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マスター:星流 嵐
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/01/07


みんなの思い出



オープニング

「ありがとうございました! メリークリスマス!」
 クリスマス限定のサンタ・ペンギンのヌイグルミをカップルのお客さんに渡すと、サンタ衣装の巫女樹蘭月(jz0116)は笑顔で頭を下げた。三角帽子のボンボンが勢いよく跳ねる。
 受け取った彼氏がそのヌイグルミを渡すと、彼女は嬉しそうにそれを抱き締めた。
「可愛い! ありがと!」
 彼氏も照れくさいのを隠すように彼女の肩を抱くと、クリスマスツリーのイルミネーションの方へ歩いていった。そんな2人の背中を微笑ましそうに見送った蘭月は、急に吹き抜けた冬風に身を震わせる。
「ううぅ、さ、寒いよぉ。やっぱり室内の方にしておけばよかったなぁ」
 ここは横須賀港に程近い入り江に造られた人工島の海洋レジャーパークだ。水族館と遊園地が併設され島全体がレジャー施設となっている。人懐っこいシロイルカが間近で見られることが有名で、ジンベイザメやマンボウなど大型の生き物も多く見られる。遊園地もジェットコースターのコースの一部が海上に設置されていることでも有名だ。
 そのレジャーパークも今はクリスマス一色。あちこちが色鮮やかなイルミネーションで飾られて美しくライトアップされていた。
 学園の斡旋でクリスマス期間をここでバイトすることになった蘭月は、イルミネーションが見たいからと野外のメイン・パーク広場の売店を選んだのだが、当然のことだが海風が冷たく、しかもイルミネーションも暗くなってからなので昼間はただ寒いだけだった。
他にも数人、学園からバイトで来ているが、皆、室内だ。場所選びのときに、屋外に手を挙げたのが自分だけだった意味が今更ながらに身にしみる。
しかも、右を向いても左を向いてもカップルばかり。羨ましいことこの上ない。
「いいなー 私も彼氏とかと、こういうところでデートしたいなぁ ‥‥さてさて、仕事、仕事っと。 いらっしゃいませー! クリスマス限定のサンタ・ペンギンはいかがですかー! シロクマ・サンタもありますよー!」
 気を取り直して売り子を始めると、視界に白いものが過ぎる。空を見上げた頬にも、それがそっと落ちてきた。
「あ‥‥ 雪だ‥‥」

 昼過ぎから降り出した雪は、降ったり止んだりを繰り返しながら辺りを白く覆っていった。思いがけずホワイト・クリスマスとなったことに、恋人たちはより聖夜の雰囲気を楽しんでいるようだ。
 先ほどヌイグルミを買った二人も、一つの傘に下で肩を寄せ合って、ヨットが停泊しているマリーナを散策していた。
 船を海に直接降ろすためのスロープに小さく波が打ち寄せている。2人は暫し、打ち寄せる波を追っ掛けたり、逃げたりして遊んでいたが、雪で彼女が足を滑らせた。
「キャッ!」
「あぶないっ!」
 間一髪で彼氏に抱き留められて転倒は免れる。彼女はそのまま暫く彼の胸に顔を埋めて、その温もりを感じる。
「‥‥アキちゃん」
 呼び掛けに顔を上げると、彼の真剣で熱を帯びた視線にぶつかった。
「ヒロくん‥‥」
 彼の名前を囁いて、そのままそっと目を閉じる。
 唇に彼の温もりを感じたと思った直後、突然彼の体が激しく震えた。不思議に思って目を開けると、苦痛に歪む彼の顔があった。
「ヒロくん? どうしたの? 大丈夫?」
 だが、彼は答える代わりに鮮血を吐き出した。
「ヒロくんっ!!」
止まらない吐血に、この日のために新調した真っ白なダッフルコートと周りの雪が赤く染まっていく。そして、彼の体から力の抜けていき、ズルズルと崩れ落ちた。
「い、いやぁー! ヒロくんっ! しっかりして! ヒロくん!!」
 うつ伏せに倒れた彼の肩を揺さ振るが反応がない。そのとき初めて、彼の背中が大きく抉られているのに気付いた。
「あ、あぁ! だ、誰か‥‥ 誰か、助けて ‥‥!」
 助けを求めようと顔を上げたときに、そこには有り得ないものがいた。
「え? あ、あ、あ、あ‥‥ い、いや‥‥ こ、来ないで‥‥ 来ないでぇ!!」

 止まない雪に外を歩くお客さんも減ってきてため、野外販売は終了となった。
「寒い寒い! 早く片付けて、あったかいものでも飲もうっと」
 蘭月は悴んだ手をさすりながら商品を片付ける。そこへ遠くから誰かの叫ぶ声が聞こえた。
「え? なに?」
 聞き違いかと、手を止めて耳を澄ましていると、今度ははっきり聞こえた。悲鳴だ。助けを求めている。
「何かあったんだ!」
 躊躇なく駆け出す。走りながら声の方角を探る。
「‥‥あっち! マリーナの方だね!」
 島のマップを思い出しながら、撃退士の能力を開放して飛ぶように駆ける。
 マリーナに駆け込むと、女性が一人逃げてくることだった。女性も蘭月に気付く。
「た、助けてっ!! 化け物が!」
 見れば女性は全身血まみれだ。
「大丈夫ですか! 怪我を?」
 蘭月の問いに女性は首を横に振る。
「いいえ! これはヒロくんの‥‥ ああぁ、ヒロくんが! ヒロくんが!」
「落ち着いて下さい! いったい、何が‥‥ !!」
 女性を落ち着かせようとしていると、視界の隅で何かが動いた。蘭月は素早く女性を背後に庇って身構える。
そして陸揚げされているヨットの陰から、それが現れた。
「‥‥え? カ、カニ?」
 そう、現れたのは蟹だった。しかし、その大きさが尋常ではない。身丈は3mほど、幅は足の長さも合わせると優に10mは超えるだろう。そして、大人一人と同じくらい大きさの蟹爪。大きさ以外は普通の蟹のように見える。
唖然としていると、不意に巨大蟹が動いた。
「速いっ!?」
 巨体に似合わぬ速さで間合いを詰めると巨大な蟹爪で攻撃してきた。蘭月は反射的に後ろの女性を脇に突き飛ばして、光纏を発動する。魔具の薙刀が間一髪で展開し蟹爪を受けるが、重い一撃に蘭月は後ろに飛ばされてしまう。
「くぅっ!!」
 バックステップで一旦距離を取り、魔装も展開すると、サンタ衣装が巫女魔装に変化した。薙刀を構えてダッシュする。再度攻撃してきた蟹爪を、身を捻って避けると、蟹爪に薙刀を打ち据えた。しかし、硬い衝撃と共に刃が弾かれる。
「か、硬いっ!! ならっ!」
 返す刃を円を描くように振ると、そのまま足の関節を狙う。しかし、素早く動いた巨大蟹に避けられてしまう。
蘭月は深追いせず、後ろに飛んで距離をとった。
 そのとき、メイン・パーク広場の方が明るく光った。薄暗くなってきてイルミネーションが点灯されたのだ。巨大蟹の目がそちらを向く。
「はっ! 駄目だよっ! お前の相手はこっちだよっ!!」
 広場の方へ行かせたらまずい。蘭月は巨大蟹の気を逸らそうと薙刀を振り回すが、蟹は意に介さず明かりの方へ動き始めてしまう。慌てて前へ回り込んだが、再び蟹爪で吹き飛ばされてしまった。その間に蟹は広場の方へ走り出していた。
「どうしよ! みんなに知らせなくちゃ!」
 周りを見回すと、倉庫の壁の非常ベルが目に入った。蘭月は、それに駆け寄って非常ベルのスイッチを強く押し込む。
 人工島に非常ベルが響き渡った。


リプレイ本文

 突然鳴り響いた非常ベルに、場内の客たちは立ち止って不安げに辺りを見回している。
「只今、状況の確認中です! 皆さん、そのままお待ち下さい!」
 施設のスタッフが周りの客に声を掛けて、管理室に内線で確認を行う。
「なに? この非常ベル。何かあったのかな?」
 広場の入り口付近にいたカップルの女の子が、不安そうに彼氏の腕にしがみ付く。
「大丈夫だよ。きっと誤報さ。機械の故障とかいって」
 そう言って彼氏が彼女の肩に手を回そうとすると、ガシャガシャと何か硬いものを打ち付けるような音が背後から聞こえて、後ろを振り向いた。
「な、なんだ? あれ‥‥」
 彼氏の声に振り向いた彼女も同じように唖然とする。見上げるような大きな蟹が広場に入ってくるところだった。
「なに? あれ。今日なにかイベントあるんだっけ?」
「いや、パンフには載ってなかったけど。しかし、さすがシー・パークだな。やたらリアルだなぁ。足の動きも滑らかで生きてるみたいじゃん。ていうか、リアル過ぎて、ちょっとグロくない?」
 2人はそれをイベントの出し物だと思った。大きさがあまりにも現実離れしているからだ。
 大蟹は広間に入ったところで立ち止まったが、すぐに自分たちの方へ向って歩き出す。
「やだぁ。こっち来る。ねぇ、あっち行こうよ」
「面白そうじゃん。何かしてくれるのかな?」
 だが、それが近付くにつれ、段々違和感を覚え始める。あまりにもリアル過ぎるのだ。
「え、い、いや、まさか、そんな‥‥」
 目の前に来た大蟹が巨大な蟹爪を振り上げた。しかし2人は、それが自分たちに向かって振り下ろされてきても動けないでいた。
「危ないっ! 避けてっ!!」
 横合いからの叫び声と同時に突き飛ばされて、2人はもつれるように倒れ込んだ。
「痛ってぇ! 何するん、だ‥‥」
 我に返った彼氏が抗議しようと顔を上げると、そこには薙刀で巨大な蟹爪を受け止めている巫女さんの姿があった。
「早く逃げて!! これは、天魔よ!」
 間一髪で間に合った巫女樹蘭月(jz0116)が叫ぶように言うと、2人の顔が見るみる恐怖に染まる。そして、悲鳴をあげてその場を転がるように逃げ出した。それを切っ掛けに場内が大パニックに陥った。
 お土産店で売り子をしていたナナシ(jb3008)は、天魔だという声を聞いた直後に駆け出すと、闇の翼を広げて空に舞い上がった。上から地上を見回して、広場に大蟹を見つけて全速力で急行する。
 上空から魔法攻撃の一撃を放つとナナシは蘭月の隣に降り立つ。
「加勢するわ」
「ナナシさんだったよね。ここ任せてもいいかな? マリーナに怪我人がいるの」
「問題ないわ。他の撃退士たちもすぐに来ると思う。行って」
 蘭月は頷くと広場から走り去っていった。ナナシはアウルを高めて構える。
「さあ、次は私が相手よ」
 広場から離れた遊園地でバイトをしていた白蛇(jb0889)は、パニックになっている人々を見て溜息つく。
「あるばいと中に天魔に出喰わそうとは。どれ、人の子を守るは神たるわしの役目 。いざ、行くとするか 」
 白蛇は司を召喚しようとするが逃げ惑う人々で場所が狭い。
「ええい、一度静まらんか! ここに撃退士がおる ! 落ち着いて避難せよ」
白蛇は人々を諌めて下がらせると千里翔翼を召喚し騎乗する。
「すぐ係員の避難指示が始まる。それに従え。なに、心配は要らぬ。天魔はわしらが足止めする」
 そう言い残して空へと舞い上がった。夕闇の中にイルミネーションとは異なる光を見つけてそちらへ向かう。
 広場上空で交戦中の大蟹を見つけると、白蛇は書で攻撃しつつ周りを飛び回って牽制する。
「子らの元へは行かせぬ! 貴様は此処で骸を晒すが良い!」

 比較的近くの施設にいた紅葉公(ja2931)と神城朔耶(ja5843)、紅アリカ(jb1398)も現場に駆け付けて攻撃に加わった。
「どうして、こんなところに蟹型のディアボロが?」
 紅葉の言葉に、アリカも呆れながら言う。
「‥‥まったく、どこにでも現れるのね、天魔って‥‥」
 隣の朔耶も頷く。
「しかも、この時期にディアボロですか。嫌がらせにも程があるのですよ。いい加減にして欲しいです」
 紅葉とアリカは魔法攻撃を、朔耶は梓弓で敵を囲むようにして攻撃を加えていく。
 常木黎(ja0718)も広場から離れた施設にいた。しかも人々が逃げてくる方向なので、広場に行くには流れに逆らわなければならない。
「この人込みを逆走しなきゃならないのか‥‥ 仕方ない。売り子で無駄に愛想を振り撒くより、得物をもってやる仕事の方が楽しいしねぇ」
 そう言うと人込みに向かって駆け出す。撃退士の能力を全開にして、人々の隙間を飛ぶようにすり抜けて数分も掛からずに広場に到達した。
「待った? 道が混んでてねぇ」
 6人の撃退士が広場に集まった。しかし、周りには、まだ逃げ遅れた人たちがいる。
「周囲に人が多すぎる。このままじゃ駄目ね、とりあえず少し時間を稼いで!」
ナナシと白蛇が一旦救助に向かう。機動力を活かして人々を避難させていく。
ナナシは動けない人を抱えて安全な場所まで運び、レジャー施設の本部に連絡して広場の敵のことを伝え、広場を避けて避難させるように要請する。また怪我人のために救急車も呼んでもらう。
白蛇も動けない人たちを千里翔翼の背に乗せて運び出していく。
その間に4人が大蟹の足止めをする。黎はP37で脚の関節や開口部を狙い、紅葉は魔法攻撃で異界の呼び手で敵を拘束しようとするが、相手も素早く動くためになかなかタイミングが取れない。とりあえず、咲耶が後方から梓弓で援護しつつ、アリカは封砲で動きを封じていく。
「‥‥これ以上は進ませない、絶対に食い止めるわよ!」

避難が完了して2人も戻ってきた。いよいよ、ここからが本番だ。6人が敵と対峙する。
「さて、迷惑なお客にはお帰り願うとしようか」
 黎がP37を構える。
「先程の言葉を、真実とする時が来た。去ね、天魔の従僕たる大蟹よ! 」
 白蛇の言葉に次いで、アリカがスキルを発動する。
「‥‥覚えたてのスキルを試すいい機会だわ。行くわよ‥‥!」
 炎熱の鉄槌を振り抜いて封砲を放ったのを合図に全員が攻撃を開始する。今回、全員が中遠距離攻撃タイプのため、まさに一斉攻撃だ。
 だが、敵の甲羅は予想以上に強固だった。弾丸も弓矢も弾いてしまい、魔法攻撃の耐性も高い。そして何より動きが素早く、遠距離からの攻撃が当たり難いのだ。何とかして足を止めたい。
 攻撃の隙を突いて、敵がナナシに襲い掛かる。
「くっ!!」
 巨大な蟹爪を、間一髪で後方上空に飛び上がって躱す。そこを黎がクイックショットで蟹の目玉を狙うが、それも避けられてしまう。
「ちっ! 動きが速過ぎる!」
「次に動いたタイミングで、私が異界の呼び手で動きを止めます! そこを狙って下さい!」
 紅葉はそう言うと、スキル発動のためにアウルを高めていく。他の者が時間稼ぎに牽制攻撃を続ける。
 左に動いた敵が白蛇に向かって蟹爪を振り上げたときに、一瞬その足が止まった。
「!! 今っ!!」
 紅葉が異界の呼び手を発動させた。敵の周囲の空間から無数の腕が表れて、敵の体に掴み掛かる。敵も蟹爪を振り回して払い除けようとするが、次々に現れる腕にその蟹爪も抑えられ、身動きできなくなった。
 そのチャンスを逃さず、ナナシが雷霆の書を使って雷の剣を放つ。狙いは脚の付け根の関節部。数十本の雷の剣が正確にそこに突き刺さり、脚が根本から千切れ飛んだ。
「よし! まず1本っ!」
 声帯を持たない大蟹は叫び声の変わりに口から大量に泡を吹いて身悶える。そこで異界の呼び手が切れて再び動けるようになると、怒り狂ったように暴れだした。
 しかし、そうなると逆に動きが読めなくなってしまい拘束魔法が出し辛くなってしまった。
「‥‥このままじゃ消耗戦ね。なら‥‥」
 アリカは武器の活性化をシールドに変更して防御力を高めると、敵の懐に飛び込んだ。相手の不規則な動きに合わせながら、挑発のための牽制攻撃を繰り返していると、業を煮やした敵が蟹爪を振り回してきた。
「!!‥‥」
 鉄槌を構えて踏ん張ると、重い衝撃が襲い掛かる。勢いで1mほど後ろにずり下がったが何とか堪えた。
 白蛇はアリカの意図を予想して、既に光纏していた。足元から穢れを示す黒き靄が、吐息から清浄を示す白き靄が発生させ、そしてその瞳は蛇のように縦長に萎縮していた。
 アリカが敵の攻撃を受け止めた瞬間に、白蛇はアウルを込めたエヴァーグリーンを放つ。目に見えないほど細い糸が蟹爪に巻きつく。
「調子にのるでないっ!!」
 白蛇の金色の瞳がより強く光り、巻きついた緑の糸が一気に引き寄せると、蟹爪が粉々に砕けた。
「アリカさん、下がって下さいっ!」
 間を置かず、今度は咲耶が審判の鎖を発動させる。
「本来ならば祝福すべき日だというのに、貴方達天魔はどうしていつもいつも!」
 聖なる鎖が発現し、敵をがんじがらめにした。
「今度は私の番だよ!!」
 黎はP37を構えて駆け出すと、走りながらクイックショットからアッシドショットに切り替える。動けない蟹脚を足場に飛び上がると、口と思しき部分に銃口を向ける。
「またのご来店を、と」
薄笑いと共に連射。
「Yeah.Serves you right!」
撃ち尽くすと後方にトンボを切って着地し、素早く後退する。
入れ替わるように、今度は紅葉がライトニングを放って脚をもう1本吹き飛ばした。
連続の痛撃に、聖なる鎖が解けても、敵の動きは目に見えて鈍くなっていた。
「一気に畳み掛けるよ!」
「私がいきます! 拘束をお願いします!」
 咲耶がそう叫ぶと、紅葉が再度異界の呼び手を発動させて、敵の動きを止める。
 咲耶は胸にある勾玉を握りしめてアウルを高める。勾玉が淡く光り出すと同時に、咲耶の黒髪が根本から真っ白に変化していく。そして、それまで閉ざされていた目が開かれると、瞳は金色に変わっていた。
 左手を前に突き出すように構え、握った右手を顔の横に添える。つぎの瞬間、右手に光る槍が表れた。ヴァルキリージャベリン。アウルによって作り出された槍だ。咲耶が鋭いモーションで光の槍を放つ。
 高速で飛翔した槍が敵の胴体に深々と突き刺さる。巨大な蟹の体が激しく痙攣する。
「一斉攻撃じゃ! ありったけ叩き込め!!」
 全員が持っているスキルを発動して、止めの一撃を放つ。弾丸が、魔法が、弓が、鉄線が、鉄槌、雷が、容赦なく降り注ぎ、敵、ディアボロは体をバラバラにして吹き飛んだ。
降り積もった雪に落ちた残骸。嘗ては人間だったはずの骸。断末魔の叫びもない。静かな終わりだった。
「‥‥終わった、な‥‥」
 黎の言葉に頷くものはいなかった。物悲しい雰囲気だけが漂っている。
「ハッ! まだ終わりじゃない! 怪我人がいる!」
 ナナシが叫んだと同時に駆け出す。
「どこに!?」
「マリーナの方だって言ってた!」
「行きましょう!」
 咲耶がそういうと、全員でマリーナに急行する。

「お願い! しっかりして! 死んじゃだめだよ! 血、止まって! 止まって‥‥」
 マリーナに戻った蘭月は、重症を負った彼氏の流れ出す血を止めようと、必死に傷口を抑えていた。しかし深く抉られていて、とても1人では押さえられない。
「あなたも手伝って!」
 だが彼女は恐怖に震えて嫌々をするばかり。
「まだ生きてるんだよ! 彼も今戦ってるんだよ! 生きようとしてるんだよ! それを、彼女のあなたが見殺しにするの!?」
 蘭月の厳しい叱責に体をビクリと震わせる。恐る恐る倒れる彼氏の方を見やる。
「また彼に会いたくないの? 彼の笑顔を見たくないの?」
 蘭月の問いに、消え入りそうな小さい声が呟いた。
「‥‥会いたい‥‥」
「なら、助けなくちゃっ! さあ! こっちにきて手伝って!」
 彼女はゆっくり近付くと、恐る恐る震える手を伸ばす。直前で躊躇する手を蘭月は掴んで、無理やり傷口を押さえさせる。
「ヒッ!」
 彼女は悲鳴を上げたが、今度は逃げなかった。勇気を振り絞って傷口を押さえる。
「がんばろう! きっと仲間が助けにきてくれるから!」
 しかし、血は止まらず、脈もどんどん弱くなっていく。励まし続けるも、助からないかもという焦燥感が強くなってしまう。その時、
「巫女樹さん!!」
 自分を呼ぶ声に顔を上げると、ナナシと、他のみんなが走ってくるのが見えた。
 回復魔法が使える咲耶が真っ先に駆け寄ってくる。
「ヒールを掛けます! 下がって!」
 呪文を唱えて両手を翳すと、横たわる彼氏が淡い光に包まれる。だが、傷口が大きいため、なかなか効果が表れない。咲耶も額に脂汗を浮かべて必死に回復魔法を継続させる。
 傍で泣きじゃくる彼女の背中をナナシが優しくさする。
「大丈夫。大丈夫だから信じなさい。貴方が信じずして、誰が彼の無事を信じると言うの?」
 そのとき、やっと遠くの方から救急車の音が聞こえてきた。紅葉が携帯でマリーナに急行してもらうように連絡を入れる。そして、やっと回復魔法の効果が表れて、出血が止まり傷口も小さくなってきた。脈も再び強くなり始めている。何とか峠は越えた。あとは病院に搬送して治療してもらえば助かるだろう。
 蘭月が安堵で倒れ込みそうになったところを黎が支える。
「よく、がんばったな」
「‥‥いいえ、みなさんのおかげです」

 彼女と彼氏を乗せた救急車が走り去っていくのを7人は並んで見送った。
 先ほどと違い、みんなの顔には笑顔があった。
 止んでいた雪がまた降り始めて、血の跡を白く覆い隠していく。
心地よい静寂の中、ナナシがポツリポツリと語り出す。
「私ね、この世界の事を勉強して、最近少しだけ思うの。私たちが頑張れば、世界から悲しみを無くす事ってできるのかな、って。私たちにだって奇跡って起こせるのかな、って」
夜空を見上げた蘭月の頬に雪が舞い降りる。
「そうだね。それに今日は、クリスマス、だもんね」



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

筧撃退士事務所就職内定・
常木 黎(ja0718)

卒業 女 インフィルトレイター
優しき魔法使い・
紅葉 公(ja2931)

大学部4年159組 女 ダアト
夜を見通す心の眼・
神城 朔耶(ja5843)

大学部2年72組 女 アストラルヴァンガード
慈し見守る白き母・
白蛇(jb0889)

大学部7年6組 女 バハムートテイマー
佐渡乃明日羽のお友達・
紅 アリカ(jb1398)

大学部7年160組 女 ルインズブレイド
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍