●一閃の恐怖
周囲へと向けていた警戒を解いて振り返る青木 凛子(
ja5657)に対し、猫宮 小銭(
jb2229)は頷くと、A班の神埼 律(
ja8118)に向かって報告する。
「こちらB班、地点2異常なしさね。地点3へ動くけど、いいかい?」
夜道に小銭の声が楽しげに響き、グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)は緊張に詰めた息を吐き出して、柔らかな表情を取り戻した。視界が暗い状態で、敵がいつどこに出現するかという解らない状況は精神的に拘束を受ける。細かいことは気にせず、な心持でいるグラルスとしてはもう少し気を抜きたいところだが、B班はこの状況に会話を弾ませるような面々でもない。
闇中でも輝く金髪の持ち主、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)は先頭を歩き、後ろに目もくれない。横には戸次 隆道(
ja0550)。彼はフィオナとは上下関係があるらしい。そして基本、他に対して寡黙らしい。
(いや、興味がないのかな?)
小銭はA班で動く律と電話を続けて、視線を送るグラルスと会話する気がないらしい。
そして、
「ん?何かしら」
色っぽく微笑む凜子にグラルスは慌てて首を振った。
凜子はナイトビジョンを使用して夜道の警戒を続けてくれている。会話をして集中を妨げるのは止めたほうがいい、そう半分自分に言い聞かせながらグラルスは凜子から視線を外して前を向いた。
B班が会話もなく夜道を歩いているその頃のA班。
Rehni Nam(
ja5283)は星の輝きで周囲を照らし出しながら歩いていた。
今回の事件は小さな町に素早く広がり、今では夜に出歩く住民はいない。警邏まで被害にあったため、外出を全面的に禁止しているらしい。だが、どうしても外出する者というのは出てくるはずだ。犯人だけでなく、住人が被害にあわないよう、暗がりに目を凝らす。
「そろそろ地点2だよね。もうそろそろ夜目を発動しとくね」
元気に言ったのは氷月 はくあ(
ja0811)だ。それに高峰 彩香(
ja5000)も元気に答えた。
「だね!B班はもう、地点3に着いたかな」
「いや、まだだ。地点3は他に比べて遠かったからな。俺たちの方が早い」
えらく確定的な口調で不動神 武尊(
jb2605)が二人の会話に入り込む。
「なぜ地点3とか2とか言うのだ。道の名で呼べばいいだろう?」
しかし、と眉を寄せて首を傾げた武尊の仕草は人間らしい。傲岸不遜な物言いにも関わらずなんとも不思議な気持ちを与えさせる。
「んー、名前がないんだって」
「誰々さん家の前の道、とか東の四つ角辻、とか言われてもあたしたちにはパッと思い浮かばないしね」
はくあと彩香がそれぞれ返し、レフニーも小さな町にはよくあることです、と言い添えた。武尊も人界知識に深いわけでもないので素直に納得する。
事件は毎回、町外れで起きる。それも同じ場所には出てこないということだ。人斬りの出現場所は容易く予測できる。だが、それでも複数場所になるのは避けられなかった。故に、武尊たちは絞られた三か所を地点123と分け、A班B班で人斬りの探索となった。
武尊たちは123と順に回るA班。B班は231と回ってゆく。
「あれ……誰か、いる?」
彩香が地点2に近い暗闇に座り込む人影に気づき、隣にいたはくあも足を止めた。
暗闇に顔を向けて、うずくまった背を見せている。なぜこんなところにいるのかという問題を一度脇に置いて、保護をしようと、はくあは近づいた。
瞬間、赤が一閃した。
●宵の闘い
腕を顔の前にあげて、尻餅着いた状態で、そのままはくあは固まってしまった。
今、何が起きたのか。何が起きているのか。
「はくあ!」
呼びかける声に引き上げていた腕を降ろした。目の前には、武尊が赤い剣を受け止めている姿。
「武尊さん……」
はくあは広い背を見上げながら呆然と名を呼んだ。
「動けるなら、早く離れろ……!」
武尊に急かされるが、はくあはその衝撃に動けずにいた。彩香が手を引いて立たせてくれる。
「大丈夫?血、出てるよ……」
彩香に言われて初めて、気づいた。首を触れば手にべっとり、赤い血がついた。痛みはなかった。今から思えばシュッと、風の鳴る音がした様な気がする、それぐらいしか知覚できなかった。何だあの速度は。
肩に手を置こうとした瞬間、刃が向かってきた。赤が見えたと思った瞬間には目の前にあった、振り向きざまの一閃。――ほぼ無意識に、はくあは儚き聖盾を構築しながら身を躱していた。
「――人斬り、受け継がれた刀ってあなたのことだね」
剣が好きだった。武器ははくあにとってとても身近だった。だが、だからこそ、
「使い手を苦しめる、あなたのような剣を――わたしは絶対に認めないっ!」
一方で武尊もその赤い剣を押し返すとすぐさま距離を取っていた。
「ヴァッサーシュヴェルトが……」
己の持つ剣を武尊は見下ろした。アウルを流水のように纏う両刃の大剣がしかし、今はただの鉄剣としての姿を現している。
「以前、この剣型サーバントに似たディアボロの報告書を見かけました。持ち主を意のままに操る魔剣――椿姫もそうなのかもしれません」
気を付けてください、そう言ってスキルを使うモーションに移るレフニー。闇の中で燐光を放つ印が武尊、彩香へと刻まれる。
「なるほど、その刀が本体か」
レフニーの言葉に椿姫が精神操作系能力だと確信する武尊。そういう事象なのだ、とアウルが消えたことに理由づけて、召喚したスレイプニルに対し補助動作を命令、改めて椿姫を構える少年――芳へと対峙する。
「質の悪い付喪神なの。地獄で鬼と遊んでるといいの」
戦闘状態に入ったことを伝えた律はいつにない、きつい眼差しで芳を見据える。
「B班が来るまでには時間がかかるの。それまで持たせるの」
言うが早いか、律はアウルを手に凝縮し、棒手裏剣を放つ。
●暗中模索
敵との遭遇の報告を受けて急行するB班の五人。ただ、その位置は地点3へと向かっていたので、地点2まで行くには時間もかかった。
一番に駆けつけた隆道は敵と激しく切り結ぶ武尊の姿に、好機とみた。
「闘神阿修羅、発動!」
敵の斬撃を押し返す武尊のタイミングを見計らって、敵の背後から接近。武器を持つ手を蹴り上げようとして、既に敵がこちらを向いていることに気づく。
(な、速いッ!)
高々と上げた隆道の足を一歩下がることで交わした敵は月に反射させながら赤い刀身を閃かせ――
「出でよ、黒曜の盾。オブシディアン・シールド!」
グラルスの声が夜闇に響き、敵と隆道の間に黒い盾を展開した。
剣はシールドに当って速度と威力が落ちるも止まらない。だが、それで十分だった。隆道はその隙に一度距離を取る。
「ふぅ、間に合ってよかったです」
肩で息をしながら、笑みを浮かべたグラルス。けれど、そう呑気にもしていられない。武尊の攻撃に対応してから隆道に反応するまでの時間が短かった。今もはくあと凜子の二人掛かりの狙撃に対し、ありえない速度で対応している。
(身体速度が半端じゃない。あれではまるで撃退士並みじゃないか)
強い敵を前に道隆の戦闘意欲が急速に膨れ上がる。同時に、冷静さが体に浸透してくる。どう動けばいいのか、体に明確な指示が与えられているような感覚だ。
「気を付けてなの! 敵は精神操作系――武器を交すとアウルが消し飛ばされるなのっ」
それで武尊があれほど簡単に距離を取られたのか、と先ほどの事を顧みる。
アウルが消されるとはつまり、攻撃の度に下がらなければならないということ。接敵時間も短縮せざるをえない。離脱の瞬間というのは最も無防備になる、決定的な隙だ。そして、相手は速度重視、簡単に距離は取らせてくれない。厄介だ、という本心を隠して隆道は前へ出る。
隆道が前を出たタイミングに合わせてグラルスはブラッドストーン・ハンドを使用した。しかし、素早い軌跡で拘束が完全に終了する前に切り刻まれた。
すぐさま、その援護に小銭が銀のリングを使用し、五つの光球で敵をかく乱しつつ攻撃を開始し、サポートに凜子とはくあが狙撃を流れ動作で行う。その間に隆道が下がり、武尊が攻撃に出る。律もレフニーも前衛二人が前後するのをサポートするのをメインに動く。
「前に出られたら終わりですね」
触れる度にアウルが消されるため、前衛は連続攻撃ができない。距離を詰められたら最後だ。今は中衛も後衛もサポートに回ってなんとか前衛が次の攻撃をするまで持たせているが、これでは消耗戦だ。
「何とか、拘束をしなければ――」
「我が刺される」
グラルスの言葉に応えたのはフィオナだった。そして予想外もいい所、自らを一顧だにしない発言。
「フィオナちゃん、あなたいったい何を……」
前衛のサポートで精密狙撃をしていた凜子が言葉を失った。
「そんな危険なこと――」
その隣で椿姫から距離を取った律も大きく目を見開いた。
「大丈夫だ、あの速さとはいえ己の体に刺さったものを掴めないほど我は鈍くない。事件の様子から察するに、相手も一夜に一人斬れれば満足する。油断もでき……」
「待ちなさいっていってんの!」
ごちん☆
「な、何をするっ」
味方からの一撃が脳天に決まり、両手で頭を押さえつつ涙目で見上げるフィオナに対し、凜子はド頭かち割るわよ、と据わった眼で銃を振り上げる。というか、既に一回振り上げた。
普段、プライドが高く、凛々しい表情に笑みを浮かべているフィオナが、オカンを発揮した凜子の据わった眼にうっ、と言葉を漏らした。
凜子は一度嘆息すると、言葉を紡ぎ直す。
「もぅ、早合点しないの。あなた一人にそんなことさせないわ」
仲間でしょ、と微笑む凜子はすぐさま敵へと攻撃を再開した。律はフィオナのことをじっと見上げ、何も言わずに視線を外した。
「みんな!グラルスさんが拘束を放つ、そのタイミングを作るよっ」
いつから話を聞いていたのか、はくあが声を張り上げる。
●暁の頃
「お前さん、な……ンな呪いの刀にいいように操られてんじゃねぇ! それがお前さんの父親の仇なら、お前さんがそいつに勝たねぇかぃ!」
人は思った以上に――心が強い。悪魔や天使に操られても終わるほど、簡単なものでも諦めがいいものでもない。
「無駄だ、意思疎通も効きゃしない」
武尊がスキルによって芳の精神に呼びかけていたらしいが、反応はないのだという。だが、それで諦めるようなら小銭は最初から呼びかけはしない。
「親父さんは言ったらしいじゃねぇか、「椿の落ちる様を見よ」……親父さんの死から逃げるんじゃねえ! 受け止めて、そんで、家に帰るんだよ!」
事実は簡単に曲がる。だが、心だけは曲げちゃいけない。罪を正面から受け止める。生きている者にしかできないことだ。――死んだ者には、曲がった事実を正すこともできない。だからこそ、
「お前は自分に負けちゃいけねぇ!」
武尊が雷帝護符を投げつけた。それを追うように隆道が敵との距離を詰める。その反対側から律が忍び寄る。挟み撃ちだ。だが、椿姫とミヅチが剣合する前にフッと、それが消えた。――フェイントだ。
彩香が放った気迫か、あるいは小銭の説得が功を奏したのか。一瞬の静止――隙だ。
武尊がクロセルブレイドを椿姫にぶち当てる!
「俺を、支配できると思うなよっ!」
クロセルブレイドは氷で形成された剣だ。物理的な殺傷力はないに等しい。だが、その使用者が人間ならば、その温度に耐えられるか。――否。
長く接敵していれば相手にもその冷気は伝わり、指はかじかみ、動きは鈍る。最も、椿姫の能力でアウルは解体される。長居はできない。だが、その一瞬の鈍さが重要だ。
「――ごめんなさい、なの……!」
律の兜割りが脳天に突き当たる!
精神操作系の敵ということは、肉体は人間のままだ。脳を揺らすような、肉体の内部に浸透する技は効果が高い。
「血玉の腕よ、彼の者を縛れ。ブラッドストーン・ハンド」
朦朧効果で初動の遅かった芳は隆道のカーマインによって右手を拘束された。それはすぐさま、椿姫を持つ左手に糸は切られたが、違うものが今度は左手に巻きつく。
レフニーの持つワイヤースタンガンだ。戦闘用に多少の改良はされているものの、本来ならば天魔や撃退士に効く威力の代物ではない。
だが、今回は椿姫が本体。芳はただの一般人、人間である。射出されたワイヤーによって伝えられたが電流を芳に麻痺を起させる。
一時的なものだが、抵抗の弱まった芳の体に無数の腕が群がった。グラルスに従い、地面から湧き出る、斑赤模様の半透明な手が緩やかに芳の体を縛りつけてゆく。
その間にワイヤーを縮めて距離を詰めると、ひざ裏蹴り。体勢を崩す無防備な芳に小銭が五つの光球を一か所、椿姫の柄へ集中して攻撃する。
椿姫を握りきることができず、爆風とともに地面へと転がる椿姫。小銭とレフニーが芳の体を抱きかかえて距離を取る。
「元凶の刀、折らせてもらうよ!」
一方で、彩香はウェポンバッシュを椿姫に叩き込む。続いて、矢のような雷が撃ち込まれる。
「今の内だ、また触れられる前に破壊を!」
グラルスの声が飛んで、フィオナは形成していた聖剣をありったけの力で椿姫の刀身に叩きつけた。
フィオナによって真っ二つに割れた椿姫は徐々にその赤い輝きを失い、そしてただの剣となった。これを学園に持ち帰るのはどうすべきか、まだ危険があるのか、そういった話を事務的に学園側と交す律。その様子を、意識を取り戻した芳がぼんやり見つめていた。
「殺したことを悔やむなら、死んで楽になろうとだけは絶対しないでください」
生きていることが償うことですよ、そう声をかけると隆道は背を向け、フィオナの隣へと歩いて行ってしまった。
「いなくなった人たちは戻らないけど、この先どうするかを考えようよ」
グラルスもそう言ってできるだけ芳に話しかけたが、芳の反応はやはり薄かった。
父親を自ら殺してしまったという、ショックの大きさは計り知れない。小銭も戦闘中の語りから一転、今は無暗に声を掛けようとはしなかった。
誰が見ても、芳の身に起きたことは唐突でとても悲劇で、そして芳自身がきちんと償わなければならない罪でもある。――心の中を整理する時間が必要なのだ。
生命の水を生成して、芳に甘いから飲むように、と進めるはくあ。
「手を治療しますからね」
そう一言掛けると、レフニーは椿姫を握っていたために傷ついた手首を癒し始める。
「父親が誇れるよう、強く生きてください」
その言葉に触発されたのか、芳がぐっと手を握りしめた。
「つ、ばき――取ってこようと、した、だけなの……にっ」
父さん、と言葉を漏らして堰を切ったように泣き出す芳。
「ちゃんと、椿を取ってこれたじゃない」
大丈夫、みんなわかってる。そう言って自分の子供の様に凜子は芳を強く、抱きしめた。