茨城の山中に現場へと向かう6人の姿があった。
「報告では今回の相手はムカデということですが、何故天魔はこうも昆虫の姿を真似るんでしょうか?」
エリス・K・マクミラン(
ja0016)が、隣を歩くクジョウ=Z=アルファルド(
ja4432)に言う。2人は同じクラブに所属していて顔見知りだ。
「さあな。だが、動物の姿より虫の方が、恐怖や嫌悪の対象になり易いからな。そういうのを狙っているのかもな。まあ、あくまで推測だが」
そう言ってクジョウは肩を竦めた。
「県境の知られざる村? 地元の人間が知らないというのもおかしな話だが・・・・」
「そうですよね。あ、そういば、県境ってどことのでしたっけ? 栃木? 埼玉?」
梶夜零紀(
ja0728)と、ファング・クラウド(
ja7828)の会話を聞きつつ、マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)は考え込んでいた。
『‥‥違和感、ですね。老人さえ知らない村‥‥いえ、この場合は“村の存在”が、ではなく。オペレーターの方も認識が曖昧だった事も込みで。まるでそう思う様に仕向けられている様な‥‥』
「この坂を下れば問題の村に入ります。そろそろ準備しておきましょう」
報告にあった村へと下る坂道に差し掛かったところで、先頭を歩いていた楊玲花(
ja0249)が立ち止まって皆の方へ向き直った。マキナもその声に思考の海から意識を戻す。
玲花の指示で、それぞれ持ってきた虫除けスプレーを、肌が露出しているところに入念に噴きかける。
「皆さん、殺虫スプレーはありますよね? では、確認ですが、まずは邪魔な地面のムカデを殺虫剤で駆除しつつ、クジョウさんとエリスさんが村人の救助、残りの4人でディアボロを殲滅。これでよろしいですね?」
玲花の確認に、クジョウが頷く。
「ああ、俺たちも救助が完了次第、援護にまわる」
「お願いします。では、参りましょう」
坂を少し下ると、谷底に村が見えてきた。マキナは、その決して小さくはない村を見て、再び思考する。
『戸数からしても忘れられるほど小さくはない。‥‥“何もない”ではなく、“何かがある”からそう思わされている? ‥‥まるで天魔の結界の類ですね』
村の入り口に着いた6人は、その光景に愕然としてしまった。
「こ、これは‥‥」
村全体を覆い尽くす赤黒いムカデの大軍。まるで1つの生き物のように蠢いている。
「‥‥覚悟はしていたけど、これは予想外ですね」
「うぅ。夢に出そうです‥‥」
玲花とエリスが嫌悪感に顔を歪める。
「それに普通のムカデとは違うな。あの大きさは異常だ。そんな報告あったか?」
梶夜の疑問に、マキナは依頼を受けた際の詳細を思い起こす。
『確か、体長10cmほどのムカデと言っていましたね。私としたことがそんな重要なことを失念していたとは‥‥』
とても持ってきた殺虫スプレーだけでどうにかなりそうな数ではない。
「呆けていても仕方がない。やれることをやるしかないだろう。とりあえず村人だけでも救出せねば」
クジョウの言葉に全員が頷くと覚悟を決めて村へと向かう。
全員で殺虫スプレーを構えて、地面のムカデの群れに向けて噴射する。殺虫剤を直接掛けられたムカデが数匹のたうち回る。女性たちが気持ちの悪さに口元を押さえた。さすがの男性たちも顔を顰める。
大きさ以外は普通のムカデのため殺虫剤は効いているようだが、体が大きいので殺すまでにはかなりの量を噴きかけなければならない。周りにいたムカデたちも逃げていくが、それもスプレーが届く範囲だけで、効果が薄まれば、また戻ってきてしまう。
あっという間に一つめのスプレーがなくなってしまった。全てのムカデを駆除する必要はないが、殺虫スプレーだけでは道も作れない。空になったスプレー缶を見ながら玲花が溜息をつく。
「‥‥一応ガソリンも持ってきましたが、手持ちの量では焼け石に水ですね」
「こうなったらスキルを使って吹き飛ばすしかないですね。俺のは武器に付帯させるスキルだから駄目だけど、広範囲に攻撃できるスキルを誰か持ってません?」
ファングがそういうと、玲花と梶夜、クジョウが手を挙げた。しかし、3人のスキルはいずれも直線的に効果を出すもので、広い場所なら良いが、民家などの近くでは建物に被害が及んでしまう。
「そこは仕方ない。近くまで行って、残りのスプレーと、あとは強引に蹴散らすしかないだろ」
クジョウの言葉に、エリスが青くなって心底嫌そうな顔をした。しかし、反対はしない。村人を助けるためにやらなければならないことと判っているからだ。
そのとき、黙って話を聞いていたマキナが視界の隅で動くものを捉えた。
「‥‥来ます!」
その声に全員が即座に反応して武器を構える。広場の中央付近の地面が盛り上がっていく。いや、立ち上がっていく。
キッシャァァァァ!!
巨大なムカデが鎌首を持ち上げて咆哮した。ムカデの姿そのままに、肉食虫であることを強調する大鎌のような牙を打ち鳴らす。
「のんびり話してる暇はなくなったな。いくぞ!」
梶夜はハルバートにアウルを注ぎ込むと、一気に振り下ろす。封砲。黒い衝撃波が地面にいる小型ムカデを吹き飛ばす。続けて玲花がアウルで作り出した炎の魔法攻撃を打ち出す。火遁・火蛇。炎に焼かれたムカデたちが一瞬で消し炭となる。ディアボロ・ムカデまでの道が開けた。
「行きます!」
「オラァァッ!」
マキナとファングがその道に飛び込むと、梶夜と玲花が後に続く。
「エリス! 俺たちも行くぞ!」
「はい!」
クジョウが近くの民家の脇を狙って、長鞭のブルウィップにアウルを注ぎ振り下ろす。アークソニック。風が衝撃波となって小型ムカデを吹き飛ばした。2人は村人の救助へと駆け出す。
マキナは諧謔で強化された足でディアボロに肉薄するが、足元のムカデたちが邪魔をする。マキナは残っていた殺虫スプレーを放り投げると、黒焔で爆発させムカデたちを吹き飛ばす。空いた所に踏み込んでキャノンナックルを叩き込む。しかし、ディアボロが素早く身を捻って避けたため、掠った程度だ。
梶夜もハルバートで地面のムカデを払い除けながら近付き、斬りつける。しかし、足元を気にしながらのため力が乗り切らない。ディアボロが牙を剥いて喰らい付こうとしてくるのを、辛うじてハルバートで防ぐが、踏ん張った足が、踏み潰したムカデで滑って体勢が崩れる。
「ちぃっ!」
「危ないっ!」
体勢を崩した梶夜に襲い掛かるディアボロに、玲花が苦無を投擲する。狙い違わず一本がディアボロの左目に刺さった。
ギャシャァァァッ!
激痛に叫んだディアボロが巨大な尻尾を振り回してきたが、玲花は華麗に跳躍して攻撃を避ける。ディアボロの尻尾が都合よく地面のムカデを薙ぎ払ってくれたため、難なく着地して胡蝶扇を振って炎の魔法攻撃を畳み掛ける。
ファングはImpact Voltで牽制しつつ、スキル、SellBullet ExcellionBurstの発動の準備をしていた。
「もっと・・・・もっとだ!! もっと輝けええええええええええええッッッ!!!」
アウルが右の甲に集まり光を放っている。徐々に光纏が腕から覆っていき、そして顔の右半分を覆う。
「これが・・・・掴んだ力・・・・シェルブリッドだ・・・・ッ!!」
大きな力を感じたディアボロが丸太のような尻尾で攻撃してくる。
「てめぇの横暴もこれまでだあああああああああああああッ!!!!! シェルブリッドォオオオオ!! エクセリオンバーストォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
光纏に覆われた拳が高速で打ち出される。インパクトの瞬間、右腕は光の粉のようになり輪郭を失う。
音も無くディアボロの尻尾が胴体と分離した。瞬寸遅れて胴体からどす黒い血が噴き出し、ディアボロが絶叫を上げる。
「チャンスよ! 一気にいきましょう!」
玲花の掛け声に4人が一斉に攻撃を仕掛けようとしたとき、
キィイィィィィッ!
ディアボロがこれまでにない叫び声を上げた。すると、今までただ地面にいるだけだったムカデたちが一斉に4人に向かって動き出した。
民家へ救助に向かったクジョウとエリスも、やはり大量のムカデに苦戦していた。
村人の家の中もムカデで溢れていて、殺虫スプレーも既に使い切ってしまった。クジョウのブルウィップも狭いところでは威力を発揮できないため、結局直接排除するしかない。
「・・・・ムカデには罪は無い・・・・無いですが・・・・うぅ、やっぱり気持ち悪いです」
靴越しとはいえ、ムカデを踏み潰す感触には寒気がする。
「さすがにきついな。帰ったら、もうこの靴を履く気にはなれないな」
クジョウも顔を顰めながら、足元のムカデを払い除けながら廊下を進む。
居間で村人を発見した。ソファーに座ってじっと動いていないが、どういうわけか村人にはムカデが取り付いてはいなかった。
「久遠ヶ原学園の者です! 救助にきました!」
呼び掛けに村人の反応がない。正面に回り込んでみると、生気がなく、目も虚ろな状態だった。脈はあるので、肩に触れて呼び掛けてみたが、やはり反応がない。
「駄目か・・・・ 既に支配されているか」
クジョウの言葉に、エリスは沈痛な表情になる。もっと早く発見されていれば助けられたかもしれないのに。
「とにかく連れ出そう。俺が背負っていくから、道を確保してくれ」
「・・・・わかりました」
村人を背負ったクジョウは、あまりの体重の軽さに驚く。長い間放置されて痩せ細ってしまったのだろう。心の中で天魔に呪詛を吐く。
『天魔め・・・・ 必ず・・・・』
2人が村人の家を出たところで、耳障りな叫び声が聞こえた。
「な、なんでしょう? この声は? みんながディアボロを倒したのかしら?」
「・・・・いや、違うみたいだぞ」
地面のムカデたちが急に忙しなく動き始め、明らかにこちらへ向かってくる。
「やばいぞ! 走れ!」
2人は躊躇い無く走り出した。
「ちっ! こいつら、操られているのか!?」
蹴散らしても蹴散らしても、寄ってきて噛み付こうとするムカデたちに、ファングが舌打ちする。
その間にも傷付けられて怒り狂ったディアボロが攻撃してきて、4人は避けるのに精一杯になってしまった。
「くっ! ここは一旦退きましょう!」
玲花はそういうと後方に向かって火遁を放ち、退路を作る。梶夜も同じく封砲を放ってマキナとファングを促して後退した。
6人は、何とか突破して村を出た。ムカデたちも村の外までは追ってこない。しかし、ディアボロと共にこちらを威嚇するように蠢いている。
「・・・・悔しいが、応援を頼もう」
クジョウは悔しそうに言葉を搾り出す。他の5人も悔しそうに唇を噛む。だが、今の装備だけではどうにもならないことが判っているので、誰も反対は出来なかった。
●久遠ヶ原学園執行部
「茨城県の山中に救助に向かったパーティーから応援要請が来ました!」
「状況は?」
「村人1名は救出。しかし、ムカデの数が予想以上にたで大量で攻めあぐねている模様です」
「敵は?」
「手傷は負わせたものの、未だに健在とのことです。周りのムカデもディアボロに操られて攻撃してくるようです」
「そうなると、広範囲に効果のある手段が必要ね。・・・・ムカデとかは煙を嫌うって聞いたことがあるわ。殺虫剤も煙タイプの方がいいわね。くん煙殺虫剤の煙で排除するか」
「あと、熱湯を掛けるとか。あ、でも、これは用意が大変かな」
「それと、広範囲に魔法攻撃できる人が必要ね。至急手配して応援に向かいましょう!」