「こちら、ヘリ班、石田です。聞こえますか?」
ヘリで現場に向かっている石田神楽(
ja4485)がインカムで呼び掛けた。無線のヘッドセットは海上警察から借り受けて全員が装着している。
『こちら、海上班、黒須です。感度良好です。どうぞ』
「現場に到着しました。要救助者のクルーザー発見。船体に目立った損傷は見られないです」
神楽は双眼鏡で見ながら状況を報告する。
「あ、誰か出てきたよ。どうやら無事のようだね」
同じくヘリに同乗している桜花(
jb0392)が、誰かがクルーザーのキャビンから顔を出したのを見つけて言う。
『よかった。間に合いましたね。こちらは、あと10分ほどで着くそうです』
「了解しました。引き続き監視を続けます」
神楽と桜花は、上空からクルーザーの周りを観察する。クルーザーを中心に直径50mほどの海が黒く見える。あれが全部イカだと思うと、思わずゾッとする。大型イカの影はまだ見えない。
このまま救出できないかとヘリを近付けてみたが、ヘリの音で海中から飛び出してくるイカがいたため、救出は諦めて、刺激しない距離で対空して仲間の到着を待つことにした。
現場に近付いてきた巡視船の海上班も準備を始める。
黒須洸太(
ja2475)と礼野智美(
ja3600)は、ランチを降ろすアームに吊るされたジェットスキーに跨る。洸太は武器を非活性の状態で体にチェーンで繋ぎ、すぐに片手で扱えるようにしてある。智美もイカの墨対策の水を入れたペットボトルを腰に括り付けている。二人は大型イカの陽動役だ。
姫咲翼(
jb2064)は、クルーザーの人たちの護衛のために、いつでも召喚獣を呼び出せるようにしておく。
ほどなく巡視船は現場に着いた。
宇田川千鶴(
ja1613)は巡視船の艦橋で船外スピーカーのマイクを握っている。外に目を向けると、鑑夜翠月(
jb0681)が大型のサーチライトを構えていて、永連璃遠(
ja2142)は爆竹の束とライターを抱えている。
「みんな、準備はええか?」
千鶴がインカムで全員に確認すると、皆からOKの返答が来た。
「ほな、始めるで! みんな耳塞いでや!」
そう言うと千鶴は、船外スピーカーのボリュームをMAXにすると、マイクに向かって叫んだ。
『作戦開始やっ!!』
大音量の声に、空気がビリビリと振動する。それを合図に翠月はサーチライトを海上に向けて照射し、璃遠は爆竹に火を点けて海へ放り投げた。導火線を短くしておいたので、海面に落ちる前に全て爆ぜて、けたたましい音をたてた。
すると、ヘリの石田から無線が入る。
『こちら、石田です。小型イカの群れが移動を始めました。そちらへ向かっています!』
それを聞いた千鶴たち三人は益々騒ぎ立ててイカたちを引き寄せる。海中を黒い影が迫ってきた。
「きましたね! もう一発!」
璃遠が放った爆竹が激しく爆ぜると、そこに向かってイカたちが海中から飛び上がる。まるで黒い噴水のように飛び上るイカたちに、みな唖然とする。
「き、気持ち悪いですね……」
山育ちの翠月が顔を顰める。
そして、いよいよイカたちが巡視船を攻撃し始めた。所詮はイカだからと思っていたが、まるで拳大の石を投げ付けたように、ガンガンと船体に激突してくる音に驚愕する。とても生き物がぶつかる音ではない。
甲板まで飛び上がってきたものを、千鶴は八岐大蛇で、璃遠は抜刀・閃破で薙ぎ払うが、斬ったときの手応えが硬い。確かにこれでは小型のクルーザーなど一溜まりもないだろう。
『石田です。上から見たところ、ほぼ全部がそちらに移動したようです』
「了解や。姫咲くん、頼むで!」
翼は頷くと、召喚の詠唱を始める。
「蒼鱗の隠者ー 汝の力は我が剣に、我は汝の杖手繰りし者!!」
召喚獣ストレイシオンの蒼が召喚された。ドラゴンに似た蒼い体はまだ幼体で、嬉しそうに翼に擦り寄ってくる。
「よし! 蒼! 行くぞ!」
翼は駆け出すと、そのまま一気に甲板から海へジャンプした。クライムを使ってストレイシオンに掴まると、クルーザーの方へ飛んでいく。
「犠牲者は0にできなかった……けど、もうやらせねぇ!!」
翼はクルーザーの後部デッキに静かに降りて、キャビンに入る。突然入ってきた翼に、拓也たちが驚く。
「助けに来たぜ! もう大丈夫だ、俺の仲間たちが全部やっつけてくれる! あんたらは……俺が絶対ェ守ってやる!!」
拓也たち四人はホッと胸を撫で下ろす。今までの緊張が解けて女の子たちがシクシクと泣き始めた。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
拓也が翼の手を取って礼を言うのに、翼は首を横に振る。
「まだだ。お礼は全て終わってからだな」
「セァッ!!」
璃遠は攻撃してくる小型イカを抜刀・閃破で次々に斬り捨てる。居合い斬りで繰り出される剣勢によって、刃が直接触れていなくても斬ることができる。抜刀技のために毎回鞘に戻さなければならないが、あまりに高速のために連続攻撃にしか見えない。
集まってきた小型イカに対して、翠月が広範囲攻撃を加えていく。
「一気にいきますよ! ファイアワークス!」
色とりどりの炎を撒き散らしながら、小型イカの群れの中心で爆発が起きた。それでかなりの数の小型イカを殲滅できた。
もう一発と思っているところにヘリから無線が入る。
『巨大イカを発見! 巡視船に向かっています! 南西の方向、約50m!! ヘリの真下です!』
それを聞いて洸太と智美が頷き合う。
「やっと出番だな」
智美はニヤリと笑うと、ジェットスキーのスロットルを全開にして飛び出していく。洸太も続けてジェットスキーを加速させる。
二人は、ジェットスキーの音に攻撃してくる小型イカを、片手の武器で薙ぎ払いながら進む。
巨大イカの進路上で、二人はジェットスキーで円を描くように回りながら巨大イカを誘う。
『真下です! 来ますよ!』
海上からは海面の光の反射で、海中が見えないため、ヘリからの指示が重要だ。
神楽の指示で二人が散開したところに、巨大イカが海中から飛び出してきた。
「お、大きい!?」
「何食ったら、こんなに大きくなるんだい!」
その大きさに二人は驚きながらも、巨大イカに攻撃を加える。ヘリからも、神楽と桜花が銃撃を加えるが、しかし巨体過ぎて効いているとは思えない。
巨大イカが再び海中へ潜った。
「くそっ! どっちに行った!?」
「とりあえず皆の方からは逸らさないと!」
二人は巨大イカの気を引くように、派手に動き回りながら巡視船から逸らせるようにする。
「私も協力するで!」
千鶴は水上歩行を発動して海上に飛び降りた。小型イカの群れを雷遁で駆逐しつつ、巡視船から離れたところまで移動する。
「さぁ来いや! こっちの方がおもろいで!」
そう叫ぶと、春嵐を発動する。白銀と黒のオーラが発現し、轟音が響きわたる。
『巨大イカ、宇田川さんの方に向かってます! 距離10m!』
目論見どおりだったが、海上に立つ千鶴は、ある意味無防備だ。
『宇田川さん! そのままじゃやばくない!?』
桜花の叫びに、洸太がジェットスキーを飛ばす。千鶴も気付いて走り出す。
『真下! 来ます!!』
「宇田川さん、手を!!」
洸太が追い越し様に左手を伸ばす。千鶴も洸太の手を掴んだと同時に横っ飛びにジャンプする。千鶴が洸太の後ろに着地したと同時に、巨大イカが海中から飛び出してきた。荒れる波をかわして洸太たちのジェットスキーは何とか離脱する。
「このまま一気に叩くっ!!」
智美は武器を槍に持ち替えて、騎兵隊さながらに巨大イカに突撃する。闘気開放で攻撃スキルをアップさせて鬼神一閃を繰り出す。さすがに効いたのか、巨大イカは身をくねらせて触腕で攻撃してくるのを、ターンして避ける。だが、それを狙っていたかのように巨大イカが墨を噴きつけてきた。それに正面から突っ込んでしまった智美は頭から真っ黒に染まる。
「くそっ!! やってくれたな!」
一旦離脱し、腰に括り付けてあったペットボトルの水を、頭から掛けてイカ墨を洗い流す。
戻ってきた洸太と千鶴も攻撃を加える。
洸太がミストルティンを放とうと構えたところに、長い触腕が横から襲い掛かる。
「チィッ!」
咄嗟に盾を構えるが、重い衝撃に一瞬バランスを崩すが、ジェットスキーをドリフトさせて、何とか持ち堪えた。
神楽と桜花も上空から銃撃をしようと隙を狙うが、周りに仲間がいるので、思うように撃てないでいた。
千鶴は巨大イカの周りを動き回りながら、機動力を活かして背後に回り込み、雷遁を叩き込んで麻痺を狙う。
「これなら、どうや!」
しかし、元が軟体動物で神経が少ないのか、一瞬動きを止めるが、すぐにまた動き初めてしまう。
「今のうちに、少し離れておくか……」
仲間たちが巨大イカと闘っていることと、クルーザーの周りにはもう小型イカの群れも見えないから、万が一のために少しでも戦いの場から離れた方がいいだろうと翼は考えた。それを拓也に伝えたが、不安は拭えない。
「だ、大丈夫なんですか? 音を立てたら、またあいつらが……」
「大丈夫だ。仲間が敵を引きつけてくれている。今がチャンスだ。多少の攻撃は俺が防いでやる。逆に、万が一、敵を抑えられなかったときは、もう逃げ出すチャンスはないぞ?」
それを聞いて拓也も渋々肯いた。
二人はそっとキャビンを出た。拓也はそこにいた蒼い小型竜に驚く。
「心配ない。俺の召喚獣の蒼だ。俺たちを守ってくれる」
拓也はそれでも警戒しながら運転席につくと、祈りながらエンジン・キーを回す。
エンジンが掛った。いつもは気にならない音が何倍にも大きく聞こえる。
すると、海中から小型イカが飛び上がってきた。
「ヒ、ヒィー!!」
拓也が頭を抱えて蹲る。
「やらせねぇって、言ってんだろ!!」
翼が星煌を一閃して叩き斬った。続けて何匹か襲ってくる。
「蒼! 頼むぞ!!」
主の声に応えて、ストレイシオンが自身を盾にしながら、小型イカを迎撃していく。
「早く出せ!」
翼が蹲っている拓也を無理やり立たせる。
「だ、だけど……」
「群れはいないから、俺たちで捌き切れる! だが、このままだと群れが戻ってくるぞ! 早くしろ!」
拓也はクルーザーをゆっくり発進させた。翼とストレイシオンは最後尾で喰らい付いてくる小型イカを迎撃する。
徐々にスピードを上げていくと、小型イカも付いて来られなくなり、やがて攻撃してくるものはいなくなった。
「もう大丈夫だろう。この辺で待機しよう」
そう言ってクルーザーを停めると、翼は無線に呼び掛ける。
「こちら、姫咲。クルーザーは避難させた。あとは頼むぞ」
『こちら、石田。了解しました! 任せて下さい!』
はぁ、はぁ、はぁ……
「と、とりあえず、片付いた、かな?」
攻撃してくるものがいなくなったのを確認して、璃遠は息を切らして甲板に座り込む。広域攻撃のスキルを持っていなかったため、ひたすら斬りまくるという根競べだったのだ。
翠月も大きく息をつく。連続魔法にさすがに疲労の色は隠せない。
そこへ無線に智美の叫びが入る。
『くそっ! また潜る気だ! 逃げられたら面倒だぞ!』
翠月は、ハッとして巨大イカと戦っている方をみた。少し距離がある。しかし、やるしかない。
「私がダークハンドで抑えます! 皆さん、離れて下さい!」
海上の三人が離れたのを見て、翠月はダークハンドを発動した。影の腕が無数に現れて巨大イカを抑えつける。
「な、長くは保てません…… みんな、お願い、します」
『おおきにや! 鑑夜はん!』
千鶴が、動けなくなった巨大イカに水上歩行で接近して、触腕の攻撃をかい潜る。
「イカゲソ、何人前できるんやろう、な!!」
八岐大蛇で触腕を斬り飛ばす。
智美もジェットスキーで駆け抜け様に槍を一閃して、もう片方の触腕を斬り飛ばした。
触腕を失った敵は、もはや只の大きなイカだ。
全員が一斉攻撃。
千鶴が八岐大蛇を構えてアウルを一気に高める。
「さあ、これで終いや!!」
雷遁・雷死蹴。鋭い一撃が巨大なヒレを吹き飛ばした。
洸太が魔槍ミストルティンを放つ。
「これでもくらえ!」
光の槍として顕現する魔力塊を投擲する。光の槍が巨大イカの腹に風穴を開けた。
智美が起死回生でスキルアップさせ烈風突を放つ。
「さっきの、お返しだ!」
目に止まらぬ突撃で、敵の左半分を吹き飛ばす。
神楽が黒業デスペラードレンジを発動する。
左腕をV兵器と一体化させるのだ。
「これで、終わりにしましょう!」
神楽の連射攻撃と、桜花がバヨネット・ハンドガンが炸裂した。
そして遂に、巨大イカは粉々になって海の藻屑となって沈んでいった。
小型イカの攻撃で、船体がボコボコになった巡視船が、避難していたクルーザーと合流した。巡視船に乗り移った拓也たち四人は、そこでやっと助かったことを実感した。恐怖から解放された莉奈が拓也に縋って号泣していた。
そんな四人に、洸太はどこか冷めた目で言う。
「災難だったね。でも忘れたほうがいいよ。こういうのはさ」
自分も覚えてて良い事はなかったから、と呟く声は、海風に乗って誰の耳にも届かなかった。