●追跡
ディメンジョン・サークルを抜けた目の前にあったのは無残に破壊された鋼鉄製の門扉と警備室だった。大学の救助班が怪我人の応急手当をしているが、救急車はまだ到着していないようだ。
「こりゃ、また派手にやりやがったなァ」
長身に赤毛の島津・陸刀(
ja0031)が顔を顰めた。また初めての戦いになる合川カタリ(
ja5724)もその光景に唖然とする。
「とりあえず奴さんの現在地を確認するか」
島津がスマホの画面をタップしようとした瞬間、構内から轟音が響き、爆発したような黒い煙が上がった。
「電話は必要なさそうねぇ」
そう言って楽しそうに笑うのは黒百合(
ja0422)だ。
「とにかく、急ごう!」
雪ノ下・正太郎(
ja0343)は拳を固めて言うと躊躇なく駆け出した。雪ノ下も初の実戦に緊張しているが、正義に燃える心に不安はない。他の者たちもそれを追ってすぐに走り出す。
走りながら島津が電源棟までの最短ルートを電話で確認する。何としても先回りしなければならないのだ。
「そこを左だ! 真っ直ぐ行って、噴水広場を右!」
島津の指示に従いながら、6人は常人には不可能なスピードで構内を駆け抜ける。
柳津半奈(
ja0535)は走りながら思う。研究所では天魔の物質透過能力の研究をしているという。もしそれが解析できれば戦局は大きく変わる。そのためにもこの戦いは重要だ。
(何としてでも、防いでみせます)
校舎裏の狭い通路を抜けると、駐車場が隣接する広い通りに出た。
「上が茶色で下が白の建物…… あれだ! あれが電源棟だ!」
島津が指差した先には警備室を一回り大きくしたような建物があった。電源棟というには小さく見えるが、発電機などの設備は地下にあるのだ。地上はその制御室になっていて、ここを破壊されたら各建物への電源供給は停止してしまう。そして、その後方に見える校舎が問題の研究棟だ。ディアボロは真っ直ぐそこを目指している。
「なんとか間に合ったようだな」
神威 翼(
ja6331)は冷静に言った。
「ここを最終防衛ラインとして、もう少し手前で迎え撃つか」
先の通りにもまだディアボロは見えない。ちょうど100mくらい手前は両側に校舎が建っており、左右への逃げ場がなく待ち受けるには都合がいい。
「とりあえずぅ、電源棟の職員は避難してもらった方がいいわよねぇ。ちょっといってくるわぁ」
「ああ、頼むわ。さて、お出迎えの準備でもするかァ」
残りの5人は、先ほど言った迎撃ポイントに移動した。
事前の打ち合わせで、攻撃は前衛と後衛に分かれて行うことになっている。前衛は島津、雪ノ下、黒百合、柳津の4人で、後衛が銃を武器とする神威と合川だ。敵が射程距離に入ったら迎撃開始。特に足を狙って動きを鈍らせる。そこに前衛が突っ込んで敵の動きを止めて全力で叩く予定だ。
合川は初の実戦に緊張してガチガチになっていた。手にあるリボルバー拳銃を何度も何度も入念にチェックする。訓練以外で初めて持つ拳銃は色々な意味で重く感じられてしまう。
(……いけん!)
そんな弱気では駄目だ。失敗は許されないのだ。パシンッと、合川は自分の頬を叩いて気合を入れる。
●戦闘開始
避難誘導から黒百合が戻った、ちょうどその時、街路樹の大木を薙ぎ倒してディアボロが飛び出してきた。そして、先に立ち塞がる人間たちに気付いて足を止める。そのディアボロは、確かに見掛け上はゴリラに近い。醜悪な顔と胸の一部に黒い地肌が見えるが、それ以外は硬そうな体毛に覆われている。ハンマーのように長くて大きな拳の威力は実証済みだ。立ち止まったディアボロは唸り声を上げながら、値踏みするように撃退士たちをねめつける。
「お急ぎのところ悪ィが、そこまでだ」
島津が不敵に笑うとアウルが凝縮してその右手に光纏の炎が現れる。
「俺たちが、ここから先へは通さないっ!!」
光纏が青く輝いた次の瞬間、雪ノ下は青いアーマースーツに身を包み、ハンドアックスを片手に酔八仙拳の形を構える。
「さぁ、楽しく、楽しく…ぶち殺して差し上げましょうかぁ…うふふふ♪」
黒百合は、小柄な体に不釣合いなほどの大きなハルバートに頬ずりしながら、本当に楽しげに笑みを浮かべる。
「柳津半奈に半端無し。参ります」
麗らかな外見を今は凛とさせて、柳津はツーハンデッドソードを構える。
「い、行きます!」
淡い蜂蜜色の光纏が陽炎のように合川から立ち上る。緊張はしている。でも撃退士になると決めてここまで頑張ってきた努力は無駄じゃなかったはず。さっきまで重く感じていた拳銃も、今は自分の手の延長のように構えることができた。
「猿と犬。強いのはどちらだろうな」
冷徹な表情で言うと、神威の首に黒い鉄の首輪が現れた。首輪に連なる鎖達をじゃらりと鳴らし、青年はリボルバーを構える。
彼らの挑発を理解できたかは定かではないが、ディアボロは辺りの空気がビリビリと振動するような雄叫びを上げると、ゴリラよろしく自分の胸を拳で連打して猛然と駆け出した。
合川と神威が銃撃を開始する。普通では動く的を撃つのは困難だが、今回は的が大きい上にこちらに真っ直ぐ向かってくるのだ。足を狙った弾丸は全て正確に命中した。しかし、
「き、効かない!!」
合川が驚愕の声を上げた。確実に当たっているが硬い体毛に弾かれてしまう。ディアボロも何事もなかったように突進してくる。
神威は舌打ちを一つすると、リボルバーを構え直してアウルを集中させる。銃口が赤く光り始める。
「お気に召さないか……じゃあこれならどうだ。犬相手なら無視できねぇだろエテ公……!」
撃ち出された弾丸は、まるでレーザー光のように赤い光を曳いていく。殲滅の強襲猟犬。神威が編み出したスキルだ。赤い猟犬の弾丸はディアボロの右腿に命中した。さすがのディアボロもスキルで威力が倍増された一撃は効いたらしい。しかし、苦痛の声を上げてスピードが緩むが、まだ止まらない。
「ちっ! これでも止まらないか!」
●形勢逆転
「わたくしが止めます! 援護を!」
柳津がそう言って前に出た。腰を低く構え、右手は両手剣のリカッソを、左手は柄の下端を握って最大限の力が載るよう構え、アウルを剣に注ぎ込む。
「直前に牽制をお願いします!」
「いいわぁ。任せてぇ」
柳津の意図を悟って、黒百合が影手裏剣を数本指に挟んで構える。
ディアボロが地響きを立てて迫る。その巨体の前に柳津は赤子のようだ。
「……今っ!」
合図の声に一瞬も遅れずに、黒百合が影手裏剣をディアボロの顔に目掛けて放つ。ディアボロはそれをあっさりと右手で払い除けたが、それこそが待っていた瞬間だ。
「はあぁぁぁぁ!!」
極限の気合に、ズダンッと響く踏み込みとともに、柳津は剣を槍の様に突き出した。
「貫く!」
一形・打構。必殺の一撃はディアボロの硬い体毛を貫通し、右の腿に突き刺さった。
グガァー!!
激痛の叫びを上げて、遂にその足が止まった。ディアボロは自分を傷付けたものに渾身の拳を振り下ろす。
反撃を予想していた柳津は、即座に二形・受構を発動してディアボロの攻撃を受け止めた。さらに怒りに我を忘れたディアボロは柳津に執拗に攻撃を加えていく。柳津は時に受け止め、時に受け流しと相手の攻撃を捌く。
「よし、今だ! 一気に攻めるぜっ!」
島津、雪ノ下、黒百合が次々に攻撃を畳み掛け、合川と神威も後方から援護射撃を加える。うまく連携して、敵を惹きつけては攻撃し、またスキルを用いて大ダメージを与えていく。
「せぃやぁぁぁぁぁぁっ!!」
雪ノ下は青龍のごとく飛び上がると、敵の脳天めがけて破山を打ち下ろす。返ってきた反撃の拳を踏み台にして華麗に後方に飛び退き、着地と同時に再び攻撃に転じる。
「どォしたゴリラもどき、そんなモンか?」
島津も怒涛の攻撃を繰り出す。紅咬牙の炎の獅子がディアボロに喰らいついて着実にダメージを与えていく。
そして、背後に回り込んだ黒百合が、無防備な膝裏にハルバートを叩き込んだ。刃は体毛に阻まれるが、狙いはそれではない。体重が乗っていた軸足を打たれたディアボロは体勢を崩して片膝をつく。
「あははは、手足を引き千切られてた状態で、どれだけ生きてられるか実験してあげるわぁぁぁ!」
この機を逃さず黒百合は手足の関節部を狙って攻撃を重ねる。
「……ここだ!」
援護射撃に徹していた合川は、その瞬間撃つべき射線が見えた気がした。考えている暇はない。己の直感を信じ、残るアウルを全て注ぎ込んで引き金を引いた。ストライク・ショット。まるで吸い寄せられるように弾丸はディアボロの左目に着弾する。直後、ディアボロは咆哮を上げてのたうち回る。
「勝機!」
皆、同時に同じことを思った。柳津は一形・打構を。島津は紅咬牙を。雪ノ下は破山を。黒百合はハルバートを。神威は殲滅の強襲猟犬を。
「はあぁぁぁ!!」
「おらァァ!!」
「やぁぁぁぁ!!」
「あはははぁ!」
「喰らいつくせぇ!!」
次の瞬間、構内に爆音に響き渡った。
●決着
爆音の余韻が消えると、それまでの戦いの喧騒が嘘のように辺りは静寂に包まれた。
ディアボロは断末魔を上げる間もなく絶命していた。
横たわる巨体を前に、6人はやっと深い息を吐き出して肩の力を抜いた。
「終わった……」
合川は足の力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。拳銃を放そうとするが指が固まって動かない。仕方なく左手で指を一本ずつ引き剥がしていく。
「大丈夫かい?」
掛けられた声に顔を上げると、心配そうな顔をした雪ノ下が立っていた。
「は、はい。大丈夫です ……たぶん」
合川の答えに苦笑を返すと、雪ノ下は激戦の跡を眺めて自分に言い聞かせるように呟いた。
「……もっと強くならなくちゃな」
合川もまだ強張っている右手をみて言う。
「そうですね……頑張らなくちゃですね」
神威が戦いの後のタバコに火を点けていると、島津が声を掛けてきた。
「わりぃ。ちょっと火ィ貸してくんねぇか?」
島津も一服するのかとライターを差し出したが、持っているものを見て訝しむ。
「あ? あぁ、これな。こいつも元は人間だったんだから、せめて最期くらいはな」
そう言って持っていた線香に火をつけると、ディアボロの遺体に供える。
「……縁があったら来世で会おうや」
柳津は自分たちが守った研究所の方を見やった。なんとか守ることができた。これで研究も続けられるだろう。そう思って呟く。
「良い結果が実を結ぶことを、心よりお待ちしておりますわ……」
「残念だけどぉ、それは無理かもしれないわぁ」
間延びした声に振り返ると、黒百合が立っていた。
「……どういうことですの?」
「いまぁ、学園から連絡があったのよぉ。撃退庁からの指示で、研究用のゴリラさんもぉ、すぐに破棄されるらしいわぁ」
「そんな……」
「まだぁ一般人の手に負えるものじゃないってことかもねぇ」
「そうですか…… でも、そうかもしれませんね……」