「皆さん。今日は集まって頂きありがとうございました。紹介します。AIのランです」
日下部はそう言うと、一歩横にずれてデスク上のPCモニターを示す。
『皆さん。初めまして。ランです。宜しくお願いします』
生きた人間のように笑顔でお辞儀をするランに、参加者たちがどよめいた。本当にAIなのかと疑いたくなる。
「それでは早速、ランとデートをして頂きます。事前に皆さんから頂いた設定とシチュエーションは、既にVR化してあります」
胸を張って言うが、恋愛系のゲームやDVDのパッケージに埋もれて倒れている夏美と真壁の様子から、だいたい事情は察せられる。
「そして、これが、我が情報処理技術研究会の総力を結集して作った、ウェアラブルVRシステムです。これで、味覚と嗅覚以外の感覚はほぼ再現されますので、フルダイブとはいきませんが、現実に近い体験ができます。それでは、始めましょうか」
『皆さん、よろしくお願いします』
一人目は宮沢貴一(
jb4374)だ。
「お、一番手は俺っすか! とりあえず頑張って口説くから、恋する男の子ってやつを見てほしいっす!」
設定は、貴一が登校中にぶつかった女の子に一目惚れしてしまう。そして、クラスに転入生が来て、それがその女の子、ランだったというものだ。
デート・スタート。
「ランちゃん! 海っす!」
「これが、海‥‥ 初めて見た。とても広いのね。これが全部水なの?」
「そうっすよ! 冷たくて気持ちいいっすよ!」
二人は上着を脱いで水着になる。貴一はトランクスタイプの海パン、ランは花柄のビキニにパレオを巻いている。恥ずかしそうにモジモジしている姿が可愛らしい。貴一は内心でガッツポーズをする。
「よし! 遊ぶっす!」
「うん!」
二人は波打ち際で水を掛け合ったり、ビーチボールで遊んだ。貴一がふざけて海に倒れ込んだりすると、ランも声を上げて笑う。
次は何しようかと見回していると、ビーチバレーをやっているのを見つけた。
「ランちゃん、ビーチバレーやってみないっすか?」
「ビーチバレー? 砂地で二対二で行うバレーボール競技のことね。でも、わたしはやったことがないから無理かも」
「そうっすかぁ じゃあ、違うのにしよう」
「あ、でも、貴一君がやってるところ見てみたいわ」
「見たい? じゃあ、頑張ってみるっす!」
そう言うと貴一はビーチバレーに混ぜてもらい、良いところを見せようと奮闘した。貴一がスパイクを決める度に、ランも手を叩いて声援を送って、大いに盛り上がった。
一頻り遊んで、空がオレンジ掛ってきた砂浜を、二人は手を繋いで歩く。海が奇麗に見えるところで二人は夕日を見詰める。
「今日は楽しかったっすね」
「ええ。とても楽しかったわ」
笑顔で答えるランに、貴一は真剣な顔を向けた。
「ランちゃん、最後に伝えたいことがあるっす」
「なにかしら?」
貴一は大きく一つ深呼吸すると、意を決して言葉を紡ぐ。
「俺、ランちゃんの事が好きです。友達として以上に、女の子として好きです」
貴一の言葉に、ランは小首を傾げて少し困ったような表情になる。
「‥‥好き、とは、どのような感情なのかな‥‥ わたしも貴一君といると楽しいし嬉しい。また貴一君と遊びたいと思うし、貴一君を見ていたいと思うの‥‥ でも、それが好きということなのか、わたしにはまだ判らない‥‥ごめんなさい」
「‥‥今は、まだそれでいいんだよ。誰か一人にそう思えるようになったら、それが、好きってことだよ」
デート終了。
貴一はVRシステムのヘッドギアを外すと、モニタに映るランを見て呟いた。
「いつか、ランちゃんも本気で恋と幸せを覚えて、花のように笑える日が来ると良いっすね」
二人目は、秋桜(
jb4208)。二次元オタクなサキュバス。
「人口的な知能だなんて。私の夢の、二次元嫁が現実になるジャマイカ。何それ素敵やん」
デュフフと笑いながらVRシステム装着。デートは秋葉原。
デート・スタート。
「うわー、ここが有名な秋葉原ですね! あれは? 何故ビルに女の子のデザインが多用されているのですか?」
ランは物珍しそうに秋葉原の街を見回す。
「あ、あれは、私の糧・・・・ もとい、に、日本の文化だぜ(w」
「へぇ、すごいですね!」
「さあさあ、ラン氏。二次元の世界を堪能するじゃん!」
そう言って歩き出す秋桜の後ろで、ランが小首を傾げる。次元が何に関係するのかと。
秋桜が向かったのは、同人誌の殿堂ねこのあな。コミックやアニメ、同人誌が満載のビルだ。
「いまの流行りは、やや式!や、ニョル子さんだぜ。デュフフ。同人なら西方系とか。萌えるだろ?」
「萌えるとは・・・・ アニメや漫画、ゲームソフトのキャラクターへの好意・恋慕・傾倒・執着・興奮等のある種の感情を表す言葉ですね。または、対象に対する性的興奮のニュアンスも含むことですね」
「ちっちっち。ラン氏。萌えは理屈じゃねーの。非現実と認識した上で自分がどれだけ満たされるか。この子が彼女だったらってね。まさに今、ラン氏がやってることじゃん」
「なるほど! 私は秋桜さんに萌えてるんですね!」
微妙に違う。
「まあ、深く考えずに楽しめばいいじゃんよ」
その後二人は何件も店を廻り、
「秋桜氏。次は何処ですか? BL系もwktkです!」
ランもすっかり染まっていた。
日も傾き、電器屋のネオンが輝き出した。
「・・・・そろそろかねー」
「何がですか?」
「ラン氏。私の嫁にならんかね?」
「嫁・・・・ 婚姻関係を結んだ女性のことですか?」
秋桜の言葉にランは小首を傾げる。
「いや、いい。忘れてくれ。今日は楽しかったじゃん。あり、乙」
「私も、楽しかったです! ありです! 乙でした!」
三人目は、梶夜零紀(
ja0728)だ。ランとは美術部の同級生という設定で、デート場所は美術館。
「ゲームのようなもの、と言っても少し恥ずかしいな。出来るだけの事はやってみるが、あまり期待はしないでくれ」
そう言って零紀は、溜息をつきながらVRシステムを装着した。
デート・スタート。
二人は都心の有名美術館に来ている。高品位な再現力で、本当にその場所に来ているような錯覚に陥る。
「大きい建物ね。延床面積31000平方メートル。わたし、初めて来たわ」
自然な口調だが、妙に細かい数値の所はAI的な部分が残っているのだろう。
ランは小首を傾げて、可愛らしい大きな瞳でこちらを見詰めている。思わず見惚れてしまい、零紀は慌てて視線を逸らす。
「お、俺も初めてだ。さて、入るか」
内部も実際の美術館が忠実に再現されている。二人は順路に従って絵画を見ていく。展示されているのは有名絵画ばかりだ。日下部たちも画像が入手し易い有名絵画を集めたらしい。
「ラン。この絵を見てどう思う?」
春をテーマにした明るい色合いの絵画を零紀は示す。
「そうね・・・・ キャンパスサイズは横80cm、縦110cm、平均明度は8、彩度は・・・・」
「違う違う! そういうのじゃなくて、印象のことだよ」
「印象・・・・とは、人間の心に対象が与える直接的な感じ。また、強く感じて忘れられないこと・・・・」
「そう、その印象。あ、そうか、そういうのは判らないか」
自然な受け答えをするため、ついランがAIだということを忘れてしまう。ちょっと意地悪な質問になってしまった。
「ごめん、忘れてくれ」
そう言って零紀は次に行こうとしたが、ランはその絵をじっと見詰めている。そして、
「・・・・花を模写した部分が多いから季節は春か夏。明度が高めで彩度は低いから、春の柔らかい描写と言える。かしら?」
ランの言葉に零紀は目を見張る。ランは不安そうに上目使いで零紀をみる。
「どう、かしら?」
「そう! そういう感じでいいんだよ」
「本当に? よかった! 嬉しい!」
胸の前で両手を合わせて嬉しそうに笑うランに、何故か心が浮き立つ。
その後、二人は絵についての印象を語り合いながら廻っていった。
ある展示エリアにきたとき、零紀が声を上げた。
「あ! あれは!」
そういうと零紀はランの手を握って、その絵の前に移動する。
「子供の頃に買ってもらった画集に載ってた。まさか本物が見られるとは思わなかったな!」
普段のクールな態度は消え、喜びと興奮で満ち足りた表情を零紀は見せていた。ランも零紀の嬉しそうな顔をみて、自分も嬉しいと感じていた。そして、何故手を握られたかは判らなかったが、それを放す気にはなれなかった。
絵画を見終わって、二人は敷地内にある公園を歩いていた。手はずっと繋いだままだ。零紀はランに向き直る。
「今日は付き合ってくれてありがとう。前にも言ったかもしれないが、俺はランの描く絵が好きだ。だけど今回、美術館を一緒に回って、それだけじゃない事に気づいた。・・・・俺はランが好きだ。ランが彩る色彩を、色の輝きを、もっと見てみたい。付き合ってくれないか」
ランは小首を傾げると嬉しそうに微笑んだ。
「はい。喜んで!」
次は、雀原 麦子(
ja1553)と若杉 英斗(
ja4230)。今回は英斗が麦子とランの後輩で三角関係という設定だ。恋愛感情の向きは、麦子⇒英斗⇒ランという図式。
「人口知性ってハード的にはまだ難しいと思ってたんだけど、すごいわね」
「そうですね。でも恋のレクチャーかぁ。俺がしてもらいたいくらいだが‥‥」
今回は三人で遊園地。
デート・スタート。
「いい天気ですね! 絶好の遊園地日和です! ランさん、雀原さん、さぁ行きましょう!」
「おう!」
テンションMAXの英斗に麦子も元気に追従する。
「お、おう!」
ランも麦子に真似て拳を上げる。
行こうすると、麦子が腕を組んできた。
「す、雀原さん?」
「ふふふ。両手に花よ〜 もっと楽しみましょう」
悪戯っぽく微笑む麦子にドギマギしてしまう。チラッとランを見ると特に気にした様子はなく笑って見ていた。
三人はアトラクションを端から廻っていく。
「ランさ〜ん」
メリーゴーランドに乗ったときもアピールを忘れない。後ろを振り返ってランに手を振る英斗。ランも笑って手を振り返す。
「ねぇねぇ、アイス食べよう。アイス〜」
そう言って麦子は英斗の腕にしがみ付く。
「そ、そうですね。‥‥ちょ、ちょっと、麦子さん、あ、当たってますから‥‥」
顔を赤くして小声でいう英斗に、麦子は色っぽく微笑んだ。
「当ててるのよ♪」
ますます胸を押し付けてくる麦子の腕から何とか逃れて、英斗はランのところに駆け寄る。
「ランさん、あ、アイス食べましょう!」
赤い顔でそう言う英斗に、ランは小首を傾げる。
「私も、腕組んだ方がいいのかしら?」
「‥‥い、いえ。いいです‥‥」
ガックリと肩を落とす英斗を麦子が爆笑していた。
広場のベンチに三人並んでアイスを食べる。
「英斗くん、はい、あ〜ん」
麦子が英斗にアイスを差し出してくる。
「いや、雀原さん、自分で食べられますから。あ、ランさん、自分のチョコ味もおいしいですよ。ちょっと食べてみませんか?」
「ありがとう。いただくわ。 ‥‥本当だ。美味しいわ。わたしの桃味も食べる? はい」
ランが差し出してきたアイスを英斗は遠慮がちにもらう。一歩親密になったような気がして、内心でガッツポーズ。
次に向かったのはお化け屋敷。実は英斗は苦手だったが、ここはランにカッコイイところ見せなければ。
「ランさん、俺がついてますから! 怖くないですよ!」
先頭切って入口を入っていったが、すぐに足取りが重くなる。
「ラ、ランさん。ててて、手を繋ぎましょうか?」
「ええ。はい」
差し出された手をしっかりと握る。反対の腕に麦子がしがみ付いてきたが、見ると麦子は涙目で見上げてくる。本当に怖いらしい。仕方無いとそのまま進むことにする。その後、お化け屋敷からは二人の叫び声が絶え間なく響いていた。
閉園時間が近付いた夕暮れのベンチに三人は余韻を楽しむように座っていた。そこで意を決した英斗がランに向き直る。それに気付いてランも英斗を見た。
「ランさん! 俺の彼女になって下さい!」
突然の英斗の告白にランは驚いた顔になる。小首を傾げると、しばし考えるように英斗の顔を見詰める。そして、
「ごめんなさい‥‥ 英斗君のことは好きよ。でも、それがまだ特別の好きとは違う気がするの‥‥ ごめんなさい」
デート終了。
VRシステムを外した英斗は暫し放心していた。
「ふっ、これは仮想現実の話。痛くも痒くもないぜ‥‥」
でも、なぜだろう。胸のあたりが痛むのは‥‥
そんな英斗の肩を麦子がポンポンと叩く。
「ま、まあ、女の子は二次元だけじゃないわよ? 英斗ちゃんは顔も性格も悪くないんだし、そのうちいい人が見つかるって」
そんな慰めに英斗は一つ大きな溜息をつくのだった。
最後は、リュミル=K=フォーゼ(
jb5607)。欲望に忠実なはぐれ悪魔。シチュエーションは、先輩後輩で、お散歩デート。
「電脳、つまる所0と1で構築されている世界。恋愛感情など、また曖昧な物を要求するAIだな」
デート・スタート。
二人は公園を歩いている。
「リュミル先輩、見てみて。カルガモの親子ですよ」
「ああ、そうだな」
そんな長閑な会話をしながら、ゆったりとデートする二人。
そして、頃合いを見計らってリュミルが口を開く。
「ラン。どうだろう? 俺と付き合ってくれないか?」
突然の告白に、ランは顔を赤らめながら口を開く。しかし、そこへリュミルがゲラゲラと笑い声を上げた。
「すまん、すまん。いや、やっぱり無理だな。とても本気にはなれん。今のは、無しだ」
そんなリュミルの豹変に、ランは戸惑いと悲しいのが混ざったような表情をみせる。
「0と1で構築されている割には面白い反応じゃないか。偽デートは終了だ。少し聞きたいことがあるんだが、よいか?」
終了という言葉で、ランもデート・モードを終了させ、通常モードに戻る。
「はい。ご質問をどうぞ」
「うむ。今回の件、単にデータの収集がしたいのか、本当に感情を理解しようとしているのか訊くのは愚問かね?」
「いえ。問題ありません。私は様々な情報を集めて分析や分類をしてきました。人間の感情の中で、特に “恋”というものが、喜び、悲しみ、怒り、憎しみ、嫉妬、思いやり、諦めなど、あらゆる感情が絡んでいます。そのため、私は恋というものが理解できれば、人間の感情を取得する近道になるのではないかと考えたのです」
「なるほど。それで? どうだったのかね?」
リュミルの問いに、ランは両手を胸の前で組んで微笑んだ。
「少しだけ‥‥ 恋とは、とても暖かいものだということは解りました」
数日後、人間の女の子のようになったランに、日下部が本気で告白しようかと考えていたが、真壁が学習システムにバグを見付けて、その修正版をアップデートしたら、ランは元のAIに戻ってしまった。
電脳少女は恋できたのだろうか‥‥