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五月某日、放課後の久遠ヶ原学園校庭。そこでは天駆 翔(
jb8432)が、キョロキョロと辺りを見回しながらお宝本を探しているようだ。
「えっと、大きなさくらの木は……」
純粋無垢な翔は、男のロマンが詰まった場所とは全然関係が無いように思われる、桜の木を探している。
「あっ、あった!」
そして校庭をうろつく事数分後、彼は校庭の隅にそびえ立つ大きな桜の木を見つけ、その付近へと駆け寄っていく。
「どこかほりかえしたところ、無いかな〜?」
翔は桜の木の周りをヒョコヒョコと歩き回り、お宝本が隠されているかもしれない掘り返された跡を探しているようだが、さすがにこの場所にはお宝本は隠されていないようだ。
むしろ、このような場所にお宝本が隠されていては、正直驚愕の展開なのである。
「うーん、無いなぁ……。えーと、かくすという事は、見つからないばしょだから……」
お宝本が見つからなかった事を受け、翔はその場で立ち止まり、必死に頭を回転させる。
「……たいくかんのそうことかあやしいかも!」
彼は隠し場所に相応しいと思う場所を閃いたらしく、頭上に「!」マークが出そうなジェスチャーを取ったが、体育倉庫という発想は実に鋭い。
そして思い立ったらすぐ行動と言わんばかりに、体育倉庫内部。そこには体操用のマットであったり、様々な用具が入れられているが、それを見た翔はむしろ自分の考えていた事とピッタリ図が当てはまっていたらしく、純粋な笑顔を浮かべた。
「よーし、ぜったいさがしだすんだよー!」
気合を入れた翔は、用具と用具の隙間であったり、用具を退かした場所の裏などを調べ始める。
もっとも、此処は倉庫という事もあって埃が充満しており、彼はお宝本を探す中で埃まみれになってしまっているが、当の本人はそんな事もお構いなしに探し続けている。
「……あっ!」
とうとう翔が、積まれていた体操用のマットの間に手を突っ込んだその時、マットの間から一冊のお宝本が姿を現した。
「これがおたからぼんかな? えーと……」
手にしたお宝本をバサッと広げた翔は、その中に広がっている大人の世界を垣間見たが、表情を変える事はなく、むしろ溜め息を吐いて。
「なんかへんなの……おたからについて書いてないから、これちがーう」
そしてなんと、彼はお宝本をポイッと投げ捨ててしまったではないか。
純粋無垢過ぎる彼には、どうやらお宝本はまだ早すぎたらしい……。吉田がこの場に居たら、恐らく発狂していた事だろう。
翔はそれからもお宝本を探し続けていたようだが、投げ捨てられたお宝本の祟りなのか、それ以上のお宝本を発見する事も出来ず、地図の切れ端を見つける事も出来なかったようだ。
そんな頃、保健室では。
「まずは……典型的男子高校生の隠し場所……」
そこでは小松 菜花(
jb0728)が、この部屋に隠されているであろうお宝本を探していた。
お宝本探し企画を実現させる為に吉田と竹端が頼み込んだのか、この保健室の中には人が居らず、菜花のお宝本探しは中々に捗っているようだ。
「ベッドの下……?」
彼女はジュブナイル小説などで手に入れた情報を元に、男子高校生がお宝本を隠していそうな場所を徹底的に調べているが、さっそくベッドの下から一冊のお宝本を発見したようだ。
お宝本の内容は、どうやら三次元のグラビア写真集らしい。しかし、菜花はその中身を流し読みしては地図の切れ端が挟まれていない事を確認するや否や、特にこれといった反応を示さずに、次に怪しそうな場所を探し始めた。
「それとも、棚の上……?」
菜花は保健室に置かれている椅子を使い、薬品棚を含めた様々な棚の上を、手の感覚を頼りに漁り始める。
だが、彼女の予想に反して棚の上にお宝本は隠されておらず、その手に埃が付いただけだった。
「……まだないの? 資料のカバーかけかえ……?」
そして次に、彼女は棚の上や棚の中に入れられている医学書や参考書、その他の本に手を伸ばす。
すると、彼女の予感は的中していたようで、参考書のカバーでカモフラージュされていた一冊のお宝本が姿を現したではないか。
「…………」
今度は二次元のストレートな『薄い本』で、中を流し読みした彼女はじっとりとした視線をその中に向けたが、やはり地図の切れ端は挟まれていない。
恐らく吉田の発想から察するに、保健室はそれこそ王道的な妄想の場所ではあるものの、そこまで変態的な要素が含まれていない事から地図の切れ端は無いのだろう。
菜花は、発見したお宝本を積み上げながらも、残りの本を探し続けるのだった。
体育倉庫や保健室でお宝本探しが行われている一方、校舎裏では影山・狐雀(
jb2742)が叢の中に入っていた。
彼は隠れて本が読めそうな場所を探し、そこにお宝本が隠されていないかと考えているようだが、さすがに叢の中に本は隠されていないようだ。
そしてお宝本が無いと判断した途端、孤雀はその翼で羽ばたき、女子更衣室の外壁部分まで飛んでいく。
「宝探しの為とはいえ、これ……見つかったら大変そうですよー……」
……そう。孤雀は、ここから物質透過の力を利用して女子更衣室に入り込もうというのだ。
少々オドオドしながらも、彼は壁から女子更衣室内部に顔を覗かせ、人が居ない事を確認する。
「ええと、誰もいませんかー? いませんねー?」
確認するようにして更衣室内に言葉を投げかける孤雀ではあったが、室内に響いたのは彼の声だけ。女子は誰一人として居ないようだった。
むしろこの状態で女子に見つかっていたら、発見した女子の方が失神してしまいそうなものだが。壁から突然顔が出てきただけに。
「ここのどこにあるのでしょうかー? ロッカーの中とかにはないですよねー?」
そして壁を抜けて女子更衣室の中に踏み入った孤雀は、更衣用のロッカーの前に立つ。
「でも、一応確認を……」
しかし、何とも言えない好奇心のような物に駆られたのだろう。彼はロッカーの扉に手を伸ばし、その中を覗き込む。
孤雀が偶然目を付けたロッカーを、偶然誰かが使っていたのか、その中には綺麗に畳まれた女子用の制服が入っていた。そして、微かに香水のような、甘い香りが漂ってくる。
「わふ!? ぼ、僕は何も見てないですー!?」
だが本当に女子が使っているとは思ってもいなかったのか、制服を見た孤雀はさっとロッカーの扉を閉め、赤面する。
彼にとっては、女子の制服というだけでも衝撃が強いのだろう。しかし、妄想を掻き立てられるのは確かな事。
しかし、ムフフな妄想をする事も確かに重要ではあるのだが、最も重要な事を忘れている。そう、お宝本が入っているか否かの確認だ。
孤雀はオドオドしながらも再びロッカーの中を覗き込み、お宝本の有無を確認しようとする。すると、如何にもカモフラージュしていると言わんばかりの本が一冊、ロッカーの隅に立てかけられるようにして入れられているではないか。
「お宝発見なのですよー。一体どういう――!?」
本を手に取り、嬉々としてそれを開く孤雀ではあった……が。
「こ、これは、はわわわわわわわ!?」
お宝本の中身は何ともマニアックな、野外でキャッキャウフフするシチュエーションの薄い本だったのだ。
それはもう、人目に当たらない茂みの中でガサガサと、美少女とお兄さんがあれこれイヤーンなコトをしているもので、孤雀には刺激が強すぎたようだ。
しかし、残念ながら地図の切れ端は挟まれておらず、真っ赤になっている孤雀はそのまま混乱し続けるのだった。
時は流れて、夕方頃のとある男子クラブ部室。
「非常にけしからん話だが、そういうものを男同士でまわして楽しむらしいぞ! まったくけしからんな! なあ、若杉殿!!」
そこではラグナ・グラウシード(
ja3538)と若杉 英斗(
ja4230)、そして二人の後に付いて来たヴィルヘルム・E・ラヴェリ(
ja8559)が、部室の机などを漁り、お宝本を探していた。
「全くその通りですが、見つかりそうにないですね」
「一体どこに隠してあるのか……!」
ラグナと若杉は手際良く本棚やロッカー、そしてロッカーの裏や部屋の隅に至るまで様々なところを探し回っているが、お宝本が出てくる気配は一向に無い。
「ううん……これは部活についての本だし、魔術については何も書かれていなさそうだ」
そんな二人とは一変して、ヴィルヘルムは落ち着いた様子で本の中身を確認しているが、彼もまたお宝本に辿り着くような気配は無いようだ。
「ここまで見つからないとなれば、場所を変えなければならないな! 正しき規律を守るためだ!」
お宝本がこの部屋には無いと察したのか、ラグナは二人を連れて部屋を出る事に。
――そして、とある女子運動部の部室前。
「くっ、なんという……!」
踏み込む直前になって頭を抱えるラグナではあったが、この部屋に突入する為に女装を行っている若杉、そしてヴィルヘルムは予想以上に落ち着いた反応を見せている。
「い、いや、これは……お宝本を見て羞恥する女性の反応を見て楽しむという、悪辣な企みに違いない! 女性を守る為だ、やむを得ん! 行こう!」
自分自身を納得させるようにしてそう言い聞かせたラグナは、部室のドアノブに手を伸ばし、そして三人揃ってその中へと踏み入る。
練習に出ているのか、部室の中は誰一人として部員が居らず、制汗スプレーなどによる物であろう良い香りが部屋中に充満していた。
(あぁ……此処でさっきまで、女の子達が着替えしてたんだな……)
さっそくお宝本を探し始めたラグナとヴィルヘルムだったが、その二人とは正反対で、一人で立ち止まって軽くニヤけながら眼鏡を光らせる若杉。
(深呼吸してもいいかな……)
若杉の願望は分からなくもないのだが、深呼吸を咎める人間こそいないものの、そうしてしまえば色々と戻れない境地に行ってしまいそうである。
(いや、ダメだ。早くお宝本を探して、速やかに脱出しなければ)
なんとか正気を保つべく頭を振った若杉は、気を取り直したようにしてお宝本を探し始めようとした……のだが、その瞬間、彼の脳裏に電流にも似た衝撃が走った。
「!! い、いつからそこにいたんだい?」
若杉が振り向いた先に現れたのは、妄想力を最大限に発揮した彼が生み出した究極の産物である、エア彼女だった。
無論、妄想の産物であるからには、周りの二人には見えてはいない。
「いやっ、これは違うんだ! 誤解だよ」
エア彼女に何故この部室に居るのかを問われたのか、若杉は『一人』で必死に弁解しようとしている。
「そう、依頼で仕方無くだよ。えっ? これも依頼のために女装しただけで……」
次にエア彼女は若杉の服装に視線を遣ったのか、彼は弁解を続ける。だが、はたから見れば何もない場所に向かって必死に弁解している状態なのだ。
「ホ、ホントごめん! もうこんな事しないから、許して!」
「し、しっかりしろ、若杉殿!」
とうとう彼が一人で謝り始めたその時、ラグナが若杉の頬に鋭いビンタを入れ、正気を取り戻させたのである。
「へえ、これがお宝本……」
そんな中、さっそく一冊目のお宝本を見つけたらしいヴィルヘルムは、その中身に目を通し始める。それを見たラグナと若杉も、他の場所にお宝本が隠されていないかどうか探し始めたようだ。
そしてラグナが部室に設置されているロッカーを開けると、その中には三冊のお宝本が堂々と置かれており、彼のハートをキャッチした。
「くあっ!?」
ラグナは手にした一冊のお宝本をさっそく開いたのだが、その瞬間に鼻血を噴き出した。
何故ならその本の中に描かれていたのは、水着を着たグラマー美人だったからだ。
セクシーなポーズを決める事でしっかりと強調されているその胸は、大きすぎず小さすぎずの素晴らしい形を保っており、ナイスおっぱいと言うに相応しい代物。
それに加え、ふとももから背中にかけてのラインが素晴らしい曲線を描いている。これもまた、彼に鼻血を噴かせた要因だろう。
「こ、これは……なんて危険な本だ! 私が預かろう!」
「……もらっても良いのかな」
ラグナが興奮している横で、もう一冊の薄い本に手を伸ばした若杉もまた、鼻の下を伸ばす。
「まだあったのか、全くなんという――!?」
そしてラグナが最後に残されていたお宝本の一冊に手を伸ばし、本を開いたその瞬間、彼の表情は凍り付いた。
「ラグナさん、一体――!?」
ラグナが凍り付いている事に違和感を感じた若杉がお宝本の中に視線を遣ると、彼もまた一瞬にして凍り付く。
……何故なら、三冊入れられていたお宝本の内の一冊は、トラップ本だったからだ。
二人はマッチョで熱い良い男達の熱闘を目の当たりにし、真っ白に燃え尽きてしまっている。
「……きっと、淫奔魔術の教本だね! 確かに、最近は黒魔術扱いされて焚書される事も多いから……って、あれ?」
魔術関連の本であると認識する事で凍り付きを逃れたヴィルヘルムが、ラグナと若杉の足元に視線をやると、何らかの紙切れが落ちている事に気付く。
そう、それはラグナと若杉が薄い本に夢中で気付いていなかったが、お宝本の隙間から滑り落ちた地図の切れ端だったのだ。
ヴィルヘルムはそれを拾い上げた後、完全に真っ白になってしまっているラグナと若杉を見て、考え込むのであった。
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そして、吉田と竹端が待機している、とある教室。
「吉田君、地図の切れ端ってこれだよね?」
「おお、その通りだ! 良く見つけたな、おめでとう!」
ヴィルヘルムが地図の切れ端を見せると、吉田は彼に向けて拍手を贈る。
「んじゃ、これで終わりだなー。トラップ本にかかった人はいんのかな?」
「その事なんだけど、えっと……」
竹端がニヤニヤと笑みを浮かべたその時、少々言い難そうに呟いたヴィルヘルムが、教室の外からラグナと若杉を二人の前まで引っ張ってきた。
「し、白いッ!? 完全に燃え尽きてやがる、どうなってんだ!?」
「あぁ……これたぶんトラップ本にかかったんだなー。あれ相当キツいから」
トラップ本に引っかかってしまった彼等は、魂が抜けたようにして真っ白に燃え尽きてしまっている。
だが、何にしてもこれでお宝本探し企画は無事……ではないが、完了したのだろう。
しかし、少し待ってくれ。このまま平和に終わらせるには不相応な違和感が、この場にはある。
――竹端よ。何故お前は、意味も無く女子生徒用の制服を着ているのだ。
竹端自身の女装癖を見るに、吉田と竹端の思いつく企画は必ず何かしらの爪痕を参加者に残しているようだが、それでもこれでようやく幕を閉じる事が出来るだろう。
女子生徒にボコられるよりもドギツい心の傷を負ってしまったラグナと若杉に手を合わせながら、吉田と竹端は勝ち誇ったような表情をしたのだった。