「以上で、披露宴までの説明を終わりにします。詳細につきましては、この後、各担当より説明がございます」
ブライダル部の御子柴がホテル側の担当者を紹介していく。説明会で使われた資料は、実際にホテルが新人研修で使っているもので、内容も具体的だった。また実際の披露宴のビデオも使って説明してくれたので、参加した生徒たちも自分のやることは概ね理解できた。
「結婚式の予行練習みたいで面白そうなの。撃退士って危険が伴う仕事もあるから、着られるうちにウェディングドレス着れるのは嬉しいの」
そう言って、花嫁役の根来夕貴乃(
ja8456)はうっとりと自分のウェディング姿を想像する。
「なんかこう、みんなで協力して何かをやるのってわくわくするよね」
会場係のポラリス(
ja8467)が目をキラキラさせながら言うと、隣にいた司会役の宅間谷姫(
ja1407)もおっとりと頷く。
「折角の機会ですし、社会勉強の為にも、頑張りたいですの」
料理係の日比野亜絽波(
ja4259)と、音響係の村雨紫狼(
ja5376)はそれぞれの担当者と資料を見ながら打ち合わせを始め、余興係となった、天谷悠里(
ja0115)、遊佐篤(
ja0628)、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)の3人も集まって相談を始めていた。
プランナー役の阿久乃唐子(
ja7398)と、新郎新婦の鐘田将太郎(
ja0114)と夕貴乃は、御子柴と早速ウェディングドレスの試着に向かった。
「わぁー! すごいのー! きれいなのー!」
所狭しと並ぶドレスを見て、普段おっとりしている夕貴乃も声を上げた。さすがは五つ星ホテルだけあって、その数も半端ない。
「圧巻だな、これは。しかし、やはりというか当然というか、男用の衣装は少ないな」
「まあ、男のは布地が少ないからね。そう見えるだけさ。数はそれなりにあるようだよ? しかし、この中から選ぶのはちょっと骨だねぇ」
ドレスの金額も数万から数十万とピンキリだ。実際は予算から制限されてしまうのだが、今回は模擬ということで制限はなしとのこと。
「やっぱり高いドレスは綺麗なのー」
夕貴乃がうっとりとドレスに見入る。さすがに高いドレスは、花嫁というよりお姫様だ。そうして大試着会が始まった。
ポラリスは実際に使用する披露宴会場で、飾り付けのイメージを考えていた。
「基本は洋装に合わせて、テーブルのお花はバラをメインに、って、バラ高っ! 生花ってこんなに高いの?
でも、せめて新郎新婦のテーブルは華やかにしないと。うん。これかなぁ。なるべく花の大きなものを多くして、全体的な色合いは淡く、アクセントに赤いバラを。あ、あと、ウェルカムボードも可愛くしなくちゃ!」
亜絽波はホテルのシェフにアドバイスをもらいながら、料理のメニューと格闘していた。さすがに一流ホテルだけあって料理の数も多い。
「リクエストのあった、ローストビーフと、伊勢えび、フカヒレは使いたいね。あ、この伊勢えびの香草チリソースは美味しそうだ。あ、これもいいかも。豚肉の柔らか煮込みの夏野菜添え。あとは・・・・」
「アラサー学生の俺、参上ってか。いや〜マジで子供しかいねーよなぁ、まあ当然だけどな」
会場の音響システムを確認しながら、紫狼は大人として子供たちのフォローにまわってやろうと考えていた。
「普通は流行曲とか使うんだろうが、ここはやっぱ生演奏だな」
余興は、3人で話し合った結果、それぞれが得意なものを出し物とすることになった。
「私はピアノやるね。小さい頃からやってるから、割と自信は、あるかな。結婚式だし、明るいポップな曲がいいよね」
そう言って悠里は可愛く首を傾げる。
「俺はブレイク・ダンスだな。バッチリ決めるぜ!」
一見すると不良っぽい篤だが、ちょっとした仕草から育ちが良いことが窺われる。
「では、僕はマジックにしましょう。おめでたいものをテーマにしたものなどやってみましよう」
エイルズレトラはポケットから、いつも持ち歩いているトランプを取り出してみせる。
夕貴乃と唐子と将太郎は、次の日もホテルのドレスルームに来ていた。結局、初日だけではドレスを決められなかったのだ。
「さて、プリンセスラインというのは決まっているが、問題はデザインだねぇ。お前さんは小柄だから、あんまりゴテゴテしたものじゃない方がいいと思うんだがねぇ」
「で、でも、こんな大胆なVじゃ、落ち着かないの」
いま試着しているのは、飾りはシンプルだが、肩から胸元までが大胆に露出したセクシー度の高いものだった。まだまだ発展途上な体型の夕貴乃としては、ずり落ちてしまいそうで落ち着かない。
「私には、まだちょっと大人っぽ過ぎると思うの ねぇ、そう思いませんの? 将太郎さん」
先ほどから目のやり場に困っていた将太郎は慌ててしまう。
「うーん、それも悪くはないとは思うんだが、確かに、ちょっと大人っぽ過ぎるかな?」
結局、夕貴乃の希望で、胸元を多めのレースで飾ったビスチェタイプのドレスに決まった。お色直しのドレスは唐子の薦めで黒ベースに赤のレースをあしらったカラードレスとなった。
将太郎の衣装は定番の白と黒のタキシードとなったが、最初2人からスパンコールが付いたキラキラ・タキシードを薦められたが、断固拒否した。
「俺はお笑い芸人か! 普通でいい! 普通で!」
その後、本番当日まで、一番大変だったのは、花嫁かもしれない。
「ハッ! これで少しでも、ハッ! 大きくなれば、ハッ! いいのぉ」
少しでもスタイルを良く見せようと、夕貴乃は毎日バストアップの運動を続けている。肌の露出も多いので、セルフマッサージや化粧水などで肌のお手入れも欠かせなかった。
そして、披露宴当日。開演2時間前。会場の準備が急ピッチで進められている。
「うふふ、かーわいいっ。私みたいに可愛いわっ」
ポラリスは会場入り口にウェルカムボードを置くと、額縁に新郎新婦を模した小さなテディベアを並べて満面の笑みを浮かべる。そして会場に入ると生花の飾り付けのチェックをしていく。スーツ姿の谷姫も手伝う。
「アクセントの赤いバラが目立つようにお願いしますね。えーと、谷姫ちゃん、こんな感じでどうかな?」
「綺麗ですね。良いと思いますの」
「ありがと! じゃあ、こんな感じでお願いします!」
亜絽波はホテルの厨房でシェフとウェディングケーキを作っている。よくあるタワー型のウェディングケーキは大部分が作り物だが、今回は全て本物のケーキで作ってある。見掛け上の豪華さは落ちるが、作り手の心がいっぱい篭っているものだからと亜絽波はあえてこちらを選んだのだ。
水色のパーティードレスを着た悠里は会場に設置したピアノで、演奏曲を練習していた。披露宴中の音楽を紫狼と一緒に生演奏にすることになったのだ。
「私が主役ってわけじゃないけど、ピアノの発表会みたいで、ん?発表会? ああああ、なんか緊張してきたぁ!」
意識した途端に一気に緊張してきてしまった。深呼吸して掌に人の字を書いて飲み込む。
「そういえば、紫狼さんまだかな。確認したいことがあるんだけど」
そう言っているところに当人の声が割り込んできた。
「いやぁーちょっと遅れちまった。悪い悪い」
紫狼の声に悠里は振り返ったが、そこには、ピンクの長い髪に紫のドレスを着た、ちょっと派手で大柄な美人の女性が立っているだけだった。お客さん役のホテルの人かなと思いつつ、悠里は紫狼の姿を探したが見当たらない。
悠里が訝しんでいると、目の前の女性が笑い声を上げた。女の人にしては低い声で。
「はっはっはっ! 俺だよ、俺」
その女性が紫狼の声でしゃべっている。と、いうことは、
「も、もしかして、あ、あなた、紫狼、さん?」
「ああ。そうだぜ。どうだ、俺の艶姿は? ムダ毛もばっちり処理したぜ」
そういって女装した紫狼は優雅にその場でくるりと回ってみせる。悠里は唖然として声も出せない。
「どうした? そんなに見惚れるなよ。照れるじゃねぇか」
「・・・・な、なぜ、じょ、女装を?」
「なぜって? 演奏者は綺麗な女の方が見栄えがいいだろ? 大丈夫、演奏もばっちりよ」
最後の方は裏声でオネエ言葉になって、悠里はげっそりと脱力した。
ドレスルームでは、新郎新婦の仕上げの段階になっていた。唐子が自らの手によって結い上げた夕貴乃の髪に、パールを使った小さなティアラを載せる。美しい花嫁が完成した。
「うん。上出来だ。どうだい? 新郎さん?」
「あ? ああ。そうだな。い、いいんじゃないか? よく似合ってる」
「んん? こういうときには、本当なら、お決まりの台詞があるんじゃないのかい?」
「ぐっ、くそっ、その、なんだ。えーと、その・・・・ ゆ、夕貴乃、とても、綺麗だよ」
言われた夕貴乃は一瞬固まると、ボッと火が点いたように真っ赤になって俯いて囁いた。
「あ、ありがとうございます・・・・」
まるで本当の新郎新婦のように恥らい合う2人に、唐子は、さてっと手を一つ打つ。
「そろそろ時間だよ。いいかい、ご馳走に負けてがっつくんじゃないよ。花形達のボタンが飛ぶなんて、他人事じゃなきゃ笑えやしない」
「うん。色々ありがとうなの、唐子さん」
「サンキューな」
そう言って部屋を出ていく2人の後姿と見送って、唐子は不覚にも泣きそうになってしまった。
「親ってのはこんな気持ちになるのかねぇ。さて本番だ」
司会の谷姫が、深呼吸を一つしてマイクに向かう。
「大変長らくお待たせ致しました。ただいまより、ご新郎ご新婦様の入場です。皆様、盛大な拍手でお出迎え下さい」
紫狼(女装)と悠里がピアノの演奏を始めると、会場の照明が落とされ、入り口にスポットライトが当てられた。扉が開かれ、一礼した新郎新婦が会場を進む。真っ白なドレスとそれに負けない白い肌が華やかに輝く。新郎も凛々しく、まさに美男美女のカップルだ。
その後も、初めてとは思えない危なげない谷姫の司会で披露宴が進んでいく。
「続きましては、お二人の夫婦としてのファーストバイト、ウェディングケーキ入刀でございます」
谷姫の合図で、ポラリスと唐子がサイドの扉を開けると、ドライアイスの煙と共に亜絽波がウェディングケーキを載せたワゴンを押して入ってきた。ウェディングケーキは、真っ赤ベリーをたくさん使った二段のハート型のケーキだ。
「それではここで、新郎新婦お二人の手により、ウェディングケーキにナイフを入れて頂きます。・・・・それでは、ウェディングケーキ入刀でございます」
2人が手を添えたナイフがケーキに入った瞬間、盛大に拍手が上がる。カメラのフラッシュが一斉にたかれて、2人も笑顔でそれに応える。
「あーん、やれよ! あーん!」
そう言ってたき付ける紫狼の声に、周りもやれーと囃し立てる。夕貴乃は照れながらもスプーンでケーキを掬うと将太郎の口元に運ぶ。一口にしては大き過ぎるそれを将太郎は何とか食べ切るが、口の周りにクリームをべったり付けて笑いを誘った。
少し歓談で豪華な料理を堪能した後は、いよいよ余興の時間だ。
一番手は悠里だ。最初は極度に緊張していたが、BGMをずっと演奏していたため肩の力も抜けて、明るいポップな曲を10年ものの演奏で披露した。盛大な拍手を受けながら新郎新婦に笑顔を向ける。
「おめでとう!」
次は、篤の番だ。
「本日は一生に一度の素晴らしい日にお招きいただきまして、心からお祝いを申し上げます。と、言うわけで。ブレイクダンスをお二人に捧げます!」
言い終わるや否や、スーツを脱ぎ捨てると、ピップホップなダンス衣装に早変わり。紫狼のエレキベースと悠里のキーボードに合わせて、切れのあるブレイクダンスを踊る。タートル、ジョーダンなどの技を組み合わせて、最後はヘッドスタンドで決めた。
最後はエイルズレトラ。定番なショー・ミュージックに合わせて、次々とマジックを披露していく。ハートや白い鳩など縁起の良い小道具使って見せていく。特にばらばらに置いたトランプのキングのクイーンが、掛け声一つで一緒になるマジックは好評だった。
「ご歓談中恐れ入りますが、ここで新婦様はお色直しのため、しばらく中座させて頂きます」
新婦が退場した後、少ししてから新郎も中座した。そして15分ほどして、
「皆様、大変長らくお待たせ致しました。これより、新郎新婦様、装いも新たにご入場でございます」
再び照明が落とされた。しかし今度はスポットライトは当たらない。扉が開かれると、淡い光が会場を照らす。夕貴乃が自身のスキル・星の輝きを使っているのだ。月明かりのような優しい光に包まれて、黒と赤のカラードレスが映える。長い髪は下ろして巻き髪にし、ドレスと同じモチーフのヘッドレスで、まるで夜のお姫様のようだ。将太郎も黒のロング・タキシードで、こちらも夜の紳士だ。
2人は各テーブルを回って、亜絽波の用意したフローティング・キャンドルに火を灯していく。
「きゃー! ユキノちゃんかわいーい! こっち向いてっ」
ポラリスが支給品でもらったデジカメで写真を取り捲る。
この後、しばらく歓談の時間となった。ホテル側の配慮で、係りだったものたちもテーブルについて料理を食べることができた。
和気合いあいとした雰囲気で式も進んだ。今回は花嫁から両親への手紙は、恥ずかしいからという夕貴乃の頼みで割愛された。最後の両親役への花束贈呈も終わり、いよいよ終演。
「これをもちまして、鐘田家、根来家、ご両家の結婚披露宴をめでたくお開きとさせて頂きます。ここで、素晴らしい生演奏で式を盛り上げて下さいました村雨様、天谷様に盛大な拍手をお願い致します」
拍手の中、バイオリンの紫狼と、ピアノの悠里が演奏を続けながら嬉しそうに頭を下げる。
「それでは、つたない司会にも関わらず最後までお付き合い頂きまして、誠にありがとうございました!」
そう言って谷姫は深々と一礼した。会場全体から盛大な拍手が贈られる。顔を上げた谷姫の顔はやり切った満足の表情に満ちていた。
全て終了した。演奏も終わって会場に通常の照明が点けられる。皆しばらく、そのまま余韻に浸るようにボーっとしていたが、徐々に終わった実感が込み上げてくる。
「うおー! 終わったぞー!」
「お疲れなのー! みんな、がんばったのー!」
「うんうん、上出来だったんじゃないかねぇ」
みんな抱き合ったり、ハイタッチしたり、お互いの拳を合わせたりして、お互いに労い合う。
そんな学生たちの姿を眩しそうに見ていたブライダル部の御子柴がマイクを取る。
「皆さん、大変お疲れ様でした! これで全て終了となります。想いの篭った大変素晴らしい披露宴でしたよ。わたくし共も初心に戻った気持ちでお手伝いさせて頂き、改めて勉強させて頂きました。将来皆さんがご結婚されるときの参考になれば幸いです。皆さん、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました!」