●波を荒立たせる機械音
未だ薄暗く、朝靄を漂わせる海で機械が唸りを上げていた。
「アカガイさん、こちらで操舵を見せてもらってもいいですか」
器用貧乏な青年、楯清十郎(
ja2990)が同行する一般人アカガイに言った。
海という、敵に地の利のある場所での戦いだ。不利は当然、戦いも激しくなるだろう。万が一に備え操舵を学びたい、と清十郎は横から操舵を記憶する。
そんな中とは違い、外の風は強い。波が荒立ち、薄暗い世界をより寒く感じさせている。ウェットスーツにライフジャケットを着こんだ九人が、敵の出現に備え警戒をしている。
だが、マリー・ベルリオーズ(
ja6276)は沈黙に耐えきられそうになかった。
「めんどくさいなー……良さそうな男もいないし何も良い事ない……」
マリーであって、エリザである彼女は呟く。
船に乗る前、敵を誘き寄せるためのライトを買いに漁師町へ出たが、普段は見ないようなところであるので新鮮で面白かった。だが、荒れる海を見てどのくらい経つだろうか。
ウェットスーツに着替える時は男の子でもからかおう、と緋野 慎(
ja8541)に体当たりしたのだが、――撃沈。小学生な慎は純真すぎた。男も女もよくわからないような子供に興味はない、と言い張ってそっと距離を取った。
一方、そんなやりとりにひどく反応していたのは宗方 露姫(
jb3641)。船の傍に大きな魚でもいたのか、そのようなことを口走っていた。そんな露姫はエリザの隣。
エリザが見ていることに気づいた露姫が視線を逸らしながら偉そうな口調で聞いてくる。
「な、なんだよ」
「寒いなぁ、と思って」
ウェットスーツへ着替える際、脱がせようとしたことが未だに尾を引いているのか、動揺している露姫をエリザは抱きしめた。
「おっ、俺女だから! そーいう知識とかねぇし、興味ない訳じゃねぇけど……っ!」
言い訳が言い訳になってない。
「うっ……む、胸近い……! ふにってなる、ふにって……」
「別にいいじゃない、女の子同士、なんでしょ?」
そんな二人の様子を少し離れたところにいた向坂 玲治(
ja6214)はちらちら見ていた。いや、視線を外そうとしたり、でも見てしまったり。
この十人での依頼の内、男子は三名だ。慎は小学生だから何とも思わないだろうが、清十郎と玲治は高校生なわけで。女子が圧倒的に多すぎる状況に、近寄りがたさを感じていたりいなかったり。清十郎は操舵室へ行ってしまっているし、自分もそちらへ行こうか、けれど警戒が、などと逡巡中。
そうこうやっているうちに、里条 楓奈(
jb4066)が口を開いた。
「そろそろやめないか、警戒心がなさすぎるぞ」
真面目に叱り始める楓奈だが、エリザは聞いちゃいない。そして、抵抗する露姫にも変わりがない。二人から三つ巴になったぐらい。
「つ、冷っ!」
真っ黒の海に顔を寄せて、手をそっと波間に差し込んだ慎が勢いよく顔をあげた。予想以上に冷たかったらしい。ふぅーふぅー、と火傷でもないのに手へと息を吹きかけている。
そんな慎の隣で言わんこっちゃない、と言ったような表情をしているのはアリス・シンデレラ(
jb1128)だ。同じ小学生の見栄か、七人姉妹の長女であるという姉気質ゆえなのか。
心を痛めたような表情で御堂・玲獅(
ja0388)が慎の手を取り、こすり始める。アリスも寒いのか、玲獅に身を寄せている。――三人は三人で独特の空間を作っているようだ。
そんな、船の様子を、黒瓜 ソラ(
ja4311)とティア・ウィンスター(
jb4158)は操縦室の屋根の上から見ていた。
「なにをやっているのでしょうか」
ぽつり、言葉を漏らしたティア。だが、返答は斜め上を行く。
「そうですよ、ディアボロのくせに大海原を我が物顔で遊泳……許されざるですよ!」
銃を持ちつつも拳を振り上げるソラ。ロープで自分とアンテナを繫いでいる状態で、随分と器用なことをする。
「初弾はボクが貰いますよ!」
大きく立ち上がって宣言をするソラだったが、
「みなさん、そろそろ着くようですよ!」
期しくも操舵室から顔を出す清十郎の声が被さる。
作戦ポイントだ。玲治と清十郎が船縁に設置していたロープでくくったライトを海に投げると、玲獅がライトをつけた。海中はロープでくくったライト、海上は玲獅のフラッシュライトで大きく船が照らされる。
とってもわかりやすい、囮だ。船はそのまま、浅瀬へとゆっくり動いてゆく。
まだかな、まだかな、と期待に胸を躍らせているのは慎だ。
「おっきなイカにおっきな何か……だ! わくわくするね!」
ライトによって誘き寄せられているはずの敵。気配は既にしているが、一向に姿を見せようとはしていない。
「なんか来るよ!」
野生の勘でちょっと早めに感知した慎。続いて、船が大きくぐらついた。
海がザバ―ッと大きな音を立てて盛り上がる。
「敵はディアボロですか……引き込まれると致命的ですね」
「同時に、ですか……。敵も油断はしていないということでしょうか」
光の翼でアンコウと視線を同じ高さになったティアが的確に状況を判断し、玲獅は硬い表情をしてイカへと銃を構えた。エリザは玲獅に背を向けて弓を構えた。
「一気に来た方がめんどくさくなくていいじゃない。私たちにやられちゃうのは変わんないし」
「どっちも眉間的な部位にどでけぇ風穴開けてやるますですよ!」
アンテナと合体しながらソラが銃を構える。その前で玲治が銃口をアンコウに定めた。
「どれ、朝釣りと洒落込もうぜ」
「海中じゃないなら、こっちも狙いはバッチリよっ」
アリスも銃口をアンコウへ向けた。
「アカガイのおっさんだけは何が何でも無事に帰してやるぜ。家で家族が待ってんだろ」
意気込む露姫は翼を表して上空へ、楓奈もストレイシオンを召喚する。
「私らが絶対にお主とこの船を守りきる。信頼してまかせてくれ」
「よし、いける」
水上歩行で慎は水面に立った。小さくでも撃退士。構えるは苦無である。
「逃して大きくなられても困りますから、ここで仕留めます!」
清十郎がライフルを担ぐ。見据えるのは――巨大なイカ。
●薄闇のほの光
船前より右に現れたアンコウに、ティア・玲治・ソラ・エリザ・アリスが対峙する。
船尾より左に現れたイカには、露姫・玲獅・清十郎・慎・楓奈&ストレイシオンが対峙していた。
アンコウに対峙した玲治がまずしたのは、船へと攻撃を向けさせないことだ。
今回の依頼は海での戦闘となるため、水上を移動できる忍軍や羽を持つ種族が多く集まったが、それでも船での直接戦闘は危険すぎる。
タウントを使用しつつ、玲治は右側のアンコウをより浅瀬へと近づけようと、自分が船のぎりぎり前まで動いた。これで、もし戦闘被害があったとしても船の前の方だけで、機関部は問題がないだろう。
(といっても、このデカさじゃな……ほぼ無意味かね)
アンコウのようなディアボロの大きさは、船とほぼ同等。普通のアンコウが数十センチなのを考えると、これはアンコウではなくクジラのような気もしてくる。
とはいえ、それはアンコウだ。眼前に垂れているのは提灯以外の何物でもないからだ。発光球体が薄闇の世界に怪しく光っている。
ダダダダダダッ!!
銃撃が連続して鳴り、揺れ動くアンコウの提灯に激突する。
「迎撃の基本は! 標的の向きと速さを線にして、弾が届くまでの時間分だけ点をずらして……撃つ!」
アンコウの提灯が大きく傾いだ。一点集中で一気に撃ち込まれた銃撃は、かなりのダメージを受けたようだ。提灯が点滅している。
フッと目を怒らせたアンコウが体を大きく揺らしながら提灯を振り回した。
玲治は向かってくるそれをしゃがんで避けると同時、腕を上に向け超近距離から通り過ぎる提灯を撃ち上げる。
まるでゴムがたわむ様に、提灯の先が跳ね――ズキュンズキュンッ!
ナイトウォーカー独特の歩行で接近したアリスの銃が提灯を撃ち抜く。
「弱点が目立つのは、狙いやすくて良いわね」
これは余裕か、と思いきや――アンコウは姿を消した。
提灯のほの光をそのままに、朝もやの中に身を隠したのだった。
片方だけの目が弱点っぽさ満点なのだが、さっきから一向に近づけないでいる。
イカの足は十本。対して、対峙するのは五人と一匹。
玲獅が審判の鎖で拘束することから始まったが、正直に言うとアンコウ戦ほどの余裕はなかった。
慎が阻霊符を展開し、ディアボロは透過もできずに巨体を浅瀬に収めることとなって身動きができなくなった。――ここまでは順調だったのだ。
だが、弱点とみえる片目に近寄る前に足が妨害に入る。足を船への攻撃に動かす敵に、一進一退のイカ戦。
「はぁあ!」
やってきたイカ足の一本にタイミングを合わせてカウンターを放った露姫。けれど、斬り落としたイカの足は動きを止めることはなかった。
「うぉっ!」
先がちょん切られてもウネウネ動く足を露姫は横へ回避した。
再生能力があるわけではないらしく、斬られたところは短くなっているが、印象としては変わらない。しかも、斬った足は大きなしぶきをあげて海に落下するので、その煽りを船も食らう。実際には風圧もあるので、空を飛んでいても影響が来ている。
大丈夫か、と後ろを振り返ったが、意外と大丈夫らしい。
玲獅の銃撃が露姫に向かってくる。
「な、なんっ!?」
すわ、玲獅からの攻撃かと思いかけたが真正面に向きなおした露姫は背後を狙っていたらしい足が銃弾によってボロボロと穴が開けられていくのを見た。
露姫への援護射撃だったらしい。声は届かないので、手だけを振ってにこにこ笑っている玲獅。――隙は見せないでおこう、と露姫は心に誓った。
船尾には銃を構える清十郎。すぐそばには楓奈と玲獅がいる。
イカ戦の前線には露姫が翼を利用して剣で足と対峙している。その後方で、慎が苦無を片手に、足に斬撃を加えつつ搖動をしている。どちらも、イカの足二本と対峙し、交互に攻撃を入れられて防戦のようになっている。
楓奈の指示によって動くストレイシオンは上手く足を引き付けているようで、船に足が向かってくることはほぼない。ただし、それもどこまで続くかわからない。
清十郎と玲獅は船内に留まって、銃によってストレイシオンを追う足を攻撃していたが、どうにも威力が弱いようだ。距離もあるので、回避されるのも少なくはない。
「やはり、近距離のほうがダメージは大きいようですね」
清十郎はそれ以上、その場に留まることを止めて前に出ることにした。
(小天使の翼は地上四メートル。対して相手は……)
胴体の長さだけを考えても、十メートルはありそうだ。乾いた笑いが出そうなのに代わり、口を引き締めて中近接用武器のセレネを構える。
●刺し貫く
「うっとうしい……なあ!」
エリザの放った弓はけれど、直前で方向を変えた提灯に当らなかった。
アンコウはあれから、消えたり現れたりして、姿を隠しながら提灯をぶつけてくる。提灯の大きさはアンコウ全体の大きさからはとても小さいのだろうが、エリザたちから見てとても小さいと言えるものではない。
当たれば大ダメージを受けるの確定なので、躱す。だが、回避行動をとれば敵が姿を消す隙を作るわけで。
水中に潜るアンコウに対しては、ティアが上空から敵を常に監視し、ソラも索敵を使って積極的に攻撃をするのだが、――当っているのかどうかの判別が聞きにくい。
「いい加減にしてほしいわねっ」
アリスが腕を振って指示すると、鎌を持った複数の影が水中に向かう。
「あたってる感触、ある?」
「ある、けどっ」
隠れたアンコウに対しては何もすることのないエリザがアリスに尋ねる。攻撃は当っているらしいのだが、どうにも答えは弱い。
「やっぱり提灯だよね! あれは痛がってたもん」
目を皿のようにして海を眺めるソラ。彼女も一度、銃撃を止めたらしい。
「お出ましのようだぜ」
海が盛り上がり、滝のように水をこぼしながらアンコウの巨体が海上に出現する。その間に襲ってきた提灯。それをアリスは回避すると銃を再び構える。
「あなたの相手は私です!」
一方で、提灯に集中しているアンコウの巨体を、弓から持ち替えた槍でティアが急降下する。加速の威力と合わせて串刺しにした。
「がぁ――っ!」
イカの足が三本、三つ編みをするようにして清十郎に突撃してきた。
咄嗟に、シールドを出して防ぐがそこは空中だ。体勢を崩して大きく吹き飛ばされる。
「おい、清十郎!」
露姫の言葉が飛んだが、清十郎にその余裕はない。錐もみ状態になりつつも何とか体勢を立て直す。しかし、回転を加えて突破してきたイカ足に触れて、体がしびれてきている。
玲獅が清十郎にクリアランスを掛けていたが、それはつまりイカ足の相手が一人減ったことになる。
「くっ!」
露姫に襲い掛かる足の数が増えた。
イカは徐々に、消耗しているのだろう。イカ本体との距離は近くなっている。だが、足の本数は変わらないのだ。苦戦が強いられていた。
「わっ!」
不意に、露姫の背後で小さな悲鳴が上がった。慎がイカ足によって釣り上げられている。
苦無で拘束を解こうともがいているが、自力で抜け出せないようだ。慎を助けに行こうと進路を変える。
だが、足が邪魔だ。イカの減らない足が、妨害をしてくる。
「くっそぉおおおお!!」
闇の力を腕に纏い、露姫は放った。
一気に、道が開ける。
だが、一瞬で新たなイカ足が前を遮る。露姫の進路は阻まれる一方だった。
楓奈は飛び出した。
露姫がダークブロウによって開けた道は敵の意識を持って行っている。
大きく剣を構えて船から落下する楓奈の先、慎を拘束する足がある。
「ハッ!」
切断。
「緋野。毒は?」
「大丈夫。まだやれるよ」
緋野を抱えた楓奈は清十郎の出した、救援ボートの上に着地した。船に設置されている命綱と繋がっている。
戦闘によって荒れる海ではいつ、綱が切れても不思議ではない。さっさと戻った方がいいが、イカ足が前を遮り――止まった。
「うぉおっしゃぁあああ! イカ刺しぃいいっ」
イカの巨大な魚眼に剣を突き刺す露姫。――戦闘は終わったらしい。
●朝日の下で
柔らかな朝日の差し込む海。
先ほどまで戦闘をしていた海は穏やかになり、船の上はというと……
「美味しいです」
「んまいっ」
「おいしい……」
「へー美味しいじゃん」
「こういうのもたまにはいいですね」
「お代わりっ」
「俺も!」
「俺もお代わりお願いします」
「ん、俺もだな」
上から順に玲獅、露姫、アリス、エリザ、ティア、ソラ、慎、清十郎、玲治の感想である。
つまりは朝食の時間です。新鮮な魚介による漁師飯をアカガイに作ってもらったのだ。
「おおい、もう岸だ。さっさと食っちまえ!」
アカガイの声に前を向くと、陸が見えていた。