の蔦。家壁が露出して見える部分がところどころ見受けられる。
「焼け残った部分は灰色――石のように固くなっている。青山が中には行った時は緑色だったというし、一般人の手で引きちぎれる強度だったのが……これだ」
パルプンティが鎌の刃をザクザクと突き立てる。だが、灰色の蔦は表面を切り裂いた後、内部に埋って止まる。鋸の要領で刃を滑らせるパルプンティの横でソーニャが呟く。
「石のよう?」
「生え変わってすぐのものは緑色で強度も弱い。一方で、灰色の蔦は強度が高く、炎による燃え残りも多かった」
顎に手を当てて考え込む黎。
(物理攻撃における調査はこのぐらいか……)
「おや?」
いつのまにかしゃがみこんだソーニャが緑蔦の根元、地面を掘っている。横に置いていた斧を手に取り、斬り落とす。
「普通の蔦ならここで除草剤を注入するんだけど……ダメか」
蔦の切り口に向けてアウルの弾丸を撃ち込む。しかし、変化がないと悟るとすぐにパルプンティを向く。
「きっと悪魔寄りの力の方が効くし……パルプンティさんやってみる?」
促されるままにパルプンティはしゃがみこむ。
ゴソゴソとしている二人を眺めていた黎だが、そのポケットに振動があった。
「二人とも、そろそろ戻ろうか。室内班が青山氏に無事、会えたようだ」
●転んでもただじゃ起きない
ようやく見えたドアに、イリンは火炎放射器を前方に向けるのを止め、後方に下がった。
今現在、室内組は青山の自宅に入ろうと、玄関へと向かっていたが状況としては再生能力のあるサーバントの胎内にいるのと同じ。全方位が警戒範囲だ。
火炎放射器で焼き払った蔦が再生し始め、再びこの場を蔦で埋め尽くそうとするのを火炎放射器で再度炎を噴射する。
「ドアにも蔦が張り付いているな……」
イリンの使う火炎放射器は通常の物ではなく撃退し様のV兵器のため、他の物に燃え移ったりなどしないからドアに向けて火炎放射器を使うことは可能6だ。玄哉はチラ、と後方を見る。
イリンが後方空間を保つために火炎放射器を使い続けている。消耗は激しいだろう。
「すぐに再生するだろうけど、出入りぐらいは大丈夫だし、切り落としてさっさと入ろう」
焔がそう言い、バヨネット・ハンドガンのセットナイフで蔦を切り落とす。玄哉もそれに倣い、蔦を殴り落としてゆく。
ファレルはショートソードを手に、火炎放射器を使うイリンの背後を守っていたが、玄哉と焔がすばやくドアの内側に入り込むのを見て、イリンに合図をすると武器を小刀へと変え、ドアに入り込む。
イリンは火炎放射器を蔦に向けて放ちながら、慎重にドアへと距離を詰める。
パタンッ
イリンが火炎で焼き払った瞬間に家へと入り込むと、焔がそのままドアへ阻霊符を向ける。
「これで、透過能力を阻害できるはずだ」
もっとも、家の中に入り込むということを今までしていなかったサーバントだ。透過して中に入ろうという意思はなかったかもしれないが、念には念を入れておく。
できないのと、しないのとでは大違いだ。
外から再びドアに張り付かれると、あわや開かなくなる、攻撃できない、という状況になるかもしれないので玄哉は完全には閉め切らず、つっかえ棒代わりに石を挟み込む。
阻霊符をつけてあるのでそこから入り込む、というのもないだろう。感知スキルを使用して、青山を探す――と。
「ぅわぁあああ!?」
誰かの叫び声、いや間違いなくそれは青山だ。
顔と指をこちらに向けて、腰が引けたように座り込む姿。ひどく混乱しているようだ。
「何、何が起こったの!?」
「お前が青山だな?」
玄哉が確認のために声を掛けるも、なおも混乱のままに悲鳴する青山。
「キミたち誰!? 通報するからね、いや、通報してるからね? ここ、危ないんだからっ」
「お前の救出任務を請け負った撃退士だ。ここを出るまで俺たちに従ってもらう」
今行っても仕方がないのかもしれないが、現状だけはきちっと説明しておく。それに苦笑しながら焔は青山に問いかけた。
「とりあえず、食事でもどうですか?」
一息。
「いやぁ、助かったよ。ほんとね、びっくりしちゃって」
にこにこ笑顔でリビングのソファに寛ぐ青山。その手には青緑色の液体の入ったビーカー。緑茶ではあるが、そうは見えない。
「事前に、仲間が連絡を入れたと思うが」
玄哉が尋ねる。電話をして突入を知らせたというのに、この驚き様、尋常じゃない。
「いやまぁ、そうなんだけどさ。こんな状態の中に人間が入ってこれるわけないでしょう?」
だから、天魔がこう、僕に実験するなとでも殴り込みに来たのかと。
そう、この青山。研究職についているとはいえ、閉じ込められた状態でなお、研究を続けていたようだ。リビングから外に出られるようになっている仕様の窓をスライドさせてガラス面に張り付く蔦に対してさまざま反応実験を行っていたらしい。
強かというべきか、図太いというべきか困るような神経である。
「私たちは人間ですが……」
と、滔々流れる青山の言葉に対しイリンが訂正を入れる。
「撃退士は人間だけど、人間の括りに入れるのは止めてるんだ。だって常識外だろ? それに、想像はもっと――鉄人のようなのだったよ」
君たちはインパクトがない上に常識的で困ってしまったよ、という青山。
敵の内部にいるも同然の状況ながらまったりとしている状況になぜだろう、とファレルは思ったが言葉には出さず、警戒を続ける。
透明な窓に映る蔦の様子ははっきりとしているが、壁のある部分から突然姿を現さないとも限らない。そもそも、天魔たちの透過能力とはすべての物質を無効化するもの。壁があろうがなかろうが、そんなことは関係ない。
ただし、透過能力の弱点として透過状態を継続維持することは難しいので壁の中に常時潜行していることはないだろう。来るならば一瞬で潜り抜けてくる。
ファレルは小回りの利く小刀を胸の前に掲げ、視線を部屋中に向けた。
「私たちは人造人間でも改造人間でもありませんよ」
「でも一般人なんかより、ずっと体力も握力も脚力もあるだろう? それならばやはり人間ではない。差別的言い方が嫌ならば、超越者と言い換えよう」
ことり、とビーカーを置いて食事を終了させた青山。白衣を払い、立ち上がる。
「さぁあ、脱出と行こうじゃないか!」
あんたを待っていたんだ、などと、思っても口には出さない焔。脱出経路である玄関近くに張り付いていたが、敵の動きはないようだ。青山の護衛に力を削がれるため、遠距離攻撃用の武器へと装備を変更しておく。
玄哉は外にいる室外班の仲間たちへと連絡を終え、携帯を戻すと青山の横に張り付いた。一般人である青山を守るように、もう反対側へはイリンが突き、最後尾をファレルが警戒。
青山を囲むようにして玄関へと移動を始める。
「そうそう。おかしなものが庭先にあってね。これ、――」
と、急に方向転換した青山。けれど、何かに躓いたようだった。
「ぐ、ひぇ!?」
いや、蔦に足を取られていた。まっさかまに、引き上げられる青山。焔は武器を銃へと変更していたことが功を奏し、すぐさま青山の足に絡みついた蔦を打ち抜く。
受け身も取れずに落ちそうになった青山を玄哉は受け止める。その間にも、床から侵入してくる蔦は勢いが止まらない。
「早く外へ! ここではうまく戦えないっ」
高速回転をしながら激突してくる蔦は複数いっぺんに攻撃を掛け、威力を増している。一つ一つの攻撃力は少なく、防御力がないとはいえ、数でかかられると地の不利もあってなかなか手ごわい。
小刀で攻撃を受け止めたファレルは青山に声を飛ばした。
「青山氏、こっちへ!」
開け放った玄関ドアから火炎放射器を放つイリン。青山の腕を、焔が取って走る。
青山に向かう蔦を玄哉が銃で撃ち落としながら追いかける。
●決着ゆえに
「Alpha,This is Brave―“お客さん”は見つかったかい?」
蔦が赤く染まるのを見て、黎は呟く。
クスッ、と笑うと同時、炎によって植物が焼かれ、斧によって大きく道が開く。そこに見えた仲間たち。
イリンは蔦の中から出てくるとすぐさま向きを変え、蔦に向けて火炎放射器を放つ。その横を焔が飛び出してくる。少し遅れて、依頼主の青山だろう、白衣の男性を連れて走り出る玄哉。
「ようやく出ましたわね……植物妖怪(プラントモンストル)!」
両腕を前に突出し、魔法の用意をしていたシェリアはそのまま出来上がったばかりの入口に向けて氷の錐を打ち込む。
そうして、その横を潜り抜けるファレル。
「敵の核は?」
セツナが聞けば、すぐさまファレルが答えを返す。
「バルコニーだ。庭先に大きく、蔦を纏った塊があった」
「エネルギーは土、ということね。バルコニーなら、あそこ!」
突入前にイリンが上空から確認しておいたバルコニーの場所に正確に、火の玉をぶつけるセツナ。
玄関口に集まっていた、蔦の動きが一瞬止まる。その間にイリンが火炎放射器をバルコニーの蔦へと近距離で当てに行く。
「見えた!」
蔦の壁を焼き払い、大きな蔦の塊を視認したセツナは最後に大火力の炎を浴びせた。
「いや、どうもありがとうね! 家にも損害なかったし、今度も頼りにさせてもらうよ〜」
大満足の青山。
けれど皆、斬ったり焼いたりしていたせいで汚れまくっていた。
「うっ……これは、帰ったらシャワーへ直行ですわね……」
「人界じゃガーデニングも命懸けです」
くったり、皆ため息を抱えながら帰って行った。