●一堂に期す
友人の指摘に青い顔をして固まったミシェルに声をかけたのは望月 忍(
ja3942)だ。
「虫チョコですか〜。てんとう虫さんのチョコとか、かわいいです〜♪」
ミシェルにどんな虫かと種類を聞いてくる忍はきっと、話を理解していない。
「いや、だから本物の虫だって」
思わず突っ込みを入れてから、やっほ〜。と気軽に声をかけてくる一色 万里(
ja0052)。彼女は中等部生だが、人と話すのが好きでいろんなところにちょくちょく出入りしている。本日もたまたま大学部に出入りしていたようだ。
「ちなみにそれって死んでるんだよね?」
「わ、わからないでござる……でも、拙者が持っていたときは物音などせずにいたので、仮死状態か冬眠しているのでござろうが……」
購入したサイトで詳しく調べてみるので待ってほしい、とその場で携帯を弄り始めるミシェル。
「虫チョコ……流行ったなそんなもの。しかし、本物とは。……食べてしまった人は本気でトラウマ物だな」
よし、協力しよう。と近くで事態を察した亀山 絳輝(
ja2258)が仲間に加わる。そこでようやく驚きの表情を露わにする忍。
「ええ〜?ミシェルさんが配ったのは、チョコじゃなくて本物の虫さん〜?」
ワンテンポ遅い反応だが、それにひっかかったのは二上 春彦(
ja1805)だ。
常に穏やかな微笑を浮かべ、何事にも物腰柔らかく協力を申し出てくれる人物である。しかし、彼は少し、ほんのすこーし、独特なこだわりを持つ。すなわち、
「虫チョコ、ですか。それはそれは……興味深いですね」
食。それもやや行き過ぎた興味が寄食へと向かっている。現在の得意分野は虫・発行物・臭い物である。ミシェルの用意した虫チョコは十分に範囲内――それを知るものはまだ、そう多いわけでもないのだが。
そんなわけで是非とも参加させてください、と常よりも120パーセントほどまぶしい笑顔を見せる春彦。
「チョコレートです。虫でもチョコレート……チョコなら美味しいと思うです。でも虫……」
甘い物好きな霧隠 孤影(
jb1491)も話に釣られたのか、興味が先だったのかふらりと寄ってくる。中等部生の彼女がなぜそこにいたのかはたぶん、彼女が忍者だから、としか理由がつかない。チョコか虫かとぶつぶつと呟く電波ちゃんな孤影だが、彼女も参加である。
その横でいつのまに参加したのか、ちゃっかり主導をする黒兎 吹雪(
jb3504)。
「作戦はどうする?」
「効率を考えて、二人ずつ三手にわかれるのはどうです?教師陣と知り合いの方々、通りすがりの人ということで」
春彦が提案し、吹雪もそれに頷いた。
「私もそれでいい。教師を回るよ」
場所の特定がしやすいしね、と絳輝も賛成した。そこで問題となるのは何と説明するか。
「う〜んと、受け取った人たち、食べようとしてびっくりしちゃうかも〜」
ゆっくりとした忍の言葉だが、想像が真に迫っていて誰もが沈黙した。いや、春彦のみ意味合いが違うが……。
「あまり正直に言いすぎても内容がそれではショックを受ける者も多いだろう。私は食文化研究会の部長もしている。それを使えば理由になろう」
今回は名を使っていて構わないから、早急に行おう。といった吹雪に皆が頷く。
「それではいくつかききたいことがあるのだが、よいか」
そういったことでミシェルへの詳しい事情を聞くに相成ったのだ。
●どっきり
ミシェルのチョコは友人たち、教師たち、知り合い、それから余った分を通りすがりの人に渡されている。
ミシェルは友人たちから回収をするというので、六人はほかの人たちからの回収を手分けして行うこととなった。知り合いを担当することになった忍と春彦は足早に教室を出ていく仲間たちを見送った。
「お手伝い、頑張りますね〜」
忍がその言葉を言い終わったや否や、――人が詰めかけてきた。
まず、知り合いというのはクラスメイトが多かった。回収を担当したのは春彦と忍。その場にいた人たちはミシェルの話が聞こえていた人もいて、自ら春彦たちに押し付けるようにして返すものもいたりした。
「いや、ミシェルのこういう間違いはよくあるからさ……」
とはとあるクラスメイトの言葉だが、若干引き気味で言葉も遠く消えて行った。
「虫食は美味しいのに」
なぜでしょうかね?と首を傾げる春彦に忍も虫さん可愛いのに〜とのんびり相槌を打つ。
じゃっかん、他と外れた感性を持つ二人だがなにはともあれ、これでクラスメイトは完了である。
「このチョコの箱はここに置いておくとして、回収したチョコは――箱か何かにまとめましょう」
「ならこの袋はどうですか〜」
と透明なゴミ袋を見せる、忍。袋にきっちり、回収物とマジックで文字を書き、二人は教室を出て行った。次の目的地、同学年の他の教室へと向かうのだった。
その頃、職員室に着いた絳輝と孤影。ドッキリ、と書かれた段ボール作りの即席プラカードを絳輝は掲げている。これは舞台芸術に得意である絳輝が舞台道具の要領で作ったものである。少し大きすぎた感があり、背の小さい孤影などでは持てなくなってしまったのであるが……。
「チョコー! この中にチョコを貰った人はないですかー! チョコー!」
孤影が職員室で声を上げて注目を集めている。が、バレンタインにチョコをもらっている先生は多いだろう。ミシェル以外のからもらった先生だっているはずだ。
ミシェルの写メと箱の外装を説明する孤影だが、聞いているのか聞いていないのか、該当のラッピングを解こうとする教師――「ダメです! ダメです! ダメダメなのです!」
ちっさいせをぴょんぴょんと跳ねさせながら孤影がその手を止める。
「実はそれの中身は見るとそれはもうー心臓飛び出ちゃうぐらいビックリするから開けちゃダメです!」
ここぞとばかりに絳輝もプラカードのドッキリを主張のために押し出す。
「ああっわかったわかった。返せばいいんだろっ! 義理だっていいじゃないかっ」
自棄になったように開けようとしたミシェルの箱を突き返す教師。それに対し、孤影も懐から出した、透明なラッピングの施された星形チョコを押し返す。
「これはボクのチョコです! ドッキリの代わりに手裏剣型チョコなのですっ」
交換なのですっと、やや押し気味に受け取らせると興味は失せたとばかりにまた叫び続ける孤影。なんだったんだ、と首を傾げる教師がいた。
「教員なら職員室にいると思ったが、少ないな」
室内に見える人影は予想よりも少ない。全くいないわけではないし、普段休み時間などに見かけるよりかは多いようだが。
「って、ああ!! 今は昼時だから食堂か購買に出かけている先生方も多いのかっ」
ミシェルが教師に渡したのは職員室のことで、関わり合いのある教師の席にメッセージカード付きで置いてきたというので、絳輝は広い職員室の机の上を一つ一つ見聞していた。
回収数と受け渡し数を比較してその謎に気付いた絳輝は慌てて孤影の首根っこをひっつかみ、食堂に向かう。
幸いにも、教師の名前・担当学年・教科・人数などを予め詳しくミシェルには聞き取り済みだ。食堂や購買といった場所でないなら次の講義がある場所に違いない。いや、喫煙所の可能性もあるか。合計数が合わなければ、最悪は放送室ジャックを……などとぐるぐる考えつつ絳輝は片手にプラカード、片手に孤影で廊下を小走る。廊下は走ってはいけない。いやしかし、彼女の様子は「無双」であったそうな。
●無策の模索
一方、そうサクサクと事態が動かないのが通りすがり担当の万里と吹雪の二人組である。
あたりまえだが、通りすがりに配ったというミシェルからの情報にはめぼしい情報がなかった。手がかり皆無。
「ドッキリ成功」と書かれたプラカードが空しく目立つ――わけでもなかった。おしゃべりは得意分野だ、と本領発揮しスーパーな勢いで万里が聞き込みを開始。
事前にデジカメに写していたミシェルの写真をばばん、と掲げ人ごみに紛れてはそっと耳に吹き込む。――君の持っているチョコは本当に本物?
ぎょっとして振り返る人ににっこり笑顔を返し、ドッキリを前面に押し出す万里。ミシェルの特徴的な話し方と合わせて、事情を聞いてもらう。
「どっきりのお詫びってことで、本物のチョコだよ」
ミシェルのチョコを持っていた人にはお詫びと称し、万里の持つチョコを渡す。
それは少しずつだが、成果が出ていた。
一方の吹雪。同じく通りすがり担当で、万里と一緒に行動しつつ違う方向性で動いている。といっても所詮、拡声器を使用した宣伝重視というわけだが。
そんなわけで、こちらも「どっきり成功」プラカードを掲げ、周囲へ呼びかけている。
「あー、皆、注目してくれ! 先ほど金髪のござる口調少女からバレンタインチョコをプレゼントされた方! それはドッキリである! 驚かせてすまなかった! チョコを回収したいので持ってきてくれ!」
大声で、事情まで詳しいことまで全部を一気にずらずらっと述べ、プラを強く主張する。――ちっさい背ながらも頑張っていた。
ちなみに、絳輝の作ったプラカードではあるが、万里と吹雪のものは立型看板の形ではなく、持ち歩き用の柄のない長方形プラカードである。それでも背の小さい二人が看板を目立たせるには頭の上までめいいっぱい上げなければならないので、とても労働力を要するものである。
「なぜ私がこんな目にあわねばならんのだ……」
そんな心情が吹雪の口をついたとか、つかなかったとか。
「あの、ドッキリって本当? これ――」
近づいてきた気の弱そうな男の手にあるのはミシェルが渡したとされるチョコの箱と同一の包装箱。
「許せ、食文化研究会の研究の一環だ。悪気はなかったのだ」
そんなやり取りしつつ、ポケットの中で携帯が震えるのに気が付き、見てみるとメールが届いていた。
「ふむ。これで完了、か」
メールの内容を確認した吹雪は離れたところにいる万里に依頼終了の次第を告げた。
教師陣、また知り合いの人からの回収をしていた他のメンバーがミシェルから通りすがりにチョコをもらった人というのを発見したようだった。知り合いの知り合いはミシェルの知らない、通りすがりの人だったというわけだ。
「やれやれ、日本の食文化に関心を持つのは良いことだが、どうしてこうなったのだか」
中身は爺さんでそれなりに物事を客観的に判断する、動じずの冷静さがある吹雪でさえも愚痴も零したくなるというものだ。
●一息ひとごこち
「ほんとうにありがとう! 拙者、感謝感激雨あられ、でござるよ!」
がばっとばかりに前屈、のようなお辞儀をするミシェルに春彦は気にしないでください、と柔らかく言って顔をあげさせる。
でも、と言ってまでしょんぼりとしているミシェルに吹雪が口を出した。
「気を落とさずとも良い。そなたの真心はわかっておる」
ただ、
「今度は自分の足で買いに出てみるがよい、それもまた楽しきものぞ?」
そう言う吹雪は外見からは想像もできない、長い生を滲ませ……られていたらよかっただろう。雰囲気も十分だ。ただし、外見は15歳少女、のように見せかけた爺様である。
諭す言葉がこれほども似合わな……迫力がな……威力、いや言葉は流された。
「虫取り網……いりませんでしたね〜。眠ってるのでしょうか〜?」
「それがでござるな。冷凍保存して強制冬眠状態にしているようでござる。なので、二月とはいえ暖房のいっぱいついた学内では目が覚めてしまうのかもしれないのでござるよ」
だから蓋が開けられてなくてよかったでござる、とほっと一息つくミシェル。それはよかったです〜、とぽやぽやした雰囲気の二人。
絳輝は若干、二人にそういう問題じゃないだろ、と突っ込みたかったがそれを堪えた。そして話題を変える。
「……まぁ、こいつらも命だ。捨てたりするんじゃなく、きちんと育ててやるんだぞ?」
その本音は、
(この時期チョコよりも虫を大量に買い込む方が高くつくよな、絶対……)
といったもの。だからといってどうということもないが。しかし、そんなどうということもないことでいきなり、遮る声が。
「処分の宛てがないなら、僕が貰っても……?」
そう、この男こそ春彦。いや、寄食好き。
穏やかな笑顔に躊躇ない言葉。迷いなく――虫食を求めている。
「貰ってどうするのか、って……それは、内緒ですね」
にこにこと、紳士対応スキルまで使用しての言葉。きたない、汚すぎるぞこの男。
寄食となると手段を選ばない一面が、実は春彦にはガッツリとあるのだ。
しかしまぁ、あっさりと手放すことを決めたミシェルは万里と盛り上がっている。
「そっか、ミシェル君は武士道、目指してるんだ? ボクの目標は、立派なくの一。なんか同志を見つけた気分♪」
「ボクもなのです! お近づきの印に手裏剣型チョコをあげるのですっ」
懐からばらばらと取り出した手裏剣型のチョコ――いや、星の形にしか見えないがそれを渡す孤影。
立派なくの一を目指す万里が鬼道忍軍なのは当たり前としても、武士を目指すミシェルが鬼道忍軍なのか。忍者を主張する孤影がなぜナイトウォーカーなのか。
若干二名が志とジョブが不一致な三人であるが、まぁ、話に花は咲いているようである。
「ようし、じゃあバレンタインお茶会、はじめようっ」
万里が音頭を取って、その場ですぐさまお茶会が始まったのだ。……お茶請けは虫チョコ以外で。